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2009/06/16

「眠らないままでいよう」とする衝動を語った鬱の人

 不眠(正確には入眠困難)という現象は、一般に、「本人は眠りたいのに、どうしても寝付けないことに苦しんでいる状態」というふうにとらえることを、暗黙の前提にしているようにも思える。よりわかりやすくいえば、「寝つけないことに苦しんでいる」という状態である。

 もっとも、「夜遅くになっても、時間を気にせずに、何かの活動をを眠らないままやり続けたい(はじめたい)」という場合もあるだろう。これは一般に「夜更かし」と呼ばれる。

 もう1ついえば、「明日の朝までにやらねばならないことがあるので、眠い目をこすりつつ、嫌々ながらも、その作業を張り続ける」という場合もなる。これを「不本意ながらの徹夜覚悟の作業」などと名づけることもできよう。


*****


 ところが、ある、回復期のうつのクライエント、Aさん(男性 通院治療 投薬中 午後のみアルバイト勤務の日あり)の話を聴くうちに、私は、もう1つのタイプの「夜、眠らないまま起き続ける」状態がある気がしてきた。

 それを私は、「眠らないままで起きていようとし続けることへの、わけのわからない誘惑」と名づけることにした。


(以下、Aさんご本人の承諾の上で、事実の改変を交えながら書いて行きます)


 Aさんは、理系の大学卒業後コンピュータ業界で働いていたが、数年で鬱になって退職した。長身で、細身の男性である。

 自分なりに心理の本は結構読んでいて、自己分析能力・言語化能力に非常に長けている。繊細だが、非常に知性の高い方という印象がある。

 Aさんは、睡眠導入剤の処方はすでに数年受けていて、その効き目を十分に感じていた。ところが、ここしばらくのうちに、「眠りにつくのが遅くなる」傾向と共に、少し鬱が戻ってきたかなと不安を感じていたのである。


 Aさんは言う。


私の場合、世間で言う『入眠困難』というのに当てはまるのだろうか? と思えてきたのですよ。

目が冴えてしかたがないから起き続ける』というのとはまるで違う気がしてきたんです。疲れ切っているのは凄く自覚しているし。

 眠る前に、例えば本を読みたいとか、ウェブをしたいとか、そういう具体的な何かをしたいという思いが勝っているわけでもなくて。

 ・・・・自分でも説明がつかないわけですから、このへんを、お医者さんにうまく伝えたことなんて一度もないことに、気がついたのです」


・・・・と。


 Aさんに言わせれば、むしろ「自分を眠らないままでいさせようとする」わけのわからない衝動の方が先にあり、そうやって起き続けるのは何か手持ち無沙汰なので、何かやることを探し始めるらしい。

 例えば、TVで深夜時間帯の番組を見たりする。すると、そのうちに1,2時間で気分は落ち着いてくる。さすがにそのあとは眠りにつきやすくなることもあるが、場合によってはそれでも済ませれない。またしても「眠らないままでいさせようとする」衝動がつき上げてくることもあるとのこと。

 Aさんに言わせれば、「夜が明けてから、何かの活動をしていくことが不安だとか嫌なのかなとも考えてみたが、自分としては、こうしたことの繰り返しのせいで、昼間いい調子で活動できないことの不満の方が大きい」という。


*****


 なぜAさんの訴える現象に私が関心を持ったのかというと、彼の話を聴くうちに、今にして思えば、他ならぬ私が、数年前に、鬱になる直前の時期に、まさにこうした「自分を眠らないままでいさせようとする」衝動に衝き動かされる中で消耗し、うつ状態にどんどん近づいていく悪循環にはまったようにもまざまざと思えてきたからである。

 そして更に、私の中に、もっと昔の、ひとつの記憶がよみがえった。

 Aさんに、「私の連想を話してみていいいか?」と断った上で、以下のことを口にしてみた。


 私が若い頃から「鉄っちゃん」だったことはこのサイトでもカミングアウトしているとおりで、しかも、今はどんどん減っているブルートレイン(寝台列車)のファンである。

 「私は若い頃寝台特急に乗る時、せっかく寝台券を買っているにもかかわらず、夜通し、カーテンの隅を開けて、外の景色を見続けようとしていることが多かったんです。もちろん、明かりの消えた寝台車からだからこそ味わえる夜の車窓の景色に魅せられていたことは確かなのですが、とてもそれだけでは説明がつかないものがあって。中学生の頃からそうでした。・・・・・今、お話をうかがいながら、あなたのいう、『眠れないままで起きようとし続ける誘惑』というのと共通の何かが、その頃の私の中で突き上げてきていたような気が、してきて」

Aさんは、


「確かに、私のと相当似ているかも知れませんね」


とうなづいた。


*****


 そしてAさんは、更に次のように話し始める。


「まるで、自分の中のもう一人の自分が、『寝ずの刑』を自分に課しているかのようなんですよ」。


 これを口にしてしばらくして、Aさんはは突如苦笑します。


 「・・・・・今気がつきました(笑い)。

 その、『眠ずの刑執行人』自身もまた、自分も眠いにもかかわらず、目をこすりながら、サディスティックなまでに、鞭をふるい続けているんですcoldsweats01

 そして『私』もまだ、マゾっぽいくらいに、その『眠らずの刑』を、甘んじておとなしく受けている。

 ・・・・・・二人とも寝起きを共にする時間帯は同じなんです(^^)。ですから、二人して日に日に疲れていくんですね。・・・・・ほんとは、刑執行人の方も、サドというよりマゾなんだといますよ(^^)

 ・・・・・話していて、ちょっと楽になってきました。まるでコメディー映画のワン・シーンを見ている気もしてきて」


 私はここで、アン・ワイザーさんのフォーカシング技法(「フォーカシング ガイド・マニュアル」) における「2つ以上のものが出てきた時」(訳書pp.107-9)に、それぞれを「認めてあげる」にあたることを提案する。


「では、あなたの中の『寝ずの刑』の『刑執行人』の方にも、

『あなたも眠たいのに、たいへんですね』

と、労(いた)わってあげるようなつもりで言葉をかけてみるのはいかがでしょうかね。

 ・・・・・・・・そして、刑を『甘んじて受けて』いる側の『もうひとりのあなた』にも、労わりの思いを向けてあげるつもりで」


*****


 Aさんはそれを味わった後、更に次のことを口にした:


 「確かに、『眠らないようにする』ことは、どこか自分に対する処罰じみていますね。

 "punishment".........私は何を罰しているのかな・・・・・・・

 ・・・・・・ちょっと言葉にするかどうか迷いましたけど、先生が男性だがら率直に思い浮かんだことをいいます。

 中学生の頃、マスターベーションをしていて、もう全然快感を感じなくなっても、それでもサルのようにヌキ続けた頃のことを思い出しました。

 とっくに『空砲』になっても、それでも繰り返す・・・・『あんな』感じなんですよ。この『自分を罰する』かのように『眠りにつかせない』感覚は。

 もっと大人になってふと振り返ったことがあるのですが、マスターベーション、少なくとも「やり過ぎ」の域のそれって、実は性的な快楽を自分で得て、満たされるための行為ではなくて、むしろ自分の中にある、いきいきとした衝動性というか、感覚に開かれた形でものごとを楽しむ感性みたいなものを、片っ端から『芽を摘んでいく』ための行為のように思われ始めたんです。つまり、マスターベーションは『去勢行為』だって。

 今の私は、いったい私の中の何を『去勢』しようとしているのかな・・・・・とか、連想してしまったんですよ。

 私は、私の中で成長しようとしている、ある健全なエネルギーの芽生えを「摘み取ろう」という衝動に屈している気もする。

 『眠らないままでいようとすること』で、自分の中のそういう芽生えを『磨耗』させ、『すりつぶして』しまおうとすらしているような。

 「摘み取らない」ままでいると、私自身怖いのかもしれない。

 それは・・・・・

 まだ社会復帰途中の私は、実は自分の中に、すごい「孤独」や「疎外感」を感じているんです。そしてそれを癒したい・・・・という性急なまでの衝動も隠れている気がするんですね。そういう「孤独感」「疎外感」を癒したいという衝動と、まともに直面してしまうのが怖かったということでもあるのかな? という気もしてきました。

 それは中学生の頃の孤独にも通じる気がします。とても女性とつきあえるようにはなれないという劣等感もってましたし。自分の孤独をひしひしと感じたくなかった、だから、無感覚になるまでヌキくった・・・・それはいえるかと思いますね。

 でも、それだけでもなくて・・・・・私の中に、すでに何か、あるんですよ、本当はもっと積極的にバン!! と打ち出してしまいたい方向性が、芽生えはじめてきている気もするんです。

 確かに、今の私にはそれを焦ってやろうとしたら、とてもそれをやっていくだけのエネルギーはまだないと思います。そういう点では性急に動き出さない自重は大事かと。

 でも、そういう「芽生え」を自分の中で大事に育てたいとは思います。安易に「眠らないままでいさせようとする」ことで、自分を無感覚にしてしまい、芽生えを「摘み取ろうとする」去勢の誘惑みたいなのには屈しないでね。

 これからは、この「眠れないままでいさせようとする」誘惑を自分の中に感じたら、明かりを消して、きちんと床につくことにします。

 本当は眠くてたまらないんだから、「目が冴えて眠れない」というふうにはならない予感がしますしね」


 最後に私は、Aさんに、

お医者さんにも、そのような「眠らないままでいさせようとする」自分がいるみたいだ・・・・という思いを、丁寧に伝えてみたら? これまでの眠剤以外に頓服の眠剤の処方とかがあるかもしれない」

と提案した上で、終わりとした。


****** 


 一週間後に訪れたAさんは、

「実はあの3日後、念のためお医者さんで頓服の眠剤の処方をもらいには行ったのですが、実は試しに1回使っただけで使わずじまいで終わってます。

 ・・・・といいますか、あの面接の後、もう、その日の晩になったら、例の『眠れないでいさせようとする衝動』の方が、おとなしくなって、沈黙してしまっていたんです。

 まるで、そういう『眠れないままでいさせようとしている』もう一人の自分が、『私』に、その存在を気がついてもらえ、『私』に認めてもらえたことだけで、ほっとしてしまったと感じているらしいんですね。

 「やれやれ、やっと、俺の存在、俺の思いに気がついてくれたか」

みたいにして(笑)

 だから、『彼』は、もう、自分の存在に気がついてもらうために、夜な夜な、暗に主張し続ける必要はないようなのです。

 刑執行人の『彼』もほんとうは眠かったんですからね(笑)


 ・・・・・で、私のウツ友で、同じように少しずつ社会復帰し始めている彼女がいるんですが、彼女に、カウンセリングでこんなことに気がついたんだ・・・・と話したら、次のようなことを言われて。

 『あなたと電話していると、なかなか電話を切ってくれないのが気になっていたの。名残惜しいのはわかるし、名残惜しいのは私も同じ。あなたも、『私も眠い時がある、もっと私にも気を使え!!』という訴えをあなたなりに理解して、配慮してくれることも増えていたのは感じていたし』

『でも・・・・今の話を聴けてよかった気がする。私、鬱がひどくなりかけたのに頑張って会社に通い続けていた頃、そうした仕事の後で友達との飲み会に朝まで付き合うみたいな、すごい無茶なことをせずにいられなかった時期がある。

『だから、あなたの『眠らずにいさせようとする』誘惑みたいなものって、私のあの頃のと、すっかり同じではないかもしれないけど、十分実感が想像できる気がする。私の知っている世界だと感じられるよ』

『そして・・・・最近のあなたって、もし、途中で性急に電話を終わりにしてしまったら、その後何かアブナイんじないか?・・・・みたいに感じるところがあったの


・・・・彼女がそう言ってくれたんですよ」


 Aさんは続ける:


 「私はそうやって、彼女が僕のここしばらくの『何か』に気がついてくれていて、陰ながら配慮してくれていたことそのものに、心からの感謝を感じて・・・・・もちろん彼女にその思いを伝えましたよ・・・・・、更に肩の力が抜け、ゆったりと過ごせるようになりました」


*****


 Aさんの中の「眠れないでいさせようとする」衝動を鍵とする「負のスパイラル」はともかくも止まった。

 この日の面接の中で、それまでAさん本人の中でもはっきりしていなかった、これから焦らずに形にしてみたい「それまで思い浮かばなかった、いずれはっきり打ち出してみたい社会参加の行動」についての構想の一端も話していただけたのですが、現在進行形の内容なので、そこには触れないままにさせていただきます。

 
 「私と同じような鬱の皆さんが、不眠について考えていく上で、何か新鮮な一石を投じるものになれば嬉しい」と、進行中の面接過程に関して、ここまで開示することを快く許してくださったAさんに心から感謝申し上げます。


*****


 なお、こうした展開を読んでいると、専門家の皆様の中には、Aさんの中に、一種の「強迫性」の因子が強くあるとお感じの方も少なくないかもしれない。

 確かに、そのようにとらえてみることは妥当だと思えますが・・・・

 実は、Aさんは強迫性障害を意識した投薬治療もずっと受け続けているし、すでに示したように、非常に知的な方で、論理的、かつ感受性に豊んだ話し方ができる人であり、精神分析についても自分なりの読破し、ご存知なので、自分の「強迫性」について内省する力はすでに十分すぎるほど高度なのである。

 ご自身を「鬱にはなったけど、もともとは分裂気質的じゃないか。男性とでも、親密な付き合いは苦手で、『同性愛ショック』じみたところがある気もする。それが先生との面接に影響しないか心配なんですけど」とまで、面接初期に自己分析されていました(^^)

 Aさんにとって必要だったのは、もはや強迫性についての分析や解釈ではなかったのだと思います。更に、薬物療法の支えもあった。

 Aさん自身の中ですでに暗々裏に感じられ、進行している、悪循環を引き起こす負のスパイラルのなりゆき(sequence)について、Aさんなりの形で、新鮮な実感上の気づきとして、無理なく生じていくこと、そして、そうした自分の全営みを自然と愛しめるようになることそのものだったのだと思う。

 私は、Aさんのそうしたプロセスにさりげなく付き従って、最小限のアシストを差し上げ、共にし続けたに過ぎない。

 結果的には、しなやかに進んだ認知行動療法やABA分析、解決指向アプローチにも通じる側面があるかとも思いますが、こうしたあり方が、私の、普段使いの「フォーカシング指向心理療法」的な現場面接の典型と感じていただければ幸いです。


*****


 なお、この面接は現在も進行中ですので、このエントリーに関しては、コメントを受け付けない設定にさせていただきますことをお許しください。



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