「一緒に考えて行きましょう」.....(第3版)
●カウンセラーと来談された方の「共同作業」とは何か
誰が悪いのかを言い当てて
どうすればいいかを書き立てて
評論家やカウンセラーが米を買う
迷える子羊たちは彼らほど賢いものはいないと思う
あとをついて行けば何とかなると思う
見えることとできることは別物だと米を買う
これは、若き日の中島みゆきの傑作アルバム、「寒水魚」に収録された「時刻表」という歌です。
かなり皮肉っぽい脈絡で「カウンセラー」が引き合いに出されています。
もし、カウンセラーというものが、社会の大多数の人から、クライエントさん(カウンセリングに来られた一般の皆様)から悩み相談を受ければ、答え一発、適切なアドバイスをしてくれて、それに従っていれば問題や悩みは見事解決、というふうな存在として、すでに信頼されて来ていたとすれば、カウンセラーは、とうの昔に、弁護士以上に人気が集まり、収入も多い、専門職の筆頭になっていたことでしょうね。
*****
でも、だからといって、カウンセリングをはじめるにあたって、カウンセラーの方から、
「カウンセリングとはそのようなではありません」
とか、
「あなた自身が答えを見つけていくお手伝いをするのです」
「本当の答えはあなた自身の中に眠っているのです」
などと前もって解説してしまうことに、私は大きな違和感があります。
やっぱり、どこか、クライエントさんの機先を制して、過剰な期待を抱かないように前もって警告することで、カウンセラーが「自己防衛」しているかのような漠然とした居心地悪さを、カウンセラーである私自身が感じてしまって。
*****
一見これと似ていますが、
カウンセリングを始める時に、
「これから、時間をかけて、一緒に考えて行きましょう」
という言い方を添えることもよくなされています。
私は、この言い方の方がまだしもいいかなとは感じています(^^)
しかし、そもそも「一緒に考えていく」とはどういうことなのかについて、そのカウンセラーに明快なビジョンがあるのでしょうか?
少なくとも、一般の人同士が「お互いに知恵を絞って解決策を探す」ということを超えた、カウンセラー側の専門性を生かした「何か」をも意味するはずです。
このことについての、私なりのとらえ方をこれから述べてみたいと思います。
*****
●カウンセラー側の「思い込み」が少しずつ壊されていくことが、好ましいカウンセリングの必要条件
カウンセラーにとって重要なのは、学んだ知識とそれまでの様々な現場でのカウンセリング体験に基づき、クライエントさんのや、やり取りの中での反応に基づき、そのクライエントさんについての的確な「見立て」を立てて、「仮説」を刻々と形成していく能力と、その後の展開に即してそうした一度立てた「仮説」を刻々と「修正」し、それに応じて更にクライエントさんへの対応を調整していく能力だと思います。
仮説を立てる際には、カウンセラーは知識と過去の経験を総動員して、クライエントさんをある「タイプ」に類型化し、シミュレーションしようとします。
そうした仮説を「修正する」とは何か? それは、カウンセラーが、そうしたいったん立てた仮説と「矛盾する」とも感じられることをクライエントさんの反応や発言から敏感に感受し、拾い上げるということです。
これは、カウンセラー自身が、それまでの、クライエントさんについての自分自身のそれまでの「思い込み」「錯覚」から目覚める(「脱錯覚」する)ことを自分に許すことができるかどうかというセンスです。
つまり、クライエントさんの反応が、カウンセラーの予想を裏切る「意外な」方向に向かうという刺激がある程度ないと、カウンセラーは「その」クライエントさん固有の状況や心理に更に迫ることはできない。
素朴な例を出しましょう。
名門とされる中高一貫女子校、エリートを輩出し、洗練された人間が多いという大学に入学し、しかも在学中に1年間の留学経験もして外資系企業に勤務した女性がいたとします。見た目も話しぶりも「いいところのお穣さん」ふう。こうなると、カウンセラーといえども、「彼女は裕福な中流以上の家の恵まれた環境で育った」という方向に思い込みやすいわけですね。
ところが、その彼女が、かなり田舎の酒屋の娘であり、父母ともに際立った高学歴でもなく、酒屋の経営は不安定だった、などということも話し出したら、カウンセラーといえども一瞬戸惑うのが自然でしょう?
カウンセラー自身がいつの間にか思い描いていた「幻想」=クライエントさんについての「思い込み」が大いに揺るがされるわけですね。
こうした「理解を超えた矛盾した事実」に直面したときに、冷静さを失わず、むしろ彼女の真実に更に迫れるチャンスを得たことに感謝すらしながら、こうした見かけ上の「矛盾」を大事に抱えながら面接を続け、適切なやり取りを重ねる中で、そうした「矛盾」に適切な「補助線」を引いてくれる事柄をクライエントさんから自然に引き出せるやり取りができてこそ、カウンセラーの専門性なんですね。
そして、こうしたやり取りの中で、クライエントさん自身の自己理解が深まり、その結果、更に、クライエントさんにも思いもよらないことが思い出され、語られたりして、それがまたもや、カウンセラーに、自明の前提として立てていた仮説の何らかの見直しの必要を感じさせる.....といったジグザグの相互作用が進んでいくのが、クライエントさんにとっても、カウンセラーにとっても好ましい、カウンセリングの展開だと思います。
こうして、いわば正-反-合の「弁証法的な」相互作用が進んでいくということが、カウンセリングがカウンセラーとクライエントさんの「共同作業」の本質だと私が考えているものなのです。
敢えて言うと、カウンセラーの「予想を覆す」ことをクライエントさんが語るということが、ある程度以上頻繁に生じてこない面接過程というのは、むしろ何かおかしな状態に面接全体がはまり込みつつある可能性が高いと思います。
あるいは、カウンセラー側の「思い込み」に反することを、クライエントさんが何も言葉にできなくなっているのかもしれない。
例えば、カウンセラーの方が、自分の仮説で引っ張り過ぎているために、カウンセラーの仮説を補強する方向の話題しか拾い上げられず、そうでなければ、クライエントさんが自然と語りだしたかもしれない方向にわだいがそもそも向かわなくなっているのかもしれません。
あるいは、クライエントさんの語ったさりげない言葉の中に含まれている含蓄に気がつかないままでいたり、同じ「ええ、そうですね...」といった応答の声の調子に含まれる、「一応そうとはいえるけど、それだけではない」だとか、微妙な違和感のトーンを拾いきれないままになっている場合も考えられます。
クライエントさんは、カウンセラーを「先生」と思っていることが少なくないので、一応うなづいて、そのまま受け入れてみようとすることも少なくないであろうことも配慮せねばなりません。カウンセラーの語ることを修正したり、否定したり、話題を転じることだけでも、クライエントさんにとってはなかなか勇気がいったり、タイミングがつかめないものです。
ことに、カウンセラーの指摘が、そのクライエントさんが普段から思い悩んだり、「そこを衝(つ)かれたら痛い」と感じている点だったりしたら、なおさらのことです。
仮に、クライエントさんが否定的にのみとらえすぎている点を、さりげなく評価する発言だったとしても、その段階のクライエントさんが受け入れるには、まだ早すぎるという場合もあるでしょう。「先取りのし過ぎ」も、面接の流れをおかしくすることがあるのです。
****
実は、カウンセリングの醍醐味は、カウンセラーのいかなる予想とも、クライエントさん自身のいかなる予想とも異なるけれども、思いもよらない新鮮な次元で二人とも納得でき、専門家であるはずのカウンセラー自身のそれまでの人間観や臨床的経験知にすら微妙な変化が生じるような展開が直後のやり取りの中で生じることなのだと私は常々思っています。
クライエントさんだけでも、カウンセラーだけでも、注意を向けなかったようなところにどちらからともなく立ち止まり、それをきっかけに新たな認識の地平を二人が共有できる、小さなステップが小刻みに進むのがいい面接なのだとおもいます。
二人とも、思いもよらない新鮮な次元で二人とも納得でき、カウンセラー自身のそれまでの人間観や臨床的経験知にすら微妙な変化が生じるような、新たな地平を二人が共有できる、小さなステップが小刻みに進むのがいい面接なのだとおもいます。
これは、カウンセラーとクライエントが「共に流される」ことと似ているようで、実は異なる「何か」です。
つまり、カウンセラーにとってですら、それまでのやり方がそのまま通用し、何ら新鮮な体験を伴わないような面接が繰り返されるようなら、それはカウンセリング経験が深まり、ある一定の境地に達した結果などではなく、むしろそのカウンセラーのカウンセリング能力が「硬直」し、「形骸化」する弊害の方が大きくなり始めた兆候であるとすら、私は考えます。
カウンセラーの言った事に対して、クライエントさんが「いや、そうではなくて....」と口にして言ってくれたら、むしろそのことをクライエントさんが与えてくれた絶好のチャンスと感じられること。
「まさにそのとおりです」といわれたら、クライエントさんは無理してカウンセラーに迎合している可能性も一応疑ってかかるくらいが、いい塩梅(あんばい)だと私個人は感じています。
.......もっとも、このことを大事な信念としているはずの私であるにもかかわらず、いまだに「思い込み」のままに面接を進め、クライエントさんに違和やご不満くすぶっているケースもまだ結構見られる気がいたします。
どうか、そういう際には、面接の中で、遠慮なくご指摘いただけることを祈っています。
*****
こうして私は、面接の中で、クライエントさんによって、カウンセラーですらも、自分の思い込みから少しずつ目覚めさせられていくものだということを述べてきました。
これは、カウンセリングとは、カウンセラーの方が、客観的な見方をできていて、クライエントさんの方は、自分の一面的な、あるいは、歪んだものの見方を修正されていくもの、という、常識的な考え方に敢えて一石を投じるつもりで書いてみたものです。
*****
例えば、行動療法ですら、行動計画をクライエントさんが実現できない壁にぶつかった時に、クライエントさんに実現可能そうな、更に小さな行動ステップをクライエントさんに「創造的に」提案し、新鮮に受け止めてもらえ、セラピストとクライエントが協力して達成しようという関係性が成立した時に効果が目覚しいのではないか。
山上敏子先生の行動療法の事例報告に触れる度に私が感じることですが。
認知行動療法のセラピストですら、ほんとうの達人の先生方は、このこと....つまり、クライエントさんからの話を謙虚に傾聴し、思いもよらない次元の話をたくさん聞かせてもらってはじめて、そのクライエントさんの心情や状況にほんとうにフィットする、無理のない提案ができ、クライエントさんにも、率先してやってみようと感じてもらえ、モチベーションを高めてもらえることを、よくわきまえておられる気がしてなりません。
*******
◇この問題について更に関心を深めたい人にお勧めの本:
●ユング「心理療法論」林道義 編訳 みすず書房
この本の更に詳しいご紹介と、いくつかのユングの文章の抜粋をこちらの記事で詳しく紹介しています。
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