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2013年1月 5日 (土)

体験過程尺度入門(再掲)

「体験過程尺度」という言葉を、このブログですでに何回となく使いました。それについて具体的に解説したことがないので、ここで、できるだけ簡明に解説したいと思います。

 「体験過程尺度」とは、わがりやすく言えば、面接の中で、クライエントさんが語る際の話の語り方の「深さ」について、統計的に処理するための7段階の指標です。

 原則として、面接の当事者(カウンセラー、クライエントさん)以外の、3人の、評定訓練を受けた評定者によって、沈黙の秒数まで記録された逐語記録と録音テープを元に、一定の長さに分割した断章(segment)ごとに、3人の評定者が、断章の面接内での実際の順番すら教えられないまま、合議することなく、各自独立して評定し、あとで評定の平均値と最頻値(mode)について統計処理することになっています。最近では録音のみならず、ビデオテープの録画を用いることも増えました。

 もちろん、録音や録画に、事前にクライエントさんからの許可が必要ですので、多くの場合、協力してくれる一般の方や学生を対象に、目的を明かした上での「研究のための模擬面接」としてデータを取る形で、まずはこの研究をはじめる院生の方が多いようです。

 実は、この尺度は、狭い意味での来談者中心療法だけではなく、およそどんな流派の面接過程についても、上記のような面接の記録が取られている限り、適用可能な尺度であるということは、日本ではロジャーズ派以外の臨床心理研究者への認識が薄いままと思います。例えば、精神分析的面接や行動療法的面接についてこの尺度による統計データをとっても十分な実証研究になるのですが。

 尺度についての細かい「版」の問題はあるのですが、ここでは、どの版にも共通するエッセンスの次元で、架空の具体例を示しながらできるだけシンプルに説明します。

.........

●stage 1

「母と姉が喧嘩をはじめたんです。姉は『私の買って来たジュース、勝手に飲んだでしょ』と母に言いました。母は最初、『そんなジュースあったっけ?』とか言ってたのに、そのうちに『飲んだかもしれない』とか言い出し、『でもあなた』.....あなた、って姉ですね.......『このジュース、私が買って来たものだから、飲むな、とか、私に言った?』と言い出した。そしたら、姉は「どうしておかあさんはそうやっていつも自分を正当化するのよ!!」と言って突然キレたんですね。それからが大げんかになりました」

評定基準:話の中身は、まるで報道ニュースの報告のようである。そこには、そもそもクライエントが登場人物として話の中に具体的に報告されてもいないか、登場していたとしても脇役であり、クライエントの感じた感情についての「具体的な描写」もない。

*******

●stage 2

私はその喧嘩のようすを、喧嘩がはじまる前から最初そばで観ていました。喧嘩が激しくなった時点で、何もいわないまま、2階の自分の部屋に昇り、しばらく座っていたあと、ヘッドフォンで音楽を聴き始めました」

評定基準:話の登場人物の主人公は明らかにクライエント自身となる。しかし、それは、クライエント自身がどのようにふるまったかの行動記述に留まり、クライエント自身の自分の個人的感情についての直接的言及を含まない

*******

●stage 3

「私が聴いていたのはB'zでした。.....先生、B'zって、わかります?(カウンセラー:「名前だけは」と応答).....私はすっと前からファンで、聴いてるんです。......そのうちに泣きたくなって泣き出しました。もううんざりしましたから。そして、床下に向けて一発ケリを入れたんです。(カウンセラーの応答:「立ち上がって?」)......ええ、立ち上がってです。ケリ入れた。思い切って.........すると母の、階段の下の方からの、「みゆき(クライエントの名前)、何やってんの!!」という声が飛んで来て。

評定基準:クライエント自身個人的感情についての具体的な発言(ここでは「うんざりして」)がみられはじめる。しかし、それはあくまでも、挿入句的な発言であるに留まる。

******

●stage 4

「私はその母の声に、一層ムカつきました。だって、楽しんでテレビ一緒に観ていたのに突然喧嘩はじめたのはあんたらでしょうが? と思って。(涙).....うちはいつも「こう」なんです。......でも、私は、そこでどなり返す気力も失せて、ひざを抱えて泣いていたんです。悲しくって。悔しくってこの悲しみを、家族は誰も受け止めてくれなくって。私の悲しみ、っていうのは、こういう気持ちを友達に話しても「よくあることだよ。うちもそう」で受け止められるだけってことでもある。同情してくれてるのは伝わるんだけどさ。感謝してるよ、友達には。でも、話しても「どこででもありがち」で済ませられたら話した甲斐がないってもんでしょ? だから一層悲しいわけ。一層無力感じるわけ。..........これじゃ悲しみの無限連鎖だよ。先生が好きなayuの曲で言うと"Endless Sorrow"って奴。そうでしょ?」

評定基準:個人的感情への挿入句的な言及にとどまらず個人的感情そのものがその時のクライエントの話題の中心になる。

*****

●stage 5

「まてよ....私は『悲しい』のかな?『怒ってる』のかな?......ちょっとまって下さい、先生...(沈黙38秒)...『そうやって、悲劇のヒロイン演じてな!』って冷たい視線を送る、もうひとりの自分がいる気もする。...(沈黙20秒)...私が私に誰より残酷なのかな?....(沈黙18秒).....でも、親も姉貴もあの程度のことで喧嘩するな!! って言いたい私もいる。でも、『それを二人に言ったの? 悪いのは結局言わないお前自身だよ』、で済ませれるのも嫌!! .........(沈黙47秒)..........待って!! それも私自身が自分で自分に言ってるよね。『結局言わないお前が悪い』って....(沈黙29秒...)...結局一番自分に冷淡なのは、私、ってことなのかな?[ため息」...(沈黙40秒)....でも、それだけで済ませるのでいいのかな..........」

評定基準:自分の感情について、そのように受け止めるだけでいいのかについて、自分で仮説を立て、それを自分の実感に照らし合わせて「吟味」する、「探索的」なプロセスが進んでいる(フォーカシングで言うと、気がかりについての漠然とした曖昧な実感=フェルトセンスと象徴化の相互作用が推進している)。

*****

●stage 6

「........(1分06秒沈黙)........そうか、そうだよね.......そうなんだ。(カウンセラー:「.......何? どうしたの?」) 「おせっかい」過ぎるんだ、私って。バカだね。(カウンセラー:「おっせかい過ぎる」.......何?)........自分自身に誰よりおせっかいなんだよ。バカ、『自分で自分をそうやって追いつめるなっつーの!!』 アホ!! .......私の中に、恐怖の『おせっかいババア』が住んでるの(笑)。いつのまにか、そうだったの。今頃気づいた。........(36秒沈黙)..........そいつ、『千と千尋』の大浴場のボスのババアみたいな顔してる(笑)。美輪明宏だったっけ? あの声やったの。........怖えーよ、そんな顔してたら。てめーが、そんな怖い顔してたら、お前の焼いたおせっかい、誰にもその真意、つたわんねーよ。......バカだこいつは。バカ.....(涙ぐむ).....」

評定基準:心身の解放や緊張の低下と共に、それまでとは全く異なった自己や他者についての認識が言葉にされ、自己に統合されはじめる(フォーカシングで言う、フェルトシフト)。

******

●stage 7

「おせっかいババア」は私。.......でも、私自身に対してだけじゃないよ。......うちの家族、結構いい加減なところがあってさ、実は「仕切ってる」の、私なんだ。冷蔵庫。普段から、もう古いものとかないかどうかチェックしてさ、「もーう、捨てなよこんなのー、おかあさん、賞味期限切れてるよ」...とか、うるさいの、私。.......でもおかあさんは「そう?」って言うだけ。結局私が「捨てるよー」って捨てるまで 捨てないの。だから今回のような事件があると誰より腹が立つんだけど。
 普段はろくに勉強もしないままで、家で一番のダメ人間みたいに言われてるけどさ。実は私がこの家族を「支えて」いるの。そこまでしなくてもいいはずなんなだけどさ。「見てれんねえ」よまったく。私って、偉いね。偉過ぎるよ。全然偉くないのに.....(涙)
 ..........友達関係でもさ、私はいつも相談相手にされること多くてさ、人には偉そうに説教たれてる。後輩には、まるで「お姉様」って慕われてる感じ。そうなると、もう、「うざい」って内心感じることもあるけどさ、かわいそうじゃんか。ついついつきあうわけよ。話に。
 .......そうなったら、みんな、私が頼りがいがある強い人間とだけ思い込むじゃんか。言ってもわかんねえよな、私の愚痴。たいしたことないことのように受け止めるよな。通じねえよな。通じねえ.....」

評定基準:ある特定の気づきが、別な状況についても連鎖反応的に気づきを生み出したり、より一般化した形での,統合的な気づきへと進展する(フォーカシング技法の背景理論である、体験過程理論における「全面的な適用(grand application)」)。

*****

 繰り返しますが、上記の例は、私がこれを書きながら創作した、架空の例です(^^;)

 カウンセリングがいい形に展開すると、クライエントさんの中に、こうした展開が生じてもおかしくないことは、皆様にも「何となく」十分実感できるでしょう。

 こうした「体験過程尺度」をカウンセラー自身が十分会得した状態で実際の面接に臨んでいるだけでも、面接が今どういう状態にあるのかの、面接のライブのただ中での吟味の指標になります。

 そして、その瞬間その瞬間で、カウンセラーとして、何に、どのように応答するかを検討する指標にもなるわけです。

 この、「応答の仕方」についての技法体系のことを、「体験過程インタビュー」といいますが、これについてはまたの機会に。

******

 この,体験過程尺度の研究と,この尺度の使い方の指導者としては、現在関西大学におられる池見陽先生が「文句なく」日本の代表者です。に、一般の皆様向けの平易な図表があります。

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トロントだより

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    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

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