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2010年6月

2010/06/20

ドナ・ウィリアムズ著「自閉症だったわたしへ」を読み始めて。

 人は、ある意味で、外界からの刺激に対して、選択的に「心を閉ざす」能力を身につける中で、はじめて自我を形成し始めることができるのではないかと思う。

 特に、「生身の人間」という、得体のしれない他者から不用意に発信されてくる「意味不明の」働きかけに対して、選択的に「こころを閉ざす」能力である。

 今、これを書きながら思い出したのだが、「選択的不注意」という概念そのものは、サリヴァンが「現代精神医学の概念」の中で鍵概念として用いているものであるから、何ら目新しいものではない。

サリヴァン/現代精神医学の概念

 そして、人は自分の思う通り、感じるとおりではなくて、周囲の「重要な他者」(必ずしも養育者でなくてもいい、たった1回の出会いの同世代の子供の場合すらあるかもしれない!!)の言動の「まねをする」ことが「うまくなる」ことで、とりあえず、「仮の社会的自我」というものを形成して行くとも言えるのかもしれない。

 もとより、大抵の場合、思春期に到るまでのどこかで、そうした周囲への「順応」と、「自分だけの世界」と「他者にさらす世界」の使い分けだけでは生きづらくなる葛藤に直面するものだとは思うが。

*****

 どうも、私は周囲の子供たちとは「別の世界」に生きているようだという感覚を、私は、小学校に入学した頃からはっきりと感じ始めていた。

 幼稚園時代には、なかった感覚という気がする。

 ・・・・このように言うと、読者の皆様の中に、「いや、自分は、幼稚園に入る前から、周りの子とは違うという感覚に圧倒されていた」とおっしゃる方々がたくさんおられるであろうことは百も承知である。

 私の場合、環境因も大きかったと思う。私が入学したのは、いわゆる「教員養成大学の附属小学校」だったから。

 ところが、私には、こうした場合にありがちな「お受験」対策を受けた経験がない。そもそも、ある日親にある場所に連れて行かれたら、「附小の入試会場」だったので、ともかく問題を解いてみた・・・そういう成り行きである。

 正確には、学力選考のみではなくて、その後に「くじによる抽選」というプロセスも経ているので、お受験対策の加熱によって、最初から地域の優等生ばかりが集まりすぎることへのセーブは掛かっていたのかもしれない。

 だが、確実に言えるのは、入学した80名の新1年生の中で、地域の「お受験」対策幼稚園とされる2つの幼稚園の出身者ではない合格者は、私以外にもう一人だったということである。

 私以外の新入生たちは、みんなどちらかの幼稚園時代からの「友だち」がいる。そして、「どちらの幼稚園の出身者なの?」というのが、クラスメートからの最初の挨拶代わりだったのをよく覚えている。そして、「どちらでもない」こと自体に、怪訝な顔をされた。

 こうして、友達作りと集団への溶け込みという点で、私は入学当初から負荷要因を背負っていたことになる。そして、このことの特殊性とカルチャーショック抜きにして、私の「周囲の子供たちとは何か、基本的なところが違う」というギャップ感の背景を語ることはできまい。

 幼稚園時代にはできたはずの、鉄棒の「逆上がり」ができなくなった。これも何かストレス要因があったためだろう。

*****

 では、私の親が、何の「受験対策」も私にしていなかったかというと、そういうことではいない。

 もの心ついた頃から、私のまわりには、小学校上学年向けと思える図鑑や学習事典の類がたくさん準備されていた。私は、そうした図鑑や事典をむさぼり読む中で幼稚園時代を過ごした。

 だから、漢字力や、知識力だけなら、小学校2年生ぐらいまでは、なぜ周囲がそこまで「知らない」のかが、わけがわからなかった。

 ある意味で、「努力して勉強する」ということを知らない子だった。授業中も、先生の授業に上の空になり、鉛筆の先っぽを遠近法で見えるか見えないかの角度で目の斜め横にかざして遊ぶ一人遊び(↓)に没頭して、何度低学年の担任の先生に注意を受けたことだろう。

Enpitsu

(↑ピンぼけですが、まあ、だいたいこんなアングルで鉛筆の先端を見え隠れさせるひとり遊びだと思って下さい) 

 結構勘のきつい子で、すぐに大声で泣き出したりした。

 そうしたことも、幼稚園時代や家庭ではなかったことだった。運動は苦手で、小学校中学年頃には、典型的ないじめの標的にされた。

 「附小」から「附中」への進学はエスカレーターではない。附中には外部から純粋に受験で勝ち抜いてきた公立小出身の生徒が数十名加わる。

 放っておくと、そういう「外部からの受験組」の学力に「内部進学組」は圧倒されるので(実際、その傾向は防ぎ難かった)、全児童に対して、「小学6年生になったら附中合格のための受験勉強をすること最優先」というのが当然のこととされ、業者テストも繰り返し実施された。

(もちろん、中には、久大「付設」高校やラ・サールへの進学のための勉強をするものもいたが、それらを受験すると「内部進学」の道は閉ざされるという「二者択一」の「掟」があった。一方、附中に進学しても学力的に適応できないと判断された児童・・・それほどの人数ではない・・・・には穏便に前もって「肩たたき」をされることにもなっていた)

 この、業者テスト(8科目)の2回めで私は、何の弾みか学年で2番になってしまう。それまで、ほとんど成績が学内で中の中を上下していたに過ぎない私が、突然のこの結果に、周囲からも唖然とされた(社会科だけは、教師に、「私に君に教えることは何もない」と言わしめる圧倒的な高学力を小2から維持していたが)。

 しかし、第3回目(1学期の終わり)では再び中の中に逆戻り。「やっぱりあれは、たまたまだったんだ」というよう冷笑した目で周囲のクラスメートたちは私を見た(ような気がした)。

 私はこの時始めて、「自分から意識的に学力を上げることにチャレンジしてみること」に関心を向けた。

 いじめられっ子だった自分を一発逆転で周囲に見返す、これ以上良いチャンスはないではないか! あの「学年2位」は偶然ではなかった事を証明したい・・・・ただそれだけだった。

 目標は、「もう一度でいいいから、業者テストで2番になること」だった。

 そのために、自分から問題集をバリバリと解いて行った(親は何の口出しもしなかった。成績が悪くても決して叱らず、よくても決して褒めない親だった) 。

 そして、秋の5回目の業者テストで、私は再び「学年2番」を取ることで面目をほどこした。

 ただ、親が私の勉強にとことん不干渉だったために、私は「なぜ勉強するのか」というテーマに、中学に入ってからひたすら悩むこととなる。勉強に対する「外圧がない」というのも、それはそれで葛藤のぶつけ場所がないということになるので。

*****

 「附中」に進学してからは、そうやって「なぜ勉強するのか」を時には徹夜して日記を書きながら考えてしまう哲学少年になっていた。

 だから、「全力を尽くしていた」などとはいえないかもしれない。努力できた部分はあったに違いない。

 しかし・・・・

 数学が・・・・中1の途中から、私にとって、「圧倒的な壁」として立ちはだかり始める。

 これだけは、果たして「努力」の問題だったのかどうか? 半端ではなく、どう仕様もなくなっていたのである。

 私は、数学的な抽象性というものを、すべて「具体的な実感」として理解できる形に「還元」しないと全く理解できないタイプの人間だったようである。小学校時代も、他の科目より算数は最良でも10点は低かったのだが。いわゆる「幾何系」より「代数系」の方が小学校時点でも苦手だったのはよく覚えている。

 しかし、「公式のまる覚え」をすることは私の良心が許さなかった。悪戦苦闘した。・・・そのうち、学年で数学は下から2番というのが完全な定位置になってしまった。

 ところが!! 国語の業者テストに関しては、特に何の準備勉強もせずに、答案用紙に向かいさえすれば「学年1位」を何回も取れたのである。

 これは小学校時代にもなかったことだった。もともと得意の社会科の学力を維持するためには、かなりの努力が必要だったのに・・・である。

 こうして、国語と社会科「だけ」は得意なこういちろうと揶揄される中で、地域一番の公立進学校(はっきりいいって、「明善高校」ですね)には不合格となる。

******

 こうした次元のことを、「学習障害」などと呼んだら、実際にそういう診断を受けておられるみなさんにお叱りを受けることは承知している。

 しかし、もし、今の都市部での特別支援教育と同じ判断基準があったら??? 私は、いくら附属とはいえ、「何らかの」検討の対象になりはしなかったかと思う。

 ・・・こう感じる私は、まだまだ学習障害について不勉強なだけなのだろうか?

*****

 滑り止めで入った、当時は不良も結構いた高校(今では男女共学になり、大学には医学部はないのに、他大への医学部入学者も輩出する福岡市有数の進学校である)でも、私は数学では試験は「0点」のことすら稀ではなかった。つまり、レポート提出とかで「下駄を履かせて」もらえなかったら、私は永遠に高校で進級できなかったのである。

 国語の方は、古典は努力で勉強したが、現代国語は、「ともかく点数をぎりぎりまで上げるために」漢字の書き取りだけは熱心にやった。おかげで全国共通一次試験一期生として、国語198点、他方、数学は71点(数学の全国平均点140点台だったその年に!!)という極端な数字を取ることとなる。

 これで、地方大学の補欠合格には潜り込めたのだが、私は敢えて、東京の私大へと向かう道をとることになる。

 いとこが東京の大学に進学した時の、駅での見送りの光景が、私を東京への憧れへとかきたてたのである。

*****

 こうやって書いているうちに、読み始めたばかりの、ドナの「自閉症だった私へ」から、随分隔たったところに話題が来てしまった気がする。

自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

(楽天ブックス)

 ただ、冒頭に書いた十数行こそが、私がこの本から受け止めた、まず最初の、私なりの新鮮な言葉としてお伝えしたかったことであることには代わりがない。

 ともかく、この「古典」を先入観なしに読むことから、私の発達障害について自己流の勉強は「一から出直し」のつもりである。

 ドナの文体のみずみずしさ(訳もいいのだと思う)には、心から魅惑されながら読み進めている。

*****

【追記】

 ドナは、良い治療者との出会いもあり、大変な努力を払って、自らの自閉症と「折り合いをつけた」稀有な人であることが読み通して伝わってきた。

 今日、精神医学の世界で、「発達障害」は市民権を得た一方で、ほんの2,3年前まで、なんでもかんでも「気分障害(特にうつ病)」の枠で捉えようとしていた「汎-気分障害」の時代から、やや過剰な「汎-発達障害」の時代にいつの間にかあっさりと移行してしまったことへの危惧も、不勉強なりに感じている。

 そこに「<コミュニケーション>ができること」に対する時代的な規範の独特の強化の反映も否定できない気がする。

 安易に「コミュ障」という言葉が独り歩きして、重度の発達障害や「高機能自閉症」の人はむしろ迷惑している状態だろう。

*****

 ちなみに、私自身の自己診断は、基本的には父の血を受け継いた、気分の持続性の強い職人肌の「執着気質」と思っている。

(強度の「執着気質」が、「高機能自閉症」とどこかで重複する可能性がないとは言えない気もするが)

 父は対人関係が本当は不器用なのを戦後日本の貧しい時代からの努力の過程で乗り越えた「経理の職人」。数字のこととなると私からするととてもかなわないくらいに頭が回る。

 ただ、一見「礼儀をわきまえた」、そつない人との関わりに、何か「人工的に身につけた」ものを感じる。父にあるのは「職業的な」対人関係のみで、「友人」というものがいた試しがない。

 これに対して、母は明らかに、ひと好きのする「循環気質」圏(鬱状態にはほとんど振れない)の人である。私の人間好きな側面は母の血だ。

 ただ、かなりの高齢出産でもあったので、かすかに父の血にまじった発達障害因子が、遺伝子の微妙な傷として発現したかもしれない。

 私の場合はそこに更に、すでに10年前になってしまったが(2004年12月にこのブログを始める2年程前、2002年のことである)、はっきりとした新たな過酷なストレス状況(それについては私以外の人のプライバシーのも関わることなので、ブログ上では一切触れないことにしている)に対する「適応障害」の抑うつ状態となり、その際に、SSRIを不適切に投与されとことによる、かなり医原性の「双極性II型」の余波が残っている状態かと思う。

 ただ、そういう「軽躁性」が私の中から「重心が低い」形に安定しつつあることは、ここ数ヶ月の私の記事をお読みの方は、感じていただけるかと思う。

 職人的なこだわりのある、ねちっこい、完全主義で(「柔軟であろうとすること」もむしろ完全主義の一部である)、しかも精力的な「粘着」だとお感じかもしれない。(12/1/11記)

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2010/06/15

「フォーカシングのプロセスはジグザクである」(ジェンドリン)

 ジェンドリンのこの言葉は、体験過程の小刻みなステップ一つ一つが、より「正しい」方向に向かうものでは「ない」ことを示唆している重要な発言であると私は考えています。

 ちょうど、V字状に繰り返しUターンしながら山頂をめざす登山道のことをイメージするといいかもしれません。

 山頂の方位が仮に真北であっても、登山道は、ほとんど真西に向かったり、真東に向かったり、「オーバーラン」を繰り返す。

 時によっては、高度が上昇するとは限らず、下り坂すらあるかもしれません。

 ですから、ある特定のシフト(洞察)体験のみをいつまでもありがたがって大事にしていると、どんどん「あさっての方向」に向かう可能性もあるのですね。

 そういうわけですので、私個人としては、フォーカシングで非常に印象深い体験をした人が、「生乾き」のうちに、それをニュースレターとか、不特定多数の読者が読む場所で公表してしまうことには、慎重である方がいいという立場です。

 フェルトセンス("it"=「その」感じ)に直接注意を向けることによって拓(ひら)かれ行く体験過程は、幾つもの、幾つもの、曲がりくねったステップを重ねた時にはじめて、その人が現実の中でやっていくのにふさわしい、生(life)の「導きの星」へと徐々になっていくのです。

The Beatles - The Long and Winding Road(YouTube)

 ひょっとしたら、フォーカシングの体験は、信頼できるリスナーとの間の「秘め事」的性格を持たせる方がいいのかもしれない。

(念のために言います。これは具体的な誰それの体験記の公表について危惧を表明しているわけではありません。以前から書いてみたかった「一般論」であるに過ぎません

***** 

 もっとも、途中で体験過程の軌道を「見失った」と自分で感じた時に、自分が覚えている、最後のステップのところまで立ち戻り、その時の実感とキー・ワードやイメージを思い出し、味わい直してみることから「やり直す」ことは、非常にお勧めの「復旧策」です。

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SEASONS

♪今年もひとつ季節が巡って
♪思い出はまた遠くなった

Ajisai1

鬱陶しくあるかにも感じられる、梅雨の雨の合間の曇り空の下で撮りました。

しかし、
この雨の恵みと気温の上昇の中で、
新たな生命が育まれつつあるのを実感する、
今日この頃でもあります。

●浜崎あゆみ / SEASONS

浜崎あゆみ/Rock'n'Roll Circus(DVD付)Rock'n'Roll Circus(DVD付)

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2010/06/06

欝(気分障害)の時代の次には、発達障害の時代が来る。(第2版)

最近,新しい環境への適応のため、記事のペースが一気に落ちてしまっていることをお許し下さい。

やっと、常用漢字表に、「欝」の文字が入ったみたいですね。時代の趨勢を感じます。

ただ、最近、私が新たな環境に適応する中でつくづく思うようになったことを書きます。

*****

一時期、「アダルトチルドレン」という言葉がやたらと濫用され、どんどん拡大解釈され、いつしか「怪しげな」流行に過ぎなかったかのように使い捨てられた時代がありました。

 同じようなことは、「PTSD(心的外傷後ストレス症候群)」についても、確かにPTSDという臨床病態は歴然と存在しますが、一般世間的には、「トラウマ(心的外傷)」という言葉の深刻度が正確に理解されたがどうか? 

安易に使われ過ぎたり、逆に、ほんとうに深刻な場合のことを区別して理解することも正確に流通しない・・・という、混乱状態が実は延々と続いているような気もしてなりません。

そして、今は「新型うつ病」とか、そういう言葉も駆使されながらの、いわば「汎-気分障害」の時代のようにも感じています。

 このへん、ほんとうは難しい。

 欝って、「症状像」なのか? 「疾病概念」そのものなのか?

 私は医師ではないので、あくまでも現状での個人的感想として書きますけど、そろそろ「欝」(広義の気分障害を含む)という概念と適用対象の広がりが限界に達する時期が来たんじゃないかという予感がし始めました。

*****

 私の想像するに、今から数年後には、精神医学や臨床心理の世界は、「うつ」「気分障害」に代わって、「発達障害」という概念がものすごく幅広く使われる時代になっていると思います。

 つまり、「汎-発達障害」の時代が来るということです。

 私は発達障害の臨床的専門家としてのキャリアはありません。スクールカウンセラーとしての経験もなかったので、特別支援教育(学級)の現場を垣間見る機会もありませんでした。

 以前にも書きましたが、私が大学で学生相談をしていた時代は、まだ、高機能発達障害の学生さんへの対応というのは「黎明期」のテーマであり、私も多少関わらせていただいた経験はあります。

 そういう私が書くことですから、以下の内容、多少の(かなりの?)見当はずれがあってもどうかお許し下さい。 

 私の過去記事で、研修会で学べた範囲で、3年前の2007年段階で、発達障害に関しては学べたことの総まとめはこちらにあります。

 この研修会の段階でですら、私は、それ以前に出席した発達障害関連の研修会で学べたこととは全く異次元の学びがあり、自分が発達障害についていかに「何も知らないも同然」の臨床家かを思い知らされました。

***** 

 ここからは、話を明快にするために、発達障害の中のひとつの診断分類である学習障害(LD)についてだけ書きます。

 しかも、学習障害の「純粋型」とも言える人たちをモデルとして思考実験してみます。

 以前もこのことは当ブログのこちらでお書きしましたが、他の点では全く普通のコミュニケーション能力や知的水準があるかに「一見」お見えの人が、学業というより、例えば、もっと身近で日常的な筈の計算能力という点だけ取り出すと、びっくりするほどお困りのまま、影ではたいへんな苦労を重ねて成人になられているケースは、確かに見られます。

 「今から15分後」というのが何時何分か暗算では全然わからない。だから、絶対に大きめのアナログ時計を持ち歩いて、1分、2分と手で指さしながら勘定されるそうなんですね。

 「学習障害」の当事者として、その極端な知的能力のアンバランスの現実について、テレビ出演・著作・講演活動もなさっている、笹森理恵さんのおっしゃっていたことですから、ここでここまでお明かしても何も問題ないかと思います。

(もっとも笹森さんご自身は、ADHD・LD・アスペルガーなど、まさに複合的な高機能「自閉症スペクトラム」、更にもろもろを一身に背負われ、いい専門家との出会いの中で、やっとのことで今のご生活が可能になり、今度はご自身が援助職の側に立とうと努力を重ねておられる方です。ウェブサイトはこちらです)。

 そういう意味では、「勉強における努力と根性や、家庭や地域社会でのしつけや見習い、学校教育一般の問題」をまるっきり超えた次元での、生得的な「学習障害」っていうのは、歴然とこの世に存在する。

 より浅い次元に翻訳すると、誰にだって能力の「偏り」はあり、得意科目と不得意科目の違いは、単なる努力や勉強の仕方の次元を超えて存在する。

 もちろん、これからの時代、今度は、ではどの水準からかを「学習障害」とみるのかが、本当に「悩ましい」問題になると思います。

*****

 そこで思うんですけど、

 広い意味での高機能発達障害の皆様の中で「気分障害的」症状に苦しまれている方々はたくさんおられるようです。

 その一方、「気分障害」の皆様の中で、私なりの命名ですが「軽度高機能学習障害」みたいな生育歴をお持ちの方も少なくないようです。

 それを「しつけ不足」や「勉強嫌い」、「努力不足」の還元しようとすると、何か、説明仕切れないsomethingが残る。

 例えば、どれだけ頑張っても、例えば英語あるいは数学に限定すると、中学1年くらいの水準を超えるあたりで「とてつもない壁」が立ちはだかる。それでも他に平均水準並み、ないし、それ以上の科目がいくつかあった(場合によってはひとつぐらいは成績上位そのもの!)ので、特別支援学級(にあたる処遇)には進まなかった。

 ・・・・というか、「その当時の」養護学級・学校システムでは「受け皿」自体がなかった。ただし、その人の子供時代に「現在の」都市部並みの特別支援学級制度が存在したら、運命はひょっとすると異なっていたかもしれない・・・・・という、「ある世代より上」の人たち。

 そういう、学力やその他の知的能力のかなりのデカラージュ(私が若い頃に学んだ言葉で、「さまざまな次元での発達因子相互間に相当なギャップやズレがひとりの間の中にあること。・・・・今現在、こういう場合に使う言葉かどうかは、私は発達心理学者ではないのでわかりません、誤用ならお許しを)を、それこそ「努力と根性」で乗り越えて生きて行こうとするうちに、限界に達して、その結果、うつ(気分障害)状態にはまる・・・みたいな人たちがいそうな気がしてきたのです。

******

 私は、良きにつけ、悪しきにつけ、空想します。

 数年後に、何かというと、精神疾患が、今度は「発達障害の潜在」の可能性から語られるのが「過剰になり」すらしまいかと。

 もちろん、そうした中で、現在のうつ病(気分障害)の現場臨床のお医者様の中の良心的な先生方と同じように、「うつ傾向もある発達障害」と「発達障害も潜在しているかもしれないけと、基本にあるのはあくまで内因性の気分障害の波」という、デリケートな鑑別と処方の使い分けがおできになるお医者様が今後もずっとおられるであろうことを。

 DSMも、バージョンがVI(6)あたりまで進んだら、ほんとうに別世界かもしれないなあ・・・とか。

 DSMだけで、やはりすべてをカバーするのは、いろいろ限界があるのかなあ・・・とか。

*****

 このことを考えさせていただけるそもそものきっかけになったのは、次の本でした。

発達障害の子どもたち (講談社現代新書)

スクールカウンセラーとしての経験もなく、特別支援教育(学級)と関与する経験もないままキャリアを積み上げた私に取って、いろいろな意味でインパクト満載の本でした。

新書ですが、発達障害最前線の現場児童精神科医の書いた、エッセンスが隙間ないくらいにビッチリと詰まった、非常に奥が深い本ではないか?というのが私の感想です。

ありがちな「ゲーム脳」論は微塵もなし。生まれ持った素質に対して「特別支援教育の専門家なら」何ができるか、薬物療法を含めた医療に何ができるか、ご家族のサポートとして何ができるか、進路や就職問題まで、理想と現実の狭間のギリギリの世界(!)を書いておられるように思えています。

私の世代の専門教育しか受けていない人間が、実際の今の特別支援学校教育の現場を臨床的に知らないまま、安易に「発達心理」と関連する教壇に立つ資格はもはや「ない」のではないか・・・・と「絶句」させられるくらいのものがありました。

何か、私がこれまで学会で発達障害についての研修会とかで学んだこととは「異次元」の世界に一気に吸い込まれる迫力を感じました。

本書のAmazomレビュー、例外的に星二つにとどめた「ロック」さんまで含めて、みっちりみんな目に通す価値があるように思います。

星二つの方も、本書を否定しているのでは決してない。むしろ本書を基本的に認めた上で「更に先まで進むための、ほんとうに最低限の入門書なんだ」という点を強調されているだけなのですね。

*****

【第2版 10/06/11】 

 なお、気分障害と発達障害のある種の輻輳性(?)みたいなものについては、以前からお読みしていたkyupin先生のサイトの一連の記事にもインスパイアされています。

 最近のkyupin先生の記事、

●広汎性発達障害と心因反応(kyupinの日記 気が向けば更新 精神科医のブログ)

もご参照下さい。

 この記事で取り上げられているのは、あくまでも旧来の「引きこもり」のある部分は間違いなく広汎性発達障害だったろう・・・という御趣旨であり、気分障害との関連付けではないのですが。

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