歴史

2011/06/24

格差社会の中での自分探しとフォーカシング(togetter)

このtogetterは、坂井 素思・岩永 雅也 (編著) 「格差社会と新自由主義」を読んで、経済学・社会学的見地から今の日本の生きづらさと解決の方向性について考えさせられ、引き続き、池上正樹(著)「ドキュ メント ひきこもり -<長期化>と<高年齢化>の実態-」を読んで感じた、世代や社会人経験を問わず、自分のあり方について熱心に内的に追求する層 こそ引きこもり=永遠の失業者に陥る現状に刺激を受けて、今度はそうした現代の「自分探し」の堂々巡りの解決のための具体的方法論としてのフォーカシングの可能性という、カウンセラーとしての私の専門領域での実践活動に到るまでを紹介するという、かなり越境領域的なツイートの連鎖です。

フォーカシングの名教師・アン・ワイザー・コーネルさんの"Radical Acceptance of Everything"(邦題:「すべてあるがままに」)で述べられた諸見解について、私なりに噛み砕いた紹介にもなっています。

途中、唐突にテーマが 変わるかに見える部分があるかと思いますが、繰り返して読み返していただければ、私の思考と連想の過程が浮かび上がるかと思います。

こちらからどうぞ。

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2011/06/18

「格差社会と新自由主義」結語

 「格差社会と新自由主義」 は、少しずつ読み進めたが、非常に読みがいのある「教科書」だった。読む前と後で日本の現代史と現状と今後についての見え方が変わる。

 単に危機感をあおるのではなく、読者ひとりひとりに考えさせる指標となる好著である。

*****

「これまでの諸制度のように、高齢者、障害者、女性、若者、子どもなどに区分した対象や、介護、福祉、医療、就労支援などの制度別に構築した支援体制では、どこでも複雑に絡み合った問題の全体的構造を把握し、受け止めることは難しい。

人間をまるごと掌握し、そのニーズに丸ごと応えるようなパーソナル・サポート・サービスの営みが地域社会で豊富になれば、新たなリスクに対する早い段階での予防的施策がとられ、本来の意味でのセフティ・ネットの構築につながることとなる。

事後的施策から予防的施策への転換である。

さらに、現役稼働年齢層が急激に減少する中で、この世代と将来の担い手である若年世代に投資する意義は大きい。

特に、困難を抱える人々が社会の死角に落ち込むことを防ぎ、市場や社会への参画を促進して、一人ひとりのもつ潜在的な能力を引き出し、全員参加型の社会を構築するために、そのような新しい社会サービスの機能が求められている。」

 ・・・・以上、「格差社会と新自由主義」、最終章、「新たな連帯と共生の創造」、宮本みち子氏による結語。


 ・・・・もう、昔には戻れない。多面的に人々の絆をつなく総合的な「社会サービス」を創造する必要があるのだ。

*****

 本書を読み終えて感じたのは、雇用不安定で結婚すら躊躇する低所得層の若い世代の生活の安定と雇用機会をサポートしないと、今後日本はとんでもないことになるということ。

 ところが選挙に出向くのは老人ばかりだから、このことの重要性がなかなか浸透しない危険が大ありだというのが私なりの感想です。

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2011/06/15

「ゆとり教育」の思わぬ背景と、それに対応した「親世代」の限界

 「ゆとり」教育については、「それまでの詰め込み教育の弊害の解消」ということばかりが強調されるが、更にその「背景」が何であるかに巨視的に立ち入ることができることが見過ごされてきている。

 すなわち、ゆとり教育が、実は当時の外交的、そして産業界からの要請で成立したという側面があるという指摘を、本書ではじめて知った。

  1.  輸出依存型経済から内需拡大型経済に転換するように欧米諸国から圧力がかかる
  2. →「貯めた金をケチらず使う」消費拡大のために勤労者に週休2日制の導入
  3. →海外へのパックツアーの隆盛・東京ディズニーランド等の建設
  4. →教師への5日制の導入にあい伴い、学校5日制の導入(2002)
  5. →政財界、労働界の要請(!)をも受け、文部省は授業時間短縮を迫られ、「ゆとり教育」が単なる「教育のスリム化」にすり替えられる。

 (以上、第8章「教育の自由化と学力格差」pp.132-3 岩永雅也執筆 より要約)

 こうして「ゆとり教育」とすることで、児童生徒が学校外で過ごす時間が50日分増えた。

 ところが、家庭にそれを引き受けるだけの能力があったか?「教育は学校が行うもの」と長年信じられていたのに、教育のかなりの部分が家庭に返され、「私(わたくし)事化」されることになったのである。(同p.134)。

 この頃バブルが弾けて、多くの家庭でに塾などの教育についてのお金をつぎ込む余力がなくなり、「教育格差」が生まれる引き金となったわけだが、実は事態はそんな単純な話ではないと岩永氏は述べる。

 「親たちの社会的主体としての資質に大きな問題があったという話なのである。資質と言っても、単に学力とか知識とかではなく、挨拶や人間関係の構築といった対人能力、協調性。忍耐力などの社会的能力、身の回りで日常的に起こるさまざまな事態を理解し、それに対応する能力など。まさに『生きる力』というにふさわしい能力のことである」(p.135)

 つまり、親世代自身が、子供のモデルとなるだけの、個人としての社会性がないということになる。

 よく考えてみれば、昭和一桁世代を親として持つ、現在の親世代(=私とほぼ同世代)は、受験戦争真っ盛りの中で成長した。その競争の勝者であるしても、敗者であるにしても、ともかく「生きる力」そのものを育める教育環境・・・というより、「社会」環境に恵まれていなかったことのツケが、今度は子供の教育の際にまわってくることになる。

*****

 「潤沢に教育資金は出してもらえても、『真空の中で』勉強しろと要請されているようでどうしたらいいかわからなくなった」私の生い立ちは、こうした状況の一側面として思い出されたのである。

 この放送大学教材は、一見経済学的社会学の観点からの著作に見えつつ、通常の教育学よりもはるかに巨視的な視点を提供してくれる。

 まだ読み進めている途中である。これからも具体的記事を追加するかもしれない。

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続きを読む "「ゆとり教育」の思わぬ背景と、それに対応した「親世代」の限界" »

2011/06/06

坂井 素思・ 岩永 雅也 著 「格差社会と新自由主義」 (放送大学教材)

新自由主義とそこから生じる格差社会という問題点について、その歴史的必然と限界について、政治的・経済的・歴史的側面のみならず、教育や家族関係・ライフスタイルの変容まで包括的に解説。奥が深い本。

これは単なる「格差社会批判本」ではない。私のような、経済学部や社会学部出身ではない人間にも、明快に理解できる筆致であるが、教科書として実に立派な「立体的」完成度であり、ジャーナリスティクな書籍とは完全に一線を引く深みがある。

【追記】関連記事をここここで書きました。

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2011/05/24

日の丸君が代は「儀礼」に過ぎないので「強制」していい?(togetter)

 私自身はちょい出に過ぎませんが、大阪の橋下知事の条例下表明を機にもりがっているこのテーマについてのTwitter上での議論のうち、ほんの一角を切り取ったものに過ぎません。 

こちらからどうぞ。

 私個人は、橋下知事の今回の施策は、実は「君が代」を「踏み絵」として、単に府の官僚統制→末端尾の公務員への指示系統を確固たるものにしようとしているというポイントをブレずに見据える必要があると思います(ご本人がそれを示唆する発言をしているのですから)。

 個人的には、彼のあり方には、「愛国者」である以上に、得票を背にした「独裁者」指向を感じます。数年後に「橋下首相」とかはあまり見たくないといいますか。

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2010/12/15

来年4月からNHK衛星放送はハイビジョンの2波に再編成される。

 地上波デジタルテレビを導入してやっと気がついたのは、NHK衛星第1と第2(もちろん「衛星アナログ」ではなくて「衛星デジタル」である!!)が、地上波デジタルの画面に比べても何か「冴えない」画質でしかないということだった。

 私は地上波デジタルを導入するまでハイビジョンを自宅で観た経歴がなかった。ほんの何年か前の頃は、ハイビジョンのテレビが32型で実売5万を切ることもあるという相場には全然なっていなかったわけである。

 ハイビジョンですら、例えば水のキラキラした流れを撮影すれば、情報量目一杯になるのだろう、小さな四角の市松模様がチラチラする場合もある。地上波デジタルの同様の市松模様よりは箱がずっと小ぶりだが(地デジの解像度は最高1440×1080、BSのハイビジョンは最高1920×1080のフルハイビジョン)。

 地上波デジタルは、必ずしもそんなに高品質ではないという意見もあるが、BS1とBS2の方がすでに何となく「見劣り」していたということに同意してくださる方も少なくないだろう。

 (方式が違うので単純なスペック比較はできないかもしれないが、何か、地上波デジタルの方が現行BS1とBS2より輪郭がすっきりくっきりした「抜けの良さ」がある気がする)

 そうこう思っていたら、数日前に、来年(2011年4月)から、現在の「衛星第1」「衛星第2」「衛星ハイビジョン」の3波態勢が再編され、「NHK BS1」「NHK BSプレミアム」の2チャンネルに再編されることを知った。

 すでに以前から流されていた情報らしいが、公式に、チャンネル名を含めて総務省から正式に認定が出て、公表されたたのが9日である。

 どちらもハイビジョン規格である。

●朝日新聞の12/14付けの記事

 12/4以降、BShiでは「BSベスト・オブ・ベスト」と題して、放送時間の殆どといっていい時間帯で、これまで10年の(主として)ハイビジョンの名作の再放送を続けているのだが、この「大盤振る舞い」は、こうして2波に統合される直前だからこそ、意識的になされているのだろう。

 多くの番組が、1時間50分前後の映画並みの大作ドキュメンタリーである。

 一週めの歴史・紀行系のドキュメンタリーも興味深かったが、2週目に入ってからの一人の人物に密着取材したドキュメンタリーに、これまでのBShiの真髄があったのではないかとも感じた。

 一昨日の立川談志、昨日の小澤征爾(まだこの後もあるらしい)やバレリーナの吉田都、バイオリニストの神尾真由子など、別に映画や自然風景」だからハイビジョンの価値があるというわけではなく、「人間のリアリティ」を長尺で伝えても飽きさせないあたりに、固有の面白みや奥の深さに気づかせてもらえた。

 メッセージが押し付けがましくならない、特定の視点からのみ切り取った感じがしないのである。人間が淡々と丸出しになっていく。

  2波化されたあとの新「BS1」は、従来のBS1に通じる、スポーツと報道中心の路線で行き、「BSプレミアム」は、これまでの「BS2」と「BS-hi」の流れを汲む教養と娯楽のチャンネルと位置づけられるようだが、実質的には枠がひとつ減ることになる。

 個人的には、BS2の番組を映画とクラシックのライブ以外で観ることはほとんどなく、BS2固有の存在意義が何か魅力不足になってきていると感じていたし、一部の番組に、BShiの地上波よりも先行放送することまでは理解できても、それに輪をかけてBS2でも放送という3重の放送まで必要かと思うこともあった。

 だが、今後も、従来のBS-hiの持っていた重厚な深みある「独自制作番組」がこれまでと同じような余裕あるクオリティで製作され続けることを祈りたいと思う。

 すでに18時から20時までのNHK総合を除くと(時として総合のNHK特集は見るが)、民放のBS含めて(あの、昼間のショップチャンネルだらけの埋草的時間帯には閉口しながらですが・・・)、結局、地上波デジタルテレビではなくてBSデジタルの方を見ている時間帯が遥かに長い私なのであった。


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2010/11/19

「あなたの勘って、当たるほう?」

ブログネタ: あなたの勘って、当たるほう?参加数拍手

 基本的に言うと、物事を深刻に受け止める方向に「勘」のバイアスはかかっていて、実際にはそこまでひどい事態ではなかった・・・ということがやや多いかとは思いますが、それは自分で若い頃からそれなりにわきまえてきたつもりです。

 ですから。冷静に補正する意味で、「他の見方もできないか」数通り検討した上で、それでも最終的には自分の「勘」を信じる方ですね。

 でも、物事は自分の予想する白でも黒でもなく、黄色だったり、緑だったり、紫色だったり、「金銀パールプレゼント!」(古い)だからこそ、人生はスリリングであり、他者と「出会い」の意味があると思っていることは、当ブログの古いこの記事で書いてきた通りです。

 結局、全然「思い込み」はない・・・などという客観性など幻想であり、自分の「勘」を頼りにとりあえず動いてみることを果てしなく繰り返す中で、「経験値」は上がっていく。

 そして、自分は物事や世間が見えるようになった、もう予想外の事態は滅多にない・・・などと「悟った」ような心境になった時は、実は「成熟」ではなくて「成長」の停止、「老化」のはじまり、その「決めつけ」が人をないがしろにしはじめることに気づいていないだけかとも思います。

 以上、自戒を込めて。

 まだまだ50歳、自分の人生に何が起こるかわからない。

 ・・・まあ、これでも、昔よりは、あっさり人に意見を伺うことも増えてきたかと思いますが、結局最終判断をするのは自分ですので。

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2010/10/16

"Durch Leiden Freude!! -のだめカンタービレ in ヨーロッパ 後編-

 いきなりドイツ語でスミマセン(^^)

 クラシックファンの方でしたらおなじみでしょう。

 

 「苦悩を経て歓喜へ」・・・ベートーヴェンのモットー。

 「ドゥルヒ・ライデン・フロイデ」と読めば、日本語発音のカタカナ標準ドイツ語としてはほぼ十分でしょう。

のだめカンタービレ in ヨーロッパ [DVD]

※ ↑ 【要注意】 すでに述べましたが、セル版は「前後編」二枚組のようです。お間違いなく!! 二重に買わないで下さいね!!

 「パリ編スペシャル」後編は、前編とは打って変わった、ウェットなストーリー。

 ここまで千秋とのだめのロマンスが「全面に」押し出されることは、ここまでのドラマ化部分では皆無
でしたね。

 しかもそれが、パリ留学後、のだめの前に立ちはだかることになる、演奏家として成長する上での最大のスランプの問題と完全にシンクロさせて描かれている。

 原作の圧縮もかなりあろうかとは思いますが、これは、驚くほど高度なドラマ作りです。

 うーん、パリ編でつまづいたと感じる人たちもいるらしいですけど、ここで描かれている男女の機微は相当踏み込んだものがありますよ。これは視聴者が十代のうちは、ちょっとまどろっこしくって、イライラするかもしれませんね。

 ・・・・まあ、そのあたりは、これ以上具体的には触れずにサラリとかわすのが、今年50歳にもなった、人生いろいろのおじさんの節度ということにしておきましょう(^^)

*****

 さて、恒例、音楽(演奏)を大真面目に評論する、当ブログのポリシー、続けさせていただきます(^^)

 やっとのだめ作曲、「もじゃもじゃ組曲」の実物が「聴け」ました(^^)

 敢えて言うと、エリック・サティ(ドビュッシーと同じ頃にパリで活躍)の「官僚的なソナチネ」あたりを思わせる気まぐれさがある、実はマジに遊び心満載の、単純なようで実は凝ってる曲です。

 パリ・コンセルヴァトワールのオクレール先生が関心を示すのも、全く自然ですし、ここで先生のダメ出しが忽然として止まる・・・という物語設計は卓抜です。

 サティの、「官僚的なソナチネ」という珍曲(?)を聴いてみたい方は、以下のアルバムに含まれています:

高橋悠治/サティ:ピアノ作品集(2)

↑ 高橋盤、昔は、誰もこの世に知らない人はいないであろうくらいにメロディは有名な、サティのスマッシュ・ヒット、「ジムノペディ」第1番、および、これまた絶対誰でも耳にしている、ワルツ「ジュ・トゥ・ヴゥ」と抱き合わせだったのに、今は分割されてる・・・少しその意味では、お勧めを遠慮気味にするしかなくなったか(^^;)。

******

 それにしても、いくら孫・Ruiの演奏への「屈折しまくった嫉妬」があったとしても、この「後編」前半でののだめの演奏は、本当に生彩がない演奏で、聴いているだけでかわいそうにマジになります。・・・でも、そう演出すること自体が、絶対にこのドラマには必要だったのです。

 ・・・・う、このように書いてしまうと気づきました。のだめの演奏の個々の曲の演奏評を、今回は全面的に控えてしまう方が、まだご覧になったことがない皆様への心配りでしょうね(^^)

*****

 ただ一点。この点だけは重要な物語理解上の解説。

 特にヨーロッパ人の場合、クラシック音楽の背景として、「教会音楽」に日常的に馴染んでいることは圧倒的な裾野を生み出しているのであり、これは日本人がクラシック音楽を学ぶ際のひとつの大きなギャップになること。その点で、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の使いどころが見事!!

(これは、茂木さんのアドバイスで、原作を「敢えて」意識的に変えている部分だそうですね)

 指揮者ならずとも、ピアニストにですら、アナリーゼ(曲の分析)や音楽史の勉強がどれだけ大事かという点について、日本とヨーロッパの音楽教育に、確かに圧倒的な落差があるらしいこと。

 マジに、コンセルヴァトワールの教育スタイルの再現に近いのだと思います。

*****

 さて、物語の最後に、またもや千秋君による、ブラームスの「交響曲第1番」が、「パリでの」演奏として登場します。

 このオーケストラの実態は、実は「プラハ放送交響楽団」という、チェコの首都プラハで、チェコ・フィルの次の格式があるオケです。

 一般に、ヨーロッパの「放送交響楽団」というのは、オペラ座のオーケストラとか、コンサート専門のオケに比べると、独自の「色」を強く出さないようにする伝統があるかと思います。

 (それでも、ドイツの放送交響楽団の頂点というべき、バイエルン放送交響楽団まで上り詰めると、特にクーベリック時代は独自の音色が濃厚にあり、いかにも南ドイツの音色+チェコ出身のクーベリックの音でしたが)

 でも、劇場版「最終楽章」前編の記事でも書きましたが、チェコのオーケストラの音色は独特の柔らかく融け合う伝統があります。

 ただ、それを、ドヴォルザークのスラブ舞曲とか、本当に民族色が強い曲をやる時だけ、独特のすすり泣くような弦の音色を意識的に出して、「扇情的」にもできるんですが。

 あくまでもそれはスメタナやドヴォルザークの一部の曲で意識的に打ち出すだけのこと。その「お国もの」での「泣き節」を控えると、まろやかさが全面に出る

 (この点では、プラハと目の鼻の先のあるはずのヴィーン・フィルの音色の方が、実はドイツ・オーストリアの楽団全体の中でも「異端児」・・・ある意味で「19世紀最後の頃のウィーンのままの重要無形文化財」的音色といえます)

 さて、チェコのオケの音色は、今述べたように、本来くすんだ音色でもありますが、バリバリの北部ドイツのオケ(例えばベルリンやハンブルク)、いや、中ライン地域(ボンとかハノーファー)の硬質さだったら、とても「のだめ」のための「パリでの演奏」の吹き替えには使えません。かつてインバルが常任をしていたフランクフルト放送交響楽団でも何かやりにくそうですね。バンガリーのオケとなると、また別の独特の歌いまわしと鋭さが混じる。

 その意味で、この、ラストのブラームス一番の演奏、またもや「やらかし」ましたね。

チェコのオケフランス風の音色で、ドイツのブラームスを弾かせる」という芸当。

 TVシリーズの時の演奏が、どっしりとしたドイツ風の演奏だったのに、この演奏での「千秋君」は、流麗で、フランス風の演奏へと、すでに随分変化(?)しています。

 千秋くんも、プラティニ・コンクールのあとで、シュトレーゼマンに世界中を引っ張り回されるだけではなくて(爆)、どんどんフランスになじんでいるのでしょうか?

 このパリ・スぺシャルでの指揮者までは私の調査ではまだ不明です。

 TVシリーズ版は、東京都交響楽団の当時の常任指揮者、デプリースト自身と判明。あの世代の「重鎮」指揮者なら、アメリカ人でも、ハンガリー亡命者のショルティに近い音色の、重厚なドイツ的音の指揮者、少なくなかったかと。

*****

 今回のおしまいに。

 繰り返して書いて来きましたが、ともかく演奏の隅々まで、確信犯で曲の解釈まで「原作通り」をナマの音にするという奇跡を、果てしなく追求している点では相変わらず、化け物じみた奇跡の実写フィクション映像作品としか申し上げられません。

 それどころか、「のだめ」実写シリーズを、小さな外部スピーカーでいいでうから、全部通して鑑賞すると、非常に「正統的」なクラシックの演奏とはどういうものかの「座標軸」になる「耳」自体が育ちます。間違いなく!!

****

 さーて、残るは「最終楽章」後編!!(・・・・と原作アニメ版は更に余力があれば・・・という遠い射程で)

 実は、これはまだ新作DVD扱いで、私がレンタルョップに出向いた時は、「全部貸し出し中」でした!!

 ・・・・・だから、何日後になるかの保証はできません(^^;)

****

 ・・・以上、「のだめ」ワールド大航海シリーズ、6回めでした!!

 (エンディングBGMとして、お好きな「ラプソディ・イン・ブルー」をお流し下さい)

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2010/01/21

NHK クローズアップ現代、「 “助けて”と言えない ~共鳴する30代~」

 正確にはこの番組はホームレス問題についての「続編」である。

 前回登場した入江さん(仮名 32歳)の姿が見られなくなった。どうしていたかというと、結局生活保護受給申請にに踏み切り、月に79.940円を受け取るようになって、やっと路上生活ではなく、ネットカフェで寝泊まりできるようにはなっていたのである。

 それ以前は、2日に一個、100円のおにぎりに切り詰めつつも、食費を切り詰めた分、洗濯をはじめとした身奇麗さには気を配っていた、二枚目といっていい方で、確かに当時のたたずまいでも誰もホームレスとは思わないだろう。

 現在も求職活動は続けているが、「住所がない」ことのために容易に働き口が見つからない。

 この、彼が前回の番組で発した、「(結局は)自分が悪いんです」という言葉がネット界では大反響を呼んだ。共感のメッセージが満ち溢れたのである。

 現在30代になった人たちは、就職戦線が大変厳しい中、「自己責任」と「成果主義」を刷り込まれて社会に巣立った人たちである。

 「助けて」と言えないのだ。心を開けないのだ。言ったらおしまいだと思っている。

 経済情勢の中でそうやすやすとは業績が上がらなくても、全部「自分のせい」と思い込む。中には、親に介護が必要になったのに、介護休暇の申請ができないまま無理をするうちに退職したり、うつ病になった人の例も紹介されていた。

*****

 

しかし、ホームレスの人の大半は、別に天涯孤独な身の上ではない。実家があり、親もいるのだ。

 ゲストの、作家、平野啓一郎氏は語る:

「別に親子関係が希薄になったとばかりはいえないのではないか。むしろ、幼児期から築きあげた親の前でのイメージを崩したくないのだ」

 だから、再び社会人として稼げるようにならないと、実家には本当のことは話せない・・・・

 北九州でホームレスの人たちのためのNPOを運営している奥田知生(ともや)さんは語る:

「自己責任は大事だが、それはあくまでも社会が個人への責任を果たしてから、はじめて強調すべきことのはず。今の時代、「絶望」や「希望」が、自己完結した世界の中で語られ過ぎている。希望とは社会的なものであり、人との関係の中で初めて抱けるものであることに気づいて欲しい」

 私も、多くのクライエントさんとの関わりの中で痛感するのは、

自信がない
→自信がない自分が悪い
→自分で自信をつけねばならない
→自分で自分に自信をつけられない自分が悪い
→・・・・

・・・・という果てしない悪循環の上で、やっとカウンセリングを受ける気になった人のあまりの多さである。

 中には、「どうしてそこまで自分に自信がないんだ?自信を持てよ」などと親しい人や恋人から繰り返し言われて、更に自己嫌悪して、「私は相手のお荷物になっているのに、情けをかけられているだけの存在ではないか?」と思い詰めて行き、ひとつ間違うと、それまでの人との絆ですら切れるに任せかねない人すらいる。

 確かに、他人が自分に自信をつけてくれるとか、地位や身分や何かの成功が自分に自信をつけさせてくれると単純に言っていいかというと、決してそういうものではない。

 自分のいだいている自己イメージと、具体的な他者がいだいている自分へのイメージが、かなり深い次元でまで一致している、しかもそこに継続的な連関性があるという確信が得られた時に、人はある安定を獲得する。エリクソンがアイデンティティということを言い出した際の、本来の意味はそういうことである。

 しかし、それは、孤立した人間どおしの「思い込み」の次元での表層的なものにとどまっていては、その人を結局のところ追い詰めるだけなのだ。

 我々は真空の宇宙を漂う孤立した惑星のような自我を築くにとどまるべきではない。バリントふうに言えば、地水火風といった「形のない、自分を包み込んでくれるもの」を介して、互いに「息=ギリシャ語でいう「プネウマ」=たましい」の交流をして、相互に浸透しあっている時、はじめて「やさしさにつつまれた」社会に生きていると感じるのである。

 平野氏はこうも付け加えた:

 「法律で制定された国からの給付となると、税金をいやいや取り立てられた人のお金を分けてもらっているという後ろめたさを感じるのだと思う。むしろNPO団体への寄付などを通して、『お互い同士で融通しあう』感覚になれば多少は気が軽くなるのではないか。寄付の形であれば所得税控除にもなるし」

*****

 なお、NPOに寄付して大丈夫かという思われる方もあるかもしれないが、NPOに対する会計監査は大変に厳しく、問題があれば実に厳格に解散命令が出る。収益は上げていい。しかし、NPOをやめる時にはNPOの収益や備品はすべて寄付することでしか処分できない。

 私の居住する地域近郊でも、最近4つものNPOがそうやって解散処分を受けているくらいである(地域のNPO研修会で学んだことである)

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2010/01/19

伝説の学会発表、「浜崎あゆみとスピリチュアリティ」完全公開!!(Ver.1.48)

 YouTubeで、浜崎あゆみさんのプローモーションビデオ全作品公式に公開されました(何と、貼付けも自由です!! avexの太っ腹さに感銘をうけました)。

 これを期に、日本人間性心理学会第23会大会(於:文教大学)の自主企画として私が催した、「浜崎あゆみとスピリチュアリティ」のパワーポイントファイル全体をウェブ上で公開することにしました(YouTubeの該当曲やその他の映像への個々のリンク付きにバージョンアップ!!)。

●浜崎あゆみとスピリチュアリティ  -プロモーションビデオにみるその精神の軌跡-(阿世賀浩一郎のホームページ)

学会大会論文集に掲載した文章こちらでそのまま閲覧できます。

*****

 なお、私が確かめたところ、どのブラウザでも「一応の閲覧」はできますが、ブラウザ上でスライドショーまでできる、完璧な再現(ワン・クリックごとの文字の出方まで忠実に再現できる)のは、Internet Explorer8、およびそれをレンタリングエンジンとする(=Trident系)、Lunascape、Grani(動作が軽快なので超お勧め)などに限定されます。

 もっとも、困ったことに、Windows版FirefoxのオリジナルのGeckoエンジンとは、文字表示上、かなり相性が悪いようです。文字が折り重なる現象が見られます(^^;)

 しかし、IE Tabというアドオンの追加をして、ブラウザの左下隅に表示されるFirefoxのシンボルマークをクリックして"e"マークに変更すると、その後は何の操作をしなくても、IEと全く同じ使い心地になります(^^)

 以前も書きましたが、このアドオンを追加インストールすれば、Firefoxを使ってのMicrosft updateにも対応出来てしまうのですね。

 それ以外のブラウザは、画面はほぼ適正に表示されますが、いずれの場合も、左側のフレームから1ページずつめくっていただくことで対応できます。 

 このやり方で、Google ChromeやWindows版Safari,Operaの場合は画面自体は、「小さく」て「静的に」ですが、綺麗に表示されますよ(^^)

*****

◆Ver.1.01→Ver.1.05の修正点(10/01/17 15:04)

  • IE系ブラウザのスライドショーでクリックだけで次のページに移行しない箇所の問題をとりあえず解決しました(ただし、各ページの「リンク先のページ」を一度クリックしてしまうとスライドショーには回帰できません。これは仕様上やむを得ないことのようです)。

◆Ver.1.05→Ver.1.06の修正点(10/01/17 18:00現在)

  • 途中に他の場所のファイルが2枚紛れ込んでいたので削除しました。もし文章の全くないページが出たら、もう一回クリックしたら表示されるのが私のプレゼンの意識的仕様です。

◆Ver.1.06→Ver.1.17の修正点(10/01/17 19:59現在)

  • すべての動画をYoutubeの埋込み動画表示として表示することに対応しました!! それに伴い、Windows Media Playerの呼び込みによる,wmvファイルの再生そのものを廃止しました。

◆Ver.1.17→Ver.1.48の修正点(10/01/18 14:17現在)

  • YouTube動画を一件追加 しました。
  • YouTube埋め込み動画とリンクテキストが折り重なって表示されないように調整しました。
  • 全ページにプレゼンの際のメモを記入しました。
  • アルファベットの全角文字を半角に修正しました(まだ見落としがあるかもしれません)。

◆現バージョン(1.48)でも残る問題点(10/01/18 14;17現在)

  • なぜが今回の段階で、YouTube動画への「テキストリンク」の一部が表示上文字化けに転じました。もっとも、リンクそのものは適切に機能します。

 おそらくMacユーザーの皆様の場合だと(これもまたブラウザ間格差が予想できます)、OSの使用フォントそのものの違いの関係で、文字表示がはみ出したり隠れたり、重なるなどの見づらさがあるかもしれないことを、どうかお許しください。スライドショーは機能しないと思います。

*****

●浜崎あゆみ / Dearest ~Acoustic Piano Version(YouTube)

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