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2012年12月28日 (金)

内田 日出海 著:「物語 ストラスブールの歴史」(再掲)

        5つ星のうち 5.0         EUの「要(かなめ)」の都市に到るまで、幾度となく「したたかに」変貌し続けた街の歴史を生き生きと解き明かす良著, 2010/6/9       
 

 フランス南部、プロヴァンス地方を舞台とした、短編集「風車小屋だより (岩波文庫 赤 542-1)」と、その中に収録された短編を戯曲化した「アルルの女 (岩波文庫)」 でも知られる、フランスの作家、ドーデの一番有名な作品は、実際には、ドイツとフランス、双方への帰属を繰り返したアルザス地方・・・その中核となる特権 的自治都市が「ストラスブール」であるが・・・を舞台にした「最後の授業」という短編だったろう(どうもドーデにはこうしたフランス「辺境地域」趣味のよ うなものがあったのではなかろうか? 

 「最後の授業」は、昔国語の教科書に掲載され、誰でも知っていた。本来、ドーデの短編集、「月曜物語 (岩波文庫 赤 542-3)」 に収録されている。しかし、あのストーリーで、普仏戦争に敗北して再びドイツ語圏に戻ることを嘆き悲しみ、ドイツ語を「汚らしい言葉」と侮辱し、「フラン ス万歳!」と黒板に最後に大書して立ち去るのは、確か、パリから派遣された教師ではなかったか? ところが、多くの住民たちが実際に日常話していたのは、 ドイツ語圏の方言という方がよほど適切な「アルザス語」だったのである。

 この点に注目すると、あの「最後の授業」という短編は、非常に「皮肉な」読解が可能な作品なのだともいえる。もっともドーデ自身はフランスで「学校教師」の経歴を持つので、「フランス万歳!」と大書した教師の側に己れを同一化していた可能性が高い。

  アルザス地域は、ドイツより遥かに中央集権的な国家、フランスに何回となく「領有」されつつも、容易には「同化」されないしたたかさを持っていた。少なく とも、ライン川がスイスにまで至る途中の「国際港」としての南北の主要交通・運送路としての意味を持ち、ウイーンとパリを結ぶ街道という陸路(おかげで、 マリー・アントワネットも、そして少し遅れてモーツァルトも、ストラスブールに滞在することになる)との「十字路」にストラスブールが位置する限り、ルイ 14世も、革命後のフランスも、ストラスブールにある固有の「特権」を与えざるを得なかったと言える。

 アルザス地方、特にストラスブールは、その意味で、フランスとドイツに挟まれ、歴史に翻弄された悲劇の地などでは決してない。むしろ、その固有の存在意義を両国に認めさせて「サバイバル」してきた、固有のアイデンティティを持った地域に他ならない。

 第2次大戦後、フランスに安定して帰属するようになって以降は、フランス語教育が浸透し、現在アルザス語の話者そのものは減少し続け、むしろ復興運動すら生じているらしいが、その件については本書では深入りしてはいない。

 しかし、現在欧州議会が置かれたこの都市の、そうした長年の「身の処し方」について、自身、ストラスブール大学で博士号をお取りの著者が、心を込めて、わかりやすく解説した、非常な良著であると思う。       

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    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

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