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2009年11月

2009/11/29

「久留米でうつと働き方を語る会」、次回は12/20開催です。

 「久留米でうつと働き方を語る会」本日、第2回を開かせていただきました。

 今回は、私が久留米市内で数箇所チラシを置くことをお許しいただいた場所でその存在を知った方が含まれていました。

 通例毎月最終日曜日とさせていただいておりますが、12月については、歳末にかかりますので、一週繰り上げて、12/20(日)13:00から開催予定です。

 引き続き、新たにご参加の皆様を募集いたしてあります。

 あくまでも「久留米で」うつと働き方を語る会、と命名しているだけですので、以前もお書きしましたとおり、福岡県、佐賀県の広汎な地域の皆様にご参加いただくことを歓迎いたしております。

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2009/11/28

通算2000記事を迎えて

 実は仮眠のつもりが予想外に爆睡して、こんな時間(1:15頃)に「目が覚めて」しまったのですが(^^;)。この際だから書いちゃおう。

 正確にはこの記事が2001番目ですね。おととい頃、2000番め記念は、私が最も敬愛する「精神療法」の著作というべきバリントのあの本にすることに決めていました。

 私がこのブログを始めたのは、2004年の12月19日でした。ですから、4年11ヶ月と23日(途中2回閏年があったから、366×2+365x3-23=1804日経っていることになるわけで(・・・・こういう単純な計算でポカしやすい私だから、ホントこれでいいんだよな・・・・)、1日平均1.11記事ということになる。2ヶ月ぐらいまるっきりブランクがあった時期も2,3回あるので、実際にはもっと一日あたりの平均値は多い。

 私のような長文エッセイ型ブログでは、我ながら、よくもまあ、やりもやったりと思います(^^)

 この5年の間に、私は大学の学生相談常勤カウンセラーを辞め、開業し、大学入学以来30年ぶりに久留米に戻って再開業(その他もろもろ・・・)という、人生最大級の動乱を経験していました。

 ブログをすでに5年近くやっている人はそこそこいらっしゃるとは思うけど、同じURLに居座ってずっとやってるという人はあまりいないかと思います。

 これもまた、ことブログの領域では日本で先駆けのひとつだった@niftyさんが、いろんな意味で使い勝手のいいシステムを完備し続けていてくれたからでしょう。

 このブログの最初のタイトルと副題はもっとシンプルでした。

「こういちろうの雑記帳 -現役カウンセラーが浜崎あゆみと中島みゆき中心の雑感を徒然なるままに語る-」

・・・・・・だったと思います。

 つまり、ayu中心の音楽サイトをやるつもりだった・・・・筈(^^;)

 開業を期に「カウンセラーの」を冒頭につけ、そのうちに本業のカウンセリングの記事は増えるわ、iPodオーディオ関連の記事が長期的にヒットするわの中で、今のような長たらしいタイトルになりました。

*****

 つい先日、1,2年はかけたらしいデータベースのメジャーアップデートがとりあえず完了、私のような超重量級ブログでも、過去のカテゴリー表示がいい意味で簡略化されて同一カテゴリーに数百なんていうバックナンバーも読み込みやすくなったのではないかと思います。私自身、記事のアップロードの際の「異様な重さ」・・・・「トップページ」→「個別ページ」→「月別ページ」→「カテゴリーページ」と、更新のたびに一巡りしてアップロードかけていたんですよ。これは全部で15分はかかる儀式でした(^^;) そこからついに久々にある程度解放されたのですね。

 それでも、オートでのpingは飛ばせないので「日本ブログ村」をはじめとする複数の代理pingサーバーから「手動で」ping送信(これにも5分は巡回してかかっている・・・・)、1995年開設の、html手打ちの旧態依然たる「本部サイト」にも最新記事のリンクを手打ちし(これでまた5分・・・・)、私のほうからのトラックバックはとっくに飛ばせない(今回、トラフィックが少ない時間帯ならは改善した可能性はある・・・・【追記】この記事で久々にオートでping飛ばせました!)という、巨艦大砲主義の全然スマートでエコではない形ではありしたが。

 アクセス数は、一時期の1日700平均まで迫った時期に比べると300がアベレージです(私自身のアクセスはカウントされない設定に数ヶ月前から切り替えています)。実は、携帯サイトのほうに、別枠で毎日200アクセス弱おいでいただいていますが、そっちはカウンター表示されませんので。

 まだ、実はすでに「書評・DVD・CD評」ブログの方に、毎日100アクセス近く、おいでの方が「流れて」もいるようです。それこそ、こちらで書いたことをひき写しただけなんですけど、あのブログはレビューを書くとなるとすごく合理的で洗練された設定とデザインですので。

*****

 特に最近は、我ながら記事への要求水準が凄くタイトに研ぎ澄ましたものになってきて、昔からお読みの方にとっては、そのあまりの「緩み」のなさに息が苦し いくらいとお感じの方もあるかもしれません。

 我ながら星飛雄馬が大リーグボール投げ続けるみたいな、情け容赦のない全力投球モードになって来てたんじゃないかというと、大袈裟ですが。

(考えてみたら、こんなくつろいだ口調で書くことそのものが久しぶりだな・・・・)。

 これには実はいくつか背景があって、その理由はすべてここではお証しできないのですが、別に焦りのあまりそうしていたということではなるでない、まあ、あけすけにいえば、アカデミズムの人たちに、お遊びブログだと思われたくないという思惑が働いた・・・・という面があることまでは、お明かししてもいいかもしれませんね(^^)

*****

 以前も書きましたけど、特に開業して以降、この「パーソナル」ブログの方すら、あくまでも「営業活動」の一環として位置づけています。久留米に帰ってから、開業サイトそのものをブログ形式にしていますけど、あちらの記事の多くには独自のものは少なくて、こちらで書いたものを推敲して再アップしたものが中心です。あちらは現在でも全部で180記事。そして、クライエントさんとしておいでいただいた方の中には、こちらの「雑記帳」サイトの愛読者の方の比率が高いままなんです。

 カウンセラーの中立性やら分析の隠れ蓑なんていうものを皮相な次元で語ることは無意味としか感じていないことはこのサイトでも繰り返しテーマとして取り上げましたが。それより「面接場面での」態度の方が100倍大事。でも、ネット上のこういちろうと生身の臨床心理士阿世賀浩一郎に、実は意外と落差がないことは、実際の私を知っている皆様はお気づきかと思います。

 そして、ネットでのアクセス数よりも、私が食べていけるだけのクライエントさんにおいでいただけることが大事なわけで、湘南時代とは比較にならないくらいに「足を使って地域で動く」スタンスに切り替えた結果、湘南時代よりは速いペースでお客様は増えてはいます。

 ・・・・というか、湘南時代は、住んでるとこもオフイスも賃貸だったので、実は「一度も黒字に到達しなかった」ままひたすら預金を切り崩していたのです(もう、はっきりお明かししていいでしょうけど、それが行き詰ったから久留米に戻っただけです!!)。

 久留米では、親が所有していた旧宅=私が生まれ育った家をそのままただで「借りている」ような形で(2キロ離れた場所に住んでる両親とは完全に衣食住別に近く、直接会うのは週に1度ぐらいですかね)、今は「とにもかくにも」すでに独立採算黒字経営にかろうじて転じました。

 つまり、クライエントさんの数は少ないなりに安定化、徐々には増えている手応えがあるので、いよいよネットのアクセス数なんて、1日300あれば最低ラインとして立派なもので、ほんとうに納得いくように書くこと、リアルワールドに生きるけれどもネットを「手段」「メディアのひとつ」と割り切って活用している人に少しずつ声が届く、「知る人ぞ知る」サイトであればいいんだ、ぐらいのスタンスですね(^^)

 そして、このブログのタイトルが「雑記帳」であることにはやはり意味があって、私の試行的ブレーンストーミングの公開という面も強い。

 つまり、ここで書いたことは、いずれ何らかの形で研究発表したり、論文化・著作化する時のためのdraft公開でもあるし、「専門的情報発信」「顧客誘致」のための単なる「メディアのひとつ」とまで開き直っています。 もう、私には、ネット上での「プライベート」なんてないも同然です。

 そう、すべてが、面接がない時間帯の「お仕事」。仮にアニメの記事を書いても、今ではそういうつもりなんですよ。(そして、肝心なプライベートなことはもはや「全然」ネットでは露出してないつもりですので・・・・)。

*****

 いずれにしましても、これまでおいでいただいてきた、たくさんの皆様に感謝申し上げますと共に、今後とも、どうかよろしくお願い申し上げます。

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2009/11/27

通算2000番目の記事 : バリント著「治療論からみた退行(Basic Fault)」

 ハンガリーに生まれ、フィレンツィに師事し、その後ドイツに渡り、更にイギリスに移住した、精神分析的対象関係論の大家、マイクル・バリント(ハンガリー読みにすると、姓と名が日本と同じで逆転するので「バーリント・ミハイー」)は、日本ではもっぱら故・土井健郎先生の「甘え」理論を国際的に紹介し、「甘え」理論との類似性で「一次的対象愛」という概念が精神分析系の専門家の間で人口に膾炙しているに留まる。

 しかし、バリントの真の集大成、主著というべき著作は、中井久夫先生の、もはや「原著を越えた超訳」とまで呼ばれる邦訳で、知る人ぞ知る、「治療論からみた退行」(原題:"Basic Fault")である。

マイクル・バリント/治療論からみた退行

 今、「超訳」と申し上げて置きながら、いきなりこのことに言及するのは気が引けるが、中井先生と縁が深い山中康裕先生が、たしか雑誌「こころの科学」で本書を紹介するにあたって、中井先生が、"Basic Fault"を「基底欠損」と訳し、その訳語が日本で普及してしまったことに対してだけは、敢えて唯一注文をつけておられる。

 山中先生曰く、「"fault"というのは地学でいう『断層』のことであり、何かが『欠けて』いるというのとは随分ニュアンスが異なるのではないか」。

・・・・ ごもっともな指摘である。

 「基底欠損(Basic Fault)」という概念を一言で説明するのはたいへん難しい。日本ではそれをまるでボーダーライン的心性と同一視するかのような理解がされがちだったように思う。

 確かに、バリントは本書の中で、「基底欠損」を、プレ・エディプス期の問題として位置づけてはいる。しかし、その切り込み方が、メラニー・クラインとも、マーラーの分離個体化理論を援用したマスターソン(「青年期境界例の治療」)とも異なる、独自の視点を持っている。

 私のみたところ、「基底欠損」の理論は、単なるボーダーライン性よりも幅広い現象を内包しているように思える。控えめにみても共通部分を持った、すっかりとは重なり合わないベン図のような構造になるのではなかろうか?

 バリントは、ウィニコットと共に、アンナ・フロイトの創始した「自我心理学」とも、「クライン正統派」とも一定の距離を維持する「独立学派」のひとりと呼ばれる。

 確かにウィニコットとの接点はたいへん大きい(それどころかビオンとの接点ですらバリントは本書で明言している!)。そして本書の「仮想敵」は、後述するように明確にメラニー・クラインであり、クラインへの批判に紙数を割きすぎたのが、少なくとも日本人の読者にはまどろっこしいのではないかと、訳者の中井先生ご自身が解説で感想を漏らしておられる。

 だが、ウィニコットの諸著作が日本でも熱心に読まれるのに比べると、バリントが本書で展開した独自の理論と治療的示唆に関心を持つ人は少数派であろう。

 そうなった最大の原因は、バリントがすでに先行する著作、「スリルと退行」の中で確立していた独自の新造語、オクノフィリアフィロバティズムという概念が、本書においても、更に発展された形で鍵概念とされていることが一見難解だと感じさせられることが大きいかと思う。

マイクル・バリント/スリルと退行

*****

 この2つの鍵概念についての概説に入る前に、バリントがなぜクライン理論にあそこまで反発したかという、本書の前半で展開される内容について私なりに概説したい。

 クラインやウィニコット、バリントは、神経症より重篤な事例に関連して、フロイト以降に展開され、プレ・エディプス期の早期対象関係を重視した、広い意味での「精神分析的対象関係論」に属することには変わりがない。

 広義の「対象関係論」とは、噛み砕いていえば、現実の「外的」他者の態度の摂り入れ(introjection)としてのみ人の自我形成過程をとらえるのではなく、個人内部での、一種の内的ファンタジーとしての「内的な」他者=「内的対象」との関係形成過程を重視する立場である。

 こうした観点は、実はフロイト自身もある程度予見し、示唆していたことでもある。そして何よりユングが「内なる他者」としてのアニマ・アニムス・影などとの交流過程を重視した先達なのだが、どうも対象関係論の人たちは、ユングを先達とみなすことは回避する傾向があるようだ。

 しかし、クライン正統派の場合、現実世界に存在する「外的対象」としての養育者の持つ意味が明確化されない「独我論」ではないかという批判は早くから生じた。

 そこで、ウィニコットは「内なる養育者」との関係と、「外的な他者」との関係を統合的に説明しようといいう方向性を強く打ち出し「錯覚(illusion)」「脱錯覚(disillusion)」という概念を巧妙に媒介とし、幼児の外界との一体化という「錯覚」に巧妙に応える時期から、次第にそれを遅延化させ、「脱錯覚」へと導き、信頼できる他者との成熟した関係性を確立する上での"good enough mothering"=「そこそこいい養育者」、あるいは「環境としての養育者」についての理論、あるいは養育者自身の代理、他者との継続的な関係性の媒介物ともいえる「移行対象」の理論、あるいは、親密な他者と共にいながら、それぞれが自分の世界に没頭できる能力形成が果たす役割を表現するための逆説的概念、「ひとりでいられる能力(ability to be alone)」、そして、ここでは概説しないが、「遊ぶこと(playing)」が治療関係で持つ意味などを次々に考察した。

 ウィニコットのこれらの最重要理論のほとんどは、

情緒発達の精神分析理論―自我の芽ばえと母なるもの (現代精神分析双書 第 2期第2巻)

遊ぶことと現実 (現代精神分析双書 第 2期第4巻)

・・・・この2冊だけで掌握可能である。

 バリントは、ウィニコットとは別の切り口から、プレ・エディプス段階における「内的対象関係」と「外的な他者との関係性」が果たす役割について統合的に考察しようとしたのである。

 このようにして、正統クライン派とも一線を画することをはっきり表明した分析家の一群を、フロイト以降の精神分析の領域で、狭義の「対象関係学派」あるいは「独立学派」と呼ぶ。

*****

 さて、前置きが非常に長くなったが、いよいよバリントの中核概念である「フィロバティズム」と「オクノフィリア」について概説しよう。

 バリントがクラインを批判する最大の立脚点は、「対象(object)」という概念それ自体にある。クライン理論は、対象関係=他者との関係を、まるで真空の中に浮かんでいる完全に自主独立した二つの固形的「物体」との間の相互作用のようにとらえているのではないか? 「対象(object)という概念それ自体の中に"objection"=「反発性がある」、輪郭が鮮明な「固体」的なものという含意があることにバリントは注目する。

 我々は、成熟してから後ですらも、ある意味で「前-対象(pre-object)」的な係わり合いの中にしか生きていないのではないか。ここでいう「前-対象」とは、バリントにおいては、もはや人間以外のすべての諸事象との関わり全般にまで拡張される。

 つまり、世界の諸事象と「調和的=相互浸透的渾然体」として融合されたあり方でしか存在していないという側面を背景として、現実の他者との関わりも考えるべきであるというのがバリントの視点である。

 そもそも「空気」がなければ人間は窒息することなど、普段は忘れているではないか?

 「魚とって、エラの中に存在する水が果たして『環界』なのか、魚の『内部環境』なのかを問うことに何の意味があるのだ?」と。

 これは「独立した自我を持つ主体」同士の交流を成熟した対人関係様式としてとらえる、欧米的な個人主義的な自我観を自明の前提としている人たちにとっては、何とも難解でぶっ飛んだ論の進め方に感じられたであろう。欧米で、正確に理解できた精神分析流域の専門家は稀れではなかったと推測できる。

 しかし、バリントには、東洋的な色合いも強く残した故国ハンガリーの血への基本的な共感が失われてはいなかったのだろう。

 人も万物もすべて同じ地平で眺めるという、非キリスト教的(いや、ユダヤ教やイスラム教にもそうした視点はない)=異教的な感性が脈々と受け継がれていたのであろう。

 ところが、数学・物理学・経済学の分野で名高いフォン・ノイマンをはじめとする数々のノーベル賞級科学者、科学哲学者ポランニから、指揮者(ライナー、セル、ショルティ、ドラティ)・作曲家(バルトーク)・音楽家(ブダペスト弦楽四重奏団)まで、非常に優秀な人材を一気に輩出した、第1次世界大戦後の長期にわたる度重なるハンガリー動乱の連続(1918-1956)の下での亡命ハンガリー人の知的階級の多くは、異国のでサバイバルのために、非常にタイトで厳格な方向のにのみ自分の技能を研ぎ澄ますところがあった気がする。クラインもその一人であろう。

 バリントがその道を歩まなかったのは、師、フィレンツィが、フロイトの時間厳守、中立性の原則を打ち破り、ついには心労で命を縮めた治療法の潜在的可能性を引き継いで完成させることを生涯の使命としたことが大きいようである。

*****

 さて、プレ・エディプス期において問題があった人="Basic Fault"を潜在的に抱えた人は、治療的面接場面が進むと、独特の退行様式を取り始める。

 それが「オクノフィリア」と呼ばれる現象である。

 オクノフォリアは、対象との全き融合の幻想が維持されることを求める。しかもその際に、対象と自分の間に「空隙」があることを「恐怖」する(「オクノフィリア」というギリシャ語をバリントが創出した背景)。

 その結果、対象が、自分の欲求を絶えず気遣い、先回り的に配慮してくれて「あたかも鍵穴に鍵をぴったり合わせてくれるように」対応してくれないと我慢がならないという状態になり、治療者を徹底的に翻弄する。そこにはすでに「通常の成人言語水準でのやりとり」は無力化する。

 治療場面のみならず、家族など親密な関係を持つ人物相手に、こうしたオクノフィリア的心性を顕わにする人たちは決して稀れではない。子供が少しでも「気が利かない」と逆上し、子供をいつまでたっても自分を補完する存在としてしか取り扱わない親など典型であろう。こうした親は、実は子供の方に際限なく「甘えて」いる現実に無自覚なままなのである。

*****

 ところが、この世には、「世界との完全な調和的一体感」を指向する点ではオクノフィリアと同じだが、全く正反対のアプローチを身につけた一群の人たちがいる。

 その人たちは、自らの持てる身体的技能(skill)を極限まで磨き上げ、古代ギリシャ以来「四大元素」と呼ばれたもの、すなわち「地(土)・水・火・風(空気)」をすべて自分の味方につけたかのような錯覚と万能感の中に生きている。

 これら4つの対象は、輪郭がはっきりせず、自由に形状を変容させ、対象を「包み込む」ことができるという点に特徴がある。

 典型的なのは、飛行機乗りやレーサーを一方の極とするスポーツ選手、演奏家、曲芸師などであろう。

 私流に言えば、「キャプテン翼」の「ボールは友だち」の世界である。「自分が」ボールを巧みに操っているのではない。「ボールの方が(そしてそれを包む空気やクラウンドの土の状態が)、まるで自分に『協力してくれている』かのような錯覚の世界にある。

 彼らにとっては、世界とは自分にとって「友好的な拡がり(frendly expanses)」として通常は機能してくれる。

 一般の人からすると危険でスリリングすぎる活動に身を投じることこそ、彼らの生の充実感、世界との一体感を支えている。中途半端なややこしい「社交的な」関係なんてほんとうはできるだけ回避したいくらいなのだ。

 (もっとも、フィロバティックな心性を持つ人の中にもオクノフィリア的心性は存在することをバリントは言い忘れてはいない。安心して深い絆を形成できる人物に「見守って」いてもらえていることが支えとなっていることが多いというのだ)

 一芸に秀でたスキルで世を渡っていくという点からすれば、非常に幅広い職種の人が含まれることだろう。アニメーターだって、ある意味ではカウンセラーだってその種の人間であろう。

 このような存在のあり方を「フィロバティズム」と呼ぶ。

 フィロバティズムを生きる人にも弱みはある。自分のスキルに故障が出た時。心身が燃え尽きた時。あるいは突然の気象の変化や機器の故障が生じた時、彼らは失調するばかりか「事故死」の危険と隣りあわせということにもなるのだ。

 自らが死や破滅と隣り合わせの生き方をしていることに、誰よりもフィロバティズムを生きる人たち自身が気がついている。それゆえに、安心してくつろげる、気の置けない対人関係も、限られた人たちとでいいいから大事にしようとするはずだと、私は思う。

*****

さて、バリントが、治療関係において必要なのはどういう関係であるかについて述べた部分を引用して終わりとしたい:

========引用はじめ========

 分析の場における沈黙の意味には二つあるだろうということには皆同意していただけると思う。ひとつは恐ろしい空虚という戦慄的な体験をしている場合である。空虚は疑惑に満ち、敵意に満ち、拒絶に満ち、攻撃性に満ちている。前進を阻む沈黙であり、結局不毛に終わる沈黙である。しかしまた、沈黙がおだやかな静かな調和体験の場合もある。平和と信頼と受容という雰囲気である。つまりおだやかな成長の時期、統合の時期でもありうるのだ。分析家にもっとも必要なのは、今向かいあっている沈黙がどちらの型なのかを識別することである。

 フィロバティズム的偏向をもつ技法においては、おそらく、解釈をわずかしか用いないだろう。特に退行した患者に対する時はそうなるだろう。分析者はたえず患者を見て、[次の]どちらの態度をとるべきか考えるだろう。すなわち、個別的な対象の役割をとり、退行した患者を安全な距離が見守り、この冷静で客観的な視座からことばで綴った解釈を与えて理解を求めるのがよいのか、あるいは自分も「友好的広がり」の一部と化して、何一つ要求せず、ただ息をしているだけの存在としてあり、患者に欲求が起こればさっそく役に立とうとする構えだけは持ちつづけるのがよいのかを考えるのである。(中略) 最大の危険は、この技法が患者にあまりに多くをゆだね、早すぎる時期に大きすぎる独立性を押しつけることであろう。 (中略)

 [もう]ひとつはオクノフォリックな方法であって「患者の手をとって」ゆく方法である。どうしてこの動きをしてあの動きをしなかったのかを一貫性を以て解釈してゆくことである。ここに内在する危機としては、患者が分析家を理想化してこれを寛大で慈愛こもった人物として取り入れるように誘導する恐れがある。こうなると患者の自由が制限されて、理想化された対象が処方し許容してくれる範囲から出られなくなってしまう。

 自由とは、私の考えでは「友好的広がり」の再発見のことである。それはフィロバティックな世界の中にあって、成人的なスキルを身に付けることを要求するものであるが、その背後には、何も要求せずに抱きかかえてくれる一次愛の世界が控えている。誤解されると困るので、「友好的広がり」の再発見があらゆる対象を完全にあきらめることを意味するものではないことを言っておかねばならない。

 そうではなくて、それはただ、[オクノフォリックな]絶望的なしがみつきをやめて対象から一定の距離を置いて独りで立つ能力すなわちスキルを身につけるだけのことであり、そしてそうすることは対象を「正しい釣り合いにおいて」眺め、「真のパースペクティヴ」の中で対象を獲得するために必要なのである。

 新規蒔き直し(new beginning)時期における分析者の役割は、多くの点で一次物質あるいは一次対象の役割に似ている。分析者は存在していなければならない。分析者は高度に可塑的でなければならない。あまり抵抗してはならない。破壊不能性を示さねばならない。これは確かなことだ。また一種の相互滲透的調和渾然体の中で分析者と共に生きることを患者に許容しなければならない。(中略) おおよそ、友好的物質という、一点の曇りない調和体だけがあり、その中から対象が成立する以前の体験である。

 [退行の]良性形では、患者はさほど外的行動[を治療者に「してもらう」こと]による満足を求めず、それよりも外的世界を活用して自己の内面の問題に前途の途がひらけること、私の患者のことばを借りれば”自分自身に到達できるようになること”をそっと認めていてほしいと希う。(中略)

 認識されるための退行(中略)では、あたかも大地や水が己れの体重を安んじてあずける者を支え返してくれるように、患者を受容し支え荷うことを引き受ける周囲の人々のいることが前提である。物質としての治療者は抵抗してはならない。引き受けねばならない。あまり摩擦を起こしてはならない。患者をある期間受容し荷い、自分は潰れないことを示さねばならぬ。境界線を越えないぞとつれなく言い通してはならない。患者と自分との一種の渾然体の発生展開をゆるさねばならない。

 以上はすべて、患者に同意し、関与し、巻き込まれることを意味するが、必ずしも具体的働きかけをする意味ではない。ただ理解と寛容だけでよい。ほんとうに大事なのは患者の内面つまりその心の中でさまざまの出来事が生じうる条件を維持し創造することだ。[分析者は患者を積極的に荷おうとはせずに、水が泳ぐ人を支え、大地が歩む人を支える具合に荷い支えるべきであるということ。すなわち患者のために存在し、またそうされることにあまり抵抗を感じないで患者に使用されることである。

 我々は立居振舞(behavior)、空気(climate)、雰囲気(atmosphere)などのことばを使うが、これらは皆、漠然としたカスミのかかったような、画然たる境界を欠くものを指すことばで、(中略)にもかかわらず”雰囲気””空気”というものは存在し、感じ取られ、しばしばことばでの表現を要しない。(中略)

 ”洞察”とは的を得た解釈の結果生まれるものだが、洞察が生まれるにふさわしい対象関係が創出されたならば、その結果は一種の”感じ(feeling)”である。

”洞察(insight)”が視覚と対応するとすれば”感じ(feeling)”は触覚と対応する。すなわち一次関係かさもなくばオクノフィリアである。

 ある一種類の対象関係に硬直的に固執すべきではなく、いつでも患者とともにオクノフィリア的とフィロバティズム的の両原始世界を往復する心構えが必要であり、時には両世界の彼方の一次関係まで行く心構えがなければならない。(中略)

 解釈は、分析者が「患者は確かに解釈を求めている」と確信できる時に限り与えるべきものである。こういう時に解釈を与えないことを不当な要求あるいは刺激と感じるだろうからである。(中略)

 仮に分析者が以上の条件の大部分を留保ぬきで誠実に満たすことができれば、ここに新しい関係が生まれ、それによって、患者は、自己の精神構造の欠損あるいは瘢痕形成の原因となったそもそもの欠陥と喪失の悔みと悼みをある形で体験できるようになる。その悼みは、現実に愛する人の喪失や、内的対象への打撃あるいはその破壊という、メランコリー[抑うつポジション]特有の事態が原因で生じる悼みとは全然別物である。

 私がいま頭に抱いている悔み悼みとは、自分自身の中に欠陥・欠損があるという動かしえない事実に対する悔みであり悼みである。(原注:この悼みは、元来基底欠損に対する過剰代償として生じたらしいナルシシズム的自己像を断念すること[こういちろう注:世界との、他者との全き調和の断念。自己のスキルに対する万能感の断念…とも読解できよう]と関連した悼みである。(中略)

  分析者がこの悼みのための時間を焦らずに十分長くとり、またその間、必須の原初的雰囲気を寛容と干渉的でない解釈によって維持できるならば、患者と分析者の共同作業の仕方は以前とは少しずつ変わってくる。それは、まるで、患者が対象との関係における自己の位置付けを進んでやり直し、自己の周囲の、魅力を欠き冷淡なことの少なくない世界を受容できないかと考え直そうとし、またその力が出てきた気がしはじめたことを思わせるような変化である。

========引用おわり========

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2009/11/26

「フォーカシング事始め」(村瀬孝雄・日笠摩子・近田輝行・阿世賀浩一郎 共著)

 私自身が共著者の一人として名前を連ねて1章だけ書いているので、ご紹介するのは少し恥ずかしいのですけれども、それでもやはり、日本(特に関東地区)におけるフォーカシングの普及において、ひとつのターニング・ポイントになった本だと思いますので。

 それはどういうことかといいますと、本書が刊行(1995年)された少し前、フォーカシングの有力なトレーナーであるアン・ワイザー・コーネル女史が初来日され、ワークショップを開催しました。その時の実習と、当時ワークショップ参加者だけが購入できたアンさん独自の技法マニュアル(それが後に刊行されたものが、あの「入門マニュアル」「ガイド・マニュアル」です)を元に、東京の日精研などを舞台として、恩師、故・村瀬孝雄先生や日笠摩子さん、近田輝行さんたちと共に、そのアンさんの技法を自己掌中のものにするべく勉強会を重ねました。

 そうした中で、村瀬先生の立案で、アン・ワイザー法を詳しく具体的に紹介することに大部を割いた本を4人で1冊書くことになったのです。

 つまり、本書は、日本における、公刊された、アン・ワイザー法フォーカシング「事始め」でもあるのですね。

 日本フォーカシング協会設立の、少し前の時期のことです。

フォーカシング事始め―こころとからだにきく方法

●神田橋條治先生による本書の書評(「精神療法」誌 第22巻 3号掲載)

******

 次に、本書の目次をご紹介します。

  1. フォーカシングとは?(村瀬孝雄)
  2. フォーカシングの不思議な力(村瀬孝雄)
  3. 熟練した2人のガイドとのフォーカシング経験(日笠摩子)
  4. あるワークショップの記録(村瀬孝雄)
  5. フォーカシングを実際にやってみるために(日笠摩子)
  6. フォーカシングQ & A(村瀬孝雄・日笠摩子)
  7. フォーカシングの歴史と理論(村瀬孝雄)
  8. フォーカシングの諸相と日本・世界の現況(村瀬孝雄)
  9. カウンセラーがフォーカシングを学ぶことの意味(近田輝行)
  10. フォーカシングの「臨床適用」について(阿世賀浩一郎)
  11. 補章:谷川俊太郎の詩 「きもち」を借りてフォーカシングを解説する(村瀬孝雄)
  12. フォーカシングについてもう少し知りたい人のために(村瀬孝雄)

*****

 その後、私たちは、後続するジェンドリンや奥様のメアリー・ヘンドリックス(The Focusing Institute 現CEO)、アン・ワイザー、エルフィー・ヒンターコフ、ジャネット・クライン、ケビン・マケベニュ、バラ・ジェイソンらの著書や論文、ワークショップ(邦訳はありませんが、メアリー・マクガイア、ドラリー・グリンドラーをはじめとする人たちによる、重篤事例についての重要な論文があります)からさらに多くのことを学び、日本国内でワークショップ・セミナー・研究会を仲間たちと実施したり、それぞれの臨床・教育現場の中での適用を模索する中で、更に研鑽を積んで行きました。

 しかし、今回、本書を久しぶりに読み返してみたのですが、(自画自賛じみて申し訳ありませんが)、よくもまあ、この段階で、ここまでフォーカシングの当時最先端の潮流を咀嚼し、広範囲の視点から総合的にご紹介できていたなと、ほっと胸をなでおろした次第です。

 私たちの「フォーカシングの青春時代」は無駄ではなかった(^^)・・・・まだ、古くなってないです。

*****

 本書の中の白眉のひとつは、日笠さんが苦心の末に編み出した、当時のアン・ワイザー法に基づく「フォーカシング・フローチャート」(p.pp.124-6)でしょう。このフローチャートを観てみるだけのためですら、本書を借り出したり、購入する価値があるかもしれません。

 ジェンドリン自身のオリジナルのフォーカシング技法が、単純に要約された、せいぜい1,2ページのマニュアルとして配布され、「それがフォーカシングというもの」と学習者に思い込まれてしまって伝播したことの最大の弊害は、フォーカシングの手順というものを、「空間づくり」にはじまり、「フェルトセンスをつかむ」→「手がかりとなる言葉やイメージを見つける」→「見出した言葉やイメージが実感にぴったりかどうか共鳴させる」→「フェルトセンスに問いかける」→「受け止める」という段取りを、順序だてて進めたときにはじめてフォーカシングしていたことになる・・・かのような誤解を広め、それでは思うように成果が上がらないと諦められてしまう事態を招いたことでした。

 (このことが、ジェンドリンも望まない事態で、もっと柔軟な適用が肝心であることについては、ジェンドリン自身の著作、「フォーカシング」を丁寧に読み解けば、繰り返し説かれていることなのですが)

 アンさんは、ジェンドリンの技法をベースにしながらも、それをわかりやすくて「勘所」を明確にした「5つのステップと5つのスキル」に再構成しました。

 その結果、気がかりな「事柄」からであろうと、その時の漠然とした「身体の感じ」からであろうと、柔軟にフォーカシングを始められるばかりか、内側から生じてきたものは取りあえずなんでも「認めてあげる(acknowledging)」ことと、フェルトセンスから性急な言語化を引き出さないまま「共にいる」ことを重視する丁寧でかゆいところに手が届くものとなりました。

 この「認めてあげる」や「共にいる」は、実はセッションの最中のいたるところで提案される教示なので、実は番号を振って直線的に順序だてて説明することになじみにくいところがあります。

 更に、フェルトセンスから「遠すぎる(too distance)」状態になった人と、「近すぎる(too closed)」状態になった人(アンさんのいうフェルトセンスを「脱同一化(disidentification)」して感じられる状態が程よく維持できないという点では、どちらの事態も共通です)への臨機応変な介入も必要です。

 これらをすべて表現しようとすれば、もはやフローチャート形式をとって空間的な表現にして、必要あればあっちに行ったりこっちに戻ったりということを一望できる図版にするしかない。

 日笠さんを中心とした人たちが取り組んだこの「図版化」は、アンさんの技法書のどこにも出てこないオリジナリティあふれるもので、これがアンさん来日2年目で達成されたことは、再評価されてしかるべきと思っています。

 (アンさんの技法体系そのものも、その後進化を続けていますが、この段階でのアン・ワイザー法の、几帳面な丁寧さのプラス面は、フォーカシングを「意図的なスキル」として緻密にトレーニングする場においては、決して過去のものにされてはならないというのが私の信念です。このフローチャートは、私の主催するささやかなグループでの恒例の配布資料で、現在もあり続けています(^^)) 

*****

 さて、私が執筆した第10章ですが、のっけから「臨床家自身がフォーカシングを身につけ、日常の中で役立てられていないうちは、臨床現場での適用なんていうことは考えない方がいいのでは?」という、不遜なまでに挑発的なメッセージからはじまっています。

 さすがに若気の至りではなかったかなと、その後多少自己嫌悪に襲われ、長らく読み返さないでいたのですが(^^;)、本書刊行から14年を経て、一読者の心境で客観的に読み返してみたところ・・・・ほっとしました。私なりに十分にジェントルで丁寧な語り口で書けている。

 (つい最近、認知行動療法の大家、伊藤絵美先生が、これからCBTを学ぶ専門家への心構えとして、実にそっくりの表現を、著作でなさっているのに気がつき、安堵したというのあります)

 そして、当時はジェンドリンが書きつつある「フォーカシング指向心理療法」のdraftを村瀬先生によって手渡されて、その一部を読み解くぐらいの段階でしたが、私がその時点で言葉にできた「臨床現場でフォーカシングをどのように生かすか」という方向性に、その後ブレはなかった、完全に今日の私のスタイルへと繋がっていると確信できました。

*****

 更に、この私の書いた章、さすがアニメおたくカウンセラーこういちろうですね(^^;)、私自身すっかり忘れていたのですが、次のような部分がありました(pp.241-2):

========引用はじめ=========

 このようなクライエントさんたちにとっては、自分が「どんな」感じでいるのかについて語ることは、まだサナギの状態でしかいられない昆虫が、性急に脱皮を急がされたような外傷体験に容易に結びついてしまう危険があるのです。・・・最近(95年7月)、「風の谷のナウシカ」等で有名な宮崎駿氏らスタジオジブリ制作による長編アニメ、「耳をすませば」が封切られ、映画館でご覧になった方も少なくないかと思いますが、この映画の中で、主人公の月島雫(しずく)という中学生の少女が、留学した恋人が日本に戻るまでに、自分もなにかをやり遂げようと一大決心をして、受験勉強を投げ出して、寝食を忘れてファンタジー小説の執筆に打ち込む展開があります。

 憔悴して眠り込んだ雫は、ある悪夢にうなされます。鉱脈の中の壁一面が原石でできた洞窟の中で、ほんとうに輝くただひとつの純粋なエメラルドを見つけ出そうと焦って探し回るけれども、なかなか見つからない。これぞと思って壁から抜き取った石は最初は光り輝くかに見えました。しかし次の瞬間にその石は、雫の手のひらの中で、まだ卵からかえっていないヒナの死体へと変容するのです。

 悲鳴と共に飛び起きる雫。目の前には一向に進まない、破り捨てた書きかけの原稿用紙の山があります。

 映画の中の雫の場合には、物語をともかくも書き上げるだけの自我の強さと、そうした彼女を理解して見守る幾人かの周囲の人たちのまなざしがあったから救われたのですが、私たちが現実の臨床現場の中で出会うクライエントの中には、まさに賽の河原で石を積んでは壊されるかのようにして、自分の中の「卵」や「サナギ」を性急に孵化させようとしては流産させることを繰り返す中で傷つき、内面をすり減らし、蟻地獄のような絶望と無力感に次第次第に沈んで行く人たちも少なくない思えます。

 むしろそうしたクライエントさんたちにまず必要なのは、自分なりにさなぎ(繭)をつくって、その内部で成長と分化が暗黙のうちに進展するのを見守ることが許されるような治療的な場の保障と関係性ではないでしょうか。

 すなわち、彼ら/彼女らは、まずは、自分たちの中にうごめく形(言葉)にならない混沌が、自分を破壊する可能性がある脅威ではないという安心感を抱けるように徐々になれる治療的な場を保障してもらえる必要があるように思います。

 そして、その言葉にならない混沌を、いとおしみながら育み育てるための子宮的な空間を、自分の身体の内部や外部に安定した形で確保できる自分なりの工夫を見出せるようにサポートされるべきです。

 (これが、本書でもすでに第5章で示した、アン・ワイザー女史の言う、フェルトセンスと「一緒にいる」ということにあたります)

========引用おわり=========

耳をすませば [DVD]

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「うる星やつら」TVシリーズ メガネの独白

 「うる星やつら」、劇場版第2作、「ビューティフル・ドリーマー」をご紹介したついでに、その際に発掘できてしまった、TVシリーズ(どの回かはさすがに忘れましたが)での、メガネの独白シーンを載せちゃいます(^^)

●押井節×千葉繁-メガネの独白-(YouTube)

 メガネというのは、押井守さんがチーフディレクターをしていた時期のアニメ版の「うる星」で固有に進化、発展、増殖(?)した、あまりにユニークなキャラクターであり、その、ストーリーの脈絡とどこまで関係あるのかをもはや超越した、エキセントリックな長台詞は、声優の千葉繁さんの怪演(やはり小演劇系舞台役者のノリが爆発してますよね)と共に、私の世代のアニメファンには深く記憶に刻まれています。

 ・・・・こういう内容のアニメが、毎週19時代に見られたのは、今は昔?

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2009/11/25

書評 : 鎌田實 著 「言葉で治療する」

 精神科医の中井久夫氏によると、精神分析医のバリントが、「医者という名の薬」ということを言っているという。

 中井氏ご自身、著作集第5巻「病者と社会」収録の、「心に働くくすりは信頼関係あってこそ効く」という短い論考(pp.163-8)で、

「医師への信頼関係があれば少量で効くし、量が増えない。不安を抑えるくすりを不安な状況で飲むのが得策でないのはわかっていただけよう。薬への信頼は、究極には医師への信頼である」

「私は、患者が苦情をいうことが医師に対する最大の協力であると思っている」

「(患者に)苦情を言ってもらうことで次第に正しい処方に到達するものである」

と書いておられる。

病者と社会 (中井久夫著作集―精神医学の経験 第5巻)

 これは精神科の薬の処方に限るまい。医師の前では「優等生」にしかなれなくなり、実際にはたいへんだったり不安があってもそれを語れない患者さんは実に多い。

 医者の側に、苦情をいわれても嫌な顔ひとつしないだけの応対の力があっても、医師と患者というのは、自分の命や身体症状を公式に預け得る唯一の「絶対的権威」であり、「対等」ではあり得ない構造的な関係性が布置されているのだ。

 そしてそれは、精神科の薬物療法ばかりではなく、例えば救急医療やがん医療において、外科的処置が必要な場合ですら共通の問題といえるはずである。

*****

 ここで紹介する、「言葉で治療する」という本の著者、鎌田實氏は、救急医療の現場に始まり、がん病棟、救急医療、小児科をはじめとするさまざまな現場 で、医師と患者の間のコミュニケーション不全がどれだけ大きな問題を引き起こしているかに現実に関与し続けて来られたお医者様である。

鎌田實/言葉で治療する

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 がん患者ご本人やそのご家族の実に30-40%近くがうつ状態、ないし、本格的なうつ病に陥っていることを著者は指摘する(統計によってはもっと高い数値を指摘するリサーチもあるという)。

 がん医療に力を入れているといわれる病院、ホスピスなど終末期医療に力を入れていると喧伝している病院ですら、医者の不用意な言葉が単に患者さんを傷つけるのみならず、両者のディスコミュニケーションが、症状の変化に気づくタイミングを逸してしまうことになり、早過ぎる死に至らしめていることが疑念されるケースすら稀れではないらしい。

 その一方、万策を尽くしても患者を救い得なかった医者に対して、患者が感謝の言葉を捧げるような関係性が成立している場合も確かにあるのである。

 まだ、医療チーム内部でのコミュニケーション不足が、患者さんとの信頼関係をいかに損なうのかについてもとりあげられている。

******

 こうした状況が生じたひとつの背景には、医師不足の問題に加え、小泉政権が推し進めた社会保障費の抑制の中で、医師に限らずコメディカルなスタッフ全体が疲弊し、患者さんに丁寧な応対をする余裕を喪失させたことも大きいと著者は論じる。

 「インフォームド・コンセント」の重要性は、歯科医すら含む形で医療全体に浸透してきたはずではないかといわれるかもしれない。だが、インフォームド・ コンセントの広まりを支えて来たのは、リアリスティックにいえば、医療訴訟に対する医療側の自己防衛という側面があり、(これは私の考えだが)開業医が多い地域では、経営的「生き残り」のために悪評を立てられたくないという側面も後押ししたのではなかろうか。

 いわゆるクレイマーやモンスターペイシェント(ペアレント、ファミリー)の問題については、鎌田氏は、

「医療現場を萎縮させ、今日の医療危機を招く一因になっていることもたしかだ。いまだにモンスターペイシェントはいることはいるが、潮の目が変わったように思う」(p.36)

と書いておられる。

******

 実はまで読み始めて3分の1だが、すでに日本人の死亡率第1位になったがん医療、そして高齢化社会で更に必要性が高まるであろう終末期医療の現場が、現実にはこれほどまでにコミュニケーション上の課題山積であることについては、次々と登場する実例を読んでいると呆然とした思いに駆られる。

 1998年に自殺者が3万人を越えた段階で、がんの次は自殺予防対策だという声があがりはじめて久しい。

 しかし、うつ状態(ないし気分障害)になって入院したり通院歴があるクライエントさんがほとんどを占める私の開業カウンセリングの現場で痛感するのは、 単純にお医者様を悪者にしてしまうつもりは毛頭ない(一日に50人もの患者さんの診察をするなど、欧米では考えられない状況らしい)が、患者さんとお医者様の間でのコミュニケーションの行き違いが、症状の遷延化と、そして、「こころの支えとしての医者への信頼」を持てないまま、あちこちの病院を何年も転々としてきた軌跡である。

 この本は、「精神科医療」についての本でも「カウンセリング」についての本でもない。しかし、底に流れるマインドは、お医者様やカウンセラーに限らず、すべての援助的専門家が自分の「現場」を振り返る上で、直面するしかない課題に気づかせてくれそうだ。

 

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2009/11/24

「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」の音楽集

 押井守さんの映像作家としての可能性を映画界に最初に知らしめた、私自身映画館で見た回数が18回という不滅の大記録(?)を持つ、あまりにも思い入れの深い、日本のアニメ映画史上に残る不滅の金字塔というべき作品について、今回はそこで使われた音楽という観点を中心に論じてみたいと思う。

 私にとっての、もはや無自覚なまでの「お宝CD」になってしまった。LP時代から、この四半世紀(1984年作品だから、まさに25年経た)の間に、どれだけ、どれだけ聴き返したことだろう。

Beautiful_dreamer_bgm1

Beautiful_dreamer_bgm2

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー〈映画BGM集II〉

 ↑今やプラチナ級中古CDになってしまったみたいですね(^^) 

 実は、ある時期、このBGM集は、アニメと無関係な番組で、さりげなくBGMとして、実に頻繁に使いまわされました。ですから、映画を知らない人でも、少なくともある世代以上の人は、アニメに無関心でも、個々の曲のいくつもを実は無自覚に何回となく耳にしたことがあるはずである。

 そのくらい、「BGM」として圧倒的なまでの独立した普遍性を持つ(!)ということである。

 本編から離れた形での「BGMとしての普遍性」という表現そのものが、矛盾した逆説的表現であることは百も承知だ。

 だが、例えば、エリック・サティの「ジムノぺディ」第1番Pascal Rog? - Satie: 3 Gymnop?dies - 3 Gymnop?dies: No. 1を「聴いたことがない人はどこにもいない」ことを思い出してほしい。まさに「家具の音楽」。

 そして、この「ビューティフル・ドリーマー」の音楽は、実際にサティの作風の影響の下に(というか、押井さんの指示で意図的に?)作曲されていることも、ほぼ間違いがないだろう。

 星勝さんと、1曲だけ奥慶一さん(後者は、「魔法のスター・マジカルエミ」における、これまたフォーレそっくりの印象派的BGMが私には忘れられないが)作曲によるBGMは、ピアノを主軸としつつも、ここぞというところでフル・オーケストラまで動員する中心とするアコースティックと、当時のシンセサイザーの融合と使い分けという点で、時代の先端を行く画期的なものだったはずだ。

 メインテーマ・モチーフ(やすらぎ)の、曲としての完成度の素晴らしさ。同じくメインテーマ・モチーフ(不安)の、たゆとうような、印象派的室内楽的なさりげない気品。

●urusei-yatsura ビューティフルドリーマー#4/12(YouTube)

 ↑更には、さりげないが、保健室での温泉マーク先生とサクラ先生の窮迫した対話・・・・このシーンの360度回転の繰り返しのカメラワークは、制作当時においては、アニメ史上に残る独創的かつ画期的な映像演出だったと思う・・・・の背景で流れていた、単調な繰り返しのようでいて耳から離れない、ピアノソロの秘曲、"Star's Rondo"。

●urusei-yatsura ビューティフルドリーマー#5/12(YouTube)

 ↑こちらは、「やすらぎ」「不安」の両モティーフの見せ場が続きますね。

●urusei-yatsura ビューティフルドリーマー#6/12(YouTube)

 ↑そして、この2つのモチーフが融合され、映画のクライマックスシーンで圧倒的な効果を発揮した、フル・オーケストラによる、ドラマチックな、"ビューティフル・ドリーマー"メインテーマ。

*****

・・・・・・ここから先はさすがに観ていない人のために。ちょうどいいところで切れてますね

 そして、映画では断片としてしか使われなかったが、全曲通して聴くと、何と心に染み入る透明で暖かい名曲だろうかという感激を禁じえない、「ラム...In My Love」。

 著作権の問題もあり、いろいろ困難が伴うのは確かだろうが、どうか、高橋留美子先生、この映画とBGM集を再び世に出すことへのご寛容を。

●うる星やつら ビューティフル・ドリーマー 予告編

Beautiful_dreamer_bgm3

 ↑ある世代のアニメファンには懐かしいでしょうから、CD内解説書の、この映画のポスター用に作られた、恐らく高田明実さん(あるいはやまざきかずおさん?)によるイラストも。

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー [DVD]

 ・・・・・今、振り返って思い返してみると、この映画、実はシュールな装いをまといつつも、押井さんが、高橋留美子ワールドに触発されて生み出した、究極の「男女の愛の物語」だった気がする。

 それが、原作の高橋留美子先生の感性とはいかに異質だったとしてもね(^^)

*****

おまけ:

後藤今日香/フィーリング・フリー - アニメカバー・ベストヒット30 Vol.2 (Disk 2) - ラムのラブソング「ラムのラブソング」・・・・TVシリーズのOPとして、革命的な名曲(途中の転調が凄いし、「すべてシンセで作られた初のアニメ音楽」です。カバーですが、原曲のテイストの忠実な再現に実に徹してくれているのが嬉しい。これはお勧めですね(^^)

白石みのる - 白石みのるの男のララバイ - 愛はブーメラン (24話エンディング)「愛はブーメラン」・・・・「ビューティフル・ドリーマー」のエンディング。・・・・ま、まさか男性によるカバー(???)があるとはねえ・・・・はっきりいって、らき☆すたの白石みのる氏が、番組の中でエンディングとして無伴奏で歌ったに過ぎないものがiTunesにまで入っているだけみたいですので、古くからの「うる星」ファンの人は拍子抜けすると思います(^^;)

※「うる星」絡みでのおまけ記事はこちら

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2009/11/23

浜崎あゆみのアルバム"(miss)understood"

 ayuはこれまで2回主要な音楽スタッフを入れ替えたが、その「第3期」における2枚目のフルアルバムにあたる本作こそが、ayuの「アルバムアーティスト」としての成果が総結集した、緊張感に満ちた、近年の代表作であると私は感じている。

 このアルバムの余勢をかって連作された"Secret"のテンションの高さと共に、私は結局この2枚ばかりを繰り返し聴いてきた。

(miss)understood (DVD付)

(楽天 上信web)

浜崎あゆみ - (miss)understood

 冒頭曲"Bold & Delicious"は、ゴスペルとの関連がちまたで口にされるが、実に思い切った不協和音スレスレの和声進行が駆使されたインパクトが強烈な曲。むしろ ライブで聴衆と共に盛り上がることを念頭に置いたと見るほうがふさわしいだろう。歌詞の「際どさ」もそういう意味に解してはじめて意図が見えてくるのでは?

 タイトル同名曲、"(miss)understoood"は、当然「誤解」という意味と「誤解される女性」=ayuという意味が二重に重ねられたものだが、 そこで示される人間不信の深さを、ロック的なテイストで切々と歌い上げるその実存的燃焼度には鳥肌が立つ。

 "altena"の、「変化を恐れるなら離れたとこで見ててよ、なんかしたってしなくたって結局指差されるなら、あるがままに」という訴えにも深くこころを揺らされた。

 なお、"is this Love?"に関しては、ayuはライブの場では、アルバムとは全く異質なテイストの、異常なテンションで絶唱的に歌い上げることは、生あゆ常連にはおなじみかも。(ayumi hamasaki ARENA TOUR 2006 A~(miss)understood~ [DVD] 参照)

 "In The Corner"で示される、凄まじい自己不信の叫び。一転して"Will"の、一見歌謡曲調ですらあるメロディーラインの中で描かれる、美しくもはかなげな世界も大好きである。

 そして、ayuのパラードの中でも神がかりの「超傑作」というべき"HEAVEN"。

 もちろん、一般によく知られた、"STEP you""fairyland"もいい曲だが、ラストを実にシンプルな"rainy day"で静かに締めくくった構成も見事。

*****

 このブログで文句なく一番多くの回数取り上げてきたayuのアルバムで、何を今更ですが、連休の息抜きにamazonレビューあげた分を、そのまま転載しました(^^)

 おまけとして、私もまさにこの日のライブを観戦(?)した、このアルバムをメインに据えたライブツアー楽日の映像のダイジェストがあったので、載せておきます(^^)

●Ayumi Hamasaki - Arena Tour 2006 (miss) understood(YouTube)

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2009/11/21

私の書いた、これまでのうつ関連、主要記事の総目次

 これを機会に、私は開業サイトのほうにアップしていた、「NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想 : 総目次」を、以下、そのままこちらにも転載させていただきます。

 こちらは、この「雑記帳」サイトで当初書いたものを、推敲の上で再アップしたものがほとんどです。

 このNHKスペシャルに留まらず、

  •  その後「クローズアップ現代」「ためしてガッテン!」と続いたNHKのうつ関連番組への感想
  •  私自身の、開業臨床心理士としての、うつをはじめとする気分障害と診断されたクライエントさんへのアプローチのついての主要なネット上の論考
  •  精神医療との連携についての考え方についての主要記事

・・・・これらをすべて一覧できる総目次となっています。

***** 

*目次*

●特別連載:NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想

1.(副題なし)
2.双極性障害(躁うつ病)と単なるうつ病とでは薬の処方が全く異なる
3.医者選び、ここに注意
4.投薬の全面的見直しの際に注意すること
5.番組で「非定型うつ病」を積極的に取り上げなかったこと
6.認知行動療法について

特別編1.統計上の問題など
特別編2.今回の番組を「ネットでは常識水準」と言ってしまうことの副作用
特別編3.ご紹介:読売新聞の「医療ルネサンス」 更に、援助的専門家自身のメンタルヘルスについて

*****

●NHKのクローズアップ現代・「問われるうつ病治療」について
●NHK「ためしてガッテン」、-「うつ病よサラバ!脳が変わる最新治療-」

●NHKドラマ「ツレがうつになりまして。」第1話の段階での感想と今後の展開への期待

*****

 以下、番組とは直接関係ありませんが、うつ(気分障害)状態にある人への私のカウンセラーとしての関わりへのご参考までに:

5分診療の神経科・心療内科の現実といかに対処するか
●日常次元での「治療的副作用」への想像力
●自分を「いいカウンセラー」だと感じさせ、医者を「悪者」にしたくなる誘惑

●欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている
●薬をやめることをお焦りにならない方がいいですよ
「ランナーズ・ハイ」の行き着く先

●読売新聞 うつノート 回復めざして 第4回 「心は更地 安らぐ表現」
●「うつ病の時のこころの状態」(こころ相談.comインタビュー記事)
●「私のうつノート」書評

●医師に鬱病と診断され薬物療法も受けている人へのフォーカシングの適用
●フォーカシング技法を活用した、鬱状態のクライエントさんのための「主導型積分的フェルトセンス照合」スキルアップトレーニング(案)
フォーカシング指向心理療法の認知行動療法的活用についてのとりあえずの覚え書き

●久留米でうつと働き方を語る会(私が代表です)

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2009/11/19

番組より3倍は密度アップ!!「NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる」書籍版 (第2版)

 私が延々と連載記事を組み、私のサイトが一気にうつサイト化するきっかけとなった、画期的な番組、「NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる」の書籍化についてはすでに速報しましたが、読了しました!!(よって、タイトルから「中間報告」の文字を削除しました。実は・・・以下の本文は全く変更していません)

NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる

(楽天ブックス)

Nhkdepression

↑帯にリキ入ってるのでご紹介。看板に偽りなし!!

>恐らく番組では描き切れていなかったことまで書かれているしょうから、もう、期待大というしかなく、

と、この前の記事で書きましたが、実際、番組で描き切れなかった部分の大幅増補となり、密度が3倍に上がったといいたくなるくらいで、私の想像をかなり超えた仕上がりだと、もう断言していいです(番組の感想を「ここまで」書いちゃった人間が言うことです)

 この本と同クラスに私が評価するのは、私が読んだ範囲(このブログで一言も言及していない類書にもかなり目を通していますよ)では、以前も連載で(未完のままですみません!!)ご紹介した、内海健氏の「うつ病新時代―双極2型障害という病 (精神科医からのメッセージ)」ただひとつかもしれません。

 しかも、このNHK番組の著作化(というより、ここまでくると、番組をきっかけにした拡大取材満載のはず)は、マスコミによる取材・ルポとして、たいへんな密度と多角性を持ち、つっこみが凄いところと、一般の方向けの読みやすさが両立しているので、現代日本のうつ治療の現実(「光」と「影」の両方)については、もう、この一冊さえお勧めすればいい域でしょう。

 番組をご覧になった方でも、改めてお読みになる価値が余りあると思いますよ。

 更には、もはや単にうつの問題を越え、精神医療とカウンセリング界の間の国家資格化をめぐってのぎくしゃくした現実にも、率直に切り込んでいる。

 日本心理臨床学会の現理事長、鶴久代先生へのインタビューも掲載されていますよ(pp.169-70)。

 ともかく、膨大で多方面な取材と、現状までの道のりをここまで生々しく掲載することに同意された(元)患者の皆様に感謝するしかございません。      

*****

 本書の内容については、すでに番組で描かれていた中身に関しては、先述の、

●特別連載:NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想

(当サイト版より練り上げられ、巻物のように読むことも可能にした、開業サイト版にリンクします)と重複する部分は敢えて繰り返さないことといたします。

 この連載で、私がこの番組に敢えてつけた注文や疑問は、少なくとも95%はかなえられてしまっているようです。

*****

 それでも、いくつか、番組でははっきり描かれなかった内容を、私がすでに読んだ部分からご紹介しますね:

 欝に対するカウンセリングのありがちな現状への医療サイドからの懸念は、重篤な症状に対する、医療との連携の必要性について的確な判断(アセスメント)ができないカウンセラーが、病院に繋がるのを遅らせ、症状を悪化させる場合がまだまだ多いといとみなされていることにあるようである(pp.167-71)。

 その一方、取材されたお医者様自身が、ほんとうは患者さんの話をじっくり聴かないとならないことを身に染みて感じておられることも述べられている。

 そして、それを不可能にしている原因にほとつは、5分面談しても、30分以上面談しても、保険適用の上ではわずか100円分しか差がでない制度上の問題とのこと。

 これで、多くの患者さんが押し寄せ、医師不足の現実もあるとなれば、お医者さんの面接時間は必然的に短くなるしかないわけですね。

******

 イギリスにおける認知行動療法の「国家資格化」に至るまでの政治的な道筋や(いい意味での)経済効果もかなり詳しく紹介されています(p.149以降)。

 ただ、しつこいけど(^^;)繰り返します。

 私はこの記事この記事でお書きしてきたように、認知行動療法的アプローチを自分の道具箱に積極的に取り入れようという立場です。

 それは単なる「折衷」ではなくて、「多面的な統合」指向であり、それは本来のフォーカシング「指向心理療法」の目指すところのもであるばかりか、広い意味でのパーソン・センタード・アプローチそのものの中に、そうした多面的なアプローチを統合的に用いる流れが形成させつつあることは、今年の人間性心理学会第28回大会における、イギリスのミック・クーパー博士の講演に関連してご紹介しました。

 流派や技法の優劣を一般論として論じるのは、結局のところ無意味であり、個々のカウンセラーの技量、そしてそれを支える教育・継続研修システムのあり方の実質的クオリティがすべてだと思いますし。

 そして、医療とカウンセリング業界は「相互連携」すべきなのであり、それについての制度改革も重要な課題ですが・・・・はっきりいいます。草の根レヴェルからなら、いくらでも糸口があるのです。

 そして、お医者様と、お互いの敬意を払いあえる関係を築けるところまで、臨床心理士自身も「実力をつけて」行くべく、研鑽を積み続けるしかありません。

 私は、臨床心理士も、薬物療法についてかなり高度な最新の知識が必要だと確信します。もちろん診断と「処方権」はお医者様のものですが、お医者様方にも、臨床心理士に対して、薬物療法についての的確な認識を持てる教育研修に、狭い意味での「病院心理臨床」以外の領域で勤務する臨床心理士に対しても、更に積極的に関与していただければと思っています。

 中途半端でないところまで、仕込んでくださればいいのですよ。

****

 しかし、どうも何かというと「日本心理臨床学会」を「仮想敵」にして息を巻いておられる、認知行動療法系のサイト(この件での、ご自身の「自動思考」に気づいてくださいませ・・・・)が複数あるようですので、敢えてお書きします。

 認知行動療法が薬物療法との併用で効果をあけるエビデンスド・ベースドな統計はありますが、認知行動療法が他の心理療法アプローチよりも効果的であるということについての、エビデンスド・ベースドな研究はすでにあるのでしょうか???

 私はむしろそうリサーチがすでになされていなければおかしいと思っているし、実際にあれば、英文であろうと何であろうと、目を通して検証したいと思っています(^^) ・・・・ホント、誰か情報源、ありませんか?

*****

 また、お医者様やカウンセラー等、専門職の皆様が、単なる受容と傾聴だけでは行き詰る・・・・とお感じでしたら、この前ご紹介した、インタラクティブ・フォーカシングを、密度が濃い形で、ご自身で体験され、スキルとして身につけられることをお勧めする次第です(滅多に自分の流派の「積極的宣伝」は書かない私ですが)。

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ビル・エヴァンズの"Waltz For Debby"(第2回)

 私が偏愛するジャズ・トリオの歴史的名盤、ビル・エヴァンズ・トリオの"Waltz For Debby"を、YouTubeで全部ご紹介してしまうという企画、前回に続いて第2回です。

ワルツ・フォー・デビイ+4

ビル・エバンス・トリオ - Waltz for Debby

●Detour Ahead

 ↑これだけはYouTubeでいくら検索しても、アマチュアのギタリストさんによると思える動画しかなくて。ビル自身の作曲ではなくて、もっと以前からのスタンダード・ナンバーのようです。

●Bill Evans Trio - My Romance (tune3)

 ↑これは1979年のライブなので、ビルの急死の前の年のものです。

●Bill Evans - Some Other Time

 ↑指揮者としても著名だった、レナード・バーンスタインが、ミュージカル"On The Town"のために書いたナンバー。歌詞の日本語訳はこちら。YouTubeは、静止画のまま、アルバムオリジナル音源だと思います。 ・・・・ああ、どうしてもアルバムオリジナルがいいなあ。

●Miles Davis - Milestones

 ↑これもエヴァンズ・トリオ版の動画発見不能。やむを得ず、マイルスのオリジナルアルバムのタイトル同名曲を音源としたものから引っ張ってきました。セクステットという大規模な編成、コルトレーンも参加している豪華なセッションですが、そろぞれのソロ・プレイのかけあいが実にかっこよく、ハードで豪快なので、ビルのアルバムとは異質な空気ですね。

 なお、ビルとマイルスは親交が深く、このアルバムの次に来る、デイヴィスの歴史的名盤、"Kind of Blue"では、ほとんどの曲をビルがピアノを弾いて、このアルバムそのものがビルのクリエイティビティ抜きには考えられないくらいですが、このYoutubeの中で「地味ーに」ピアノを弾いているのは、もちろんビルではありません。

*****

 ここまでが、アルバムオリジナルの曲目ですが、現行CDのボーナス・トラックに入っている、別テイク以外のものまで追加しましょう。

●Bill Evans - "I Loves You Porgy" Solo - NYC 1969

 ↑ここではビルのソロ・プレイ。原曲はガーシュインの「ポーギーとべス」のナンバーです。

 「ポーギーとべス」といえば、何を置いても"Summertime"でしょうから、このアルバムからは離れますが、ビルによる演奏も。

●The Bill Evans Trio - Summertime (1965)

*****

 おしまいに、ビルとしてはやや軽いノリの演奏かと思いますが(それでもインタープレイが始まれば凝ってるよな、やっぱり)、いわば「アンコール」の意味を込めて「いつか王子様が」。

●Bill Evans Trio - Someday My Prince will Come

 なお、ビルの演奏記録としては、DVDでも幾つも出ているようですが、私も1本め以外は観ないままですけど、ここでは、次の3つを紹介しておきます。

ザ・ユニヴァーサル・マインド・オブ・ビル・エヴァンス [DVD] ※こちらは本格的ドキュメンタリーです。演奏というより、じっくりとしたインタビュー中心。

ワルツ・フォー・デビー/ジャズ・セット’72 [DVD]
※こちらは、amazon評では「調子が悪そうで痛々しい」とあります。

Oslo Concerts [DVD] [Import]
※これはamazon評が絶賛。

(この項おわり)

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2009/11/18

業務連絡:12/8(火)は福岡県精神保健福祉協会冬期講座参加のため、臨時休業とさせていただきます。

 「不況を生き抜く -多様化するうつ病と休職・失職からの再出発-」というテーマでの催しですので、ぜひ参加させていただきたいと思いました。

 このため、前日、12/7(月)の前半半休と立て続けになり、開業業務についてのお問い合わせの皆様に、ご迷惑をおかけすることを、どうかお許し下さい。

*****

【追記】

 なお、12/22(火)にも東京への日帰り出張、翌12/23(水)午後4時以降も、所用のため業務を休ませていただく予定です。

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2009/11/17

書評:ジャネット・クライン著「インタラクティヴ・フォーカシング・セラピー -カウンセラーの力量アップのために-」

 カウンセリングの学習においては、「傾聴」や「共感的理解」ということがひたすら強調される。そして、ロジャーズの来談者中心療法のオリエンテーションが強いロールプレイや事例検討会の場で、「それであなたは十分に相手に共感しているのか?」的な叱責がなされたり、「私は十分に相手に共感できない」ことに思い悩む、カウンセリングの初学者は未だに少なくないのではないかと思う。

 正直に言って、カウンセラーの側は「理解したつもり」、クライエントさんの側も「わかってもらったつもり」でいても、実はそれが「思い込み」に過ぎず、両者の間にいつの間にか「同じ花を見て」「同じ感情を」共有している幻想(錯覚)が解離して行き、見かけ上の和やかさが、些細なきっかけで、その ギャップを露呈して、カウンセリング関係が混乱しはじめることは、よくありがちな実態だろう。

 フォーカシングのトレーナー、ジャネット・クライン女史が開発した「インタラクティブ・フォーカシング」技法は、両者の間にある間主観的な関係性に敏感になるためのトレーニングとして、まことに洗練され、なおかつ繊細なトレーニングとなるはずである。

 通常のフォーカシングにおいても、聴き手(ガイド)は、相手の感じている心身未分化な曖昧な実感それ自体に「相手の身になって」身体で感じながら傾聴し、応答していくことが重視されているのだが、そうやって聴き手側に感じられた「身になった」結果として思い浮かんできた言葉やイメージをそのまま伝え返すことは避け、ある種の中立性を維持しながら、語り手の語る「その」言いまわしではじめて話し手の内部でつなぎとめられていた、実感それ自体(フェルトセンス)に注意を向け続けるための、個人的な含蓄が濃い、パーソナルな表現を、丁寧にありのままに投げ返すことを重視する。それを聴き手側が安易に言い換えると、話し手がその言葉を手がかりにやっとのことでつなぎとめている内側の曖昧な実感(フェルトセンス)との内的関わりを妨害すると見られているからである。

 しかし、インタラクティブ・フォーカシングは、発想を逆転させた。話し手が、自らの話題についての自らのフェルトセンスをじっくり味わっているその時に、聴き手側も、話し手の「身になって」、フェルトセンスを、いわば「疑似体験」するつもりで味わってみるための、「二重の共感の時」と呼ばれる沈黙 のひと時を取ることを技法的段取りに組み込んだのである。

 そして、その沈黙のひと時の後に、聴き手の側が、話し手の身になって吟味した、手短な言葉や一つのイメージ(慣れるまではこれを見出すことをたいへんだとお感じかもしれない)を先に呈示し、話し手はそれを自分の実感と再照合する。

 その結果、聴き手の言葉が、思いの他、自分の実感と「しっくり来る」こともあろうし、一面はとらえてくれていても、何かズレていると感じることもあろう。いずれの場合も、その結果を聴き手にフィードバックするわけである。

 誤解なきように言えば、これは聴き手側が話しての実感に「的中」する言葉やイメージを見出さねばならないという強迫に駆られる必要はない。たとえ「ズレて」いても、そのズレを「共有する」ことが、相互理解を非常に深い次元で促進する刺激剤となるのであるから。

 ここまで進めたら、今度は語り手と聴き手が役割交代して、同じことを進める。つまり、それまでの聴き手は、今度は、そこまでの話の流れで「自分個人が」感じていた実感を相手に伝え返し、傾聴してもらえるのである。

 こうしたことを、まるで野球のイニングを表と裏で進めるように往復していく。「相手の身になって感じて、応答すること」と「自分自身の実感を語る こと」を完全に別の段取りとして語るコミュニケーションをすることをとことん「構造化」しているのが、この技法の最大の特徴である。

 それは、相手を尊重し、自分の気持ちも尊重する対話を、超スローモーションで少しずつ丁寧に進めることになる枠組み、いわば、CT-MRI(連続断層撮影)的な形で間主観的なプロセスを相互検証できるフォーマットなのである。

 この技法で傾聴訓練を重ねたカウンセラーは、現場臨床の面接の中でも、クライエントさんの話を聴くうちに、「今の話を聴いていて、私はこんな感じがしてきたんだ・・・」なとどいう形で、ポツリと手短に言葉を差し出してみる際に、それがクライエントさんの心にいい形で響く言葉になる感度が圧倒的に上昇する。

 ただ、本書の邦訳の副題に「カウンセラーの力量アップのために」とつけてしまったのは、実際の本の内容とは少しかけ離れてしまったと思う。なぜなら、本書の中で示されている事例の大半は「カップル・セラピー」の現場での適用事例だからである。

 自己主張的であるように小さい頃から教育された欧米の人たちにとって、恐らく連れ合いとのいさかいは日本の比ではないくらいに激しく、両者を傷つけあうものであろう。本書が、そうした生々しい現実を背景として生まれたものであることを、心に留める必要があると思える。

ジャネット・クライン/インタラクティヴ・フォーカシング・セラピー―カウンセラーの力量アップのために

(楽天ブックス)

*****

 これまでもインタラクティブ・フォーカシングについては何回もご紹介してきましたが、Amazonレビュー向けに、全く新たに書き起こしたものです。今回お書きしたのが、当面、私のこの技法についての入門的解説の「決定版」とみなしていただいて結構です。

※なお、この技法の具体的マニュアル・フォーマットについてはこちらをご覧下さい。

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2009/11/16

ビル・エヴァンズの"Waltz For Debby"(第1回)

 私は基本的にはクラシックを中心に聴いてきて、時々ビートルズと、マドンナやオリヴィア・ニュートン・ジョンやカーペンターズと一部のプログレを聴くのを別にすると、J-POP、しかも中島みゆきと奥華子を除くとavex系に偏向し、浜崎あゆみ命な人間なんですが、1,000枚を超える所蔵CD、とても全部はiTuneに入れられるわけもない。それでも私のiTunesは、楽章や変奏や歌劇の番号アリアごとに別れると、現状でも1万曲を越えている状態です(^^;)

 ところが、以外にも、独身時代、ジャズを聴くことににチャレンジした時期があります。いわゆる「名盤」はコルトレーンでもコールマンでもマイルスでもそこそこ持っていて、全部で数十枚にはのぼる筈ですが、結局繰り返し聞いて偏愛している唯一に近いアルバムが、ビル・エヴァンズ・トリオの"Waltz For Debby"なんですね。

 ところが、一度その膨大な音楽データベースごとメインのHDをやられてしまって(iTunes Storeで購入したものだけは別にしていて生存)全部CDからセレクトし直してコピーしなおすというとんでもない労力がかかることを、久留米に戻って、まだ開業が閑古鳥の極限だった頃やっていくために、段ボール8箱にも及んだCDを確認して行ったのですが・・・・・ううう、未だにこの愛聴盤が出てこない(^^;)

【追記】:結局買い直しました(^^)

ワルツ・フォー・デビイ+4

ビル・エバンス・トリオ - Waltz for Debby

 知り合いとの会話で、「クラシックの延長で、このアルバムなら凄く自然となじめるかと思う。・・・・けど、でもすんごく本格的なジャズの名盤でもあるらしいよ」と勧めたくなったのをきっかけに、YouTubeをあさりまくりました。

*****

 まずは明らかにアルバムそのものの音源=ベーシストが、このアルバム発売8日後若くして亡くなった、スコット・ラファロによる、ヴィレッジ・ヴァンガードでライブ収録された、1961年6月25日(私すらまだ0歳!)の、アルバムタイトルと同名曲を。

 CDには同時収録された、テイク1の方かテイク2の方かはもう忘れました。(注:画像がこのサイトに取り込めません)

●Bill Evans  Waltz for Debby(YouTube クリックすれば該当ページに飛びます)

 ほんとうは、このオリジナルアルバムを、是非CDで聴いていただきたいのです。もちろんステレオ音源で、音質はかなりいいほうではないでしょうか。ワイングラスがかすかに触れ合う響きがむしろ心地いいというか、場の雰囲気も繊細に伝わりますし。

*****

 以下はYouTubeの映像検索を駆使して、アルバムのオリジナルの順序で、アルバム収録からは数年後以降の映像記録をすべて並べます!!

   もっとも、曲によっては、メンバーが入れ替わりつつも継続された、ビル・エヴァンズ・トリオでのものが見つからなかったので、突如、ビルと関わりが深かった、マイルス・デイビス(でもこれもピアノはビルかもしれない???)や、ジムジム・ホールに登場いただきます。更に意外な演奏も・・・・

●Bill Evans-My Foolish Heart

 ↑ほんとうは、アルバムでは冒頭曲なので、はるかにしっとりと静かにはじまるんだけど、この演奏だと、前の曲からメドレーで続けてるっぽくて、アルバムの雰囲気とかなりテイストが違うかも。音だけですが、こちらにアルバム音源のものがあります。
 

●Bill Evans - Waltz For Debby

 ↑これはかなり収録条件がいい演奏みたいですね。

●Waltz For Debby/Kronos Quartet

 ↑現代音楽が得意なクラシックの弦楽四重奏団、クロノス・カルテットによる知る人ぞ知る名演・名編曲。楽器が変わっても、ビルのオリジナル・アルバムへのが感じられて仕方がない。

Music of Bill Evans

Kronos Quartet, Eddie Gomez & Jim Hall - Kronos Quartet: Music of Bill Evans

 なお、このクロノスのアルバムには、ビルと縁が深いベースのエディ・ゴメスとギターのジム・ホールがそれぞれ3曲ずつ参加しています。

(以下、第2回に続く)

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続きを読む "ビル・エヴァンズの"Waltz For Debby"(第1回)" »

NHKスペシャル「魔性の難問 -リーマン予想 天才たちの戦い-」

 実は最近の私は、「天地人」をたいてい予約録画で観る以外、テレビ番組を殆ど全く観ない生活を送っている。ところが昨晩、事前の予告とかをまるで知らないままに、このNHKスペシャルに遭遇できた。

●この番組のNHK公式サイト

 番組がはじまった段階で、映画「ビューティフル・マインド」を観ていた私は「ひょっとして在世中のナッシュへのインタビュー出てくるのでは?」と期待したが、その期待はかなえられた。

(楽天ブックス)

 「リーマン予想」とは、数学上の最大の未解決の難問のひとつとされる。wikipediaの記述だけでは、私を含めた数学の素人には何がなんだか?になっちゃうけど、ひとことでいえば、素数(割り切れない数)の配列というのには、一見全然規則性がないんだけど(1,2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37,41,43,47,53,59,61,67,71,73.....でよかったかな?)、そこに一定の法則がある可能性について、19世紀半ばに、ドイツの数学者、ベルンハルト・リーマンが立てた予測とのこと。

 このリーマン予想については、イギリスのハーディとリトルウッドのコンビをはじめとする当代髄一クラスの数学者が長年たいへんな情熱を注いで証明に取り組んだけど、この2人に関しても、結局部分的な傍証に当たる証明しかできないまま、最後にはリーマン予想そのものが間違っている可能性まで示唆するところまで諦めてしまった。

 その次にリーマン予想の証明に多大な情熱を注ぎ込んだのが、プリンストン大学で、すでに「非協力ゲーム理論」をはじめとする分野で多大な功績があった、ナッシュである。

 しかし、彼がこの難問と格闘し、リーマン予想についての講演会を開いた時のナッシュの姿は、ラッセル・クロウがナッシュ役を演じた上述の映画でも描かれたとおり、以前とは異なる惨憺たる様子だった。

 この段階で、すでに統合失調症の本格的発症の兆しがあったのである。ただし、映画でも描かれたとおり、実はそれ以前からも、多くの人には気づかれないし、本人にも自覚できない形で火種はあったので、リーマン予想についての研究への没頭し過ぎが「原因」であるとまでは誤解しないで欲しい。単なるストレスだけでは統合失調症に至ることはありません。

 仮にストレス要因が「トリガー(引き金)」になる可能性を認めるとしても、番組では紹介されていませんでしたが、アマゾンの書評欄によれば、ナッシュはこの時妻との間に子供ができるというタイミングでもあったようです。

 ここからは私の推測なんですが、実はこうした一見さりげない、ごく普通の事柄の方が、統合失調症の人の発病トリガーとして意外と大きな意味があることが少なくないことを、私は中井久夫先生の著作で学んできました。

 それでも、すでに統合失調症から回復して幸せな余生を送っている(明らかに頭脳にある種の明晰さが十分に回復しているのは表情からも見て取れる)81歳のナッシュが、

「数学的探求というのは、合理的思考を突き詰める側面と、そこから跳躍して、非合理の領域に身と投じることを繰り返す必要があるのです。そのことが自分を追い詰めた側面はあったのかもしれませんね」

といった感慨を漏らしているのは興味深かった。

*****

 なお、映画では幻覚として描かれているナッシュの症状は、ほんとうは幻聴だったと、何かの機会に伝え聞いた気がする。恐らくそれは、映画の原作である、以下の本に書いてあることなのだろう:

ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡(邦訳すでに絶版)

 この本、訳に相当問題があるとのことなので、原書も紹介します。

A Beautiful Mind: The Life of Mathematical Genius and Nobel Laureate John Nash

(Googleブックスで一部が読めます)

 なお、映画「ビューティフル・マインド」については、自殺学の権威である、精神科医の高橋祥友先生がお書きの、「シネマ処方箋」という本でも1つの章を割いて言及されています。

*****

  なお、「幻覚とはあそこまで鮮明に見えるものなのか?」という疑問をお感じの方は、一般の方ばかりではなくて実際の患者さんにもあるようですが、ああやって幻覚と日常的に対話するという次元まで行くと確かにフィクションめいてくるかと思いますが、患者さんによっては、幻覚とは、多くの方がイメージするような、「ぼんやり浮かんで見える」なとという次元ではなく、まさに「3D実体」としてくっきりと生々しく「そこにある」ように感じられる例も少なくないことを、私は過去の臨床体験の中で、何人かの方からうかがって来ました。

*****

 ナッシュの件ばかりではなく、多くの数学者が証明に失敗し続ける中、リーマン予想に関わることは、数学界で次第に回避される時期に入ったという。

 しかし、それでもリーマン予想の証明に情熱を注ぎ続け、2回の失敗にもめげずに、70代になった今も挑戦し続けているのが、フランスのルイ・ド・ブランジュである。

 彼は、リーマン予想が、単に数学上の問題だけではなく、様々な科学法則の解明に役立つと確信していたが、時代はいつの間にか彼に追いつき、ある数学者と物理学者の茶話会でのさりげない対話をきっかけとして、学際的な形で、「リーマン予想」を、現在最大の学問的テーマとして掲げる国際的な取り組みが大がかりに始まっているという。

 ところが、そうした国際学会とは距離を置き、孤高を保ったまま、ド・ブランジュは、ついに3度目のチャレンジとなる論文を完成させるまでを、このドキュメンタリーでは追っている。

 論文を封筒に入れて、家を出て鼻歌を歌いながら歩き出した彼は、それでもなお言葉にする。

 「仮に今回の証明がまた失敗に終わっても、私は諦めない。再挑戦し続けるよ」

 そして、番組の最後のテロップでは流されるのだ。

 「数学的証明が認められるまでには、論文発表から2年間、世界中の数学者からの厳しい検証に耐えられるものとならねばならない」

*****

 この番組では、インターネット界の暗号化証明書の分野で名高い、VeriSign社の一番厳重な管理をくぐった金庫の下にある「宝物」が、スーパーコンピューターを駆使して見出された、物凄い桁数の素数のデータベースであることも紹介され、クレジットカードの電子決済など、私たちの身近なところで素数が大きな意味を持つことも紹介している。

 その一方では、学者たちの中に、リーマンの予測の証明が、宇宙法則全体を説明する「万物の理論」の成立につながることへの壮大な期待もあることが語られている。

 古くはギリシャの哲学者に始まり、ニュートン(彼も統合失調症だった可能性が高いことを中井久夫氏と飯田真氏は「天才の精神病理」の中で述べている)、多くの数学者や物理学者が、この「万物の理論」を求めての魔性の探求にエネルギーを注ぎ込む生涯を送った。

 しかし、この番組を観ていて、数学の門外漢である私(難しい理屈は可能な限り噛み砕いて、3D画像を駆使して直感的に何となくわかるような番組になっています)にとっても、学問を極めようとする挑戦者たちの、何度失敗しようと、夢と情熱を失わず、しつこいまでに粘り強く、同時に自由奔放ですらある人間くさい生き様に触れる機会となり、また、専門が違う意外な人との偶然の出会いが学問の大展開のきかっけになることへの感慨等、不思議と「元気がもらえる」後味を残したのである。

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2009/11/15

今でもiTunes9のStore上での文字化けに苦慮されている皆様のために。

 この前も書きましたように、今の私の臨床心理向け脳みそは、日々のカウンセリング業務を除くと、リアルワールドでの突如降って沸いた新たなイベント(これについてはネットで触れないままになる可能性があります)への緊急準備のためにエネルギーを吸い取られています。そのため、ブログでは、本業と無関係の記事を「息抜き」的にアップすることを、少なくとも明日まで続けるしかなさそうなのをお許しください(^^;)

*****

 iTunesというのは、Windows版、メジャーアップデートするたびに文字化け問題が当初は生じるというのが恒例化している気がしますが(^^;)、少なくとも現在のVer.9.02段階では、この問題が修正解決されているはずです(きっぱり)

 今回のWindows版Ver.9における当初の文字化けは、iTunes Storeに入ってしまうと文字化けが酷くて全然読めなくなるという悲惨なものでした。

 Ver9.02にアップデートした筈なのにこの状況が収まらない、あるいはVer.9.02のアップデートにそもそも失敗し続け、Apple Software Updateを起動するたびに果てしなくVer.9.02へのアップデートを要請され続けるという皆様のために。

 (ここで紹介する対策は、Windows版Safariで同様の現象が生じた皆様にも、そのまま応用が効きます)

 ※以下のやり方は、皆様各自の責任において行ってください。万一動作不良を引き起こした場合の責任を当方は負いかねます。

******

  1.  エクスプローラないしマイ・コンピュータを起動し、「フォルダ・オプション」開く。
  2.  「表示」のタブを開き、「ファイルとフォルダの表示」の下にある、「すべてのフォルダとファイルを表示」の方にチェックマーク。
  3.  「フォルダ・オプション」を閉じる。
  4.  エクスプローラないしマイ・コンピュータを起動、メインドライブがCドライブの場合(大抵の人がそのはずですが)、

    C:\Documents and Settings\Administrator\Application Data\Apple Computer

    を表示する(administrator名を固有のものに変えている方はその固有の名称のつもりで読み替えてください)。Ws000000
  5.  この中の、「iTunes」フォルダ(間違っても、C\Program Filesの中のではありません!!)を丸ごと削除

    (C:\Documents and Settings\Administrator\Application Dataフォルダ自体が、通常の設定だと「隠しフォルダ」」ですので、その内部のファイルやフォルダを不用意に削除すると、OSの挙動を壊滅的に不安定にする危険性が高いものも含まれています。周到な用心の下に、慎重に以上の作業を行ってください)。
  6.  「エクスプローラ」ないし「マイコンピュータ」の「「フォルダ・オプション」を再び開く。
  7.  「表示」のタブを開き、「ファイルとフォルダの表示」の下にあるチェックマークを、再び「隠しフォルダおよび隠しファイルを表示しない」に戻す
  8.  すでにこの前、「パソコンの不要ファイル処理と高速化」関連の記事でご紹介した、マイクロソフト謹製のフリーソフト、Windows Install Crean Up"をインストールをインストールする。
  9.  このソフトを起動すると、以下のような画面が表示されます。

    Ws000000_2

  10.  この中の"iTunes"をクリックして反転させて、"Remove"を押す。十数秒-20秒ほどかかりますが、関連ファイルの仮移動の処置が取られます。

  11.  "iTunes"が、上記リスト上から姿を消したのを確認の上で、”Windows Install Crean Up"を閉じる。

  12.  この後は、"Apple Software Uptate"を使っても、Apple社サイトからの直接ダウンロードでも結構ですので、最新版のiTunesのインストールをする。
  13.  以上の処理を行っても、通常「マイ ドキュメント」内部に保存されている、iTunesの音楽・映像ファイルやデータベースそのものには何の悪影響もありません。
     ただし、「マイ・ドキュメント」以外に独自フォルダを生成して音楽や映像ファイルを溜め込んでおられる方の場合(例えば、万が一のクラッシュの考えて、外付けハードディスクに溜め込むスタイルをお取りの方の場合)には、再度iTunes上から「ファイル」→「フォルダーをライブラリに追加」をやり直す必要がある場合があります。
     もっとも、この場合、ライブラリのデータベース上の上書きに過ぎないので、たとえ2万曲ファイルを溜め込んでいる人でも、恐らく数分で終了します(私がやってみたことですから)


     なお、残念ながら、こうした作業の結果、iPod本体をiTunesがドッキングしても認識してくれなくなるケースがあります。その場合にはiPod側を初期化することからシンクロをやり直す必要があるかもしれません。

 ・・・・・以上のやり方で、はじめて問題解決できる方も、私以外におありではないかとも思いまして、ご紹介しました。

 iTunes Store(Japan)

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2009/11/14

日本におけるフォーカシング関連ウェブサイト・リンク集

 右サイドのリンク集でも増補してご紹介してまいりましたが、最近また増えているのが確認できましたので、この際まとめてご紹介します。

 なお、フォーカシングを専攻する大学の先生方の研究室サイト、フォーカシングを体験された一般の方の体験記等は省略しています。

 また、ワークショップ情報サイトで、非常にコンスタントにフォーカシング関連の催しが紹介されているわけではないサイトも省略いたしました。

 もちろん、私がその存在に気づいていないサイトもまだまだあるかと思います。自薦・他薦どちらでも結構ですので、お知らせ頂ければ幸いです。

(恐らく、現段階で、日本で一番充実した、フォーカシング関連サイトのリンク集を作れたはずですが)

*****

 なお、以下にご紹介しているサイトは、そこのオーナーに打診すればフォーカシングについての質問に答えて下さるとか、学びの機会を具体的に提供してくださることを必ずしも意味しません。

 各サイトの趣旨・ポリシーを尊重し、くれぐれも個々のサイトのご迷惑にならないようにご配慮願います。

※個々のサイトにリンクの許可をいただいている場合とそうでない場合があります。サイトの管理者の皆様、ここでのご紹介を抹消依頼の必要をお感じでしたら、快くお引き受けいたしますので、どうかご遠慮なくご一報ください。

 そして、私自身の運営する、フォーカシング関連サイト。

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2009/11/13

Twitterはじめました。

 ただし、プロテクトかけて非公開にしてます。

 つぶやきを読むには、フォローのリクエストが必要となりますが、私の「業界関係者」「リアルワールドでの知人」限定ということにしますので、どうかお許しください。

 具体的にいいますと、

  1. リアルワールド信頼関係があり、
  1. なおかつ、間違いなく本人のIDであることが証明できた人

・・・・だけ、原則として受理することにいたします。

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浜崎あゆみ、RIMMEL LONDONのイメージキャラクターもしてたんだ

 本来なら、自分に課した書評の宿題が現在4冊もたまっているんだけど、先週週末から次から次へと、普段のカウンセリング業務以外のイベントが立て続き、更に今もうひとつ、今後の仕事上で急展開を起こしかねない事柄への対応に追われ出したので、今回は完全に息抜き記事と思ってお読みください(^^;)

*****

 これは東京の友だちから入手した情報。

 最近のayu出演のCMっていうとパナソニックのデジカメ、"lumix"と、ウイダーinゼリーが一般には印象深いと思うけど(他にもいくつかあるみたいですね)、友人が電車のドアのシール広告で発見したのが、イギリスの化粧品メーカー"RIMMEL LONDON"のアイシャドウのイメージキャラになっていたということ。

Wall18_1024_768

↑壁紙もRIMMELサイトでダウンロードできます。

 ayuといえば、
アイライナーとアイシャドウ、そしてつけまつげとマスカラを巧妙に使って、はじめてあの印象深い目の表情を作り上げているわけで(参考サイト:「アイメイクのやり方と方法」)、すっぴんのayuさんは、結構童顔の、意外とほっそりした目の持ち主であることは、本人が様々なDVDのメイキング等で敢えてすっぴんをさらしているので、ファンには知られているかと思います。

 プロモーションビデオでは、SURREAL"SURRAL"ではそうしたすっぴんに近い目の表情がよくわかります(↓)

Sr16

 ↑これ、ayuが若かったからだけではなくて、今でもすっぴんだと、こんな感じのままみたいですね。
*****

 "RIMMEL LONDON"というブランドは、あくまでもお手ごろ価格路線なので、若い人たち向けにayuを起用したのも、なるほどと頷けます。パレットタイプで実売1,600円代、単色で630円ぐらい。

 ・・・・・というわけで、以下は、恒例の、アフィリエイト特集だったりする(^^)

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2009/11/11

ついにあの、「NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる」書籍化!!

 実は裕さんの方が先に気づいてくれてサイトで紹介してくれたので私も気がついたばかりなのですが、私が延々と連載記事を組み、私のサイトが一気にうつサイト化するきっかけとなった、画期的な番組、「NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる」書籍化されたようですnote

NHKスペシャル うつ病治療 常識が変わる

(楽天ブックス)

 恐らく番組では描き切れていなかったことまで書かれている

しょうから、もう、期待大というしかなく、楽天ポイントも生かせる(結局書店で買うよりコンビニ受け取りで安くなってしまう)ので、早速注文しました。

******

 ほんとうに、あの番組を境に、このサイトの「鬱サイト化」が急激に進行したわけです。

 気分障害全般にわたる薬物療法について、このわずか半年あまりの間に、臨床心理士の分際で、むやみやたらと勉強させていただきましたし。

 実は、うつ病と気分障害の誤診と、薬物投与の問題点のおかげで、いつまでも苦しんでいる人たちがいる可能性に気づかされたのは、この番組の放送直前の時期のことでした。

 あるクライエントさんとお会いしている時に、調子がよくなると通院しなくなり、調子が悪くなると別の病院で通院再開されるパターンを数年にもわたって繰り返しておられることに気がつき、投薬歴をすべて訊き出して、カウンセリングルームに常備していた「今日の治療薬 ―解説と便覧」首っ引きで点検していったのですね。

(楽天ブックス)

 すると、処方されてきたのは、三環系にしてもSSRIにしても、ともかく抗うつ薬ばかりが中心。

 私には、そのクライエントさんには、まさに双極2型に相当する周期的な気分変動があるために、鬱が治ったと感じた時点で治療中断を繰り返す現象が生じているかに思えもしたので、リーマス、デパケン等の気分スタビライザの処方がなされたことがあるかどうかを確認したかったのですが、一番最近の病院でやっとごく少量のリーマスの処方がなされたばかりでした。しかも、リーマスの処方の際に並行して不可欠なはずの「血中濃度検査」を受けた形跡がないのです。

 私はしっかりとこうした点を紹介状にしたため、その地域の信頼できそうな精神科病院に行くことを勧めることになりました。

*****

 そうしたできごとからさほどたたないうちにこの番組に接したものですから、インパクトはたいへんに強烈でした。

 この本だけは、読まないうちから安心してお勧めできそうです(^^)

 Amazonの書評も好発進しているようですし。

****

 【追記】:

 この本を実際に読み始めてからの感想は、こちらからお書きしています。

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佐賀県教育センター教育相談集中講座講師として務めを果させていただいた一日をふり返って

 あいにくの雨模様となりましたが、まずは佐賀駅とセンターの間を送迎いただいたことをはじめとした、教育センターのスタッフの皆様の、手厚く、細部まで行き届いたご配慮に、心から感謝申し上げます。

 お集まりいただいた十数名の先生方におかれましては、ただでさえ文化祭等、秋の学校行事が続きやすいこの時期に、多くの学校でインフルエンザが蔓延する事態に苦慮なさっている中、たいへんにお疲れ様でした。

 どれだけ皆様の学校教育現場での実践にお役に立てることをお伝えできたか心もとない思いもございますが、微力を尽くさせていただいたつもりです。

K3100142

センターより雨の中、紅葉の川上郷温泉の方を写す

*****

 小学校から高校、特殊教育に至るさまざまな学校で勤務させている先生方、中には突如教育相談担当を拝命して、戸惑っておられる先生方を前にして、集中講座の3回目のプログラムという、比較的早い段階のプログラムとして、敢えてフォーカシングを組み込まれていることに、当センターで、フォーカシングの学習を、カウンセリングのベーシックな研修の一貫として位置づけておられる姿勢を感じ、何をどうお伝えし、どのような場として一日ワークショップを構成したらいいのだろうかということに、私なりに心悩ませ、プレッシャーも感じていました。

 その結果選択したのは、(これは私が大人数の参加者を前にして、フォーカシングの未経験者が多いワークショップを開く際に心がけたいと常々思っていたことなのですが)、簡単な技法の解説と、短いマニュアルを配布して、ペアを組んでもらい、フォーカサー役とリスナー役を交代する形で、フォーカシングのミニ・セッションを実習してもらうことをプログラムに組み込まないということでした。

 少なくとも、補助スタッフとして、6名のうちひとりは、フォーカシングに馴染んだ人たちが、小グループに分かれた際にサポートできる態勢にない限りにおいては、この点は用心すべきであると思います。

 その結果、構成したのは、次のようなプログラム構成でした。

  1.  参加者全員:その会場に来て、自分はどんな感じでいるのか、この会場にたどり着くまでの気分と今の気分はどう異なってきているか、何が気になっているのか、今日の催しに何を期待しているのかなどをじっくりと感じてみるひとときを持っていただき、自己紹介も兼ねる形でひとりずつ2,3分それを言葉にしていただき、私がひとりずつそれを傾聴して伝え返しをした上で私なりの感想もお返しする(私がこの記事から連載したやり方で、延々と十数名の参加者ひとりひとりとやりとりしたのです。これだけで実に70分の時間を使っています)
  2.      (小休憩 5分)
  3.  フォーカシングとは、我々が日常感じつつも、なかなかうまく対処できない漠然としたモヤモヤとのつきあい方について学ぶ技法であることを、私が永年自分のサイトの「フォーカシング入門」の冒頭に掲載している、「私たちは、自分の感情と、日常の中で、どのようにつきあっているのか」をそのまま配布資料にして、読み上げながら肉付けしつつ解説。
  4.  ここではじめて、今回作成した、フォーカシング技法を概説するためのパワーポイントを起動。ジェンドリンがフォーカシングを技法として開発するまでの経過(カウンセリングの成功例に顕著な、クライエントさんの内面への「焦点付け」能力と、体験過程尺度stage 5におけるクライエントさんの語り方の実例を表示して説明、そしてそれを学習・訓練可能なスキルとして技法化したのがフォーカシングであること)を、できるだけカウンセリング固有の用語を排除して時間をかけずに概説。
  5.      (小休憩 5分)
  6.  参加者全員:再び自分の内側の感じに触れてもらい、1.の段階と現在とでは気になることや気分や身体の感じの状態がどう変化しているのかを再確認していただく(実質的に2回めの集団法clearing a space)
  7.  アン・ワイザー法に基づくオーソドックスな1対1のフォーカシング・セッションのデモンストレーションを、講師である私がガイドを、希望者一人を募ってフォーカサーになっていただく形で、きっちりと実施(35分)
  8.  フォーカサーに了解を得た上で、7.の実際のセッションと照らし合わせる形で、もっぱらアン・ワイザーの「フォーカシング入門マニュアル」で解説された技法に則り、阿世賀が要約したパワーポイント映像を駆使して、オーソドックスなフォーカシング技法と傾聴のあり方の概要を解説(20分)
  9.      (昼食休憩 60分)
  10.  午前中の内容に関する質問や感想を受けるための時間
  11.  土江正司氏が開発した、教育現場で生かせる、フォーカシングを応用した平易な絵画療法、「こころの天気」の概説。「写生俳句的」といわれる伝え返しの仕方まで伝授。
  12.  実際に「こころの天気」の描画を参加者全員にやっていただき、となりの参加者とペアになって伝え返しをするまでの実習。
     
    (この際、冒頭で「今のこころの天気はどんなかな?」と内側の実感に確認していただくことを参加者全体に求めているので、この日のセミナーで実に3回めとなる集団法clearing a spaceの場になることも兼ねている)(40分)
  13.      (小休憩 5分)
  14.  インタラクティブ・フォーカシング技法と、「体験的な傾聴・応答」「相手の身になった応答」のあり方についての簡単な概説。
  15.  インターラクティブ・フォーカシングのラウンドロビン・フォーマットと類似した構造を持つ、学校カウンセラー、藤嶽大安氏の開発した、小さなカードを用いて絵画や言葉を相互にやりとりする「藤嶽法第1法」を、過去に学会の共同発表時に用いたパワーポイントファイルをそのまま使いまわして概説。
  16.  大人数でいきなり藤嶽法の実習をするのは困難なので、講師である私が「語り手」となる形で、その場でフォーカシングして、2,3分で語れる自分の気がかりを提示、参加者全員に、私のフェルトセンスの「身になって」感じてみた手短な言葉や一枚のイメージをカードに書いてもらう。
  17.  そうして書いていただいたカードのうち数枚を、希望者を募って提出していただき、実物投影機(書画カメラ)を使って拡大表示、私は私の実感に照合して返事をお返しする。
  18. 質疑応答

(多くの皆さんはご存知でしょうが、「実物投影機(書画カメラ)」とは↓のような映像機器のことです)

AVerMedia コンパクト書画カメラAVerVision300AF [AV-300AF] (センターで使われていたのと同一機種と思えるのはこれです)

******

 以上、全体で、昼食休憩の60分を別にすると、ご指定いただいた6時間20分の枠をフル活用し、時間配分的には、「講師の私としては」余裕を持って納得できる形で終えることができましたが・・・・・

 私としては、講師は私ひとり、参加者20名ほどまで、フォーカシング体験者が参加者にほとんどいない前提で、カウンセラーを専業とするわけではない、動機付けも様々な参加者の皆様を前に、1回限りで、フォーカシングを、できるだけ参加者の皆さんの日常的実感に近い次元でお伝えするためのフォーマットをこれを機会に確立したかったのですが、個人的にはほぼひとつのスタイルを確立できたかと感じています。

こころの天気を感じてごらん―子どもと親と先生に贈るフォーカシングと「甘え」の本

(楽天ブックス)

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2009/11/08

【重要な業務連絡】久留米でフォーカシングを学ぶ会、次回は、通常より一週繰り上げ、12/6(日)に開催いたします。

 「久留米でフォーカシングを学ぶ会」、本日、グループとしては最小の、私を含めて3人で開催されましたが、実はフォーカシングのトレーニングの理想とされる最小単位は、トレーナー1人と学ぶ人2人なのです(2人のセッションをもうひとりがオブザーバーとして体験することや、学習者2人のセッションにトレーナーがコーチとして介入できる一番密接な形態だからです)。

 今回は、参加者2名様どちらもカウンセラー(ないしカウンセラーを目指して勉強中の方)ということもあり、

  1. フォーカシング体験初めてのひとりの参加者のための、私がガイドとなったオーソドックスなフォーカシングのセッション。
  2. 1.のセッションを基にしてのアン・ワイザー法の技法体系全体についての解説。
  3. フォーカシングの様々な臨床適用可能性についての紹介。
  4. インタラクティブ・フォーカシングを、身体を通した傾聴と伝え返しを重視する本来の形で(「藤嶽法」ではないということ)、ラウンドロビン・フォーマット(順送り式)で2巡り連続して施行。

という内容の流れになりました。  

 インタラクティブ・フォーカシングをラウンドロビン(語り手の身になって応答してくれるのが常に2人となるわけです)で2回りするというのは、大船での「学ぶ会」時代を含めて、今回が初めてじっくりと行なってみたのですが、2めぐり施行すると、どれだけ体験が深まり、参加メンバー相互間の絆が生まれるかを、私自身再確認させていただきました。

 【重要】次回については、これまで12/13(日)と告知してまいりましたが、12/13が福岡県臨床心理士会のスクールカウンセラー研修会(北九州市)の日程と重複することが判明いたしましたので、急遽、通常より一週繰り上げ、12/6(日)開催とさせていただきます(すでに個々の参加者の皆様の多くに直接お知らせさせていただきました)。どうかお許しください。

 フォーカシングについての学習経験が全くない方の新規参加も歓迎しております。
 参加エントリー、お持ち申し上げております。 

 詳しくは、こちらをご覧下さい。

ジャネット・クライン/インタラクティヴ・フォーカシング・セラピー―カウンセラーの力量アップのために

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2009/11/06

11/10臨時休業、11/9半日休業、その他のお知らせ

 以前にもお書きしましたが、11/10(火)は、佐賀県教育センターへの講師出張のため、開業の方はまる一日休業とさせていただきます。

 その講師をさせていただくための資料作り(パワーポイント作り)に入るので、その期間、ネット活動の方は控えめにさせていただきます。

 田嶌先生の著書へのご感想は、その後にさせていただきます。

 なお、これは隔週月曜恒例なのですが、11/9午前中も、福岡市への出張のため、開業は14:00からとさせていただきます。

 明後日の(11/8)の「久留米でフォーカシングを学ぶ会」、すでに参加エントリーの方がおありですが、定員に余裕があり過ぎるくらいですので、引き続きエントリーをお待ち申し上げております。

 更に申し上げれば、11/29に次回開催予定の、「久留米でうつと働き方を語る会」、すでに地域では「足を使った」広報活動を進めています。チラシを置くことに協力して下さった各機関様に、謹んで御礼申し上げます。

 しかし、立ち上げて今度が2回め、まだまだお申し込みの方はごく少数ですので、参加される皆様を歓迎いたしますと共に、こうした活動を福岡県南部地域(筑後地域)ではじめたことについて、関連地域の皆様が、周囲の方にお伝えいただければ、幸いです。

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2009/11/05

浜崎あゆみが公式にカバーした曲

 息抜きに、久しぶりにayuのことも少し書いておきますか(^^)

 TVで歌う場合とかを別にすると、ayuが公式に発売されたアルバムの中で、他人の曲をカバーで歌ったのは、2枚目のベストアルバム"A BALLADS"で、ユーミンの「卒業写真」を歌ったのと(こっちはiTunesにはないみたい)、"Startin’/Born To Be… "のマキシに収録された,TRFの浜崎あゆみ - Startin'/Born To Be... EP - teens (acoustic version)"teens"ぐらいじゃなかったかと思います(記憶違いがあればお許しを)。

●あゆ好きタクシードライバー 浜崎 カウントダウンライブ2007~2008 卒業写真(YouTube)

 ↑これは私がまだDVDでも観ていない、"ayumi hamasaki COUNTDOWN LIVE 2007-2008 Anniversary"のでしょうね。敢えて走りながら車内で流しているのを、流れ行く夜景をバックに映像化しているセンスが気に入りました。
"
A BALLADS"のは、ひたすらしっとり調で、かなりスタイルが違います。
もっとも、ayuって、アルバムで録音する時と、ライブでは、歌唱スタイルを意識的に大胆に変えて、それぞれ別の効果を追及する人のようです。

●Hamasaki ayumi / 【teens】 trf cover(YouTube)

 ↑こっちのは、私が2006年の ~(miss)understood~のツアーの楽日に聴いた日の映像だと思います(^^)
 アンコールの冒頭で、確か"HEAVEN"の次に歌ったんだけど、大熱唱でした(この時のことはこちらで記事にしています)。

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「乱造される心の病」におけるレーン氏の論の進め方の一例

 前回の補足として、クリストファー・レーン著、「乱造される心の病」の中で、フロイト自身の「精神分析入門」の引用を基にして、レーン氏がどういう論の展開をしたかの部分を具体的にご紹介したい。

 以下で出てくる、フロイトからの引用箇所は、新潮文庫版の日本語訳から引き写したものであることが注で明記されている。

 レーン氏が実際にフロイトの直接引用をはじめる少し前の箇所から引用をはじめたい(pp.213-4 傍線は原文の傍点)。

========以下引用===========

 これまで述べてきた、社会恐怖に対する神経精神医学的、認知行動的、精神力動論的アプローチの違いを考えると、晩年のフロイトが、自ら進んで生物医学を強く信頼するようになったのは驚きかもしれない。彼は「将来は、特定の化学物質を使って、精神に関与するすべての器官にエネルギー量やその備給に直接働きかけられるようになるだろう」と認めている。

 この言葉は、不安を引き起こす心理学的要素を優先させても、不安の生物学的、更には社会的な実証の重要性が低くなるわけではないことを明快にするのに役立つ。単に不安の要素の順序が入れ替わっただけなのである。人前で話をするときに感じるような心臓が激しく鼓動する不安と、人に生来備わっている「闘争-逃走反応」は、いずれの場合にもアドレナリンが体内を駆け巡るのには違いはないが、心理学的には異なる。したがって、両者を混同してはならない。混同してしまうと、演説的不安をあまりにも大袈裟に表現し、不安は外的な脅威や危険からも生じることがあるという事実を見落としてしまう。精神分析の見地からは、このような脅威(及び、内なる内的な要因)の認識は異常ではなく、精神分析学の真の目的となる。

========以下引用===========

 ・・・・・あの、レーンさん、なぜ「この部分」でフロイトを「こういう形で」引用したのですか?????

 私には、「フロイトが未来の薬物療法の可能性にある意味で期待をかけていた」こと、安全な新薬が開発されればフロイトだって喜んで活用したろうことをむしろ示唆することで知る人ぞ知る箇所(フロイトの一時期の「コカイン」礼賛のことをレーン氏はどう考えているのだろう??? 知らないのか????)を引き合いに出しながら、同時にそれを無視するという、わけのわかんない、ほとんど苦し紛れと言われても仕方がないことをレーン氏が書いている気がしてならない。

 ・・・・・・実は、こうした「論理的でない」部分が山のようにある本なのです。

 以前に書いたことを改めて申し上げますが、私も、個々の製薬会社のプロモーション活動への膨大な投資に疑問があるという点については、何ら異論は差し挟むつもりはない。

 問題は、このレーンという著者に、「ほんとうの学問的誠意」がないことだ。

 膨大な情報やインタビューを駆使しているかに見えつつ(個々の事実は事実として正しかったとしても)、実は、「ある一定の論調」にひたすら誘導する、週刊誌やテレビの質のよくないルポルタージュやドキュメンタリーのようなのを延々と読まされる羽目になる本です。

 この本にいろんな栄誉を与えたアメリカのマスコミのレヴェルって、結局その程度なのねといいたくなる(^^;)

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2009/11/04

「乱造される心の病」は英文学者ではあっても、結局医学や心理のアマチュアの書いた、トンデモ本スレスレ水準だと思う。(第3版)

 前と後ろから攻めて3分の2読みましたけど......

 もうだいたいのところはつかめました。

 2009年10月4日付読売新聞における春日武彦氏による本書の書評は、まるで本書がうつ病と診断されている人について書かれた本であるかのような誤解を与えかねない記述になっているが、本書の実態はそうではない。

 この本はあくまでも、単に内気(原題:"Shyness")な人が、特に「社会不安障害」という診断に祭り上げられる過程について告発する意図で書かれたものである。

 しかも原著者は精神医学の専門家ではなく、気鋭のジャーナリストですらない。英文学者である。amazonの英語版サイトで星ひとつの人の酷評ぶりはすさまじい。

 「この本は教養課程キャンパスの象牙の塔の中で広まっているように思える、奇妙で、反科学的なパラノイアの典型です」(Gina Pera氏)

 結局、純情なまでの「フロイトおたく」の英文学者が、「正義の」力動精神心理学(=「フロイトの」精神分析。しかもかなり単純化されている)の旗の下、クレペリンに始まる「伝統的精神医学=脳科学主義者=薬物療法推進論者」の系譜という「悪の枢軸」を「仮想敵」として仕立て上げて、熱心にいろいろ調べて書いた、「まずは結論ありき」の本である。

 フロイトを引用する時の意図も、時々あまりに強引に自説に好都合な形になっている(それは、素直に読めば、「フロイトは将来の薬物療法の可能性に期待をかけていた」ことを示唆する筈の、「精神分析学入門 (中公文庫)」で書かれたフロイト自身の叙述を引用した、p.213以下で顕著に明らかとなる)。

 DSMを「脳科学=薬物療法的」観点からのみとらえるのは強引。むしろそこから一定の距離を取ることに腐心している面もある。

 むしろ、DSMが良きにつけ悪しきしつけ、行動主義的な「操作的定義」であり、特定の見地からの「原因論」に立ち入らないことを目指したとみるのが正道のはずである。

 薬物療法を使う医者が、まるですべて生得的な脳の問題としてしかとらえていないかのような「極論化」が行き過ぎている。心理的・社会的要因を無視する精神科医はそう滅多にいないと思う。

 つまり、医者が、DSMに「基づいて」診断や治療を「決めて」いるというのは、もはや「都市伝説」の領域に近い。

 心ある医師は、DSMが「診断基準」としては全く表層的なのを承知で、「共通語としての診断名」をDSMから慎重に「あてはめている」だけのことである。

 (もっとも、どういうわけか、本書では、統合失調症と「重たいうつ病」についてだけは、同じ論理では斬り掛らない。もうこの段階で「内因性精神病」概念の確立者としてのクレペリンを肯定していることになる「自己矛盾」があるのだが)

*****

 更に、裕さんのサイトふうに(^^)、翻訳の誤りを指摘すると、pp.41-42に出てくる「フランスのピエール・ジャネット」は、もちろん「ジャネ」が正しい。

・・・・ああ、フロイトの先駆者である筈の「力動心理学の雄」のジャネ様に何たる仕打ち。

(ジャネのフロイトの先駆者としてのあまりの重要性については、エレンベルガー(エランベルジェ)の「無意識の発見」(中井久夫訳)の上巻に詳しい)

エレンベルガー/無意識の発見 上 - 力動精神医学発達史

*****

 読んでいるうちに、精神分析系の人なら、大学院生の皆さんでも、内心(^^;;;;)な本だとお思いになるんじゃないかと。

 ひ・い・き・の・ひ・き・た・お・し

*****

 ●Amazonにレビュー掲載 しています。

 ★★にしているのは、著者レーン氏の旺盛な資料収集や取材量に敬意を表して★ひとつ余計につけたというだけのこと。

 冨高氏の著作の方を、その誠実さに敬意を表して★★★プラス2分の1とみなしていただいていいくらい、というのが本音です。

【第2版で追補 09/11/8】:

 Amazonレビュー版、本書を読み終えた段階で、更に推敲を重ねて、密度の高いものに練り上げました。

【第3版で追補 09/11/10】:

 Amazonレビュー版更に更に練り上げて、「止めを刺して」おきました(^^)

 この、長文のクリティカルなレビューが、なぜかすんなり掲載できた裏話をひとつ。

 Amazon日本版のレビューでは、"Amazon"あるいは「アマゾン」という言葉が入っていると、それだけで掲載されないフィルターがかかっているようです。これは煽りや議論のフレーム化を防止する対処なのでしょう。

 ところが、私が初稿をアップした時、私はいつの間にか、amasonとミスタイプしていたのですね(^^;) あとになってそのことに気がつき、その部分を"amazon"ないし「アマゾン」と打ち直して再アップしようとすると、その場合にだけ更新が反映されないことに気がつきました。ですから上記の「禁止語フィルター法則」は間違いないと思います。

 他の箇所は、一度掲載された以上は、どれだけ、どのように書き換えても瞬時で受け付けてくれます(^^;)

*****

 本論の続編、レーン氏がフロイトをいかに恣意的に引用し、自説に都合のいいように解釈しているかの典型例の指摘はこちら

クリストファー・レイン/乱造される心の病

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オイルヒーター暖房の自然さ 2009-2010年版

 一気に寒い日が増えてきましたので、当ブログの晩秋恒例の記事です。

*****

 「オイルヒーター」という、昔の学校のスチーム暖房とかに外見が似た、電気式の暖房器具、ご存知でしょうか?

これが典型的なスタイルです。

 これ、主としてヨーロッパでよく使われている暖房器具です。

 その最大の特徴は、

 「そこに『熱源』があることを全く意識させず、まるで室温そのものが最初からその温度であったかのような、全然『存在感』のない、無音で放射熱も温風も臭いも感じない暖房機である」

 ということ。密閉度の高いヨーロッパの住宅だから発達したとも言えますが、最近の日本のアパートやマンションもそういう密閉製が高くなってきているので、じわりじわりと普及しています。

 パネルヒーターとの「持ち味の違い」があると思います。比較検討してみると面白いかもしれません。

 デロンギ(DeLonghi)をはじめとして、ドイツやオランダ・イタリア製のものに安くていいものが多く出回ってます。

 デロンギは、コービーマシンや調理器具でも、独特のセンスあふれる商品を世に送り出しています。

 ●デロンギ社日本公式サイト

******

 なお、日本の家電店は、デロンギやフィリップス、日本製だとトヨトミばかりが置いてあるけど、世界は広いのです。他にも「膨大な」製品があります。スウェーデン、イギリス、ブルガリア製などなど。

 ●楽天市場のオイルヒーター関連商品一覧

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2009/11/03

私のスパイウェア対策について

 この前先送りしたテーマですが。

 私の考えでは、ウィルス対策をおもてに打ち出したメーカーのスパイウェアへの対応力は、専らスパイウェア対策に重きを置いたソフトよりも検出力が落ちることが少なくないという気がしています。

(ちなみに私の現在の基本のウィルス/セキュリティ対策のベースラインは、@niftyの会員だとオプショナルで月払い420円(接続コース申込者は3ヶ月無料)で安価に提供されている「常時安全セキュリティ24」です。

 この中に入っている「ウィルス対策ソフトの」部分は実はカスペルスキーなので、ウィルス対策に関しては性能がよいらしく、Virus Bulletin の査定でも駆除率100%の"VB100 award"を獲得したようです。

Kaspersky Internet Security 2010 1年版

(楽天 ムラウチへの当製品)

 しかし、総合セキュリティ能力ではカスペルスキーの方が上という意見もあるようです。価格的にも拮抗しますし。

 私自身の過去の使用暦で、知り合いの評価でもあんまりよくないのがNortonです。ウィルス検出率云々以前に、パソコンを重くする、むしろ動作不安定の要因になる(^^;) 

 ・・・・そのくせ、動作の妙なところが強迫的で、ユーザーフレンドリーではない殿様商売っぽいところがある気が、私もします。それが特に極東地域でウィルスバスターにシェアで負ける結果を招いているのではないかと。

******

 この前も書きましたけど、スパイウェアというのはウィルスほど明確にできないグレーゾーンがあります。「非常にメジャーな」IE用ツールバーの中にすら、スパイウェア検索ソフトではじかれるものがあるくらいです(特にJWordはほとんどのスパイウェア駆除ソフトでスパイウェアとして認識されます)。

 要するに、その人がサイトをどのように閲覧して回ったかの履歴情報が送られてしまうという次元のことになると、「使用許諾に同意した」以上は合法的ではないのかということになるらしいのですね(詳しくはwikipedia参照)。

*****

 私が非常に長い間使い続けているのが、フリーソフトである"Spybot - Search & Destroy"である。(Canonから有料でパッケージ販売されているものと「性能は全く同じ」です).

 (上記の「日本語版」サイトがものの見事に「自動翻訳機」口調なんで一見怪しげに見えますけどcoldsweats01、とっくに国際的評価を確立しているソフトですのでご心配なく。wikipediaの記述はこちら)。

 定義ファイルのアップデートは非常に頻繁です。常駐保護と免疫機能もあります。立ち上げるたびに、アップデートと免疫の作業をやり直す手間を惜しむべきではないと思います。

Ws000001_2

 

↑「免疫」後の画面

 このスパイウェア検索ソフトの特徴は、普通のウィルス対策ソフトやスパイウエア対策ソフトが「ファイルごとに」スキャンを次々かけて行き、検出しようとするのに対して、このソフトは、いわばX軸とY軸が入れ替わっているといいますか、「個々のスパイウェアごとに」アルファベット順で検索をかけていくのです。

 こうした検出方法を取るため、「スパイウェアが感染しやすい場所やファイル優先する」簡易スキャンの発想がありません。このソフトには、デフォルトの設定である限り、普段使いは最低30分ぐらいはビハインドで動作させてフルスキャンすることが大前提となります。

 10/01/15現在、809,044のスパイウェアパターンファイルで検出しています(この部分の数値、更新しました)ので、アルファベット順に、それらの名称が次々表示される様は、壮観でもあります。

Ws000002

 一時期、検出に時間がかかり過ぎるという点がよく言われましたけど、最近のは速くなりました。前回私が示したスペックのパソコンで、この書き込みをブラウザを立ち上げて、それこそ画面キャプチャとかもマルチタスクで進めながら、所要時間53分00秒(画面終了時に表示されます。こういう別の作業なしで放置していたら36分で私のパソコンなら終わります)でしたから、以前の比ではない速さになったのは確かですね。

 私はアドバンスドモードで使っているので、オプションでCommon DialogとHistoryとcookieの削除もセレクトできますが、cookieの削除については、後述の"Spyware Doctor"すら上回る強迫性を発揮し、文字通りすべての訪問サイトのIDとパスワードを入れ直さないとならなくなるくらいなので、そこだけチェックマークを外しています。(↓参照)

Ws000003

*****

 さて、先ほど述べたようにスパイウェアは定義の曖昧性があるので、駆除・保護ソフトによって検出される対象が少しずつズレているようです。

 ですから、理想的には、2つの、精度が高めのスパイウェア検出・駆除ソフトを同時使用するのが賢いかと思います。

******

 次にここで、スパイウェア検出ソフトとして、凄まじい毀誉褒貶にさらされてきた、"Spyware Doctor"無償版について、私の見解を述べることにします。

 この商品、Googleパックで選択できるソフトとして、アップデートはできないし(追記:ソフトそのもののアップデートには対応しませんが、パターンファイルのアップデートには対応しているようです)、一部機能が使えないことを条件に無償配布しています。

 つまり、スパイウェアの削除機能は、実際に、別に有効期限すらなく、使えます。

 このソフト、日本ではパッケージ販売されていません。先述の"Spybot - Search & Destroy"すら有償パッケージ版があるのに、ダウンロード販売のみというのが何か腑に落ちませんが、ともかく、天下のGoogleがスポンサーです。

 結論からいいいますと、無償版で使い続けるだけで、もう十分にその機能が発揮できるソフトです。むしろ有償版へのアップデートをしないままの方が安全(???)なのかもしれない。

 つまり、有償版にしてはじめて可能な、ウィルス駆除機能やファイアーウォール保護機能はこのソフトに期待しないということです(^^;)

 このソフトが大変な毀誉褒貶にさらされたのは、トラッキングクッキーなら、その大半を「スパイウェア扱い」にするために、検出されるファイル数が最初は仰天する数値になる(他の駆除ソフトを入れていても50-60は普通です)ということが原因のようです。

 普段は所要時間数分で済むIntelli-Scanだけで十分です。フルスキャンを一度かけてみるのも悪いことではないと思います(特にフリーソフトを溜め込んでいるフォルダを指定して)。

 パソコンを起動した後、このソフトを稼動させたら毎日平然と20-30個は「スパイウェア」が検出されるのを、「この強迫的に潔癖なソフトだとこれが当たり前で、何もあわてなくていいのだ」とまで思い定めることです(^^;)

Spywaredoctorcap

 ↑ 毎日最初に動かした時は、検出数はこんなんもので正常なのがこのソフトなんですね(^^;)

 もっとも、決してすべての訪問先サイトのIDやパスワードが関わるcookieを強迫的に検出しているわけではなくて、ブラウザ側のcookie保持機能にある程度は道を譲っています(少なくともFirefoxユーザーである限りは)。

 少なくとも私の場合には、この無償版をインストールして以降、むしろ普段の動作が軽くて安定し始めた気がしています。確かにスパイウェア検出精度で"Spybot - Search & Destroy"を上回る部分集合もかなり大きいのだろうと思います。

 しかし、この過剰な検出能力について、「有償版を買わせるための戦略ではないか」という不評がネット界のあちこちにあります。

 私はといえば・・・・恐らく無償版のままで通すでしょうね(^^;) そのうちにVistaパソコンを修理して"7'"にアップグレードしたものがWin系のメインパソコンに復帰するでしょうから。

 その頃に、スパイウェアソフトについてはもう一度考えなおすとして。

 ちなみに、フリーのスパイウェア検索・駆除ソフトとしてよく名前が挙がるもうひとつ、"Ad-Aware"は、私の今のパソコンでは重くて立ち上がってくれません(^^;)

*****

 なお、私が愛用しているスクリーンキャプチャソフトは、"WinShot"です。

 

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2009/11/02

理解の核心は、「論理的な」理解ではない。

 最近の私の読書や映画の感想の生産力(?)にいささかかあきれておられる読者の皆様もあろうかと思います。

 アニメ評論は、20年前はアニメ雑誌の投稿常連でしたから、昔取った杵柄という面も大きいでしょう。昔の「阿世賀浩一郎」を知る人にとっては(実名で投稿していましたしね)、ああ、まだやるのか?・・・・というくらいでしょう。

 押井守さんに続いて、宮崎駿さんの、私がアニメから離れていた時期の大作(「ハウル」「ポニョ」)、そして「サマーウォーズ」を封切り時に観れたことは、何か途切れていた自分の人生を繋ぎなおしというか、自己のアイデンディディの再統合みたいな感じで、むしろ余裕を取り戻させてくれる思いです。

 かといって、今のアニメを追いかけることにそんなに今後こだわるわけではないとは思います(それなら、浜崎あゆみの福岡ライブに無理なく行けるくらいまで経済力が回復することの方が優先事項だ)。

 でも、かなり新作されて、評判もいいらしい、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」は、DVDが出たら何か書くかもしれない(^^)

*****

 さて、少し僭越かもしれませんが、文章や映画を体験して、それを自分の身の肥やしにして、今度は自分の側からの表現として再生産するのには何が肝心なのかを、ちょっとテーマにしたいと思います。

 まず、大事なのは、すでに持っている「知識」や、新たに検索して入手する「情報」の、の問題では全然ないのです。

 あるいは、よく言われがちな「情報整理術」の問題かというと、そうでもないと思います。

******

 このことに関して、我が意を得たり!! と絶賛したくなることをお書きのサイトを発見しました。

 実は「はてな」では有名サイトみたいですが、確かにこの人の文章力と説得力は半端ではない。ご本人もお書きだけど、いわば「極論」めいた逆説の山を築く中で、何か普通のサイトでは感じられないsomethingを醸し出す達人の域の方ですね(^^)

●意外と知られてない、自分を飛躍的に成長させる読書テクニック(分裂勘違い君劇場) 

========以下引用========

(前略)

よく「文章の論理構造の理解が一番大切だ」と言う人がいるが、文章の種類によっては、この固定観念が癌になる。

論理構造の理解は確かに必要なのだが、それを優先して文章を読解しようとすると空回りして不毛な誤読をして、結局、一番肝心な部分が分からないままになってしまうことが多い。

最優先でやるべきは、作者や登場人物の情動回路を自分の脳内で動かすことだと思う。

(中略)

作者や登場人物になりきって作者や登場人物の目から見える世界を思い浮かべ、作者や登場人物が感じた息苦しさ、悔しさ、理不尽さ、憤りを自分も味わってみることだ。

それも、作者や登場人物の背の高さ、体の重さ、姿勢の歪みからくるにぶい苦痛、自分の筋肉や骨や間接や胃や腸やさまざまな内臓が蠢いたり痛んだりする生々しい感覚、汗で服が皮膚に貼り付く不快感、まさぐられ、押さえつけられる苦痛、抵抗できない悔しさ、視界から見えたり触っているさまざまなものの ディテールを、リアルに生々しく、自分がいままさに体験しているかのように、作者や登場人物の中に「入り込み」そこでわき起こる様々な感情を自分の感情として味わうことだ。

このような情動シミュレーションさえしっかりできれば、文章の論理構造など、さして努力しなくても自然に浮かび上がってくる。

それも、単に論理骨格を追いかけるより、はるかに精密に論理構造が見えるようになる。

(中略)

そもそも、他人の異質な情動を自分の情動の中に食い込ませるから異種混交が起きて自分の精神が豊饒になって成長していくのであって、過去の自分の情動の自動再生ばかりやっていては、自分の精神は単線化し、貧しいままになってしまう。遺伝子プールの多様性が重要なように、自分の脳内のミームプールの多様性が重要だが、情動シミュレーションをおろそかにしたまま大量の本を読むと、情動という肉を伴わないミームの骨格部分(≒単なる知識や情報)だけが頭の中でガチャガチャ骸骨ダンスを踊っているような状態になる。

また、情動シミュレーションをしながら本を読むということは、決して作者の情動に押し流されて洗脳されてしまうことを意味しない。むしろ、情動シミュレーションによってより精密に作者の情動を捕まえるからこそ、その情動に逆らって思考することができる。

(中略)

相手の身体を押し返すには、相手の重心をしっかり捕まえなければならない。

相手の情動が分からないと、自分が相手と同じ思考をしているのか、相手と関係ない思考をしているのか、相手と反対の思考をしているのか、そもそもそれが分からないから、無意識のうちに同じような思考を リピートして堂々巡りをしてしまい、「新しい脳神経パターンを開墾する」ことができなくなってしまう。

情動シミュレーションによって、相手の情動までしっかりと把握するからこそ、相手の情動に逆らって思考する、すなわち、「ちゃんと思考する」ことができるようになるのだ。

そして、お察しの通り、情動シミュレーションは単に読書だけでなく、仕事、生活、遊びのさまざまな局面で決定的に重要になる。

情動シミュレーションをしながら作り上げた企画と、そうでない企画には、そのクオリティに雲泥の差が出てくることが多い。

(後略)

========引用終わり========

 私の畑のフォーカシングの言葉で言えば、

「相手の身になって、相手のフェルトセンスを感じながら(同時に自分のフェルトセンスも大事にしつつ)、場に関わっていく」

にあたることを、ここまで「ご自身の言葉」でお書きになれる人がいることに、心から敬服するしかないです。

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2009/11/01

私のパソコンの不要ファイル処理と高速化関連の工夫(XP愛用者向け 第5版)

 専門外ですが、私が現状でWindowsパソコンを快適に動作させる工夫として「できるだけお金はかけずに」やっていることをご紹介してみたいと思います。

 私はVistaのパソコンも持っていましたが、故障したまままだ修理に出さないままでいます。おかげで、湘南で開業したばかりの4年半前にBTOで買ったタワー型デスクトップの機種が再出馬しているのですが、性能的にはCeleron 2.80GHz,2.29GHz 2024mBのメモリでXPのService Pack 3を動かしている状態です。

 さすがにDVD等の動画を全画面再生するとなると厳しいものがありますが、VistaのPentium Core Duoで2GBのメモリを積んでいた頃よりは遥かに快適で、これでホームページビルダやPhotoshop、そして何と1万曲(それらのうちのかなりがクラシック音楽ですから、長い楽章もあります)を越えていて、ロスレスファイルが多いiTunes10も動かしています。

 そして、どうみても、この1年使い込むほどに、どんどん高速化させることに成功している気がしてならない。

******

 私の、不要ファイル、レジストリ整理ソフトは、数年前に購入したエー・アイ・ソフトの"DiskX Tools"のVer.11をメインとしています(すでに廃版です)。それ以外も使ってみたのですが、結局この製品が一番使い勝手がよかったし、トラブルもなく、しかも、他のソフトだと掘り起こせない不要ファイルを削除したり、Windowsの背後で自動的に立ち上がっている不要機能を止める総合力では高かったし、使いやすかった。

 今も毎日、このソフトで「ファイルクリーナー」と「レジストリクリーナー」をオートでけではなくてマニュアルでもいくつか使ってかけるのは、私の儀式みたいなものです。特にいろんなソフトのマイナーアップデートをかけた直後とかは、ごっそり不要ファイルを掃除してくれますので。

*****

 ところが、この2つのソフトでは掘り起こせない不要ファイルを発掘できてしまう、超シンプルな意外なソフトがある。

 どうも2004年でアップデートを完全停止したみたいだけど、現在も「窓の杜」で入手可能であり続けている、「窓の手」という総合カスタマイズフリーソフトがあります。

 このソフトがVistaや7にどこまで対応できるのかはもはや保証の限りではありませんが、実はこのソフトで私が一番頻繁に使ってきたのは、インストールするとまるでおまけのようについてくる、「不要ファイル掃除機」という、スタンドアロンで立ち上げられるシンプルなソフトです。

 不要ファイルを削除するドライブを選択しで(全ドライブを一気にやることも可能です)、あと検索ボタンを押し、「3分間じっと待つのだぞ」(・・・これがわかる人は40代以上?)もしないくらいで、削除候補が山のように出てきます。
Furoufilesoujiki
 パソコンに詳しい方なら、上のキャプチャをご覧になれば「パソコン動作中に『このファイル』を削除できるわけがないでしょ?」というファイルすら、たくさん候補に上がっていることにお気づきになるでしょうが、あとはひたすら「削除」ボタンの連打でいいのです。

 
削除するとヤバいファイルについては「このファイルは、他のアプリケーションで使用中のため、削除できません」という意味の表示が切り替えし出て、スルーしてくれますので(^^)。

 この機能を使って、Vistaですら厄介なことになったことは、少なくとも私には一度もありませんでした。

 私の知る限り、最も軽快でシンプルな不要ファイル削除ソフトです。"7"でまでも問題が出ないかどうかについては私は全く保証しかねます。

*****

 恐らく、Windowsの総合チューニング、カスタマイズソフトという点では、かつて「窓の手」のライバルであり、その後もVista対応、更に"7'"対応もし続け、アップデートを重ねてきた「いじくるつくーる」の方が、今や信頼性という点でも好ましいのではないかと思います。

 使い勝手はちょっとたいへんですけど。でも、私としてはこの「いじくるつくーる」の必殺技のひとつ、ショートカットアイコンの隅っこに出る小さな矢印を表示させなくする機能だけでもお使いになってみることをお勧めします。

 デスクトップが整然と美しくなるばかりか、矢印を表示するために使われていたメモリ消費が減るというだけでも意味があります。

Mydesktopcap

 ↑私の今のデスクトップのキャプチャ。クリックして拡大していただければ、ショートカットに矢印がついていないのがおわかりかと。

 もっとも、デスクトップに、例えばWordのドキュメントファイルそれ自体と、マイドキュメントとかから引っ張ってきたショートカットを混在させて、画面一面にデスクトップアイコン表示して使うタイプの人だと、何らかのミスを犯す危険があるかと思いますが、「・・・・のショートカット」というファイル名を消さない習慣をつけておられる方であれば戸惑われないことでしょう。

*****

 次にデフラグも重要ですよね。これについても、いいフリーソフトがあります。

 "MyDefrag"にというソフトです。この種のソフトで私の推するNo.1

Ws000000

 ↑MyDfragの作動中画面。WindowsネイティブのGUI(グラフイカルインターフェイス)を活用しているため、非常にシンプルです。私の音楽専用の外付けHDはこのくらいに目一杯(^^;)

*****

 レジストリの再構成をしないとレジストリファイルは書き換えられながらもひたすら肥大し、これも動作にかなり影響するように思います。

  この点で素晴らしいのは、フリーではありませんが、安価な次のソフト:

高速・パソコン最適化

(楽天ではこちら

 システムを無理やり「高速化」するのではなく、システム的に見て無駄なファイルやレジストリをどこまで消せるかを、パソコンにあまり詳しくない人にもわかりやすいシンプル操作で実現しています。過剰な消し過ぎになる危険は、上級者向けのオプション機能に踏みこまなければなさそうです。この種のフリーソフト よりも、敢えて出費する意味がある(はっきりいって安い)と思いますよ。特に不要、レジストリの発見、消去、再構成は圧倒的な精度ではないでしょうか。

 もし、「完全スキャン」であまりにも多くの修正箇所が発見されてパソコンが凍りかかる人がいたら、「カテゴリの選択」経由で、各カテゴリー別に「2度繰り返して」やっていけは大丈夫ですよ。

 一度すべてのジャンルのクリーンアップを動作させて作業をし終えてしまえば、その後新しいソフトをかなりインストールでもしない限り、年に数回起動させてみれば十分なソフトかと思います。

【第5版で追加 11/11/14】

 レジストリ再構成に特化すれば、次のフリーソフトがシンプルでハイスピード。XPも7も対応です。

Auslogics Registry Cleaner

Auslogics_registry_cleaner

 次に、ブラウザ系です。

 IEにてもFirefoxにしても、あちこちのサイトを回ると、いろんなツールバーやアドオン・プラグインのインストールを勧められるものですが、これらを興味本位にどんどん搭載していたらブラウザは重くなる一方です(^^;)

 更にそうした中にはスパイウェア機能が組み込まれているものが少なくないので(そもそも、スパイウェアという概念にはウィルスのようには明快に線を引いて定義できない、グレーゾーンがあります)、自分にとって最小限必要なもののみの留めるべきでしょう。さもないと私のスペックのパソコンではIE8なんて立ち上がる過程でフリーズします(^^;)

 (私はIEは普段は全く使わず、Trident系のレンタリングエンジン(要するにIEのエンジンの乗っ取り)で駆動する、軽快な"Grani"しか、現在ではtrident系ブラウザは使うとしても使いません。)

 私の普段使いはFirefox(Gecko系エンジン)であることは何回も書いてきました。私が大事にしているアドオンがあります。

 "VacuumPlaces Extension"というアドオンで、これは、Firefox自体の中に累積されるデータベースの場所の再構築をしてくれるようです。

 私など、これを毎日何回か押してますから効果に気づきにくくなりましたが、これを使うと確かにFirefoxの高速化が目に見えて実現されます

*******

 あと、フォルダ表示をwin95時代のような角ばったままのものにする(これは確か「画面のプロパティ」から設定可能)とか、アクティブ・デスクトップをオフにする、壁紙チェンジャーソフトなどは使わず、JPEGを壁紙にしたいのなら、潔くBMPファイルに変換したのを作る方が画面表示にかかるメモリ使用量は実際には落ちるかと思います。

 そうそう、私の普段使いの画像閲覧・加工ソフトは、特殊な加工をする場合を除いて、これまたフリーソフトの"irfanview"に全形式の画像ファイル関連付けして、一手に引き受けてもらっています。

(これ、下手に日本語化キットにまで手を出すと色々問題が多かった障害は現在とうなっているのだろう? 私は英語版のままでしか使いません)

 このソフトの手軽で機能的で軽快な操作性は一度なじむと病み付きになります(^^) 

 なお、このソフトにはJEPGの壁紙表示機能もついています(アクティブデスクトップoffのままでいいので、そのファイルに関してはBMP変換もかけて背後で保持しているのだと思います)。

******

 ほんとうは一気にフリーのスパイウエア駆除ソフトの紹介までやろうと思っていましたが、あまりに長い記事になりましたので、別の機会にしましょう(^^)

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