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2009/06/05

「すべてのことには、時がある」

 このような不況のご時世にあると、私がカウンセリングをしている中でお会いするクライエントさんの中で、新たな派遣先を探しておられる方や、病気からの社会復帰を模索する中で求職活動をしておられる方の少なからぬ部分は、例えば1年前と比べても厳しい雇用情勢の中で、希望する求人そのものがなかなかないという次元で、すでにじりじりとした日々を送っておられる方が少なからずいます。

 ところが、そうした方の堂々巡りの重苦しい心情を労(ねぎら)い(compliment)ながらも、二人して焦りの負のスパイラルに巻き込まれる形にだけはならないように配慮しながら面接を続けていくと、思いもよらない時に、しかもカウンセラーの私から見ても予想だにしない早いタイミングで、突如明るい声で連絡をいただけることがあります。

 「昨晩までは面接に全然乗り気になれなかったのに、朝になったら起きられてしまった。電車に乗って見てから考えようと思って出発してみたら、車内で、存外に気持ちのもやもやはほどけ、面接でこんなことを聞かれたらこう答えよう、みたいな方針が定まってしまった。行ってみたら、先日の、あのいやらしい圧迫面接の担当者とは打って変わって、いい面接官に出会えました。職場の空気もよかった」

 ・・・・などといった具合である。

 そうした時には、カウンセラーである私のほうが、その人の中にある健全なエネルギーの潜在力について見くびっていたのではないかと、少し恥じ入りたくなるような思いにとらわれることがある。


*****


 すでに最近の記事で繰り返し書かさせていただいて来たことではあるが、人間、何とかしようとむやみにもがくばかりになると、自分自身という泥沼にひたすら沈んでいくことが少なくないように思える。


 以下は、あるフォーカサーの体験である(もちろん掲載許可をいただいている):


 その人は、そうやって求職活動がうまくいかない中で生じている自分の中の焦りや不安や鬱的な感覚の全体についてフェルトセンスをつかんでいった。

 すると、背中から肩甲骨の辺りの凝りや痛み、きしみのようなものとして受け止められた。

 その感じに「そこにいるのはわかったよ」と声をかけてあげ(アン・ワイザー技法でいうacknowledging)ると、「弱弱しくはあるけど、うなづいてはくれ」、そのそばにしばらくたたずんでいてあげてみるように私が提案すると、しばらくの沈黙を経て、

 「さっきよりはその背中の感じは緩んできましたが、自分がそれを苦痛に感じることには変わりがありません

との答え。

 そこで私はここで、次のようなasking(フェルトセンスに問いかける)の提案をしてみた。

「では、もし、その背中の感じがなかったらどうだろう?・・・・ということを想像してみて、身体で感じてみることを許してあげてみてはいかがでしょう?」

 「なかったら?・・・ですか?」

 その人は一瞬当惑した。しかし、しばらくすると、その人の中で、どうもその人にとって思いもよらない動きが生じ始めているらしいことが見てとれた。

(どうしたんです?)

 「あの、いえ、こんなこといっていいんでしょうか?・・・・・実は『なかったとしたら』という先生の言葉を聞いた瞬間、その背中のあたりにいる『何か』が、その言葉に一気にムカついたらくて」

(むかついた?)

「そうなんですよ。『なんだと? オレに消えてしまえというのか?』壮絶な抗議を始めたみたいな様子に、私のほうが驚いてしまって。そして、その背中の痛みのあたりから、まるで腸の管のようなものが、ズルズルズルってどんどん自己増殖してあふれ出すみたいなイメージまでわいてきて・・・・・最初、わ!! グロいなあ、とも思ったんだけど、そのがん細胞の急激な増殖みたいなのが、ホントに、『なくなったとしたら』なんて声かけられたものだから、それにムカつくあまり、思わず『なくなってたまるか!! そんな言われ方するなら、嫌がらせに、増えてやるもんね!!』と訴えている見たいに感じられ来て。・・・・・私は、その、まるで聞かん坊のガキみたいなツッパリかたにむしろ苦笑するといいますか(笑)・・・・・『もう!、わかったわかったわかった!!』といってあげたくなって」

(今の言われ方に、何かその急激に増殖した腸の管みたいなものに対する「愛おしみ」のようなものすら感じました)

「・・・・・・・そうしてあげたら、シュルシュルシュルと、増殖した腸の管を、そいつは、まるで巻尺のボタンを押したみたいに一気に『撤収』いたしまして(笑い)・・・・・・・・『オレが痛みとして訴えて続けてブレーキをかけてあげているから、てめえは、焦りに任せて色々手を出しすぎる無茶をせずに済んでいるだよ、ありがたく思えよな』・・・・みたいなことを言ってくるんですよ。

 思うんですけど、私の中に、

 1.自分の中に不快感や不全感がある
2.私の中に「問題」がある
3.その問題を「除去」するための「対策」として、何か行動に移すべし!!

・・・・・みたいな問題への対処法を自明にしていたところがある気がして。フォーカシングを学んでも、そういうところは堂々巡りしたままだったのかなと思います。

 でも、ほんとうは、私の性分からすると、そうやってアクティブに活路を切り開こうとすると、自分が自分でなくなる不安が強いところがどうしてもある気がします。ズルイかもしれないけど、私は、条件が整うのを待つタイプなんです。ここぞというところでは結構勝負を賭ける自信はあります。まるで巣に近寄ってきた虫を土蜘蛛がサッと巣のふたを開けて引きずり込むみたいな、そういう抜け目なさですね(笑い)・・・・・そういうライフスタイルだけでやっていけるとも思いませんけど、ひとつのとりえだってことには、もっと開き直っていいのかも・・・・って」


 ここまで私が話を聴いていて、彼女に献呈したくなったのは、バラ・ジェイソンが、「解決指向フォーカシング療法」で、座右の銘として書いている(邦訳p.219)次の言葉だった。


「すべてのことには時がある」


 正確には、

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」

(旧約聖書 コヘレトの言葉[伝道の書]3:1 新共同訳)

小型聖書 - 新共同訳


 カウンセリングにおける「効率性」を重視しているかにみえる短期療法系の訓練を受けたバラが、この、人間が自分の判断と努力だけで活路を開こうとすることの空しさを説いたとされる、ソロモン王に帰された言葉を大事にしているというのは、ひとつのパラドクスともいえますが、そもそもマジカルなまでのパラドクスの使い手であるということは、ミルトン・エリクソンにはじまる短期療法のセラピストの本質にも関わるわけでして(^^)

 そして、カウンセリングを不毛な悪循環から脱却させるための「の言葉」は、まさに「時を得た」」瞬間に、カウンセラーが狙い済まして「操縦しようとする」ような邪心すら超越して、まるで神の命に従うかのように、言葉として差し出すもののようであることを、日々の面接の中で、私はどことなく、ある畏怖を込めて意識しているつもりではあります。

 その言葉の権威を、私に帰すことは回避せよ・・・・と。


 今回、この場面、この脈絡だから、


 「その感じがなかったとしたら」


などどいう、いつになく直截(ちょくせつ)な言い方を思わず私は使ったんだと思います。

 いつもの私だと、


「その感じがすっかり解消されたと想像してみましょう」


・・・・・なーんていう言い方をしているのです。

 でも、その場合には、まず間違いなく、あの、背中の痛みからの「大増殖を伴う猛抗議」などというドラマ性のある展開は生じなかったでしょうから。

アン・ワイザー・コーネル/フォーカシング入門マニュアル


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