やさしさに包まれたなら -「魔女の宅急便」とバリントのフィロバティズム-
キキは突然飛べなくなった。
最大の引き金は、依頼人のおばあさんがせっかく孫娘のために心を込めて焼いた包み焼き・・・しかもその完成のためにキキも古い薪オーブンを稼動させるお手伝いをしている・・・を、突然の雨にずぶ濡れになりながら届けた先の孫娘の反応、
「だから、いらないって言ったよ。あたし、このパイ嫌いなの」
との言葉と共に扉が冷たく閉ざされたことだった。
キキは下宿先のオソノさんの心配りもあって一度は立ち直る。しかし、せっかく初デートに出かけたトンボの友達に「あの孫娘」が含まれていると気がついた時、突如豹変して家にひとりで帰ってしまう。
「ジジ、私、どうかしてる? 素直で明るいキキはどこかに行っちゃったみたい」
ところが、ジジはただの普通のネコのようニャーと応えるのみ。ジジはすでに恋人のメス猫ができてから、関心がそちらに向かい始めて以来、「普通のネコ化」が徐々に進行していたようだが。
しかし、ジジの言葉が解せさなくなったことに気がついた瞬間、キキは嫌な予感に襲われ、箒(ほうき)にまたがってみる。
魔法の力が、ほんとうに弱くなっている。
それでも飛ぼうと繰り返し試みるうちに、旅立ちの際に母から譲り受けた箒そのものが折れてしまう。
こうして、キキは完全に、故郷との「つながり」の証し、(人語を解するジジと母の箒)、すなわち、精神分析的対象関係論のウィニコットが言う「移行対象」を喪失する。
ウィニコット/遊ぶことと現実 (現代精神分析双書 第 2期第4巻)
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生まれ故郷から大都会に舞い降りた段階から、何か人との間に、独特のよそよそしい「隙間」を感じることが時たまあることに当惑し続けていたキキの慢性的なストレスは、ついに限界に達したのだ。
キキの生まれ育った故郷とは、我々の少なからぬ部分が、遥か彼方の幼児期に体験していた、世界との幸福な一体感、まさに「やさしさに包まれた」頃の体験世界の理想化された象徴である。
(・・・・それにしても、宮崎駿さんの、キキのくるくる変わる感情の移り変わりを画面上だけで表現し切れてしまう力は、今観直しても、とてつもない域ですね)
****
キキに救いの手を差し伸べてくれたのは、すでに偶然の縁があった、夏の間は森に住む、絵描きのウルスラだった。
ウルスラは、前にキキに会った時の印象に触発されて、一枚の絵を描きつつあった。しかしキキに当たる少女の顔の部分の表情がどうしても決まらないで、その絵をやめてしまおうかとすら思い悩んでいた。キキ自身をモデルに写生することから立て直しを図りたくてしかたなくて、なかなか再来しないキキに会いに行ったというのがほんとうのところだろう。
ウルスラはキキを写生しながら思わず口にする:
「あんたの顔いいよ。この前よりずっといい顔してる」
落ち込んでいたキキは、恐らくこの言葉に内心きょとんとしたことだろう。
「魔法も絵も似てるんだね。私もよく描けなくなる」
寝る前の語らいの中で、ウルスラは口にする。
「そういう時、どうするの? ・・・・私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのかわからなくなっちゃった」
と、思わず尋ねるキキ。
「そういう時にはじたばたするしかないよ。画いて画いて画きまくる」
「それでもうまく行かなかったら?」
「画くのを止(や)める。散歩をしたり、景色を観たり、昼寝をしたり、何もしない。・・・・そのうちに、急に画きたくなるんだよ」
「なるかしら?」
「なるさ。・・・・私も絵を画くのが面白くって仕方がなくて始めたんだけど、ある時、画いた絵が気に入らなくなった。誰かの真似に過ぎないって気がついたんだよ。どこかで見たことあるってね。自分の絵を描かなくっちゃ!ってね。・・・・でも、その後、少し前より、絵を描くってこと、わかったみたい」
・・・・このウルスラのセリフ全体が、宮崎さんの経験談それ自体であり、肉声そのものであることはつとに知られているだろう。
「魔法って、呪文を唱えるんじゃないんだね」
「うん、血で飛ぶんだって」
「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血、神様かだれかが与えてくれたんだよね・・・・おかげで苦労もするけどさ」
ウルスラが、夏場は森の中でひとりで生活し、冬場は都会ではなくても、すでに開拓された田園地帯か何かで生活するという、森と平地との間の「辺境人」的性質を持つ存在であることは興味深い。
精神科医の中井久夫先生が、壮年期の二大名著、姉妹作というべき「分裂病と人類」と「治療文化論―精神医学的再構築の試み」
で強調するところによれば、洋の東西を問わず、古来、森の中とは人間界から切り離された「異界」であり、森の中に独居する、「薬草を栽培する老婆の文化」は、地域共同体の辺縁に置かれつつも、地域治療文化の大事な一部として暗々裏に統合されていた。
それがいわゆる「魔女狩り」の対象とされるのは、実は中世のことではなく、宗教改革以降の近世初頭以降の出来事であることは、実は誤解されがちなことである。
ところが、ヨーロッパにおいて、多くの宗教者や社会改革家(急進的な「世直し」をしようとする人たち)、そして近代の「力動的」精神医学の基礎を築いた大家たちの故郷は、非常に多くの場合、こうした「すでに切り開かれた平地」と「森」の辺縁地域の出身者が多いことを中井先生は指摘する。
フロイトの出身地然(しか)り。ユングの出身地然り。精神分析が発展を遂げたヴィーンそのものが森の都に他ならない。
ウルスラが、この物語の中で、図らずも魔女であるキキの癒し手として機能できたのは、ウルスラ自身が、そのような俗世間と森の世界の「境界人」的側面を強く持っていたからではないかと思われる。
これはこじつけでもなんでもないと思う。
宮崎さんだって、思っているはずだ。アニメーターなんて、世間の桧舞台に立つのは実はおかしくて、もっと「ひっそりとした」「地味な」商売だったはずなのに・・・・と。
*****
さて、この作品に限らず、宮崎作品の飛行シーンは、他の誰も真似ができない域のものであることはよく言われるとおりである。
そのことの最大の秘密は、実は宮崎さんが、飛行を支えているのは空気に他ならないということに徹底的にこだわっているためだと思う。
日本のアニメは、「宇宙戦艦ヤマト」の時代から、宇宙空間を中心に飛行シーンを描くことに特異的に発展したために、この「空気があっての飛行」ということに対する感性がアニメーターの間でほんとうには熟成されないままになりがちだった。
振り返ってみれば、これまで宮崎さんが関与した作品の中で、宇宙空間を舞台にしたものが、果たして一本でもあったろうか???
飛行機乗りは、そうやって「大気を味方につけ」ないと飛行機を操れないことを嫌というほど知っている。
そして、更にはその大気との関係と共に重要なのは、飛行するための道具としての「機体」と操縦者が、自分の体の延長であると感じられるところまで「一体化」できるかどうかである。
この「魔女宅」のクライマックスシーンにおいて、故障し、大破した飛行船にぶら下がったトンボを助けんがためにキキが活用したのは、たまたま通りがかりの清掃夫のおじさんが持っていた、ありきたりのデッキブラシだった。
キキがこのデッキブラシの操縦に手こずったのは、スランプ脱出直後の初飛行のためばかりではなかろう。更に、単に箒の場合とは勝手が違うというだけですらなく、心を込めて魔女が手作りしたハンドメイドではなくて、量産型の既製品だったからに他ならないだろう。
おかげでその「機器」との「対話」が成立しにくいのだ。「人馬一体」にはほど遠い。
「こら! いい子だから言うこと聞いて!」
「まっすぐ飛びなさい! 燃やしちゃうわよ!」
このような、「モノ」に過ぎない筈の対象に身体ごと「潜入(dwell in)」して、試行錯誤の身体的「対話」を重ねて、はじめて高度な習熟スキルとして自在に操れるという点が、単なるマニュアル的な「技術(technique)」と習熟的な「技能(skill)」の違いであることは、ハンガリー出身の科学哲学者、マイケル・ポランニ(ポランニュイ・ミハイー)の「暗黙知の次元」 で詳しく述べられている。
そして、このような、多くの人にとっては身の危険を犯すスリリング過ぎる活動(曲芸や楽器の演奏やスポーツなども含まれよう)に没頭する人たちのことを、ハンガリー出身のイギリスのもうひとりの精神分析の大家、マイケル・バリント(バーリント・ミハイー)は、「フィロバット」と呼んでいる。
(このバリントの2大名著はまたもや再販されない状態に入ったみたいなので、この件については、私の学会発表時の添付資料としての2冊の抜粋がPDFとしてサイトに載せ続けているので、興味のある方はこちらからご覧いただきたい)
「フィロバット」的人物=「フィロバティズム」が優勢な人物においては、はっきりとした輪郭と「固形の」性質を持った、「反発(objection)性」がある、自分からは独立した「対象(object)」との関わりに生きているのではない。
古代ギリシャから言われてきた四大元素、すなわち、「土」「水」「火」「風=空気」という、自由に形状を変え、流動的で、対象を「包み込む」こともできる「前-対象」との友好的(frendly)な関係の中に生きている。
バリント自身の言葉を借りれば、「魚にとっての水のごとき」環界との友好関係を信頼していられないと、自由闊達にそのスリリングな能力を発揮できないのがフィロバットなのだ。
突如別のアニメ・コミックを引き合いに出せば、「キャプテン翼」の名言、「ボールは友だち」の世界である。
観ている人は、サッカー選手がいとも鮮やかにボールを「操って」いるかに見えるかもしれない。しかし、選手の主観は正反対のはずだ。まるでボールの方が自分のために最大限の協力を惜しまないかのようにして自発的に協調してくれているという感覚のはずである。
*****
ところが、このフィロバディズムを生きる人たちは、自分をつつむ外界との圧倒的な信頼感・一体感に亀裂や隙間が生じると、たいへんな危機を迎える場合がある。
キキが陥った「飛べなくなる」状況は、まさにその典型だろう。あの孫娘が冷たく扉を閉じた瞬間、キキとキキを包む「世界」全体の間に深刻な「壁」と「亀裂」「隙(す)き間」が立ちはだかったのである。
キキはもはや心から自由に「呼吸」することができない状態に陥った(風邪を引いた)。そして、せっかく心が通い合ったかに見えたトンボが、「あの孫娘」とも友達であると知った瞬間、トンボも「向こう側の世界」=「同じ空気を吸ってはいない存在」ではないかという疎外感に一気に引き込まれ、キキは自ら心を閉ざしたのであろう。
(確かにそれはキキのひとつの思い込み・・・いかにも思春期的な・・・に過ぎず、エンディングではこの孫娘と二人が親しく会話しているシーンが挿入されてすらいる! これは単にキキが有名人になったからだけではなくて、その後交流するうちに孫娘の人間の全体像が見えていなかったことにキキも気づいたのではなかろうか)
*****
不幸にしてそうでない人もいるが、多くの人は、全く天真爛漫に、世界との一体感に浸り、心安らかに浸っていられたかすかな記憶のようなものを抱えて生きている。
そのさりげない記憶の世界でその人を「包んで」いる「やさしさ」とは、必ずしも人からのやさしさではないはすだ。
陽の光、何げない風景の一つ一つ、それどころか室内の家具調度のひとつひとつ、つまり、自分を包む「世界」全体が、自分をやさしく見守ってくれているかのような体験だったのではないかと思う。
(私がそのことをはっきり思い出した時の記録は、先述の学会発表時の論文集の本文の方にエピソードとして記載している。そちらもPDF化してあるので、興味のある方はこちらをご覧いただきたい)。
****
さて、「魔女宅」のエンディング・テーマは、ユーミンこと荒井由実(松任谷由実)の初期の名曲、
「やさしさに包まれたなら」である。
こちらからリンクをたどっていただいて、歌詞をもう一度丁寧に読みなおしていただくと、ある事実にお気づきになるかも。
ここに登場する「やさしさ」で包んでくれる存在の「正体」(?)とは、実は恋人ですらなく、生身の人間ですらなく、世界そのものだということ。
*****
そして、きっと、
> 大人になっても、奇跡は起こる
のである。
*****
ところで、エンディングをよく観ると、キキの乗っている箒は、掃除夫のおじさんに「必ず返します」と言った筈のデッキブラシのままなのである。
トンボが作りつけてくれた鋳物の看板ですら、デッキブラシ姿ですよね。
これは単に「事件」を解決した象徴だからとか、縁起かつぎ(?)などではなくて、ひょっとしたら、キキ自らが「選択した」行動だとも思えるのですが。
このあたりの意味、考えてみるに値すると私は思えてきました。
*****
この記事への「あと書き」がこちらにあります。
【追記】:この記事の姉妹作(?)となった、「崖の上のポニョ」論はこちらです。
バリントの「治療論からみた退行」についての総論を、こちらで書きました。
MISSLIM(「魔女宅」で使用されたのと同じ、テンポの速いバージョンが収録)
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先生、いつもお世話になっております。
記事をありがとうございます。
(唐突ですが、)だとしたら・・・、
なぜ、ボールが友達でなくなる瞬間(もしくは期間)というのが、やってくるのでしょうか?
いわゆる‘成長の糧’とかいうような汗臭い?類の理由付けを、すんなりしたくない私がいます。
フィロバディズムに生きる、というのは、根性論とはむしろ反対位置に存在するもののような気がするのですが・・・。
だとしたら・・・、ある日突然世界が友達でなくなってしまうことの意味はなんなのでしょうか?
ずっとその疑問が頭から離れません・・・。
投稿: 輝々 | 2009/10/23 22:35
>輝々さん
いつもコメントありがとうございます。
そうですね・・・・・結局、ボールというのはほんとうは動物ですらない。「生き物」ではない。つまり、「友だちのように協調してくれる」というのはひとつのファンタジーなんですね。これが自然全体となると・・・・少なくとも砂漠や氷原の民ではなく、温和な気候のことが多い地域の人々に関しての話ですが、やはり基本的には「母なる」ものであり、自分を基本的にやさしく包み込んでくれているものとして体験できることが多いかと思います。
(ユダヤ教やキリスト教、そしてイスラム教は、もとはといえば「砂漠の民」の宗教として出発した。彼らがなぜ強固な「一神教」を通してしか人との絆を形成し得ず、「救済」体験を持てなかったのかの重大なヒントがそこにあるかと思います。自然を神様として「拝んで」も何も「恵んで」くれないのですね。・・・・余計なウンチクを付け加えれば、古代エジプトは多神教だったので、別ですが、当時はまだサハラ砂漠一帯は今ほど砂漠化が進行していなかったこと、あくまでも「母なるナイル」中心の文明であったことを考えに入れる必要があったでしょう。太陽神アテンのみを拝んだアメンホテプ4世は異端的存在でしたし)
問題は、結局人は成熟するにつれて、個々の「自我」を有した「他者」(=精神分析用語で言う「外的対象」)との関係の中で絆と信頼感(いい意味で距離を取って居場所を与えてくれることも含まれます)を経験できないと、主観的には「世界全体」との関係に容易にひびが入るということです。
これは思春期の少年少女だけではなくて、統合失調症傾向のある人や欝傾向のある人の場合に、余計にそうだといえるかと思います。本文でははっきり触れませんでしたけど、虐待を幼児期から受けて育った人などの場合には、「幸福な幼児期の世界との一体感」との体験が全くに近く思い出せない場合もままありますし。
自然との関係などで心を癒すことがいいきっかけになる場合もありますけど(その意味では、薬もあまりない時代のサナトリウムが郊外にしかなかったことには、積極的意味があります)、結局は、「(限られた人とでいいから)<人>との絆の再発見」という形が多くの場合、出口でしょうね。そして、それをサポートする「癒し手」は・・・・ウルスラのような人間が、必要だということになるかと思います。
実は私は「キャプテン翼」をそんなに観てはいなかったんですけど、曖昧な記憶で言うと、翼くんというのは早い段階から天才過ぎて、孤高な部分(つまり「ボール『だけが』友だち」というオタッキーな部分)があったと思うのです。それが、指導者やチーム内やライバルとの「人間関係」の中で、「何か」が目覚めていった・・・・という展開だったように記憶します。
投稿: こういちろう | 2009/10/24 12:06