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2011年6月

2011/06/29

アン・ワイザー・コーネル 著 :「すべてあるがままに -フォーカシング・ライフを生きる-」("Radical Acceptance of Everything") 書評

アメリカのフォーカシングの名教師、アン・ワイザー、コーネル女史による本書の原題は"Radical Acceptance of Everything"である。この"Radical"という言葉の含蓄と、邦題の「すべてあるがままに」という語感には著しいギャップがある。原題をう まく噛み砕いてキャッチーなものにするためのアイデアは他に容易になかったかもしれないが、本を開いてみた方が、内容に面食らうであろうことは相違に想像がつく。

"Radical Acceptance of Everything"とは何か。自分の中に生じてくる様々な思念や情動などをひとつひとつ対象化し、その存在をひとつずつ認めてあげて (acknowleging)、それらすべてのかたわらにに佇(たたず)んでいてあげることで、自分内部にスペースを見出すという、意図的な過程を経て見出された状態のことを指す。それが実現できれば、その人の変化は、自ずから着実に進行し始める。

アンはこれを本書の多くの部分で「プレゼンス状態」と呼ぶが、今度はこの"Presence"という言葉そのものが日本語として馴染みにくい。私は"Presence"を「臨在性」と訳すことを提案したい。(内的に対象化し得るすべての)「傍(かたわ)らに、たたずんでいてあげられること」を指すからである。そこには関係性が含意されている。

訳が分かりづらいというレビューをされている方があるが、私が精読した限り、上記のポイントを除けば、本書は原著を非常に精妙に翻訳したものである。実は、そのように精妙に訳さない限り、言語学者としての経歴を持つアン女史による本書の真意は伝えようがない。ほんとうに「繊細な」内的作業の仕方について書かれている本なのだから。

つまり、本書は読者を選ぶのである。フォーカシング技法について多少なりとも「体験的に」身につけている人であることが条件。

一定の目安を述べれば、少なくとも、アン・ワイザー女史の「フォーカシング入門マニュアル」を十分に読みこなせ、その技法を自分の為に、あるいは聴き手として実践できる人であれば、アンさんの他の著作を読まないまま本書に進まれても、熟読すればその真価ががわかるであろう。

そういう意味では、フォーカシングに対するある一定の熟練度がある人が「がっぷり4つに組んで」熟読するのための本である。

本書に収録された論考やエッセーそのものが、一部の書き下ろしを除き、実は国際フォーカシング機構(The Focusing Institute)の機関誌に寄せられたものである。ゆえに、「フォーカシング・ピープル」のための新たな刺激剤(しかも衝撃力がある起爆剤!)として 位置づけられる運命を背負っていると思う。

だが、本書で示唆されたレヴェル(実は、身につけてしまえばそんなに複雑とは感じないものになるのだが)を実践できる一団が日本に現れるならば、日本の心理臨床界におけるフォーカシングについての認識を、根本的に変革させるだけのパワーを秘めていると確信する。

******

本書については、当ブログでもこれまで多少言及したことがありました(こちら参照)。しかし今回、Amazonレビューとして新たに書き起こしたものを転載しました。

本書は、「入門マニュアル」「ガイド・マニュアル」に続く、「ニュー・マニュアル」の更に次の、アンの技法書として位置づけられます。

******

 アンさんの著作、あるいはワークショップへの参加から、私は大きな影響を受けてきました。本書は自分がそうした中で私が身につけてきたものを明確に再確認するのに役立ったと同時し、いくつか新しいアイデアももらえたと感じています。

 私のフォーカシング個別指導でも、本書で書かれた内容に準じたことをお伝え出来ていると感じて、ほっとしたところがあります。

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2011/06/23

池上正樹 著 : ドキュメント ひきこもり -「長期化」と「高年齢化」の実態-

かつては10代の登校不適応にはじまり社会参入の遅延と捉えれられていた「引きこもり」現象は、

1.そうした旧来の引きこもり世代がそのまま40代以上まで高年齢化している

ことに加えて、

2.かなりの程度社会人経験を経た人たち(40代すら含む!)が、業務や社内の対人関係に行き詰まり、失職するのを期に新たに参入してくる

・・・という、以前とは異なる次元での複雑な様相を呈している。もはや「社会人経験をある程度積んだ人たちは引きこもりにならない」という通説も通用しなくなった。

本書ではそうした引きこもった当事者と家族の発言が多数採録されていて、一見羅列的であり過ぎるようにも見えるかもしれない。しかし、それこそが現在の「引きこもり」現象が一元的なステレオタイプで容易には説明できない現状を、ありのままに示していることになるだろう。単にネットやゲームが逃げ場になっているとか、本人の社会性・対人関係能力未熟さなどにも容易に還元できないのだ。

引きこもりの少なからず部分が発達障害や不安障害、うつ病、統合失調症等と診断可能な数多くの人たちが含まれているととらえられる一方で、そうした人たちを「病者」という一個人の問題として捉えるだけでいいのかという問題提起もなされている。

バブル期を経て、その後の不況と新自由主義的な経済の元で、「自己責任」で結果を迅速に次々出すことが求められる業績至上主義に、会社組織そのものが変容した。それが、会社内での人間関係の質そのものにも影響し、家族主義的なサポート体制を急速に失ってギスギスしたものとなり、むしろ生真面目でコツコツやる層にこそ、新たな不適応を生み出している。

更に雇用状況の悪化。履歴の空白がある者に「敗者復活戦」を容易に許さない日本の風土もあいまって、一度働くことから「降りて」しまわざるを得なかった層の再度の社会参入をも厳しいものにしている。

そうした社会変容の中で、「引きこもり」概念そのものが、従来とは全く別の次元にシフトすることを迫られているのだ。

引きこもりの人を抱えた家庭そのものの生活困窮化も加速している。引きこもりの人間の大半が親と同居しているため、生活保護の対象にもならず、現在の日本の公的セフティ・ネットの外側にいる。

疎外され、孤立し、自分や環境をネガティブにとらえる悪循環を断ち切るには、人とのネットワークが必要だ。本人が参加できなくても、家族がそうしたネットワークに参加するだけでも確かに一つの契機になる。

ただし、本書で取り上げられている、様々な「引きこもり当事者の会(親の会)」の活動は、恐らくまだ大都市部を中心とした団体であり、そうした会への会費すら払えない層も少なくないという。こうした団体へのアクセス性そのものが非常に難しい地域もまだ多いのではないかという感想も持った。

また、発達障害についての記述(実際、そうした診断をも受ける方が少なくないのは確かだが)は、やや表層的な次元にとどまり、新たな誤解を生む懸念もある気がする。

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2011/06/18

「格差社会と新自由主義」結語

 「格差社会と新自由主義」 は、少しずつ読み進めたが、非常に読みがいのある「教科書」だった。読む前と後で日本の現代史と現状と今後についての見え方が変わる。

 単に危機感をあおるのではなく、読者ひとりひとりに考えさせる指標となる好著である。

*****

「これまでの諸制度のように、高齢者、障害者、女性、若者、子どもなどに区分した対象や、介護、福祉、医療、就労支援などの制度別に構築した支援体制では、どこでも複雑に絡み合った問題の全体的構造を把握し、受け止めることは難しい。

人間をまるごと掌握し、そのニーズに丸ごと応えるようなパーソナル・サポート・サービスの営みが地域社会で豊富になれば、新たなリスクに対する早い段階での予防的施策がとられ、本来の意味でのセフティ・ネットの構築につながることとなる。

事後的施策から予防的施策への転換である。

さらに、現役稼働年齢層が急激に減少する中で、この世代と将来の担い手である若年世代に投資する意義は大きい。

特に、困難を抱える人々が社会の死角に落ち込むことを防ぎ、市場や社会への参画を促進して、一人ひとりのもつ潜在的な能力を引き出し、全員参加型の社会を構築するために、そのような新しい社会サービスの機能が求められている。」

 ・・・・以上、「格差社会と新自由主義」、最終章、「新たな連帯と共生の創造」、宮本みち子氏による結語。


 ・・・・もう、昔には戻れない。多面的に人々の絆をつなく総合的な「社会サービス」を創造する必要があるのだ。

*****

 本書を読み終えて感じたのは、雇用不安定で結婚すら躊躇する低所得層の若い世代の生活の安定と雇用機会をサポートしないと、今後日本はとんでもないことになるということ。

 ところが選挙に出向くのは老人ばかりだから、このことの重要性がなかなか浸透しない危険が大ありだというのが私なりの感想です。

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2011/06/15

「ゆとり教育」の思わぬ背景と、それに対応した「親世代」の限界

 「ゆとり」教育については、「それまでの詰め込み教育の弊害の解消」ということばかりが強調されるが、更にその「背景」が何であるかに巨視的に立ち入ることができることが見過ごされてきている。

 すなわち、ゆとり教育が、実は当時の外交的、そして産業界からの要請で成立したという側面があるという指摘を、本書ではじめて知った。

  1.  輸出依存型経済から内需拡大型経済に転換するように欧米諸国から圧力がかかる
  2. →「貯めた金をケチらず使う」消費拡大のために勤労者に週休2日制の導入
  3. →海外へのパックツアーの隆盛・東京ディズニーランド等の建設
  4. →教師への5日制の導入にあい伴い、学校5日制の導入(2002)
  5. →政財界、労働界の要請(!)をも受け、文部省は授業時間短縮を迫られ、「ゆとり教育」が単なる「教育のスリム化」にすり替えられる。

 (以上、第8章「教育の自由化と学力格差」pp.132-3 岩永雅也執筆 より要約)

 こうして「ゆとり教育」とすることで、児童生徒が学校外で過ごす時間が50日分増えた。

 ところが、家庭にそれを引き受けるだけの能力があったか?「教育は学校が行うもの」と長年信じられていたのに、教育のかなりの部分が家庭に返され、「私(わたくし)事化」されることになったのである。(同p.134)。

 この頃バブルが弾けて、多くの家庭でに塾などの教育についてのお金をつぎ込む余力がなくなり、「教育格差」が生まれる引き金となったわけだが、実は事態はそんな単純な話ではないと岩永氏は述べる。

 「親たちの社会的主体としての資質に大きな問題があったという話なのである。資質と言っても、単に学力とか知識とかではなく、挨拶や人間関係の構築といった対人能力、協調性。忍耐力などの社会的能力、身の回りで日常的に起こるさまざまな事態を理解し、それに対応する能力など。まさに『生きる力』というにふさわしい能力のことである」(p.135)

 つまり、親世代自身が、子供のモデルとなるだけの、個人としての社会性がないということになる。

 よく考えてみれば、昭和一桁世代を親として持つ、現在の親世代(=私とほぼ同世代)は、受験戦争真っ盛りの中で成長した。その競争の勝者であるしても、敗者であるにしても、ともかく「生きる力」そのものを育める教育環境・・・というより、「社会」環境に恵まれていなかったことのツケが、今度は子供の教育の際にまわってくることになる。

*****

 「潤沢に教育資金は出してもらえても、『真空の中で』勉強しろと要請されているようでどうしたらいいかわからなくなった」私の生い立ちは、こうした状況の一側面として思い出されたのである。

 この放送大学教材は、一見経済学的社会学の観点からの著作に見えつつ、通常の教育学よりもはるかに巨視的な視点を提供してくれる。

 まだ読み進めている途中である。これからも具体的記事を追加するかもしれない。

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2011/06/11

「障害受容」を取り巻く同調圧力(togetter)

元は@ynabe39さんの発言にはじまる一連の論争への私なりの感想から出発しましたが、その論争の「傍流」でのささやかなやりとりです。

障害当事者やご家族の「障害受容」についての同調圧力が基本テーマです。

キーワード : 障害受容、パターナリズム、愚行権

 

こちらからどうぞ。


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2011/06/06

坂井 素思・ 岩永 雅也 著 「格差社会と新自由主義」 (放送大学教材)

新自由主義とそこから生じる格差社会という問題点について、その歴史的必然と限界について、政治的・経済的・歴史的側面のみならず、教育や家族関係・ライフスタイルの変容まで包括的に解説。奥が深い本。

これは単なる「格差社会批判本」ではない。私のような、経済学部や社会学部出身ではない人間にも、明快に理解できる筆致であるが、教科書として実に立派な「立体的」完成度であり、ジャーナリスティクな書籍とは完全に一線を引く深みがある。

【追記】関連記事をここここで書きました。

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