ジェンドリンもYouTubeでたくさん観ることができます。
フォーカシング技法の創始者、ユージン・ジェンドリン博士の、昨年のお元気そうな映像です。
●Gendlin at FOT quicktime.mov(YouTube)
"slight"という言葉をジェンドリンは繰り返していますが、私なら「薄っすらと」と訳すことにこだわるでしょう(^^)
« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »
フォーカシング技法の創始者、ユージン・ジェンドリン博士の、昨年のお元気そうな映像です。
●Gendlin at FOT quicktime.mov(YouTube)
"slight"という言葉をジェンドリンは繰り返していますが、私なら「薄っすらと」と訳すことにこだわるでしょう(^^)
●Delta Goodrem - Fragile(YouTube)
一度に6つのことが浮かぶ。1つにしかフォーカスできないよ。
一週間には7日あるけど、私の人生はまだ始まったばかりだよ。
そのうち、気持ちは落ち込んじゃって、何もできなくなった。
時には、ひとりだって感じる。
私はあんなに強くはないって思うことも。
どうにも儚(はかな)くて、小っちゃくって。
人の言うことに振り回されやすいしね。
ちょっと脆(もろ)いな、って思うことがある。
脆いな、って。
6千年前から、どういうことなの?って問いかけて来たよ。
こころの底から言葉にしたり、メロディにしたりして。
そのうち、気持ちにとらわれちゃって、打ち負かされてしまった。
時には、ひとりだって感じる。
私はあんなに強くはないって思うことも。
何も感じられなくなったり、
人の言うことに振り回されやすいしね。
ちょっと脆(もろ)いな、って思うことがある。
脆いな、って。
みんなが私の瞳を通して真実を観ることができるっていうのなら、
見せかけだけではない、開かれた通路のように感じれくれるのなら、
もう怖がらない。泣き叫ぶことを。
もう逃げないよ。内側で感じていることを、包み隠さず示してあげる。
ちょっと脆(もろ)いんだけどね。
脆(もろ)いんだけど。
時には、ひとりだって感じる。
私はあんなに強くはないって思うことも。
どうにも儚(はかな)くて、小っちゃくって。
人の言うことに振り回されやすいしね。
ちょっと脆(もろ)いな、って思うことがある。
脆いな、って。
(こういちろう訳)
******
デリタ・グッドレム(Delta Goodrem)は、オーストラリアのミュージック・シーンで大活躍している、シンガーソングライター。
Wikipediaによれば、スターダムに躍り出たデルタを襲った突然の悲劇が悪性リンパ腫のホジキンリンパ腫(Hodgkin's Lymphoma)であった。このニュースはオーストラリアで大々的に取り上げられ、連日新聞やTVなどで報道された。放射線治療により髪が抜け落ちたものの、家族やファンのサポートを受け快復したという。
この曲は、YouTubeで全く偶然に見つけ出したのだが、何の予備知識なしでも、一聴してそのインパクトに圧倒されたので、ご紹介することにした。
Innocent Eyes/Mistaken Identity
【送料無料】Delta Goodrem デルタ・グッドレム / Innocent Eyes / Mistaken Identity 輸入盤 ...
正確にはこの番組はホームレス問題についての「続編」である。
前回登場した入江さん(仮名 32歳)の姿が見られなくなった。どうしていたかというと、結局生活保護受給申請にに踏み切り、月に79.940円を受け取るようになって、やっと路上生活ではなく、ネットカフェで寝泊まりできるようにはなっていたのである。
それ以前は、2日に一個、100円のおにぎりに切り詰めつつも、食費を切り詰めた分、洗濯をはじめとした身奇麗さには気を配っていた、二枚目といっていい方で、確かに当時のたたずまいでも誰もホームレスとは思わないだろう。
現在も求職活動は続けているが、「住所がない」ことのために容易に働き口が見つからない。
この、彼が前回の番組で発した、「(結局は)自分が悪いんです」という言葉がネット界では大反響を呼んだ。共感のメッセージが満ち溢れたのである。
現在30代になった人たちは、就職戦線が大変厳しい中、「自己責任」と「成果主義」を刷り込まれて社会に巣立った人たちである。
「助けて」と言えないのだ。心を開けないのだ。言ったらおしまいだと思っている。
経済情勢の中でそうやすやすとは業績が上がらなくても、全部「自分のせい」と思い込む。中には、親に介護が必要になったのに、介護休暇の申請ができないまま無理をするうちに退職したり、うつ病になった人の例も紹介されていた。
*****
しかし、ホームレスの人の大半は、別に天涯孤独な身の上ではない。実家があり、親もいるのだ。
ゲストの、作家、平野啓一郎氏は語る:
「別に親子関係が希薄になったとばかりはいえないのではないか。むしろ、幼児期から築きあげた親の前でのイメージを崩したくないのだ」
だから、再び社会人として稼げるようにならないと、実家には本当のことは話せない・・・・
北九州でホームレスの人たちのためのNPOを運営している奥田知生(ともや)さんは語る:
「自己責任は大事だが、それはあくまでも社会が個人への責任を果たしてから、はじめて強調すべきことのはず。今の時代、「絶望」や「希望」が、自己完結した世界の中で語られ過ぎている。希望とは社会的なものであり、人との関係の中で初めて抱けるものであることに気づいて欲しい」
私も、多くのクライエントさんとの関わりの中で痛感するのは、
自信がない
→自信がない自分が悪い
→自分で自信をつけねばならない
→自分で自分に自信をつけられない自分が悪い
→・・・・
・・・・という果てしない悪循環の上で、やっとカウンセリングを受ける気になった人のあまりの多さである。
中には、「どうしてそこまで自分に自信がないんだ?自信を持てよ」などと親しい人や恋人から繰り返し言われて、更に自己嫌悪して、「私は相手のお荷物になっているのに、情けをかけられているだけの存在ではないか?」と思い詰めて行き、ひとつ間違うと、それまでの人との絆ですら切れるに任せかねない人すらいる。
確かに、他人が自分に自信をつけてくれるとか、地位や身分や何かの成功が自分に自信をつけさせてくれると単純に言っていいかというと、決してそういうものではない。
自分のいだいている自己イメージと、具体的な他者がいだいている自分へのイメージが、かなり深い次元でまで一致している、しかもそこに継続的な連関性があるという確信が得られた時に、人はある安定を獲得する。エリクソンがアイデンティティということを言い出した際の、本来の意味はそういうことである。
しかし、それは、孤立した人間どおしの「思い込み」の次元での表層的なものにとどまっていては、その人を結局のところ追い詰めるだけなのだ。
我々は真空の宇宙を漂う孤立した惑星のような自我を築くにとどまるべきではない。バリントふうに言えば、地水火風といった「形のない、自分を包み込んでくれるもの」を介して、互いに「息=ギリシャ語でいう「プネウマ」=たましい」の交流をして、相互に浸透しあっている時、はじめて「やさしさにつつまれた」社会に生きていると感じるのである。
平野氏はこうも付け加えた:
「法律で制定された国からの給付となると、税金をいやいや取り立てられた人のお金を分けてもらっているという後ろめたさを感じるのだと思う。むしろNPO団体への寄付などを通して、『お互い同士で融通しあう』感覚になれば多少は気が軽くなるのではないか。寄付の形であれば所得税控除にもなるし」
*****
なお、NPOに寄付して大丈夫かという思われる方もあるかもしれないが、NPOに対する会計監査は大変に厳しく、問題があれば実に厳格に解散命令が出る。収益は上げていい。しかし、NPOをやめる時にはNPOの収益や備品はすべて寄付することでしか処分できない。
私の居住する地域近郊でも、最近4つものNPOがそうやって解散処分を受けているくらいである(地域のNPO研修会で学んだことである)
YouTubeで、浜崎あゆみさんのプローモーションビデオ全作品が公式に公開されました(何と、貼付けも自由です!! avexの太っ腹さに感銘をうけました)。
これを期に、日本人間性心理学会第23会大会(於:文教大学)の自主企画として私が催した、「浜崎あゆみとスピリチュアリティ」のパワーポイントファイル全体をウェブ上で公開することにしました(YouTubeの該当曲やその他の映像への個々のリンク付きにバージョンアップ!!)。
●浜崎あゆみとスピリチュアリティ -プロモーションビデオにみるその精神の軌跡-(阿世賀浩一郎のホームページ)
※学会大会論文集に掲載した文章はこちらでそのまま閲覧できます。
*****
なお、私が確かめたところ、どのブラウザでも「一応の閲覧」はできますが、ブラウザ上でスライドショーまでできる、完璧な再現(ワン・クリックごとの文字の出方まで忠実に再現できる)のは、Internet Explorer8、およびそれをレンタリングエンジンとする(=Trident系)、Lunascape、Grani(動作が軽快なので超お勧め)などに限定されます。
もっとも、困ったことに、Windows版FirefoxのオリジナルのGeckoエンジンとは、文字表示上、かなり相性が悪いようです。文字が折り重なる現象が見られます(^^;)
しかし、IE Tabというアドオンの追加をして、ブラウザの左下隅に表示されるFirefoxのシンボルマークをクリックして"e"マークに変更すると、その後は何の操作をしなくても、IEと全く同じ使い心地になります(^^)
以前も書きましたが、このアドオンを追加インストールすれば、Firefoxを使ってのMicrosft updateにも対応出来てしまうのですね。
それ以外のブラウザは、画面はほぼ適正に表示されますが、いずれの場合も、左側のフレームから1ページずつめくっていただくことで対応できます。
このやり方で、Google ChromeやWindows版Safari,Operaの場合は画面自体は、「小さく」て「静的に」ですが、綺麗に表示されますよ(^^)
*****
◆Ver.1.01→Ver.1.05の修正点(10/01/17 15:04)
◆Ver.1.05→Ver.1.06の修正点(10/01/17 18:00現在)
◆Ver.1.06→Ver.1.17の修正点(10/01/17 19:59現在)
◆Ver.1.17→Ver.1.48の修正点(10/01/18 14:17現在)
◆現バージョン(1.48)でも残る問題点(10/01/18 14;17現在)
おそらくMacユーザーの皆様の場合だと(これもまたブラウザ間格差が予想できます)、OSの使用フォントそのものの違いの関係で、文字表示がはみ出したり隠れたり、重なるなどの見づらさがあるかもしれないことを、どうかお許しください。スライドショーは機能しないと思います。
*****
イタリア出身のこの往年の名指揮者は、圧倒的な要求水準でオーケストラを鍛え上げ、今日に至るまで誰も達成しえなかった全く贅肉のない演奏スタイルを誇った。
まるでひとりの人間がすべてを演奏しているかのような、一糸乱れぬ演奏の凄まじさを堪能するためには、ますはヴェルディの歌劇「運命の力」序曲の鬼気迫る磨き上げの数分間がふさわしいだろう。
(↓以下の映像、多少ナレーションがだぶる箇所があるが、曲の勘所をうまくかわしているのが幸いである)
↓おそらくこの曲のリハーサルの時の圧倒的熱弁が以下の録音。
*****
次は、本来ラジオ放送専門のオーケストラだったNBC交響楽団が、カーネギーホールでライブを行うようになった時の貴重な映像記録の中でも最も有名な、ベートーヴェンの第5ハ短調交響曲、すなわち「運命」の第1楽章。
この曲は、主観を排してひたすら客観的に演奏した場合に真の迫力が出るのだが、その典型のような名演である。
●Beethoven Symphony No. 5, 1st mvt--Arturo Toscanini/NBC Symp
*****
続いて、またもやウェルディだが、「レクイエム」より「怒りの日」の前半。
●Verdi Requiem - Toscanini: Dies irae (part1)
おしまいに、これまた永遠の名盤の誉れ高い、ウラディミール・ホロヴィッツのピアノと共演した、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第1楽章。
●Horowitz: Tchaikovsky Piano Concerto No. 1 i. (1943)
ベートーヴェン : 交響曲第5番 「運命」・第6番 「田園」・第7番・第8番
*****
ところで、実は今の私がやる気がないなどと勘違いしている読者がおありのようだが、今の私は起きている間、一分一秒たりとも無駄に過こしていない(^^;)
時々イレギュラーに記事を書くこともある(この記事もイレギュラーのひとつ)けど、実は一ヶ月先まで、いつ、どういう内容の記事を書き、いつ沈黙するのかについて、ほぼスケジュールはできています(^^)
そうした一方、父親に、確定申告のための帳簿の完成をせっつかれているので、そっち進めている。
ついに自力で(!)複式簿記のつけ方を会得した。
経理の超専門家の父も、そういうことに関しては何も教えず、全部私が自力で身につけることを要求してくるのである。私も何一つ質問はしない。
以前も書いたが、カール・ヒルティいわく、
「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」
また1月になって新規の相談お申し込みの方が増えていることにも感謝申し上げます。
要するに、遊ぶときは遊ぶ、仕事の時は仕事というのを10分単位で切り替えるのが私のライフスタイル。自営業だからできることですが。
そして、夜はしっかりぐっすり寝ます(^^)
●揺れ動く「善意」のプルタブ回収 協会は引き取りを拒否(msn=産経)
正確な情報提供の一方、善意が報われる方向性は取れないものか?
「せっかく集めたのに」「回収できません」でぶつかることは不毛なメンツの張り合いになりかねない。
「古いやり方だ」と突き放すだけというのも違和感ある。
こういう時こそ「三方一両損」の「大岡裁き」をむしろ公(おおやけ)が買って出るべきだ。
福祉にしても、環境運動にしても、お金や労力では割り切れない部分がある。
もとより、少なくとも人間が大気中に二酸化炭素を大量に放出したことを原因とする地球温暖化学説は、パキシルの製薬会社のような不利な研究情報隠匿があることはすでに知られている(もとより、そのことと、適切な処方であれば効果をあげることは切り離してとらえるべきである)のと同じようにかなり怪しいと思っているひとりである(太陽黒点量の影響説もある)。
これについては、たとえば、
●科学史上最悪のスキャンダル?! "Climategate"(化学者のつぶやき by Chem-Station代表ブレビコミンおよびそのスタッフ)
を参照ください。
もとより、何が原因にせよ、二酸化炭素増加は単に温暖化に影響するのみではない点にはもっと注意が払われるべきだろう。
また、私は、エコカーブームで自動車産業を支えることは即否定はしない。
かといって、原子力依存の問題は重大テーマで見過ごすべきではないし、高速道路の無料化が道路渋滞・周辺道路整備や排気ガス、高齢者の運転安全確保問題より突出して進んでいるギクシャクもある。
しかし、物事に「手をつける」時は、そういう 、「とりあえずのアンバランス」を「後から」是正していかないと何も始まらないと思う。
いずれにしても、もっと省エネになれないと人類は生き残れないのは確かだろう。
明けましておめでとうございます。
おかげさまで、体調も十分に回復し、地域での地道な活動領域の開拓が功を奏し、開業活動も、すでに湘南時代よりも堅実に業績を積み上げ、地域の皆様から少しずつ信頼を得る段階に至りました。
不肖ながら私も、今年九月に齢五十を迎えます。「五十にして天命を知る」という言葉がございますが、私なりに、自分の天命とは何かについて、やっと神様の声が聞こえてくるような心境になり始めたようにも思います。
諸先生方からいただいた、これまでのご厚遇にご恩返しをする意味でも、これからの十年ほど、まだ心身が壮健なうちに、久留米を発信地として、日本の心理臨床領域全体のために、後継世代に、私なりに身につけた技と経験値を伝えんが為の活動に身を捧げる覚悟です。
もとより、ひとりの「人間性心理学」徒として、臨床的援助専門家の基盤は何より個々の臨床家の"person"であると肝に銘じ、これからも果てしなく、果てしなく精進を重ね、体験過程のステップを刻み続ける所存です。
これからも、先生方からの更なるご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
阿世賀 浩一郎
久留米フォーカシング・カウンセリングルーム
http://kasega.way-nifty.com/kurumefocusing/
久留米でうつと働き方を語る会:http://kurutsu.web.fc2.com/
最近のコメント