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自分史

2019年7月19日 (金)

エリオット S.ヴァレンスタイン著「 精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」(2)

前回の続きである。

たいへん読みやすい本なので、残りの3分の2を2時間あまりで一気読みできてしまった。

もとより、それは私がこれまでの経緯上、心理カウンセラーとしては精神科薬物療法の基礎について学べてきた機会が多かったからかもしれない。

これを機会にカミングアウトしておくと、私自身、15年以上前の離婚後にうつ状態から心療内科医から「適応障害」の診断を受け、SSR!であるパキシルの服用を始めたもののそれが「濁った(としかいいようがない)」軽躁状態を引き起こし、周囲にいろいろな迷惑もかけ、同じくジェイゾロフトをしばらく飲んでいたものの、軽躁と鬱を繰り返す経過が続いていたところに、NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」を観て、自分が双極性II型障害であると判断し、薬を抗てんかん薬系の気分安定薬、デパケンとラミクタールの飲み合わせに変えてもらった(当時の医者は私に言われるがままに変えてこれました。無責任だなー)経歴を持つ。

そうした中でも、精神科医kyupinのブログではいろいろと勉強させていただいて来たし、「今日の治療薬」の愛読者でもあった。

もっともそれでも気分の波があり、このブログ自体、実は数か月にわたる休眠期間と復活を繰り返してきたことはバックナンバーをみればわかるとおりである。

そうした波の中でも私は「経験の蓄積」は続けて現実感覚は身につけており、今回、過去の遺産総動員の3冊連続刊行によるひとまずけじめ付けと、要するに私は見栄っ張りなんだな(というか、天真爛漫な子供っぽさ丸出しだった・・・ただし自分にないものを持っている人には謙虚だったけどね)と気がついたところで20年の総決算ができたと感じている。

非常に矛盾することだけど、私の40歳ぐらいまでの生産性がむやみに高かった時期というのは、今の軽躁どころか更にハイテンション!でのウェルバランスだったことにも気づいてきている。調子がいい時と疲れやすさのギャップがひどかった。会議でも少しでも退屈すると居眠りしていたが。

ちなみに、話題の飛びやすさ(「転導性」)は私の性格ですからお許しください。

まあ、20年年取ったからその頃と同じとはいかないでしょうけど、これからは再びオリジナルな長い文も増えていくと思います。恐らく以前ほど「粘着的」ではなく、あっさり書くし、YouTubeなどのビジュアル、フル活動で見やすくするでしょけどね。

これから当面ブレる心配はないと思いますが、ちょっとある「大人の事情」がありまして(^^;)、突如しばらくブログを中断し「雲隠れ」する時期があるかもしれませんが(その時もTwitterとFacebookは続けていると思う)、ご心配なく。

******

・・・などということは置いといて、本書の後半3分の2なんですけど。「私にとっては」実に読みやすい。前にも書いたが「通史」として読むと頭の整理がつくが、実は私にとって目新しいことは何も書いてないに等しいのである。

内容は、精神疾患におけ神経伝達物質仮説がとこまで信頼でき、どこからが曖昧かという方向に進みます。具体的に言えば、統合失調症のドーパミン仮説と躁うつ病におぇるセロトニン・ノルアドレナリン仮説です。

実はこれらの仮説に基づいて作られた薬は60%ぐらいの人にしか効かないことが提起されます。

そして、原因が脳の「機能的」変化だけではなくて「器質的」特性に期起源をもったり、実際に「器質的変化」が環境因や薬そのものによって引き起こされる可能性について(海馬の萎縮とか)。

DSM(アメリカ精神医学会診断基準)の成立過程で、精神分析などの力動心理学と薬物療法を中心とする精神科医がどう折り合って来たのかとか、その「政治的」側面も。

大規模精神病院への長期入院の経済的コストを軽減する目的での薬物療法の推進。

製薬会社のプロモーションにどれだけ精神科医が依存しているか、一般大衆が感化されているか。

学会のスポンサーとしての製薬会社の影響力の強さ。(私自身てんかんと自閉症についての国際学会でしたが、実際出てみてどれだけ製薬会社のバックアップが大きいかに驚きました)

心理療法と薬物療法、両陣営の間での確執。特にアメリカでの保険適用における薬物療法の優位性の問題について。

心理朗報に関しては、ロジャーズのことも出て来ますし、認知行動療法や行動療法、対人関係療法の効果についても出て来ます。

そうそう、ADHDとリタリンのことも出てきますよ。

いずれにしても、筆者のスタンスは、決して薬物療法批判ではなくて、中立的な見地からその限界について問題提起しようとしているものです。

訳者も進めているけど、臨床心理士さんのも読んで得るものがあると思います。

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G-Tune

九州芸工大の学生になる夢

しつこく夢の話。

私は九州芸術工科大学の学部に入学したことになっている。

そしてどういうわけか芸工大に心理学コースがあることになっている。

そこでは私にとってはすくし物足りないほどに平易な講義や課題がなされている。

私は、"It rain"と同じような構文で表現できる可能性のある構文の例探しがなかなかでいないのに苦悶している。私の語学力はしょせんその程度かと。

同級生に男女二人のクラスメートがあり、いろいろ話し合っている。

「九大と統合されて、もともとの吸収工科大学の生徒はそ学力のギャップに苦しんでいる」という噂が流れている。

:*****

こんな程度の短い夢である。

 

夢フォーカシング。

九州芸工大は偏差値が高い大学で、私のいた西南学院高校からは、同学年ひとり現役合格しただけだった、当時の九大とどのくらい偏差値に差があったかは寡聞にして知らないが、私の同学年からは結局ひとりも九大への現役合格者は出ず。一狼で合格した人がひとりいたくらいである。

私の当時の学力からすれば、芸工大には1浪してもとても無理だったろうと思う。

講義もレポートも、とても私にとって平易なものではなかったろう。それが夢の中ではちょっと物足りない水準のものになっている。

夢の中に出出てくる二人の男女は、私の少し後輩にあたるが実際には九大の心理学系大学院を出て、現在大学で要職についているが、私に敬意を今も払ってくれているし、私もふたりの研究業績には一目置いていて、学会とかではフロアからいつも好意的なコメントをしてきた。

私は学部を法政文学部哲学科→立教大学院心理学専攻博士前期課程→東京大学大学院研究生(博士後期課後期課程相当)と何とも無茶なステップアップを分不相応にできたものなのだが、これはフォーカシングの領域で故・村瀬孝雄先生に評価され、英語力などからだけではとても及ばないところを、先生の東大への転出に伴い引き上げて行ってもらえたから可能になったこと(これゆえに旧帝大系の九州大学の前述の2人の院生と出会う機会を持てた)に過ぎない。

実際には教育調査統計については法政の夜学で学ぼうとしたものの、相関係数のところですでに行き詰まり、因子分析とかを自分で使うことなど全然足元にも及ばなかったか、幸い他の人の発表でそれらを使われても何とか理解できる下地にはなっている。

ちなみに私が立教大学院に合格するためには行動主義から認知心理学とか社会心理学まで独学で「原文で」読めるところまで何とか2狼して村瀬先生以外の実験系の教授たちをねじ伏せて乗り越えて可能になったものだ。

そのため、その後いくつかの大大学で非常勤講師として教養課程の心理学の非常勤講師を務めさせていただいたが、我ながら「凝った」、踏み込んだ内容のものを私なりにかみ砕いて講義することはてきたと思う。立教に当時の大学院に入るためには帰属理論(🏧ttibute Theory)についてまなり踏み込んだ理解ができていないと入れなかったから、教養の心理学でも、平然とそのへんまで教えていた。

自分なりに私の中学から高校当たりの成績は、得意不得意の差が異様に激しかったが(若干学習障害の気はあったかと思う)、親が自分の成績が良い科目(国語と世界史はダントツ)について全然褒めてくれない、そもそも私の成績に無関心で私の進路にもあまりに不干渉なゆえに私自身が「勉強すること」の意義についてあそこまで悩み苦しまなければもっと成績は取れたであろうアンダー・アチーパーだったとは思う。

東大大学院の講義や実習などでも、理解できなくて苦しむとかなくて、生粋の東大出身者を「頭の回転だけは優秀だな」というくらいにみていたから。

******

・・・何か自慢話的なものが長くなったが、夢の中で"It rain"的な構文の応用を探していて苦悶するというのは、恐らく、フォーカシングの領域で「雨ーが降る」という構文で言う「それ」が主語になる構文が「私は・・・と感じる」という構文における、日本語での「腹ーがー痛い」などという構文の「腹」の主語化の問題と関連している。

これはフロイトがいう"ES""(それ)いうものの"Ich"(私)とのの問題とも関連しているのだが、結局はフォーカシングにおけるフェルトセンスの、「私」についての主語と目的語についての問題に結びついている。

すなわち、フォーカシングにおいては、「私」がどう感じるかではなく「フェルトセンス(「その」感じ)が」どう感じているかについて「私は」どう感じるか、ということが肝心なのである。

・・・・何か、書いていて、これだけでは読者に独り言を書いている気がしてきたが、これらの問題については「入門・フォーカシング」と「カウンセラーこういちろうの雑記帳」では実に平易に解説していることなのでご心配なく、読んでみてください。

2019年7月 7日 (日)

高いビルの工事現場の足場の上に出て恐怖を感じる夢

またもや私のみた夢の話にお付き合いください。

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私は大学学部か大学院生である。

私は知り合いの大学生、あるいは大学院生(女性。私は彼女に片思いしているようだ)自分の書いた資料を渡そうとして、相手を探している。

相手のいる場所の目算はついた。

しかしそこに辿り着くには、高いビルの外側に張り出した工事中の足場を通るのがいいことに気がつく。

その足場は、鉄パイプを組み上げた上に木製の板を約1.5メートルぐらい「張り出させた」ものである。柵はない。

私は、通れると思いその上に乗って歩こうとするのだが、数歩先は地上までの「奈落」であることに気がつき、しりごみしてしまう。

足場はしっかりしたもので、下さえ見なければ渡れそうなのはわかっている。

何度も試みようとして、板の手元の方にまで出てみるのだが、下の方が見えてしまいそうなところまで出るのに躊躇して、結局伝え歩きでそうなのにそれ以上一歩を踏み出せない。

結局私はビル内に戻り、大食堂とも大会議室ともとれる広い空間へと行く。

そこには正方形の大きな机が整列して置かれ、それぞれの机ごとにまわりに椅子が数個置かれ、学生たちがその周りに座っていろんな討議をしながら「プロジェクト」を進めている。

そうした机は本来予約制になっており、その終了時間はあと1時間のようだ。

私は空いている大テーブル(2つしかない)に座って作業を進めようとするが、そこを「占有」することに躊躇を感じている。

ここで場所は一転する。

大きなダークグレーの壁や床で囲まれた抽象の高い閉じられた広い空間。ただしその空間は多面体のようで、垂直の角がない。

その真ん中に衛星放送の映るデジタルテレビが置かれている。画面が映っているのだが、非常に粒子が荒い、電波の弱いところのアナログテレビ並み。私は「衛星放送ってこんなに粒子が荒かったっけ?」と怪訝な気分になる。

「マクロス7」の第一話の放映が始まる。

最初の方は私が知っている通りにストーリーが進む。

ところが途中から私の知らないシーンの展開が始まる。

私は、「こういう展開なのを覚えていなかたのか?」という気分になる。

・・・ここで目が覚める。

*****

さて、夢フォーカシングをこれを書きながらライブで進めよう。

書いたレポートを好意を持っている大学院生に読ませたがっている・・・実際の私は当時、片っ端から周囲の女の院生に求愛して、振られてばかりであった。

レポートの内容によって相手に評価してもらおうとしていたようだが、今思い返せば、こんなのは求愛になってない。恋愛と学術的評価なんて別の次元のもの。

夢の中で求愛の相手になっているのは私がこれまで求愛してきたのとは別の、知らない女性のようだ。非常にアニマ臭いが、私が今度の本の魅力によって、院生でなくてもいいから、誰か私に好意を抱いてくれ、懇(ねんご)ろな関係にならないかという「下衆な」期待をしている面があることも確かしれない(^^;)

高い足場の上の綱渡り・・・似た場所は? 

一つは私が勤務していた法政大学多摩キャンパスの面接室の窓から見た光景。もう一つは私の父母が住んでいた高層マンションから見渡した風景。

正直いって、私は、父の死の後、世をはかなんで、母を残したまま、こっそりエアコンの室外機まで乗って、飛び降りられないかを何度も試みてみたことがある。

繰り返すうち、そこに真剣みが薄れ、半ばお遊び化していたが。

外壁を使った「綱渡り的」移動・・・下さえ見なければ実は安全にできるはず・・・これは、私がやろうとしている3冊連続刊行という「博打」のことだろう。

「無意識的には不安と恐怖にかられている」が、実際には「歩き通せる」・・・成果は目に見えているはず・・・ということの暗示か?

*****

「大会議室の大きな机の並んだ、みんなが討議している空間」・・・私が羨望を感じている、周囲の同業者の在り方だ。私は「予約なしで」、残された2つのテーブルのどちらかをひとりで占有しようとしているがそのことに躊躇している・・・これは現実とは異なる。今度の松江の日本フォーカシング協会の「集い」では、私は、今度出す「入門・フォーカシング」を教科書にする「出店」を早々に申し込み、受理されている(「予約」している)。ひとりぼっちで「テーブルを占有しようとしてる」のは確かだが。

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さて、厄介なのは「マクロス7」である。

ダークグレイの抽象度の高い多面体の角のない部屋というのは、「電脳子宮空間」の暗示だと思う。

「粒子が荒いハイビジョンデジタルテレビ」という矛盾。これは古い私のネット上の論考を「今の舞台」に載せようとしている私のありようと一致する。

たとえ敵味方が退却しても、無伴奏でも、「俺の歌を聴け~!!!」という熱気バサラのありようはあり方は私そのもの。

「途中から私の知らない展開になる」というのは、著作を刊行した後に生じる展開が、まさに「予想外の」、しかも結構しょぼい展開になる(少なくともそうなりはしないかと恐れている)・・・ということの暗示かもしれない。

更に言えば、6月30日に地上波で全国放映されたらしい、「君の名は。」を観そこなったことへの後悔とも関連するだろう。

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2019年7月 4日 (木)

制服姿の森昌子に歌を披露してもらう夢

今日も若干うつ気味だった。

うつと疲労感の違いが私にはわかる。

どうもここしばらく、ある種の神経伝達物質を偏った消耗の仕方をしていたように思う。

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また夢を見た。

今日もそのことについて書こうかと思う。

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夢の中でも、私は母校の西南学院高校の生徒である。

この高校は、私が通っていた当時は男子校で、地元の名門校、公立修猷館高校に不合格になった、スぺり止め組の、比較的頭のいい生徒がいる一方、ガラの悪い留年する生徒も一部いる男子高校だった。私も久留米の名門校、明善高校を不合格になってのすべり止めだった。(現在は男女共学で、結構進学校のようだ)。

私は教室で、教師から現代国語のレポートを褒められている(実際には世界史の先生だった人から。実際の私は世界史と古典が得意だった)。

しかし私は内心褒められすぎと感じていた。

夢の中でも、私はまもなく3冊の本を出すことになっているが、そのうちの一冊に途中で行き詰り、未完成のまま編集部に回したことになっていた。

先生の前ではそのことは語らないが、先生は結局そのレポートを私から回収して持って行ってしまう。

そのあと、私はクラスメートの男女数名(ヤンキーが多かった気がする)にその事実を明かし、いろいろな話をする(内容は忘れた)。

そのうちに放課後は遅い時間となり、窓から夕陽が差し込むようになる。

私は学校を後にしようとするが、カバン、体操服入れ、そしてどういうわけか鍋、フライパンその他、金属製の食器類が入った大きな袋、都合3つを持って帰らねばならないことに気が付き、それじゃ難渋なので一袋だけ教室の個人ごとの棚(扉はついていない)に置いて帰ろうかと思う。

そうすると、さっきの男子生徒の一人から、

「持って帰らないと明日までに他の生徒に持ち逃げされるから」

とアドバイスを受ける(その人の面影はよく知っている。結構仲のいい生徒会仲間だった。「ヤマト」を私に教えてくれたのも彼)。

学校の校舎を出る頃は、すでに日が暮れている。

階段を下りていると、女子生徒たちが、

「今度ここも共学やめるってさ、それじゃおつきあいもできなくなるよね」

という話をしている。

階段を降りきる前に、階段下に、制服姿の森昌子はいる。

私に向かって、

「先日はお父様に琴の会場のことで随分お世話になりました」

と挨拶してきて、それから一曲歌い出す。

その歌は知らない歌で、平易で魅力的なメロディであった。

・・・・ここで目が覚める。

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さて、夢フォーカシング

私の夢の中で、あまり柄の良さそうではない連中の吹き溜まりのような私立共学校の生徒となっているのは「定番」である。

現実の私は、すでに述べたように、西南大学への推薦入学も多いが、上の大学に進学できる奴らもいて、その一方で結構不良も多い高校の出身者である。

生徒会副会長でもあった私は、結構そういう生徒たちに、時にはいじられながらも結構話が通じる相手として一目置かれてもいたように思う。

ただ,私のように、早慶でもない、東京の他の六大学クラスに進学するものは稀であった。

私は学部→博士前期→大学院研究生と進むうちに、さらに一気にレベルアップできたのだが、実際の私よりも分不相応な道を歩めたのではないかという「正体を見破られはしまいか」という不安にさいなまれていた。

そういう私の「影」となり、無意識的に「補償」する方向で、ガラの悪そうな共学校が出てくるのだろうとは常々感じていた。

ところが、今回ははっきりと「西南学院高校」である。夢の中では、私が通っていた当時よりはグレたのが多いみたいだけど。共学校なのは違うが、これまでの夢のパターンよりは現実に近い「等身大」である。

このことは今の私はそんなに無理をしないでいることの証しかもしれない。

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夢の中で「今度3冊の本を出すことになっている」のは現実と同じである。実は「途中で行き詰った未完成の部分を残したまま原稿を編集部に回していて、焦っている」というのは、思い返してみれば、私の夢の定番である。

しかし、今回の三冊については、完成度が高いと思っている。

ただし、前著のエヴァ本を再刊してくれた幻冬舎(心理学に疎い編集担当者だった)は、その本が前の出版社から発売されていたのと「まったく同じ」仕様になるように印刷屋と掛け合うなど尽力してくれたが、欲を言えば若干「機械的な」編集・出版作業だったと思う。

これに対して、鳥影社編集部は、私の著作を「理解」「共感」して、評価をしてくれるのはいいが、ちょっと「褒められすぎ」と感じているところもある。(これが夢の中の現代国語のレポートについて、「褒められすぎ」と感じたことにもつながるかも)

三冊目、すなわち「カウンセラーこういちろうの雑器帳」は、ちょうどこれから初校に入るが、少し省略したい個所はある。でも、夢の中とは異なり、完成には特に困ってはいない。

ただ、3冊の中で編集部から一番評価してもらっているにも関わらず、ちょっと「背伸び」した、私にとっての「理想像」を、さも私が日ごろ実現できているかのように書いた部分もある、ええかっこしいだという点に若干の罪意識はある。むしろ必要以上に「完成度が高すぎる」ように見せかけている気もするのだ。

そういう思いは、特に一冊目、「入門・フォーカシング」にはない。完全に私が現実にやっていること身の丈「そのまんま」だという自負があるから。

「セーラームーンの精神分析」も、オタク論としては若干古いかもしれないが、20数年前の私が目一杯の全力投球で書いた密度の高い論考であり(「エヴァンゲリオンの深層心理」なんてこの論考に比べれば愚作である)、悔いはない。

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さて、夢の中のクラスメートとの本をめぐってのおしゃべり(その中には批判もあったと思う)は、実際にこれらの本を「一人だけ」の孤独の中で書き上げ、誰かからのアドバイスなしであったことへの願望の表れだろう。批判でもいいから聞きたかったのだが。

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「どういうわけか、鍋、フライパンその他、金属製の食器類が入った大きな袋」というのは、老いた母のために最近冷凍食品にばかり頼らずに若干料理もしているのだが、「もっと自分で作れ」という無意識からの声かも知れない。

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さて、問題の森昌子である。

私は彼女より一歳年下だから、デビュー最初から、そして桜田淳子、山口百恵と共に「花の中三トリオ」と呼ばれた当時から注目していたし、中学時代の、まだ演歌っぽくない彼女の歌にも馴染でいるし、彼女が制服姿(実際にはそういう姿で歌ったことはないと記憶するが)というのも得心がいく。

歌の歌詞は、目が覚める瞬間までは覚えていたが、忘れてしまったのは残念だが、ともかく平易な歌だったと思う。

一つ思い出すのは、私が最近「オペラ座の怪人」にはまったこととの関連である。あえて言えばクリスティーヌの歌う"Think of Me"に似ている素朴な曲かもしれない。

「制服」という面にこじつければ、ここしばらく欅坂46に結構ハマっていることとも関係するか?

彼女が私のアニマだとすると理解しやすいし(実はカラオケ好きだ)、もっと「檜舞台」で「表現」したい自分がいることも確かだろう。

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さて、最後に、なぜ森昌子は私の亡き父に感謝するのだろうか? 父は、琴の世話をしたことはないが、母親や関係者の日本舞踊には過剰なまでの世話焼きであったし、知り合いの保育園へのいろいろな、お節介に近い援助とか、いろいろな人たちに感謝されていた。

私ももっと他人のために「おせっかい」スレスレのお手伝いをしたり、地域のために貢献するようにということなのだろうか?

2019年7月 2日 (火)

子猫を鳥かごに入れて放置する夢

最近少し「飛ばし過ぎた」反動なのか、この2日間は疲労を感じ、若干うつ状態に陥って、過眠状態に陥っていたように思う。

そうした中で、さっきまで見ていた夢。

私は家で飼っていたと思しき子猫を鳥籠に入れて近所のお宮さんのあたりに放置してきてしまう。

しかしどうしてもそのことが気になってしまう。

私は籠の中にキャベツを入れておいたのだが、ネコにとってキャベツが餌として禁忌(ということになっている)であり、死なせてしまうのではないかと気になって様子を見に行く。

幸い、子猫は生きていたが、やはり子猫のえさは別のものがないかとか、そもそも子猫を鳥籠から出してあげないとならいのではないかと、気が気ではない。

シーンは突然飛ぶ。

(すでに亡くなった)父の税理士事務所のパソコン(結構高性能)が旧型になったので最新型に変えるべきだと思い、ちょっとお金がかるのを覚悟で注文してしまう。その場所には見知らぬ大人の40代ぐらいの男性が立ち会っている。

・・・そんな夢である。

******

私は夢フォーカシングすることにした。

私自身は、どうみてもネコ型だと思う、先日みた「キャッツ」にも容易に感情移入できたしね。

「鳥籠に入った子猫」・・・明らかに私自身であろう。私は新たに改修した自分の部屋を持っている。新たな私はまだ「産声を上げた」ばかり。

子供の頃、自分の家で、生まれたばかりの子猫をもて遊んでいるうちに、ほとんど虐待となり、それが原因で死なせてしまったのではないかと時々思い出しては後悔している自分がいることも思い出す。

私は最近「自分自身を虐待」しているのか?・・・まあ、少し背伸びして、「自分をいじめて」いることは確かかな。

本当の私はまだ「鳥籠の中に」いる? 。。。そうかもしれない。実際にはまだ世間知らずなのかもしれない。

でも、「鳥鍵」であって「壺」とかの密閉容器ではない。窒息する危険はないし、「世間」に開かれてはいるようだ。

子猫に対して「致死性の」食べ物を与えて放置している不安・・・ちょっといろいろなものに手を付けすぎて、「消化不良」になっているかな。商売っ気丸出しになっているし。

でも子猫は生き続けている。

「子猫」ときいて、遠くにいる息子たちのことも思いだす、実は夢の中で鳥籠にいれて放置していた子猫は二組の籠で、一匹ずつ入れていたような気がする。でも二人は実際には16歳と18歳になっている。もう子ネコではない。

そういえば、昨日部屋をあさっている中で、小さい頃の2人の写真が発掘され、母とともに懐かしく見ていったっけ。

子猫を放置したのが「お宮さん」だっというのも大事だろう。本当に歩いてしばらくのところに「櫛原天満宮」があり、私はそこに子猫・・・自分自身を置いたままにしているのだがそこは「神聖な」場所でもあるのだ。しかも「天満宮」であるから「学問の神様」でもある。

子猫に「なってみる」と、確かに「閉塞感」はあるし、自分ではそこから抜け出せない。でも「もうひとりの私」という「心配している存在」をあてにすることはできる。

*****

父親の事務所・・・実際に昔父親が私が子供のころ開業していた部屋そのものを私は今度自分の居場所にすることにした。

ただし、私のパソコンは2台とも、Pentium5iと7iのもので、メモリも32G積んでいる、せいぜい1年未満のものだ。ゲームもバリバリできそうな、オーバースペックの最新のものに近い。

エアコンだけは最新式のものに付け替えたが。

「見知らぬ男」の立ち合いとは何だろう?・・・ネット上での知り合い(顔にはモザイクがかかっている写真でしか知らないが)の背丈に似ている気がする(実は私とは同年代だが)。

本当は結構新しいのに、旧式になったと私が買い替えようとしているパソコンは、私自身か?。結構現状でもクレパーだと思う。これ以上焦って「新規更新」する必要は、実はない。私が独り相撲でしきりにアップデートを焦っているだけだ。もっとマイペースで本とかビデオとか楽しめばいいじゃないか。

******

ここまで夢フォーカシングしたら、若干頭に潤いが戻り、何も焦る必要がないことに少し気づけたような気がした。

更にこの夢についてのフォーカシングがアップデートできたら、このエントリーで補足します。

2019年7月 1日 (月)

SNSと「現実」への認識(改題)

もちろん、ここで書かれているように「使い方」をわきまえていることは大事。

単なるおしゃべりの場になったり、不要な論争に明け暮れるのは好ましいことではない。

Twitterなんて、うまく使えば自分にとって有益な情報しか流れてこないようにフォローする人を選べるようになれる。

そのための方法は至って簡単。自分のフォローしている人からのリツイートで気にいった人のプロフィールを調べて問題ないかどうかを確認できたら、どんどんフォローすればいい。

こうして、私の場合で言えば、ありふれたネロウヨのツイートも流れ来なければ、変な論争を挑まれて神経を消耗させることもなくなる。

こうやって私は限界の5000人をフォロー、1300人のフォロアーに恵まれて、楽しくて刺激的な活用ができている。

ネトウヨの意見を聴きたければ、刺激的なテーマでtogetterのまとめ記事を作ればいくらでもコメント欄にネトウヨは湧いて出る。でも私個人のtwitter環境は安全な場として守ることができる。

普段は余計な情報発信はせず、適度に受け身の情報収集にとどめ、ここぞという時だけに自分からツイート方がいいとは思う。

*****

でも、思うに、少なくとも私の知り合いの範囲の業界人はネットの使い方を知らない人が多い気がする。

「だから」

社会から閉じて狭い世界に閉じていることに気づいていない。

スクールカウンセラーの人たちとかは、本来は児相の仕事であることのコーディネーターとかして、難しい問題に日々苦闘していて、それどころではないのだろうけど。

Facebookで知ってる何人かは実にいい使い方をしている人もあるが・・・

私が今度「紙の本」にする「入門・フォーカシング」、「セーラームーンの精神分析」、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」、全部私のサイトに載せていた記事由来なんだけどね。

(このうちの「入門・フォーカシング」は電子書籍版も出ます。)

実は特に特に「カウンセラーこういちろうの雑記帳」はこのブログ発のエントリーまとめただけだし、コントロールパネル側から見ると毎日少しずつはこの本に納めたエントリーに来訪者あるんだけど・・・どの記事かはいちいち例示しない。

「紙の本」が売れなくなから。

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2019年6月30日 (日)

クリムトとムンク

現在東京都美術館で、「クリムト展 ウィーンと日本 1900 Gustav Klimt: Vienna – Japan 1900」展が開かれているそうですね。

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( ↑ 展覧会公式画像。「ユディト」)

私も東京時代にクリムト展は観にいきましたよ。

あの「金色」との対比の中で浮かびあがる人物像は、完全に自然光の反射を計算づくで取り入れたもので、実物をみないとその核心に迫れません。複製では駄目。

会場の照明がどうなっているかが成否を分けそう。ライトで照らしたりしたら最悪。

私が観た時の展示は、どこの美術館かは忘れましたが、自然光の入るオープン・スペース中心でした。 

クリムトは父親がボヘミア人なので、少し東欧系の香りが融合されています。美しくて、そんなに退廃的とは感じませんでした。

確か同じようにボヘミアの血も流れている同時代の作曲家・指揮者マーラーとも相性が良かったようです(どこかでほとんど「関係者」だったはず)。

クリムトはベートーヴェン・フリーズで有名ですか、

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(部分)

CDでマーラーの交響曲全集の各表紙をクリムトでまとめたのはクーベリックだったかな(クーベリックは生粋のチェコ人)。

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*****

一転して、ノルウェーの画家、ムンクのことを書きましょう。

私は2回ムンク展に行ったことがあります。

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「叫び」があまりにも有名で、独り歩きをしていますが、ここで「叫んで」いるのは真ん中の人物ではない。

実際にムンク展(一回目)に行った時に、カンバスの裏に回って目に入ってきたのですが、ドイツ語で、確か、

"Ich hörte die Welt weinen."

とありました。

「世界が叫んでいるのを私は聴いている」

なんですよね。

耳を抑えているとも、聴いているとも受け取れる構図にはそういう意図があります。

実は「叫び」の絵はムンクは大小取り合わせて数枚、同じ構図で描いています。

一回目の展覧会は、オスロ美術館からムンクの全作品を借り受けたもので、全部揃っていました。

晩年の作品は、ほとんど殴り書きの未完成なものが多く、ムンクの精神荒廃(統合失調症?)がうかがえます。

・・・それはそれとして、私が好きなムンクの絵に、「思春期」と題するものがあります。

Image

これは少女の初潮をあらわしたものと言われています。ベッドのシーツに赤いしみのようなものがありますよね。

後ろの黒い影が、まるで魂が抜けだしているかのようで、気になりますが、ムンクは多くの絵にこういう「影」をつけます。

この絵は一回目のムンク展のチケットに印刷されていまして、私はパスケースに入れていつも大事に、お守りのように持ち歩いていました。

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G-Tune

2019年6月29日 (土)

「入門・フォーカシング」と「カウンセラーこういちろうの雑記帳 -若い臨床家のために-」刊行によせて(日本フォーカシング協会ニュースレターに掲載予定)

〇〇〇〇〇〇 TR(久留米フォーカシング・カウンセリングルーム)

このたび、鳥影社より、2冊の本を連続して刊行させていただくことになりました。 

このニュースレターが刊行される頃には、前者がすでに発売中、後者が遅くとも11月中旬発売の状況だと思います。

2冊をこれだけ短期間に連続して刊行できることが異例ともいえますが、どちらも10年から20年以上前にインターネット上で書いたものが原型ですから、原稿をちょっとだけ手直しすればよかったのです。

編集部に最初に持ち込んだのは「入門・フォーカシング」の方でした。文芸・学術論文専門の出版社でしたが、「文章に強い説得力がある」と評価され、あっさり刊行に向かいました。

この本はWord原稿で30ページほどのささやかなものですが、私がフォーカシング個別指導やワークショップでやっていることを「そのまんま」書いています。つまり1時間で実際にしている内容なんですね。

基本的には、フォーカシングの名教師、アン・ワイザー・コーネルさんの影響が濃いのですが、冒頭の身体の感じを順次確かめる実習や、「フェルトセンスに問いかける」の部分に私なりの工夫が盛り込まれています。

さて、この本の刊行が決まった時点で、編集部に、「あのー、個人ブログにこんな記事を書き連ねて来たんですけど・・・」と打診したのが「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の方です。

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」は、私の個人ブログのタイトルそのものでした(現在は「カウンセラーchitoseの雑記帳」と名前を変えています)。

このブログは何でもやりたい放題でして、カウンセリング・心理療法のみならす、音楽(クラシック、J-pop、ミュージカル、ロック)から実写映画、テレビドラマ、アニメやコミック、テレビドラマどころか歴史経済経済にいたるまで思いつくままに書いてきたものなのですが、どうも若いカウンセラーへのメッセージとも受け取れるエントリーが少なくないことに気づきました。

私自身まだいろいろな欠点のある、発展途上のカウンセラーだと思うので、何ともエラソーなのですが、カウンセリング業界への苦情(フォーカシングは一切批判していませんよ)から、フォーカシング技法・体験過程理論の様々な応用編、私なりのフォーカシング指向心理療法の紹介もしています。

ところが、元のやんちゃなブログの性格も残していて、なぜか中島みゆきがやたらと出てきます。そして「ユーミンのデニーズ伝説」三部作という、私が日常の中で遭遇したちょっとした光景を描いたエッセイも収録されています。

この本で一貫しているテーマは、「共感」とは何だろう?ということでしょうか。「共感」とはお互いの「錯覚」を乗り越えていくことではないか・・・と繰り返しています。

まあ、わかりやすい文章のつもりですから、気軽に読んでいただければ幸いです。

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・・・実はこの2冊の間に「セーラームーンの精神分析」を8月20日ごろ出す予定なので、一層「異例な」刊行ペースなのだがそのことについては一切言及していない。

2019年6月16日 (日)

[セーラームーンの精神分析」はじめに 全文

この本は、1994年7月5日に、日本人間性心理学会大会個人発表した「二つの母性の相克  -セーラームーンについての精神分析的対象関係論に基づく考察-」と題した考察である。

内容的には時代の中で古びるているかもしれないが、当時のままにしている。

久しぶりに読み返すと、我ながらその情熱に圧倒された。
私も歳を取ったとつくづく思う。

ひとつ付け加えたいのは、25年を経て、オタク文化そのものが若者の間で普遍化し、万人のものとなり、アニメを見ているだけで白い目で見られることは今日全くに近くなくなったということである。

アニメも、深夜アニメ中心ながら、非常にジャンルが多彩化し、ア二メファンの好みも細分化された。作品の鑑識眼も向上し、ブームに迎合する傾向も廃れた。

「秒速5センチメートル」「言の葉の庭」の新海誠作品なとのように、恋愛や日常を細やかに描ける作品も増えた。

実にいい傾向だと思っている。

この本の内容が、非常に「おたく」に手厳しいと感じる人もあるだろう。
しかし、一方では、「おたく」の時代を超えた未来を予見した内容であるとも自負している。

そして、25年を経た現在の青年像、家族関係についての考察としては決して古びていないと確信している。

2019年6月15日 (土)

カウンセラーこういちろうの雑記帳 –若い臨床家のために- はじめに

私は自分をカウンセラー向きの性格と思っていません。

私の師、故・村瀬孝雄先生は、私をフォーカシングの研究者、トレーナーとして買ってくれてはいましたが、現場臨床に出たいという希望については最初は首を縦に振りませんでした。

結局先生は根負けして、学生相談の非常勤の仕事を紹介して下さいました。

自分のそうしたキャリアを振り返るにつけ、反省点ばかりで、決して有能なカウンセラーではなかったと思います。

しかし、鎌倉で開業してから己れを振りかえるうちに、ようやく、カウンセラーとしての在り方に、そこそこの自負を持つようになりました。

それをブログ「カウンセラーこういちろうの雑記帳」(今では「カウンセラーchitoseの雑記帳」とタイトルを変えています)でつらつらとエッセーとして書き貯めるうちに、若いカウンセラーへの呼びかけに近い文章が多いことに気がつきました。

自分のことを棚にあげて、かなり辛辣で攻撃的な、手厳しいことも書いていますが、何か新鮮な刺激剤になればと思っています。

なお、私が専門としている技法、フォーカシングについて、何の予備知識もない人にはわかりにくい書き方になっていますが、そのままにしています。

フォーカシングについて知りたい方は、私が同時に出した「入門・フォーカシング」(鳥影社)をぜひお読みください。

 

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

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