受容・共感は大前提だが、クライエントさんはそれを超えたsomethigを含むカウンセラーの「反応」を待っている。
先日の「治療関係のベースライン」と題する記事を書く中で、私が現実にカウンセリングをする際に、現在、何を大事にする方向に向かっているのか、自分の中でたいへんはっきりしてきた。
人は、他者から「反応」してもらえることをエネルギーにして、はじめて生きていける。
セラピストが「反応」しなければ、少なからぬクライエントさんは、面接に言葉にならない不充足感を感じ続けるる。
もちろん、受容的・共感的傾聴は重要である。ベースラインと言っていい。
クライエントさんがまだ何かしきりと伝えたいときに、それに割って入ってカウンセラー側の見解を伝えることは、原則として回避され、傾聴を優先せねばなるまい。
少なくとも「割って入っている」自分の振る舞いを自覚しているべきであり、そのことのリスクについての査定をした上で、「敢えて」自覚的になされるべきだろう。
しかし、単なるオウム返しや「それはたいへんでしたね」式のセラピストの反応が、単なる職業的な習い性に過ぎなくなった時、クライエントさんはそのことを見抜いてしまう。正確に言えば、感覚的に直感できるというか、身体で感じてしまう。
そうなった時、クライエントさんは、日常の中での困難をじっくりと活き活きとカウンセラーの前で物語り、自分の内面を自分なりに感じ直し、内省していくモチベーションそのものがそがれていく。
セラピストの「治療的『態度』」という方がなされる時、それは表層的な「ふるまい」であるかのようにとらえられる危険がある。いわば「装い」「演じる」ことが可能なことであるかのように。しかし、「聴き方」「応答の仕方」には、テクニックに還元不能な領域があり、そのsomethingもまた満たされている時、はじめて実質を伴うものとして機能する十分条件となる。
そのsomethingとは何か。それは、カウンセラーが、面接場面の場の中で、クライエントさんの訴えを聴く中で、カウンセラー自身の中にどんな反応が生じているかについても、敏感で繊細な目ざとい耳を持ち、モニターし続けていられることである。
フォーカシングで言えば、治療者自身が感じる、曖昧で容易に言葉にならないフェルトセンスである。
そして、そのフェルトセンスと無理のない関係を、治療者自身が作る。そのためには、治療者自身の中での、その感じに触れながらの言語化、イメージ化、身体感覚の味わい直しの循環運動のプロセスが必要となるだろう。
これで、クライエントさんへの「非言語的な」反応、あるいはvocal(音声の調子。神田橋先生のいう「鳴き声」だが、元ネタはサリヴァンである)な次元での反応はほぼOKでろう。
これだけでもクライエントさんにある安全感と、カウンセラーと、ある信頼できる「関係」の中にあるという感覚のベースは作られるし、「必要条件」なのだが、得てしてこれだけでは不十分である。
クライエントさんは、セラピストの言語的(verbal)な表明の意味内容と、セラピストの刻々とした非言語的な反応、声の調子という「鳴き声」次元での反応がすっきりと一致していること.....要するに、「セラピストの自己一致」が達成されているかどうかに非常に敏感なものであると仮定していいのではないか。
言葉を換えて言えば、多くのクライエントさんは、それまでの、家族や友人、恋人、同僚や上司などとの関わりの中での「ダブル・バインド」(言葉上と態度の矛盾したメッセージ)に翻弄され、傷つき続けている。
そして、得てして、すでに医師や他のカウンセラーなどの「援助的専門職」の人との関係の中で、何回も、何回も、、そういう「ダブル・バインド」的態度、「自己不一致ぶり」に遭遇し、「専門家」なるものに警戒的になっている。
だから、セラピストが自覚的にクライエントさんに示す応答の次元でも、「自己一致」した応答がなされていないことを感受すると、それだけで警戒的、防衛的になる。
「ああ、また、あの表面上はやさしげで何でも聴いてくれるけど、何かが空疎でわざとらしくて人工的で演技的なカウンセラーの、あの何とも言えない「雰囲気」に遭遇してしまった。「この」空気に呑まれると、私は自分自身ではいられなくなる。日常で感じている苦しさの実感に「私も」アクセスできなくなる。そして、本当に伝えたいことの核心にとどかない言葉だけしか思い浮かばず、繰り出すだけの存在になり果てる。そして、突如反動が来て、セラピストと喧嘩別れしたり、通うのがイヤになってやめてしまうことになりそう」
こうした無力感を心の底で抱えつつも、「藁にもすがりたい」思いから、我慢してしばらく「大人しく(オトナのふりをして)」通い続けている、奥ゆかしい健気なクライエントさんは、特に日本文化の中では少なくないのではないかと思う。
それを超えた、真に実りある手応えを、クライエントさんに感じてもらいつつカウンセリングを進めるために必要なもの。それは、カウンセラー側が、クライエントさんとの関係の中で、(十分な専門性とプロ意識を堅持しつつも、同時に)自分自身でいられ続けることのような気がする。
*****
まだ言葉足らずであり、これだけでは私が伝えたいことが「誤解(misunderstand)」される危惧は大きいが、少なくとも、これまで治療機関・相談機関に足を運んできたクライエントさんの中には共感して下さる方もいると信じている。
最後に、以前も引用したけど、ここでまた浜崎あゆみさんにご登場願おう。
>大丈夫だって 言い聞かせて
>得意の笑顔に 切り替える
>震える手を 隠したのは
>同情が 寒すぎるから
>親切そうな あの人々は
>ほんとは何を 知りたいのだろう
>優しげな目の 奥に鋭い
>好奇という名の ナイフ隠して
なぜこの歌が、私はここまで好きなのか、いよいよ私の中で明確になってきた気がする。
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