ジェンドリンの「フォーカシング」は今なお新鮮な著作である -私がフォーカシングと出会って25周年によせて-(第3版)
「通信教育」の構想の方は、未だに少しずついくつかの断章を書き留めている段階なんですが。
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ジェンドリンが、「フォーカシング」
(原書初版1978 ここでamazonへのリンク掲載しているのは現在も版を重ね、日本のAmazonの洋書コーナーで容易に購入可能な1982改訂版)
(邦訳 原書改訂版に基づく1982)を刊行した時に目指されていたは、まずは一般向けのフォーカシングの「独習書」であったという原点に立ち返りたいとは思っています。
私がこの本の邦訳に偶然出会ったのは、邦訳刊行から半年ほど、1983年のゴールデンウィーク、私が法政大学文学部学部哲学科の学部学生を現役で卒業したばかりの、22歳の時ですから、私がフォーカシングと出会って「今」がちょうど満25年です。
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ジェンドリンの「フォーカシング」で書かれた技法の後、アン・ワイザー・コーネルによってフォーカシング技法はわかりやすい方向に大きく展開しました。
しかし、その後。同時代的に歴史順にフォーカシング関連の文献に接してきたことになる私が、現段階で「フォーカシング」を新鮮に読み返すと、「ジェンドリンは実はここまで最初から書いていたのか」という再発見がいろいろとあります。
むしろ新鮮にすら思えてくる。
ただ、フォーカシングの技法について、その後定訳が定まってくる中で、今では使われない訳語が散見されます。
その部分を「「置き換えて」読んでみるセンスは最近の読者に必要でしょう。でも、英文を知らなくても、フォーカシングのその後の本に馴染んだ人には容易に推測がつくはず。
「評論」とあれば「(内なる)批評家」
「段階」とあれば「ステップ」=小刻みなシフト
のような調子で。
この本、フォーカシングの普及の歴史的にみると、フェルトセンスとは、気になる事柄「について」漠然とした感じを掴まねばならないものという誤解を必要以上に残しました。
しかし、それは歴史的にやむを得ない側面もあります。
著作「フォーカシング」は、ジェンドリン自身による、だれでも書店で購入できる、公刊された、最初の、かつ、その総合性という点では今日に至るまで「唯一の」技法書です。
フォーカシングとはどんなものかを、単に既成の何かと引きつけられ、「早合点」され、「わかったつもりになられてしまう」ことを、ジェンドリンはまず何より懸念していたたはずです。
だから、フォーカシングについて、
「ただの身体の感じではない」
「ただの情動ではない」
.......などと、否定形を重ねて区別を強調する書き方をしたのだと思います。
その結果、「最初はただの身体の感じでも、ただの情動でも、イメージでも、フェルトセンスへの入り口になり得る」ということの積極的活用という観点は歴史的に先送りになっていたとも言えます。
シェンドリンの「技法の」説明の仕方が、「正しい」フォーカシングとは何か、フォーカシングとフォーカシングでないものの違いにのみこだわるという強迫性を喚起したことは確かです。
それをアンさんは「すべてをフェルトセンスに関わる入り口として生かす」という柔構造の体系に変容させた。
でも、それはある意味でアンさんが「時代に呼ばれて」、自然な展開を生み出した気もします。
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実は、ジェンドリンの「フォーカシング」を正確に読めば、ジェンドリンは
1.クリアリングスペースをするだけで(その途中で!)「シフトに至ることもある。
2.フェルとセンスを見つけること自体がシフトになることがある。
3a.フェルトセンスに取りあえずのぴったりの言葉(いわゆるハンドル)を見つ買った瞬間にシフトにあることがある。
3b.フェルトセンスのハンドルはフェルトセンスにぴったりでなくてもいい
(どのくらいぴったりでないかを本人が自覚できていればいいともいえる。「○○といっても△△といっても、それだけでは言い尽くせない「ある感じ」だとか)
3c.フェルトセンスにハンドルが見つからなくてもいい
(当人がフェルトセンスを捕まえていられるのであれば、「その」感じ、などの直接指示語でもいい)
4.ハンドルとフェルトセンスを共鳴させるだけでシフトになることも多い。
5.シフトが生じたらいつでも、6.「受けとめる」に進んでいい
あと、
* フェルトセンスとしばらく「共にいる」ことができたならば、あなたはフォーカシングしていたことになる。シフトが生じることは肝心ではない。無理やり引き起こすものではない。
* 感じが感じられないというのもひとつの「感じ」である
* シフトの結果が認知の変化として具体的に説明されることはフォーカシングの本質とは関係ない
* 小さなシフト(=「段階」=「ステップ」)を積み上げ、何回もフォーカシングを重ねて、はじめて解決につながっていくことも多い
.......などということは、実はこの著作に明記してあります(^^)
少なくとも、
第1の動き:「空間づくり」からはじめて、
2:「フェルトセンスに触れて」
3:「ハンドルをつけ」
4:「共鳴させ」
5:「フェルトセンスに問いかけ」
6:「受け止める」
までやってはじめてシフトが生じるなどとはどこにも書いてない(^^;)
このへんを強調していくと、ジェンドリン法のフォーカシングも実は結構柔軟で、いい意味でルーズな技法であることがわかります。
アンさんの技法により、過去のものになったわけではありません。相も変わらずフォーカシング技法の「原典」だと思います。
むしろ、どのくらいアンさんの技法と共通か、という視点に立って全体を読んでみると「95%以上」ということになるかと思います(^^)。
なお、再吟味の末、アンさんの本については、今後「やさしいフォーカシング」を推薦図書の筆頭にします。
今回読んでみて思ったのは、アンさんの使う文章の一つ一つの背後に、実はジェンドリンの「フォーカシング」が宿っているという、強烈な感覚でした。
アンさんも、「フォーカシング」は、ほとんど自由脳内検索可能な域まで読み込んだ上で、ご自身の著作を書いているのではないかという思い。
もとより、私の想像です(^^)
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