カウンセリングルームはGM期間中も通常開業!!(再掲)
私が開業している「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」、今年は、5/1(木)の定休日以外は通常開業することにしました。
通常カウンセリングのみならず、フォーカシング個別指導、ケーススーパーヴィジョンも受け付けています。
どうかこれを機会にご利用下さい。
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私が開業している「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」、今年は、5/1(木)の定休日以外は通常開業することにしました。
通常カウンセリングのみならず、フォーカシング個別指導、ケーススーパーヴィジョンも受け付けています。
どうかこれを機会にご利用下さい。
「カウンセラーこういちろうの雑記帳」週に一度の恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「週ごと先記事別アクセス解析機能を使っての、先週の記事アクセス「ベスト20」の発表、93回めです。
固定リンクでのアクセス率の順位から集計しています。アクセス数が同じ場合には、訪問者実数上位の記事を上位とし,訪問者実数も同じ場合にのみ、同じ順位として掲載します。
7×24時間、つまり4/26日(土)24:00の時点での集計です。
先週の一週間の総アクセス数、延べ2,434(前回2,926)。一日平均アクセス347.71(前回418.00)。
訪問者実数は、1,979名様(前回2,186名様)。
当ブログの「一限さんでない率(リピーター率)」、3回連続7.1%維持。
「訪問周期」は、「毎日必ず」おいでになる「完璧常連様」は、前回12名様(0.5%)だったのが今回は、10名様(0.4%)と低下。
最低週に一度おいでになる訪問者実数は、前回の170名様(6.5%)から、今回は164名様(6.3%)に低下。
一番多い訪問頻度「2日に一度」であることには変わらず。ただし前回の33名様(1.3%)から31名様(1.2%)へ。続いて「3日に一度」の29名様(1.1%)。
長期的には、「6週間に一度」「7週間に一度」で、それぞれ233名様(8.9%ずつ)
それでは記事別ランキングの方の発表!!
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1.浜崎あゆみデビュー10周年「記念日」代々木ライブ(「本編」編) (→)
2.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(↑)
3.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~ (↑)
7.バウムテストにおける「診断」とフォーカシング(1) (↑)
8.巨大ケーキ様のご入場からご退場までがたいへんだったのです! (ayu10周年記念日ライブ アンコール編) (↓)
9.ホログラフィー(立体映像)とは単なる「飛び出す画面」ではないのだ。
10.iTunesはWinよりMacの方が快適動作で音もいい....という事実。
12.ナイチンゲールは「看護すること」の覚え書を出版したのだ!! (→)
13.ほんとうの「現実」に迫るためには? -宮台真司さんの記事より- (↑)
15.大船でフォーカシングを学ぶ会、次回は4/26(土)開催です。
19.カウンセラーの皆様のための、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の歩き方(^^)
20.「大船でフォーカシングを学ぶ会」カテゴリー・バックナンバー (↓)
48.先週の人気記事ベスト20 PCサイト版!! (08/4/13-19)
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これを書いている「今、この瞬間」(4/27 00:35)までの、PCサイトにおける当「カウンセラーこういちろうの雑記帳単独での文章記事の延べ総アクセス数は、318373、プロフィールページ、フォトアルバム、そして"My Favotite Books"、"フォーカシング Q&A”、”こういちちろうの夢日記”(675)、更に、こういちろうの「現実」と「空想」のTimeLineサイトへのアクセス数(3023と2898)を含めると362180。
更に。
携帯サイト(14334)を含めた、私のブログサイト全体の延べアクセス数、376514。
このブログ単独の通算記事数はこの記事で1540本めです。
今後も、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくお願い申し上げます。
本日、4/26(土)は、「大船でフォーカシングを学ぶ会」の開催日でしたが.....
......残念ながら、開始より約1年間、19回目にして、初の0名様、不成立となりました(;;)
途中では予約エントリー延べ2名様おありでしたが、そのお2人からも本日までに、ご都合でキャンセルとの連絡を頂きました。
やはりゴールデン・ウィーク実質初日というのは、いろいろご無理が出てくるのかもしれません。
今のところ、この第4土曜日の日程というのは、一番不人気なんですが(^^;)
しかし、ゴールデンウィーク最中の5/4(日・祝)【A日程】も、いつもの通りに「第1日曜」を崩さずに、エントリーお持ち申し上げております(^^)
*******
●今後の予定:
【A日程】5/04(日・祝)13:00-18:00
【B日程】5/18(日)14:45-19:00
【B日程】5/24(土)14:45-19:00
の予定です。
*****
継続的な参加を必要とする内容にはいたしません。
第1・第3日曜、第4土曜のいずれかのみ参加、
敢えて月2回、3回の参加、
更に、ランダムに参加されること等、ご自由に選んでいただければと思います。
ただし、開催日前日夕刻までに、どの日にご参加希望かのエントリーを、継続者の方も、メール・ファクス・電話等で必ずお願いいたします。
******
付言しますと、第1日曜の「学ぶ会」開催日(5/4も含む!!)については、夜19:00以降の個人カウンセリング・フォーカシング個別指導・ケーススーパービジョンの申し込み、第3日曜、第4土曜については、14:30までに終了する申し込み、19:30以降の枠のお申し込み、まだ予約がない場合には受け付けています。
●マスメディアの出鱈目な報道に釘を刺しました
一国を自壊に導くテレポリティクスの悪夢
特定財源問題・チベット問題・大連立問題での出鱈目な情報発信--
(MIYADAI .com Blog)
で復活しています。
以前と全く同じままの再掲載のようです。本文のテキストのバイト数も全く同じです。ファイル比較ソフトも差異検出せず(使い慣れてないソフトだけど、一応追記)。
さて、「ナレッジサーブ」の通信教育講座、装いも新たに
言葉にならない自分の思いって何だろう?
-実践的「フォーカシング」講座-
として再出発すると、前回の記事で申し上げました。
(ナレッジサーブ事務局からは、「GWを生かして取り組んで下さい」とのお返事。なお、開講の権利そのものは1月からずっと保持したままで、内容を変える権利はあるので、新たに開講の費用はいらないのです)
今の私のフェルトセンス(自分の置かれた状況全体についての言葉にならない曖昧な感覚)は、そのことを脇に置いて他のネットの書き込みをすることに、猛烈な違和感を表明しております。
ayuのライブについての報告を一気に怒濤のように書き込んだ時、さすがにこのライブのことを書いてしまわないことには、私の心に余裕ある空間は生じようもないという思いが強いのでそうしたのですが、そのあと、いよいよこのブログに書き込みをすることが億劫になる症候群が顕在化してしまいまして、ともかく生活の中で、エネルギーを浪費せずに。まずは「心身の余裕を貯めたい」という思いが強くなりました。
(それでも、宮台さんの記事関連や、重元さんからのコメントには誠意を持ってレスしたいと感じて、やや強迫的になってしまったのは、もう、私の「性(さが)」としか言いようがなく、途中で「今はこのペースは無理」などと突如申し上げてしまったこと自体、私の自己管理の不行き届きのなせる技と申し上げるしかなく(^^;;;)、重元さんに申し訳なかったと思っています) m(_ _)m
*****
♪本当に大切なこと以外
すべて捨ててしまえたらいいのにね
現実はただ残酷で
.......なんていったら、それこそayuさんの"Dearest"になってしまいますが(今回のツアーの福井でも歌ったのかな? 自分で「喉つぶした」とコメントしていたみたいだけど)。
単に現実の残酷さに強制される思いばかりではなく(^^;)。今の私が本当に書きたいことは、本部サイトで公開している「フォーカシング入門」(1997)以来10年ぶりに、現在の私のフォーカシングのやり方全体をとりあえず一般の皆様向けに形にしてみたいという思いの高まりでした(前回のは尻切れとんぼでしたし)。
今度やろうとしている「2008年版」は、著作の草稿にできそうな水準をねらっています。その意味で、有料にさせていただくことに、何の躊躇もありません。
そこには、このブログ時々顔を出す、日本のフォーカシングのあり方への愚痴めいたものは顔を出させないつもりです。このブログは、フォーカシング関係者も読むという前提があるからこそ、時々そういう本音も漏らすのであり(!)、フォーカシングをお金を払ってでも学んでみようという人にとっては、そんなことどうでもいいし、邪魔になる事柄でしょうから。
******
さて、今度の「通信教育版」で、無料で読めることになる「第1章」で、今を去ることちょうど25年前(.......そんなに歳を取ってしまったのか、私)、ジェンドリン著「フォーカシング」と偶然出会った時に、私が、「フォーカシングは既成の心理療法と発想が根本的に違う」という感慨を抱き、空から稲妻が落ちてくるみたいに「宿命の恋」に落ちた時のことを書いてみる形で、「フォーカシングの特色」を浮き立たせ、最終的には自己紹介も兼ねる内容の持っていこうと考えたのです。
そこで、ほんと、10数年ぶりぐらいではないかと思うのですが、「フォーカシング」の、25年前の4月末(!)、本屋で最初にめくって、目に飛び込んだあたりを、新鮮な気持ちで読み返し始めたのですね。
具体的に言うと、「自分の評論のためにいや気がさしたら」という部分です。(第8章 訳書p.134以下)
******
ここでいう「評論(critic)」とは、今日では「内なる批評家」と訳されることが多い、繰り返し自分を責め立ててくる内なる声のことです。
「自分の評論を信じてしまって、それがどんなに嫌な気分にさせているかに焦点を合わせることはしないでください」
「フォーカシングは顔なじみの嫌悪感とは違った、もっと広い何かからフェルトセンスを生まれさせることを含んでいます。古い顔なじみの落とし穴を避けて、後ろに下がり、嫌悪感を一部として含んでいる悩み事全体全体からくる広い感じを組み込むのです」
「フォーカシングは重苦しい情動よりは軽いものです」
.......そうそう、このへん。
(今所有しているのはすでに「3代目」の訳本なので、買った当時の書き込みはもう残ってないのですが)。
その頃の私は、自分をいろいろと分析して、自分を責め立てることが、自分に対して最も誠実で真摯なあり方だと思い込んでいたのです。
心理学書をいろいろ読んでいると、自分がなぜこうしてうまく行かないでいるのかについての自己分析だけがどんどん洗練されていくことになりがちです。
でも、通俗心理学書にありがちな、
「ネガティヴ思考はやめて、ポジティヴ思考になりましょう」
なんていう言い方って、何か自分に暗示をかけているようで、自分を「思い込ませて」いるだけで、自分が奥底で感じている「何か」から逃げているとしか感じられないでいた私が当時いたことを、生々しく思い出しました。
ジェンドリンは、著作を通して、深刻に悩むだけでも、自分の気持ち全体に向き合うことにならないことを、私にはじめて示唆してくれたのです。
これをきっかけに、「真摯に自分と向きあう」ということへのスタンスそのものが、私の中で基本的に変化しはじめたのだと。
******
読み返してよかったと感じました。
当時の私が出逢いを夢見ていた理想的なフォーカシングの先生になるつもりで、今の私が説明してあげるつもりになれば、いいではないか。
今の私が読み返すと、当時の私がどういう点で読んでいて「躓(つまづ)き、違和感を感じていたか、そして、その後の経験を重ねる中で、ジェンドリンが言いたかったあたりの含蓄がどこにあったかが、手に取るようにわかるのを感じ始めています。なぜ、今の私のスタイルが確立されてきたかを含めて。
.....もっとも、上に書いた内容そのものは、実際の通信講座のコンテンツにそのままは出て来ないかと思いますので、念のため。
*****
正直に言って、さすがに4月中に講座をはじめることにとらわれて自分を追い込みすぎると無理が出るかなと感じはじめています。
でもGWまでかければ、「第1期」開講は、イケそうかなと。
以前告知した、「ナレッジサーブ」の通信教育(e-ラーニング)について、何回も延期を重ねた挙句、まるで立ち消えになったかのようにも皆様に受け取られかねない状況になっていたこと、私への信頼にも関わることなので、なんとお詫びしたらいいかわからないくらいの心境です m(_ _)m
熟慮を重ねた結果、「現役カウンセラーキャリアアップ講座」の構想はひとまず先送りさせていただくことにしました。あとで講座を追加することは出来ますので、折を見てきちんと形にしたいと思います。
この試み、アイデアとして思いついた当初はあっさりと青写真ができたのですが、具体的に内容をどう煮詰めるかとなると、私の中でああでもない、こでもないという「迷い道」に入り込んでしまいました。まだ、まとまった形で言語化していくのには、私の中で機が熟していないと判断しました。
*****
代わりに始めることにしたのは、
「言葉にならない自分の思いって何だろう? -実践的『フォーカシング』講座- 」
です。
最初から「どうしてそれをやらないのだ?」という心の声はあったのですが、「それはいつでもはじめられる」という思いが強かったのです。2番目でいい....と。
しかし、当初通信教育を試みようと思った頃から、4か月の月日が流れ、「大船でフォーカシングを学ぶ会」も数回重ね、既成のフォーカシングのグループに特別講師として招かれたり、個別指導の経験も重ねる中で、私の中で「フォーカシングを伝えるとは何か」という点でいろいろ触発されるものがありました。
私の開業スタイルが、通常の現場カウンセリングをベースラインに置くことには何の代わりもないのですが、「フォーカシング・トレーナーとしての私」が日々実践していることの具体を、フォーカシングに著作で興味を持っているけれども実際に継続的に学ぶ場を見つけられないでいる全国の一般の方や、日本中のフォーカシング関係者にもっとお伝えし、共有していくことの重要性を、このところひしひしと感じるに至りました。
文字媒体でお伝えできることは限られています。
(もっとも、私のガイディングの「音声ファイル」のアップロードも考えています。文字媒体先行で、あとで音声媒体は追加する形になると思いますが)
1.フォーカシングの全くの初心者で、臨床家でない人にもわかりやすく「勘どころ」がつかんでいただけ、
2.既成のフォーカシングの手引書の副読本としても活用可能
3.私の本領発揮である、「ひとりでフォーカシングする」際のコツについての情報満載
4.すでにフォーカシングを学び、ガイドやリスナーとしての研修を深められている人にも実践的ヒントとなり、
5.通常のカウンセリングにフォーカシングをどうさりげなく生かすせるかの私なりの提案集でもある
......そうした方向性をめざすつもりです。
全文、新たな書き起こしで、しかも、フォーカシングをすでに学んで来た人たちにしか通じない表現は可能な限り使わないつもりです。もとより、既成のフォーカシング技法書を読み解く時にも役立つような構成にしますが。
*****
よく、私のフォーカシングは「個性的な」スタイルだと勘違いされます。
しかし、基本は、「人格変化の一理論」の時点でのジェンドリンの体験過程理論、著作「フォーカシング」の時点でのジェンドリン法、「夢とフォーカシング」におけるジェンドリンの夢フォーカシング技法、そして、アン・ワイザーさんの「フォーカシング入門マニュアル」 「フォーカシング ガイドマニュアル」で書かれた技法をどのように咀嚼(そしゃく)するかということから離れたことはないという自負はあります。
ただ、私は、ある教示や用語のパターンに、フォーカシングの学習者のほうが「適応」し、いわば「フォーカシングの世界だけで通用する、内輪の共通理解」になってしまうことを非常に恐れています。
フォーカサーとしての「その時の」自分自身にぴったりなアイデア、その時のフォーカサーの在り方にぴったりな当意即妙な伝え返しや教示の提案やさりげないアドバイスが、全く新鮮なものとして自分の中から湧き出し続けるのがふさわしい。
あえて言うと、
「その時のフォーカシングやガイディングの進め方そのものについて、フォーカシング的に言葉を紡ぎ出す」
という領域です。
それは、単に「型を崩す」ことではなく、実は、「肝心要な勘どころ」を体験的に理解しているからこそ可能な「臨機応変性」だと思います。
「それ」をお伝えすることに挑みたいのですね。
可能な限り、フォーカシングの習熟者向けの、用語や概念の積み上げ理解の上に立った説明は回避して!!(このへん、リンクをうまく使えば、「以前の言及箇所」や「用語事典」に簡単に戻れる構成も可能でしょう
インターラクティヴなメディアという側面がありますから、受講者からの質問や疑問も、受講者のプライバシーを侵さないように十分な配慮をしながら活かしていけたらと思っています。
(この質問と回答については全受講生にに公開可、この質問については個別の返事が欲しい、などを最初に選んでいただこうかと思います)
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私がひと様に文章媒体で伝えられるものは何か? 私が後進や同輩に残したいものは何か?という原点に立ち返った時、やはり、一番柔軟に、臨機応変だけど、過去の経験値を凝縮したものを、しかし平易な形で書けるのは、この領域なのたと。
よほど不測の事態がない限り、講座「第1期」に当たる部分は、数日中に始めることを、今度こそお約束します!!
その具体的な目鼻がつき、改めてここでも告知するまで、よほど興味深い話題がなければ、このブログの記事の更新は控えるつもりですので。
ご報告が遅れましたが、恒例、「大船でフォーカシングを学ぶ会」開催報告です。
*****
さて、4/20(日)は、私を含めて参加者3名でした。
どうもこの4月後半の時期、季節の変化により体調を壊しやすいことと、年度替わりの多忙さ(GWの業務が前倒しになるなどを含めて)のために、通常のカウンセリングを含めて、日程変更を希望される方が多くて、エントリーの方がひとり増えたら入れ替わりにひとりお減りになるという形で、グループとしては最小の人数となりました。
しかし、こうした少人数ならではの醍醐味もあります。
おひと方は、あちこちでフォーカシングを学んで来られた方。「リスナー(ガイド)のやり方も学びたい」とのご希望。もうひとりの方は、本では多少読んでいたけど、フォーカシングの実体験ははじめての方でした。
これを生かすために、今回のプログラムは、最初、恒例化した、
●第1部:身体感覚中心のclearing a space スペシャルバージョン(ホールボディ・フォーカシングつき)
(恒例、1時間近くかかります)の後で、個別指導に近いスタイルを投入。
●第2部:マン・ツー・マンの、基本的にはアン・ワイザー法に従うセッション
私がガイドで、フォーカシングはじめての方がフォーカサー。
経験者の方がオブザーバー。
終わった後で体験を3人でシェア。
●第3部:Focuser as Teacherのセッション
私がフォーカサーで、経験者の方の伝い返しとガイドに、フォーカサーである私が注文をつける形でセッションを行う。
フォーカシング初心者の方がオブザーバー。
終わった後で体験を3人でシェア。
.......という順序をご提案し、ご承諾を得ました。
最近、1回あたりの参加者の人数が数名以上のことが増えていたので、このような贅沢な時間の使い方で個別にお相手できたのは久しぶりでした。
人数が少ない日には、こういう「役得」(?)も、ご希望があれば、参加されたメンバーにはあり得ます(^^)
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●今後の予定:
【B日程】4/26(土 )14:45-19:00
【A日程】5/04(日・祝 )13:00-18:00
【B日程】4/18(日 )14:45-19:00
の予定です。
つまり、次回は今週末なんですね。
2週間後のA日程は、ゴールデンウィーク最中の「国民の休日」ですが、「第一日曜日」の原則をそのまま堅持して開催します!!
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継続的な参加を必要とする内容にはいたしません。
第1・第3日曜、第4土曜のいずれかのみ参加、
敢えて月2回、3回の参加、
更に、ランダムに参加されること等、ご自由に選んでいただければと思います。
ただし、開催日前日夕刻までに、どの日にご参加希望かのエントリーを、継続者の方も、メール・ファクス・電話等で必ずお願いいたします。
******
付言しますと、第1日曜の「学ぶ会」開催日(5/4も含む!!)については、夜19:00以降の個人カウンセリング・フォーカシング個別指導・ケーススーパービジョンの申し込み、第3日曜、第4土曜については、14:30までに終了する申し込みも、まだ予約がない場合には受け付けています。
遅れましたが、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」週に一度の恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「週ごと先記事別アクセス解析機能を使っての、先週の記事アクセス「ベスト20」の発表、92回めです。
固定リンクでのアクセス率の順位から集計しています。アクセス数が同じ場合には、訪問者実数上位の記事を上位とし,訪問者実数も同じ場合にのみ、同じ順位として掲載します。
7×24時間、つまり4/19日(土)24:00の時点での集計です。
先週の一週間の総アクセス数、延べ2,926(前回2,648)。一日平均アクセス418.00(前回378.29)。
訪問者実数は、2,186名様(前回1,981名様)。
まだまだayuのライブツアー開始の恩恵が続いているという展開で、久々に1日平均アクセス400台でっす(^^)
繰り返してお書きするように、ネットに力を注ぐあまり自分を磨り潰していた自分を身にしみて実感していることには変わりがなくて、コンスタントな記事数は減らしていくつもりです。コメントもすぐにはつけられないことが多くなるかと思います m(_ _)m
当ブログの「一限さんでない率(リピーター率)」、前回と同じ7.1%維持。
「訪問周期」は、「毎日必ず」おいでになる「完璧常連様」は、前回14名様(0.5%)だったのが今回は、12名様(0.5%)とやや低下。
最低週に一度おいでになる訪問者実数は、前回の160名様(6.1%)から、今回は170名様(6.5%)にやっと上昇。
一番多い訪問頻度「2日に一度」の33名様(1.3%)。続いて「3日に一度」の30名様(1.1%)。
長期的には、「7週間に一度」の235名様(8.9%)......忘れた頃に舞い戻って下さるみたいで。これってayuのcdないしDVDの新譜リリースペースと結構近かったりして(^^;)
それでは記事別ランキングの方の発表!!
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1.浜崎あゆみデビュー10周年「記念日」代々木ライブ(「本編」編) (→)(アクセス率4.1%)
3.ほんとうの「現実」に迫るためには? -宮台真司さんの記事より- (↑)
4.巨大ケーキ様のご入場からご退場までがたいへんだったのです! (ayu10周年記念日ライブ アンコール編) (↓)
7.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(↓)
8.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~ (↓)
10.バウムテストにおける「診断」とフォーカシング(1) (↓)
12.ナイチンゲールは「看護すること」の覚え書を出版したのだ!!
15.「大船でフォーカシングを学ぶ会」カテゴリー・バックナンバー (↓)
18.私のピュアオーディオシステム(そこに更にiPodをどう繋ぐか) (↓)
34.先週の人気記事ベスト20 PCサイト版!! (08/4/6-12)
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時々「ナイチンゲール」系の記事のアクセスが思い出したように増える理由は、看護学校や看護科の学生さんたちのニーズが、試験やレポート等のために高まるサイクルがあるのだと想像しています(^^)
これを書いている「今、この瞬間」(4/21 05:19)までの、PCサイトにおける当ブログ文章記事の延べ総アクセス数は、316447、プロフィールページ、フォトアルバム、そして"My Favotite Books"、"フォーカシング Q&A”、”こういちちろうの夢日記”(664)、更に、こういちろうの「現実」と「空想」のTimeLineサイトへのアクセス数(2915と2773)を含めると3359849。
更に。
携帯サイト(14129)を含めた、私のブログサイト全体の延べアクセス数、373948。
このブログ単独の通算記事数はこの記事で1534本めです。
今後も、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくお願い申し上げます。
少し前の宮台さん絡みの記事で、「ホログラフィー」という言葉をなんの説明もなく使い、宮台さんふうに気取ってしまったこういちろうです(^^)
要は、立体映像のことなんだけど、ホログラフィーの場合には、どこから見ても立体的に見えることが肝心。
「あちこちから眺め回して欲しい」と書いた、もう一つ別の記事と関連づけたのも、そういう意図を込めてのものです。
このほんとうの3次元化のためには、知覚心理学でいう、両眼視差を活用した眼鏡なんかで、右の目と左の目に別々の映像を送り込むだけで不十分。
まさに、光の干渉という性質をうまく使いしかない。
(このあたりは、教養課程の心理学の講師だった頃の知識で書いてるの)
両眼視差活用型の立体静止画像鑑賞ソフト(立体眼鏡を使わずに「平行法」と「交差法」の目の訓練するタイプ)として、ソースネクストの「目がホリデー」というのをインストールしてみていたことがあるけど、Vista対応かどうかは未確認。
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さて、以下の内容全体がmsnで気づかせてもらったことなんですが。
ビッグカメラが「立体テレビ」を発売したばかり。(ITmedia +D Life Styleサイト)
この機種 E465Sの ビッグカメラ商品直販サイトはこちら。
私が上記の記事を読む限りでは、さすがに昔の映画館でよくあった、右と左で色の違う眼鏡をかけて「立体映画」を見るという素朴な方法ではなくて、テレビ画面に張った偏向フィルムと眼鏡側の偏光レンズを巧みに使った手法みたいだけど、これも「両眼視差」型であることには変わりない気がする(単純化しすぎで間違っていたらごめなさい)。
そして、現状ではこれを使える番組って、日本BS放送が「BS11」で放送している3D放送「3D立体革命」ぐらいなわけだし、横に回り込んで見てみるなんていうことはできないわけで(両眼視差を用いる場合、画面からの距離によっても立体度がグンと変わるはず)そういう意味では、幅広い用途がないということになる。3Dで制作されたアニメとかは、そういう処理をしたソフトは容易に作れるらしいけど、現段階では商品として成立しないかも?
どころが、マジに、光の干渉のホログラフィの原理で、さすがに当面は360度とは行かないまでも、まさに3D映像も番組としおて観られる時代は、そんなに先ではないかもしれないそうだ。
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●「3Dホログラフィ液晶テレビ」の登場は近いか?(msnデジタルライフ)
どこから見ても“立体”の映像が楽しめる「3Dホログラフィ」のデモをDisplay 2008で体験できる。早ければ3年後の2010年には自宅で3Dホログラフィ映像が楽しめるかもしれない。
SeeReal Technologiesのプロトタイプ3Dホログラフィシステム
メガネも使わず、どこから見ても“立体”の映像が楽しめる――そんな技術の展示をDisplay 2008のSeeReal Technologiesブースで体験できる。
SeeReal Technologiesが展示しているのは3Dホログラフィ。ホログラフィは光の干渉を利用して立体像を再生する技術であり、同社の3Dホログラフィシステムによって映し出されたオブジェクトは、メガネなどを身につけずとも立体的に見える。
ホログラフィの技術自体は以前から存在するが、映像を投影してリアルタイムにオブジェクトを作り出すのは困難だった。その理由は2つある。ひとつはデータ量の多い3Dオブジェクトを映し出すために、画素ピッチが非常に細かく視野角の広いディスプレイ(投影装置)が必要なこと(ピクセルが3Dシーン個々の対象物に関与するため)、もうひとつは装置に高い演算能力が必要とされることだ。
これらの問題を解決するため、同社は「ビューウィンドウ」と呼ばれる考えを導入している。その考えには眼球を認識・追跡する技術が含まれており、視聴者が移動してもその人の目にだけ、必要なオブジェクトの映像データが送り込まれる。つまり、見ることのできる人数を絞ることで画素ピッチと視野角の問題を解決しようというアプローチだ。
演算処理の効率化にはビューウィンドウを分割処理する「サブホログラム」技術が用いられている。この導入によって、フルHDの3Dホログラフィを既存のASICやPC向けGPUで処理することが可能になったという。
ブースでデモを行っていた機材はプロトタイプのため、「オブジェクトの色がモノクロ」「反応速度が遅い」「暗い」「眼球認識の有効角度が狭い」「ビューウィンドウが小さい」といった改善を必要とする部分もある、製品実装時には解決するめどは立っているという。また、構造的には液晶テレビに近いため、 2D/3Dホログラフィの「ハイブリッド液晶テレビ」といった製品も製造可能だ。
映し出す映像ソースだが、既に存在する3D映像コンテンツについては同社の用意するエンコーダーによって3Dホログラフィ用に容易に変換できるほか、ごく一般的な2D映像コンテンツについても時間と費用はかかるが変換するとは可能だという。
本技術の市場投入について同社では2010年ごろを予定しているが、同社CEOのMark Thorsen氏によれば、自社独自での製品化は現在のところ優先度としては低く、テレビやディスプレイメーカーなどとの協業を模索しているという。
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確かに、この「零号機」は(^^;)、まるで横幅が狭いみたいだから、現段階での一般消費者向けのパソコンの
情報処理速度と、デジタル通信の送受信の情報量だととても実現不能な段階なのかなとは思うけど、このあたりの技術革新がこの10年間にどれだけすさまじかったかは、現状でのインターネット動画が可能にした水準に行き着くまでをみれば、数年で克服しかねない。
少なくとも、家庭用はともかく。演劇やライブのステージを客席から鑑賞する場合のように、「座る席ごとに微妙に異なる3D映像」として、扇形に並べた客席から鑑賞可能なミニシアター規模のものなら結構数年で実現でき、「3Dアニメ専用」としてオープンして採算が取れるまでならもっと早いかもしれない。
子供向け短編なら、前の方を椅子のない大広間にして自由に行ったり来たりさせてもいいだろう(そうなると、アニメだけではなくて博物館とかでの需要もあり?)
あるいは、例えばayuのライブとかの上映で、それこそ「右サイド席」「正面席」「左サイド席」なるものを作り、
「私はよっちゃんがayuのバックにいつも見続けられないと嫌!!(左寄り)」
「私は絶対に左寄りから観たayuが好きなの」
「ぐぐっと右サイドから観たayuがいい!....とこういちろうは思う」
なんていう芸当も可能になるかも(^^)
野球の「3D生中継」なるものが可能になれば、「巨人応援席」と「阪神応援席」「センター側からホームランが飛び込む快感を観たい」「何といってもピッチャーの表情を正面から観たいよ」など可能になったりして、シアターの中でも一塁側と3塁側に分かれた「リアル応援合戦」が可能になったりして。
阪神が巨人と対戦しに東京に行った甲子園球場では、東京ドームそっくりの巨大3D映像として観覧席でみられる.....とか、話を広げるときりがないですけど。
****
ちなみに、直前の「転移」の記事も、ある意味では面接の「場」での「複眼思考」どころか「3D思考」が必要では?.....という自由連想の中で書いたもののつもりでしたけど....
........そこまで気がつく読者の方は、このブログについてマニアックであり過ぎます!!
どうも、精神分析で言う「転移(transference)」という概念には、治療的面接場面で、クライエントさんが治療者に向ける感情について、多くは幼少期に遡り得る親に対する感情の反復であるという方向にのみ説明したがる傾向がある。
わかりやすく言えば、それまで治療者に対して受け身で従順なクライエントさんが、突如、いろんなことについて、治療者に不満を述べたり、意固地になって自分の主張を貫こうとし始めたとする。
このことを、「転移」解釈すれば、親に対して理想化していて、従順に親の言うことを受け入れて従っていた「いい子」だったクライエントさんが、反抗期に入った時の感情体験の反復ということになる。
(あるいは、そうしたことを親との関係で体験したことがないとすれば、少なくとも治療場面の中では、そのクライエントさんは、ようやく自我形成過程が進み、「自己主張」や「反抗期」体験をする段階に至った.....というふうにもとらえられるか?)
しかし、このことを親との関係ばかりに「還元」しようとすると本質を見失うかもしれない。幼稚園から高校ぐらいまでの教師との関係の方が強く反映している場合、あるいはスポーツクラブのトレーナーとの関係(宗方コーチ!!)、いじめの体験、会社の上司との関係、深くつきあった恋人との関係。
むろん、そうしたものを統括して「これまでの成長過程での『重要な他者』との関係」、というふうにサリヴァンふうに位置づけることはできる。そして、例えば親との関係性の中で自明になっていたものが、そうした「重要な他者」との関係性では通用しなかったことの「認知的不協和」の葛藤処理が大きなストレス要因で、神経症誘発的になっていることもある。
しかし、その一方、「まさにその」面接場面で、個人としての「プレゼンス(現前性)」を持った治療者と、クライエントさんとの関係性として双方に体験されている、「漠然とした曖昧で複雑な感情体験」を一気に抽象化し、モデル化しすぎて方向付けてしまう危険も常に存在する。
要するに治療者の「責任逃れ」として、「それは親との関係がここで再演している」という方向に「合理化」しようとする罠にはまる危険もある。
*****
「今、治療者としての私の中に生じている『この』感情は、ひょっとして、日常の中でのこのクライエントさんとの関わりの中で、ご両親や、職場の同僚や、上司、同性の友人、恋人、配偶者、子供などが体験している感情や居心地と相通じるものなのかもしれない。
ユング派であれば、個々の具体的な対人関係以外の、「集合無意識」的な元型との関わりも視野に入れるだろう。
そうした「自由連想」を治療者自身がしていくことは大いに意味があるだろう。しかしそれらは「そうかもしれないし、そうでないかもしれない、少なくともそれだけではないかもしれない」なとという形で、思い浮かぶ度にそういう自分の連想ひとつひとつを「認めて置いてあげ(acknowledging)」、安易に決めつけずに「漂わせて置いてあげる」ことであり、それをクライエントさんに口にするのか、口にするとしても、どういう言い方で、いつ口にするかについては、面接の流れに即して吟味していく必要があるだろう。その面接の中では結局口にしないまま、備忘録的に面接記録に記しておくだけでもいいこともあると思う。
同様にして、面接場面で治療者としての自分が「そういう気分、居心地」になったことについての個人的要因、治療者として多くのクライエントさんに接するうちに形成された暗黙のスタイルとの抵触の可能性などについての連想も、治療者は、自分の中で「認めておき、漂わせていく」ことができる必要もあるだろう。
要は、治療者は、面接場面の中での治療者自身の感情体験とそこから生じる治療者自身の連想や感情体験についても「平等に漂う注意」を向け続ける必要がある。
*****
日本語は、主語(「○○が」)や目的語(「△△に」「□□を」)が非常に曖昧なままでも、脈絡に依存する形で何となく会話が成り立つ側面が大きい。
これは面接場面でも同じことであり、クライエントさんが、例えば配偶者との関係について、実家および結婚相手のご両親やきょうだい、自分たちの子供との関係も交えて話をしたら、何が生じがちか?
「.......そしたら、『そういう言い方はするもんじゃないよ』と言われたんです」
治療者は、それがてっきり実家のお母さんに言われたことかと思っていたら、配偶者(男性)だったり、それどころか6歳の子供から言われたことだった、更には、以前の面接で治療者から言われたこととしてクライエントさんは語っているつもりだった(そのようにクライエントさんに言ったことそのものが治療者の記憶にない).......などどいうことに、話を随分長く聴くうちにはじめてその「ズレ」に気がつくことなど、どんなカウンセラーでも体験しているだろう。
そうした行き違いが生じないように、治療者は伝え返しの際に、クライエントさんが間違いを修正しやすい言い方で明確化するとか、脈絡上すこし変だなと感じた時に、自然な形で確認してみることも大事である。
しかし、そうした「脈絡の読み違い」が双方に生じることそのものが有意味である場合もあるだろう。
主語と目的語は、いろいろ置換しても一応脈絡が通じることが少なくない点にこそ、私たちがみな転移空間に生きていることの具体的証左であるとも言えるように思う。
そうした現象を、どのように治療的面接場面で資源として活用するか。そこにこそその治療者の経験とセンスが発揮されるのではなかろうか。
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以上の内容、恒例、セーイチさんのブログ、『発展途上臨床さいことじすとの航跡 blog版』での私のコメントをきっかけとして参加者の皆様とのやりとりの中で熟成されたものです。ありがとうございます。
今回は、そこでのコメントとは別に、気持ちも新たに書き起こしてみました。
異色のiPodサイトとしての挟持から、前々から言及しようと思って,先送りになり続けていたテーマ。
私は、OSについては職場がWindows Vista、自宅がMAC OS X Leobardがメインという両刀使いなんだけど、ほとんど同時期のintel CPUで、メモリは実はMacの方が少ないにも関わらず、macの方がよほど動作快適ということを感じていました。
そして、iTunesを使った場合に、Win版では随分「重い」ソフトで、iPodへのシンクロの際も「動作が途中で止まる」とか、「iPodをディスクとして認識する際にエラーが出やすい」ことに気がついてました。それどころか、何か、MacでのiTunesの方が音が良い気すらしていたのです。
そりゃ、iTunesって、QuickTimeと並び、Apple製ソフトの中で、Winユーザーがインストールしていることが多い、フリーウェアの「例外的」ソフト。
ネイティヴはmacバージョンで、Winバージョンの方はそれをWin用に改変したようなものだろうしな....と思ってました。
*****
お気づきでない方もあるかもしれないけど、iPodでも機能する音楽ファイル(.mp3)や映像ファイル(.m4v)そのものは、Win用とmac用の違いに関係ない、全く共通のファイルです。
これ、私が最近iPodをどのように使うのかを整理し直し、曲や映像を入れ直す際に、macのiTunesで取り込んだAACやCDからのロスレスコピーファイルをコピーして(手乗りHDなどで持ち歩いて自宅-職場間をコピペ中継)WinのiTunesにライブラリとして読み込ませたり、同じことをwinからmacのiTunesに向けてやってみるなかで気づいたこと。
これは全く問題なく機能するどころか、どうみても、同じファイルなはずなのに、Win版のiTunesやiPodの音と、mac版のそれとは、微妙に音が違い、個人的好みとしてはmac版の方が音がすっきりとまろやかで透明で好き、という結果が出てしまっていた(^^;)win版の方がエッジが立って、やや固く、複雑に音が重なると混濁しやすいような。
そりゃ、使われているハード全体が違う。職場のデスクトップは、音楽映像用を意識した構成であるとはいえ、マザーボートやサウンドボード等を含めて、BTO系の「寄せ集め」パソコン。
自宅のmacは、iBook。部品は各社あるんでしょうけど、それを統合的に選択して、チューニングしているのはOSの会社それ自体。ハード全体の統合性はきわめて高い。
それでも、私の耳は、OSがWinかmacかで、少なくともiTunesでの音は少し違う。これはソフトェア次元では? という思いが抜けなくて。
******
しばらく前、古いWin系パソコンを動作はトロいけど稼働状態に復帰させて、手持ちのXPをインストールしなおしてしてiTunesも使えるようにしてみた。
(やはり自宅でもWin系ソフト使わないと、職場で夜更かしばかりしてしまうので、家でもデスクワークの仕事進めようと思って)
すると、(なぜかこの数年前のXP向けだった古いパソコンでの方がiTunesのソフトとしての重さを感じないのには苦笑した。Vistaそのものがやはり重たいOSなのね)、音の出力に
Sound blaster SXのハイビット出力を使う点で職場のと共通にして試してみたけど、やはり、win系のiTunesとmacでのiTunesでは、ソフトウェア次元での音質差がありそうという結論は動かなかった。
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今日、たまたまネットサーフィン途中で、wikipediaの"iTunes"の項に立ち寄ってみたら、こんな記述があった(iPodの項はともかくiTunesの項の方はほとんど見に行かないので見逃していたのかもしれない。以前はここまで詳しく書いてなかったような。もともと刻々とコンテンツがバージョン・アップするのがwikipediaですから):
当初は、WindowsからMacintoshへの"Switch"(乗り換え)を促すという販売戦略から、Macintosh版のみを無償配布していた。その簡略化されたユーザーインタフェースなどで、アップル製の周辺機器・ソフトウェアへの興味を持ってもらう戦略だった。
その後Windows版の無料配布を開始、iTunesを通してアップル流の操作感覚に親しんでもらい、iPodの購入とMacintoshへの乗り換えを促すという方針に転換した。現在のiTunesは、Windows版よりも本来のMac OS X版の方が快適に動作する。
現に動作速度一つを取ってもWindows上よりもMac OS X上のほうが高速に動作し、安定性も高い(Core Foundationが統合されていることが大きい)。
さらにMacintosh版ではASIOと同様に音楽制作に特化していると言われるCore Audioを標準で使用している(iTunesがQuickTimeを利用することで、Core Audioを使用していることになる)。
このように端的に解説してもらえるサイトがあると、スッキリします(^^)
wikipediaのこの項の筆者に感謝。
前の記事で「アクセス不能になった」と書いた、宮台さんのサイトの記事、実はトラックバックお張りしていたためか、私のブログの「コントロールパネル」の「リンク元アクセス」からは検知できてしまったのですね(^^;;;)
ただし、なぜかトップページのURLなので、読者の皆さんはもうアクセスできないかも。
そこで、宮台さんにクレームつけられるのを覚悟で(こういう事態も、メタ真実形成におけるオープンなネットの「複数視座」の役割という観点からすれば当然あり得る、ということは宮代さんの論旨からすれば想定可能なはず ^^;)
宮台さん自身から著作権侵害で取り下げを求められない限り、そのまま転載しておきます。
一度ネットに掲載した以上は、日本中の何百人もが、この記事の「まるごとキャッシュ」を持っていることは想定できるでしょうし。
私は、この記事の趣旨に「すべて」賛同するかは別として、注目するに値する見解であると考えています。
=======以下全文引用=========
一国を自壊に導くテレポリティクスの悪夢
投稿者:miyadai
投稿日時:2008-04-11 - 10:47:00
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(1)
一国を自壊に導くテレポリティクスの悪夢
o 特定財源問題・チベット問題・大連立問題での出鱈目な情報発信--
■私事だが、TBSラジオのニュースバラエティ番組『荒川強啓デイキャッチ』の金曜日コメンテーターとして、1995年4月の番組開始から数えて丸13年間、毎週ほぼ休まずにその日のニュースないしその週のニュースについてコメントをつけてきたことになる。
■当初は文字通りニュースのバラエティの豊かさに圧倒される思いだったが、それも最初の一年間だけ。ほどなくニュース解説がある種のルーティーンであることに気がつく。むろんニュースに一定の類型があることもあるが、問題の本質はそこにはないと感じる。
■結論から言えば、問題の本質は社会的反応のステレオタイプにある。日本では記者クラブ制度と放送寡占で、調査報道というより報告報道--政治家や官僚(警察官僚を含め)がこう言ってました--の比率が高く、事件なら事件について「本当の事」は分かりにくい。
■「本当の事」とはむろん言葉の綾に過ぎない。マスコミ論の今日的水準では、かつてのD・ブーアスティンのように現実を疑似現実が覆い隠すという単純な図式はとれない。むしろ視座--文字通りカメラの立ち位置--次第で複数のリアリティが並立するのである。
■社会学者P・バーガーはこれを多元的現実と呼び、J・ボードリヤールはオリジナル/コピーの二元図式と対比してシミュラクルと呼ぶ。事件報道をする寡占的放送局の全てが報告報道--警察リークの反復など--に覆われれば、複数視座の提示可能性は塞がれる。
■従って、ここでいう「本当の事」とは、あり得る視座の大半をシミュレイトした結果得られる「多元的現実の束」を意味しよう。「こちらからはこう見え、そちらからはそう見え、あちらからはああ見える」ということ自体が、謂わばメタ真実を構成するのだ。
■こうしたメタ真実を受容するには前提が必要だ。社会を多様な者たちが構成するのが通常態だという認識である。近代が成熟すれば社会は多様になる。だが多様性フォビア(恐怖症)が覆う日本ではメタ真実が嫌われ、不安を覆い隠す単純な真実が需要される。
■私にとってニュース解説がルーティーンだと感じられるのは、そうした事情からマスメディアが形づくりがちな社会的反応のステレオタイプのせいだろう。簡単に言えば、いつも同じような社会的反応を相手に「そう簡単な話ではない」と言い続けてきている。
■何を切り口にしても良いが、ここでは昨今の内政ニュースと外交ニュースから「道路特定財源問題」と「チベット問題」をまず取り上げ、次いで内政と外交にまたがる大問題なのに政局問題として扱われた「大連立問題」に触れて問題の深刻さを示そうと思う。
【内政:道路特定財源問題の本質を取り逃がす】
■「道路特定財源問題」についてのマスメディアの扱いは改めて詳述しない。本質から述べよう。必要性を吟味せずに予算枠が決まっていれば、要らない道路が作られたり、余った予算が道路に関係ないものに使われるモラルハザードが起こるのは、当たり前だ。
■そもそも先進国標準に比べて道路整備が圧倒的に遅れていた時代の、まさに「暫定的」予算措置。だから道路特定財源の入口は「暫定税率」に支えられた。「暫定」の筈が何十年も「手つかず」というのも、あり得ない不合理だ。ならば、どうすればいいか。
■暫定税の部分を取りやめてガソリン価格を下げよ、物流コストを下げることは、国民、特に経済的に困窮する地方にとってありがたい、云々。いや、暫定税率の部分を特定財源から一般財源化せよ。一般財源化で、要らない道路が作られないようにせよ、云々。
■政治学的にはこの問題の扱いは決まっている。道路特定財源はやめるべきである。だが、第一に、暫定税を取りやめてガソリン税や重量税を下げるのは誤りである。第二に、特定財源化によって無駄が生じるのだとしても、単に一般財源化することも誤りである。
■理由は単純。車に乗る人々がとりわけ享受する便益--道路などインフラ整備の恩恵--や、車に乗る人々がとりわけ帰結する社会的コスト--排ガス公害や温暖化や交通事故の害悪--がある以上、ガソリン税や重量税は合理的だからだ。現に日本の税は国際的に高くない。
■従って、税を下げてはいけない。代わりに税の使い道を変えるしかない。「ならば、一般財源化しかない」と思うのは早い。必要性を吟味せずに使い道が特定されているのは不合理だが、租税の受益者負担原則ならびに租税の公平負担原則を忘れてはいけない。
■先述したが、車の利用者に専ら関わる便益や社会的コストがある「から」課税するのだ。一般財源という同じ財布に車の利用者だけが多くの金を入れるのは公平でない。車の利用者に資するリソースに車の非利用者の金が注ぎ込まれるのも受益者負担に反する。
■どうすれば良いか。ガソリン税は徴収する。今より高くてもいい。でも暫定税率はやめて恒久税率とし、道路特定財源も廃止する。でも一般財源化するのでなく、公平化や受益者負担の原則に従って、自動車周りの便益や社会的コストのために用いるのである。
■簡単に言えば、車周りのことに「広く」使うのだ。道路整備もある。環境対策もある。安全システム整備もある。交通遺児の手当もある。高速道無料化もある。道路建設だけに使うと決めるからモラルハザードが起こる。何にどれだけ使うかを拡げ、絶えず検討対象とする。
■今までも「どの」道路を作るかを是是非非で検討してきたのに腐敗が起こったとする向きもあろう。反論は簡単だ。昔は道路が少なかったから緊要性が高かった。道路が出来るほど緊要性が低くなる。低くなってくれば要求は恣意的になり、腐敗しがちになる。
■因みに道路族議員の「今でも道路を必要とする地域や人々がいる」という議論に但し書をつけよう。必要だという声があるから道路を作る。尤もらしい。だがそうした声に従ってバイパスや道の駅を作った結果、旧市街が空洞化し民業圧迫に苦しむ結果になる。
■昔はそのようには作られなかった。全総こと全国総合開発計画の名の下、建設省(現在は国土交通省に編入)が国道を計画、それに接続するブランチとして都道府県が県道を計画、更にそれに応接するブランチとして各自治体が市道その他を計画してきたのだ。
■国道整備計画が飽和すれば、ツリー状に構造化された道路建設計画も飽和する。その結果、アドホックな民意に従った道路建設がなされるようになる。道路建設には良くも悪しくも多様な波及効果がある。住民の要求通り作るのでは衆愚政治になり下がるのだ。
■考えておかねばならぬのは「受益者は誰か」が自明ではないことだ。道路の便益を享受するのは車の運転者や所有者だけか。物流の大半が鉄道に担われていた昔と違い、今では物流の要はトラック輸送だ。物流の恩恵は業者だけでなく国民全体が享受している。
■であれば物流を担う商業車については燃料税や重量税を下げるのが合理的だ。軽油税など一部はそうなっている。環境対策、安全対策、交通遺児対策などに関しては、「受益するのは誰か」とは別に「責任を負うのは誰か」が自明ではない。検討が必要になる。
■昨今では道路特定財源問題が、暫定税率廃止問題か一般財源化問題へと単純化される。不合理な議論である。不合理で損をするのは国民だ。不合理な議論を批判すべきなのは「第四の権力」であるマスメディアである筈だ。だが責務を果たしているとは言い難い。
【外交:チベット問題の本質を取り逃がす】
■昨今のチベット問題には、確かに餃子問題と似た所があるように見える。餃子問題での中国政府の対応には、倫理的には問題があっても、一定の合理性がある。倫理的に批判を浴びているチベット問題での中国政府の対応にも、似た合理性があることが重要だ。
■今日の国民国家においては「統治権力の意志にそれなりの合理性がある」と見るべきだ。むろん今述べた通り合理性は倫理性を意味しない。倫理的な侵犯は感情を刺激する。だからマスメディアの餌になる。だが合理性があればあるほど倫理的批判に効果がない。
■今挙げた例では「国民国家の統合ぶりを示す」という目的に由来する手段的合理性だ。五輪が背景にある。餃子問題でいえば、従来なら中国政府は、たとえ冤罪にせよ「犯人」を挙げ、「これは食の安全問題でなく、特殊な者による刑事事件だ」としただろう。
■だが五輪を前にするとプライオリティが変わる。「国内に安寧秩序を脅かす反乱分子がいる」ということ自体が、国家統合を示すための象徴操作上、問題化する。中国政府がチベット騒乱を国外(ダライラマ法王)の陰謀だと断定するのも同じ理由なのである。
■五輪を前にすると、国際社会を相手とした象徴操作が喫緊の課題になるのは、どんな国民国家においても同じことだ。1988年のソウル五輪で、犬料理屋が目貫通りから裏通りに移転させられ、散在した性風俗店がチョンニャンニ(清涼里)に集積させられた。
■東京五輪も同じことだ。首都高建設は因より、直前の東海道新幹線開通も国際社会を相手とした象徴操作であったし、長年の婦人運動を背景にした1958年の売春防止法施行にも、不平等条約撤廃を目的とした明治時代の猥褻三法と同じく象徴操作の面があった。
■象徴操作としての合理性を追求する営みを批判する資格は、どこの国にもない。合理性の追求を仕方ないこととして認めた上、しかしそれによる倫理性の侵犯が象徴操作上かえってネガティブな帰結をもたらすことを中国政府に伝達することが、大切になろう。
■むろん先進国を中心とした批判的感情の噴出がそうした伝達機能を担う。餃子問題における日本国民の批判的感情の噴出もそうだ。だが中国政府はそれを相対的に軽視する。「人の噂も75日」だからなのか。それ以上の理由がないかどうかの検討が、必要になる。
■餃子問題の場合は、日本の食が中国に大幅に依存するという安全保障上の弱点ゆえに足元を見られているという「別の要因」が強く効いているが、チベット問題でも、チベットが水資源と鉱物資源の宝庫であるという安全保障上の「別の要因」が効いている。
■グローバル化が進むと一般に安全保障問題が浮上する。なぜなら安全保障とは一口で言えば「依存はある程度仕方ないが、依存しすぎると危ない」とする物の見方だからだ。どこの国でも、軍事のみならず、資源や、食料や、技術や、文化の安全保障が浮上する。
■その結果、オーソドクスな国際貿易理論とりわけリカードの比較優位仮説か効かなくなる。比較優位仮説は、各国が得意分野に特化した上、国際貿易すればパレート最適化が果たされるとする。この仮説は、稀少な財も高い金を払えば買えることを前提とする。
■だが軍事外の安全保障問題が浮上すればする程この前提は危うくなる。中国はレアメタルを売らないようにすることを示唆した。似たことが各国の各種品目に拡がる恐れがある。グローバル化が国家の役割を小さくするという物言いが妄念であることが分かる。
■二十年以上前まで中国はダライラマ法王に緩やかな自治を約束していた。それが変わった。90年代からグローバル化の時代になったことが大きい。マネジメントの移入で中国が急に近代化して各種リソースの需要が増大し、他国への依存度が増したのが背景だ。
■中国政府にとって、13億国民の生命と安全の確保という観点から、チベットの水と鉱物資源がますます重要になる。だがそこでこの地域に住む300万人(アムド地域やカム地域を含めると600万人以上)のチベット人の宗教的文化が大きな障害になることに気づく。
■鉱物資源のために山に穴を開けたり、水利のためにダムを作ることを、チベット仏教が許さないのだ。中国政府にすれば、人口0.5%にも満たない前近代的な人々が13億人国民の生命と安全を脅かす。チベットが中国領である以上、彼らを開化するのは当り前だ。
■「大善のために小悪をなすを憚るなかれ」。国民国家は統治目的上こうした構えを多かれ少なかれ採るしかない。列強の横暴から大東亜を守るための「侵略」然り。独裁者の横暴から善良なるイラク国民を救済するための「侵略」然り。綺麗事は通らないのだ。
■綺麗事の倫理的批判は、それなりに倫理的な合理化が可能な国家目的や統治目的によって、簡単に中和されてしまう。辛うじて有効なのは、「そうした手段の選択がかえって国家目的や統治目的の完遂を妨げること」を統治権力に納得させる営みであるだろう。
■そこでは倫理的批判ではなく歴史的批判が必要になる。即ち歴史を参照すれば「そうした手段」の選択が経験的に見合わないことが分かるという指摘である。その場合、誰が指摘するかで効果が違う。例えば現に経験した者が反省的に語ることは有効であり得る。
■その意味で日本に資格がある。中国共産党の近代化モデルは、日清戦争の敗北を反省した中国人が日本のアイヌ政策や琉球政策に学んだ「単一民族化」図式。だがこの図式を完遂しようとした日本は領土を失う。「単一民族化」が通用すると見えたのは局所だ。
■個人に対する批判と国家に対する批判とは同列に扱えない。国家は「大善のために小悪をなす」ことを憚らない存在だからだ。大善のために手段的な合理性を持つと信じられるからこそ小悪を敢えてなす。小悪に対する倫理的批判などハナから折込済みなのだ。
■倫理的批判の大合唱は、蛙の面に小便であるどころか、相手国国民の感情を硬化させて相手国政府を縛ってしまう。相手を善導するには、むしろ直接的感情の発露を抑え、戦略的に振る舞う必要がある。マスメディアは、そのことを国民に伝える責務を負う。
■マスメディアが俗情に媚び、国民が感情的に自国政治家を突き上げる場合、政治家には戦略的な外交行動が採れなくなる。その結果、中国政府の善導ができなくなるか、他国政府たちにその役割を奪われることになる。これは明らかに国益に反する結果である。
■日本は曲がりなりにも近代国家であり、パブリック・ディプロマシー(世論を背景にした外交)を旨とせざるを得ない。国民の民度があがれば、その民度によって政治家が後押しされ、あるいは縛られる。ゆえに「第四の権力」は外交的にも大きな力を果たす。
【内政・外交を支える適切な自意識を取り逃がす】
■内政と外交に渡る昨今の個別事例を挙げた。国民の俗情に媚びるマスメディア(に媚びる政治家)が、他国ならば採り得る適切な内政・外交上の選択肢の採用を妨害する典型例である。だが内政・外交に跨る昨今最も重大な事例は「大連立」問題に見出される。
■私は大連立問題での福田&小沢合意が民主党総務会で否決された後の記者会見を最初から最後まで見た。小沢民主党代表は、福田首相側からの二つの重大な意志変更ゆえに、大連立への前向き姿勢を採ったと説明した。そこで説明された意志変更は極めて重大だ。
■一つは、イラク特措法の延長に拘らず、自衛隊海外派遣に関する恒久法を目指してOKというもの。もう一つは恒久法の中身だが、国連(総会や安保理)が動かない問題については、米国の要求があっても自衛隊を出せないようにしてOKというもの。重大だ。
■この記者会見で最も仰天したのは米国だろう。米国追従路線への実効的な釘刺しを意味するからだ。だが十分後のNHKニュースでは政治記者が全く別の説明をした。国民生活を停滞させてはいけないから福田・小沢両氏が大連立に合意した(!)と述べていた。
■その日の夕刊も主要紙を含めて全てが、米国が仰天しただろう小沢会見の中核部分を報じなかった。私は記者クラブによる報道管制でもあったのかと思った。だが記者たちに尋ねるとフェスティンガーの「認知的不協和理論」が最も有効な説明になると判った。
■第一に、米国追従が自明化した意味空間ゆえに小沢発言の意味がつかめなかったこと。コロラリーだが国民に説明しても理解されないと感じたこと。第二に、福田・小沢合意の内容が、米国追従のみが現実的だとされる意味空間ゆえに発言が戯れ言に思えたこと。
■残念ながら、日本国の内政と外交に関する適切な自意識が、国民はおろか、政治記者の間にも共有されていない事実が示された。そのような意味空間では、政治家がマスメディア相手に重大な発言をしても、それが記者にもコメンテータにも受け止められない。
■内政と外交に関する適切な自意識と述べた。二点を紹介する。第一は、米国の伝統的な外交手法に関する認識。ジョセフ・ナイのソフトパワー論に象徴される通り、国益上の最適選択が米国追従だと各国の国民が思えるように下ごしらえするのが、米国の常だ。
■目下のリソース配置で米国追従が最適だとしても、そのリソース配置のままで良いかは別問題だ。政治哲学では「行為功利主義と規則功利主義とは別」と言う。「与えられたゲーム(規則)で何が最適プレイか/そもそもどのゲーム(規則)が最適か」の別だ。
■第二は、米国が日本の国益増進に与えるプライオリティが冷戦終焉後に変化したこと。最近、武部元幹事長を座長とする自民党の政策勉強会の第一回会合に呼ばれ、自民党の党勢凋落の根本原因を探れという要望に応じて、約一時間余り要点を話す機会があった。
■要点は単純だ。(1)党勢凋落とりわけ農村票の自民党離れは絶対得票率分析によれば90年代前半から生じた。(2)原因は、80年代末の牛肉オレンジ交渉と日米構造協議(の結果としての農産物自由化・大店法緩和・公共事業漬け化…)がもたらす農村空洞化にある。
■(3)当時も米国の行動原理は不変であり、冷戦体制終焉と日本による製造業グローバル化を踏まえて日本の位置づけが変わったのである。(4)[日本は意識したくないが]米国による日本の位置づけが変わった以上、米国追従と国土保全が両立しない選択になった。
■(5)国土保全を重要視するなら、米国追従を徐々にに中立化する必要がある。(6)それには軍事的安全保障がネックになるから「軽武装依存」から「重武装中立」にシフトする必要がある。(7)それにはアジア重視外交により、アジアの感情的回復を図る必要がある。
■勉強会に出席した数十人の議員から悲鳴とも溜息ともつかぬ声があがった。「もやもやしていたことに初めて言葉が与えられた」と発言する議員もいた。だが「対米追従と国土保全は今や両立しない」という認識が小沢発言の背景にあった、と私は睨んでいる。
■冷戦体制後、米国による日本の位置づけがシフトしたのに、日本による米国の位置づけが変わらない。片思い状態に近づいたのに、日米関係についての自意識が変わらない。小沢発言でこうした問題を議論する千載一遇の機会が与えられたのに、誰も利用しない。
■こうした問題の構造を理解したとしても、解決すべき課題は困難を極める。米国を敵に回さずに米国にノーと言えるようにするための戦略は? 重武装化に必要なアジアの感情的回復の戦略は? 重武装化(のための改憲)に必要な文民の資質向上のための戦略は?
■結論。判りやすく言えば「民度の低い国民・に媚びる水準の低いマスメディア・に媚びる理念なき政治家・のテレポリティクスに踊らされる国民の民度低下」という悪循環を、どう食い止めるのかだ。マスメディアが果たすべき責務は、もはや言うまでもなかろう。
==============引用終わり============
少し前の記事で引用した、今現在、宮台さんのサイトの
●一国を自壊に導くテレポリティクスの悪夢
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=630
そのものが、少なくとも今日の午後以降(4/14 22:38現在も)エラーで接続できなくなってるみたいです(^^;;;)
ネットの技術的問題か? 宮台さんがとりあえず記事を取り下げたのか?
yahoo!やgoogleのキャッシュをあたっても存在しない。
どこかに「全文引用」したサイト、ありませんかねえ?
(私も一応自分が引用した部分を使って検索しましたが、私の引用部分しか見つけられなくて)
どなたかご存知ですか?
【追記】
......と思っていたら、私は、意外な形でアクセスに成功した!!
【更なる追記 4/26】
4/26、全文再掲載されました。
●マスメディアの出鱈目な報道に釘を刺しました
一国を自壊に導くテレポリティクスの悪夢
特定財源問題・チベット問題・大連立問題での出鱈目な情報発信--
(MIYADAI .com Blog)
私が開業している「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」、5/1(木)の定休日以外は通常開業することにしました。
どうかこれを機会にご利用下さい。
「カウンセラーこういちろうの雑記帳」週に一度の恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「週ごと先記事別アクセス解析機能を使っての、先週の記事アクセス「ベスト20」の発表、91回めです。
固定リンクでのアクセス率の順位から集計しています。アクセス数が同じ場合には、訪問者実数上位の記事を上位とし,訪問者実数も同じ場合にのみ、同じ順位として掲載します。
7×24時間、つまり4/12日(土)24:00の時点での集計です。
先週の一週間の総アクセス数、延べ2,648(前回1,952)。一日平均アクセス378.29(前回278.86)。
訪問者実数は、1,981名様(前回1,486名様)。
先週は、記事数も増えましたけど、完全にayu様さまさまという展開で(^^;)
正直に言って、ayuの「誕生日」ライブレポート「だけ」で、どれくらいアクセス数が回復するものかどうかを実験して楽しんでみたところもあります。
先週も書いたように、ネットに力を注ぐあまり自分を磨り潰していた自分を身にしみて実感していることには変わりがなくて、これまでとは別のスタイルの模索はしているのです。
それはすでに、先週の新記事のスタイルに、なんとはなしに現れ始めている変化かと思いますが(^^)
当ブログの「一限さんでない率(リピーター率)」、前回の7.0%から、更に7.1%に上昇。
「訪問周期」は、「毎日必ず」おいでになる「完璧常連様」は、前回11名様(0.4%)だったのが今回は、14名様(0.5%)とかなり回復。
最低週に一度おいでになる訪問者実数は、前回の164名様(6.2%)から、今回は160名様(6.1%)に減りましたが、これは先々週までの長期低落傾向の余韻として、仕方がないでしょう。
一番多い訪問頻度「7日に一度」の29名様(1.1%)。続いて「3日に一度」の28名様(1.1%)。
それでは記事別ランキングの方の発表!!
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1.浜崎あゆみデビュー10周年「記念日」代々木ライブ(「本編」編) (アクセス率3.5%)
2.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~ (↑)
3.巨大ケーキ様のご入場からご退場までがたいへんだったのです! (ayu10周年記念日ライブ アンコール編)
4.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(↓)
5.ほんとうの「現実」に迫るためには? -宮台真司さんの記事より-
6.「大船でフォーカシングを学ぶ会」カテゴリー・バックナンバー (↑)
8.受容・共感は大前提だが、クライエントさんはそれを超えたsomethigを含むカウンセラーの「反応」を待っている。 (↓)
9.バウムテストにおける「診断」とフォーカシング(1) (↓)
11.「人権擁護法案」賛成派・反対派の中の「ある部分」は、「自分たちの」言論や行動を非難されないことにしか本当は関心がなかった?
12.治療関係のベースライン (↓)
14.私のピュアオーディオシステム(そこに更にiPodをどう繋ぐか) (↓)
48.先週の人気記事ベスト20 PCサイト版!! (08/3/30-4/6)
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これを書いている「今、この瞬間」(4/13 01:07)までの、PCサイトにおける当ブログ文章記事の延べ総アクセス数は、313057、プロフィールページ、フォトアルバム、そして"My Favotite Books"、"フォーカシング Q&A”、”こういちちろうの夢日記”(653)、更に、こういちろうの「現実」と「空想」のTimeLineサイトへのアクセス数(2770と2645)を含めると375550。
更に。
携帯サイト(13906)を含めた、私のブログサイト全体の延べアクセス数、389456。
このブログ単独の通算記事数はこの記事で1527本めです。
今後も、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくお願い申し上げます。
●うつ、受診は4人に1人=周囲や掛かり付け医の役割大-ネット調査 (時事通信)
うつ病やうつ状態の可能性がある人の4人に1人しか医療機関に掛かっていないことが、12日までにファイザー社のインターネット調査で分かった。受診への抵抗感がいまだ根強いことが浮き彫りになった形だが、家族や友人らに相談することで、受診率は大幅に向上した。
調査に協力した中込和幸鳥取大教授(精神行動医学)は「自分がうつだという判断は難しく、家族や同僚、掛かり付け医など周りの人が気付くことが重要」としている。
調査は、うつの認識などに関する一般の人を対象とした調査と、治療実態や満足度に関する患者調査の2種類。昨年2月と3月、それぞれ4000人、1000人を無作為抽出し実施した。
いくら製薬会社の調査だからといって、こういう調査を、抗欝薬による治療を増やしたいための陰謀....と勘ぐる必要まではないでしょう(^^)
実際、鬱の「自己認識」そのものが結構難しいと思う。
「オレって今日はプチうつなの」
などと、日常会話で普通に使われる一方、「無気力」たどか「疲れがたまっている」「一時的なショックの後遺症」だとかいうふうに、周囲も本人もずっと自己認識しているようなケースの中に、臨床家の多くが「うつ状態」とアセスメントする可能性があるケースはかなりある。
また、観点を変えれば、
このブログの
●欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている
が、ベスト20に80週以上ランキングを続ける背景には、やはり、世間のありがちな「鬱」へのイメージに、対して、未だにこの記事を新鮮と感じてくださる方が尽きないことの証明なのだと思います。
私がこの記事で書いたのも、鬱を「ある観点から照射した」ものであるに過ぎないはずなんですが(^^)
万歩計と育成シミュレーションが合体した携帯できるゲーム機器があるそうな。
●電子ペットキャラが肥満児を救う? 小児メタボ防止と改善に効果発揮(msn=産経)
ゲームソフトメーカー「ハドソン」が発売するキャラクター育成散歩計
「てくてくエンジェルPocket(以下てくてく)」が、小児メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の防止と改善に効果を発揮している。歩くことで電子ペットのキャラクターが成長する仕組みだが、この遊び心が子供たちのモチベーションアップにつながっているようだ。
キャラクターは全部で55種類。あらかじめ設定した運動日数や歩数を達成するかしないかで成長具合が異なるのが特徴だ。ノルマをきちんと達成すれば、最終目的の「天使」キャラに育つが、達成できないと「ブタ」になったり、病気になるほか、さぼりすぎると「家出」をするらしい。
(中略)
標準体重を20%上回る場合を肥満と定め、肥満度が30~50%で中等度肥満(指導が必要)、50%以上を高度肥満(医学的評価と積極的な指導が必要)と判定。「てくてく」を導入してから5カ月目の今年3月に、小2女児の肥満度数が28%から21%に、小2男児が40.8%から33.3%に減少するなど、5人の児童に大きな変化があったことが分かった。
ハドソンによると、女児の母親は「(うちの子は)おやつなどの間食が多く、見た目にも太り気味だったので心配していたが、『てくてく』を持つようになってから車の送り迎えはいらないと言って、自分の意志で徒歩通学するようになった」と話しているという。
****
そう。歩くことにモチベーション持つだけでもメタボは改善する(きっぱり)
私がayuのコンサートで、渋谷郵便局経由で代々木体育館まで歩くことにしたのは、渋谷郵便局がネタになるという思いと、ayuを論じるのにはフィールドワークも大事という思いもあったけど、実はこれが自分を多少でも「歩かせる」モチベーションにもなるという思いもあったのだ。
そういう意味では、地図ソフトで検索してでも、「敢えて歩けるルートを探してみる」習慣も意味がある。
もっとも、ひっきーなんて、尊敬する「鬼平」こと長谷川平蔵の墓に詣でようとして、お岩さんお井戸に辿り着き、更にお岩さんが「1まーーーい、2まーーーい」と皿を勘定するという、日本史に対する重大な「歴史認識の誤り」となる大ボケで楽しませてくれましたが....
●方向音痴
●~お岩さんversion~
(ともに"Message from Utada Hikaru"by ひっきー)
....これでひっきーもメタボにならずに済む(爆)
「地図の読めない女」はウォーキングでメタボから一層遠のく?
(性差別の意図はありませんので念のため)
*****
ただし、お母さんが、
「ほら、このゲームだったらあなたも間食とらずに歩く気になってぶくぶく太らなくなると思うの。今、流行よ!! これでがんばってね!!」
などといいながら子供に渡し、
「今日はどこまで成長したかな? あら、よかったじゃない!!」
などと監視しながら、
しかもお母さんの方は間食ボリボリ生活を隠れてしているのが子供に実はバレていたりしたら、
子供の成長にせいいっぱい悪影響
でしょうから、念のため(^^;)
****
そして、
「国旗に敬礼して君が代を歌ったら成長する」育成シミュレーションは登場して欲しくないなあ。
私はどちらにも敬意を払いますけど、それを愛国心の「踏み絵」にする教育なんてあまりにつまらない。
そんなことじゃないよ。
日本がほんとうに「生まれて良かった」と思う社会に大人たちが奮闘すれば、子供も日本を好きになり、日本社会のために一肌脱ごうと思う大人になるのさ!!
●当ブログの関連記事
* 生まれてきてよかった、生きてきてよかった、社会の中でやって来れてよかったと感じる人間しか、自分の生まれてきた、生きてきた世界を愛することはないだろう。
「ほんとうの現実(真実)」などわからない、という言い方がよくなされる。
だが、王子のきつねさんサイトの、
でリンクされていた、宮台真司氏による、
●一国を自壊に導くテレポリティクスの悪夢
-特定財源問題・チベット問題・大連立問題での出鱈目な情報発信-
(MIYADAI.com Blog)
.....における、以下の解説は、この問題についての重要な示唆を与えてくれる。
■「本当の事」とはむろん言葉の綾に過ぎない。マスコミ論の今日的水準では、かつてのD・ブーアスティンのように現実を疑似現実が覆い隠すという単純な図式はとれない。むしろ視座--文字通りカメラの立ち位置--次第で複数のリアリティが並立するのである。
■社会学者P・バーガーはこれを多元的現実と呼び、J・ボードリヤールはオリジナル/コピーの二元図式と対比してシミュラクルと呼ぶ。事件報道をする寡占的放送局の全てが報告報道--警察リークの反復など--に覆われれば、複数視座の提示可能性は塞がれる。
■従って、ここでいう「本当の事」とは、あり得る視座の大半をシミュレイトした結果得られる「多元的現実の束」を意味しよう。「こちらからはこう見え、そちらからはそう見え、あちらからはああ見える」ということ自体が、謂わばメタ真実を構成するのだ。
■こうしたメタ真実を受容するには前提が必要だ。社会を多様な者たちが構成するのが通常態だという認識である。 近代が成熟すれば社会は多様になる。だが多様性フォビア(恐怖症)が覆う日本ではメタ真実が嫌われ、不安を覆い隠す単純な真実が需要される。
(太字表示はこういちろうにうよる)
****
前の記事で書いたことともつながるが、多様な視点からの、多様なシミュレーションを許容するのが、「リアリティ」を感じ取ってもらうきっかけを作るということだと私も考える。
あちこちの視座(standpoint)から照射される光の投影の中で、錯綜した光の干渉の中に浮かび上がる「ホログラフィ」のようにして、言葉では簡単に割り切った説明ができないが、多様な含蓄をもった「(メタ)リアリティ」が浮かび上がる。
そのようなあり方を可能にするための、「マスコミ」と(宮台さんは言及していないが)「ネット社会の」成熟の必要性を痛感させられるし、そういう中での、「一介の情報発信者」としての、自分の「立ち位置」も確認させてもらえたのであった.....
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更に言えば、「既成の概念を当てはめて単純化して割り切る」のではなく、「言葉にならない混沌とした感覚」全体の綾を味わい、吟味することこそ、私の専門とするフォーカシングの基本スタンスである。
宮台氏の引用したボードリヤールの言葉を借りれば、シミュラクルの多元性、矛盾錯綜した曖昧複雑性を、いかに個人個人なりに新鮮な形で「統合」して「覚知」していくかの体験的プロセス、それがフォーカシングの根底に流れるもの。
●当ブログの関連記事
* 宮台真司を少し見直したこういちろう
* 「思い込みが過ぎる」ことを、実社会を生きるしたたかなシミュレーション能力に「変換」させよう!!
* ネットとマスコミの違いとは?
やっと浜崎あゆみのライブの報告、終了しましたので、この辺でまた気持ちを切り替えようと思います(^^;)
えーっと、新年度に入り、はじめてこのサイトにおいでの皆様、カウンセラーのサイトだと思っていたら、こうして大連載でayuのライブの記事が連発されるのに驚かれたかもしれませんが、このサイトは、47歳の現役開業臨床心理士が、
専門のディープな話も、自分の趣味や社会への関心も、全く同列に書く
ことを確信犯的ポリシーとして運営しているサイトです(^^;)
私は、カウンセラーとしては、おいでいただいた方ひとりひとりにふさわしい形でご相談に応じようとするという点では人後に落ちない矜持もを抱いているんですけど、同時に、世間一般の人が抱いているであろう(と想定する)カウンセラーのイメージに「順応」したり「迎合」しようとも全く考えていません。
カウンセラーのイメージ的な理想化は百害あって一利なしとすら思っているんですよね。
かといって、偏見も不信も過剰に抱いていただきたくはなくて(^^;)
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もとより、カウンセラーの専門性についての不信の念も、故なきものはないと感じています。
例えば、さまざまな医療やカウンセラーとの出会いの中で、しっくりいかないものを感じたり、傷ついて通わなくなってしまったり、あちこちを試しては満たされない思いをお感じになって来られた皆様のお気持ちも尊重したいし、そこから学びたいと思っています。
私のクライエントさんからも、そうしたお話はよく伺いますし、他ならぬ私に対しても、面接の中で、そうした思いを打ち明けて下さるクライエントさんもたくさんおられます。
面接の進行のあり方に、違和感や疑問を何も語って下さらないクライエントさんがいると、むしろ、
「ひょっとして私は、このクライエントさんがそうしたことを口にする機会を奪うような応対をしていないか?」
とすら不安になります(^^;)
むしろ、日頃の面接の中で感謝されたり、時には私のことを「思いやって」すら下さるクライエントさんに、恐縮することも少なくありません。
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天使でも悪魔(いんちき専門家)でもない代わりに、お金を払って通っていただいてまで通っていただいても、それだけの甲斐があると感じていただける「リアルな手応え」のあるカウンセラーのあり方を、模索し続けているつもりです。
ある意味では、このサイトで、カウンセリングやカウンセラーについて、これまでお持ちだったイメージのギャップを、いい意味でも悪い意味でも「楽しんで」いただけたらとすら思っています。
そして、私が信頼するに足るカウンセラーかどうか、あちこちから眺め回していただければ(^^;)
カウンセリング以外の話題について書いている時でも、実は私の物事を語る姿勢には、ある一貫したポリシーが私なりにあると思うし、同時に、私がまだ自覚できていない面を含めた限界も呈していると感じていますので。
.....以上、喜んで「さらし者」になっているつもりの、カウンセラーこういちろうより。
やっと、ここからはじまったayu10周年「記念日」コンサートの参戦レポートの、最終回である(^^)
(日付変わって今日4/10は定休日。これで心置きなく明日からまた仕事に戻れる)
まわりのファンの話し声を聞いていると、すでにツアー初日を観覧したファンが、はじめて訪れる後輩を引き連れて来ていたり、「この」完全に30代OLふうの女性二人組は、今や完全に堅気の(^^;)デビュー当時からのファンが久々にライブに来たんだろうなあ、とか、かなり年長の娘さんのお父さんが連れ立っていたりなどというあたりがよくわかった。
そういうお父さんらしき人が、自分の好きな、もっとずっと年長の自分の好きな歌手のライブには行っているんでしょう、
「よっちゃんのギターはうまい!! ドラムスもベースもいいねえ!!」
と叫んでいたり、すでに2日目までのライブに来ていた人からの「指令」で、演出内容によってはその席から見えなくなるシーンが来る前に前もってあちこち移動している一群がいたり(おいおい、本当はそういうことをしてはいけないのだよ。でも、あの辺ならぬあの「縁(へり)」のスタンド席って、確かにステージへの視野という点では制約が大きい)などなど、いろいろ様子が見えてくるのも楽しいものである。
ステージ脇に近いスタンド席って、ayuがステージの端まで来ると、その時だけの周囲の歓声がまた凄いのである。
*****
比較的短めの休憩の後に、登場したayuから、「これから静かなバラードを2曲歌いますので、座って聴いて下さい」の言葉に続いて、最初に2曲、アンコール。
この2曲は伏せておきたいと思っていたけど、
......ど、どうしても、どうしても、一曲については曲名を口にしたい!!
やっと、
やっと、
ライブで、
"Voyager"
が聴けた!!
この曲、テレビ番組を別にすると、ライブでは、DVDセットの特典扱いのDVDに収録された、CDLで1回だけしか歌った記録がないと思うけど(^^)
(昔のa-nationの曲目、およびDVD収録日以外のツアーで歌ったかどうかまでは掌握していないけど)
それにしても、ライブコンサートであの2曲を続けて歌うことって、これまで決してなかったのではなかろうか。このへんが、10周年記念ツアー(しかも、記念日「当日」)らしいところかも?
結局、デビュー曲"poker face"も、新しいアレンジが出たばかりの"You"もこの日はなかったけどね。
この、一般には「超々有名曲」の2曲連続のアンコール、さすがに疲れた声帯(聴いててわかる)をかばいながらで、敢えてラストの高いキーを回避した歌い方をした曲もあったけど(.....というと、もう一曲がどの曲かわかっちゃうか)、でも、こういう時の声の支え方をayuはもう十分わかっているみたい。
基本が腹式呼吸でしかもう歌ってないから。だからブレスが凄くハッキリして、ややマルカートな声の押し出しになる。去年のツアーのアンコールで中途の段階で長期間歌われていた"SEASONS"なんて、昔の発声法とは全然違って、すごく「朗々と」していた。
これを残念に思う人もあるだろうけど、ayuは腹式呼吸のレッスンに従い「唄う筋肉」を最初から鍛え上げていたタイプの歌手とは違うのだ。途中からライブ歌唱を鍛え直してきた人の声。
ayuの歌い方は必然的に変質する。しかし、それは大きな舞台でのライブには効果的なあり方なのだ。
*****
さて、この2曲の後でよっちゃん相手のSEタイムでしたが、今回はこれが実質、10周年のお祝いのサプライズが延々続く場ともなります。
まずは、この日のために特別に収録された、お祝いコメントビデオが連続して。
のっけはDJ OZMAさん(さん付けはヘン?)。
「もし10年後お互いフリーだったら結婚しよう」
....だと(^^;)
そして2番目は、ayuの大ファンで、試合前にayuの曲を聴いているのでも知られた、浅田真央さんからのビデオメッセージ。この二人、プライベートでもじっくりお話しする機会があれば、結構気があいそうという気もするのだが(^^)
そしてTRFの5名それぞれ。
私の聞き違いでなければ、今回のツアーのどこかでTRFがジョイントする、みたいな言い方もあった気がする(確信はない)。
*****
すでに前の記事で触れた、観客からの"Who..."の合唱はこの辺でだったかな? (この頃、直前の日までハードワークだった私の明晰な意識すでに半分近く終(つい)えつつあった.....)。
このシーンでだけ、今やツアーの時にはステージに立たず、音楽スーパーバイザーに徹した感のある小林信吾さんがいつの間にか客席の後ろの方からステージに来ていて、キーボードで伴奏をしていた(のだと思う、あの紹介のされ方は。ステージ上のキーボードの位置は全く見えない席なのであった)
*****
そして、これまで舞台に出てきた中では、もっとも壊れそうな構造(?)の、巨大ケーキの入場となる。
畳みたいに細長く、幅は畳の半分くらいは十分あって、デコレーションの高さも高い!!
あれ、ほんとに、下手に傾けたら、上に乗っかっているayu人形をはじめとする、高いものは40センチほどはありそうな塔型デコレーションが倒れそうだった。

【↑追記】ayuのビジネスパートナー、みかじょんさんのブログで写真が紹介されていたので転載。
王子のきつねさん、いつもながらご紹介tnanks!!
「渋谷口」側のステージ裏手から「階段を上って」ステージの両脇から登場することを断念して、「原宿口」寄りのアリーナ席と同じ高さから搬入して(観客出入り口を2階と呼べば1階。車両からの大荷物の水平搬入はこのアリーナ席の高さからでは?)、アリーナ席の端っこを台車に乗せてそろりそろりとぐるっと廻って移動して来るまでにもかなりの時間を要した気配があり(^^;)、それをアリーナ席前をゆっくりと押してステージ真ん中の花道のそばに移動してくるまでに更に数分。
最初は花道(回転式の張り出し舞台へのステージからの通路)に駆け上がるための臨時の階段も準備されたけど、それを使っていたら斜めに傾き、デコレーション崩壊の危険がまたもや予想されたのでしょうか、階段を使うことは諦め、臨時階段撤去。
結局、ダンサーズの面々が花道の下と上、それぞれ6人がかりぐらいになり、「人間エレベーター」といいますか、下の数人は驚くほど高くまでケーキを台ごと何とか水平に保ったまま支えて「垂直上昇」させて行き、腰をかがめた上の6人ほどにまたそろりそろりと「横移動」で受け渡されて、車付きの据え付け台にまで更に持ち上げられてセッティングしていくという芸当をしていく中、
「私、この間合いをどうやってフォローしたらいいんだろ?」
とのたまうしかないayu様。
花道に上がって移動できる台に据え付けられた後も、花道とステージの間にある「斜面」を乗り越えさせるのも危険と判断、斜面の手前の狭いスペースにみんなが並んで、ダンサーズやバンドの人たちの「100円ライターで」(ayuの解説)点火された10本のろうそくをayu吹き消し、更にそれを囲んで、恒例の観客を背景にした記念撮影までに、ケーキが私の視野に登場してから全体で、少なくとも15分ぐらいはかかった(^^;)
ケーキ様が同じ段取りを逆にたどって、アリーナ席前方から脇の方までしずしずと「ご退出なさる」までに更に5分は経過(^^;)
このへん、段取りの悪さそのものとも言えるけど、逆に言えば、計算尽くのショーではない、行き当たりばったりのところがマジにこの祝賀セレモニーに残されていて、まるでayuスタッフのホームパーティのアクシデント克服過程を観客全員が注視するみたいになっても、ざわざわ騒ぎ出したりしないまま、ケーキの運命を注視する(恐らく真ん中のプロジェクターでも実況されていたのでは?)あたりが、ayuファンのやさしさですね(^^;)。
私としては、むしろ、何が何でもせっかくのケーキを壇上に載せる!! 一度決めたらてこでも引かない、不可能を可能にするための、スタッフの知恵と力を出し合っての執念を共にさせて頂きました(^^)
帰宅時間が気になり、アンコールで途中退場するしかなかった一部の聴衆の皆様、ライブにはこんなハブニングもありますよ!! 記念日を「聴衆と共に」祝うayuたちスタッフを寛容に許してあげて下さいな。
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このあとだったか、今度の新マキシの新曲、
"Life"を、小林信吾さんからayuに内緒でバンドメンバーにライブ用の譜面が渡されていたらしく、ぶっつけで初披露することに。確かに、よっちゃんの間奏時のアドリブは、ほんとうに即席のアドリブっぽかった(^^)
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この後の数曲の、基本的にはいつものノリのアンコール部分は詳しいこと割愛します。
アンコール最後の曲が何だったかも.....ね。
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全体を振り返って言えば、プログラム「本編」は、秒刻みの厳密なスケジュールで、一分の無駄な時間もないかのように、観客を決して飽きさせず、ayuが退場している時間が(私が継続参加をはじめたこの3年間のツアーの間にも)どんどん少なくなってきた。
......この3年の間に、いつの間にか、よっちゃんのギター即興演奏による場面転換も無くなっている!!(おととしのツアーが最後では?)
今年のツアーの「本編」プログラム、現状でも、去年のツアーにも増して、転換の手際がシェイプされている気がする。色々手を換え品を換えた演出をしても、観衆が歌そのものに持続的に集中しやすくなってきているといいますか。
方向性としては、これで正しいと思います。
ayuもスタッフも場面転換の際にいよいよたいへんな筈だけれども。
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更に、オーディオファンチックだけど、ライブ音響について。
何となく、PAの音も、この前私が代々木に参戦した、一年半近く前の前々回のCDLの時よりかなり聴きやすい音に聞こえたけど、これは私の座っていた位置的なものか?
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......今度こそおしまいに。
一番「年齢」を感じたこと。
すでに特別な長丁場でかなり疲れてはいたけど、観衆全体でやる「新しい振り付け」を覚えるとかなると、SEの練習タイムだけではとても周囲の若い人のようにはいかない、不器用そのもののこういちろうであった。
......ツアー最中の、ayuの誕生日やデビュー記念日のライブではおなじみだった、この種の「予行演習指令」チラシが事前に含まれていたことも確認していなかったこういちろうだった(^^;)
家に帰ってチラシの束をもう一度探して見つけ出す始末 orz
(上の画像はスキャナ取り込み)
もっとも、本番では、小林信吾さんのキーボードの前奏の段階で曲を直感的に察して、みんなと一斉に、全くたじろがずに歌えてます(^^)
「これ」を含む、アンコールのSEの最中のセレモニーについては、この後で書きます。
●ネタバレ注意●
ツアー初期ですから、以下の記事の中では、舞台演出や衣装についての詳細は、まだツアーに参加していない皆さんのために相当曖昧にしか書きません。
しかし、曲目名については、(本番プログラム最終曲を除き)具体的に書きます。
ツアー最中に曲が変わっていくことを念頭に置いた「記録性」を重視しますので。
「その曲を歌ったとは知りたくなかった!!」
あるいは、
「私が行ったライブではもう歌ってなかった!!」
.......という思いに駆られそうなayuファンの皆様は、先まで読み進まない方がいいかもしれません(^^;)
なお、曲順のメモまで取ってないので、順序の間違いや抜けている曲、最悪の場合、曲名の勘違いがあってもお許しを!!
(ほぼ曲順再現に成功したとは思うけど.....)
*****
さすがに毎年最低3回というペースでayuのライヴに接していると、何か普段着感覚で代々木に足を運んでいる気分になるので、はじまるまでの高揚感に我ながら乏しくなる。事前にチラシも読まないし、グッズも買わない。
告白すると、ペンライトは去年のツアーの電池入れ替えたリサイクルだった(^^;)
すでに書いたように、ほんとに今回のツアー最初の代々木での3日間のうち、仕事とかぶってなかったので8日にしただけだったので、はじまった途端のアナウンスと映像で、
「.....え? え? 今日が10周年「当日」だったの???......これはラッキー!!」
という、大ボケ状態。
(一般販売、即日sold outのプラチナチケット獲得に奔走した、TeamAyu先行予約でないファンの皆様、ごめんなさい)
今回の席は、スタンド席のすごーーーーく舞台寄り。
ここまで「渋谷口側」だと、もう、舞台の一番奥から登場まします時のayuさんは見えない(きっぱり)。
それどころか、このアングルでは、
センタースクリーンは、かけらも視野に入らない!!
もちろん、サイドスクリーンは見えるんだけど、時々センターと別の映像やるのが慣例なので、ビジュアル演出の全容は掌握できていないことになる。
最初の曲は"Talkin' 2 myself"。私はA-nation'07で、この曲の初の本格的ライブ聴いてますけど、その時も、全体として不調だった(この時こそ難聴の影響、確実にあったと私はみている。喉を使い過ぎて音がヨレるのではなくて、明らかに「音程そのものが調子外れになる」のとayuは戦っていた)中で、初お披露目で、この、2拍子系と3拍子系の細かいリズムが交錯する難曲をそこそこ歌い込めてはいた。
この前のCDLも不調が伝えられたけど、30日に歌ったこの曲をMTVカウントダウンで早速ビデオ録画で流してくれた時、少なくともこの曲に関しては、たいへんスケールが大きく、十分に成功していたと感じたが、それをナマで十分聴けた印象。音程にも不安なし。
一曲目でエンジンかかってないayuは何回か観ているので、あ、これは今日はのっけから大丈夫だなと一安心。
続いて、"(don't) leave me alone"、更に続いて、"is this LOVE?"だったか? この2番目と3番目の順序には記憶に自信がない。
これらの2曲、歌い出しのところで、ヘッドセットの左側から出ているマイクロフォンがayuの口元にきちんと近づいていなかったのか、一瞬音がほとんど聞こえないで冷や冷やしたが、すぐに裏方の音響さんがヴォーカルのミキシングのレヴェルを上げたのか、事なきを得た。
ayuがウエストアップぐらいのサイズで十分で映る倍率の高い双眼鏡で観ていても、ayuはこのあとも結果的に、右手だけで演技している際とかに、ヘッドセットを「左側の手で」いじくるシーンが多かった。これ、左耳のせいというより、マイクの口元位置調整のためというのが私の取りあえずの結論です。
要するに、この日のayuは、耳は聞こえないなりにすでに安定していたことは間違いないというのが私のコンサート全体での印象です。
ayuの場合、以前から、一番厄介なのは、単にきこえなくなることではなくて左耳に入る音そのものの音程がおかしくなるという問題だった( とっくに何年か前のスーパーテレビでやっていたのだが)ことまで掌握していた人が、あの去年の騒動の時にどれだけいたんだろう???
*****
ここでステージ転換。
一見"STEP you"がはじまるかにも錯覚されたオープニング映像のあとで登場したayu様は、それこそ過去のライブで最高の「ブリブリ」衣装(清楚だけどね)の、"Depend on you"であった(^^;)
この曲が、まさかライブで今頃聴けるとは!!(この前のCDLでやったかどうかは知らないままですが、
昨日新発売のマキシに新バージョン入ってますものね。ちなみにこの新バージョン、
のアルバムにはない。【以下4/14記】.....な、なんとiTunesでも、CD/DVDと同じで、ご丁寧に"You"入りバージョン(直前のリンク)と
"Depend on you"バージョンがアルバムとして別々にupされていることに気がつかなかった!! CDの音質を求めなければ、ある意味で同じ曲を2枚買わなくていいだけiTunesは無駄のない買い方ができる。iTunesでの販売では、他の歌手で、アルバムのボーナストラックなしって、よくあるパターンなので、早とちり....)
.....この人、実際に20歳の頃は、正直言って根が暗いままでステージに出てた(.....おいおい、そこまでいうか)ので、こんな衣装着て唄う気にはならなかったと思う。双眼鏡で拡大しても、ほんとに10歳若く見える空気漂わせてるのだから。
でも、役者さんでも、舞台で若い娘をほんとうにいきいきと魅力的に演じられるのは、実はかなりの年季とキャリアがいったりするものだ。
.....それはそうと、何しろ、ステージ正面の前に出た来た時のayuさんのほとんど真横から双眼鏡で観ていたので、むっちむちの太腿ばかりか(....おいおい)、おしりの方が短いピンクの超ミニの裾からチラチラ見えるピンクのアンダースコートが眩しかったこういちろうであった(完全にhutomomoさんの感化である.....)
この衣装のままで、すでに最近のステージで恒例の、"Fly High"につながる。
******
ここで舞台転換。確か、このへんで"Guilty"の、あのぐるんぐるん演出(婉曲だな....)、
そして、
"My name's Women"の「鞭と、九○の○○○バージョン」(確か初出は"My Story"ツアーだけど、私ナマを観てないツアーなのだ)、
更に、"Decision"あたりを続けたと記憶します(曖昧.....)
******
その後で、舞台転換の際の映像で、"Together When..."だなと思いこんでいたところは、実際には"End roll"ときたんですよね。
この曲なんて、古い曲の中でライブで聴けるとは全く予想していなかった。今の、表現力の上がったayuの声で聴けると、非常に新鮮でした。
その後で、今度こそこの映像の後で、プロモーションビデオで話題作中の話題作だった"Marionette"が来ないことなどあり得ない!! と思っていました。
問題は、それを「舞台演出として」どうアレンジしたかですが.....そう来ましたか!! ...というと感じ。
でも、「この」装置、今後ツアーが進む中で刻々と改造され、更に凝ったものにしないと、ayu様は満足しないのではないかな? 現状では、構造面を含めて、観客の評価も分かれると思う。アリーナ席の人、スタンド一階席の人は現状でも基本的には楽しめたと思うけど、アジアでは、客席はすり鉢状の上下に深い会場が多いみたいだし.....というのがヒント。
この曲のプロジェクターの映像、プロモビデオ版とはまた異なる解釈というか、続編みたいにも取れる内容になっていたので、お見逃しなく!!
予想できたことなんだけど、だいたいこの曲あたりが、今回のツアーの本番プログラムの心理的中核になってる印象でしょうか。
この後に、確か"Hanabi"が来ました。
この曲、ayuは特にa-nationでよく歌ってきたけど、ライブでは、オルゴールのみ伴奏の静かな歌い出し(♪涙がこぼれ落ちないように♪)の半音階的な推移の音の取り方(ほとんど無調的)が難しい曲で、記録に残っているライブの映像では音程面での成功例がほとんどないと記憶するけど、この日の演奏では、ayuは見事にAサビ歌ってます。
Bサビの最高音だけが、音が上がりきれない瞬間もあって、「あ、これは喉が疲れたな」と感じたけど、この日のライブは、何曲かで、ヴォーカルの歌い出しの「音量」が、マイクと口元の距離感あるいはミキサー側の調整などの機械的要因で小さ過ぎたのを除くと、この、明らかにプログラム「本編」のかなり終盤を予感させる部分まで、声の調子そのものには全く不安感がなかっただけでも、私の聴いたayuのライブの平均水準以上。
続いて、"SURREAL"に"evolution"を挟み込む、ライブツアーでよく見られるメドレー。
このメドレー方式、"SURREAL"の最後のサビが切り離されるし、逆に、"evolution"の冒頭の静かな、"♪la,la,lala-...."が聴けなくなるという点で、この2曲の各曲に思い入れが深い人たちには意外と不評なようですが、私このバージョンもう4回は確実に聴いたので、もう、「♪開きおなったっていう感覚♪」(^^)
ところが、この"SURREAL"から、ayuの高音が一気に延びなくなった。明らかに喉の疲れが一気に出た。そして、残念だけど、ayuのキーそのものが、もはや、昔の曲の高音部に苦しくなることがやはり増えているなと感じざるを得なかった。
我が最愛の曲でもある"SUEERAL"、コンサート映えしますし、これからもキーを下げてでも歌い続けて欲しいけどね。
*****
この後、本番プログラムの最後を飾る曲として、あの曲が、やっと登場。
この曲の、恐らく今回のツアー向けの「特注新製品」である、超大仕掛けな舞台演出については、すでにあちこちのネタバレサイトでは話題になってると思います(^^)
この曲は、さすがにayuも態勢立て直しに成功、緊張感のある劇的なタッチで華々しく本番プログラムのフィナーレを飾りました。
*****
ちなみに、この前の「ドキュメンタリーDVD」で話題の、「あの演出」の公約は実現されてます!!
ほんとうに「この」演出は、単に半端ではない「腕力」がいるだけではなくて、双眼鏡で克明にプロセスを追うと、むしろ身体にどう「巻き付ける」かの手順をひとつ間違えるととんでもないことになるのがわかる。それを流麗にこなしていくダンサーさんの修練にはただただ頭が下がりました。
どの曲かは一応内緒にしておきましょう(^^)。
双眼鏡で観ていた限り、この日の演技の、あの「すわ、大失敗!!」は、直前に「何回も何回も胴体に巻き付ける」など、事前に周到に準備してから行った、意識的演出だと思いますが、私は初日と2日目の舞台を観てないので絶対そうだとは言い切らないでおきます。
****
さて、休憩後のアンコール以降は次の回に続く。
余裕綽々で、16時40分過ぎには郵便局到着。
この頃、風はまだかなりあったけど、雨はほとんど止んでました。
それでも途中まで風にあおられる傘差して、通行人や車が映らない写真撮影に成功するまで結構撮り直しを重ねる。

これは、上の写真の左サイドの壁面の、記念切手発売の広告。
道路の郵便局側に渡ると、もう私の携帯デジカメのフレームに入らないので、反対側から。

エスカレーターで2階の通常の窓口のエントランスが、そもそもこうなってる(^^)
前に立っている女性職員さんは、特製ジャケットつきの記念切手を手に持って販売促進中。その前を通り過ぎている男性も職員さんです。
特設コーナーそのものはささやかでしたが(他のお客さんの姿がはっきり映ったので写真割愛)、それでも、すでに先行して掲載したように、郵便局の通常窓口の両側の柱にでかでかとayuの今回のツアーのマークがあるのは予想外に大胆と思いました(^^;)
明らかにayuファンと思える人が何人かいて、携帯で写真を撮るばかりか郵便局の中からモバイルパソコンでどこかに早速発信している人もいましたが、予想外に立ち寄っている人はまばらでした。
それでも「2分にひとりはayuファンらしき入退場者もいるかな?」ぐらいではありました。

これは、エレベータを降りて振り返りざまに気がついた、昇りと降りのエスカレーター両方、両面に貼り付けてある広告。巨大CDショップじゃああるまいし(^^)
ayuコーナー開始の7日の方がすっと人出があったのか、それとも、この天候の不順に、渋谷や原宿到着が遅れる人が多く、「郵便局への寄り道をして代々木体育館に向かえる」唯一の日のはずなのにそれはしなかった人が多かったのか。
記念切手そのものは代々木体育館のayuグッズ売り場で買えるというのと、渋谷郵便局(特定郵便局ではない。夜9時までやってる!!)そのものは駅の近くなのに知名度が低いというのがあるのか。名前だけなら、「神南郵便局」のほうが知られているか???
今日の時点でもっとayuファンが立ち寄ることを郵便局側も期待していたのではなかろうか。初日の昨日も、夕方からすごい悪天候だったのが不幸です。
*****
......というあたりで、17時30分ぐらいになって、開場の時間。開演まで50分ぐらいになったので、徒歩で代々木に体育館に歩き出す。15分ぐらいでたどり着くはず。
もう、入場ははじまっていて、並ばないでいいと思ったし。
どころがどっこい。
18時35分ぐらいでグッズショップへの行列が250メートルぐらいは「渋谷口側に」伸びている。明らかに人の動きが遅い。
そして。
コンサートでは12,000人収容の代々木体育館の建物、高くて大きいので距離感覚つかめないでしょうけど、要するに原宿駅前の交差点の歩道の直前まで、たっぷり人は並んでいて、まだ入場者の列はまったく動いていないのでありまする。
天候のせいもあってみんな遅れてきているなかな? ぐらいに考え、今日が最終的には満員御礼そのものの「ホントの記念日のライブ」という重大事実をまだ掌握していないこういちろうなのであった(^^)
(やっとコンサートそのものの話題に続く。......これはさすがに寝て起きてから書きます)
数ヶ月前から、直前の土、日に仕事の予定が入っていて、ツアー3日目の今日(4/8)にしかツアー最初期の代々木のライブが予約できなかっただけ。
実際にステージが開けてはじめて、この日のライブこそがまさに「デビュー10周年」の記念すべき日だったことに気がついて、予想外の事態に喜んでしまうという、不埒なayuファンのこういちろうでした(^^;)
あとで確認したら、ポスターや会場で入場の際に手渡されるチラシ、夜に煌々と照らし出される渋谷東口駅前のビルのayuの大看板にも"4/8 10th Anniversary"と大書してあるではないか!!
関東地区の大風へによる交通の乱れへの配慮があったのかなと思うけど、開場も開演も30分遅れだったにしても、いろいろ今日の特別の催しがあったために、終演は21時45分で、今(23時35分)帰りついたばかりです。
*****
渋谷郵便局に寄ることを考えていたので、少し早めに出発することにしていたのですが、午前中よりは風雨が弱まったかなと感じていたのに、実際に外に出てみると、雨脚は弱まったものの、傘がひっくり返るくらいの風速はまだありました。
嫌な予感のとおり、この段階(15時20分頃)では東海道線・横須賀線が上下線とも強風のため不通。
しかし、大船駅から渋谷に向かうには、こうした場合にもなかなか不通にならない、巧妙な格安迂回ルートがあります。
根岸線で、大船-洋光台-磯子-関内まわりで横浜に出る!! 30分弱かかりますが、東海道線とかの、戸塚ー保土ヶ谷周りでも横浜まで15分かかりますから。
この、京浜東北線ルートは、大船始発で、そんなに海のそばを走るわけでもないので、湘南電車(東海道線中距離)の藤沢ー熱海間がしょっちゅう強風による不通を食らうのに比べるとかなり止まりにくいのです。
あとは、かなり内陸寄りを走る、東急東横線に乗り換えれば、40分で渋谷に出る。
そして、代々木体育館ゴーアはご存知のように、「渋谷駅と代々木体育館は実は予想外なまでに徒歩で近い」。
東京のあのへんの実際の地理に詳しくない人には、渋谷と代々木駅の間には、原宿駅もあり、代々木体育館まで結構歩くように感じられるかもしれませんが、実際には、代々木体育館は、原宿駅前、しかも渋谷駅寄りにあるわけですね。
渋谷駅東口から公園通り方向に向かえば、パルコのほんのちょっと先にNHKホールがあって、その隣の敷地がすでに代々木体育館、実はコンサートの入退場には使いませんけど、「渋谷口」と呼ばれる体育館東側の端まで、道に慣れれば10分切るでしょう。あとは5分弱かけて、原宿駅前の「原宿口」側まで体育館の縁を回り込む。
ちなみに、渋谷郵便局は、実は東口から徒歩3分ぐらいなので(地図参照)、ほとんど寄り道にはならないことは確認してわかっていた。
ご報告が遅れましたが、恒例、「大船でフォーカシングを学ぶ会」開催報告です。
*****
さて、4/6(日)は、結果的には定員6名様満員御礼、私を含めて参加者7名で開催できました(^^)
思いもよらない分野のたいへんスペシャリティの高い専門家の方、逆に、専門家でもないのにご職業の現場でほとんど援助職のようなお立場になってしまった方、一般の方で、言葉の問題に関心が深い方、フォーカシング関係者にご紹介いただいた、児童臨床、発達臨床の現場で働く若手臨床心理士の方など、多様な参加者の皆様が集って下さいました。
今回は、それぞれの参加者の方が、最初の自己紹介でじっくりとそれぞれの今日に至るまでをお語り頂く形になり、そのことで参加者の方同士のやりとりがたいへん盛り上がりました。
終わったばかりの、NHK連続ドラマ、「ちりとてちん」の話題で盛り上がったり(^^)
そのため、一方でプログラムの時間が若干「押して」しまったことについては、全体のバランスを取るグループリーダーとして、皆様に申し訳なくも感じています。
******
今回のプログラムは、
●第1部:身体感覚中心のclearing a space スペシャルバージョン(ホールボディ・フォーカシングつき)
前回と同様に、1時間をゆうに超える時間を要した、集団法clearing a speceとしてはかなりの丁寧さを持った進め方!!
具体的な内容は、毎回のように詳しくお書きしていますので、今回は省略いたします。
ただ、「途中で眠り込んでも、それも自然な身体の求め」という話題が出たことは特記しておきましょうか(^^)
●第2部:藤嶽法第1法 ラウンドロビン型グループバージョン
これもすでに過去の記録で繰り返し紹介していますが、今回は、リスナー側からの、フォーカサーの身になった短い応答の際の絵画のカードに添えて、即席で一曲お歌いになった方がいたんです!!(一番だけですが)
こうした工夫は自由にできるのですが、これはまさかの柔軟さで、参加者全員盛り上がりました。
*******
●今後の予定:
【B日程】4/20(日 )14:45-19:00
【B日程】4/26(土 )14:45-19:00
【A日程】5/04(日・祝 )13:00-18:00
の予定です。
つまり、1カ月後のA日程は、ゴールデンウィーク最中の「国民の休日」ですが、「第一日曜日」の原則をそのまま堅持して開催します!!
*****
継続的な参加を必要とする内容にはいたしません。
第1・第3日曜、第4土曜のいずれかのみ参加、
敢えて月2回、3回の参加、
更に、ランダムに参加されること等、ご自由に選んでいただければと思います。
ただし、開催日前日夕刻までに、どの日にご参加希望かのエントリーを、継続者の方も、メール・ファクス・電話等で必ずお願いいたします。
******
付言しますと、第1日曜の「学ぶ会」開催日(5/4も含む!!)については、夜19:00以降の個人カウンセリングの新規申し込み、第3日曜、第4土曜については、14:30までに終了するカウンセリング・フォーカシング個別指導・ケーススーパービジョンの新規申し込みも受け付けています。
●渋谷郵便局に浜崎あゆみさん特設ブース-10周年記念切手も(シブヤ経済新聞)

これはネット以外の私のayuファンぶりを知っているひとお二人から最初舞い込んだ。
「テレビでやってましたよ」と、おひとりは。
明日代々木に行くついでに(半日休業だ!!)行ってみたら、超満員かも(^^)
遅れましたが、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」週に一度の恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「週ごと先記事別アクセス解析機能を使っての、先週の記事アクセス「ベスト20」の発表、90回めです。
固定リンクでのアクセス率の順位から集計しています。アクセス数が同じ場合には、訪問者実数上位の記事を上位とし,訪問者実数も同じ場合にのみ、同じ順位として掲載します。
7×24時間、つまり4/5日(土)24:00の時点での集計です。
先週の一週間の総アクセス数、延べ1,952(前回2,040)。一日平均アクセス278.86(前回291.43)。
訪問者実数は、1,486名様(前回1,598名様)。
先週は、年度替わりの時期のせいだろうけど、面接希望の方が結構立て込んでしまったこともあり、リアルワールド向けのエネルギー確保に最大限気を使った週でした。
幸いにそれを上首尾に切り抜ける中で、どのくらい、どういうタイミングでネットに力を配分するかの感じ方が随分変わってきたのです。
ネットに力を注ぐあまり自分を磨り潰していた自分を身にしみて実感していました。
その点で、これまでとは感じ方の違うスタンスを今後はネットでも自然と取れそうです(^^)
当ブログの「一限さんでない率(リピーター率)」、3回続けて6.9%から、むしろ7.0%に上昇。
「訪問周期」は、「毎日必ず」おいでになる「完璧常連様」は、前回12名様(0.5%)だったのが今回は、11名様(0.4%)。
最低週に一度おいでになる訪問者実数は、前回の172名様(6.4%)から、今回は164名様(%)(6.2%)に減りました。
一番多い訪問頻度「3日に一度」であることには変わらず、前回37名様(1.4%)だったのが32名様(1.2%)に踏みとどまっています。
そろそろ「底値」でしょうね(^^)
それでは記事別ランキングの方の発表!!
*********
1.受容・共感は大前提だが、クライエントさんはそれを超えたsomethigを含むカウンセラーの「反応」を待っている。
2.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(↑)
4.治療関係のベースライン (↑)
6.私のピュアオーディオシステム(そこに更にiPodをどう繋ぐか)
8.バウムテストにおける「診断」とフォーカシング(1) (↑)
9.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index
10.カウンセラーとして社会に出るまでで、すでに「満身創痍」なカウンセラー (↓)
11.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~ (→)
12.「大船でフォーカシングを学ぶ会」カテゴリー・バックナンバー (↓)
14.バックナンバーindex (↑)
17.ヘッドフォン、Bose Quiet Comfort 2のへビーユーザーとしての本音 -万国iPod向けヘッドフォン博覧会 その1-
18.誰のためのカウンセリング? (↓)
19.5分診療の神経科・心療内科の現実といかに対処するか (↓)
20.iPodの同期、デフラグやチェックディスクのこと。 (↓)
33.先週の人気記事ベスト20 PCサイト版!! (08/3/23-29)
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これを書いている「今、この瞬間」(4/8 01:52)までの、PCサイトにおける当ブログ文章記事の延べ総アクセス数は、310940、プロフィールページ、フォトアルバム、そして"My Favotite Books"、"フォーカシング Q&A”、”こういちちろうの夢日記”(644)、更に、こういちろうの「現実」と「空想」のTimeLineサイトへのアクセス数(2683と2548)を含めると353467。
更に。
携帯サイト(13796)を含めた、私のブログサイト全体の延べアクセス数、367243。
このブログ単独の通算記事数はこの記事で1514本めです。
今後も、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくお願い申し上げます。
「今週の人気記事ベスト20」と「大船でフォーカシングを学ぶ会」最新報告は今日の午後ないし夜に書きます(^^;)
ちょっと、公私ともに、リアルワールドでの、自分の「道」が見えてきた見えてきた気がするんだけど、それを実際に歩き始める前に一言。
結局、人権擁護法案に反対していた人たちのある部分って、自分の発言や行動について、他の人たちから抗議されたり責任追及されるのが嫌な人たちの自己防衛に過ぎなかったのかな.....と、今では感じています。
もっとも、その一方、通したかった人たちも、自分たちに反対する言論を封殺したかっただけなのかもしれないけど(^^;)
このへん、一時期、ちょっと状況分析不足で「巻き込まれ、流されて」いる形になっていたのかな.....という反省はあります。
******
村上龍さんが、ビデオコラム「龍言飛語」の
で、「国家のため」とか「国民全体のため」ということは幻想で、実は自分たちを支援する階級や組織や業界にとって有利な政策(その一方不利益を被る人たちは必ず出る)を掲げた「対立」陣営のぶつかりあいであり、「誰の利益か」をの「利害関係」をオープンに示して比較して政策論議をしない日本の政治やメディアのあり方に異議を呈していたことも思い出します。
道路行政絡みでガソリン暫定税率継続に失敗したと思ったら、それとまるで入れ替わるように、今度は、「煙草を値上げすれば税収が大きく増える」という話題が大きく取り上げられる。
●【正論】日本財団会長・笹川陽平 9兆5千億円の新たな税収(MSN=産経)
煙草の害の問題そのものよりも、実は「世論の」少数派、「経済的弱者」から税金を巻き上げればいいという意識を背後に感じて、ちょっと違和があります。
自分がスモーカーだから言うだけではないつもりだけど、健康の被害の危険を感じつつ、できるだけ煙草が嫌な人を脅かさないように従順に分煙に従いつつ、「ここで煙草を吸ってもいいですか?」と喫煙車でも周囲に気兼ねをしつつ(新幹線のN700系や近鉄その他の新しい特急での「喫煙スペース以外完全喫煙」にも従いつつ)、ひと箱300円の煙草にやっとのことで日々の癒しを感じるのが精一杯の人たちを、「悪者」「嗜癖を断ち切れない弱い人」に決めつけて税金をしぼり取ればそれでいいのか?
未成年の喫煙を減らせる、というけど、減らしたらそれだけで若者が健全化するなんてのは妄想の域。凝りもしないオトナの気休め。
先日も、土浦の凶悪事件の現行犯逮捕の容疑者が「ゲーム好き」だったこと繰り返しあげつらわれていましけど。
東京・埼玉幼女連続誘拐殺人事件の頃から何も進歩がない報道の姿勢。
以前も書いたけど、私はあの、「おたく部屋」が2面抜きで各紙の夕刊に踊った直後、それらを買い集めたその晩のうちに「私は大学学生相談やってる臨床心理士の現役バリバリアニメファンなんだけど」と、当時としては「捨て身」に近い形で、朝日新聞への実名投稿して(そのこと知らせたら、うちの母なんてマジに私が社会的に抹殺される心配をした)、こうした「おたく差別」の危険が大きい報道に即日抗議して掲載された最初のひとりのひとり(?)だものね。
タバコ1000円の話題が出る度に、喫煙者(もちろん未成年以外の方がずっと多い)のストレス増加の及ぼす社会的・経済的影響を、「健全」らしい「オトナ」社会は引き受けられるつもりなんだと言いたくなるし、未成年のことは言うけど、タバコひと箱買えることに小さな幸せを感じる日雇い労働者や凄いストレスに耐えてるサラリーマンのことはいわないもんね、とか。火事が減ると言いつつ飲酒運転の事故比率は言わないんだとか。
そんなことやってると、覚醒剤の代わりに、アジアの奥地のどこで生産されたかわからない、「公的に認められた」すんごく高い煙草よりは安いけど、質の悪い、成分も怪しい「闇煙草」が、闇組織の資金源として日本でも流通する時代が来て、喫煙露呈だけで「犯罪者」として疑われ摘発される時代が来て、禁酒法時代のアメリカの繰り返しにならないか? などとも想像するのです。
政治家に根強いスモーカーがいるうちはそうならないかもしれない(爆)
そのうち「禁煙運動を進めていた某政治家が実はプライベートでは煙草を吸っていた!!」ことが写真週刊誌でスクープされ、スキャンダルになって、それが原因で「閣僚辞任」するなんてことが普通の時代が来るかも(^^;)
そしてその背景には、
「あいつを失脚させるために週刊誌に喫煙している時の写真を流せ」
などという政敵の裏工作があったりして。
.........もっとも、今調べたら、この辺については、すでにネットでもいろいろ賛否の議論はやり尽くされているようですね。私の発想法もありふれている平凡なもののひとつに過ぎないのかも。例えば、
http://aol.okwave.jp/qa3840518.html
メタボ問題も、「健康食品」という、原価との関係が怪しげな業界に金を落とさせるのに貢献している側面がある。そういうもの「わざわざ買わなく」ても、健康な食生活にちょっとした「節約」「自炊」の工夫で切り替えられるのにね(そのことを、自炊中心にシフトして、血中脂肪がみるみる減少して、身体が「思春期以降、かつて体験したことがないほど」楽になることで体感中のこういちろう)。
情報に流されないで、自分が誤まる危険を引き受けた上で、自分の考え方、感じ方を示し続けることって、しんどいけど、やはり必要だと。
自分の中の「言葉にならない違和感」を大事にし、相手の感じる相手なりの「違和感」も尊重しながらコミュニケーションする姿勢。カウンセラーとしても基本として大事だと、再確認。
******
最後に、これらのことをハッキリ書いてしまうきっかけとなる、
をはじめとするいくつかの記事をお書きの、王子のきつねさんに感謝。
「人生最大の危機」に、やっと春の微かな兆しが見られた感のあるこういちろうであった。
念のため。
「恋の春」にあらず!!
このブログの各記事からの、
旧サイト、http://www.asahi-net.or.jp/~tn7k-asg/
へのリンクも、
新サイト、http://homepage3.nifty.com/asega/
へのリンクへと一括変換できました。
百数十の記事に及んでいたので、これを全文検索→一斉置換で一発処理できたことにほっとしています(^^)
ちなみに、新本部ページ側で内部のリンクを一斉に張り替える上で、特定のフォルダのファイルを全検索して該当部分を一斉に置換できるソフト、"Repl_Ace"(by SirMilesさん)がたいへん役に立ちました(リンク先は窓の杜)。
1995年(!)にサイトを最初に構築した頃は、「相対パス」のリンクの作り方の文法の原則も知らなかったので、あちこちに「絶対パス」リンクが残存していたのですね。相対パスにしておかないと、そのままでは、今回のように、サイトまるごと移転の際に、リンクが切れる箇所が山のように出て大変なことになることは承知していたのですが、まさかasahi-netを離れることは考えてもいなかったので、今まで不精で放置していたのですね(^^;)
先述のソフトのおかげで、絶対パスリンクだけではなく、メールアドレスへのリンクなど、複数の置換箇所も同時に一斉に、フォルダまるごと、全ファイル該当箇所を置換できたことに感謝しています。
HTML以外のファイルにも有効なので、いろいろと使い勝手のいいフリーソフトです。もちろんワイルドカードが使えます。
唐突で申し訳ありません。
開設12年、住み慣れたasahi-netから離れさせていただき、個人Website全体を@niftyに移転いたしました。
これで本ブログと、「本部サイト」がやっと一身同体になりました(^^;)
朝日ネット様でサイトを続ける意味はとっくに失っていて、@niftyにウェブサイト全体を統合することの方が、@niftyの全サービスを受けられるなど、メリットが大きいとは感じていたのですが。
新ウェブサイトのURLは、
http://homepage3.nifty.com/asega/
です!!
皆様、お手間をおかけいたしますが、ブラウザの「お気に入り」 「ブックマーク」の変更をお願いいたします。
なお、asahi-netの法人会員として、別契約である「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」は、従来どおりのURLのまま、今後もすっと運営するつもりです。ご心配なく。
新年度を期に移転する計画は早くから進めていたのですが、@nifty側への手続きミスがありまして、4月1日になる以前に、新サイトのURL申請ができませんでした。
その結果、3月いっぱいで契約終結となるasahi-net個人会員の契約と「空白の一日間」が生じてしまいまして(^^;)、FTPが3月31日付けで使用停止となり、実は旧サイトに移転告知を掲示することも「永遠に」できないままになったのです m(_ _)m
幸い、今日(4/2)現在、旧サイトもまだ表示されていますので、突如本部ウェブサイトが消えてなくなることは免れましたが(実はそれが恐ろしかった^^;)
すでにとっくに私のサイト全体のアクセスの大半はこのブログが引き受けていますので、実害乏しいかと思いますが、検索エンジンで@niftyの新サイトがヒットし始めるのには、またかなりの年月がかかるかと思います。SEO対策はやるつもりですが......
すでにこのブログのリンク集は新サイトへのリンクにすべて書き換えています。
新サイトのトップページのみならず、「フォーカシングの部屋」、「フォーカシング入門」、「こういちろうの心理学ノート」、「ロベルトの部屋」という、アクセス数が今でも多い主要な4つのコーナーのアクセスカウンターは数字を引き継いで@niftyのcgiに置き換えましたが、それ以外のページのアクセスカウンターは旧表示の痕跡が残っている場合が多いことをお許しください。おいおい修正して行きます。
新サイトのリンクで絶対パスリンクになっていたものはすべて新サイトのものに置き換えましたが、このブログ内の記事の旧サイトへのリンクはまだそのままです。これもできるだけ順次変換処理を進めていくつもりです。
いずれにしましても、今後、「本部ページ」の更新は、新サイトのみで進めます。
これを機会に、古色蒼然とした、本部サイトのwebデザインもリニューアルを考えたいとも考えていますが、膨大な量ですので、ゆっくり進めたいと思います。
皆様にはご面倒をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします m(_ _)m

相談室のあるマンションの前にある桜です。
日陰の日差しなので、今イチ鮮やかに映ってませんが(^^;)
鎌倉ではおとといは冷たい雨で、今日も若干冷え込んでいましたけど、全体としては平年並みの春らしさですね。
ここしばらく、年度替わりに伴ういろいろな雑用や心労(?)で、ブログの更新のペースがここしばらくないこらいに鈍っていますけど、こういちろうの「冬眠」ならぬ「春眠」はまもなく終わると思います(^^;)
サイトの方でも、あと数日のうちに「大きな動き」が、予告する間もなく(^^;)あると思います。
非常にあわただしい形で、読者の皆様に多少ご迷惑をおかけするかもしれません。
もちろん、このブログ、そして相談室の方も、基本的にこれまでの路線でいくでしょう(^^)。
この春は、いろんな意味で、何か新鮮というか、春になったことをしみじみと感じる春になるかもしれません。
就職された皆様
進学された皆様
異動になった皆様
新たな業務を任された皆様
今年からカウンセラーとして現場に出られる皆様、
どうか、
気を張り詰めるばかりではなく、
春の日々を味わい、
薫風を味わう気持ちの余裕を
大切にしてみてはいかが?
BGMは、なつかしいところで、沢田聖子の「春眠」。
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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