ガーデニング

2009/10/09

秋の近況報告

 春日武彦氏の書評についての感想記事について、改版を重ねて練り込むことにかなりの労力を注ぎ込んだために、最近の私としては記事更新のペースが少し緩みましたが、毎日カタカタと「その日できる最善のことをする」ことで一日が終わるパターンは相変わらずです。

 日照りの夏が終わって秋が来ると、むしろ庭にいろいろと雑草がいつの間にか生い茂るものですが、台風接近の直前に一気に手入れをしました。とことん枯れるまで敢えて放置したひまわりの種もたくさん回収できましたので、来年は自前で、今年よりも密生したひまわり畑を庭に現出できそうです。

 台風そのものは、九州山地の向こう側の海の上しか通過しなかったので、福岡県では風もほとんど吹かない曇り空に小雨程度で推移しました。

091009_1025001_2  つばきの一種ではないかと思える花も庭に咲き始めました。

 そういう季節なのですね、もう。

*****

 「久留米でうつと働き方を語る会」立ち上げに関しては、参加ご希望の反応はまだこれからの段階ですが、会の発足をお知らせした福岡の諸先達の先生方から、暖かい励ましのお言葉を幾つもいただけましたことに、心から感謝申し上げております。

 福岡・佐賀の関係諸機関へのお知らせも現在進めている段階です。しかしご当地久留米に関してのこの種の活動を進めるとなると、常々親父が言う、「足を使わんと!」こそ、地域に根をおろすということだと心得ています。そうなると簡潔で見やすいチラシも制作し、あちこち直接顔を出してご面会して話をする手間を惜しんではならない。今からその作業に取り掛かるところです。

*****

 これも以前にお知らせしましたが、佐賀県教育センターの教育研修講座の一貫としての「フォーカシング」の講師をさせていただくまで、ちょうど一ヶ月となりました。

 佐賀県教育センターは、てっきり佐賀市の市街地にあるものと思い込んでいたのですが、広域市町村合併というのは、あなどれないもので、「佐賀市大和町」というのは、北山ダム川上峡温泉が現在では含まれていることに気がつきました。その川上峡温泉の温泉街のすぐそばに教育センターの敷地があるらしいのです。

 川上峡温泉は、小学校低学年時代に親に連れられて親戚一堂の懇親会(「いとこ会」というものが、総勢何十名もの参加で、つい先年まで何十年も機能していたのです。まさに映画「サマーウォーズ」の世界そのもの!)で参加し、その後、小学校卒業時に、当時の親友と、別々の中学に進学するお別れ記念にサイクリング(久留米から峠を越えて往復80キロ!)で訪問して以来です。

 川上峡温泉は、別名「九州の嵐山」とも呼ばれますが、この言葉には偽りがなく、貯水池も兼ねているためにゆったりと幅広く流れる嘉瀬川 の両岸には、木々が生い茂る、確かに嵐山と似た地形の土地になっているのは、サイクリングで地面を走ってたどり着いた、もう35年以上も前(!)の記憶に照合しても確かに言えることだと思います。

 妙に懐かしさがこみ上げると同時に、恐らく秋の紅葉シーズン真っ盛りの頃になるので、ちょっと楽しみな小旅行の気分にもなって来ました。

 もとより、平日に「公務出張」の形で佐賀県各地からおいでになる学校の先生方を対象とした研修会です。打ちあわせの際の、教育センターの職員の方の、実に細やかな心配りにも感激しました。

 施設の装備もしっかりしているようですので、ここはひとつ張り込んで、これを機会に、これまで不精して作ったことがなかった「フォーカシング入門研修」用のパワーポイントファイルを新作するモチベーションが高まっています。一度作ってしまえば、それをテンプレートにして、今後、月例の「久留米でフォーカシングを学ぶ会」ばかりではなく、今後の学会発表や、もしまだいずれから講師としてお声がかかった時にバリエーションを制作すればいいことになりますので、この際作ろうと思います。

*****

 こんな具合で、結構面接時間以外にやれることは次から次に生じてくる状態です。

 私が中学校時代に心の支えとしたカール・ヒルティ曰く、

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

 やっと、バランスよく、しかも常に1割の余力を意識的に維持して燃え尽きないように用心しながらも、カタカタと日々のtaskにいそしめるライフスタイルをつかめてきているのかなとも思う。

「だから、あすのことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労はその日だけで十分である」

(マタイによる福音書 6:34)

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2009/09/26

「悪いなりによい」という長嶋氏の言葉 -NHKスペシャル「シリーズ ONの時代」より-

 今日は朝早くから所用があって、昨晩早めに就寝しているので、こんなとんでもない時間に記事を書くことになりますが。

 これまたHDレコーダーに録画しまたままになっていた、NHKスペシャル、「シリーズ ONの時代 第1回 スーパーヒーロー 50年目の告白」について書いてみたい。

 この第1回は、戦後を代表するスーパースターである王と長嶋について、本人たちへのインタビュー、当時の関係者の証言、関係者やご本人が当時書いていた日記などの資料を基に、「天才」長嶋、「努力の人」王という既成イメージについて認識の転換を図ることを企画の趣旨としている。

 私は格別の野球ファンではなく、そもそも野球の試合を球場まで見に行った経験が皆無の人間である。それなりに野球中継をテレビで観戦していた時期もあるが、それが習慣化していたほどの時期はない。

 しかし、1960年生まれの私にとって、王と長嶋が、子供時代からのスーパーヒーローであったことには変わりがない世代の人間である。

 当時は、何かにつけて、テレビでのプロ野球中継は、NHKを除けば巨人戦に異様に偏していた時代であり、現在からすれば信じられないぼどに「巨人ファン」が日本人の多数派を占めていた。そしてその巨人軍の中の別格的な花形スターが、長嶋と王だったわけである。

*****

 この番組では、まずは「天才」といわれた長嶋が、実はいかに影で努力を重ねる人であったかにスポットライトを当てる。しかし彼は一度出来上がってしまった、明るくて陽気で、ここぞという場面でのいい意味でのスタンドプレーで観客を沸かせる「天才・長嶋」という大衆のイメージに応え続けるために、人目につかない場所を敢えて選んで、試合のあと何時間も個人練習を重ねてていたという。

 他方、王は長嶋とコントラストをつけた巨人のもう一枚の看板としてのイメージを植えつけて報道したいマスコミの意向によって、努力と根性のまじめで実直な人間というイメージを求められてしまった。ところが現実の王貞治は、特に入団当時は、彼の素質を見抜いた川上監督によって、彼のために招聘されたと言っていい荒川コーチからも眉を潜められるくらいに、「自覚がない」、結構ルーズな人間だったという。成績も、期待された割には、入団3年間は振るわなかった。

 「ただ、荒川コーチの指導に受け身に随き従っていただけ。自分がどのように野球選手として生きていくのかのビジョンそのものが抱けていなかった」と、当時を振り返って王氏は語る。

 こうした本音の次元での王の野球選手観は、近年、巨人の選手がスキャンダルを起こした時の、ざっくばらんな発言などでも世に知られるところであろう。

 その王に転機が訪れるのは、荒川氏の指導の下で一本足打法を確立してホームラン王になり、更に年間55本という、日本のプロ野球新記録を確立した頃からであるという。

 自分には長嶋のような華やかさはない。ホームラン王だけは誰にも譲らないということにプライドを持って生きることにしよう・・・・彼はそう思い定めたのである。そして、マスコミやファンから投影される、「実直な人格者」というイメージを自ら進んで受け入れて、公衆の前で演じて生きて行く決心をする。

*****

 その二人に共通するのは、当時の日本人の大衆娯楽の頂点のひとつであった「巨人戦のテレビ観戦」という大舞台において、大衆が自分たちに期待してくるスーパーヒーローとしてのイメージを決して裏切らないプロのパフォーマーとしての完璧性を、どこまで毎年コンスタントに持続できるかにひたすら心血を注いだということである。

 自分たちの双肩に、多くの日本人の生きる希望がかかっている。長嶋や王が頑張り続けているから、夢と希望を失わない人たちが日本にはいっぱいいる、それが二人に乗しかかり続けた圧倒的な重圧であり、なおかつ2人の生きがいでもあった。

 恐らく、ここまで、スーパーヒーローとして大衆が期待するイメージを損なわないプロ競技のパフォーマーであることに、非常な高次元で、しかも長期間にわたって応え続けることができているのは、その後イチローだけであることは衆目の一致するところではなかろうか。

*****

 70年代後半に入り、長嶋にも、徐々に年齢から来る体力の衰えが忍び寄る。打率もどうしても3割に届かないまま低迷し始める。

 しかしそれでも長嶋は努力を重ねつつ試合に出場し続ける。

 彼はこの段階で次のような心境に達していたという:

 「悪いなりによい、と思えれば次(の試合)に出ることができるようになった。いい(状態が続いていた)場合には、そういう気持ちは出ないのよ」

****

 これは、僭越ながら一度鬱に罹患して以降、ある意味で自分が絶好調になることなど、少なくとも当面は訪れないと見定めた私個人の心境とも非常にフィットする。

 それこそ、我ながら、最近のブログの記事の非常に引き締まった文体と内容水準の安定した「打率のよさ」という点では、ここしばらくの私は過去最高の安定度があるかに見えることは自分でも自覚している(人によっては、やや「鬼気迫る」とお感じの方もあるかもしれないけど、恐らくそうした成分の半分はそういう方ご自身の「投影同一視」ですって)。

 しかし、それは、生活の中で睡眠時間を十分に規則的にとり、食生活にたいへん気を配り(何とこの齢にして自分で料理するレパートリーを広げつつある。毎食ごとにサラダボール一杯分の各種野菜を素材に欠かさず、容易なことにはレトルトに依存しない・・・・というか、もうレトルトの人工的な味が嫌いになっている)、生活の中から不要なものをとことんそぎ落として、現実にクライエントさんにお会いする時間に心身の余裕あるピークを持ってくること、精選した読書や映画鑑賞、そしてできあるだけ毎日、限られた時間でも庭いじりや自転車で乗りまわす形で外出すること、更に、今構想中の新たな地域活動についての下準備をすること、そして気の置けない親友との毎日のようなネット通信を通しての定期的な対話、そしてこのブログの執筆ですね・・・・これだけで私の毎日は非常にシンプルに、しかし常に10%の余力を見失わないように警戒しながら、淡々と繰り返されている。

 長嶋氏と我が身を引き付けるのはたいへん僭越であるのは承知だが、5年前の脳梗塞からのリハビリを毎日続けておられる長嶋氏の、この「悪いなりによい」という言葉に、非常な共感を感じずにいられなかった私がいること、これだけはどうしてもお伝えしたくなって、キーを叩いた次第である。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/04/25

久留米市寺町界隈のつつじ、そして高山彦九郎の生涯

 久留米の旬のつつじシリーズ第3弾です(実は前の回の写真もすでに増えてますよ)。

 今回は、今朝散歩してきた、久留米市寺町界隈です。私の家から徒歩5分ぐらい。

 この土地には、江戸時代から、城下町のお寺さんが集められていました。そういう古くからの風情が比較的残っていて、この季節から秋にかけての週末には、結構ハイカーの人たちで賑わいます。

 西鉄久留米駅西口から北上、蛍川通りとクロスする交差点から、今回の写真集を始めましょう(次第に私の家に近づく方向になります):


大きな地図で見る

 まずは、蛍川通りとの交差点から寺町通りにほんの少し入ったところにある、何ともさりげない、中華チマキと肉まんのお店、知味斉をご紹介。

K3100097
 ご覧のように、何ともささやかな間口と面積の店舗なんですが、土曜日の朝9時半の段階で、お客さんこそ私一人でしたが、お店の中では次々とせいろでチマキや豚まんを蒸していく活気が感じられ、昼ごろにはかなりのお客さんが立ち寄られるのだろうなというのが伝わりました。

 「知味斉(ちみさい)」という名のお店は、実は中華家のお店としては全国に散在しています。ある意味では中華系ではありがちな名前に属するみたい。「知味」という字を書く大きなチェーンもありますが、ここでご紹介するのは、久留米ラーメンの老舗、西鉄花畑駅近くにあった同名の店に由来する、全国にも名前が知れ渡り、遠方からおいでの方も多い(ウェブサイトの掲示板をご覧になるとわかります)、知る人ぞ知る老舗です。

Chimisaimap2お店のチラシ

 私は10年近く横浜近郊に住んでいましたので、中華街の肉まんの名店はいくつか知っていますが、そういう場所のに比べると、肉まんはややあっさりめ、そう、ベトナム料理の生春巻きをどこか連想させるあっさり感がある気がします。西鉄久留米駅から徒歩5分でたどり着けますが、時間がない方は十分に場所の下調べをしておいてください。東西を走る蛍川通りから来る人にも目に入りやすいのぼりを立てていますので、そののばり目印にするといいかもしれませんね。

 ちなみに「売り切れ御免」のお店ですので、その点もご注意ください。


*****


K3100114
↑この店の辺りから北に向けての、両側にお寺が軒を並べる、あまり広くはない通りが寺町です。

K3100098
 週末、土曜日の朝ということもあってか、通りにこうしたのぼりを次々に立てていく、町内会有志の皆様(?)がおられました。


*****


 さて、そうやっていくつかのお寺を左右に見ながら北上していくと、徒歩2,3分で、久留米を代表する寺院のひとつ、庭園で有名な遍照院にたどり着きます。

●遍照院(㈱サンセレモ 寺社探索)

K3100099

 1622年の開山だから、筑後国久留米藩21万石の城下町でも、江戸時代初期、大坂の陣で戦功があった藩祖有馬豊氏が丹波国福知山から転封されて来て2年後に遡り得る古いお寺に属するが、このお寺を有名にしているのは、「寛政の三奇人」のひとりといわれた高山彦九郎の墓(国指定史跡)があるからである。

 高山彦九郎といっても、かなりの日本史ファンでも今では思い浮かばないかもしれない。しかし、京都の京阪三条駅前=三条大橋のたもとで土下座のようなことをしている銅像」がその人、とまで説明すると、思い出してくださる人も結構あるかな?

Takayama_hikokuro_statue
↑この銅像を、京都観光の際に観た人は結構多いと思います(^^)

 戦前の国定教科書では、吉田松陰の先駆者、つまり、ペリー来航よりかなり以前、外国船が日本沿海にそこそこ出没しはじめたばかりの頃の、尊王・謹王運動の初期、日本中を説いて回った「伝道者」のような存在として、この三条大橋からの皇居望拝のエピソードが描かれ、戦争終結までの数十年に関しては、日本でこの名前を知らない人は珍しかったくらいの「偉人」あつかいだったとのこと。

●頼山陽 高山彥九郎傳現代語訳(日本漢文の世界)

 しかし、次第にそうした活動に、この段階では朝廷をあくまでも幕府の管理下に置こうとしていた、未だ強大な幕府からの締め付けが加わるようになり、久留米の地に生涯3回目に立ち寄った際に、自刃して果てた。

K3100113
↑私が幼稚園の頃から、通園途中にその前を通り過ぎる際に、言い様のない怖さがふと兆す瞬間があった、市指定史跡「高山彦九郎終焉の地」(遍照院から北東400m)の写真。

 彦九郎がその終焉の地を久留米に選んだのは、その頃の久留米には、少し時代を下ると、水天宮総本宮の神官にして、京都蛤御門の変の長州藩の実質的総大将になった真木和泉守など、その後の尊王の志士の重要な活動舞台となるだけの土壌があったことと関連することだけは間違いない。時の有馬家藩主が将軍から嫁を迎えるという事態がなかったならば、久留米は薩長土肥と並ぶ倒幕と明治維新の「5番目の」立役者になったことはほぼ間違いないと歴史家は語る。

 彼は一種の扇動的デマゴーグだったともいえる。幼少時から周囲からのひどい扱いに耐え忍び、「太平記」を読んで感銘を受け、勤皇の遊説士となったいきさつには、周囲に流されずに孤高と保ち、彼なりの理想に生きる、強烈な分裂気質パーソナリティを感じさせる。

 頼山陽が書き残したように、大名をはじめとする自分よりも身分が上の者にも、礼節を貫きつつも媚びへつらわず、一度心を許した知り合いには心を開き、深く交わる対人関係様式、更には、どうして突如自分の腹に刀を突き立てたのか、イマイチ理解不能な振る舞いなども、分裂気質パーソナリティの特性を見事に描き出している生々しさがある。

 頼山陽の父は江戸や京都・大阪のあちこちで繰り返して彦九郎の遊説活動に接し、頼山陽は幼少時に繰り返し父からその時の体験談を聞かされていたということなので、彼の証言は、伝記としては、伝承に塗(まみ)れる以前の「リアル彦九郎」のプレゼンス(存在感)を、実に生き生きと伝えた、準一級史料といえると思われます。

K3100102
↑これが明治になって立てられた、境内の銅像です。

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↑建物の奥の真ん中に小さく見えるのがお墓です。

 さて、ここに付属している庭園は、実際には戦後に整備されたもの。

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↑案内板

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 百年公園の品種よりも、少し渋めの花の色なのも、歴史のなせる技でしょう(^^)


*****


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 ↑自宅近くまで帰り着いた時に見つけた、石垣の間に慎ましやかに咲いていた、いかにも野生のすみれの花。

 何か、私のカウンセリングルームのポリシーを象徴してくれるようなので、公式サイトのトップページの下段にも掲示することにしました(^^)


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2009/04/20

久留米つつじまつりより

昨日、行って来ました。

久留米のつつじは今こそ見頃でしょう。

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人出も実に多く、交通渋滞も凄い。

こうした会場とショッピングモールが隣接していて、ハイカーもいれば、屋台をあてにした若いカップルもいるという賑わい。

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 ↑このタイプのお好み焼きは関東で見たことがなかった。
 「はし巻き」というらしい。1本200円。
 単に形状の違いだけではなく、広島ふうよりも、白身を少し減らし、半熟ふうに薄く巻き上げるという、しっとり感のある仕上げのように思う。


無理に動員をかけなくても、地元の一ヶ月も続くイベントにこれだけ人が集まるという点では、久留米はいい形での市民の憩いが確立していると思う。

ちょうど、受付開始後真っ先に申し込んだ市民への定額給付金の実際の交付(口座入金)がはじまった直後というのも大きかったろう。



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2009/04/16

コードネームは「なでしこ」

 現在鋭意ロビー活動と準備を進めている、カウンセラーこういちろうの故郷久留米での経済環境の抜本的安定のための改善計画における「最後の切り札」として、秘密裏に奨められている、「コロンブスの卵」的なアイデアに基づく、堅実な新業務計画に、このネーミングを冠することにした。

 別に、フォーカシングを活用して、女子サッカー選手の心身のストレスと緊張をほぐし、集中力を高めることで、コーチとして副収入を得ようという計画ではない(^^;)

 このコードネームに基づいてなされる機密プロジェクトには、2つの具体的な実行プログラムが含まれている。

指令1. 私が子供時代に住んでいた旧宅を活用した、現在の開業カウンセリングルームには、猫の額ほどの広さではあるが、住居南側にがある。

 昨年帰郷してから冬を迎えるまでは、せいぜい雑草を抜く程度の手入れしかできず、おかげで、むき出しになった、結構肥沃な地面の土砂が雨が降るたびに流れ出し、溝を埋めてしまい、今度はそうやって埋まった溝から再び土砂を浚(さら)い出すといういたちごっこを繰り返すのみであった。

 そこで、花屋さんと相談して、今年は、その庭の地面一面に、多年草であるなでしこを栽培し、雑草の繁茂を抑止し、私やクライエントさんの目を、わずかなりとも安らがせることを期待することにした。


指令2.  現段階ではまだ具体的な公表の段階ではないので守秘するが、なでしこの間に大麻草が植わっていたり、地中で人工衛星と偽って弾道ミサイルを栽培しているのではないことだけは保障できる(^^) 

 ......しかし、これはやはり一種の「土壌改良を伴う栽培計画」であるとは思われる。.



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