「フォーカシング事始め」(村瀬孝雄・日笠摩子・近田輝行・阿世賀浩一郎 共著)
私自身が共著者の一人として名前を連ねて1章だけ書いているので、ご紹介するのは少し恥ずかしいのですけれども、それでもやはり、日本(特に関東地区)におけるフォーカシングの普及において、ひとつのターニング・ポイントになった本だと思いますので。
それはどういうことかといいますと、本書が刊行(1995年)された少し前、フォーカシングの有力なトレーナーであるアン・ワイザー・コーネル女史が初来日され、ワークショップを開催しました。その時の実習と、当時ワークショップ参加者だけが購入できたアンさん独自の技法マニュアル(それが後に刊行されたものが、あの「入門マニュアル」と「ガイド・マニュアル」
です)を元に、東京の日精研などを舞台として、恩師、故・村瀬孝雄先生や日笠摩子さん、近田輝行さんたちと共に、そのアンさんの技法を自己掌中のものにするべく勉強会を重ねました。
そうした中で、村瀬先生の立案で、アン・ワイザー法を詳しく具体的に紹介することに大部を割いた本を4人で1冊書くことになったのです。
つまり、本書は、日本における、公刊された、アン・ワイザー法フォーカシング「事始め」でもあるのですね。
日本フォーカシング協会設立の、少し前の時期のことです。
●神田橋條治先生による本書の書評(「精神療法」誌 第22巻 3号掲載)
******
次に、本書の目次をご紹介します。
- フォーカシングとは?(村瀬孝雄)
- フォーカシングの不思議な力(村瀬孝雄)
- 熟練した2人のガイドとのフォーカシング経験(日笠摩子)
- あるワークショップの記録(村瀬孝雄)
- フォーカシングを実際にやってみるために(日笠摩子)
- フォーカシングQ & A(村瀬孝雄・日笠摩子)
- フォーカシングの歴史と理論(村瀬孝雄)
- フォーカシングの諸相と日本・世界の現況(村瀬孝雄)
- カウンセラーがフォーカシングを学ぶことの意味(近田輝行)
- フォーカシングの「臨床適用」について(阿世賀浩一郎)
- 補章:谷川俊太郎の詩 「きもち」を借りてフォーカシングを解説する(村瀬孝雄)
- フォーカシングについてもう少し知りたい人のために(村瀬孝雄)
*****
その後、私たちは、後続するジェンドリンや奥様のメアリー・ヘンドリックス(The Focusing Institute 現CEO)、アン・ワイザー、エルフィー・ヒンターコフ、ジャネット・クライン、ケビン・マケベニュ、バラ・ジェイソンらの著書や論文、ワークショップ(邦訳はありませんが、メアリー・マクガイア、ドラリー・グリンドラーをはじめとする人たちによる、重篤事例についての重要な論文があります)からさらに多くのことを学び、日本国内でワークショップ・セミナー・研究会を仲間たちと実施したり、それぞれの臨床・教育現場の中での適用を模索する中で、更に研鑽を積んで行きました。
しかし、今回、本書を久しぶりに読み返してみたのですが、(自画自賛じみて申し訳ありませんが)、よくもまあ、この段階で、ここまでフォーカシングの当時最先端の潮流を咀嚼し、広範囲の視点から総合的にご紹介できていたなと、ほっと胸をなでおろした次第です。
私たちの「フォーカシングの青春時代」は無駄ではなかった(^^)・・・・まだ、古くなってないです。
*****
本書の中の白眉のひとつは、日笠さんが苦心の末に編み出した、当時のアン・ワイザー法に基づく「フォーカシング・フローチャート」(p.pp.124-6)でしょう。このフローチャートを観てみるだけのためですら、本書を借り出したり、購入する価値があるかもしれません。
ジェンドリン自身のオリジナルのフォーカシング技法が、単純に要約された、せいぜい1,2ページのマニュアルとして配布され、「それがフォーカシングというもの」と学習者に思い込まれてしまって伝播したことの最大の弊害は、フォーカシングの手順というものを、「空間づくり」にはじまり、「フェルトセンスをつかむ」→「手がかりとなる言葉やイメージを見つける」→「見出した言葉やイメージが実感にぴったりかどうか共鳴させる」→「フェルトセンスに問いかける」→「受け止める」という段取りを、順序だてて進めたときにはじめてフォーカシングしていたことになる・・・かのような誤解を広め、それでは思うように成果が上がらないと諦められてしまう事態を招いたことでした。
(このことが、ジェンドリンも望まない事態で、もっと柔軟な適用が肝心であることについては、ジェンドリン自身の著作、「フォーカシング」を丁寧に読み解けば、繰り返し説かれていることなのですが)
アンさんは、ジェンドリンの技法をベースにしながらも、それをわかりやすくて「勘所」を明確にした「5つのステップと5つのスキル」に再構成しました。
その結果、気がかりな「事柄」からであろうと、その時の漠然とした「身体の感じ」からであろうと、柔軟にフォーカシングを始められるばかりか、内側から生じてきたものは取りあえずなんでも「認めてあげる(acknowledging)」ことと、フェルトセンスから性急な言語化を引き出さないまま「共にいる」ことを重視する丁寧でかゆいところに手が届くものとなりました。
この「認めてあげる」や「共にいる」は、実はセッションの最中のいたるところで提案される教示なので、実は番号を振って直線的に順序だてて説明することになじみにくいところがあります。
更に、フェルトセンスから「遠すぎる(too distance)」状態になった人と、「近すぎる(too closed)」状態になった人(アンさんのいうフェルトセンスを「脱同一化(disidentification)」して感じられる状態が程よく維持できないという点では、どちらの事態も共通です)への臨機応変な介入も必要です。
これらをすべて表現しようとすれば、もはやフローチャート形式をとって空間的な表現にして、必要あればあっちに行ったりこっちに戻ったりということを一望できる図版にするしかない。
日笠さんを中心とした人たちが取り組んだこの「図版化」は、アンさんの技法書のどこにも出てこないオリジナリティあふれるもので、これがアンさん来日2年目で達成されたことは、再評価されてしかるべきと思っています。
(アンさんの技法体系そのものも、その後進化を続けていますが、この段階でのアン・ワイザー法の、几帳面な丁寧さのプラス面は、フォーカシングを「意図的なスキル」として緻密にトレーニングする場においては、決して過去のものにされてはならないというのが私の信念です。このフローチャートは、私の主催するささやかなグループでの恒例の配布資料で、現在もあり続けています(^^))
*****
さて、私が執筆した第10章ですが、のっけから「臨床家自身がフォーカシングを身につけ、日常の中で役立てられていないうちは、臨床現場での適用なんていうことは考えない方がいいのでは?」という、不遜なまでに挑発的なメッセージからはじまっています。
さすがに若気の至りではなかったかなと、その後多少自己嫌悪に襲われ、長らく読み返さないでいたのですが(^^;)、本書刊行から14年を経て、一読者の心境で客観的に読み返してみたところ・・・・ほっとしました。私なりに十分にジェントルで丁寧な語り口で書けている。
(つい最近、認知行動療法の大家、伊藤絵美先生が、これからCBTを学ぶ専門家への心構えとして、実にそっくりの表現を、著作でなさっているのに気がつき、安堵したというのあります)
そして、当時はジェンドリンが書きつつある「フォーカシング指向心理療法」のdraftを村瀬先生によって手渡されて、その一部を読み解くぐらいの段階でしたが、私がその時点で言葉にできた「臨床現場でフォーカシングをどのように生かすか」という方向性に、その後ブレはなかった、完全に今日の私のスタイルへと繋がっていると確信できました。
*****
更に、この私の書いた章、さすがアニメおたくカウンセラーこういちろうですね(^^;)、私自身すっかり忘れていたのですが、次のような部分がありました(pp.241-2):
========引用はじめ=========
このようなクライエントさんたちにとっては、自分が「どんな」感じでいるのかについて語ることは、まだサナギの状態でしかいられない昆虫が、性急に脱皮を急がされたような外傷体験に容易に結びついてしまう危険があるのです。・・・最近(95年7月)、「風の谷のナウシカ」等で有名な宮崎駿氏らスタジオジブリ制作による長編アニメ、「耳をすませば」が封切られ、映画館でご覧になった方も少なくないかと思いますが、この映画の中で、主人公の月島雫(しずく)という中学生の少女が、留学した恋人が日本に戻るまでに、自分もなにかをやり遂げようと一大決心をして、受験勉強を投げ出して、寝食を忘れてファンタジー小説の執筆に打ち込む展開があります。
憔悴して眠り込んだ雫は、ある悪夢にうなされます。鉱脈の中の壁一面が原石でできた洞窟の中で、ほんとうに輝くただひとつの純粋なエメラルドを見つけ出そうと焦って探し回るけれども、なかなか見つからない。これぞと思って壁から抜き取った石は最初は光り輝くかに見えました。しかし次の瞬間にその石は、雫の手のひらの中で、まだ卵からかえっていないヒナの死体へと変容するのです。
悲鳴と共に飛び起きる雫。目の前には一向に進まない、破り捨てた書きかけの原稿用紙の山があります。
映画の中の雫の場合には、物語をともかくも書き上げるだけの自我の強さと、そうした彼女を理解して見守る幾人かの周囲の人たちのまなざしがあったから救われたのですが、私たちが現実の臨床現場の中で出会うクライエントの中には、まさに賽の河原で石を積んでは壊されるかのようにして、自分の中の「卵」や「サナギ」を性急に孵化させようとしては流産させることを繰り返す中で傷つき、内面をすり減らし、蟻地獄のような絶望と無力感に次第次第に沈んで行く人たちも少なくない思えます。
むしろそうしたクライエントさんたちにまず必要なのは、自分なりにさなぎ(繭)をつくって、その内部で成長と分化が暗黙のうちに進展するのを見守ることが許されるような治療的な場の保障と関係性ではないでしょうか。
すなわち、彼ら/彼女らは、まずは、自分たちの中にうごめく形(言葉)にならない混沌が、自分を破壊する可能性がある脅威ではないという安心感を抱けるように徐々になれる治療的な場を保障してもらえる必要があるように思います。
そして、その言葉にならない混沌を、いとおしみながら育み育てるための子宮的な空間を、自分の身体の内部や外部に安定した形で確保できる自分なりの工夫を見出せるようにサポートされるべきです。
(これが、本書でもすでに第5章で示した、アン・ワイザー女史の言う、フェルトセンスと「一緒にいる」ということにあたります)
========引用おわり=========
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