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2008/03/10

バウムテストにおける「診断」とフォーカシング(3)〔第2版〕

 前回に引き続き、やっとこの記事が、神奈川県臨床心理士会での岸本先生のバウムテストについてのセミナーの最終回です。

 さて、バウムテストは、単なる描画にる心理アセスメントのための検査、あるいはいわゆる「投影法テスト」ではなく、風景構成法などと同じように、クライエントさん(患者さん)の描画の過程そのものが、治療的セラピーとしての意味を持つことは言うまでもありません。

 そしてそれは単にクライエントさんの内界でのみ進行するものではなく、描画を媒介とする治療者との関係性、言語的・非言語的交流の中で生じていくものであることも忘れてはならないことは、前回まとめてみたとおりで、岸本先生もそのことを強調しておられました。

*****

 そのことの延長として、バウムテストにおける「診断」のあり方について、岸本先生は、更に踏み込んだことをお話でしたので、今回は、そのことに言及し、更に私なりのそこからの連想を書いてまとめとしたいと思います。

 バウムテストは、ロールシャハテストと同様に、今日すでに、バウムの描画のさまざまな特徴から、どのような解釈が可能で、それを更に総合的な査定(アセスメント)としてまとめていくための方法と基準についての膨大な蓄積があります。

 それらについては、統計的手法も駆使して、信頼性と妥当性が検証された形での体系化された診断マニュアル化も進んでいるようです。

 それが、ロールシャハの、特にエクスナー法におけるような、ほとんど「枚挙的な」形で検索可能な判定基準の域に達している手法すらすでに確立されているかどうかは、不勉強にして知らないままです。

 バウムをごくたまにしか臨床現場では用いず、解釈の基礎しか学ばないままで来た私にとっては、それらは、若き日にロールシャハのPiotrowskiの判定マニュアルをひとり一冊翻訳した中で私なりに学び取れたものと比べても、はなはだ初歩的な段階に留まるものなので、以下に述べることは、心理検査のフェッショナルの皆様に対しては、いささか僭越かとも思いますが、どうかご容赦ください。

*****

 岸本先生は、そうした精緻な解釈と査定の大系を熟知していることの重要性はもちろん述べられていました。しかし、その一方で、次のような点を強調されたことが、たいへん私には印象的でした。

「そのような樹木を描いている患者さんの身になって感じていく中から、治療者にとって自然と浮かび上がってくる解釈であってこそ、意味があるのであって、解釈のマニュアルを単に《当てはめる》にとどまってはならないのです。実はそれこそが、コッホが原著で大事にしながらやっていた、事例についての診断の筆の進め方なんです。
 
 自分がその木になってみて内側から感じてみることが大事なのです。

 描かれている木のイメージに、自分を通して感じていくことで、はじめて納得がいく診断が、ひとつの意味として浮かび上がってくるのですね。

 ですから、例えば、もみの木型の幹で、先が細っているけど、閉じてしまってはいないバウムがあったとします。

Tannnenbaum2

(阿世賀注:簡略ですが、透視図と思ってください。赤い矢印は衝動の向き)

 これを、「衝動性が分化していないままになっている」などと解釈することを、単なる公式として知的に理解して「覚える」だけでは足りないのです。

 自分の下のほうからエネルギーが突き上げてくる。でも出口は細っている、だからこうして幹の真ん中あたりにちょっと膨らんだところができて、そこに何かが淀んでいるんだ…などということを、身体を通して納得しながら理解していくことが大事なのです」 

 ..........これって、治療者自身の、クライエントさんの身になった「フォーカシング」そのものではないか!!

 それを、クライエントさんの描いた絵を媒介として進めているだけ。

 これじゃ、私が、「大船でフォーカシングを学ぶ会」で毎回のようにやっている、「藤嶽法」と共通の基盤にたつものということになる、ということに気がついて、驚いたのです。

 今度、「こころの天気」ではなくて「一本の実のなる木」を描いてもらうという課題も、提案できるアイデアのひとつとして、ありかな? と感じたこういちろうでした(^^)

*****

 更に付け加えれば、もし、バウムテストにおけるコッホの診断的アプローチが岸本先生の言われたようなものだとすると、それは、ロールシャハテストの解釈における、シャハテル現象学的アプローチと似た側面があることが仮定できます。

●シャハテル/ロールシャッハ・テストの体験的基礎

他のロールシャッハテストのテキストでは紋切り型のスコアリングと解釈が載せてあるだけで、プロトコルを機械的に適用するだけという印象を受けるが、本書ではなぜそのサインがその解釈になるのかについて緻密に考察されており、一つのサインが一つの解釈だけをさすことは無いと断言している。その文脈によって色々と解釈仮説は変わることを言っている。
(↑これ、おなじみ、セーイチさんのレビューです)

(実は恩師村瀬孝雄は、シャハテルのこうした側面に相当な関心をお持ちだったようです。「体験過程」の問題といえますからネ!!)

(バウムの項、取りあえず終わり)

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こんにちは。詳しい情報をどうもありがとうございました。「バウムの心理臨床」のほうもまた読んで勉強してみたいと思いますhappy01

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