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2007/06/09

「白鯨」読了

 小説嫌いのはずの私が、実質で5日ぐらい、ほとんど一気に、しかも電子書籍という形態で、この長編を一気に読めてしまった。

 ちなみに、楽天ダウンロードで購入した.zbnファイルを職場と自宅のVistaパソコンの両方に仕込み、更に寝っころがって読むときにはZERO3に仕込んだファイルで読む形でリレーした。文庫本で3冊になることもある長編を1200円なら中古で購入の場合とも引き合うと思えて試してみたのである。

 いずれもソフト「ブンコビューア」である。もともと.zbn規格はザウルス用を意図してシャープが開発したソフト規格だから、ZERO3を縦長に使うと、画面サイズ的にまったく自然に使える。途中で閉じても前の場所を自動で覚えていてくれるので不自由はしない。

 内容の性質上、紙の訳本には膨大な訳注がついているはずで、難解をもって鳴るこの小説、それなしでどこまで読めるかという思いもあったが、私の歴史と地理好き、そして、かってカール・ヒルティの耽読者だったおかげで、クリスチャンではない人間としては珍しい域に聖書の引用に躓かないことも幸いしてだと思う、むしろその膨大だろう訳注を読まなかったおかげでここまで「一気読み」できたのだと思う。

 私は恐らくグレゴリー・ベック主演の映画を観ていない(と思う。今度見てみるつもりだが)。ネットで多くの読者の感想を読むと、原作の文章の晦渋さと、なかなかストーリーが前に進まないで、すぐに語り手の若い船員、イシュメルの鯨についての果てしのない雑学を読まされるあたりにうんざりしてしまう人が多いようだが、私はそのことがまったく苦にならなかった。

 すぐに話題が横道にそれて、本題と無関係であるかに見える薀蓄を延々と語り始めてしまうのが、そもそもこのブログでの私の文章術そのものであり、ひょっとすると、メルヴィルという人は、そういう点では私と気質的にかなり近いところがあるのではなかろうか。私の理解では一種の執着気質ということになる。

 ただ、私に言わせれば、結局、この作品の「主人公」はエイハブ船長ではなくて、やっぱり、鯨に取りつかれたイシュメルという青年のような気がする。彼の語る捕鯨船員時代の最初にして「最大のエピソード」として、白鯨、モビー・ディックへの復讐の鬼と化したエイハブ船長の船なんぞに乗せられてしまったときの物語が語られているというべきなのでと思う。

 .....というか、このイシュメル君、この物語の冒頭で捕鯨船の乗組員として採用されるまでは、普通の商船で3年ぐらい船員をやっただけの新米に過ぎない。つまり、捕鯨船の物語世界の中ではまるで「ひよっこ」であり、主要な登場人物と対話するシーンがゼロである。どこまでも「その他大勢」なのだ。つまり、彼そのものが実は物語中の捕鯨の船乗りたちの世界の中では「疎外された局外者」に等しいことが実は巧妙に隠匿されている。

 つまり、イシュメル君、君はエイハブ船長との航海で生き残った後になって積んだ航海の経験や、陸に上がってからの鯨おたく研究によって、この物語を語る時点では、まるでエイハブ船長や、一等航海士のスターバック(知ってる人は知ってるでしょうが、あのコーヒーチェーンの名の由来だそうです)、そして、南洋の原住民出身の経験豊富な鯨の銛(もり)射ち、クーゲヴィックと同じくらいに、すでに捕鯨の現場を知り抜いていたかのように見せかけてるでしょ? といいたくなるところがある。

 というか、エイハブやスターバックやクーゲヴィックという「現場人間」と肩を並べ、追いつくために、その後の人生を「鯨おたく」として極めずにいられなかったんでしょ? といいたくなるところがある。

 そして、そうした過程で、エイハブやスターバックやクーゲヴィックといった人たちの思い出が、文学青年っぽいイシュメル君の「分身化」みたいな「投影」作用の中で純化されているけど、ほんとはこうした人たちとの荒っぽい係わり合いはすっげえトラウマだったんじゃないのとも言いたくなるのである。

 アメリカの出身地域のちょっとした私立高等教育機関に入れたと思ったら、実家の破産によって船乗りをして生計を立てずにいられなくなったメルヴィルが実生活で味わったものは、そうした辛酸だったというほうが現実に近いようである。

 そしてそこに、男だけの船乗り世界の中での、同性愛的虐待経験が想定できることは、行間から十分に伝わってくる。むしろそこには、テネシー・ウィリアムズの戯曲や小説(大学の英文購読のおかげで読むきっかけがあったのだ)にも通じる独特のニオイと感受性すら感知できる気がするのだが????

 延々と登場する鯨の解剖学的な構造と、油の採取についての具体的な解説を読んでいると、恐らくメルヴィル自身が、そういう一見血と油と生臭さにまみれた現場に、一種フェティッシュなまでに恍惚とした皮膚感覚的で全身的な快感と恍惚すら感じたであろうことが生き生きと伝わる。それこそ、私自身も自マッコウクジラからのとてたての油まみれになってお肌つやつやになったみたい、いや、脳油がたまっているという巨大な頭部の袋の中でおぼれてみたい.....みたいな妄想(?)にとらわれてしまうアヤシイ甘美さが、メルヴィルの描写にはある気がするのだ。

 一度クジラの解体作業が終わると、そうやって搾り取った残りかすで一度完璧に船室やデッキが清浄に洗い上げられ、船員も洗い立てのきれいなシャツに袖を通し、清潔そのものの船内での談笑に花が咲く、しかしそれは鯨が見えたという見張りの声と共に一点して命を懸けた捕獲と「と殺」、解体作業の血に塗られた修羅場に3日ぐらい一変する、その果てしない繰り返しになるあたりをイシュメルの口を借りてしつこく描写するシーンがある。

(もっとも、私は、断固として男と一緒には嫌だが。......突如だけど、藤原紀香さん、だんなさんの、一緒にお風呂入りたいという夢ぐらいかなえてあげなさい(爆))。

 もとより、同性愛の脈絡というのは、この作品のひとつの切り口に過ぎまい。何か、「自然」「身体性」....というよりも、もっと即物的に「イキモノ」といいたくなるのだが....としての「他者存在」に、実に不器用で屈折したやり方で依存せざるを得ず、愛憎支配欲を向けざるを得ない、自我を持った人間存在の、永遠に報われない愛のドラマという気もする。その意味ではエイハブもイシュメルも、鯨という、人間のちっぽけな自我を超えた圧倒的な「イキモノ存在」に魂を奪われた哀れな存在という点では実はお互いに分身同士であるに過ぎない。

 エイハブにおいては憎しみと征服欲が、イシュメルにおいては受け身的ですらある対象への憧憬が前面に出ているかもしれないが、実は二人で一人といいたくなるところがあるのである。そしてそこには、世界へのまったりとした一体感から疎外された「丘にあがれない」孤独な自我のさすらいと救済への希求があるのである。

 エイハブに、実際にモビー・ディックに勝利して、「彼」をと殺し、油を絞り取り、骨を加工して自分の勝利への記念とすることで光栄に満ちたその後の勝利者としての余生を具体的に夢見ていたかどうかとなると、そうではない気がする。

 彼は「愛する」モビー・ディックと再会し、ディックと血みどろの戦いを再度演じるところまでしか未来像はなかった。彼はいわば「死に場所」を求めているだけだったとも言える。モビー・ディックに脚を奪われた時点で、彼は自分の人生の悲劇と絶望を直視せざるを得なかったのであり、モビー・ディックの「ストーカー」になること以外の生き甲斐を見いだせない存在になっていたのだと思う。

 そうした彼の思いの一端は、ラストの方の、スターバックとの「正気の」会話のいくつかで溢れ出している気がするが。


******


 私には、ユングの自伝に出てくる、地下に降りていったところにそそりたち、そばにいた夢の中の母親が「あれは『人喰い』ですよ」とつぶやいたという、少年ユングの邂逅と何か非常に共通する質の「何か」を、白鯨、モビー・ディックとイシュメルの関係に感じるのだが。

 このことを、すでにユング派の誰かが言及しているかどうかは知らない。ユング自身がメルヴィルに言及することすら、時代的に可能だったと思うけど。

メルヴィル/「白鯨」 ダウンロード版 上巻メルヴィル/「白鯨」 ダウンロード版 下巻

これから、これを読みます。

これも、借りてきます。

ちなみに、これもあげときますね。

そして、あとは「白鯨」関連書籍無作為リンク。


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