友人からの言葉 2
「自分たちだけが理性的でロジカルで、その思考の道筋を取って行けば、相手も自分たちと同じところにたどり着くはずだ・・・・・みたいな調子の人たちは、ちょっとねえ・・・」
私も賛成である。
私は「啓蒙」という言葉を好まない、というと、その人も「私も嫌いな言葉だ」と頷いた。
「無知蒙昧な」人たちを「啓発してあげる」という、すごい「上から目線」だから。
そして、そこまでいちいち「仮想敵」を作らなくてもいいのに・・・・と、思うことがある。なぜそこまで「野心的」になるのか? 「権力志向に」なるのか? 「党派的」であり、なおかつ「党派的覇権」を求め、他のグループに対して排除的な態度をあからさまにするのか?
あなたがたはそこまで「不当に」迫害され、抑圧され、疎外されてきたのか?
もっと慎ましやかに存在を示していたって、その持ち味に気がつく人は気がつくのである。むしろ、そういう静かに存在を示している人の方が、人はその人に「倣(まね)ぶ」心境に自然と到達することがある。
例えば、自分たちは「実証科学」である、でもあの連中は「アート」だ、という十把ひとからげもどんなものでしょう?
何かふと、そうやって「自分たちだけが正しい」みたいにかたくなに主張するから「こそ」、煙たがられ、遠くから眺められるみたいになってはいまいか、そういうのを社会心理学で「自己成就的予言」っていいませんでしたっけ? そこに生じている「認知と行動と相手からの反応の悪循環のサイクル」って何なんでしょうね?・・・・・などとおせっかいにも言いたくなるのである。
何か、そのへんで「戦略的に見ても」、何か賢くない。
その「中華思想」ぶりが敵を作っているんだけどな。
・・・・・以上、何より自戒を込めて。
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