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宗教

2017年3月29日 (水)

カウンセラーとは、無力なものである。

これは、

●親鸞の「歎異抄」の精神とパーソン・センタード・アプローチ

の後書きですでに述べたことなのですが。

クライエントさんを援助したい、良い状態に導きたいと思うことそのものがカウンセラーの「煩悩」だろうと思います。

面接で大事な局面は、カウンセラー側が焦り無力感を覚えるときです。クライエントさんには真の変化の可能性が迫った時こそ、そういう状態が生じます。

むしろ自らの無力感を引き受けた時にこそ、カウンセラー/クライエントさん二人の両方に、なぜだか新たな局面が開けます。

そして、日常生活の中で、クライエントさんのおかれた状況そのものが、クライエントさんに味方をしはじめるのです。

ユングのいう、「布置(constellation)」の変化ということにあたるかと思います。

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2017年3月24日 (金)

フォーカサ―は自立せよ

これは、王子のきつねさんが、

●カシコキモノ ~神道におけるカミ概念~

というエントリーの中での私とのコメントのやり取りの中で言及して下さっていることなのですが。、

谷泰氏は、『カトリックの文化誌』で宗教を、神と信徒の直接的なコミュニケーションを重視する宗教と、聖職者が介在した儀式を中心とする宗教に分けて説明しており、同じキリスト教でも、プロテスタントは前者、東方正教会やカトリックは後者にあたるとしています。

「カトリックは、犠牲儀式のパターンをみずからの中心的儀式の形式にとりいれることによって、地中海地域に一般的であった犠牲を行なう宗教のうえにひろく受容される契機をつかんだと同時に、その拘束を受けることになったということである。カトリックは、神とのコミュニケーション方法において犠牲のパターンを中心においたがために、プロテスタンティズムのように神と個人との直接的な、それだけにより自由な交わりをさまたげることになったのである。個人の祈りでなく、教会の司祭を通じての交わりという、仲介者を必要とする形式をとったことから、カトリックはより教義論的になり、司祭の信者に対する権威的立場への道をひらいた。また、もともと神に近づくための心を清める聖化の秘蹟であった告解が、信者に対する一つの心理的操作の可能性をも生んだのである。」

この要領で区分すると、(辛口な言い方ですみませんが)フォーカシングとの関わりにおいても、日常の中で、自らのフォーカシングスキルを信頼し、フェルトセンスからの内なる声に耳を澄まし、交流を重ねるだけで癒しを得られる度合いが高い人と、「フォーカシングの集いの場に出席し、名高い講師の「説教」を聴きながらペアに分かれてフォーカシングをすることを延々と繰り返す人に分れる気がします。

もちろん、何かそれまでに触れたことがない、新しいフォーカシング技法を学びたいという場合は別枠ですし、リスナーがいる方が自分のフォーカシングがやりやすいという人もあるでしょう。

でも、日常の中で、心のモヤモヤや不安や焦りは、否応なく押し寄せるわけです。そうした時に、少し時間をとって内面に触れ、ほんの10分ほどの間にとりあえすのシフトのステップを踏み、生き生きとした内面を取り戻すことは、実はそんなに難しいことではないのではないかと思います。・・・というか、そこまで活用しないと勿体ないと思うのですね。

(電話やメールやチャット、Line、Skypeで随時聴き手になってくれるパートナーシップを持てるとすればそれはたいへんにいいいことですが)

これから私はフォーカシングのワークショップの講師を連続してはじめますが、私が目指すのは、そうした自律的なフォーカサ―の育成です。極論すれば、私の講義を一度聴いて、ペアに分かれてやってみれば、それだけでその回学んだ内容を日常で実践できてしまえるように導けるコーチとしての役割を果たせてしまうことを目ざします。

ジェンドリン自身、

「フォーカシングの集いの中で癒されて日常になんの変化もない人なんてフォーカシングをやめてしまえ! 」

という過激な発言をしています。

どうか、私のもとに学びに来る皆様は、私のファンになって熱心に通い詰めるようにならないでください。もしそういう参加者が多いようでしたら私のセミナーは失敗していると思います。

そう思っていますから、私は毎回テーマを変えます。

そして、「初級」「中級」などの区別もなく、どの回から参加されても初心者の方が困らないような教え方しかしないつもりです。

親鸞は、「歎異抄」の中で、「私をありがたがるな、救ってくださるのは阿弥陀様だけだ」と繰り返して述べています。

・・・それでも、今度私が活動再開したら、「カリスマ」になってしまうでしょうね。それは私の"Beruf"(ドイツ語で「職業」の意味だが、そこには、「責務」「召命」的なニュアンスもあります)でしょうから。

私から「自立」せよ!! と繰り返し説教することになりそうです。

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2017年3月 8日 (水)

そろそろ硬派のを行くぞ。

どうも短い記事ばかりでアクセス数が落ちているのでこれから硬派の記事を書くと思うよ。

実はニーチェは読みこんでいる。

ハイデッガーの「存在と時間」読破。

現在キェルケゴールの「死に至る病」読書中。

引き続いて「不安の概念」「反復」、

ウィリアム・ジェームズ「宗教的経験の諸相」、

オットー「聖なるもの」、

カール・ヒルティ「幸福論」「眠られぬ夜のために」(再読)

デリダ「信と知: たんなる理性の限界における「宗教」の二源泉」

他にも読んでないのが20冊はたまっていて、現代の問題の本も多いのだが、スピリチュアリティとフォーカシングについて日本人間性心理学会で学会論文を書いてみようという気になったので、そこで参考文献にしたいのを全部一気読みしたくなったのだ。

9月の天神でフォーカシングを学ぶ会でもとりあげるつもりなんだけどね。

ちなみに私がブログで書いた宗教関係の代表作は、

●親鸞の「歎異抄」の精神とパーソン・センタード・アプローチ

です。

・・・・こう予定していても、「現代もの」の読書が割り込むかもしれませんが。

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2017年2月23日 (木)

ある心理カウンセラーのブログ人気記事のご紹介 その2(Togetter)

・・・・ということで、Togetter機能回復。

こちらからどうぞ。

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当ブログ、過去最高アクセス数

Togetterで「ある心理カウンセラーのブログ人気記事のご紹介 その2」を作ってSEO対策しようかと思っていた。

ところがTogetterにログインしようとしたら,

「 エラーが発生しました。このページに対するリクエスト・トークンがありません。アプリケーションがTwitterアカウントを使用するかどうかを確認するために必要な特殊キーです」

だと。

まとめは後でにするかと思っていたが、それをしないうちに私をフォローして下さる皆様を誘導してしまったようで、当ブログ始まって以来最高のアクセス数を記録していた。

(↓クリックすると大画面で私のブログの管理画面の表示が大きく表示されます)

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(過去の一位は河合隼雄先生が亡くなった時の手短な哀悼の意の表明の時で、800アクセス。)

今回のアクセス数のうち100ぐらいはTwitterに飛ばすための私自身のアクセスであることを値引きしてとらえないとならないが、ユニークアクセス394というのは普段のサイトでは全く見られない数値である。

・・・・・今はAKBグループにうつつを抜かして長い文を書けなくなっている(しかし精神的健康度のいいバランスは私の人生で最良と感じている)。

手前みそだが、やはり10年若い頃の記事は勢いが違う。自分で読んでて「感動」してしまう。

頭が良すぎて窮迫感がハンパじゃない。

丁寧に自分でも読み返し、今の自分にこの水準を再定着させるつもりである。

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2016年8月19日 (金)

勇めや、はらから

いさめや、はらから くらき路にも
しるべの星あり あおぎて進め。
はるけき行く手に こころ落とさず
み神にたよりて 進め、すすめ
おおしくすすめ。
たくみとてだてを 全くうちすて
勝敗わすれて まさみち進め。
党派をたのまず 首領(かしら)によらず
み神にたよりて 進め、すすめ
ただしくすすめ。
誉れにまよわず 人にひかれず
慣(なら)いになずまず まさみち進め。
おもねりそしりの さかいを離れ
み神にたよりて 進め、すすめ
ますぐにすすめ。
み神にたよりて まさ道ゆけば
平和とよろこび こころにあふる。
いさめや、はらから くらき空にも
しるべの星あり、 あおぎ進め
おおしくすすめ。
(賛美歌447番 Hymn:"Courage, Brother"

・・・・高校時代、ミッション系だったので、毎日の朝礼で賛美歌を歌ったのですが、私が一番好きだった曲です。

かなり憂鬱な気分になった後、今日のフォーカシングをする中で最後に浮かび上がってきたのがこの曲でした。Youtubeでメロディーを聴いた瞬間、涙が溢れました。

まさに今の「しるべの星」になりそうな賛美歌です。

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2016年1月30日 (土)

リチャード・ローボルト編著「スーパーヴィジョンのパワーゲーム -心理療法家訓練における影響力・カルト・洗脳」の要約と感想 その1(togetter)

まだ3分の1ぐらいしか要約できていませんが、とりあえずupします。

こちらからどうぞ。

続きを読む "リチャード・ローボルト編著「スーパーヴィジョンのパワーゲーム -心理療法家訓練における影響力・カルト・洗脳」の要約と感想 その1(togetter)" »

2013年1月14日 (月)

ついに「過去ログ再掲シリーズ」終了しました。

最終日は一気果敢にラストスパートをかけてしまいましたが、これで、旧「カウンセラーこういちろうの雑記帳」からのエッセンスの再掲シリーズ、終了いたしました。

これで「クリーン再インストール」完了です。

大体過去記事の15分の1くらいのものを精選しました。

あまりに再掲のテンポが速いので、読者の皆さんのキャパを超えてしまっているかと思いますが。

また、全部の記事を再掲していないこともあり、あちこちにリンク切れが放置されています。応急処置は大事な記事についてはしましたが、これ以上細かくはやらないままとなるでしょう。

どうかゆっくりと、時折めくって下さいませ(^^)

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2013年1月 9日 (水)

スイスの宗教的エッセイスト、「幸福論」のヒルティとフォーカシング (再掲)

最近自分でもやっとはっきり気がついてきたのは、 「ひとつの対象にずっとのめりこむ」とエネルギーが容易に枯渇する、 という、当たり前のことです。

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」 とは、スイスの宗教家、カール・ヒルティ幸福論(第1部)「幸福論」第一巻の 「仕事の上手な仕方」という、「幸福論」の中でも、ドイツ語の教科書として使われるくらいに有名な文章の中でも語っていることでした。

ヒルティという人は、第一次世界大戦の直前に亡くなった、スイスを代表する法律家で、ハーグの国際司法裁判所の初代判事までやった「実務家」なんですが、キリスト教への信仰が深く、今日では宗教的著述家として名前を知られています。
眠られぬ夜のために(第1部)改[版]「眠られぬ夜のために」という、誰だったか、JーPOPのアルバムのタイトルにすらなった著作も有名。

そして、ヒルティも、基本的にはプロテスタンティズ厶の立場に立ちつつも、「神」との関係がひどくパーソナルです。 ヒルティがいう「神の声を聴く」というのは、 スピリチュアルなナチュラル・フォーカサーに近い人ではないかとも。この点は後で詳しく書きます。

「幸福論」、第2巻以降は宗教色が強いですけど、第1巻は、19世紀末のドイツ語圏の第一級の碩学が書いたエッセイとして、お勧めです。私は「三大幸福論」といわれるアラン、ラッセルと比較しても、文句なく一番好きなんです。

私は中学生の時に、岩波文庫を3冊まとめて自分で製本しなおして、繰り返し読んでいました。 ジェンドリン、そしてフォーカシングと出会うまで、私の「心の師」だった人です。

私が一見「守備範囲」がすごく広く見えるのは、ひとつには、根っからの歴史好きというのもありますが、実はヒルティがこの本の中でに繰り返し紹介してくれる、古代から近世までのヨーロッパ文化のエッセンスに、中学生という、むやみに早くから接したせいが大きいと思っています。

******

「宗教的著述家」と紹介したので、まるで隠者みたいな人をイメージされかねないですけど、正反対です。

19世紀の後半3分の2ぐらいを生きて、第一次世界大戦直前に亡くなった、スイスのベルン大学の国際法の教授にして国会議員、ついにはハーグに設立された国際仲裁裁判所の初代判事(というと、私の「浩一郎」という名前の由来である「なるちゃん」の奥さんの「おわちゃん」のお父さんの大先輩?!)、スイスを代表する法律の大家でした。

アプサントというお酒がある。このお酒、当時大流行して、印象派の絵の題材とかにもなっているけれども、中毒になると精神症状が生じて犯罪にも走るものが大量に出て社会問題になった。

このアプサントを生み出した国がスイス。そのスイスで1907年「アプサント禁酒法」が成立してから、国際的な規制が始まったそうだけど、この法律の制定に尽力した立役者が、当時国会議員をしていたヒルティらしい。

ヒルティは永世中立国スイスの国際法の大家として、どうすれば国際平和が保てるかにも尽力していた。要するにバートランド・ラッセルとかの先駆者でもある。だからこそハーグの裁判所の初代判事にもなることになる。

******

つまり、すごい「実務家」でむちゃくちゃに勤勉な人。一日10時間完全に規則的に働いた。75歳の祝賀会を大学が開こうとしたら「もっとも都合のよいのは朝の7時」と応えた逸話は当時有名だったらしい。

でも、古今東西の書物に通じた恐るべき読書家でもあった。もちろん最終的には聖書を何より大事にするんだけど、コーランでも中世の神秘思想家でもギリシァ・ローマの古典でも、当時「現代人」だったニーチェやドストエフスキーからマルクスの「資本論」まで何でもかんでも読んでいた、スイスの法曹界の「中井久夫」のような人である。

(私が中井先生の本をあっさり愛読した背景には、ヒルティという下地があったのだと思う)。

フロイトに間に合わなかったのが残念ではあるが、結構心理学的なエッセイも書いている。

そして、

「これから一度は労働者が支配階級となる時代が来ると期待して誤りない。しかし、彼らが他人の労働で利札を切る怠け者になってしまえば、結局滅びるより他ないであろう」

「たとえば福音書、コーラン(!!!)、『アンクル・トムの小屋』などは、『資本論』が読まれなくなっても読まれるであろう」

などという、完璧に時代を先取りした言葉も残している。

      (いずれも「幸福論」第一巻より)。

******

では、ヒルティとジェンドリンをつなぐ接点は?

それは、ヒルティが、ヒンターコフ「スピリチュアリティとフォーカシング」でいうところの、

既成宗教の儀礼に従う"religiousness"よりも、

自分個人の体験としての"spirituality"

を徹底的に大事にする宗教観の持ち主だったからだろう、と今では思う。

この点では、同じスイスの、ほんの少しあとの世代、ユングにも似ているが、ヒルティは、まあ、ユングよりは、正統派信仰の枠を大事にします(私のユングへのシンパシーの背景も、やはりヒルティとの共通風土なのだろう)

例えば、次のような言葉:

「ひとは祈りに対する神の答えが聞こえなければならない。そのためには普通の『祈る人』たちよりもかなり鋭い耳を持ち、我欲の少ないことが重要である。答えを期待しもせず、また得られもしない祈りは、単なる無益な形式であって、やめても一向にさしつかえない」

「真の祈りは『ききいれられること』それ自身をのうちに含んでいるが、人間の心があらためて神にすっかり自己を委ねようとする意志行為である(中略)。そういう祈りは、地上の最も偉大な二つの力を、はじめから味方につけており、だからこそ実現の保障をそれ自身のうちに持つのである」

「神の実在のまことの証拠は(中略)、神の力がしばしばただ一瞬の間に、しかも永久にわたって、人間を解放しうることである。この場合、その人はそのことをひとつの出来事として、また、これまでしばしば試みながら無駄であった自己改善の決意とは全く異なるものとして、感ずる。このことに決して思い違いはおこらない」

これ、フォーカシングで言う「フェルトシフト」(身体感覚の変化を伴う真の「洞察」体験)と、あまりにも似ています。

(幸福論(第3部)「幸福論」第3巻 最終章「より高きをめざして」 岩波文庫 草間平作訳より) 

どうみても、ヒルティは実質的にフォーカシングを「していた」!!

ひょっとしたら、ジェンドリンのほうこそ、ヒルティで私が潜在的に学んでいたものに、具体的な方法という道を指し示してくれた「だけ」なのかもしれない。

*****

おまけで、おもいつくままに、ヒルティの箴言。

前も書いたように、昔、日本でもドイツ語のテキストとしてよく使われたという、「幸福論」第一巻の最初の章、「仕事の上手な仕方」より:

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

「働きの喜びは、自分でよく考え、実際に経験することからしか生まれない」

「わがスイスの美しい谷々は病院ばかりになったが、この病院もやがては、この安らぎを知らぬ多数の人々のために一年中開業することになるであろう。彼らはここかしこに休息を求めて動き回るが、どこにもそれを見出さない……なぜなら、仕事の中に休息を求めないからだ」

「よく働くには、元気と感興がなくなったら、それ以上強いて働き続けないことが大切である」

「あすはひとりでにやってくる。そして、それと共に明日の力もまた来るのである」

そして、極めつけ!!

「本当の勤勉は、ただ休む暇もなく働き続けることではなくて、頭の中の原型を目に見える形に完全に表現しようという熱望をもって仕事に没頭することである」

「言葉にならない『何か』、その曖昧なモヤモヤを、少しずつ「自分の」言葉にしていく、という、

「フォーカシングの真髄」そのものである!!

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2013年1月 6日 (日)

カウンセラーとしてしか生きられないからカウンセラーをしているだけ?

 確か中井久夫先生がどの著作かでお書きになっていたことなのですが、

 「他科の医者から精神科に転じた医者というのはたいへん多い。しかし、精神科から他科に転じた医者というのはほとんどいない」

 私はこの言葉がずっと気になっていました。  「他の職種の社会人経験を経てカウンセラーになった人は実に多い。しかし、カウンセラーを捨てて他の職種の社会人になったという人の話は滅多に聞かない」  というのも真実な気がして。

*****

 文筆業を別にすれば、「精神科医」としての経歴もあって、他の業界でも成功した人、というのは、世界的に見ても、滅多に聞かない気がします。

 既に亡くなった指揮者のジュゼッペ・シノーポリも、精神医学を学んだ経歴はありますが、現実の臨床現場に出た経験がある、という叙述を少なくとも私は知りません。博士の学位をいくつもの分野で取ることそのものは、ヨーロッパのインテリではありふれたことですから。カール・ベームも「法学博士」だったと思いますし。

*****

 精神科医が医者全体の中で占める比率は、人数的にはたいへん少ないと聞いたことがあります。しかも、欧米の方が必ずしも精神科医のシェアが高いというわけでもないとすら。

 カウンセラーは、精神科医よりはるかに新興のprofessionです。もともとカウンセラーの実人数が人口比的に少ないから、「カウンセラー出身」の他業種でもひとかどの人材になった人のことが話題にならないだけかもしれません。臨床心理士ですら確かまだ1万数千人ですから。

 

少なくとも、「人生の達人だから」カウンセラーになるわけではない。

 それなら、当然のごとく、カウンセラーを廃業して他分野で成功して有名になる人がもっと出てきてもいいはずと思います。(繰り返しますが、著述業は除きます)

 カウンセラーとしての有能性が、その人の社会人としての適応の良さを前提としないことは確かです。

 もとより、どんな分野でも、自分の専門を離れたら、生きる術をまるで見失う人は多いと思いますので、ことカウンセラーが特別ではないとも言えるでしょう。

 でも、「大学の先生」でも「著述業」でもない形で、そして単に現場臨床への挫折感を体験して他業種に転じるのでもない形で、「カウンセラー時代」を人生のひとつのステップとして、広い意味での「援助職」以外の別な領域で生きるようになったことに自負を感じている人(有名である必要はないです)に、実際に巡り会って、お話をうかがってみたいと感じている私がいるのも確かです。

できれば、自分もそうなりたいと、私は今でも思っているのかもしれない。

 向こう10年は、「一介の現場カウンセラー」として、どこまでやれるのか試してみたいのですが。

 45歳になり、人が一生にできることは、たいへん限られたことだと実感を持って感じつつも。

 でも、ユングが「人生の後半からが真の個性化だ」、といったことも真実かな? とも、最近感じます。

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

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