松田聖子のこと
唐突に、我が久留米の星、松田聖子についてちょっとだけ書きたくなった。
(この、前後の話題の圧倒的な脈絡のなさこそ、このブログ本来の持ち味である)
本名蒲池法子、信愛女学院出身(2年生まで)、お父さんは結構すごいお役職の役人で、兄は、名門進学校である久留米大学付設中高出身(わ、私も中学受験の時に目指したんだけど、最終的には「そのまま附中(福岡教育大学附属久留米中学校)に進め」と、附小の担任に説得された)でラリードライバーをしていたこともある。
そもそも蒲池家は鎌倉時代から柳川の領主,江戸時代には柳川藩主立花家の家老格を歴代勤めた武家の名門。更に、亡くなったZARDの坂井泉水(蒲池幸子)も久留米出身で、聖子と同じ蒲池家の遠い親戚ではという説もあったが、wikipediaの最新の「松田聖子」項の著述では,聖子と異なり家系的な実証はなく、あったとしても江戸時代以前に系譜は分かれている程度のものだろうと言われています。
いずれにしても、DNA的には聖子は名門なのであり、本来の知的水準も高いとみていいように思えます(^^)
*****
聖子のふたつ年上である私は、歌手としての彼女を同時代的に体験して来たわけですけど、特別な大ファンということもない水準のものだったと思います(少なくとも後年の、私の浜崎あゆみへの入れ込みと比べてしまうと)。でも、アルバム「ユートピア」(「秘密の花園」「天国のキッス」が入っている奴だけど、今でもコンサートの人気曲らしい「マイアミ午前5時」「セイシェルの夕陽」もこのアルバム)を、LP時代から、な、何かこのアルバム、トータルアルバムとしてむやみに完成度高くない? 音質も何かむやみとよくない? と感じながら愛聴していたくらいの人間ではあります。このアルバムではないけど、「制服」なんて曲も結構好きだったりする、と書いておけば、「聖子ファン」の人たちにも一応受け入れてもらえるかな?
*****
さて、やっとここからが本題なんだけど。
私が彼女に妙に感心した記憶として鮮明に残っているのは、10年は前だと思うけど、TVで放送された彼女のライブコンサートの中のひとつの趣向として、客席から「この曲歌って」リクエストに答える形で、ほんの一節ずつのアカペラだったと思うけど、求められるままに、B面曲相当の相当地味な持ち歌までどんどん歌っていってしまうということをやっていたシーン。
持ち歌を、さあ、即興で歌えと言われたらいつでも歌えるというのは、プロの歌手としては大事な責任ではないかと、私は思っていた。
古い話になるけど、弘田三枝子が、ジャングル大帝のエンディング(「♪風切る、銀の矢、流れるたてがみ....」)を突然歌えと言われて思い出せなかった時、作曲家(あるいは手塚さん?)に「プロにあるまじきこと」と痛烈に叱られたということを何か(アニメージュかOUTのあたり)で読んだことがあった記憶が鮮烈だったせいかも。
浜崎あゆみが、ツアーライヴでアンコールの定番曲となると、途端に歌詞の1番と2番を間違えまくったり(彼女の歌には原則的に「3番」がないことにどのくらいの人が気づいているかな?)、忘れたり、それどころか他の曲に途中から化けてしまうということすらあり、その度にファンに向かって両手(ないし片手)をあわせるのはコンサートゴーアにはおなじみですけど、彼女の場合は、本番プログラムを新しいアルバムの曲を全力で完璧に、しかももの凄い舞台演出環境で演技しながら歌い切ることに命かけてるみたいなところがあるので、アンコールでしばしば歌詞忘れ症候群にはまるのは許してあげたいとは思いますが(^^;)
*****
いずれにしても、今もエンターティナーとして第1線にあり続けている聖子が、現役の希代のスターであることには変わりがないと思います。
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松田聖子、この前の「オーラの泉」に出ましたね。自分と3学年しか違わないことで、少し親近感も感じました。もちろん、僕らの青春時代の曲がいっぱいあって、健在であるのがうれしいところです。
投稿: goisanta | 2008/10/05 21:32
私は「オーラの泉」は見逃して、この記事を書いているのですが、そうしても私の世代の感覚だと、一曲一曲のメロディが、その歌手の個性と一体になっていつまでたっても忘れがたい刻印を残すような「歌」が、この20年ぐらいの間に一気に少なくなった気がします。
その境い目は、小室サウンド全盛期に一気に進んでしまった気もするのですね。私個人の感覚だと、TRFの比較的はじめの時期と、華原朋美の"I,m proud"(個人的にはこの曲こそ小室さんのピークじゃないかとも)あたりを境目と感じています。
我がayuにしても、音楽的な高度さという点ではどんどん前に進んで来たけど、個人的には"HEAVEN"や"momentum"あたりを最後に、ほんとうに震いつきたくなるくらいのメロディの魅力がある曲が減っているような。
そういう意味で、松田聖子は、音楽的に当時のアイドル曲の多くを突き抜けた高度なものをもちつつも、よくもあれだけ忘れがたいメロディアスな曲に恵まれて来た歌手と思います。
「あなたに会いたくて」以降となると私は聖子を意識的に聴くことはなくなったんですけど、「瑠璃色の地球」とか、今回手元にあったのを聴き直してみると、聖子は、今後も、超ヒット曲を新たに生み出す可能性がある気がして。
投稿: こういちろう | 2008/10/08 04:45