故郷を求めて -NHKスペシャル:「虐待カウンセリング 柳美里 500日の記録」-
作家、柳美里さんの息子さんへの虐待問題は、彼女がそうせずにいられなくなる心情を自身のTwitterで赤裸々に発信していることにネット上ではとっくに毀誉褒貶の嵐が吹き荒れていたことは私は知らなかった。
子供に虐待をする親は、得てして、親自身が子供時代に虐待を受け、更に親の親もまた・・・という不幸の連鎖があることは結構知られていることかと思う。
彼女がそのカウンセリングの過程の「一部」(録音のみの公開となった部分もある)をこうして映像で公開したのは、彼女が私小説的な作風の作家だからこそ許されたことだろう。
ただ、先取り的に書いてしまうと、そういう「有名作家の被虐待児」として育った、ドキュメンタリーにもなったことを「今後」背負って生きていかねばならない、これから思春期に入る息子さんのことを思えば、彼は同じ過ちを繰り返さないとしても、それだけでたいへんだろうなあとは思う。
*****
彼女は、15歳で家出、31歳でシングルマザーとなる。彼女は完璧な母親を目指した。そうこうするうちに、息子が食べ残しをするだけでも激しい怒りを感じるようになる。
歯磨きに一日5回、計3時間費やさせないと気が済まない。さもないと歯ブラシで喉を突いたという。
息子と適切な距離を取らないとやっていけないのはわかっていた。そういう中で、虐待専門のカウンセラーのカウンセリングを受けるようになる。
(敢えてカウンセラーの先生の名前はここでは伏せる。ただでさえNHKスペシャルが放映されてその名が知れ渡り、翌日からは相談が殺到したことが想像できるからである、カウンセラーでも、精神科医でも、その名が知れ渡り過ぎると、どうしてもキャパを超えはじめる。クチコミで久留米一人気が集まった精神科クリニックが3分診療に追い込まれた現実がある。ほんとうの名医は宣伝されることを避け、精神科クリニックとは思えない佇まいのひっそりとした外観の建物で、精神科ということを表記しないままで営まれている場合もある)
*****
まずテーマとなったのは、父親との関係である。パチンコ屋の釘師であり、しつけと称して彼女に暴力をふるった。彼女の母は教育熱心だったが、彼女はそれに反抗し、家出や自殺未遂を繰り返した。
母に繰り返された暴言は「産まなきゃよかった」であり、「殺して責任を取る」と包丁を持ち出されたこともあったという。
カウンセラーは問いかける:
「お父さんからなされていたのは、『虐待』ではないですかね?」
ここで「虐待」という言葉をもらって、彼女ははじめてそれを受け止めることができた。
「私が悪いことをしている時に殴られるのだと思っていた」
カウンセラーは答える。
「かなり洗脳されてますね」
******
番組はここで一度柳さんのことを描くことから離れ、カウンセラーの所属組織が主催する「親子連鎖を断つ会」よいう、集団カウンセリングの参加者のひとりのことを取り上げる。
「親はやさしかった」
だが、Aさんは、
「『やさしい』って、どんな感じですか?」
・・・と問いかけられる、沈黙し、当惑する。「やさしい」という言葉にフィットする「実感」の方は探しても見つからないのだ。
(当ブログの読者の皆様は、ふと、フォーカシングのことを連想してしまうだろう)
カウンセラーは更に言葉を吟味する。
「お母さんのこと、『好き』だった?」
こうして彼女は、「親に対しては『気持ちが動かない』ことに気がつく。
カウンセラーは解説する。
「『悲しい』、『寂しい』を抱く場面で何も感じていないということなんです。そして、そういう、『葬られた』感情が今度は子どもに向けられることになる」
Aさんは、継母から躾と称する虐待を受けていた。
父からは、
「家の雰囲気が悪いのはお前のせいだ」と、よく、突然叩かれた。こうなると、もう、何が悪いのかわからない。
どこまで気を使い、どこまで尽くせばいいのかわからない。
Aさんの子供は不登校になったが、そういう息子に、彼女は暴力を振るうようになり、時々寺で気持ちを落ち着かせるしかなくなった(番組では、その寺の住職に再会する場面が描かれている)。
集団カウンセリングの中で、虐待の記憶が蘇るにつれ、彼女は、幸せそうな家族を見ると吐き気を感じるようになる。会に参加しようとすると、死ぬしかないという思いが生じ、自傷行為に走る。足の裏の指の皮を、歩けないくらいにひりひりするまでめくっていったという。自己処罰行為である。
なぜ自分は虐待されたのか? 親戚を回って調べ始めたという。
(こういう展開を知ると、カウンセリングが単に密室の中で進行するものではなく、現実世界の中での他者との無理のないところとからの新たな関係形成が両輪になる必要があることが示唆できる。自分探しは、具体的に過去の現実と、勇気をふるって、白紙で向かい合おうとするなかでしか進行しない)
継母は、実は子を産めずに離婚された経歴を持っていた。
父は、大病を患い生活が苦しかった。そのため子供を望んではいなかった・・・そうしたことがわかってきた。
それを知らされると、「自分が悪い」という感情がなくなっていったという。
「ずっと操られていた。全く『自分』を生きていなかった」
そのことが、Aさん自身が子供の成長を見守れないことにもつながったのだと。
「親からの『卒業』」。
それ以来、子供と適切な距離を取り、感情を抑え、大目に見ることができるようになっていったという。
結局、息子さんは、不登校から抜け出し、大学を卒業、プログタマーとして働いているという。
Aさん曰く、「4年がかりでした。ペット感覚だったんですね」
*****
さて、柳さんのカウンセリングのその後の展開を見よう。
カウンセリングを始めて1年が経過していた。
柳さんは、両親と久しぶりに会って対話してみようと思うように徐々になっていた。
しかし、実際の母との対話には動き出せなかった。
「お母さんとの対話に動き出すことはリスクは伴うかも」
・・・とカウンセラーが示唆すると、柳さんは、
「壁を壊したら母も私も決壊してしまうのではないかと怖い」。
この頃から、柳さんの精神状態は不安定になる。それを思わすTwitterで発信した。
フラリと家を出て、帰ってこないこともあった。
以前は忠実だった息子は反抗的になり、他方、お手伝いさんには退行して甘えるようになった。
「私には、母を『お母さん』とつぶやいたことはありません」
*****
カウンセラーは、まずは父の過去を直接聴いてみることを柳さんに勧める。
「娘であるあなたには知る権利があるんじゃないでしょうか?」
柳さんは、父と久々に面会するのが怖かった。
父はすでに72歳であった。
面会の場に現れたのは、飄々とした学者風の好人物そうですある父の姿。
だが・・・・
父は、
「娘(柳さん)を『虐待』したことはない」
・・・・とばかり。
(画面のその様子は、言い訳をしているというより、ほんとうに記憶がない、乖離しているかのように私にはみえた)
3回目に会った時、柳さんは、迷った挙句に、言葉を紡ぎ出すようにして、次の質問を父に向ける。
「人生に何か悔いはありませんか」
父は答える。
「僕は出世したかった。学問を学んで。知らない人がいないくらいに有名になりたかった」
柳さんは問い返す:
「そうなれなかったのが一番の悔い?」
父は、やっと、多少の感慨を込めて返事をする:
「悔いは、そういう僕のせいで家庭が壊れたのだとすれば・・・・柳もたいへんみたいだね。それも僕の責任じゃないかと思う」
*****
折も折、父の姉の十三回忌が営まれた。柳さんは敢えて法事に参列した。父のことを更に知りたい思いがあったから。
「私は、父の娘というタガにはめられているんです。42歳ではなくて。まるでお地蔵さんになって立ってるみたいに、『怖い』になる」
その法事の中で伝聞したんのは、以下のようなこと。
柳さんの父はギャンブルにのめり込み、それに愛想を尽かして母は家を出た」。ところか今度は母自身が虐待を振るう側に回った。
(ここで柳さんの15歳の頃の写真が画面に映る。私が驚いたのは、現在の柳さんとほとんど変化のない顔立ちだったことだ。実際彼女はまだ子供のままなのである!)
*****
そして、ついに、老いた母が面接室に現れる時が来た。
母が「大丈夫」という言葉を面接室に入って思わず繰り返すことにカウンセラーは気づく。
「本当は大丈夫ではなかったのでは?」と問いかけるカウンセラー。
母の母は継母だった。
「一番肝心なことは口にしたこともありませんよ」
「過酷・・・としかいいようがない」
母は、2回だけでカウンセリングを拒むようになる。
*****
柳さんは、自分の親の生い立ちを知らないことに気がつく。そして、父の生い立ちを知るために、父と一緒に、父の生まれた韓国の故郷に行ってみたいと思うようになる。
カウンセラーもその旅に同行する。
この条件で、その気になれたのだ。
*****
父の故郷、山清(サンチョン)。
父の語る思い出話は、小学校時代のこと。
薪(まき)を打っていた。それで生計を立てていた。
実は、父の父は資産家だった!!
日本でも成功した、
だが、韓国に戻り、一気に転落した。梁の中の竹林に掘っ立て小屋を立てて、薪を売った。家族総出で田畑を耕した。
兄嫁に会いに行く。
兄嫁は、日本で生まれ、父4歳の時に結婚した。以下、彼女の話:
父の父は怖い人で、すぐに叩く人だった。兄嫁の夫も叩かれた。それどころか尻に刃物を刺されたこともある。
「自分より子は優れていないとならないのに、、息子は自分より落ちる。そんな息子は竹槍で殺す」
そういう父(父の父、兄嫁の義父)の言うとおりにしないと怖かった・・・という。
*****
こうした中で、柳さんの中に、次のような感慨が生じる:
「今まで父に対する時は子供のままでいる気がしていた。でも、子供だった父の姿が見えてくると、そういう子供の父がかわいそうだと思えるようになってきた」
カウンセラーは付言する:
「それは、柳さん自身の中の子供の部分への『かわいそう』という感情にはつながらない?」
柳は応える:
「・・・・かなしい」
カウンセラー;「柳さんの中で、初めてお父さんに関することで感情が動いたみたいですね」
柳:「自分と父の土壌は、地続きのようでいて地続きではないんだ」
*****
この後、柳さんの子供への接し方に徐々に変化が現れる。
息子が塾の入試で不合格になっても、柳さんは落ち着いていられた。
*****
このあとは、このエントリーの冒頭で「先取り」して書いたように、柳さんと息子さんのかかわりの変化は、まだはじまったばかりであり、これから、ひと山もふた山もあるであろうことを示唆して、番組は終わる。
*****
・・・すでに放送されて一週間以上立っているが、私は録画したものを見返して書いているんではない。番組を見ながらの速記録を再現しているだけである。多少の言葉の相違があってもお許し頂きたい。
だが、これはそのまま私の面接記録のとり方のスタイルである。彷彿とさせる再現力に一目置いていただければ幸いである。
単に面接を終えてからの記録なんて、肝心なことはほとんどそぎ落としているものだ。
*****
NHKスペシャルの詳しい紹介は、私のブログの定番であり、きっと多くの読者に読んでいただけるであろうと思う。私は画面込みでの「再現」に専心し、あまり主観的な感想はのべないままでいようと思う。
ただ、それでも付言したいのは、単に「虐待の連鎖」などというふうに図式的にのみ教科書的に習い覚えるだけでは、とてもとてもこういうカウンセリングは進められないだろうということだ。
彼ら、彼女らは、薄皮一枚剥がせば深い人間不信をかかえて生きてきている。表面的な受容や、さりげない仕草だけで容易に安定した関係は崩れるであろう。
それどころか、こうした人達と面接する中で、そうした「負の連鎖」がカウンセラーをはじめとする援助者の日常にまで影響する可能性は大変高いことを肝に銘じるべきと思う。援助者自身の家庭で、思いも寄らない件で少し諍(いさか)いが出るとか、施設内でいつの間にか、利用者に暴君的に振舞ってしまうなど、大いにあり得ることを覚悟すべきである。
*****
私は、やや子煩悩過ぎる父母のもとに生まれたが、不思議と父に「褒められた」記憶がない。それは、多感な頃に中国大陸で終戦を迎え、一家没落に耐えて経理の超人となった父の生育歴と大いに関わると思う。
おのれのことをあまり話さない寡黙な父だが、それでもいくつか、私の子供時代に、辛辣な大陸時代から引き上げ(父の父は馬賊に銃殺されている)、戦後初期のエピソードは伝えてくれていた。故郷久留米に帰った今も、ポツリポツリとそうした言葉を聞けている。
まさに、父と土壌は繋がっているようでいて、違う時代を違う土地、関東で30年生きた。
父と共有する「土臭さ」、祖父の代までの教養の高さの「血」を受け継いでいるlことそのもの(ただし学歴とは無関係に父の広範な読書パワーは驚異の域)を、誇りに思う一方で、父とは違う、でも父にも「よくやったな」と言ってもらえる人生を、私なりに故郷久留米でこれから創りあげたいと思っている。
そうそう、最近、大工の娘にして女学校を出た、大正生まれの母が笑いながら電話口でこぼした言葉。
「私は女学校時代、国語だけは成績優秀やったけんね」
・・・・はじめて聞いた話。
ここに、漢字の書き取りと古文の品詞分解以外は、何の努力もせずに、共通一次テスト200点満点だった息子がいるのだが。
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