睡眠障害の女子高生、ひとみのケース -劇場版「エスカフローネ」-
いつも眠いの。
私、ヘンかな?
どうしてるかな?
何か疲れてるのかな・・・・
みんな元気だよね。
私はダメだよ。
だから眠るの。
眠っている間にそのまんま
みんなが気がつかないうちに
私は消えるの。
私が消えても、
何も変わらない。
その少女は、授業をサボって、屋上で横たわり、放心していた。
ただ放心していたのではない。
その少女の傍らには、親友に宛てた一通の手紙。
「私 死にます。
さようなら。
ひとみ」
その手紙の傍らには、脱いだ靴まできちんと揃えられて置かれているではないか!
神崎ひとみは、死に切れなかったのだ!!
****
その手紙を発見した友人は、
「そんなやり方で死なないでよ。
友だちとして恥ずかしいから」
ひとみは、やや自嘲的に、言葉を返す。
「死なないわ。
生きてるよ。
このまま歳取って、
ばーちゃんになって、
死ぬ時が来るまでは生きてるよ」
友だちは、それにもめげずに提案する。
「明日街に行く約束したの、覚えてるよね?
行こうよ! ひとみ!」
この子だって、ひとみの「遺書」にぎょっとし、心配しなかったわけでもないだろう。
ただ、ひとみの身になって、ひとみの目線に立って、ひとみの悩みを受け止めることはしんどかったので、こういう軽い受け流し方をしただけのことだ。
彼女にとっては、まったりと続く「大いなる日常」の中で、自分と一緒に、ひとみの気持ちが「何となく」癒され、紛らわされていくことに期待をつなぐことしかできなかったのだろう。
******
だが、二人が街で、一見無邪気に楽しいひと時を過ごした後、友人がひとみに、マジに心配する言葉をかけた時、ついに二人の間に亀裂が生じる。
「私マネージャーだし、ひとみが辞めちゃっとこと、顧問の先生にどう伝えたらいいの?」
・・・・・などと、あたかもマネージャーとしての自分の都合を優先するかのようにして、ひとみに言葉をかけたのが、彼女の最大のミスである(^^;)
(これじゃ、ただでさえ人を払いのけたい心境のひとみにとって、自分が思いやってもらっているとはいよいよ感じようがないの!!)
ひとみは一気に払いのける。
「いいよ、私のことなんか。
鬱陶(うっとう)しいよ。
放っといてよ! 私のこと!
いやなヤツ!」
友人は、
「そっか、私、寄るところがあるから。
じゃ、明日、学校でね!」
と、そそくさと立ち去るのみ。
(だーかーら、そういう返事そのものが、ひとみを更に傷つけ、疎外するのだよ)
ひとみは更につぶやき続ける:
いやなヤツ。
消えちゃえよ!
いやなヤツ。
友だちを傷つける、
いやなヤツ。
だから私を・・・・
(消してしまいたい)
ここで、セリフの意味が、巧妙にすり替わっていく。
恐らく、ひとみは、単に友だちに傷つけられたと感じていたのではないのだ。
同時に、友だちを傷つけた自分が「いやなヤツ」だとも感じている。
そういう形でしか存在し得ない、人との関わり全体が「鬱陶しく」なり、この世から自分が消えてしまえればと感じているのだろう。
*****
この、過眠に陥った、すでに十分に欝への道をまっさかさまに進んでいる女子高校生、ひとみの前に、突如、異世界からの召喚がかかる。
「そう、消え去ればいい。
悲しきこの世界を、
すべてを消し去る」
この声の主、フォルケンは、異世界、ガイアにおいて、ある王国の長兄だった。しかし、占いによって王位継承権は義弟のバァンに定められた。
そのことに怒り狂ったフォルケンは、父母を殺し、宮殿を、王国を破壊し尽くし、今や巨大な空中要塞から、ガイアのすべての国を隷属させようとしている「黒竜族」の首領である。
フォルケンは、自分のすべての悲しみを自分が王位継承者になれなかったことに起因すると感じており、かつて一度ガイア全体を破壊し尽くした伝説の「鎧」、エスカフローネを復活させて、自分もろともガイア全体を消し去ることを唯一の望みとして生きている男である。
そして、エスカフローネをガイアに覚醒させるのに必要な触媒、「翼の神」が、こうしたフォルケンの心情にシンクロする潜在力を持ち、自分の世界から「消えてしまいたい」とも念じていた、ひとみだったのだった。
*****
こういう登場人物が作品に登場すると、
「そんなに絶望しているのなら、周囲を巻き添えになんかせずに自殺したらいいのに」
と感じ、感情移入しにくいと感じる皆さんが必ず少なからずいるかと思う。
このことの謎を解く鍵は、フォルケンとシンクロしているひとみの側が、すでにつぶやいている。もう一度紹介:
眠っている間にそのまんま
みんなが気がつかないうちに
私は消えるの。
私が消えても、
何も変わらない。
このことそのものが、すでに空しいのである。
だから、周囲の人を、誰彼となく、巻き添えにする。
こうして、さまざまな無差別殺傷事件のことを連想することにもなるが・・・
(ちなみに、このフォルケンに蹂躙された民は、「アバハラキ」と呼ばれている。当然「秋葉原」のアナグラムであろう。そこに深い意図はなかったろうし、この映画は2000年に製作されたものであるが・・・・)
******
ここでこうして紹介してきたのは、2000年に公開された、劇場版アニメーション、"Escaflowne"の最初の方のシーンである。
この劇場版制作の元になったTVシリーズアニメ、「天空のエスカフローネ」(1996)は、「人魚の森」を例外とすると、今までのところ、私が最後に通して観たテレビアニメである。
このアニメについては、テーマソング、「約束はいらない」を中心として、このブログでもすでに以前にもご紹介したことがある。
「約束はいらない」(PV) ←オープニングを拡張して、TVシリーズの名場面集の体裁を取った、実に見応えがあるものです。
世は「エヴァンゲリオン」テレビシリーズ放映終了直後、「エヴァ」ブーム沸騰の最中だった。
そうした中で、この作品は、シリーズ構成:河森正治(マクロス)、キャラクターデザイン:結城信輝(ファイブスター物語)、音楽に菅野よう子、溝口肇、BGM演奏はワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団、その他の強力布陣を最大限に生かし、固有の美学と味わい・・・・流麗さと気品と清澄さとオープンな空気・・・・を持った作品として、忘れられない記憶になっている。
日本でに留まらず、ヨーロッパをはじめとする海外での放送で、狭い意味でのアニメファン層を超えてたいへんな人気が出て、TV放映ジャパ二メーションへの欧米社会での評価全体を当時再興したというのも、頷ける気がする、
感性がいい意味でユニバーサルで、批評家やマニア層にだけ受けるタイプではないのね、この作品。対象年齢層も幅広く、しかし、何か、ただそれだけではない"something"で魅惑する。
この作品のような清澄でさわらかな空気の広がりとスケールと上品な風格をもち、夢とファンタジーのある作品が、今もテレビの幅広い層が見られる時間帯に放映されているといいんだけどね・・・・
****
TVシリーズから数年を経て、劇場版が作られたということについては、アニメからほぼ離れていた数年間全く知らず、昨年ごろ、YouTubeを通して知った。
今販売してるのはブルー・レイだけ?
●劇場版エスカフローネ ファーストシーン(YouTube)
↑この冒頭シーンだけでも、TVシリーズに比べると遥かにハードな空気が漂い、いつか全編見てみたいと思っていた。
私はこの数年、ともかく自分からはアニメを自分から進んではあまり観たくない心境になっていた。「エヴァンゲリオン」で単行本まで出して、コミットし過ぎ、距離を置きたくなっていたということも大きい。
阿世賀浩一郎/エヴァンゲリオンの深層心理―「自己という迷宮」
そうした中で、いきなりのDVD購入で、圧倒的に賛辞を惜しまない心境に達したのか「時をかける少女」だったこともすでに記事にしたことがある。
(同じ細田守監督のこの夏封切りの劇場アニメ、「サマーウォーズ」は観ると思います(追記:観た結果の記事はこっちからはじまります!!)。劇場用特報(60秒の。予告編ではなく)で、田舎を舞台にした映像に、チャイコフスキーの「エフゲニ・オネーギン」の「ポロネーズ」を華麗にフューチャーしたミス・マッチの妙だけで、本編で使うのかどうかわかんないけど、センス的に、もうたまんないねえ!!)
先日、ふと、そろそろ少しだけ、再びアニメ「解禁」していいのではないかとも感じた。
まず、観ようと思ったのが、「エスカフローネ」だったわけです。この作品なら、重厚過ぎもしないし、巨匠然ともしておらず、マニアックに過ぎない内容のはずだから、「慣らし運転」にちょうどいいだろうと(^^;)
(・・・・・同時に借りてきたのは、私がここ数年一番観るのを億劫がっていた、押井守さんの劇場版「攻殻機動隊」2部作だったりして・・・感想はこちら)
*****
ところが、蓋を開けてみたら、劇場版「エスカフローネ」。ここまで全編の作風や設定がTVシリーズと違っているとまでは思っていなかった。
おかげで、こうして、予想外に重厚な記事にできつつあるわけある(^^;)
シビアな世界観。そもそもひとみの性格をここまで変容させるのは大胆な決断だったと思う。
1時間半強の劇場アニメとして、無理なく描ききれる形にストーリーも設定も整理されている。CGの使用はごく控えめで、劇場用とすればあと一歩ハイグレードな作画も当時の水準で可能ではあったろう。
しかし、TVシリーズについての予備知識皆無で観ても十分に堪能できる佳作に仕上がっていると思う。
日本での公開は限られた上映館だったらしく、劇場で見た人は限られているようだが、海外各国で公開され、フォン層を更に増やしたというのも納得である。
****
どうも、ネット界では、惜しくも早くして亡くなった近藤勝也氏監督のジブリアニメ「耳をすませば」を「鬱アニメ」と呼ぶ風習があるらしい。
●『耳をすませば』が鬱映画?(教えて!goo)
ここでのやり取り全体にいろいろ苦笑してしまったけど、この映画を観ている側の方が映画の中の青春の描き方に勝手に落ち込んでいるというケースが少なくないようなので(その程度で軽々しく鬱なんていう言葉使うなよな~
)。
その点からすれば、この劇場版「エスカフローネ」は、TVシリーズと比較した時、このひとみとフォルケンという、劇場版では一番の鍵を握る登場人物二人が、こぞって似たような鬱状態として描かれているとは言えるかと思います。
その分、劇場版では、バァンの位置づけがやや地味になったともいえるかもしれない。しかし、ある観点からすると、バァンの方が、絶えず皇位継承者としての重圧を身に帯びて生きてきた孤独な武人であるという観点からすると、執着気質的で、古典的な鬱病の病前性格の持ち主であったともいえるかも。フォルケンとひとみのほうが「新型うつ病」的のようにも思えます。
そして、バァンは、ガイアという世界で、個人的人間関係の如何に関わらず、生きる目的と責任を背負っているという点が、フォルケンやひとみとは好対照な存在なのだ。
戦いの後、ひとみをガイアに引きとめさせているのは?・・・・バァンとの個人的な絆を失いたくないという思いだけだったろう。
これが、TVシリーズの、心地よい余韻に満ちた終わり方(↓)とは好対照なまでの、非常にあっさりとした形で、ひとみがガイアから地球に呼び戻されてしまう、ややビターなラストシーンの背景にある、この作品の世界観なのではないかと、勝手に妄想している。
↓これが「テレビシリーズの」ラストシーンです。
●Escaflowne- Ending Scene Credits(YouTube)
劇場版のラスト、あれは決して、フォルケンの夢の実現と同じことがひとみに生じ、ひとみが消滅したと同時に、地球も消滅した!!・・・・などというブラックなラストではないとは思います(^^;)
ひとみがちゃんと地球に帰り、別れたバァンとの絆を大事にしながら生きているらしいことは、エンディングテーマで、きちんと歌われていますしね(^^)
*****
・・・・・以上、恐らくこういちろうによる、このブログでこれまでで一番本格的なアニメ評論のエントリーでした!!
最後に、やはり「サマーウォーズ」の宣伝にも協賛しましょう!!
●【公式】『サマーウォーズ』 時をかける少女監督の最新映画 予告編(YouTube=KADOKAWA Anime Original)
↓こっちにはチャイコフスキーの音楽は出てきていませんが。
●サマーウォーズ 予告編(YouTube=KADOKAWA Anime Original)
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劇場版ちぇっく したくなる内容でした。ありがとうございます。
2点ほど… 民の名前「アラハバキ」では? by日本神話です
もひとつ 「他の人を巻き添えにしないで死ぬ」人ならそうしてるんですよねー。
怒りとか悲しみが強いと愛情が裏返って、
「わかってほしい」→「死んでもらって自分の悲しみをわかってほしい」
とかね なるんですよ。
「殺したい」というより「わかってほしい」行動の答えが 他殺 なだけ
とか一例ですが… 憎しみで殺す人の気持ちはよくわからない。
悲しくて「全世界の人間をきれいさっぱり一人の例外もなく殺す」ならわかります。
あるいは「戦って死ぬ」ならわかりますけどねー 自殺とかは信じられない。
まぁ人の心理はいろいろなのでしょうね。失礼致しました(m_ _)m
投稿: やくそくはいらない | 2010/07/03 13:05
>やくそくはいらない 様
webの世界から数ヶ月ほぼ離れていたので、お返事が大変遅くなりました。そのことで失望させていたのではないかと気になってしまいました。
再度ご訪問いただき、お読みになるかどうかわからないですが、遅ればせながらレスをお書きします。
> 民の名前「アラハバキ」では? by日本神話です
知りませんでした。勉強になりました。ありがとうございます。
第2の問題は、自分で書いておきながら、実にデリケートなので、言葉を選んで慎重に書かせていただきますが、
> 「殺したい」というより「わかってほしい」行動の答え
> 悲しくて「全世界の人間をきれいさっぱり一人の例外もなく殺す」ならわかります。
やくそくはいらない さんの書かれたことは、何か大事な側面をとらえていると私も共感しますよ。
投稿: こういちろう | 2010/10/06 16:32