「生きる」
言うまでもなく、黒澤明監督、1952年の名作である。
先日、「死ぬまでにしたい10のこと」について書いた時(こちらを参照)、やはりこの種のテーマについての古典中の古典だし、BS等で放映された黒澤作品は結構観て来たはずなのに、この作品だけはなぜか見る機会に恵まれていなかったこともあるので、一緒に借りてきていた。
有名なブランコのシーン以外にも、個々のシーンのいくつかに見覚えはあるが、恐らく黒澤作品についてのドキュメンタリーなどで断片的に紹介されていたのを観ただけだろう。実際にテレビ等で見たことがあれば、全編を見ていくうちに容易にデ・ジャ・ビュー感が蘇ることが多いし。
****
この映画の一番凄いのは、志村喬演ずる市民課長の主人公が癌で死んだ後で、残された人々・・・・上は市の助役から、他課のトップ、部下たち、そして直接の遺族、更には・・・あ、コレはさすがにネタバレ避けます・・・との間で延々交わされる、故人を偲んでのやりとりと、それら個々の人が思い出していく、生前の主人公の振る舞いについての回想をクロスカッティング的に差し挟みながら(厳密には「クロスカッティング」とは、同時進行の別のシーンを行き来する場合らしいが)進んでいく「最後の40分」(全体では2時間半の映画である)に尽きると思う。
このことは映画通には知れ渡ったことで、映画の作劇術の鮮やかさについては語り尽くされてもいるようだけれども、私なりの言葉で書いてみたい。
ここでなされる対話の辛辣なリアリズムにはほんとうに舌を巻くしかない。これだけ大人数の役者が重ねる議論、ちゃんとひとりひとりの立場と性格の違いまで完璧に計算され尽くしている。脚本術の高さという点では想像を絶すると思う。
話がひとつの方向に収束してみんな納得するという流れにはなかなかならないのだ。繰り返し繰り返し、そこに集う「お役所公務員」の骨の髄まで食いいった、「職場で勤め上げようとすれは、何もしちゃいけない」という適応スタイル、他部署との縄張り意識、選挙対策まで持ち出す「一見もっともらしい状況分析」が、いやらしいまで議論を元の木阿弥にしてしまおうとする。
ほんとうにお通夜の席で、このような、ほんとうにうねうねとしたやり取りが延々と続いていても何もおかしくはないというくらいにリアルである。
この、集団での対話の異様な生々しさの背景には、この映画製作直前の時期まで続いた東宝の労働争議を目の当たりにした中で、黒澤をはじめとした製作スタッフが肌身に染みて感じた事柄も、ダイレクトに反映しているのかもしれない。
もとより、こうした寄せては返すような膠着スレスレの対話を重ねる中で、それぞれの周囲の人物の中に残っていた、忘れかけていた記憶の断片が蘇り、皆の中でシェアされていくうちに、ジグソーパズルは徐々に完成され、故人の生き様とその動機が何だったのかについて、やっとひとつの立体的な像を結び始める。
遺された人々の記憶を寄せ集めて、共有する中で、はじめて故人の「生きる」姿が再建されるのである。
故人はもちろん自殺ではない。しかし、それはまるで自殺者の周囲に残された人々のケアのためのpostvention(詳しくは高橋祥友先生の著作参照)の一環としてのブリーフィングの集いが理想的に機能したときに生じる現象のようでもある。
あるいは、ロジャーズにはじまる「非構成的エンカウンターグループ」において「クループの力」が徐々に生産的な展開を導き出すことも連想させる。
もとより、それすら、その後に続くあのようなエンディングという形でしか描かないあたりにこそ、それは観客ひとりひとりの「生きる」あり方の問題ということを最後に突きつけているのだと思う。
*****
それにしても思う。
人は、自分のできる領域の中でこそ、何かを成さねばならない。
もとより、たったひとりの人間の意志だけでは世の中は動かない。
でも、誰かが強い意志を持って他者に働きかけ続けないことには、周囲の人間も動き出さないということ、それは信じていたい。
*****
※引き続いて、「おくりびと」の感想がこちらにあります。
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