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2013年1月 4日 (金)

転移空間とは、主語と目的語が様々に「変換」可能な世界(再掲)

 どうも、精神分析で言う「転移(transference)」という概念には、治療的面接場面で、クライエントさんが治療者に向ける感情について、多くは幼少期に遡り得る親に対する感情の反復であるという方向にのみ説明したがる傾向がある。

 わかりやすく言えば、それまで治療者に対して受け身で従順なクライエントさんが、突如、いろんなことについて、治療者に不満を述べたり、意固地になって自分の主張を貫こうとし始めたとする。

 このことを、「転移」解釈すれば、親に対して理想化していて、従順に親の言うことを受け入れて従っていた「いい子」だったクライエントさんが、反抗期に入った時の感情体験の反復ということになる。

 (あるいは、そうしたことを親との関係で体験したことがないとすれば、少なくとも治療場面の中では、そのクライエントさんは、ようやく自我形成過程が進み、「自己主張」や「反抗期」体験をする段階に至った.....というふうにもとらえられるか?)

 しかし、このことを親との関係ばかりに「還元」しようとすると本質を見失うかもしれない。幼稚園から高校ぐらいまでの教師との関係の方が強く反映している場合、あるいはスポーツクラブのトレーナーとの関係(宗方コーチ!!)、いじめの体験、会社の上司との関係、深くつきあった恋人との関係。

 むろん、そうしたものを統括して「これまでの成長過程での『重要な他者』との関係」、というふうにサリヴァンふうに位置づけることはできる。そして、例えば親との関係性の中で自明になっていたものが、そうした「重要な他者」との関係性では通用しなかったことの「認知的不協和」の葛藤処理が大きなストレス要因で、神経症誘発的になっていることもある。

 しかし、その一方、「まさにその」面接場面で、個人としての「プレゼンス(現前性)」を持った治療者と、クライエントさんとの関係性として双方に体験されている、「漠然とした曖昧で複雑な感情体験」を一気に抽象化し、モデル化しすぎて方向付けてしまう危険も常に存在する。

 要するに治療者の「責任逃れ」として、「それは親との関係がここで再演している」という方向に「合理化」しようとする罠にはまる危険もある。

*****  

今、治療者としての私の中に生じている『この』感情は、ひょっとして、日常の中でのこのクライエントさんとの関わりの中で、ご両親や、職場の同僚や、上司、同性の友人、恋人、配偶者、子供などが体験している感情や居心地と相通じるものなのかもしれな00い。

 ユング派であれば、個々の具体的な対人関係以外の、「集合無意識」的な元型との関わりも視野に入れるだろう。

 そうした「自由連想」を治療者自身がしていくことは大いに意味があるだろう。しかしそれらは「そうかもしれないし、そうでないかもしれない、少なくともそれだけではないかもしれない」なとという形で、思い浮かぶ度にそういう自分の連想ひとつひとつを「認めて置いてあげ(acknowledging)」、安易に決めつけずに「漂わせて置いてあげる」ことであり、それをクライエントさんに口にするのか、口にするとしても、どういう言い方で、いつ口にするかについては、面接の流れに即して吟味していく必要があるだろう。その面接の中では結局口にしないまま、備忘録的に面接記録に記しておくだけでもいいこともあると思う。

 同様にして、面接場面で治療者としての自分が「そういう気分、居心地」になったことについての個人的要因、治療者として多くのクライエントさんに接するうちに形成された暗黙のスタイルとの抵触の可能性などについての連想も、治療者は、自分の中で「認めておき、漂わせていく」ことができる必要もあるだろう。

 要は、治療者は、面接場面の中での治療者自身の感情体験とそこから生じる治療者自身の連想や感情体験についても「平等に漂う注意」を向け続ける必要がある。

*****  

日本語は、主語(「○○が」)や目的語(「△△に」「□□を」)が非常に曖昧なままでも、脈絡に依存する形で何となく会話が成り立つ側面が大きい。

これは面接場面でも同じことであり、クライエントさんが、例えば配偶者との関係について、実家および結婚相手ご両親きょうだい自分たちの子供との関係も交えて話をしたら、何が生じがちか?     

「.......そしたら、『そういう言い方はするもんじゃないよ』と言われたんです」

 治療者は、それがてっきり実家のお母さんに言われたことかと思っていたら、配偶者(男性)だったり、それどころか6歳の子供から言われたことだった、更には、以前の面接で治療者から言われたこととしてクライエントさんは語っているつもりだった(そのようにクライエントさんに言ったことそのものが治療者の記憶にない).......などどいうことに、話を随分長く聴くうちにはじめてその「ズレ」に気がつくことなど、どんなカウンセラーでも体験しているだろう。

 そうした行き違いが生じないように、治療者は伝え返しの際に、クライエントさんが間違いを修正しやすい言い方で明確化するとか、脈絡上すこし変だなと感じた時に、自然な形で確認してみることも大事である。

 しかし、そうした「脈絡の読み違い」が双方に生じることそのものが有意味である場合もあるだろう。

 

主語と目的語は、いろいろ置換しても一応脈絡が通じることが少なくない点にこそ、私たちがみな転移空間に生きていることの具体的証左であるとも言えるように思う。

 そうした現象を、どのように治療的面接場面で資源として活用するか。そこにこそその治療者の経験とセンスが発揮されるのではなかろうか。

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    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

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