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2010/02/10

「病気になる前も、病気になってからも、病気が回復してきても、どういうわけかやってしまえないままでいること、何かありませんか?」

 この問いかけを、私は、医療に通院中でもあるクライエントさんに、最近時々思いついたようにしてみるように、いつの間にかなっていた(^^)

 この問いへのクライエントさんの答えっていうのは、クライエントさんの人生にそそり立つ大きな壁・・・・・などにはならず、クライエントさん自身、改めて思い返してみて、今さらのように気がつくような、一見ささやかなエピソードが多い(こちらとしては、別に、そのように仕向けたつもりもないのだが)。

 例えば・・・・(これは架空の例である)

 「実は、一人きりで飲み屋とか居酒屋やバーとかで飲んだことって、ないままですね」

 だからと言って、実際に一人きりで飲みに行けば人生全体の活路が広がる筈だ、などと私は勧め過ぎないように用心している。

 ただ、まさにその程度のことを思いつきでやってみる気になるかならないかぐらいのところに、人生が堂々巡りするか、少しずつ螺旋状に前進している手応えが出てくるかの違いがあるのかもしれないですよ・・・・などという示唆はしてみる。

*****

 すると、「実は、別のこのこともできないままで・・・」という、これまた一見全然別の、それまでの面接場面で一度も語られたことがなかった脈絡に、クライエントさんの方から話題が飛ぶことが多い。

 しかも、もしそれを聞かせていただけないままだったら、クライエントさんについて、何か基本的なところで「ひとり合点」したままになって、たいへん申し訳ないことになりかねなかったことに感謝せずにいられないくらいの事柄へと「飛ぶ」ことが多いのである。

*****

 ・・・・・これは、私なりに思いついた、「ミラクル・クエスチョン」である。

 いわゆるブリーフセラピーや解決志向心理療法の本に載っているかとうかは不勉強にして確認しないままですが、これらの流派のカウンセラーの先生方も、タイミングを外さなければ「効きそう」だと納得してくださることかと存じます。

*****

 なぜこの問い掛けが意味を持つのか?

 説明不要で直感でき、納得された一般読者の皆様も少なくないかとは思いますが、野暮を承知で(^^;)、理屈をつけてみましょう。

  1.  「病気がなかなか回復しないので」自分の活路が開けないでいるのだという、クライエントさんの認知スタイルに、全く自然に、新たな開かれた視点を提供する機会になるため?
  2.  その人を病気に「至らせた」それまでの生育歴上の問題点、病気を「長引かせた」要因、病気からの回復過程に入ってもなかなか活路が開けないできた要因を、その人なりの統合的な視点から、実感をくぐらせて、共通の布置 (constellation)のもとに理解できる洞察をもたらす?
  3.  しかもそれが即、今後の具体的な無理のない、スモール・ステップでの行動指針の獲得にも繋がるため?

 ・・・・・まあ、こういったところであろうか。

*****

●BGM:ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第5番 第2楽章 エミール・ギレリス(p.) クルト・マズア/ソビエト国立交響楽団(Live) beethovenpianiconcertono5.mp3 (10036.0K)

 ↑ ベートーヴェン ビアノ協奏曲第5番「皇帝」 第2楽章 エミール・ギレリス(ピアノ)/クルト・マズア/ソビエト国立交響楽団(ライブ)

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コメント

先生、こんにちは。

私は、うつ病になってから部屋の片付けや台所の洗い物ができなくなりました。
一番ひどい時の部屋の有様と言ったら、口で表現するだけでは物足りないくらいひどい散らかり様、汚れ様でした。

しかし、調子が良くなってきて、台所の洗い物はできるようになりましたが(というよりも二人暮らしになったので、嫌がおうにもしないとならない)、
掃除も、それから洗濯物をたたむことも億劫なんですよね。(洗濯そのものは機械がやってくれるせいもあるのか、干すことも含めて億劫ではないのですが)

それで、どうしてできないんだろうと自問自答したのですが、思うに、昔からそれは私にとって非常に面倒なもので、
私の人生の中で、掃除や洗濯物をたたむことが面倒でなかった時期というのは、存在しないことに気づいたのです Σ(;・∀・)

多少部屋が埃まみれでも、干した洗濯物がそのままクローゼットと化していても、それで一人暮らしの時はずっとへいへいとやってきたんですよね。
でも、さすがに私は主婦になったわけですし、第一猫3匹飼っていますから、毛や砂の散らかりはすごく、
掃除と洗濯物をたたむという私の前に「そそり立つ壁」をなんとかしたいという、欲求というか、義務感というかが聳えてくるんですね。

とにもかくにも、あ、別に鬱のせいでできていないんじゃなくって、元々だった!ということに気づいたら、
別の視点で自分と戦うことができるようになりました。
それは、鬱との戦いと思うよりも、ずっと楽観的で前を向いていける視点なのです。

>輝良さん

ねこさんたちによろしくcat

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