コメント・トラックバックについて

  • このブログのコメントやトラックは、スパム防止および個人情報保護の観点から認証制をとらせていただいております。これらの認証基準はかなり緩やかなものにしています。自分のブログの記事とどこかで関係あるとお感じでしたら、どうかお気軽にトラックバックください。ただし、単にアフリエイトリンク(成人向けサイトへのリンクがあると無条件で非承認)ばかりが目立つRSSリンク集のようなサイトの場合、そのポリシーにかなりの独自性が認められない場合にはお断りすることが多いことを、どうかご容赦ください。

最近のコメント

最近のトラックバック

banner

  • 携帯アクセス解析
  • Google Sitemaps用XML自動生成ツール

他のアカウント

« 神田橋先生のファントム理論とフォーカシングの接点(再掲) | トップページ | 浜崎あゆみの詞における「僕」と「君」、「わたし」と「あなた」 -サリヴァン的次元で解説してみよう-(再掲) »

2012年12月18日 (火)

心理療法的な諸概念は、現場臨床家のフェルトセンスにぴったりの「象徴化」であり、しかも、現場臨床家の多くにとって「間主観的同意」が形成されるものであるに過ぎない。(再掲)

あるいは、そうなるのが「望ましい」。

 ......これって、私にとっては当たり前の「定理」なんですけど、ここでは書いたことがありませんでしたよね。

 要するに、治療者の体験過程の推進と、シフトを引き起こし、それを他の治療者とも共有できる度合いが高い(サリヴァンのいう、「共人間的有効妥当性確認(consensual vaildiation)」が高い)ものが、有意義な「心理臨床的」概念である。

サリヴァンの言う今述べた概念、consensual vaildiationを、「共人間的有効妥当性確認」と訳した、中井久夫先生の、ほとんど「超訳」には感服するしかありません。

 ただ"consensual"という言葉には、sense(意味/感覚)を"con-"=共有するという意味が含まれるわけです、これ、よりわかりやすい言葉で言えば、

「意味が-お互いに-『通じる』」

ということになります。

*****

 ただ、この、要するに「言葉が-通じる」とは、どういうことか

 これは、方程式を解く過程のようにして、例えば、

X="dog"
Y="犬"

とたてて、XとYが等号(=)で結ばれることを「論理的に」証明できるものではない。
そこにいる「犬」を指差して(direct reference!!)、

「That is イヌ」
"Oh,That is a"dog!!"

ゆえに

「イヌ」="dog"

........なんてものではない。

 それこそ、その「犬」を「タロウ」と名付けている人が、

「That is タロウ」

と言った瞬間、その外国人が、

「イヌとは、日本語で『タロウ』というのだ」

と「思い込む」可能性はある。

 バイリンガルの人は、こんなふうにして頭の中で方程式を「高速CPUで」演算して、いちいち解いているわけではないですよね。

 上記のような「直示的定義」にすら依存せず、しかも、もっと、「感覚的な(sensual)」相互了解の成立に依存している。

*****

 ましてや、心理臨床家が使う言葉には、「実体(entity)」としての「イヌ」すら直接指し示せないのに、人(ましてや第3者)の-心の-中に、まるで「もの」であるかのように、

「劣等感」
「罪悪感」
「自己愛的」

 なものが「ある」みたいに、言葉でお互い、「伝えたつもり」「わかったつもり」になれるんだから、凄いものです(^ ^)。

 例えば、「劣等感」なるものが、「健全な自尊感情」なるものに「変化」したとは、いったい何を「指して」述べているのか?

Genbakaranochiryouron_1_1 神田橋條治先生は、以前もご紹介した、"「現場からの治療論」という物語"の中で、こうした「心的なコトバ」そのものを(神田橋先生が言う意味での)「ファントム」(幻影)に過ぎない、とまで言い放ちました。

 覚醒された意識状態とその内容はまだ、からだの領域ですが、そこへ命名機能すなわち概念言語プラス文字としてのこころが参入してくると」、症状という世界が生じます。ファントムであるこころが参入することで、感覚域は命名され、意味づけられて物語の世界となります。

「こころは病まない」

「こころには[身体とは異なり]自然治癒力はない」。生体恒常性がないので制御不能です。

(上掲書 p.33,34より 下線、[ ]内はこういちろうによる)

 これは、ジェンドリンが、体験過程理論において、「内容モデル("content paradigm"」として、旧来の心理臨床概念をまるごと批判するあたりを、神田橋先生なりに少しかみくだいて,少なくとも「ある観点からは」説明して下さったことになります。

 これこそまさに、ウィトゲンシュタインが「前期」論理実証主義で夢見ながら挫折した問題に通じるポイントなわけですが。

****

 そして、

「語り得ぬものには、沈黙するしかない」

ではなくて、

「語り得ぬものは 沈黙してその『感覚』それ自体と『共にいる』ことがまずはできればいい」

としたのが、ジェンドリンともいえます。

****

いずれにしても、"consensual vaildiation"って

「お互いに気持ちや意図が通じているという感覚的共有」

というあたりに、もっと「ひらがなで」中井先生、お訳しになって欲しかった!!

***

デートでずっとみつめあう二人。

「......そうなんだね」

「......そうなの」

といって,お互い微笑む。

 そこまで端から十数分観察していても、「何」が「そう」なのか、全然会話に出て来てないではないか!!

 でも、「この」一体感こそ、人が永遠に続くことを信じたい関係でしょうね、恐らく。

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス解析
ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ

« 神田橋先生のファントム理論とフォーカシングの接点(再掲) | トップページ | 浜崎あゆみの詞における「僕」と「君」、「わたし」と「あなた」 -サリヴァン的次元で解説してみよう-(再掲) »

フォーカシング」カテゴリの記事

学問・資格」カテゴリの記事

心と体」カテゴリの記事

心理」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 神田橋先生のファントム理論とフォーカシングの接点(再掲) | トップページ | 浜崎あゆみの詞における「僕」と「君」、「わたし」と「あなた」 -サリヴァン的次元で解説してみよう-(再掲) »

フォト
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

Twitter

フォーカシングの本1

フォーカシングの本2

トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

リンク