松任谷由実

2010/02/08

浜崎あゆみの詞における「僕」と「君」、「わたし」と「あなた」 -サリヴァン的次元で解説してみよう- (第2版)

 浜崎あゆみさんの詞って、驚くぐらいに具体的なシチュエーションが出てこない。

  •  地名・・・ゼロ。それどころか「海」という言葉は出てきても、「山」「川」はひとつもない。
  •  人名・・・中島みゆきなら「♪真理子の部屋に、電話をかけて(「悪女」中島みゆき - 寒水魚 - 悪女 (アルバム・ヴァージョン))」と出てくるくらいの、一般化した次元でもゼロ。
  •  学校時代をイメージさせる表現・・・・ゼロ。唯一の例外が、浜崎あゆみ - A BALLADS - 卒業写真荒井由実の「卒業写真」をカバーしたケースだけであるという、驚くほどの徹底性。
  •  「僕」「君」「あなた」という人称を異様に多用する。「彼」「彼女」も例外的では?

 そして、そもそも「君」「あなた」が誰なのかが非常に曖昧で多義的で、どのようにでも受け取れ、再解釈できる

  • 生身の「濱崎歩」
  • アーティストとしての「浜崎あゆみ」

    (ベスト盤浜崎あゆみ - A BALLADS"A Ballads"の最後に収録された「卒業写真」のカバーそのものが、「街で見かけた」かつての自分のポスター等との対話というシチュエーションで理解してもらうことをayuははっきり狙っていたと思う。アルバムジャケットも、←こんなふうですからね)
  • 聴衆
  • 過去の、そして現在の同性の親友たち。
  • 父親
  • 過去の、そして現在の異性の知り合い(max松浦もそのひとりだけど、それだけ強調するのは明らかに偏った理解。最近はさすがにこのこじつけはいい意味で廃れましたけど)
  • 過去の恋人
  • 現在の恋人
  • 聴衆にとっての大事な人

 ・・・ちょっと年季が入ったayuファンなら、実は今私が箇条書きにした順序くらいでとりあえずいくつも当てはめていくのが無難であることに気がついているかと思う。

 "teddy bear"浜崎あゆみ - Duty - Teddy Bearや"memorial address"浜崎あゆみ - Memorial address - Memorial Addressの「あなた」がもっぱら父親のことを指す、"ever free"浜崎あゆみ - Vogue - Ever Freeは亡くなった祖母のこと・・・などと、特定的に捉えていい・・・といったケースというのはむしろ例外的なのである。

 要するに、ayuの詞というのは、非常に純粋な形で、「外的」および「内的」な「二者関係」に無限に「投影」させ、「転移」させることに開かれ切っている。

 
似たようなことは、他の歌手でもある程度は曲によって見られるが、ayuのように「首尾一貫した厳密な方法論」と言える域の人を、私は知らない。

 ayuは、本当にこの経験則だけで詞を書き続けていられる。裏を返すとayuのような詞を他人が「模作」しても容易にメッキが剥げる筈と断言できるくらいである。

*****

 この現象をうまく説明するのに役立つ、私の守備範囲に入っている精神療法家は、誰をおいてもサリヴァンである。

 私はこのことを公然とネットで書いたことが実はないままなことに、直前の記事でサリヴァンに言及した際に気がついた。

サ リヴァン/現代精神医学の概念(中井久夫訳)

 サリヴァンが、 本書で、「パラタクシス的(parataxic 私なりの意訳をすれば「相互転移的=投影的二者関係の次元」)なもの」と呼ぶ対人的相互作用の次元での象徴化・言語化様式と、まさにぴったり符合するのだ。

=======以下引用(中井久夫訳。太字、および[ ]内はこういちろうによる)=======

 (前略)この合理化とは、実は「個性とは一人一人独自なものである」という妄想の特殊な一側面である。それは、「概念としての『私』と「概念としての『あなた』(conceptual "me" and "you")がそれぞれ特異的な境界線をもっているためにどうしてもそのように考えられてしまうのであるが、実際には、「概念としての『私』や『あなた』とは、個人の知覚の舵取り役をつとめるもののその人の経験の意識可能な範囲を限定する参照枠[frame of reference]となるものに過ぎない(邦訳p.111)。

=======引用終わり=======  

 サリヴァンは凄まじい逆説を述べているので、一見難解だが、ちょっと解説してみよう。

 サリヴァンは、本書の別の箇所で、「我々は、基本的には同じような人間である」という前提が大事ということを述べている。

 これは、一見「個性」というものを否定しているかに見えかねないが、一見精神病状態になるかに見える人間でも、基本的には自分と同じような人間として捉える基盤が大事だということを強調していると受け取れるだろう。

 そして、「個人」という自己完結的システムとして人間を捉えるのではなく、「対人関係的相互作用の場」過程という次元でとらえることを基本スタンスとしていることこそがサリヴァンの本質なのだ。

 この点はジェンドリンも「人格変化の一理論」の削除された草稿部分(TFI日本語サイトで村瀬孝雄訳を閲覧できます)で、サリヴァンとの比較論に紙数を割いて評価している。

 「性格は、対人関係の関数である」

・・・・サリヴァンの、もっとも有名な言葉のひとつである。

 ひとは、自我を持つ存在として他者と関わる限り、「共人間的有効妥当性確認(consensual validation)」ができる形での言語での意思疎通の能力を身につけねばならない。

 この"consensual validation"という概念は、中井先生の「超訳」の典型として著名だけれども、わかりやすく言えば「お互いに話が『通じあう』水準での言語使用になじむ」必要がある、ということ以外の何者でもない。対義語は、端的に、「自閉的(autistic)な言語使用ということになる。

 もとより、人はこの能力の獲得の過程で、「自己態勢(self dynamism)」から「私-では-ない-もの(not-me)」として解離しなければならない有機体的経験の膨大な領域を持つことになる。そのある部分は容易に他者に投影され、ある部分は端的に「否認」されることになるだろう。

 しかしそれはサリヴァン的な見地からすれば、人がその所属する文化に適応(accultualization)していくための必要悪でこそあれ、さまざまな精神的失調・・・・正確に言えば、そのは単に「個人内」の現象ではなくて、「対人的相互作用」における齟齬ということになる・・・・の温床でもある。

 そうした意味で、アイリッシュ系であるサリヴァンは、WASPを中心とする当時のアメリカの価値観がアメリカの青年、特に前思春期の男子の成長に与える悪影響についてむしろ非常に尖鋭な批判者であったことは是非とも述べておかねばならない。

*****

 さて、こうした前提で、「パラタクシス的なもの」自体についてのサリヴァンの言葉を引用しよう:

=======以下引用(中井久夫訳。太字、および[ ]内はこういちろうによる)=======

 パラタクシス的[paretaxic]な対人的関わり方とは、話し手の意識の枠内におさまるような内容規定を持った対人関係と並んで[="para-"=並行して] 、影が形に添うように、もう一個の対人関係が存在し、対人的なかかわり合い方の傾向が前者とは全く異なり、しかも話し手はその存在をまず完全に意識していない場合である。

 パラタクシス的な場においては、精神科医と患者とから成る二人組と並んで、ある特別な『あなた』パターンに迎合するように自己を歪めた精神科医」と「未解決の過去の対人的なかかわり合い追体験しながらそれに対応する特別な『私』パターンを現している患者」とから成る幻の二人組がある。コミュニケーションの過程がこの二つの形影相添うような対人的なかかわり合いの一方から他方へとめまぐるしく飛び移ることもあり、この移動が稀にしか起らないこともあるが、いすれにせよ、普通、話し手の気の配り方は、結構ちゃんとしていて、活用や語法、語順などまちがわないで文法に適った言明を作ることができる。そのため一見首尾一貫した議論の立て方となる。またかなりはっきりと聞き手を意識した語りかけ方となる。(邦訳pp.112-3)

=======引用終わり======= 

・・・・この最後のパラグラフなんて、全くもってayuの歌詞のありかたそのものについて言及していると言えるだろう。

 ayuって、びっくりするくらいに、はるか以前の対人関係のことを意識し続け、ひきずり、繰り返し歌い続けずにいられない人のようだ。

 このあたりの具体的な解析と人物の同定については、王子のきつねさんのブログの随所で繰り広がられてきた情報収集力と慧眼と説得力に私はとてもかなわない。

 念のために申し上げると、いわゆる「成熟した」対人関係を持つ人間同士でも、この「パラタクシス的」次元は容易に顔を出す。ベイトソンのいう「ダブル・バインド」も「パラタクシス的なもの」の特殊な形態のひとつといえる。

 興味深いのは、高機能自閉症の人にとっては、まさにこうやって「影のように寄り添う別次元の対人関係様式」という、いわゆる「健常者」が全く無自覚に撒き散らす「含み」の成分というものを厳密に「理解」「識別」できないとパニックに陥る場合があるということだ(私は発達障害の専門家ではないが、当事者やご家族の話をうかがう限り、いわゆる「アスペルガー」タイプの皆さんの少なからず場合にあてはまりそうだ)。

******

 ちなみに、先程の引用部分で、

>コミュニケーションの過程がこの二つの形影相添うような対人的なかかわり合いの一方から他方へとめまぐるしく飛び移ることもあり、

と述べたが、あゆの場合、同じ歌の内容が同じシチュエーション、同じ相手を指すと強迫的に捉えようとすると意味が全体として通じにくくなるケースが稀ではない。

 これについては、先述のきつねさんが、"(miss)understood"(アルバム名ではなくて曲の方浜崎あゆみ - (miss)understood - (miss)understood)について、見事な分析をしている。

●甘いスイカに砂糖をかける(王子のきつねOnLine)

●Miss Understood Lyrics - 浜崎あゆみ (English and Hiragana)(YouTube)

 私が大好きな歌です。

 ここでいう「君」って、全部ayu自身のことを指すものとして理解しなおしてみるだけで、ぐっと深みが出ますよね(^^)

*****

 もうひとつ、アルバム"(miss)understood"の「心臓」であり、もっとも深みある曲のひとつと私が感じている、"In the Corner"浜崎あゆみ - (miss)understood - In the Corner

●Ayumi Hamasaki - In the corner(YouTube)

 ちなみに、この歌詞を聴いて、ayuのことを「ボーダーチック」だとか"as if personality"だとか言い出すのは、私は心理の学部生までしか許さないから(^^)。

 自分のことを振り返ってみるとどうだろう?

 「まずは罪なき者が石を投げよ」。

 相手への愛情を一瞬たりとも疑ったことがない人がいるとすれば、そういう人のほうが無理のしすぎで心配である(^^)

 ayuは、素直なだけなんだよ。

 あるいは時々、聴衆を意識して、こういうことを敢えて歌にして「予防ワクチン」をファンに打っておかないと、自分も持たないし、ファンも危ういと感じているだけ。

 そういう意味ではほんとに「ファンに気を使っている」からこそ、こんな、ファンを「脱錯覚(disillusion 幻滅)」させる危険がある「暗い曲」をアルバムに入れておく。

 私が聴いた、アルバム発売時のツアーの、少なくとも長野2日めと代々木の楽日という、私が臨席した2つのライブでは歌わなかったけど、最近はライブでも歌っているらしい。

 私なら、ayuをむしろ、若干分裂気質も合質しながらも、高エネルギー型執着気質をベースにした、適応水準の高い双極2型に分類する(・・・・って、それこそ私自身のパラタクシス的「投影」でもあるかもしれないけどね)

浜崎あゆみ/(miss)understood (DVD付)浜崎あゆみ - (miss)understood

(楽天市場の同商品)

*****

 最後に,YouTubeの「公式」動画より。

 敢えて次の初期の曲で、私が最初に提示した「君」の読み替えを徹底的にやってみてください。

●浜崎あゆみ / TO BE(YouTube)浜崎あゆみ - A COMPLETE ~ALL SINGLES~ - TO BE PVはTO BE

浜崎あゆみ/A COMPLETE ~ALL SINGLES~ (DVD付き)浜崎あゆみ - A COMPLETE ~ALL SINGLES~

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス解析
ビジネスブログランキング
にほんブログ村 
メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村 音楽ブログへにほんブログ村

2009/11/05

浜崎あゆみが公式にカバーした曲

 息抜きに、久しぶりにayuのことも少し書いておきますか(^^)

 TVで歌う場合とかを別にすると、ayuが公式に発売されたアルバムの中で、他人の曲をカバーで歌ったのは、2枚目のベストアルバム"A BALLADS"で、ユーミンの「卒業写真」を歌ったのと(こっちはiTunesにはないみたい)、"Startin’/Born To Be… "のマキシに収録された,TRFの浜崎あゆみ - Startin'/Born To Be... EP - teens (acoustic version)"teens"ぐらいじゃなかったかと思います(記憶違いがあればお許しを)。

●あゆ好きタクシードライバー 浜崎 カウントダウンライブ2007~2008 卒業写真(YouTube)

 ↑これは私がまだDVDでも観ていない、"ayumi hamasaki COUNTDOWN LIVE 2007-2008 Anniversary"のでしょうね。敢えて走りながら車内で流しているのを、流れ行く夜景をバックに映像化しているセンスが気に入りました。
"
A BALLADS"のは、ひたすらしっとり調で、かなりスタイルが違います。
もっとも、ayuって、アルバムで録音する時と、ライブでは、歌唱スタイルを意識的に大胆に変えて、それぞれ別の効果を追及する人のようです。

●Hamasaki ayumi / 【teens】 trf cover(YouTube)

 ↑こっちのは、私が2006年の ~(miss)understood~のツアーの楽日に聴いた日の映像だと思います(^^)
 アンコールの冒頭で、確か"HEAVEN"の次に歌ったんだけど、大熱唱でした(この時のことはこちらで記事にしています)。

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス<br /><a href=ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村 音楽ブログ 女性ミュージシャン応援へ

2009/10/21

やさしさに包まれたなら -「魔女の宅急便」とバリントのフィロバティズム-

 キキは突然飛べなくなった。

 最大の引き金は、依頼人のおばあさんがせっかく孫娘のために心を込めて焼いた包み焼き・・・しかもその完成のためにキキも古い薪オーブンを稼動させるお手伝いをしている・・・を、突然の雨にずぶ濡れになりながら届けた先の孫娘の反応、

「だから、いらないって言ったよ。あたし、このパイ嫌いなの」

との言葉と共に扉が冷たく閉ざされたことだった。

 キキは下宿先のオソノさんの心配りもあって一度は立ち直る。しかし、せっかく初デートに出かけたトンボの友達に「あの孫娘」が含まれていると気がついた時、突如豹変して家にひとりで帰ってしまう。

「ジジ、私、どうかしてる? 素直で明るいキキはどこかに行っちゃったみたい」

 ところが、ジジはただの普通のネコのようニャーと応えるのみ。ジジはすでに恋人のメス猫ができてから、関心がそちらに向かい始めて以来、「普通のネコ化」が徐々に進行していたようだが。

 しかし、ジジの言葉が解せさなくなったことに気がついた瞬間、キキは嫌な予感に襲われ、箒(ほうき)にまたがってみる。

 魔法の力が、ほんとうに弱くなっている。

 それでも飛ぼうと繰り返し試みるうちに、旅立ちの際に母から譲り受けた箒そのものが折れてしまう。

 こうして、キキは完全に、故郷との「つながり」の証し、(人語を解するジジと母の箒)、すなわち、精神分析的対象関係論のウィニコットが言う「移行対象」を喪失する。

ウィニコット/遊ぶことと現実 (現代精神分析双書 第 2期第4巻)

(楽天ブックスはこちら

 生まれ故郷から大都会に舞い降りた段階から、何か人との間に、独特のよそよそしい「隙間」を感じることが時たまあることに当惑し続けていたキキの慢性的なストレスは、ついに限界に達したのだ。

 キキの生まれ育った故郷とは、我々の少なからぬ部分が、遥か彼方の幼児期に体験していた、世界との幸福な一体感、まさに「やさしさに包まれた」頃の体験世界の理想化された象徴である。

 (・・・・それにしても、宮崎駿さんの、キキのくるくる変わる感情の移り変わりを画面上だけで表現し切れてしまう力は、今観直しても、とてつもない域ですね)

****

 キキに救いの手を差し伸べてくれたのは、すでに偶然の縁があった、夏の間は森に住む、絵描きのウルスラだった。

 ウルスラは、前にキキに会った時の印象に触発されて、一枚の絵を描きつつあった。しかしキキに当たる少女の顔の部分の表情がどうしても決まらないで、その絵をやめてしまおうかとすら思い悩んでいた。キキ自身をモデルに写生することから立て直しを図りたくてしかたなくて、なかなか再来しないキキに会いに行ったというのがほんとうのところだろう。

 ウルスラはキキを写生しながら思わず口にする:

「あんたの顔いいよ。この前よりずっといい顔してる」

 落ち込んでいたキキは、恐らくこの言葉に内心きょとんとしたことだろう。

「魔法も絵も似てるんだね。私もよく描けなくなる」

 寝る前の語らいの中で、ウルスラは口にする。

「そういう時、どうするの? ・・・・私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのかわからなくなっちゃった」

と、思わず尋ねるキキ。

「そういう時にはじたばたするしかないよ。画いて画いて画きまくる」

「それでもうまく行かなかったら?」

「画くのを止(や)める。散歩をしたり、景色を観たり、昼寝をしたり、何もしない。・・・・そのうちに、急に画きたくなるんだよ」

「なるかしら?」

「なるさ。・・・・私も絵を画くのが面白くって仕方がなくて始めたんだけど、ある時、画いた絵が気に入らなくなった。誰かの真似に過ぎないって気がついたんだよ。どこかで見たことあるってね。自分の絵を描かなくっちゃ!ってね。・・・・でも、その後、少し前より、絵を描くってこと、わかったみたい」

 ・・・・このウルスラのセリフ全体が、宮崎さんの経験談それ自体であり、肉声そのものであることはつとに知られているだろう。

 「魔法って、呪文を唱えるんじゃないんだね」

 「うん、血で飛ぶんだって」

 「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血、神様かだれかが与えてくれたんだよね・・・・おかげで苦労もするけどさ」

 ウルスラが、夏場は森の中でひとりで生活し、冬場は都会ではなくても、すでに開拓された田園地帯か何かで生活するという、森と平地との間「辺境人」的性質を持つ存在であることは興味深い。

 精神科医の中井久夫先生が、壮年期の二大名著、姉妹作というべき「分裂病と人類」「治療文化論―精神医学的再構築の試み」で強調するところによれば、洋の東西を問わず、古来、森の中とは人間界から切り離された「異界」であり、森の中に独居する、「薬草を栽培する老婆の文化」は、地域共同体の辺縁に置かれつつも、地域治療文化の大事な一部として暗々裏に統合されていた。

 それがいわゆる「魔女狩り」の対象とされるのは、実は中世のことではなく、宗教改革以降の近世初頭以降の出来事であることは、実は誤解されがちなことである。

 ところが、ヨーロッパにおいて、多くの宗教者や社会改革家(急進的な「世直し」をしようとする人たち)、そして近代の「力動的」精神医学の基礎を築いた大家たちの故郷は、非常に多くの場合、こうした「すでに切り開かれた平地」と「森」の辺縁地域の出身者が多いことを中井先生は指摘する。

 フロイトの出身地然(しか)り。ユングの出身地然り。精神分析が発展を遂げたヴィーンそのものが森の都に他ならない。

 ウルスラが、この物語の中で、図らずも魔女であるキキの癒し手として機能できたのは、ウルスラ自身が、そのような俗世間と森の世界の「境界人」的側面を強く持っていたからではないかと思われる。

 これはこじつけでもなんでもないと思う。

 宮崎さんだって、思っているはずだ。アニメーターなんて、世間の桧舞台に立つのは実はおかしくて、もっと「ひっそりとした」「地味な」商売だったはずなのに・・・・と。

*****

 さて、この作品に限らず、宮崎作品の飛行シーンは、他の誰も真似ができない域のものであることはよく言われるとおりである。

 そのことの最大の秘密は、実は宮崎さんが、飛行を支えているのは空気に他ならないということに徹底的にこだわっているためだと思う。

 日本のアニメは、「宇宙戦艦ヤマト」の時代から、宇宙空間を中心に飛行シーンを描くことに特異的に発展したために、この「空気があっての飛行」ということに対する感性がアニメーターの間でほんとうには熟成されないままになりがちだった。

 振り返ってみれば、これまで宮崎さんが関与した作品の中で、宇宙空間を舞台にしたものが、果たして一本でもあったろうか???

 飛行機乗りは、そうやって「大気を味方につけ」ないと飛行機を操れないことを嫌というほど知っている。

 そして、更にはその大気との関係と共に重要なのは、飛行するための道具としての「機体」と操縦者が、自分の体の延長であると感じられるところまで「一体化」できるかどうかである。

 この「魔女宅」のクライマックスシーンにおいて、故障し、大破した飛行船にぶら下がったトンボを助けんがためにキキが活用したのは、たまたま通りがかりの清掃夫のおじさんが持っていた、ありきたりのデッキブラシだった。

 キキがこのデッキブラシの操縦に手こずったのは、スランプ脱出直後の初飛行のためばかりではなかろう。更に、単に箒の場合とは勝手が違うというだけですらなく、心を込めて魔女が手作りしたハンドメイドではなくて、量産型の既製品だったからに他ならないだろう。

 おかげでその「機器」との「対話」が成立しにくいのだ。「人馬一体」にはほど遠い。

「こら! いい子だから言うこと聞いて!」

「まっすぐ飛びなさい! 燃やしちゃうわよ!」

 このような、「モノ」に過ぎない筈の対象に身体ごと「潜入(dwell in)」して、試行錯誤の身体的「対話」を重ねて、はじめて高度な習熟スキルとして自在に操れるという点が、単なるマニュアル的な「技術(technique)」と習熟的な「技能(skill)」の違いであることは、ハンガリー出身の科学哲学者、マイケル・ポランニ(ポランニュイ・ミハイー)の「暗黙知の次元」 で詳しく述べられている。

 そして、このような、多くの人にとっては身の危険を犯すスリリング過ぎる活動(曲芸や楽器の演奏やスポーツなども含まれよう)に没頭する人たちのことを、ハンガリー出身のイギリスのもうひとりの精神分析の大家、マイケル・バリント(バーリント・ミハイー)は、「フィロバット」と呼んでいる。

バリント/スリルと退行

バリント/治療論からみた退行―基底欠損の精神分析

 (このバリントの2大名著はまたもや再販されない状態に入ったみたいなので、この件については、私の学会発表時の添付資料としての2冊の抜粋がPDFとしてサイトに載せ続けているので、興味のある方はこちらからご覧いただきたい)

 「フィロバット」的人物=「フィロバティズム」が優勢な人物においては、はっきりとした輪郭と「固形の」性質を持った、「反発(objection)性」がある、自分からは独立した「対象(object)」との関わりに生きているのではない。

 古代ギリシャから言われてきた四大元素、すなわち、「土」「水」「火」「風=空気」という、自由に形状を変え、流動的で、対象を「包み込む」こともできる「前-対象」との友好的(frendly)な関係の中に生きている。

 バリント自身の言葉を借りれば、「魚にとっての水のごとき」環界との友好関係信頼していられないと、自由闊達にそのスリリングな能力を発揮できないのがフィロバットなのだ。

 突如別のアニメ・コミックを引き合いに出せば、「キャプテン翼」の名言、「ボールは友だち」の世界である。

 観ている人は、サッカー選手がいとも鮮やかにボールを「操って」いるかに見えるかもしれない。しかし、選手の主観は正反対のはずだ。まるでボールの方が自分のために最大限の協力を惜しまないかのようにして自発的に協調してくれているという感覚のはずである。

*****

 ところが、このフィロバディズムを生きる人たちは、自分をつつむ外界との圧倒的な信頼感・一体感に亀裂隙間が生じると、たいへんな危機を迎える場合がある。

 キキが陥った「飛べなくなる」状況は、まさにその典型だろう。あの孫娘が冷たく扉を閉じた瞬間、キキとキキを包む「世界」全体の間に深刻な「壁」と「亀裂」「隙(す)き間」が立ちはだかったのである。

 キキはもはや心から自由に「呼吸」することができない状態に陥った(風邪を引いた)。そして、せっかく心が通い合ったかに見えたトンボが、「あの孫娘」とも友達であると知った瞬間、トンボも「向こう側の世界」=「同じ空気を吸ってはいない存在」ではないかという疎外感に一気に引き込まれ、キキは自ら心を閉ざしたのであろう。

 (確かにそれはキキのひとつの思い込み・・・いかにも思春期的な・・・に過ぎず、エンディングではこの孫娘と二人が親しく会話しているシーンが挿入されてすらいる! これは単にキキが有名人になったからだけではなくて、その後交流するうちに孫娘の人間の全体像が見えていなかったことにキキも気づいたのではなかろうか)

*****

 不幸にしてそうでない人もいるが、多くの人は、全く天真爛漫に、世界との一体感に浸り、心安らかに浸っていられたかすかな記憶のようなものを抱えて生きている。

 そのさりげない記憶の世界でその人を「包んで」いる「やさしさ」とは、必ずしも人からのやさしさではないはすだ。

 陽の光、何げない風景の一つ一つ、それどころか室内の家具調度のひとつひとつ、つまり、自分を包む「世界」全体が、自分をやさしく見守ってくれているかのような体験だったのではないかと思う。

 (私がそのことをはっきり思い出した時の記録は、先述の学会発表時の論文集の本文の方にエピソードとして記載している。そちらもPDF化してあるので、興味のある方はこちらをご覧いただきたい)。

****

 さて、「魔女宅」のエンディング・テーマは、ユーミンこと荒井由実(松任谷由実)の初期の名曲、荒井由実 - ミスリム - やさしさに包まれたなら「やさしさに包まれたなら」である。

 こちらからリンクをたどっていただいて、歌詞をもう一度丁寧に読みなおしていただくと、ある事実にお気づきになるかも。

 ここに登場する「やさしさ」で包んでくれる存在の「正体」(?)とは、実は恋人ですらなく、生身の人間ですらなく、世界そのものだということ。

*****

 そして、きっと、

> 大人になっても、奇跡は起こる

のである。

*****

 ところで、エンディングをよく観ると、キキの乗っている箒は、掃除夫のおじさんに「必ず返します」と言った筈のデッキブラシのままなのである。

 トンボが作りつけてくれた鋳物の看板ですら、デッキブラシ姿ですよね。

 これは単に「事件」を解決した象徴だからとか、縁起かつぎ(?)などではなくて、ひょっとしたら、キキ自らが「選択した」行動だとも思えるのですが。

 このあたりの意味、考えてみるに値すると私は思えてきました。

*****

 この記事への「あと書き」がこちらにあります。

 【追記】:この記事の姉妹作(?)となった、「崖の上のポニョ」論はこちらです。

 バリントの「治療論からみた退行」についての総論を、こちらで書きました。

魔女の宅急便 [DVD]

MISSLIM(「魔女宅」で使用されたのと同じ、テンポの速いバージョンが収録)

●王子のきつねさんサイトでユーミンの代表曲のYouTubeをまとめたエントリーへのリンク

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス<br /><a href=ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村 音楽ブログ 女性ミュージシャン応援へ

2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス<br /><a href=ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村 音楽ブログ 女性ミュージシャン応援へ
にほんブログ村 ニュースブログ ニュース批評へ

 

2008/09/24

昨日からにほんブログ村に参加しています。どうかよろしく!!(第2版)

 すでにお気づきの方もあるかもしれませんが、やっと昨日午後から参加しています。

ブログランキング・にほんブログ村へ

 私のプロフィールはこちらです。


 《2008/9/25 19:08更新》

・メンタルヘルスランキング 573位 -5167サイト中
 └心理カウンセリングランキング 14位 -130サイト中
・音楽ランキング 1022位 -9033サイト中
 └女性ミュージシャン応援ランキング 8位 -60サイト中
・ニュースランキング 392位 -2540サイト中
 └ニュース批評ランキング 60位 -226サイト中
・総合ランキング 29793位 -218968サイト

です(^^)

今後は、以下のクリック、どうかよろしく!


人気ブログランキングへ
ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへにほんブログ村 音楽ブログ 女性ミュージシャン応援へにほんブログ村 ニュースブログ ニュース批評へ

2008/02/29

"garden"......ユーミンの名曲のカバーも含む、高杉さと美の魅力満載のファースト・アルバム

Gardengarden(DVD付) / 高杉さと美高杉さと美 - garden
(RZCD 45822)


1.Intro.~primary colors~
2.旅人高杉さと美 - garden - 旅人
3.いちばん やさしい風
4.雪星高杉さと美 - garden - 雪星
5.この胸にずっと
6.ホームタウン
7.君よ,光の礫を投げて高杉さと美 - garden - 君よ、光の礫を投げて
 8.the FLUTTER of WINGS
 9.百恋歌高杉さと美 - garden - 百恋歌
10.一緒に
11.ノーサイド高杉さと美 - garden - ノーサイド
12.そして僕は途方に暮れる高杉さと美 - garden - そして僕は途方に暮れる
13.遠く離れても高杉さと美 - garden - 遠く離れても
14.鏡色
15.雪星
(Cubismo Grafico Twinklin’ Mix)(初回のみ収録 iTunesにはなし)


(★以下の内容、iTunes Storeのレビューに掲載されました!!)


 高杉さと美は、本格派であるにも関わらず、avexの女性シンガーの中で、ゆっくりしたペースで焦らず前に進んでいるように思う。まずはその、「ふるいつきたくなるような声の魅力」。

 それを無理なく生かす曲となると、こういう、一見少しオールドスタイルの曲が並ぶのだろう。もう少しアルバムオリジナルの曲に冒険があってもよかったという意見もあるとは思うが。

 シングル/マキシでの既出曲を含めて、名曲のカバーが何曲かあるが、個人的には、ユーミン
高杉さと美 - garden - ノーサイド「ノーサイド」
に喝采!! 彼女にぴったり!! この曲がこれをきっかけにリバイバルされることを切に願う。

 ユーミンの原曲は、同名タイトルのこのアルバム収録。このアルバム自体がユーミンの傑作のひつですね。


●Yahoo! 動画 高杉さと美 チャンネル(IE系ブラウザでないと再生できません)

●無料動画 GyaO 「高杉さと美」の動画一覧(IE系ブラウザでないと再生できません)

●高杉さと美 official website

●高杉さと美 ♪1stアルバム 「garden」 (080220 on sale) メッセージ(YouTube)

●百恋歌(YouTube)

2007/11/12

夢フォーカシングのコツ(第2版)

 夢フォーカシングについてまとまった記事を書くのはこの時以来で、内容は一部重複しますが、1年半たって、もっと描き込める気もしましたので、この記事をお読みになる価値はあると信じます。

ジェンドリン/夢とフォーカシング(村山正治 編訳)

 夢フォーカシングについては、福岡大学の田村隆一先生が日本では特にお詳しく、セミナーや「フォーカサーの集い」などで繰り返し講義やワークをなされていますが、どうも、ジェンドリンが上記の著作で書いているままの個別セッションを引き受ける態勢にある場となると、日本ではたいへん限られているようです。

 日本における夢フォーカシングの紹介は、比較的早く、「夢とフォーカシング」(原題が"Let Your Body Interpret Your Dream".....「自分の身体に夢の解釈をしてもらう」)翻訳に続いて、池見陽先生編で、実は私も分担執筆している「フォーカシングへの誘い」に、森あい子さんによる、大変わかりやすい、迫真的かつユーモラスな(?)実例が掲載されています。

 しかし、インタラクティヴ・フォーカシングや、こどものためのフォーカシング、ホールボディ・フォーカシングについては、日本に既に何カ所か拠点があり、活動が盛んなのに比べますと、以外と地味な展開のように感じています。

 夢フォーカシングは、フォーカシングの経験がない皆様にも堪能できるものです。個人的には、夢のワークとして、これだけおもしろいものは滅多にないと思っていますが、フォーカシングの経験をある程度積まれた方の場合、通常のフォーカシングよりも軽快なプロセスでありながら、プロセスがいきいきと展開し、通常のフォーカシングでは超えられなかったDead Endを易々と超えていくほどの体験になる場合もあります。

*****

 ところが、ジェンドリンの上述の本に書かれているのは、一見、20近くの「質問」が並列的に記載されているように見えてしまい、段取り的にはどうなるのかとか、質問をどういうタイミングで、どのように繰り出すのいいのか、見当がつきにくいのですね。

 そのことが気になっていた私は、すでに1993年の段階で、

 ●「夢フォーカシング技法の面接場面への適用に際しての幾つかの実用的示唆」
  人間性心理学研究 第11巻 第2号

 という論文を書いていました。

 そこで、私は、まず、順序として、3つのステージに区切り、

1.夢を話してもらい、途中で少しずつ内容を投げ返し、話者に助言者の理解に間違いがないかどうか、丁寧確認していく。

2.話者に、その自分の夢についてどう感じるか、どう理解するか、自由に話してもらう部分

3.助言者が、様々な示唆的な質問を一つずつ提案し、話者が、気に入った質問を自由に試してみる部分

としてみました。

 そして、この3.の部分の《質問》群を更におおまかに3つの方略に分け、

3a) 場所の方略
3b) あらすじの方略
3c) 登場人物のの方略
3d) その他の方略

.....これらの方略それぞれに分類できる幾つかの《質問》に、平易で無理がないものから、更に高度なものへという深め方の提案順序が、Level 1 からLevel 4まであるというふうに整理しました。

 夢フォーカシングの20あまりの《質問》は、すべて提案してみる必要はなく、ほんの幾つか幾つかやってみるだけで自然と大きな展開が生じ、十分堪能できるものになることが少なくないかと思います。

 逆に、その柔構造な側面が、技法を学ぶ際に見当つきづらく感じさせるようです。そのための目安としてのチャートを作ったつもりです。

 実は私の夢フォーカシングへの習熟は、この1993年に一応完成されていたのですね。


******


 思いつきで、ひとつだけ示唆します。

 私が「登場人物の方略」の一番アドバンスなものに一応位置づけた、ジェンドリンの「登場人物になってみる」という質問がについてですが、この時、ジェンドリンは、見知らぬ登場人物や、場合によってはさりげなく場面に登場登場している「無生物」になってみるのが面白いと明言しています。

 夢の話の中で。話者が自発的に具体的に言及したアイテムなら、なんでも素材になり得る。

 例えば、
 
 「私は、普段はまず行かないようなしゃれた店で、ワインを片手に、赤いレンガの壁のそばの席で、中学時代の片思いの人とデートしている夢を見ました。キャンドルが美しくて雰囲気よかったですね。でも、その対話は結構ヘンな対話で.....(以下略)」

という夢が報告されたとします。

 夢について語った人が具体的に明言したアイテムなら、登場人物が対話している建物の「壁になる」とか、「テーブルの上のキャンドルになる」とか、「飲んでいるワイン」になるというような、一見唐突なアイデアです。

 最初は素っ頓狂に思えるでしょうが、好奇心半分で,」ユーモラスに、それらのアイテムの「身になって」場面を感じてみると、予想もしない展開に爆笑したり、思いもよらない深い体験ができることもある。

 例えば、夢の中のけんか相手に「なってみる」などという、いかにも正攻法な思いつきをあっさりやってみるのではなくて、搦(から)め手から遊び心でやってみると結構面白く、夢フォーカシングの体験そのものが苦しいものになる危険を大幅に軽減しています。

 それこそ、なぜか、この提案を話者がやってみたら、その、夢の中での「片思いの相手との奇妙な会話」の含蓄が、夢を見た人に、その人の一見夢の内容と無関係な現実状況と一気にスパークするみたいな洞察をもたらし、身体までスッキリす
ことなんて、結構あるのです。

 リスナーで提案の助言者である側の人物には、夢フォーカシング技法を、普段から柔軟に自分に使い込んでいるからこその余裕と、遊び心、そして、いわば芸人が観客を舞台にあげて、決して傷つけない形で爆笑の対話の場とできるようなセンスが必要かと思います。


******

 .......というわけで、湘南フォーカシング・カウンセリングルームの「フォーカシングによる夢分析」コースは、1時間わずか4,500円で、すごく贅沢な時間を過ごせるかもしれない場なのですが.....

 私は、完全にジェンドリンが上記著作で書いている通りの技法を自由に使いこなせます。

 条件はただひとつ。できるだけ最近みた新鮮な夢であること。

 詳しくは思い出せなくて、断片的で、ワンシーンだけしか覚えてなくていいです。それでも1時間堪能できる場合もあります。


※追記

↓うちの弟子がネット上でこんなこともやっていたりするので。

●夢分析(夢フォーカシング)のプロのカウンセラーです。 (Ameba リクエスチョン)


*******

 ちなみに、ユング派の夢分析や、ボスナックのdreaming body(ご本人のワークショップに出ました)、あるいはゲシュタルトのワークとどう違うの? ....とお感じの皆様、皆様がこれらの体験に慣れ親しんでおられても、まさにそういう皆様にこそ新鮮なものになるか思います。 


2007/04/29

ここ数年観た「映画」の最高傑作 -時をかける少女-(第2版)

「時をかける少女 」(監督:細田守 声の主演:仲里依紗)

 前の書き込みで思い出せませんでしたけど、私が「最後に」観た新作アニメは、高橋留美子原作の「人魚の森」のテレビでの放映でした(^^;)

 

 このアニメ化そのものが、作画に多少のばらつきこそありますが、秀作と言っていいものだと思います。このテレビ放映の際のavexのCMが,私とayuとの運命の出会いです。

ayumi hamasaki RMX WORKS from SUPER EUROBEAT preaents ayu-ro mix 3

ちなみに、このお店、このCDをCCCDって解説してるけど、そうではありません。ayuのユーロビートのリミックスCDは、すべてCCCDでもHDCDでもないのですが。.......いずれにしても、私とayuとの出会いはのっけがユーロビートだったんですね。

 それはさておき。


*****


 今回のアニメ版「時かけ」ですが、総合的に観て、私がこの数年観た、アニメのみならず、「映像作品」の中で、最高傑作であり、こういちろう超おすすめの一本であると断言いたします。

 .....といいますか、私の観て来た「全アニメ作品」の中で、私がもっとも評価したいし、感激し,楽しんだ作品のひとつであり、この水準に到達した実写映画は滅多にお目にかかれないとまで感じます。

 まず、「エヴァ」でおなじみの貞本義行さんのキャラクターデザインがベストマッチ。

 本格的に劇場仕様アニメを見るのは5年ぶりぐらいなものですから、完全に「浦島太郎」化しているのでしょうが、完全デジタル作画と思える背景美術の繊細な空気感だけでも、私には新鮮そのものでした。

 最初はキャラクターの動画だけが平面的なのがいやに気になりました。でも、それに見慣れてくると、いわゆるアニメキャラチックな美しさはさほどないけど、表情をはじめとする演技のさせ方の動画が、むしろ古典的ともいえるリミテッドアニメの持ち味をこそ逆利用したやり方でですけど、非常に行き届いており、繊細な感情表現が、ベストの水準でしょう。

 そして,何より充実しているのは、脚本ではないかと思います。これをそのまま実写で演じさせてもイケるだろうといいたくなる,心情表現の圧倒的な緻密さとデリカシーですね。しかもそれがつくりものめいてなくて、いかにも、今どきの高校生のメンタリティと感じさせる、適度にラフな「活きた」セリフ回しになってもいる。

 でも、これ,アニメでないと、ここまで登場人物の感情をいきいきと表現できなかったことも間違いない。

 私としては、何と言いますか、今の中学生や高校生がこの作品を観ても,胸がいっぱいになるくらいに感動し、笑い転げてもくれるのなら,日本の未来は十分明るいと思えます。

 そして,私のいない間に(おいおい、そこまでいうかお前)、日本のアニメ文化が、全く順調に成長している証しを、充実した手応えで感じさせていただきました。

 この作品を観る限り、日本のアニメは、十分に、私の期待した方向「にも」どんどん前進し続けていますね(^^)


****


 それにしても、主人公のおばさんの「魔女おばさま」は、主人公がタイムスリップする度ごとに、彼女の話を一から聴いていたことになるわけで、「カウンセラー」としてご苦労様です(^^)

 タイムトラベラーのカウンセラーは、こりゃ,重労働だな(爆)


 でも、何となく、彼女にも実はかつて「主人公と同じような経験」がある可能性を暗示しているあたりがニクいニクい!!


 .....ちなみに、こういちろうの計算を超えたところで、関連記事はこちらに続く。


******


【追記】見終わってからやっとケース裏側の解説を読むぐらいにまっさらな形で観たのですが、この映画、昨年の封切り時は全国で6館のみで上映と知って、呆然としました。

 その後、8ヶ月のロング・ランヒット、日本アカデミー賞アニメ部門をはじめとして、国際的にもいろんな受賞歴を既に持つと知って、ほっとしたところ。

 .......しかし,この映画を最初6館でしか配給できなかったというのは......日本の映画配給業界の審美眼/鑑識眼って、どうなってるんだ????


****


《注》:以前も一度書きましたが、私は大学院時代から10年ほど、「アニメージュ」「OUT」の読者欄の常連として、それこそ「阿世賀 浩一郎」の実名で次々掲載され、ついには読者代表としてアニメージュで対談し、グラビア掲載されたという経歴「も」持っています。

 例えば「となりのトトロ」や劇場版「パトレイバー」第1作のアニメージュ読者欄の感想の第1号は私なのですね。

 こうして,実名を貫いていると,自分の人生が、ささやかながら「フォレスト・ガンプ」化するのが楽しくもある、セレブではないこういちろうなのだ。


*****


●おまけ●

 私はもちろんNHK少年ドラマの「タイム・トラベラー」の同時代ファン。まだ小学校5年生ぐらいだったと思うけど、数年後の高校生の世界に胸ときめかせました。

 そして、大学生時代のアニメファンになってからは、大林宣彦監督、原田知世主演の「時をかける少女」の洗礼を受けている。大林監督の美学に圧倒的に酔わされたことは、私のその後の実写映画観に圧倒的な影響を残しました。

 ちなみに、原田知世さんのピクチャーレコードも確か持ってたと思う。その内容を含んで収録されているのがこのCDですね。愛聴盤。

 そして、この映画の原田知世さんが歌った主題歌の作詞作曲は言わずと知れたユーミンで、ユーミン自身による歌唱を収めたアルバム、"Voyager"は、個人的にはユーミンの最高傑作アルバムと思ってますが、これもLP時代からの愛聴盤ですね。

 更に、私は未聴ですが、今回のアニメ版主題歌は奥華子による「ガーネット」。挿入曲「変わらないもの」も収録。

 そしてこの2曲収録の奥華子のアルバム、"TIME NOTE"

 映画の中で使われたピアノ曲はバッハのゴルトベルク変奏曲、


そして、(.....ぜいぜい......)

原作本

.......お、終わった。。。。。。


******

 実は全然終わってなくて、アニメ版「時かけ」についての追記はこちら。

 そして、この映画を機会にファンになった奥華子さんの記事がたくさん続くことになります。

*****


 更なる追記:ちなみに(まだあるのか、おい?.......)、ブログランキングの検索でこの記事においでいただいている方がそこそこあるようです。ありがとうございます。この作品への他の若い方の感想をお読みになる上でも役立つかと。

株式会社ぽすれん

2006/08/24

"Ladies Night"vs."ガールフレンズ”(第2版)

■送料無料■浜崎あゆみ CD【(miss)understood】 06/1/1浜崎あゆみ/Ladies Night(フルアルバム"(miss)understood"および■送料120円 Cタイプ■浜崎あゆみ■CD+DVD【BLUE BIRD】■'06/6/21発売マキシアルバム"BLUE BIRD"に、「イントロが短くて、ほんのちょっと別歌詞バージョン」収録)
浜崎あゆみ - BLUE BIRD - EP - Ladies Night ~another night~

(歌詞の違いの問題については、Thanks to 王子のきつねさん!!

VOYAGER松任谷由実/ガールフレンズ ("VOYAGER" 収録)

どちらも、恋愛で傷ついている親友の女の子のために女友達同士で街にくり出す歌なんだけど、この最近のayuの歌を聴いただけで、連鎖反応的にユーミンのこの曲を思い出す世代というのは,かなり限られているのではないかと思います。リリースが20年弱違うから(^^)

 ayuはユーミンの「卒業写真」を浜崎あゆみ/A BALLADS "A BALLADS"でカバーしているくらいだから、ユーミンのこの曲を実際に知っていて,コンセプトのヒントにしていても何もおかしくないでしょう。もとよりこれは私の勝手な推測です。

 ユーミンの"VOYAGER"というアルバムタイトルが、即、ayuの超有名曲、
  浜崎あゆみ - Rainbow - Voyage"Voyage"
を連想させるあたりも、おもしろいでしょ( ^^)

*****

 敢えて違いを言えば、ユーミンの曲は、「すでに振られてしまった」主人公の「私」のために、女友達たちが久しぶりに集まって、一緒にくりだしてくれる歌。

 ayuの曲の方は、すでに破局が決定的だけど、まだ相手の男性との悶着が後を引いて、状況に巻き込まれて、放っておくと彼女が更に「逆切れ」して、いよいよ泥沼化して深手を負いそうな「友達」の方に、主人公のayuが、見るに見かねて、「危機介入」のために(爆)駆けつけるという歌だから、立場は逆なんですよね。

「悲しかったのは けなげだったあの自分のせい」(ユーミン)

「一見彼との戦いで、ほんとうは自分との戦い」(ayu)

というあたりも、響きあうものがありますけど、ayuの方がシビアですね。

 それこそ、「投影同一視」せず、自分の内面をしっかり見つめなさい!! って感じで。

 そして、■浜崎あゆみ CD+DVD【MY STORY】送料無料(12/15発売)"My Story"収録の
浜崎あゆみ - MY STORY - My Name's Women"My name' s  Women"
(この曲、「ある週刊誌報道」にayuがブチ切れて作ったと私は想像してますが)に通じる、

「女たちをなめたらあかんぜよ! 男ども!」

という「凄み」がありますよね。

****

 ちなみに、ユーミンの"Voyager"は、アルバムとしてみての完成度としては出色の物の一つと思いますので、昔のJ-POPのいいアルバム探しておられる若い方で、「みゆき系」は苦手という方には、おすすめの一枚。「時をかける少女」のセルフカバーも入っています。

****

追記:

 もっと本格的で総合的な"My Story"論まで書くつもりでしたけど、昨晩、今日が定休日なのをいいことに、むっちゃむっちゃ飛ばしまくったもんだから、我がフェルトセンスから「徐行運転」の指令が出ました。

 そこで、ロー・ギアでも気軽に書ける「小品」にいたしました( ^ ^ )

 でも、今度はさほど間を置かずに、本格的"My Story"論、出せる予感。

 なお「"vs."シリーズ」は「連載化」の予定です。

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス<br /><a href=ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村 音楽ブログ 女性ミュージシャン応援へ

2006/06/25

「ユーミンのデニース伝説 III」、『第2版』公開を敢えてここでご報告します!!

直前の記事、「ユーミンのデニース伝説 III」、第2版を公開しました。

前半は初版のままです。一文字も変えていません。
第2版では、後半に大幅な加筆があります。

初版をお読みの方、どうか「必ず」ご再読下さい。

********

 敢えて付言します。

 初版をアップした後、私の中に残った、微妙な、言葉にならない違和感

    「何なんだ、このモヤモヤは?」

これが、フォーカシングで言う「フェルトセンス」です!!

 フォーカシングが完全に身に付いている私は、こういう時、教示の段取りとか、関係なく、もはや無意識的にフォーカシング状態に入ります。

 すると、生じて来た、忘れていた細部の記憶の蘇り。

なぜ私はあの『母」と『子』、両方を救いたくなったのか」

について、私自身がショックを受けるくらいの「気づき」「洞察」が突然訪れ、

更に、みゆきの

> 私の敵は 私です

という歌詞が唐突に思い浮かんだ瞬間、

私は涙が止まらなくなりました。

これが、フォーカシングを「身につけている」ということです!!

より以前の記事一覧

コメント・トラックバックについて

  • このブログのコメントやトラックは、スパム防止および個人情報保護の観点から認証制をとらせていただいております。これらの認証基準はかなり緩やかなものにしています。自分のブログの記事とどこかで関係あるとお感じでしたら、どうかお気軽にトラックバックください。ただし、単にアフリエイトリンク(成人向けサイトへのリンクがあると無条件で非承認)ばかりが目立つRSSリンク集のようなサイトの場合、そのポリシーにかなりの独自性が認められない場合にはお断りすることが多いことを、どうかご容赦ください。

最近のコメント

はてなブックマーク


最近のトラックバック

last.fm


フォーカシングの本1

フォーカシングの本2

フォト
2012年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

banner

  • 携帯アクセス解析
  • Google Sitemaps用XML自動生成ツール
  • Firefox3 Meter
  • ブログランキング・にほんブログ村へ

ブログパーツたち

  • track feed カウンセラーこういちろうの雑記帳
  • アクセス状況
    アクセス解析

カテゴリー