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2012年12月18日 (火)

神田橋先生のファントム理論とフォーカシングの接点(再掲)

 進化による自由自在性で突き進み、悲劇的結末が必然となってしまったファントムとしての人間にとって、わずかばかりの希望の道があります。それはファントムが自然としての身体を尊重し、からだを主役に引き立て、自らは舞台監督になることです。

(中略)

 より高みに上がって、全体を見通すイメージです。(中略)からだを主役にし、からだの特性を生かすべく、身体の声を聞き、[こころ]ファントムの方針を定めて行くのです。

 それは、[こころ]ファントムの自己規制としてのさまざまな法制化・ルールとは全く異質のものです。本来、いのちの一部として[こころ]ファントムが発達してきたという進化の原点に立ち戻り、からだと[こころ]ファントムの協調関係・調和を回復する方向です。

(中略)
 ただし、この方向への動きは、[こころ]ファントムたる概念言語でとらえられ、表現された途端に、運動自体の本質から離れてしまいます。

 [こころ]ファントムと、からだを結んでいるもの、切れ目なく結びつけうるものは感覚です。感覚は、いろんな都合上、命名されて、言語化される時もありますが、言葉であらわされたものはであり、その実体は言葉以前のものです。言葉に表わされた瞬間に、言語化以前にあった[こころ]ファントムとからだの結びつきは切れてしまいます。

****

 

ヒトは「体験」の延長上にコトバを造り、コトバ文化を展開し、万物の霊長となった。ところが、時を経るにつれ、ヒトの?下にあったはずのコトバ文化が自らの勢いで跳梁・跋扈し、発祥の地である心身の体験と離別し、ついには主家である心身をないがしろにするほどになった。今やヒトの心身は、コトバ文化が編み上げた疑似体験に隷属し、身を屈してすごすようになっている。他方、コトバ文化の方も、母体である心身体験と離別したせいで、華麗にして空疎なものとなった。

 「フォーカシング」とは、体験の延長上にコトバが生じるという原初の自然なありようを復活させようとする原理主義の運動である。この運動は、心身に根ざした「体験」を蘇生させるとともに、母体との密着へ復帰させることでコトバ文化の鼓動をも蘇らせようと意図している。

 だがこれは、コトバ文化の支配下では困難な反体制運動である。「フォーカシング」の優れた紹介がすでに何冊か出たものの、コトバ文化の典型である出版の部分であるという障壁を突破しえず、「体験」を蘇生させ得なかった。読者という立場には、目で活字を追いイメージを膨らます体験しか生じないからである。

 ゲリラ的にフォーカシング運動を進めてきた著者らは、その「体験」の生の記録を展示することで、フォーカシング体験の運動に踏み出そうよと読者を誘惑する。

 その誘惑に乗る読者が一人でも多いことを評者は願う者である。なぜなら、今日の心理療法の対話の現場でこそ、心身の体験とコトバ文化との密着が復活することが急務であると考えるからである。

 今日、善意と熱意と訓練と勉学にもとづいて行われている心理療法が生み出している悲惨は目を覆うばかりである。責めはおおむね治療者のコトバ文化が自身の体験と乖離し、治療者の心身がコトバ文化の編み上げた疑似体験に身を屈していることに帰せられる。よってたつ理論基盤を問わずすべての心理治療者がフォーカシングを体験することで、心理療法の失敗のほぼ7割は消滅すると評者は推定する。

 それゆえ、第9章「カウンセラーがフォーカシングを学ぶことの意味」をまず読まれるようお勧めする。そこには、筆者である近田輝行氏の体験が展示されている。その記述は、心ある読者の内部に自身の体験の記憶を呼び寄せ、充分な誘惑となり、他の章へそしてフォーカシング体験へと進ませるであろう。

 ちなみに、評者は心理療法の対話の場で、聞くときはリスナーになり、語る時はフォーカサーになるという心組で「わたしのフォーカシング」を体験している。そのようなつまみ食いでも利益は絶大である。
Genbakaranochiryouron_1_1

 今、"******"で区切った前の部分が、 神田橋條治先生の"「現場からの治療論」という物語"、 p.53-54からの抜粋です。  (傍線および[   ]内は   こういちろうによる補足)  "******"で区切ったうしろの部分が、同じく神田橋條治先生の、「フォーカシング事始め」(村瀬孝雄・日笠摩子・近田輝行・阿世賀浩一郎 著 金子書房 1995 絶版)への書評季刊精神療法 第22巻第3号 (金剛出版 1996)掲載です。

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  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

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