学問・資格

2011/12/26

フォーカシングはどこで学べますか?(転載)

 2009年10月31日現在、日本には、The Focusing Institute認定のトレーナー、およびトレーナー訓練生(TNT)が156名います。

 そうした人たちの中で、個人開業されている方は、私を含めてごく一部、個別指導を予約に日時さえあえば受け付けているカウンセリング機関も必ずしも多くないのが現状です。

 一方、カウンセリング現場や教育現場でフォーカシングを柔軟に活用されているトレーナーは、かなりの数におよび、多くのトレーナーの方はそうした場で、いわば「フォーカシング指向心理療法」的に柔軟に活用されているものと思われます。

 また、「子供のためのフォーカシング」という領域がありまして、日本にはこのジャンルで情熱を注ぐ人たちがたくさんいます。教育や保育の現場で活用されています。

 一方、ボランティアに近い形で、フォーカシングのセッションを引き受けてくださる人、地域でのフォーカシングや体験過程理論の勉強会(これはかなり大規模のものあれば、少人数でささやかに地道になさっている方々もおられます)はかなりの数に及びます。

 認定トレーナーないし訓練生の人たち同士に限定した実習、大学院研究室での実習、トレーナーではないけれども、お互いに学びあう場として集まりを持たれているケースなど、多様なスタイルでなされています。

 大きな機関になると、ほとんど毎月のようにワークショップが開催されている場合もあります。

 そうした中には、新規参加者歓迎のところもあれば、むしろクローズドなメンバーで研鑽を積むことを重視している場合もあります。

 私の掌握している範囲では、北は北海道から南は鹿児島までの広がりがあります。推定では、少なく見積もっても50-60団体(あるいは個別セッショントレーナー)が機能していると思います。

 (NLPなど、他流派の研修課程においても、フォーカシングを重視しておられるケースがあるようですが、ここまで述べてきたのはThe Focusing Instituteないし日本フォーカシング協会系の団体・個人に限定しての情報です)。

*****

 今ご紹介した、「日本フォーカシング協会」は、The Focusing Instituteと連携しつつも、日本独自の組織であり、資格認定(私の資格研修プログラムはこちら)は直接関与していません。フォーカシングを「愛好する」皆様(もちろん、これから学ぼうという皆様を含めて)であれば、大学の研究者からカウンセラー、教育関係者ばかりではなく、一般の皆様にまで開かれたネットワークです。

 年会費3,000円をお払いになると、協会「メンバー」として登録され、年4回ニュースレターが送付されるばかりではなく、認定トレーナーが主催する研修会やワークショップの多くにおいて割引料金が適用されます。

 また、年に一度開催される、泊まりがけの「フォーカサーの集い」(日本各地を巡回しています)に参加できます(別途参加料はいただきますし、原則的に滞在地の宿はご自身で確保していただく必要があります)。

 フォーカシングの関心を持つ、日本全国の人たち(時には海外から著名トレーナーが参加されたこともあります)と、交流を深められるばかりか、 フォーカシングのパートナーシップ(個別セッション)を体験するための小部屋も設けられ、それと並行して、「出店方式」と呼ばれる、その場で自由に選択で きる分科会に参加し、日本のフォーカシングの主なるトレーナーによるミニ・ワークショップをオールスターキャスト(?)で幾つも体験できます。

 ニュースレターには、各地でのワークショップ情報や、勉強会のレポートも満載されています。

 ただし、日本フォーカシング協会事務局は、トレーナー紹介についての直接の個別のお問い合わせにはお応えできないという原則を貫かせていただいております。この点はご了承下さい。

*****

 以下、私が調べた範囲で掌握している、ネット上のフォーカシング関連サイトを一覧にしてご紹介します。

 なお、以下にご紹介しているサイトは、そこのオーナーに打診すればフォーカシングについての質問に答えて下さるとか、学びの機会を具体的に提供してくださることを必ずしも意味しません。

 各サイトの趣旨・ポリシーを尊重し、くれぐれも個々のサイトのご迷惑にならないようにご配慮願います。

※個々のサイトにリンクの許可をいただいている場合とそうでない場合があります。サイトの管理者の皆様、ここでのご紹介を抹消依頼の必要をお感じでしたら、快くお引き受けいたしますので、どうかご遠慮なくご一報ください。

以下、私のインターネット上の情報源:

*****

・・・以上、これまで継続していたブログ、「フォーカシングQ&A」をこの機会にたたませていただき、「ふくおかフォーカシング・セミナー」公式サイトへと再構築いたしましたので、これを機会にそちらの記事の中で重要記事であったこの記事を、修正の上で転載させて頂きました。

もし、新たにフォーカシング関連のサイトをお始めになった方、あるいは発見された方からのご連絡を歓迎いいたします。

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2011/12/20

「こども達とフォーカシング」書評

共著者のひとり、マルタ・スタルベルツは、長年、発達障害の子が沢山いる学校で、児童心理士として活躍しておられた方である。

しかし、本書は、子どもや親や学校の関わりのみならず、大人自身が、様々な個人的現実世界や、組織・施設の中で、フォーカシングをいかに役だてられるかにも様々な示唆を与えてくれる。

フォーカシング関連の書物の中でも、訳はたいへん秀逸な部類に入ると思う。原著そのものに、難解さがない、流れるような自然さがあるであろうことも容易に想像がつく。

多少フォーカシングに馴染んだ人であれば、全くスムーズに読めるであろう。

著者は、こども達と関わる上で、普段思わず使ってしまうような物言いをほんのちょっと控えてみて、親や教師の側が、まずは自分の内側の感じに注意を向け、心のスペースを取り戻すことの重要性を説く。そして、子どもの傍らにいる中から生じてくるボディ・センスに感情移入的に注意を向け、丁寧に気持ちを察しながら言葉を返していく(これを「ミラーリング」と呼ぶ)、それだけでも、子どもとの関係性が、たとえそれが赤ちゃんとの関係ですら変わることを示唆する。

そして、子ども自身が自らのボディ・センスに注意を向け、程よい間合いを見い出すことで、自らにやさしい関係を作り、それが行動(かなりの問題行動すら含む)の好転を無理なく促すことに結び付けられるかを、様々なケースについて、思春期に至るまで、年代別に注意すべきポイントを少しずつ変えながら解説してくれる。

子どもがボディ・センスから自分の細やかで複雑な感情や状況を表現するために、言葉だけではなく、絵画や文字などを媒介することを子どもに提案すると、相互作用が深まる様も、こども達の描いた豊富なイラストを挿入ながら理解できる仕様になっている。

また、技法が決して押し付けにならないように、いかに細やかに関係性を築いていくかが前提になっているかについても、非常に示唆に富んでいるだろう。子供達といかに寄り添うか。それは、子ども自身が自分のボディ・センスに親和的になるかと感応しあっているかのようである。

学校教育の現場では、SSTやアサーショントレーニング、認知行動療法的アプローチ、いじめ対策のためのワークがなされている場合も多いであろうが、ここで述べられたフォーカシングの活用は、それらの技法と矛盾したり取って代わるものではない。むしろそうした技法と統合され、しなやかなエンジンオイルを供給するものといえるだろう。

本書の事例を読んでいると、言語の発達や学習障害、自閉、多動、感情の統制などという点で、実は全く平均的児童との隔てがない関わり方の次元があることが生き生きと伝わってくる。本当に「現場型」でフォーカシングの教師としても有能な人たちが書いた本だと思う。       

「ここの部分は◯◯技法に似ている」などと安易に類型化して読まないで欲しい。本書の行間に身を委ねて味わって欲しいと思う。そこにはpersonとしての大人と子ども、「人と人」との豊穣なコミュニケーションの世界が広がっているのに気づくだろう。

===========

以上、未だ途中までの読みかけですが、とりあえずアップ。読み進めるうちに必要を感じれば増補改定します。

2011/12/18

Skype(インターネット音声動画通信)を通してのフォーカシングへの誘い

・・・・以下、インターネットにまだあまり詳しくない、初心者向けの内容です。

*****

 皆さんは、Skype(スカイプ)をご存知でしょうか?

 インターネット上で、ライブで音声動画通信を行うソフト、要するにTV電話のようなもので、しかも使用料金は無料です。
 ヘッドセットと呼ばれるマイク付きヘッドフォンさえ購入すれば、簡単な設定で、日本全国、いや、世界中のフォーカシング・ピープルとの間で、パートナーシップを持ったり、トレーニングを受けたりすることができる可能性がひらけます。

 電話、ないし電子メールによるフォーカシングは、かなり前から欧米では行われていましたが、日本でもすでにSkype経由でフォーカシングを共有・提供しておられる方もすでに少なくないかと思います。

 ここで改めて、まだご存知でない方のために、Skypeの活用が秘めた大きな可能性について、私なりにご紹介したいと思います。

  1. 好きな時に、フォーカシングのパートナーシップを共有できる。どこかに足を運ぶ必要もない(交通費も要らない)。身近な地域にフォーカシングのグループ等がない場合でもセッションを共有できる。
  2. ワークショップやグループの場は、日常から切り離された、フォーカシングを共有する仲間がいる「特別な場所」からこそ安心してフォーカシングできる長所もあるでしょうが、Skypeによるセッションだと、家の自室にいる「日常的な自分」をそのまま持ちこんでセッションを持つことができる。
  3. 家の外に出ると、もともと非常に傷つきやすい方の中には、フォーカシングの集いの場に出ても、それだけで「素の自分」で全然いられなくなり、セッションの中で、いつまでたっても自分の中の肝心な「何か」に触れらない、あるいは、仮に集いの場でいい体験をしても、その効用が日常に全然反映しないままというディレンマを抱えている方も少なくないかと思います。
     そういう皆様にとっては、Skype経由のほうが、別の意味で「安全な」「安心できる」場を提供することになる場合もあるのではないか? 殊にインターネットに普段からなじんでいる方の場合はそうでしょう。
  4. インターネットのブロードバンド化が進む中で、一定のスペックのあるパソコンであれば、スカイプの動画は、驚くほど滑らかに動き、本当に「面前に」相手がいるかのようなpresence体験になることも少なくない。
     その一方、「面と向かってセッションを持っていたとしたら、恐らく、《自意識》が働いてしまい、うまく行かなかったろう」という感想も耳にしたことがあります。つまり、むしろ「体験的距離」が取りやすいことが少なからずあるというということでしょう。

私は、こうした意味で、Skypeを通して、フォーカシングのパートナーシップを共有される皆さんが、全国で更に増えることを祈っています。
========

Skypeで私が有料でお引き受けしている内容(全くの初心者の方歓迎)。

●私を担当者とする場合の、有料個別指導のやり方、料金体系等、詳しくはこちらを御覧ください。

●skype公式サイト

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2011/11/19

児童福祉施設内での暴力に対する「安全委員会」方式についてのとりあえずのまとめ(togetter)

児童福祉施設内での暴力問題というと、施設職員から入所児童に対する暴力がまずは問題として表面化した。

しかし、近年、児童間の暴力、児童から職員への暴力も問題であることが言われ始めている。この問題についてこの10年ほど臨床心理士とし関わってきた九州 大学教授の田嶌誠一先生が提唱する「安全委員会」方式については、著書「現実に介入しつつ心に関わる」「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」に詳 しい。

以下のまとめは、そこで述べられた内容をネット上でどう紹介するのか、とりあえずの大雑把な備忘録に過ぎず、未だ言葉足らずで説明不足ですが、まとめてみました。

こちらからどうぞ。

これに関しては拙ブログの、

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2009/12/post-0b71.html

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2011/11/post-3b4f.html

を、まずはお読みいただければ幸いです。

*****

このtogetterはまだ私の備忘録的なものであるの過ぎません。「安全委員会方式」は、半可通でわかったつもりになると相当な誤解を招く可能性があります。

今後、前掲書と丁寧に付きあわせて間違いのないように更に推敲し、拡充して当ブログでまとめてご紹介する機会を作りたいと思います。

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2011/10/18

成熟の過程で人は何を失う危機に立たされるのか -「魔法少女まどか☆マギカ」についての臨床心理学的小考察- (第4版)

直前の記事で、おふざけの方向に走ったので、「こいつホントにカウンセラーか?」などとまたもや言われ出されないうちに、「魔法少女まどか☆マギカ」についての、硬派で専門家的考察も、ささやかながらまとめておきたい。

今から書く内容は、すでにネットやまどマギ本で考察されてきたことの、私なりの焼き直しに過ぎないかもしれない。

ただ、私が眼にしてきた膨大な数のネットでの「まどマギ」論考でははっきりと使われなかった概念まで使って試みることにする。

******

本作品は、「魔法使いサリー」に始まる魔法少女ものアニメの集大成といわれており、そうした物語のダークサイドに深く踏み込んだものであると位置づけられる。

過去の魔法少女モノがどのようにタイプ分けできるかについて、私が16年前((1994)に学会発表した論考、「二つの母性の相克:~「セーラームーン」についての精神分析的対象関係論に基づく考察」から引用して整理しなおしておこう。

=========以下引用==========

『魔法少女』ものにおける家族構成には大きく分けて二つのタイプがある。

   A.「魔法の国の王女様地上降臨型」:

 「魔法の国」の王と王妃の間に生まれたプリンセスが、何らかの理由(おてんば過ぎて自分から飛び出す・修業に出される・魔法の国の滅亡の危機を救うものを見つけるetc.)で、「地上世界」に普通の人間の女の子になりすまして滞在する。『魔法使いサリー』『魔法のマコちゃん』『魔女っ子メグちゃん』『魔法のプリンセス・ミンキーモモ』などが代表的であるが、『サリー』を除くと、地上の世界で「親代わり」をみつけ、家庭に入り込むのが定石となった。

実の子供、親戚、居候などの形をとるが、大抵魔法の力によってその家族を洗脳し、彼女が家庭に入り込んだことに疑問を感じないようになっており、彼女が魔法使いであること自体、その家族を含めた地上の人には秘密とされる。

ちなみにそうした「地上での疑似家族」もまた、魔法の国の両親と同じくらいにgood enoughな(=そこそこ良い) 養育者であることを常とする。多くの昔話における「意地悪な継母」にあたる役は、魔法の国の王家の敵対勢力から現実世界に派遣された娘や手下が演じるか、主人公の現実世界でのライバルとしての「お金持ちのお嬢様」の家庭によって代理されることが多いとみなしていいだろう。

もとより、『ミンキーモモ』のように、そのような特定の「悪玉」の設定を排除して、主人公自身を含めた人間一人一人に内在する弱さや諦めやエゴイズムとの内面的戦いへと昇華した作品もある。

B.「地上の少女使命拝受型」:

good enough な養育者の元ですくすく育った地上世界の普通の少女(大抵目に見えない異世界への特別の感受性を持つ)が何かをきっかけにして魔法の国(の人物)と遭遇し、使命を授かり、魔法を使うためのアイテム(コンパクトやステッキ)を授かる。この場合にも魔法を使えることは家族を含めた周囲の人には秘密とされる

 『ひみつのアッコちゃん』に原型があるが、その後、魔法の国から遣わされた 妖精が動物の姿を借りて主人公のお供をするのが普通となった。『花の子ルンルン』『魔法の天使・クリィミーマミ』『魔法のスター・マジカルエミ』など。

(中略)

だが、興味深いことに、主人公のうさぎ以外のセーラー戦士4人全員が、両親共に揃った家庭としてはっきりとは描かれていない

もとより主人公のうさぎを強調しようとすれば自然と他の脇役の家庭の描写はなされなくなるのでないかと言えば言えてしまうが、今日、アニメやコミックの世界で、一応現在の現実世界を舞台にしている場合ですら、まだ独り暮らししていない子供である主要な登場人物の家族が全く描かれないケースは非常に多く、そのことの中に現代の子供の心の中での家族との距離感が反映しているという見解はかなり一般的なものとなっているので、一応注目しておくに値するだろう。

具体的に言うと、水野亜美(セーラーマーキュリー)は、全国模試連続一位、 IQ300 <笑> の超優等生である。成績がいいことを鼻にかけない優しい少女であるが、人付き合いが苦手で社交に通じていないため、場にそぐわない本音を平気でボソッと言ってしまうところがある。彼女には、女医の母親がいることになっているのだが、亜美本人の自宅での自室でのシーンは時々描かれるにもかかわらず、物語の中で母親の姿が登場したことは一度もない。父親は日本画家でチェスの手ほどきを亜美にしたことはわかっており、亜美が父親に今もある敬愛を抱いていることは描かれているのであるが、少なくとも現在ではすでに亜美は母親との二人暮らしのようであり、父親は回想を含めて画面に登場したこともなく、離別か死別かすらはっきり物語の中で語られたことはない。

 占いや呪術などの超能力をもつ霊感少女にして私立中学の生徒会長でもある火野レイ (セーラーマーズ)。積極的だがやや気位が高く、うさぎとはいつも口げんかばかりしているが、いざとなるとうさぎをさりげなくサポートする行動をとっさに取る機転が一番効くのも彼女である。彼女は神社の神主の祖父のもとに同居し、時々巫女の仕事も手伝っている。祖父は脳天気な子供っぽさを持つ脇役としてかなり頻繁に登場するが、レイ自身の父母はどうしたのかは物語の中で一度も問題にされたことはない。

腕っ節が強くて喧嘩ばかりしていたためにうさぎや亜美のいる街の公立中学に転校せざるを得なくなった木野まこと(セーラージュピター)は、アパートでひとりぐらししており、男っぽい外観にもかかわらず、掃除や料理は得意という家庭的な面も見せ、出会う男性にすぐに「昔好きだった先輩」と似ている所を見つけて一目惚れして尽くし始める。しかし、父親母親等家族については物語の中で何ら言及されない。

うさぎを含む他の4人より以前から正義の味方セーラーV(ヴィーナス)として活躍していた愛野美奈子は、『セーラームーン』原作の武内直子が以前から連載し、今も並行して執筆している『コードネームはセーラーV』という姉妹作品では、両親が登場する家庭が描かれているが、『セーラームーン』では、自宅のシーンはかなり頻繁であるにもかかわらず家族は一度も登場したことはない。

=======とりあえす引用終わり========

・・・・ここまで引用してみると、登場人物の名前さえ置き換えれば、まどマギの魔法少女たち五人組の設定とあまりに重なっていることに、まどマギファンの方なら容易に気づけるはずだ。

ちなみに、「セーラームーン」も「まどか☆マギカ」も、上記の分類でいう、「B型」=「普通の少女使命拝受型」である。

「セーラームーン」の月野うさぎがそうであったがごとく、家族との関わりの日常描写が丁寧に描かれるのは、主人公のまどかに限定されている

(大企業で恐らく上級管理職をしているキャリアウーマンの母、専業主夫の父、弟が一人。住宅は広々と大きいので、経済的には中流の上の家庭だろう。この記事の最後の動画を参照) 

美樹さやかは両親がそろっていると想像され、自宅に住んでいるが、一戸建ての玄関先のシーンしかない。

巴マミと佐倉杏子は両親と死別しており、そのいきさつはきちんと描かれているが、暁美ほむらに至っては家庭の事情は全く不明である。

このうち、マミとほむらは結構な住居でひとり暮らししているが、杏子に至っては野宿生活で中学校にも通っていないと思われる。

これら3人の経済的支えは?・・・・登場時から魔法少女なので、恐らく「魔法の力」である。

:*****

さて、魔法少女のものの少女たちの変身は、

  1. この世のダークサイドの化身としての悪者や怪物と戦う正義の味方としての活動をする。
  2. 自分の夢を魔法で叶え、思春期の入り口までの少女が、大抵18歳前後の、年上の、魔法の力を持った女性に変身する(その目的は少なかぬ場合、年上の男性への恋心が動機となっている)、しかし、本来の少女としての自分と変身後の自分との間のギャップに悩み苦しみ、変身後も魔法を使っても、事態は思ったようには容易に解決できない。

・・・・などいった特性を持つことが少なくない。

こうした側面も、まどマギに受け継がれている。

(まどマギでは変身後にオトナに近づくわけではないが、設定資料によると、さりげなく、変身後の方が頭身が高く描かれるという隠れ設定があるようだ)。

*****

さて、ここでひとつの問題提起をしておこう。

今度は、私が大学院1年生として入学する直前(1986年)に、アニメ雑誌「OUT」に投稿して、初掲載された時の文章の一節からから引用する:

===================

●魔法という名のモラトリアム   …「魔法のスター・マジカルエミ」

魔法とは一種の「モラトリアム」であろう。

それだけの社会的・経済的能力がないのに、まるで親のスネをかじって、欲しいものが手に入るのと同じようにして、やりたいことが実現できる

=====引用終わり=====

「まどか☆マギカ」の物語では、中学2年生の少女が、いずこからの使者、使い魔のキュぅべえ(白い動物)から、「魔法少女になってくれたら、君の願いを何でも1つだけかなえてあげる。だから僕と契約して魔法少女になってよ!」と、繰り返し、手練手管を駆使して、しつこく勧誘を受ける。

(このことから、「営業の鑑(かがみ)、淫獣キュぅべえ」と、ファンの間では言われている)

ただし、その「契約」の代価として、ひとつだけ条件がある。

現世での苦悩の末に、絶望した一般の人たちを食い物にする、この世の闇にうごめく「魔女」を退治する使命を果たし続けること。

この使命を続行し続け、魔女たちが息絶える時に排出される「グリーフシード」という黒い石を回収する。

「グリーフシード」によって、彼女らが魔法少女になった時に授かり、魔法の力の源となる「ソウルジェム」と呼ばれる宝石(・・・実は彼女のたちのを移行し、封印したもので、これを肌身離さず持っていなかったり、破壊されてしまうと、死が訪れる・・・)の濁りを除染し続けないと、その濁りが蓄積して、今度は彼女たち自身が人間を呪う「魔女」として怪物化する運命にある。

こうやって、魔女退治が魔法少女達の過酷な「社会的ノルマ」として設定された点に、この作品の新味があり、ダークな部分である。

「魔女」を狩るか、「魔女」になるか。

実は「魔女」はすべて、かつて「魔法少女」だったもののなれの果て。

魔女になるばかりか、今度は自分が別の「魔法少女」に狩られる側になる。

夢をひとつかなえること代償が大き過ぎるのである。

「魔法少女」になるということは、この作品においては、むしろ少女からモラトリアムを奪い、永遠の過酷な状況に突き落とすことに他ならない。

いろいろ悩み、葛藤した挙句、結局窮地に立たせれて、少女たちは「魔法少女」になるのだが、キュぅべえの意図は「第二次性徴期にある少女の希望が絶望に相転移する時に発生ずる膨大な感情エネルギー(・・・こんな小難しいセリフが実際に語られるのだ) を回収して、宇宙の安定のために活用するということであった。

******

魔法少女になるべく「契約」した少女たちが身体の中から「生み出す」ことで所持することになる宝石、ソウルジェムは、の形をしており、使い魔キュぅべえのほんとうの名前は「インキュベーター(Incubator)」、すなわち「孵卵器」である。

つまり、「排卵」できるようになった思春期の少女たちから、身体的には大人になった証拠としての「卵子」を回収して活用するということへのあからさまな隠喩となっているわけである。

「契約」に基づき、魔法少女としての力を授けるキュゥべえは、少女たちから「性的搾取」をするオトナたちを指すともいえる。

******

この作品を、フェミニズムの観点から捉えると、実に奥が深い

だが、広い意味で、男女関係なく、思春期になると、少年少女たちは、自分の夢と現実との葛藤に直面し、絶望の淵に追い込まれる瀬戸際になる。

社会人として巣立つことは、自分の夢を叶えようとすることであると同時に、自分の魂を売り渡すことになるのと紙一重である。

どんな夢や希望も、ダークサイドに憑依される(=「魔女」になる)ことと裏腹の危険な橋を渡り続けることでしかない。

このアニメは、そうしたリアルな葛藤を、非常に切迫した形で描き出した名作であると言えることになる。

******

では、こうした葛藤と堂々めぐりの連鎖(=「円環の理(ことわり)」を引受けつつも克服して成熟していく道は在るのか?

この作品の結末は、魔法少女たち5人のうち何名かの命を引き換えにして、ほむらの最終的な生き様としてその問いに答えているといえるだろう。

 ↑ 「まどか☆マギカ」は劇場版制作が発表され、総集編2本+新作1本とのことですが、上記の動画はよれよりはるか前(放送途中)に素人さんが自分の願望で編集したものです。

*私の「演劇論的」見地からの考察こちら

【追記】:結局続編書きました。

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1つだけ魔法を使えるなら、どれがいい?

ブログネタ: 1つだけ魔法を使えるなら、どれがいい?参加数

おいおい、ローソンばかりか、ココログのブログネタまで「まどか☆マギカ」に便乗するとは、わけがわからないよ。

「僕と契約して、ニフティコロログの有料会員になってよ」・・・てか?

その意味では、すでに設立して7年め(・・・かな?)、プログを乗り換えることなく、同じ場所に居座ってる私は、とっくにソウルジェムを抜き取られているのでごさいます(^^)

******

答えは、(用意された選択肢にあったのだけれど)、「病気や怪我を治癒する力」でしょうね。

つまり「安定のさやか」系なわけだが。

それは、臨床家としての職業柄・立場上でもあるが、もう50になった自分の健康、そして、78歳と88歳で今のところ矍鑠(かくしゃく)としている両親への思いを込めて。

まだ

 ・していただいたこと

ばかりで、

 ・して返したこと

はなくて、
   

 ・迷惑をかけたこと

ばかりで、何の恩返しもできていない不肖の息子である(以上、内観法)。

*****

・・・というわけで、もうひとつ、私のお気に入りの、非常に凝った「まどマギMAD」をYouTubeから貼りつけておこう。

・・・これ、元ネタの歌が何という誰の曲か、調べてもわからない。

誰か教えてくれませんか?

【追伸】Twitterでご教授いただきました。曲名 ”fortissimo-the ultimate crisis-”、歌っているのは、”fripSid”というグループ(?)、「fortissimo//Akkord:Bsusvier」という18禁PCゲームのための曲のようです。

(実は、18禁ゲームのための曲というのが、いわゆるアニソンの世界で、一番制約がなく、最先端を行く曲が作られる傾向があります。水樹奈々の「深愛」も、「WHITE ALBUM」という、その筋では大変有名な18禁ゲームのための曲なのです)

*****

↑この本への私のAMAZON書評も引用:

============

私は「まどマギ」の公式ガイドブックも読んでいない人間だが、本書はその公式本も資料として取り扱いながらも、作品に盛り込まれた設定や、海外での反響、二次創作の世界すら含む「まどマギ現象」について様々な視点からうまくまとめていると思う。

こ の種の本は、自分なりの作品見解に引きつけた、我田引水の「評論」になりがちで、まどマギファンからすれば「偉い人が、難解な、もっともそうなこと言ってるけど、それって思い込みでしょ? 何かズレてるよな」と首をかしげたくなる場合がある。しかし、本書は敢えて「独自の考察」を盛り込もうとほとんどしておらず、「情報整理」に徹していて、わかりやすい図表も使われている。

そうした中、従来の「魔法少女もの」「ループもの」「虚淵作品」と比較してどういう位置に「まどマギ」があるのかについて丁寧に整理しているのは見逃せない。SFやゲームや古いアニメを知らない人にも大変親切な構成となっている。

終わりの方の色ずりページの魔女図鑑だけは、魔女たちが魔女にある前はどんな女性(?)だったかについて、イラストを含めて想像を膨らませた内容だが、これはこれで愉しめた。

全体として、ネットとかで、まどマギ関係の情報をしらみつぶしに読んできた人にとっては必ずしも新味はないかもしれないが、多角的に情報を吟味している(今年の夏までの情報を含む)という意味で良書だと思う。

========引用終わり========

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2011/06/29

アン・ワイザー・コーネル 著 :「すべてあるがままに -フォーカシング・ライフを生きる-」("Radical Acceptance of Everything") 書評

アメリカのフォーカシングの名教師、アン・ワイザー、コーネル女史による本書の原題は"Radical Acceptance of Everything"である。この"Radical"という言葉の含蓄と、邦題の「すべてあるがままに」という語感には著しいギャップがある。原題をう まく噛み砕いてキャッチーなものにするためのアイデアは他に容易になかったかもしれないが、本を開いてみた方が、内容に面食らうであろうことは相違に想像がつく。

"Radical Acceptance of Everything"とは何か。自分の中に生じてくる様々な思念や情動などをひとつひとつ対象化し、その存在をひとつずつ認めてあげて (acknowleging)、それらすべてのかたわらにに佇(たたず)んでいてあげることで、自分内部にスペースを見出すという、意図的な過程を経て見出された状態のことを指す。それが実現できれば、その人の変化は、自ずから着実に進行し始める。

アンはこれを本書の多くの部分で「プレゼンス状態」と呼ぶが、今度はこの"Presence"という言葉そのものが日本語として馴染みにくい。私は"Presence"を「臨在性」と訳すことを提案したい。(内的に対象化し得るすべての)「傍(かたわ)らに、たたずんでいてあげられること」を指すからである。そこには関係性が含意されている。

訳が分かりづらいというレビューをされている方があるが、私が精読した限り、上記のポイントを除けば、本書は原著を非常に精妙に翻訳したものである。実は、そのように精妙に訳さない限り、言語学者としての経歴を持つアン女史による本書の真意は伝えようがない。ほんとうに「繊細な」内的作業の仕方について書かれている本なのだから。

つまり、本書は読者を選ぶのである。フォーカシング技法について多少なりとも「体験的に」身につけている人であることが条件。

一定の目安を述べれば、少なくとも、アン・ワイザー女史の「フォーカシング入門マニュアル」を十分に読みこなせ、その技法を自分の為に、あるいは聴き手として実践できる人であれば、アンさんの他の著作を読まないまま本書に進まれても、熟読すればその真価ががわかるであろう。

そういう意味では、フォーカシングに対するある一定の熟練度がある人が「がっぷり4つに組んで」熟読するのための本である。

本書に収録された論考やエッセーそのものが、一部の書き下ろしを除き、実は国際フォーカシング機構(The Focusing Institute)の機関誌に寄せられたものである。ゆえに、「フォーカシング・ピープル」のための新たな刺激剤(しかも衝撃力がある起爆剤!)として 位置づけられる運命を背負っていると思う。

だが、本書で示唆されたレヴェル(実は、身につけてしまえばそんなに複雑とは感じないものになるのだが)を実践できる一団が日本に現れるならば、日本の心理臨床界におけるフォーカシングについての認識を、根本的に変革させるだけのパワーを秘めていると確信する。

******

本書については、当ブログでもこれまで多少言及したことがありました(こちら参照)。しかし今回、Amazonレビューとして新たに書き起こしたものを転載しました。

本書は、「入門マニュアル」「ガイド・マニュアル」に続く、「ニュー・マニュアル」の更に次の、アンの技法書として位置づけられます。

******

 アンさんの著作、あるいはワークショップへの参加から、私は大きな影響を受けてきました。本書は自分がそうした中で私が身につけてきたものを明確に再確認するのに役立ったと同時し、いくつか新しいアイデアももらえたと感じています。

 私のフォーカシング個別指導でも、本書で書かれた内容に準じたことをお伝え出来ていると感じて、ほっとしたところがあります。

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2011/06/24

格差社会の中での自分探しとフォーカシング(togetter)

このtogetterは、坂井 素思・岩永 雅也 (編著) 「格差社会と新自由主義」を読んで、経済学・社会学的見地から今の日本の生きづらさと解決の方向性について考えさせられ、引き続き、池上正樹(著)「ドキュ メント ひきこもり -<長期化>と<高年齢化>の実態-」を読んで感じた、世代や社会人経験を問わず、自分のあり方について熱心に内的に追求する層 こそ引きこもり=永遠の失業者に陥る現状に刺激を受けて、今度はそうした現代の「自分探し」の堂々巡りの解決のための具体的方法論としてのフォーカシングの可能性という、カウンセラーとしての私の専門領域での実践活動に到るまでを紹介するという、かなり越境領域的なツイートの連鎖です。

フォーカシングの名教師・アン・ワイザー・コーネルさんの"Radical Acceptance of Everything"(邦題:「すべてあるがままに」)で述べられた諸見解について、私なりに噛み砕いた紹介にもなっています。

途中、唐突にテーマが 変わるかに見える部分があるかと思いますが、繰り返して読み返していただければ、私の思考と連想の過程が浮かび上がるかと思います。

こちらからどうぞ。

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2011/06/20

格差社会とカウンセリング

 カウンセラー、殊に臨床心理士の多くは、高い学費を払って博士前期まで出ているのに、非常勤の寄せ集めで意外と低収入のガツガツで暮らしている(平均収入230万円前後という統計がある。若い層だけ引き出せばもっと低いだろう)。

 あけすけな話、親からの経済的援助すら受けながら(!)、やっとカウンセラーしている層、ないし、「連れ合い」の高収入あってこそカウンセラーできる層は実はかなり少なくないはずである。

 更に4,5年毎の資格維持(いわゆる「ポイント15点」分達成)のために、毎年数回は出席必要な研修費や旅費宿泊費も全部自費の層も少なくない。

 つまり、格差社会の意外と低層部に、多くのカウンセラーはいる。

*****

 一方、カウンセリングを受ける場合の料金のことを考えてみよう。スクールカウンセラーや児童相談所や施設等、公的機関でのカウンセリングは無料だが、これは多くの一般の方からは縁遠い世界だろう。

 病院等でカウンセリングを「併設」している場合でも、一時間、保険外適用で6000円というあたりが安い場合での相場であろう。

 臨床系大学の附属機関でのカウンセリングですら、1時間4000円-5000円かかるのが普通であろう。

 これらの場合、人件費のことを考えれば、カウンセリング部門は赤字な機関がほとんどである。

 

 とある旧帝大系のNPO外来カウンセリング機関は、実に優秀な人材を揃え、立派な面接室を持ち、料金4,500円であるが、利用者は少なく、一口5,000円の賛助金集めに大変苦労して、かろうじて運営されている。

 ましてや、カウンセリング専門の「開業」機関は?・・・一時間1万円以下であれば、相当に安い料金であろう。

 ここ私が示している料金例ですら、かなり控えめな価格である可能性は高い。あとはネットで全国のカウンセリングルームの料金体系を検索してご覧になることをお勧めしたい。

*****

 さて、流派にかかわらず、カウンセリングが一応の成果をあげるまでは、最低で10回ぐらいのカウンセリングは必要なものだ。しかも間隔はそこそこ間を開けない方が良く、最低ラインで月2回というペースが理想であろうか。

 こうなると、カウンセリングを受けるためには、最低で月あたり1万円、悪くすると3万円以上の出費が必要となる。 

 格差社会の現状で、人に話を聞いてもらうためだけに、このお金を継続的に支払おうというお気持ちになれる層が、どのくらいおられるであろうか???

 カウンセリングとは、これからいよいよ「ブルジョア」のためのものに過ぎなくなるのではないでしょうか?


*****

 さて、今度はカウンセラーの皆様自身に胸お尋ねしたい。胸に手をあてて考えていただきたい。

 自分のカウンセラーとしての業務1時間、いくらの「商品価値」があると自分で「値付け」なさいますか?

 私は、1時間4000円、となら、胸をはって言えますが。

*****

 このブログエントリーの原型となったTwitter上のやりとり(同じタイトル)をこちらでまとめています(togetter)

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2011/06/18

「格差社会と新自由主義」結語

 「格差社会と新自由主義」 は、少しずつ読み進めたが、非常に読みがいのある「教科書」だった。読む前と後で日本の現代史と現状と今後についての見え方が変わる。

 単に危機感をあおるのではなく、読者ひとりひとりに考えさせる指標となる好著である。

*****

「これまでの諸制度のように、高齢者、障害者、女性、若者、子どもなどに区分した対象や、介護、福祉、医療、就労支援などの制度別に構築した支援体制では、どこでも複雑に絡み合った問題の全体的構造を把握し、受け止めることは難しい。

人間をまるごと掌握し、そのニーズに丸ごと応えるようなパーソナル・サポート・サービスの営みが地域社会で豊富になれば、新たなリスクに対する早い段階での予防的施策がとられ、本来の意味でのセフティ・ネットの構築につながることとなる。

事後的施策から予防的施策への転換である。

さらに、現役稼働年齢層が急激に減少する中で、この世代と将来の担い手である若年世代に投資する意義は大きい。

特に、困難を抱える人々が社会の死角に落ち込むことを防ぎ、市場や社会への参画を促進して、一人ひとりのもつ潜在的な能力を引き出し、全員参加型の社会を構築するために、そのような新しい社会サービスの機能が求められている。」

 ・・・・以上、「格差社会と新自由主義」、最終章、「新たな連帯と共生の創造」、宮本みち子氏による結語。


 ・・・・もう、昔には戻れない。多面的に人々の絆をつなく総合的な「社会サービス」を創造する必要があるのだ。

*****

 本書を読み終えて感じたのは、雇用不安定で結婚すら躊躇する低所得層の若い世代の生活の安定と雇用機会をサポートしないと、今後日本はとんでもないことになるということ。

 ところが選挙に出向くのは老人ばかりだから、このことの重要性がなかなか浸透しない危険が大ありだというのが私なりの感想です。

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