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2007/12/21

相談を受ける側の方から労わってもらえるようになった時こそ、変化ははじまる  -"Beautiful World"に寄せて- (第2版)

 引き籠もりの相談において、明らかに引き籠もり本人以上に、周囲の家族が堂々巡りしていることが事態を悪循環させていると思えることは少なくない気がする。

 すでに斎藤環氏の著書、「社会的ひきこもり」について紹介した際に述べたように、本人を引っ張り出していきなり外部の相談機関に連れ出そうとすることは、そもそもそういう誘いそのものが激しく拒絶されたり、仮に一度引きずり出せても、ひとつ行き違うと、そういう親の態度に本人は不信感を強め、あるいは医師やカウンセラーとの出会いの際に、ちょっとした行き違いで傷つき、その後、援助的専門家への抵抗感を強めるだけに終わることも多い。

 家族に残るのは、せっかくの思い切った試みも成功しなかったという挫折感と無力感であり、結局当面は、「本人がいつか何かのきっかけを掴むかだろう」という、実は内心では必ずしもそれを信じていない希望的観測の名のもとに、再び、「何とかしようとはしない」、以前の状態に逆戻りすることの繰り返しである。

 つまり、こうやって、実は

 「家族全体が、引き籠もりについて『引き籠もって』いる」

 悪循環の構造が生まれることとなる。

 斎藤氏が、オートボイエーシス理論に基づき強調したのは、本人をいきなり「外部の」専門家に引き合わせようとするのではなく、家族の誰かがまずは外部の援助者(ひょっとしたら、プロでなくてもいいのかも?)に、話をじっくり聴いてもらえる密接な関係の樹立ができるかどうかということである。


*****


 しかし、両親や要(かなめ)になる保護者に当たる人に、そうした動機づけが育まれない時点でそれを「強制」しても、実はうまくいかないことが少なくない。

 もちろん、このあたりは、家族を援助する側の人間の「腕」と「センス」にも大きく影響されることはいうまでもない。少し皮肉に響くことを言えば、斎藤氏の著作を表面だけマニュアルとして受け止めた援助者は、なかなか家族とのパイプが円滑に築かれない時点で、それを斎藤氏のマニュアルのせいにしがちかもしれない(^^;)

 (.....フォーカシングが効果を上げないことに対して、ジェンドリンは実は一切の責任はないのと同じように。はっきりいって、フォーカシングに関心を抱いた援助者ひとりひとりが受け身に教えてもらおうとという域を超えられず、著名のフォーカシング・トレーナーを牧師か何かのようにありがたがっている状態を超えられない時点で、それは限界を示して当然なのである。

 .....更に、いうまでもなく、フォーカシングに興味を持った人たちその水準に留まらせてしまうのは、トレーナーの側の自己研鑽」が足りないからである。

.....これはことフォーカシングに限らず、広い意味での研究者や、技術者を含む意味でのクリエイター全体に言えることだが、自己研鑽を「探求心を持って」「思わず知らず」深められない専門家は、私は何か基本的な限界にぶつかっていると思う。) 


*****


 例えば、引き籠もりの男性のきょうだい(例えば、当人からすればお兄さん)の配偶者(つまり、昔風に言えば「お嫁さん」ですね)が、見るに見かねて相談に訪れたとします。

 夫の原家族とは同居まではしていない。でも、その「お嫁さん」が、何とか「お義父さん」や「お義母さん」に早くバトンを渡したいというだけではなくて、まさに「お義父さん」や「お義母さん」がなかなか動き出さないことにほとほと困惑しており、自分でもそういう停滞状況が嫌なので、相談に来たとします。

 実はこうしたケースこそが、問題解決に向けて、家族全体が変化していくことが軌道に乗りやすい最良のパターンのひとつであると私は感じています!!

 こういう時に、「本人とも親とも会えそうにないというのでは、困った事態だな」としか感じないのでは、結局、その引き籠もりの家族全体と同じ無力感のジレンマに、その援助的専門家までシンクロしてしまい、ユングふうに言えば、同じ「布置(constellation)」に陥って、立ち往生してしまっているだけなのですね(^^;) 精神分析的に言えば「患者の転移に絡め取られた」状態ということになります。


****


 それはともかく、その「お嫁さん」が、引き籠もっている義理のいとこについて、唯一、放ってはおけず、試行錯誤の末に、少なくとも波長が合う時には、本人からすら、心打ち明けて相談を受ける関係になっていたとします。

アニメ映画「時をかける少女」のヒロインは、本人は引き籠もりとは縁遠そうに見えますが、引き籠もり親和的な今の若者の社会的性格を具現してはいると私は感じます。

 彼女は、ほんとうに「おばさん」である、「魔女おばさん」だけに相談できる関係に、実は物語の中で描かれる事件が起こる前からあったみたいに描かれているというのは、実はすごくリアルかつ現実的なのだと私は感じています)


*****


 先ほどの、「お嫁さん」と義理のいとこの関係に話を戻しますと、
 例えば、


「実はこの前、私が疲れていながらも、○○君からの電話で話を聴いてあげてはいた時に、突然、彼が、


『おばさんも今日は疲れているみたいだね』


.....と自分から言葉にしたんですよ。電話を終わった後で、すごく落ち込みました。だって、彼のことを心配し、何とか助けになってあげようとしているのは私の方なのに、彼の方に心配してもらうなんて、情けないなあ....と」

 カウンセラーは、少し沈黙したあとで、次のように、彼女に語りかけます。

これまで、そうやってあなたのことを気遣う言葉なんて、彼から聞いたことはなかったのですか?」

彼女はうなずきます。


 カウンセラーは続けます。

自分のことで手一杯のうちは、相手を労(いた)わる言葉なんて、自発的に出ようもないのではないでしょうか?」

彼女は答えます:

「......そう言われてみれば、そうかも.......

 ......そうそう、確かに彼、以前よりは物事に動揺しなくなってきている気がする。

 突然声も荒げたりしないいな、最近。

 .......ひょっとしたら、私の方が勝手に動揺しすぎているくらいなのかな.....」


 恐らくそれは、まさに真実の一面をついているでしょう。

 本人よりも、相談を受ける側の方が、
 取り越し苦労が過ぎるくらいになっている
関係まで進めていてこそ
 その援助者は、
 本人の援助をしっかりできているばかりか、
 本人の相談相手として有効に機能しはじめているのではないか?


 赤ちゃんよりお母さんの方が不安になってあげるからこそ、
 (ビオンふうに言えば"container"=赤ちゃんの受け皿としての柔軟だが強靱な「環境」)になって、"reverie"=「思い煩って」あげるからこそ、)
 赤ちゃんは自分の不安の受け皿を「世界」に見出し、
 エリクソンのいう、
 周囲に対する「基本的信頼」優位に到達できるともいえます。

 その時こそ、
 人は、安心して、
 自分なりの道を、自分でも模索し、
 更に、他人からのアドバイスを、適当に取捨選択しながらも、
 自分なりに活用していく
だけの

 「聞く耳」

 を持てるようになれるのではないでしょうか。


*****


 BGMを宇多田ヒカル宇多田ヒカル - Beautiful World / Kiss & Cry - EP - Beautiful World"Beautiful World"にしたのには、実はいろんな思いを込めてのことです。

 曲のタイトルの含蓄、そして、曲の歌詞をじっくり読みながら聴き直していただくのもおもしろいかも。

 そして、歌い手のひっきー自身が、
 今時の十代の若者の「相談相手」として電話で接している時のやりとり

 (つまり、さりげなく、詞の中で共感的にひとり二役している)
 みたいなつもりで聴いてみると、
 私の、この曲紹介の意図がつかんでもらえるかも???

 iTunes Store(Japan)


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