コメント・トラックバックについて

  • このブログのコメントやトラックは、スパム防止および個人情報保護の観点から認証制をとらせていただいております。これらの認証基準はかなり緩やかなものにしています。自分のブログの記事とどこかで関係あるとお感じでしたら、どうかお気軽にトラックバックください。ただし、単にアフリエイトリンク(成人向けサイトへのリンクがあると無条件で非承認)ばかりが目立つRSSリンク集のようなサイトの場合、そのポリシーにかなりの独自性が認められない場合にはお断りすることが多いことを、どうかご容赦ください。

最近のコメント

最近のトラックバック

banner

  • 携帯アクセス解析
  • Google Sitemaps用XML自動生成ツール

他のアカウント

旅行・地域

2017年2月13日 (月)

福岡市でのフォーカシング・ワークショップのご案内

●天神でフォーカシングを学ぶ会

場所:福岡市 天神ビル11階(西鉄福岡[天神]駅 パルコの道路を隔てて向かい側)

日程:

第1回:アン・ワイザー法フォーカシングの基礎を学ぶ(2号会議室)

6月18日(日)13;00-17:30

講師:阿世賀浩一郎(The International Fucusing Institute認定トレーナー)

料金:5000円(日本フォーカシング協会会員割引 4500円)

定員:20名

※この後、テーマを変えて毎月一回開催の予定です。

 (8月はアジア国際フォーカシング会議[at神戸]のため、お休み)

お申し込み:kasega@nifty.comまでメールでお願します。

お電話でのお問い合わせにはお答えしますが、正式の申し込みの際にはメールで以下の 情報をお願いします:

本名(フリガナ)

年齢

ご住所

ご職業(無論、学生さん、無職、失業中の方でもOKです)

ご連絡の取れる電話番号

フォーカシング体験歴

日本フォーカシング協会会員の方は会員番号

The International Focusing Instituteでの資格がある方は明記ください。

TEL&FAX:0942-48-8797

携帯:080-9532-1148

Email:kasega@nifty.com

エプソンダイレクト株式会社

Just MyShop(ジャストシステム)

2013年1月18日 (金)

やさしくなりたい(第2版)

私は「家政婦のミタ」も観ていなかったので、年末のレコード大賞で斉藤和義のこの曲にいきなり接したわけだが、その音楽性の高さに一聴して瞠目した。

●斉藤和義 やさしくなりたい

さらに言えば、東日本大震災直後にYouTube上で話題となった、自身の歌の替え歌、「ずっとウソだった」の人だということもidentifyできていなかった。

●ずっとウソだった。 斉藤和義  会津若松

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス解析
ビジネスブログランキング
人気ブログランキングへ
にほんブログ村 
メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ

2013年1月13日 (日)

宮崎哲弥氏、久留米に「たがみ書店」や「リズムレコード」がなくなったことを嘆く (再掲)

久留米青年会議所主催の、久留米出身の評論家、宮崎哲弥氏の講演会(正確にはパネルディスカッションと対談)、

「『日本』、そして『久留米』に元気を! ~私たちが変える~」

面白かったので、早速速報を書きましょう。  

会場となった久留米のホテルの大広間は、開始30分前の段階でほとんど満席、主催者発表で660名。  

おおおおーっ、日本心理臨床学会大会でもここまで早々に人が集まってる催しはそんなにはないぞ!!   

いくら青年会議所とそのバックボーンにある商工会議所の動員力、そして宮崎氏に知名度があるとはいえ、福岡県南部最大の30万都市、久留米のパワーをこれだけ実感できたことは、帰郷してほぼ1年の間にはじめてのこと。早めに整理券予約をしておいてほんとうによかった!!  

宮崎さんは、久留米で生まれ、予備校時代までを久留米で育っている。私と2つ違いの方である。これまでも久留米での講演依頼もあったとのことだが、実際に引き受けたのは今回がはじめてとのこと。  

宮崎さんがマスコミの表舞台に登場したのは、オウム事件における若者心理について意見を求められることがきっかけだが、あの上祐氏も宮崎氏と同い年、今では久留米市に編入された地域の生まれである。

 「最近は政治や経済の評論家とみられてしまうことが多くなったけれども、もともとは若者文化問題や宗教問題から出発した存在に過ぎないので」

ということをまず最初に前置きされた上で、司会者に促されて、話は「地方分権」問題へとまずは向かいました。  

「東国原知事や橋下知事、全国知事会の発言や提言で、地方分権問題に関心が集まるきっかけとなることはいいことだが、今度の総選挙の争点として見た場合、果たして『地方分権』問題が一大論点とすべき事柄なのであろうか?
 まず優先すべきなのは、日本全体の景気底上げ対策であり、それが一定の効果を示さないうちに、単に地方に『権限』と『財源』の委譲を、今、行うだけでは、地域間の格差がひたすら広がるだけになる。地方分権そのものはこれから推進されていくのがふさわしいし、実際勧めていく潮流は動かないであろうにしても」

(司会者:国のそうした政策を単に待っているのではなく、地方の側からできることは何かないでしょうか?)

 「いったん景気の底上げがなされた後、それをどのように維持し、展開させるかは各地方の自己責任ということになるだろう。
 『内需拡大』という言葉がよく使われるけれども、地域内部における『内需拡大』のサイクル、つまり、その地域内での需要に応える形で、その地域で生産し、その地域で消費活動をするという良循環のサイクルが拡大・成長する必要がある。
 そのことが成立するためには、「ここ」にしかない魅力、言い換えれば、「ここ」に住まないと得られない「唯一性」のようなものが、住民に魅力として感じられる必要がある。  

 久留米もそうした地域自立性の高い経済圏として長年発展してきた歴史を背負っているはず。父祖から受け継いだそうした地域固有のアイデンディディをどのように展開していくかが肝心だろう」

*****

 話題はここで一度地域経済の問題を離れ、教育問題に転じることとなる。

今の時代ほど、世代ごとの情報環境が劇的な格差と隔絶を持つ時代は、かつてなかったと思う。

 私の久留米での中高生時代は、ちょうど、テレビゲームが、ゲーセンから家庭内ゲーム機へと一気に転換する時期と重なった。
 次の世代は、インターネットに接続されたパソコンによるコミュニケーションを身につけているという意味で、上の世代とは大きくコミュニケーション様式が異なっている。
 更に次の世代は、今度はケータイ文化という、大人から見るといよいよわからないコミュニケーション様式を備えている。
 これほどのコミュニケーション様式の世代感の隔絶は、人類史上かつてない次元のものなのではないか。
 この結果、家庭内の価値観伝達機能はほとんど機能しなくなってしまう危機に瀕している。
 以前ならば親の背中から学ぶ、ということがまだしも通用した。親と子の「個体間接触」から子供は学んだ。そして本やテレビを通して、親からの価値観とは異なるものを学んでいた。
 しかし現在の若者は、遠隔地のネット上の匿名の他者という、個としての存在がたいへんあやふやな存在に、あたかも身近な他者であるかのように依存しながら価値観を形成していく。
 単に背中を見せるだけの親など、価値伝達機能を果たす上では、存在しないのも同然なのである。
 これは子供との関係に限らない。自分から言葉でコミュニケーションをとろうとしなければ、相手にとって自分は存在しないも同然で、自分からどんどん離れていくことになりかねない、そんな時代なのではなかろうか」

 司会者から、倫理や道徳の問題について振られて、

 「『天知る、人知る、我知る』という言葉かある、『天』とは、お天道さまが見ているそ、ということで、『人』とは地域社会の目のこと。

しかし私は、 『人が止めるから駄目だ』だけでは今の時代不十分なのだと思う。
『そういうことをやっていて、おまえ自身が恥ずかしくないか』という個人倫理の形成が大事ではないか。個人倫理の形成は、個人としての自我形成と表裏一体のもののはずである。

 司会者から、現在の私たちの知識が情報の渦に巻き込まれている点について問われて、

マスメディアであろうと、ネットでの口コミであろうと、それを鵜呑みにしないことがまずは大事なのではないか。まずは疑ってかかること。この、疑ってかかる力が、今、弱まっている気がする。
 まずは自分の常識と照合すること。実体験と照合すること。今の時代、情報の渦の中で、何が実体験なのかわからなくなっているは確かだが、たとえ自分の判断がいろんな常識に毒されているとしても、人はそれを基に『健全な懐疑』をしていくしかないのだと思う。

 新聞に書かれていることであろうと、たとえ信頼できる親友が語ることであろうと、『何かこの話はおかしくはないか?』と違和感を感じたら、心の中でいじくりまわしてみることだ。

 多くの詐欺や悪徳商法の勧誘とは、そうした身近な人間への信頼感につけ込むものであることを思い出してみてもいいかもしれない。そのような、親しい間柄での対面的な人間関係ですら、自分で吟味していく必要があるのだ。

 そうした積み重ねが、個人として強くなる自我形成なのだと思う」  

・・・・・この部分なんて、私も、激しく同意!! の域ですね(^^)

*****

 ここから休憩を挟んで第2部、「久留米の地域、そして可能性」に入ります。

 司会者から、まずは、久留米の明治通りを中心とする旧市街地のさびれようについての言及がありました。

 久留米市の商業的中心は、かつては一面の水田とレンコン堀だった、合川地区の「ゆめタウン久留米」を中心とする、高速道路のインターチェンジ近くの、ショッピングモールの一群に、この30年の間に、見事に奪われているわけですね。

 こうした前提を聴衆がみんなわかっているという前提で、以下の部分をお読みください。

「私は高校時代まで、たがみ書店リズムレコード(共に明治通りに並行して今も存在する久留米最大のアーケード街、「久留米一番街」を代表する、久留米最大の書店とレコード店だった)に足繁く通っていましたが、もう今はないんですね。

 リズムレコードって、奥に扉で仕切られた、色々試聴できるクラシックコーナーがありましてね。私はそこに足繁く通って、店長にクラシック音楽の手ほどきを受けたんです」

 ・・・・・わ、私も同じです・・・・・
 きっと、2歳違いの私も、宮崎さんを宮崎さんと気がつかないまま、同じ店内で何回も遭遇しているはず・・・・

 「先ほども言いましたけど、まさにたがみ書店やリズムレコードには、この久留米にしかない固有の文化というものがあったと思う。そういう、他にはない、「ここ」にしかない、豊穣な経験の場となることが必要なのだと思います。

 ところが、今、地方で進んでいるのは、全国どこにでもあるような、メガ・ショッピングセンターができることなんですね。

 もちろん、コンビニ文化にもインフラとしての意味があります。どこに行ってもほぼ同じ品揃えの商品が手に入るということの。

 でもそれだけだったとしたら、なぜ『この』地域に住まうのか? という『唯一的なもの』がないままなんです。

 久留米に生まれ、成長し、死ぬことの意味と魅力が大事。そのためには、久留米の中で生産したものを久留米にいて消費することに意味を感じられないと。

 地方都市を単に「ミニ東京」化することばかりが進んで行っては、この町で生きていくことの意味がわからなくなる。そして、例えば福岡(市)に需要を奪われるばかりということになるわけですね。  

 結局、『制度的な』地方分権ばかりではなく、『マインドの』地方分権こそが本質なのだと思います。

 最近、プロ野球の球団も地域が応援するという方向が強まっています。若者音楽の分野でも、ミュージシャンが、有名になって、ヒットチャートに乗る様になっても、自分の拠点となる出身地域から離れないまま活動を続けるというケースが増えています。ヒップホップグループにも、「この町」を大事にするメッセージを発信し続けながら全国区になることが生じている。

 そうやって、自分の生まれ育った街から離れたがらない若い人たちが増えてきた。そういう若い子たちの後押しを地域がしていくことが大事で、そうした意味で地域の青年会議所の果たす『黒子』としての役割は大切だと思います。

 こうしたことをしていくためには、単なる利潤追求の市場経済原理のどこかで対抗していく必要も出てくるはず。でも、それこそが『地方主権』ということだと思う。

 そうでなければ楽しくない。この町にいて『楽しい』と思えるかどうか。主人公は一般の久留米市民なんだと思う。

 久留米で生まれたのが必然で、久留米で死ぬのが必然であると市民が自然に感じられるような地域づくりになることでしょう。

私も、引退したら久留米で死にたいと思うかもしれませんので、その時は不肖の息子をどうか迎えてくだされば」

・・・・・・久留米に30年ぶりに舞い戻った私の心に響く締めくくりでした。

ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
ビジネスブログランキング
にほんブログ村 ニュースブログ ニュース批評へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ

2013年1月 5日 (土)

Centre for Evidence-Based Ramenology in Kurume University

 

前回に引き続き、てんかん国際シンポジウムの2日めの紹介に入る前に、この会議場のロビーに掲載されていた、スペシャル・ポスター・プレゼンテーションの方をご紹介しておきます。

 なお、この「センター」の所長は、今回のシンポジウムの準備委員長の、松石豊次郎教授、その人です(^^)

 敢えて、クリックしたら、リサイズしていない、文字がしっかり全文読める、高解像度の写真が表示されるようにしました。

 どうか、「画像を保存」した上で、irfanview等の、軽快な画像閲覧ソフトで「オリジナルサイズ表示」にして、全文をじっくりとお楽しみください(^^) Image520 Image521 Image522_2
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村 ニュースブログ ニュース批評へ

2012年12月24日 (月)

なりたかった大人になればいい(短縮の上で再掲)


メガゾーン23 Part.II「メガゾーン23」(Part II)(板野一郎監督)という、これまた限られた映画館でしか公開されなかったされなかった、いわゆるOVAと呼ばれるジャンルのアニメ作品があります。

その作品世界は、実は漂流する大宇宙船の中で、1980年代東京23区を再現して、その時代の東京に生きているとみんなが洗脳されて生きている、地球滅亡後の世界。

「地方に行った」というのは、すべて植えつけられた記憶なんですね。

その世界が「虚構」であることに気づいた少年少女たちは、暴走族のような反体制活動を軍を相手にしている。

そして、その世界をコントロールする要となっている、圧倒的人気を誇るアイドル歌手、「時祭イヴ」(実はマザーコンピュータが生み出したバーチャルリアリティだけの存在)に会いに行くことだけを目標にしている。

(これ、20年以上前の作品!! 設定があまりに時代に早すぎた!! CD開発より前!! 歌手のモデルは明らかに中森明菜ですね)

仲間たちの犠牲の上で、主人公は、ついにマザーコンピュータの中心で、イヴの幻影と対峙する。

そして、嘘つきばかりの「大人たち」への幻滅と怒りを綿々とイヴにぶつける。

彼女は応える。

「なればいいのよ、あなたがなりたかったような、そういう大人に」

(私がアニメで出逢った、もっとも好きなせりふのひとつです)

イヴ(マザーコンピュータ)は、実は軍のコントロールは完全には受けておらず、ラストで始めてわかる意外な形での「世界の再生」に向けて「幻想の自己破壊」へと独自に動き出していたのですが。

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス解析
ビジネスブログランキング
人気ブログランキングへ
にほんブログ村 
メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ

2012年12月13日 (木)

父の生涯

ここしばらくの間で最大の事件は父の急死でした。

齢79歳ですから寄る年波には勝てないとも言えますが、母と同居するマンションの風呂場で浴槽につかったまま意識不明、救急車で久留米大学救急救命センターに運ばれ、数日間ICUでの集中治療を受けた後、3月8日に死去しました。

年金生活を送っていましたが、税理士関係の仕事をまだ何件かは続けていて、あと少しで年度末の確定申告関係の仕事が終わる直前でしたので、実際にはかなり疲労していたのではないかと思います。

*****

父は昭和7年に東京市淀橋区で生まれたが、4歳の時に中国東北部、いわゆる満州に関東軍の軍属となった祖父と家族と共に渡った。

哈爾濱(ハルピン)のそばの「阿城」というところに住んでいたらしく、今度の引っ越しの時に、十五年ぐらい前に再訪した「阿城」駅の写真、そして阿城から通学していた哈爾濱中学までの定期券の実物が発見できた。Chichiteikikenn

もっとも、その定期券の有効期限は昭和20年の10月13日までであり、すでに終戦を迎えていたことになる。何かやはり当時の遺品として大事に持っていたのであろう。

「軍属」というのが何を指すのかよくわからないでいたのだが、今回の引っ越しで、満州時代の父の父の書いた本が表紙がない形で本文だけ「発掘」された。

学校の生徒や教育関係者への訓示を思わせる格調の高い文章。

だから、「視学官」だったのではないかと思える。

いわゆる「大東亜共栄圏」「五族協和」について高らかに歌い上げるというより、実際に満州にいる中で人は何ができるかについての思索の跡が伺える、かなり理想主義的な文章である。

父たちはソ連軍の戦車が来襲する前に大連の港を目指して集団で逃避行となったわけだが、ある宿営の晩、父の父は、「お母さんのところへ行っていなさい」と言い残してその場を離れたという(生前には父から直接聞けなかったが、母から父の死後伝え聞いたこと)。

その後に一発の銃声が聞こえた。

その後、祖母と父は大連で足止めを食らい、約1年間日本への引き揚げ船に乗れなかった。饅頭売りなどをして「人生の底辺を嘗め尽くした」という。

いつでも自殺できるように青酸カリが配られていたが、ほんとうに日本に帰れそうだとなった時点で回収されたという(これは父から聞いていた話)。

日本に帰り一族の本来の故郷である現在の久留米市北野町の本宅に帰り着いた時には、母子二人ともやせ細っていたそうだ。私の曽祖父は「トモエと彦四郎が帰って来たぞ」とふれて回ったとのこと。

父の兄(私の叔父たち)は一人は早稲田大学、一人は玉川大学を出て、二番目の兄のエッセーが収録された文集なども残っているので、中産階級の頭がいい家系ではあったと思う。徴兵後に数年遅れて帰国した長兄の方は、市役所の議会事務局まで務めあげ、30年におよぶ年金生活を悠々自適に送って、昨年98歳で亡くなったが、次男の方は最後は上海の阿片窟で死んだらしいことを父はいろいろ文献を集めて探り当てていた。

父親に進学を進める声もあったが、父の母は「この子にばかり贅沢はさせられない」と言い切り、父は旧制中学一年で中退のままで簿記学校へ通う。その後で当時の北野村の経理指南役にすぐに上り詰めて以降、経理の「超」職人としての人生が始まる。ともかく5人分の仕事をこなせたらしい。雇っている事務員たちのペースがまどろっこしいのだ。

しかも、父は誰よりも早く事務所に「出社」して、部屋の掃除をして冬は暖房をいれておく甲斐甲斐しさも併せ持っていた。「頭は低く、でも技は人一倍に」というのが父の処世術だったようだ。

そういう勤務先で知り合ったのが、10歳も年上の母だったという。母はまさかこの人と結婚する展開なるとは全く思っていなかったようである。

そうした中、二人は今上天皇、つまり当時の皇太子殿下と美智子様のご成婚の日に「あやかり結婚」する。その名前が新聞に出たものも残っている。

そして、今の皇太子殿下が実際には昭和35年の2月23日生まれなので学齢的には一つ私の方が下になるが、「浩宮」の一字をもらって「浩一郎」という名前になったわけである。

*****

父の特徴は、万事自分でお膳立てしてしまう「先回りの良すぎる」ところである。「甘やかされた」のではない。私は父の先回りに「甘んじて」いたのである。私自身そういう父から離れないと成長できないと感じたので東京の大学に進んだのだが、私も学生時代に金銭的に不自由したことはない。でも「そこまでしてくれなくてもいい」「自分なりにやらせてほしい」と言い出せないままだったのは私の責任でもある。

その結果、実社会に出て人との関係にもまれるということが遅すぎる形になっていたと思う。若いころバイトは正直に言って一回しかしたことがない。それも友人のコネでである。

晩年の父は、「そうやっていつも先回りしようとするから」みたいなことを私が言ったとたんに「おまえは俺のポチか?」と感情を高ぶらせた。

ポチでいたくはなかったなかったけれども、ポチに成り下がってもいたと思う。

母も、「いつでも『うちんと(父)』がお膳だてするけん、私も世間知らずのままでよくなってしまっていた」と最近語ることが多い。

*****

父は、自分が時代に流されて必死に生きるしかなかった分、果たせなかったことを他人にはしてあげることによって自分の生きがいを見出すタイプだったと思う。

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス解析
ビジネスブログランキング
人気ブログランキングへ

フォト
2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

Twitter

フォーカシングの本1

フォーカシングの本2

トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

リンク