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2019年7月19日 (金)

エリオット S.ヴァレンスタイン著「 精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」(2)

前回の続きである。

たいへん読みやすい本なので、残りの3分の2を2時間あまりで一気読みできてしまった。

もとより、それは私がこれまでの経緯上、心理カウンセラーとしては精神科薬物療法の基礎について学べてきた機会が多かったからかもしれない。

これを機会にカミングアウトしておくと、私自身、15年以上前の離婚後にうつ状態から心療内科医から「適応障害」の診断を受け、SSR!であるパキシルの服用を始めたもののそれが「濁った(としかいいようがない)」軽躁状態を引き起こし、周囲にいろいろな迷惑もかけ、同じくジェイゾロフトをしばらく飲んでいたものの、軽躁と鬱を繰り返す経過が続いていたところに、NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」を観て、自分が双極性II型障害であると判断し、薬を抗てんかん薬系の気分安定薬、デパケンとラミクタールの飲み合わせに変えてもらった(当時の医者は私に言われるがままに変えてこれました。無責任だなー)経歴を持つ。

そうした中でも、精神科医kyupinのブログではいろいろと勉強させていただいて来たし、「今日の治療薬」の愛読者でもあった。

もっともそれでも気分の波があり、このブログ自体、実は数か月にわたる休眠期間と復活を繰り返してきたことはバックナンバーをみればわかるとおりである。

そうした波の中でも私は「経験の蓄積」は続けて現実感覚は身につけており、今回、過去の遺産総動員の3冊連続刊行によるひとまずけじめ付けと、要するに私は見栄っ張りなんだな(というか、天真爛漫な子供っぽさ丸出しだった・・・ただし自分にないものを持っている人には謙虚だったけどね)と気がついたところで20年の総決算ができたと感じている。

非常に矛盾することだけど、私の40歳ぐらいまでの生産性がむやみに高かった時期というのは、今の軽躁どころか更にハイテンション!でのウェルバランスだったことにも気づいてきている。調子がいい時と疲れやすさのギャップがひどかった。会議でも少しでも退屈すると居眠りしていたが。

ちなみに、話題の飛びやすさ(「転導性」)は私の性格ですからお許しください。

まあ、20年年取ったからその頃と同じとはいかないでしょうけど、これからは再びオリジナルな長い文も増えていくと思います。恐らく以前ほど「粘着的」ではなく、あっさり書くし、YouTubeなどのビジュアル、フル活動で見やすくするでしょけどね。

これから当面ブレる心配はないと思いますが、ちょっとある「大人の事情」がありまして(^^;)、突如しばらくブログを中断し「雲隠れ」する時期があるかもしれませんが(その時もTwitterとFacebookは続けていると思う)、ご心配なく。

******

・・・などということは置いといて、本書の後半3分の2なんですけど。「私にとっては」実に読みやすい。前にも書いたが「通史」として読むと頭の整理がつくが、実は私にとって目新しいことは何も書いてないに等しいのである。

内容は、精神疾患におけ神経伝達物質仮説がとこまで信頼でき、どこからが曖昧かという方向に進みます。具体的に言えば、統合失調症のドーパミン仮説と躁うつ病におぇるセロトニン・ノルアドレナリン仮説です。

実はこれらの仮説に基づいて作られた薬は60%ぐらいの人にしか効かないことが提起されます。

そして、原因が脳の「機能的」変化だけではなくて「器質的」特性に期起源をもったり、実際に「器質的変化」が環境因や薬そのものによって引き起こされる可能性について(海馬の萎縮とか)。

DSM(アメリカ精神医学会診断基準)の成立過程で、精神分析などの力動心理学と薬物療法を中心とする精神科医がどう折り合って来たのかとか、その「政治的」側面も。

大規模精神病院への長期入院の経済的コストを軽減する目的での薬物療法の推進。

製薬会社のプロモーションにどれだけ精神科医が依存しているか、一般大衆が感化されているか。

学会のスポンサーとしての製薬会社の影響力の強さ。(私自身てんかんと自閉症についての国際学会でしたが、実際出てみてどれだけ製薬会社のバックアップが大きいかに驚きました)

心理療法と薬物療法、両陣営の間での確執。特にアメリカでの保険適用における薬物療法の優位性の問題について。

心理朗報に関しては、ロジャーズのことも出て来ますし、認知行動療法や行動療法、対人関係療法の効果についても出て来ます。

そうそう、ADHDとリタリンのことも出てきますよ。

いずれにしても、筆者のスタンスは、決して薬物療法批判ではなくて、中立的な見地からその限界について問題提起しようとしているものです。

訳者も進めているけど、臨床心理士さんのも読んで得るものがあると思います。

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G-Tune

2019年7月15日 (月)

対人援助職の人は、「使命感」から仕事に励んでいるのはよくない・・・という大逆説

これも「カウンセラーこういちろうの雑記帳」で少し触れたことなのですが、今の私なりの言葉で拡大敷衍しましょう。

 

・・・これは心理カウンセラーも同じことですね。

「使命感」で薄給に耐えて仕事してませんか?

親や配偶者の給料をあてにしないと生活できていないのではないですか?

自分の仕事に「専門職」としてもっと「プライド」を持ってもいいのではないですか?

中井久夫先生が、確か「軽症境界例について」という論考で述べています:

「なぜ精神科医をしているのかと患者に尋ねられたら、『ただ日々の糧を得るため』と答えられるべきである」

究極の大逆説です。

「使命感」から仕事をすると、クライエントさんを必要以上に「退行」させ、自分で自分なりに問題に取り組もうという意志をむしろ阻害してしまいます。

そうやって「期待」させておいて、救世主のように称えられ、依存させていると思っていたら、何かのはずみで「期待」に応えれなくて、今度は憎しみを生む。「陽性転移」から「陰性転移」への逆転なんてそんなものじゃないですか?

いわゆる「境界例人格障害」は、もちろん成育歴(親の隠れた虐待なども含みます)や、生まれ持った生理的・神経学的要因もあるでしょうが、歴代精神科医や歴代カウンセラーによって、いっそう「こじらせられた」状態かもしれないと思います。

*****

やりがいに「見合う」だけの報酬が得られるのなら、真のプライドが持てるはずです。

クライエントさんにしても、特にうつ病圏の人は、「使命感で」仕事をしようという呪縛にとらわれている気がします。

人に認められようするために仕事しようとするのは「不健全」です。

「自分のための」人生です。

仕事以外のパーソナルな世界のために「投資」できるくらいの余裕が持ててこその人生です。

・・・それができないのなら、それこそ選挙で、対人援助職の雇用の安定と賃金の増加に少しでも貢献してくれそうな候補に投票して、主権者としての権利を行使するとか、国会議員に請願するとかしたほうがいいかと思います。

これ、批判を覚悟で書いておきますね。

2019年7月14日 (日)

エリオット S.ヴァレンスタイン著「 精神疾患は脳の病気か?―向精神薬の科学と虚構」(1)

やっとこちらで書いた予告の約束を果たせる時が来た。

この著作は、少なくとも精神科で使われる薬の処方について最低限の入門的知識とそれに関わるとされる神経伝達物質仮説についてのこれまた入門的知識(統合失調症、躁うつ病、うつ病、不安神経症だけでいい)を持っている人にとっては、非常に興味深く、かつ実に読みやすい本だと思う。

それこそ、最初の統合失調症薬がクロルプロマジンやハロペリドールであり、躁うつ病の最初の薬がリーマス(炭酸リチウム)であることを知っていればいいというレヴェルである。

訳もいいのだと思うが、恐らく原文そのものがいたって読みやすいものなのではなかろうか。

 本書の前半は、そうした薬が、ほとんど偶然に発見され、素朴なまでの臨床適用が実験的に進められ、普及するまでの歴史についての、実にわかりやすい通史となっている。

そして、精神医学的症状が、脳内の神経伝達物質のバランスである、という今日主流となっている仮説となる経緯についも、実に見通しがいい解説がなされている。

そして、黎明期の製薬会社の宣伝の在り方についても。

これらの内容は、私にとっては何ら新奇なものではなく、少なくとも断片のつなぎあわせとしてはたいてい知っていた事柄だが、こうやって「通史」として読めるとなると、実にいい頭の整理となる。

筆者は長年精神科薬物の脳化学的機序についての研究に取り組んできた人であり、単純に薬物療法を否定するために書いているわけではないことは言い添えておきたい。

中盤以降を読むのが楽しみである。

続きはこちら

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G-Tune

カウンセラーは、自分の中に生じる「違和感」とうまくつきあえねばならない

またもや10月末刊行の「カウンセラーこういちろうの雑記帳」のネタばらしですが、今回はその本・・・15年ぐらい前に当ブログで書いたことをまとめたもの・・・・を、今の私なりの表現で、書き改めてみましょう。

カウンセラーは、クライエントさんの話を、気持ちに寄り添うように「受容的・共感的」に聴いていくわけですが、これって、クライエントさんの身になるほどにカウンセラーの中に共感が増していくプロセスになるとは限らないんですよね。

もとより、話を更にじっくりと聴いていく中で、受容できる「接点」が見つかることも少なくないし、時には「それってどういうことなの?」などという誘い水がいいきっかけになることはあります。

しかし、特にフォーカシングを学んだカウンセラーというのは、ひとつ「厄介な(?)」問題を背おいこむことになります。

その場にいて生じる、「言葉にならない漠然とした『違和感』」にも敏感になるのですね。

これが、クライエントさんを「受容・共感」しようという姿勢と葛藤を起こしやすくもさせるのです。

この「違和感」にカウンセラーがいかに自分の中で対峙できるかが重要となってきます。ある意味では、その「違和感」をあっさり「自己受容」できる方が望ましい。そうでないと、カウンセラーは、ロジャーズの言う「自己と経験の不一致」を抱え込むことになり、これはまわりまわって言葉の調子や非言語的にクライエントにも伝染して、今度はクライエントさんの方が自分がほんとうに感じていることはなく、カウンセラーの歓心を買うことばかりを話す傾向を生み出す可能性があります。

このことを回避するためには、カウンセラーは自分の中の違和感をむしろ大事にして、認めてあげる(アン・ワイザーのいう"acknowledging")のがいいと思います。

そうすると、クライエントさんにもっと話してほしいと誘い水をかけるポイントとかがつかめるようになります。

この際、「あなたの言うことがわからない」などということでは言うまでもありません。「自分が違和感を感じるのは、もっと大事なことを聴けていないか、共有できていないからだ」という姿勢で臨むことが大事です。

さらに言えば、この違和感を、「関係の中で」更に積極的に活用することも可能です。

例えば、

「このクライエントさんに、私は今『いらいら』させられている。でも、今クライエントさんは、日常の中で、相手を『こういうふうに』いらいらさせる形でしかコミュニケーションとれないでいるのかもしれない」

・・・とか。

これだけで、カウンセラー自身の中に、クライエントさんに対する同情心と「いたわり」の気持ちを持つ心の余裕が生じます。

私の場合、こうした時に「それは、家族とか上司とか恋人と繰り返し感じてきたものではないですか?」などと「解釈」めいたことは決してしません。

実は上記のような仮定を立てて接するだけでも、どいうわけか、クライエントさんはいつの間にか、それまで話してこなった、カウンセラーにとっても共感しやすいエピソードとかに、本人にも自覚すらないうちに、語りだしたりするものなんです。

これを私は「空気伝染」と呼んでいます。

*****

まあ、この先の更に進んだ取り組み方のレヴェルもあるのですが、そのへんは本を買って読んで下さい(^^)

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G-Tune

2019年7月12日 (金)

3冊順次刊行は、私の心身に相当な負担になっているようだ。

「入門・フォーカシング」、「セーラームーンの精神分析」に引き続て、「カウンこういちろうの雑記帳」についても初校を終え、出版社に送り出してしまったのが一昨日である。もう後には引き返させない。

このことは、私の心身に相当な反動を生じさせているようで、本日も寝られる時間は寝てばかりいた。

いろいろ夢を観たが、細部は忘れてしまったし、覚えている部分も、ネット上の私の知り合いとの関係に踏み込んだ内容なので、今回は紹介を遠慮させていただくことにしたい。

いずれにしても、本を出すって、多かれ少なかれ、自分の内面をさらけ出すものだかrら、そのことへのプレッシャーって、そうとう覚悟せねばならないことだよ・・・とは皆さんに伝えたい。

 

2019年7月 9日 (火)

私って見栄っ張りなんだね。

それこそ私自身がネガティブ・シフトに昨日から苦しんでおり、その果てにやっとホントにシフトして、見えてきたこと。

このことに気づくために、いったい、何年、いや、20年ぐらいはかかったことだろう。

これですべてが説明がつく。

ただ、ひとつだけ言えることは、私はこのことに気づくだけの健全な自我を持ち、ひとりフォーカシング能力がむやみに高いことだ。

この観点からすれば、私が、全然見栄を張っていない、全く等身大で書いたのは、3冊のうち「入門・フォーカシング」だろう。

ただし、私には共感能力はあるし、自分より優れているものへの識別眼はあるし、そいう秀でた人に敬意を払う力はある。

*****

ここからは公然たるひとりごと:

でも、ひとを騙せる見栄なら、ま、それも意味があるし、能力の一部かな。

こうなったら立派に見栄を張り通そう。

2019年7月 5日 (金)

現状での私のブログの人気記事(第2版)

11月に刊行される「カウンセラーこういちろうの雑記帳」のコンテンツの元になったエントリーは「紙の本」が売れなくなるので改めて紹介したりリンクを貼ったりしない」とこちらの方で書きました。

しかし、これを機会に、それ以外のエントリーの中から、その時その時に流されず、常時結構読まれているエントリーを幾つか紹介してみましょう。

●故郷を求めて -NHKスペシャル:「虐待カウンセリング 柳美里 500日の記録」-

このエントリーはトップページより読まれ続けていてダントツのランキング1位保持、当面その牙城は崩れないと思っています。恐らく検索サイトで上位が固定しているのだと思います。

このエントリーは、NHKで放送された、作家の柳美里さんの、家庭での息子への凄まじい暴力について、彼女への臨床心理士のカウンセリングの中で生じていくプロセスを克明に追ったドキュメントリーについてのものです。

ここでは具体的には書きませんが、彼女の内面での気づきの過程が生々しく追われています。そして、彼女は意を決して、父母の祖国である韓国を、臨床心理士を同伴して(!)訪問し、父親にこれまで聞けなかった問いを次々と問いかけるのですが、この返答がシビアです。しかし父親の心情の一角を理解する糸口ぐらいはなくもなく、まだ問題未解決ですが、将来に希望を残す終り方になっています。

虐待の世代間連鎖の問題についての秀逸なドキュメンタリーと言えますが、私はこのエントリーを書くにあたって、ビデオの録画から書き起こしたのではなく、メモを頼りに「再現」したのです。

数なくとも数年前の私の記憶力は半端ではなかったようですね。

?******

壺イメージ療法とフォーカシング

このエントリーは、田嶌誠一先生創案の「壺イメージ療法」について、その「原法」、つまり田嶌先生のオリジナルそのものを「正確に」、順を追って解説している、ネット唯一のリソースのようです。

このオリジナルは、田嶌先生のワークショップで、いろいろ質問しながら確認したものです。

私にとって、この技法はカウンセリングの現場での完全な「普段使い」です。

この技法と、フォーカシングのclearing a spaceが似ているようで実は違う・・・という詳細な比較論にもなっています。

******

●周囲の人は双極性障害2型の人の「気遣い」にどれだけ助けられているかに気がつかない・・・・内海健 著「うつ病新時代 -双極性II型障害という病-」 書評 (第2回)

このエントリーは、精神科医の内海健先生の著書、「うつ病新時代 -双極性II,型という病-」(ただし初版。現在は改訂版が出ています)についての詳細な紹介に、更に私がブランデンブルクの「自明性の喪失」、ミンコフスキーの「精神分裂病―分裂性性格者及び精神分裂病者の精神病理学」まで引っ張り出して解説したエントリーです。

 初版では薬物療法については記載がありませんが、双極性II障害型障害においては、三環系、四環系、SSRIなどの「抗うつ薬」はむしろ症状を悪化させる可能性が高く、抗てんかん剤系の気分スタピライザー(例えばデパケンとラミクタールの飲み合わせ)が適切であることは付記しておいていいでしょう。

他の人気エントリーについては、このエントリー内で随時追加していくつもりです。

******

それにしても、私の昔のエントリーは、長大で詳細なのが多いとつくづく思う。

今はこんなに長大なのはブログ上では書けなくなっている。

昔の私はここまでエネルギーがあって、執着的でたったのだと思います。

例えば、今回の3冊連投が成功して、「もっと別の、新しい本を書きませんか?」

という誘いが来て「カウンセラーこういちろうの雑記帳2」だとか、他の新しめのアニメについての論考を委嘱されても、現状では書く自信はない。

まあ、最近のアニメについて、経費で落としてくれるのなら、ブルーレイとかを丁寧に観てから、アンソロジー的にまとめるなどは、時間さえもらえればできるかもしれないが、例えば「新海誠論」なんて書く自信がない。「転るピングドラム」などの幾原邦彦作品なら、丁寧に観る時間さえもらえれは、書けそうな気もするが。あと、今更であるが、「まどマギ」論とかも、丁寧に見直せば、「セーラームーンの精神分析」の応用として、書けるかな。

実は一番書けそうなのは、僭越ながら、私の半生をつづった「自伝」です。

父親も結構ドラマチックな人生を歩んでいるし、私自身相当な登り下りのある、それなりに「スキャンダラス」な人生を歩んできたので、どこかからか「スキャンダル」を公表される前に、自分から明かしてしまおうかとか思っています。

この本は、「殉愛」とか出してる幻冬舎向きかな?

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G-Tune

2019年7月 1日 (月)

SNSと「現実」への認識(改題)

もちろん、ここで書かれているように「使い方」をわきまえていることは大事。

単なるおしゃべりの場になったり、不要な論争に明け暮れるのは好ましいことではない。

Twitterなんて、うまく使えば自分にとって有益な情報しか流れてこないようにフォローする人を選べるようになれる。

そのための方法は至って簡単。自分のフォローしている人からのリツイートで気にいった人のプロフィールを調べて問題ないかどうかを確認できたら、どんどんフォローすればいい。

こうして、私の場合で言えば、ありふれたネロウヨのツイートも流れ来なければ、変な論争を挑まれて神経を消耗させることもなくなる。

こうやって私は限界の5000人をフォロー、1300人のフォロアーに恵まれて、楽しくて刺激的な活用ができている。

ネトウヨの意見を聴きたければ、刺激的なテーマでtogetterのまとめ記事を作ればいくらでもコメント欄にネトウヨは湧いて出る。でも私個人のtwitter環境は安全な場として守ることができる。

普段は余計な情報発信はせず、適度に受け身の情報収集にとどめ、ここぞという時だけに自分からツイート方がいいとは思う。

*****

でも、思うに、少なくとも私の知り合いの範囲の業界人はネットの使い方を知らない人が多い気がする。

「だから」

社会から閉じて狭い世界に閉じていることに気づいていない。

スクールカウンセラーの人たちとかは、本来は児相の仕事であることのコーディネーターとかして、難しい問題に日々苦闘していて、それどころではないのだろうけど。

Facebookで知ってる何人かは実にいい使い方をしている人もあるが・・・

私が今度「紙の本」にする「入門・フォーカシング」、「セーラームーンの精神分析」、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」、全部私のサイトに載せていた記事由来なんだけどね。

(このうちの「入門・フォーカシング」は電子書籍版も出ます。)

実は特に特に「カウンセラーこういちろうの雑記帳」はこのブログ発のエントリーまとめただけだし、コントロールパネル側から見ると毎日少しずつはこの本に納めたエントリーに来訪者あるんだけど・・・どの記事かはいちいち例示しない。

「紙の本」が売れなくなから。

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G-Tune

2019年6月29日 (土)

「入門・フォーカシング」と「カウンセラーこういちろうの雑記帳 -若い臨床家のために-」刊行によせて(日本フォーカシング協会ニュースレターに掲載予定)

〇〇〇〇〇〇 TR(久留米フォーカシング・カウンセリングルーム)

このたび、鳥影社より、2冊の本を連続して刊行させていただくことになりました。 

このニュースレターが刊行される頃には、前者がすでに発売中、後者が遅くとも11月中旬発売の状況だと思います。

2冊をこれだけ短期間に連続して刊行できることが異例ともいえますが、どちらも10年から20年以上前にインターネット上で書いたものが原型ですから、原稿をちょっとだけ手直しすればよかったのです。

編集部に最初に持ち込んだのは「入門・フォーカシング」の方でした。文芸・学術論文専門の出版社でしたが、「文章に強い説得力がある」と評価され、あっさり刊行に向かいました。

この本はWord原稿で30ページほどのささやかなものですが、私がフォーカシング個別指導やワークショップでやっていることを「そのまんま」書いています。つまり1時間で実際にしている内容なんですね。

基本的には、フォーカシングの名教師、アン・ワイザー・コーネルさんの影響が濃いのですが、冒頭の身体の感じを順次確かめる実習や、「フェルトセンスに問いかける」の部分に私なりの工夫が盛り込まれています。

さて、この本の刊行が決まった時点で、編集部に、「あのー、個人ブログにこんな記事を書き連ねて来たんですけど・・・」と打診したのが「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の方です。

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」は、私の個人ブログのタイトルそのものでした(現在は「カウンセラーchitoseの雑記帳」と名前を変えています)。

このブログは何でもやりたい放題でして、カウンセリング・心理療法のみならす、音楽(クラシック、J-pop、ミュージカル、ロック)から実写映画、テレビドラマ、アニメやコミック、テレビドラマどころか歴史経済経済にいたるまで思いつくままに書いてきたものなのですが、どうも若いカウンセラーへのメッセージとも受け取れるエントリーが少なくないことに気づきました。

私自身まだいろいろな欠点のある、発展途上のカウンセラーだと思うので、何ともエラソーなのですが、カウンセリング業界への苦情(フォーカシングは一切批判していませんよ)から、フォーカシング技法・体験過程理論の様々な応用編、私なりのフォーカシング指向心理療法の紹介もしています。

ところが、元のやんちゃなブログの性格も残していて、なぜか中島みゆきがやたらと出てきます。そして「ユーミンのデニーズ伝説」三部作という、私が日常の中で遭遇したちょっとした光景を描いたエッセイも収録されています。

この本で一貫しているテーマは、「共感」とは何だろう?ということでしょうか。「共感」とはお互いの「錯覚」を乗り越えていくことではないか・・・と繰り返しています。

まあ、わかりやすい文章のつもりですから、気軽に読んでいただければ幸いです。

======================

・・・実はこの2冊の間に「セーラームーンの精神分析」を8月20日ごろ出す予定なので、一層「異例な」刊行ペースなのだがそのことについては一切言及していない。

2019年6月28日 (金)

中谷巌著:「入門・マクロ経済学」について(2)

●「短期」とは「受容と供給に不一致があったとして価格が変化しない期間」である。・・・前の感想で、「工業製品は在庫可能」という点に疑問を呈したが、時代が変化するにつれて、重工業製品はともかく、家電製品、特にパソコンや携帯などの製品は短期で機種変更=旧製品の破棄が進んでいる現状をどうとらえるか。在庫処分は2000年の頃よりぺースが速いのではないか。それらは安くして海外で売る・・・どころか、(ブランド名は日本にしても)今や海外からの輸入品に実質的に依存しているではないか?

●総供給曲線と総需要曲線については理解した(つもり)。

●「過少雇用均衡」・・・なるほど。

●消費は可処分所得に依存する・・・当然。しかし可処分所得を預金に回す比率をどうとらえるか?

● ↑ については「限界貯蓄性向」ということか。

●続いてやっと出て来た「投資」の問題。「消費が比較的予想しやすいのに比べて、投資の不安定性は際立っている」。

●「投資の限界効率」・・・理解した「つもり」だが・・・

●「自己資金によって投資をファイナンスする場合でも、利子率より低い収益しかもたらさないプロジェクトは実行に移さず、銀行などに預ける方が有利」・・・この低金利の時代をどう見る?

●「投資は投資の限界効率と利子率が一致するところで決まる」・・・私の理解不足かもしれないが、・・・ってことは、今や投資が非常にやりにくい時代ということ?

●「国民所得の大きさは総供給ではなく総需要の大きさで決まる」・・・ケインズの「有効重要の原則」。古典派の「供給は需要を作り出す」の真逆。「需要が供給を作り出す」。

●財市場が供給は一致しているのに、労総市場が均衡しておらず、「非」自発的失業が発生している状態を「過少雇用均衡」と呼ぶ。

●この直後の、古典派との比較は文章が長くなるのでここでは省略。

●「雇用を拡大ある方策のひとつは、公共投資などの政府支出の拡大」・・・恐らくここだけはケインズ派の考え方として人口に膾炙している。

●「国債を発行して資金を調達し、その資金で公共事業を増やす」・・・これと企業内留保の問題はどういう関係にあるの?

●日本の公共事業においては日本の地価の高さ。土地を売って大金を得た人は貯蓄に回して眠ってしまう。

●「大量の国債を発行すると国民は増税のことを心配して消費を抑制し貯蓄を増やすかもしれない」・・・今や高所得者以外、「貯蓄を増やす」こと自体危機に瀕しているのでは?

●日銀が外国為替市場に介入して円安誘導を行ったとすると、輸出は増えNX・・・えーっと、NXって何だったかな。ネットで調べたら「純輸出 (=輸出 ー 輸入). 純輸出=対外純資産の増分」とある・・・が増加する。

●分配された所得は、消費されるか貯蓄されるか政府の租税収入となる。

●途中が数式が多いので飛ばす。

●完全雇用GDPと総需要の差のことを「デフレギャップ」と呼び、その額が大きいほど不況は深刻である。

●総需要管理政策とは、総需要を上下にシフトさせる政策のことで、代表的のものは政府支出を増減させること、税体系の変更、利子率の変化させる金融政策など。

●価格硬直的な世界では、ケインズ的な財政金融政策は、強力な雇用創出能力を持つ。

●減税・・・ここちょっと難しい。

●景気上昇→雇用を拡大しようとすればより高い賃金をオフォア―するしかない→モノの価格も上昇し始める。ケインズ的な数量調整の世界は、景気がいきすぎている時は有効に働き得ない。放置すればインフレーションは総需要が完全雇用GDPを上回る限り続く。「真性インフレーション」。

●総需用抑制策。政府支出の削減、増税、金融利子率をひき上げて企業の投資コストを引き上げるなど。

 

・・・以上。第4章まで終わり。

【追記】:王子のきつねさんによると、企業の「内部留保」は家庭の「箪笥預金」にあたるそうです。

 

 

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トロントだより

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     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

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     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

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     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

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フォーカシングの本1

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