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2007/05/02

「牛」という言葉は現実のウシさんとは何の関係もない。

 さて、前回の話との関連で。

 私が、中学から高校の頃に、自分の哲学体系を作ろうなどと言う、ある意味でアブナいこと極まりない試みに熱中した時期があることについてはすでに述べたが、そうした果てにたどり着いた究極の「悟り」が、今回のタイトルにした一句である。

 「牛」という言葉は現実のウシさんとは何の関係もない。

 
 これで私は「救われた」のだ。

 わかる?


******


 いくら、「うしー!」という言葉を100回唱えても、現実の生身のウシを目の前に生成できるわけではない。そのウシに「うし」という言語に対して何らかの条件反射が形成されている場合を除いては、ウシさんの目の前で「ウシ」と何回つぶやいても、それこそ「ウシの耳に念仏」だろう。

 もし、「ウシ」という言葉を「ウマ」という言葉にある日突然置き換えてしまうことに全人類が同意したとしても、それがウシさんやウマさんたちの運命に与える影響も何もないではないか。

 「牛乳」が「馬乳」と呼ばれ、「坂本龍牛」さんになり、茨城県「馬久」市となり、「競牛」が開かれるようになっても、もしそのことで混乱する人間や、スーパーでの商品表示にミスがないと仮定すれば、何の問題もない。

 こうして,私は、「言葉」というものから自由になった。

 そして、それから3年ぐらい後、この話を、大学の記号論理学のゼミの最初の飲み会で、その道の日本の権威とされていた担当教授の先生相手に力説して。

 「それは大事な問題意識だね」と言われた。

 その先生がビール片手に遠い目をして、「......今の私は、抜け殻になってしまった......」と,若き日を懐かしむようなまなざしをされたことが妙に忘れられない。


*****


 実はこの段階ではまだ知らなかったのだが、ウィトゲンシュタインの前期哲学(論理実証主義)を支えるもっとも重要なコンセプトのひとつのことを「写像説」という。ウィトゲンシュタインは、地図が実際の地形を見事に写し取っているという事実に「感動する」人でして(この心境がわからん人は哲学には向かない)、これを根拠に、言語と世界の間には一定の対応関係があると考えた。

 ところが、ウィトゲンシュタインの知り合いが、確か乗り合わせた汽車の中で、「じゃあ、あなた、『これ』、わかる?」と、確かあごの下を手でさする仕草をした。これは、その知り合いの出身地域でしか通用しないボディ・ランゲージだったわけです。


 こうして、ウィトゲンシュタインの「前期哲学」は一気に崩壊に向かう。

 一般の人が聞いたらコメディでしかないような信じられない話だろうが、このエピソードをご存知の哲学好きの人は少なくない筈である(今、記憶だけで書いてるので、多少の間違いがあっても許されよ)。

 論理実証主義というのは,一般には、「すべての哲学上の問題は、語の定義の曖昧性とその論理展開における誤謬によって生じたものであり、これらが解消された時、すべての哲学的問題は一気に解消できる」という考え方とされている。

(ウィトゲンシュタインの前期思想をそこにのみ還元するのはまちがいという見解がたくさんあるらしいが、ここでは「俗流」分析哲学とはこのようなもの、ぐらいにご理解のほどを)。

 これと,以前もご紹介した、「すべての命題はトートロジー(同義反復。A=A)である」という「論理哲学論考」における前期ウィトゲンシュタインの基本テーゼ(?)は表裏の関係にある。

 私の中高時代の哲学的な彷徨が,結局ウィトゲンシュタインのそれと相通じるものがあることを、その先生は看過して下さったのだろうと思う。

*****

 こうして、決して「論理的には言い負かされない」し、「非論理的」と言われようと馬耳東風(牛花北林????)で気持ちが全く揺るがない、でも「何となく深淵な文章」を書くけど、その背後にある「隠された論理性」なるものは後世の「こういちろう研究者」(?)が勝手にいろいろ「発見」して楽しくすれば? とまで開き直っている、こういちろうというパーソナリティが成立した。

 それは、いかなる意味での心理学的「実体論」をも排除し、すべての心理学的諸概念そのものが、最善の場合でも「その人のフェルトセンスにその時点でぴったりの言葉であるに過ぎず、専門家なるものの仲間うちで「間主観的同意」がなんとなく形成されているものであるに過ぎないというところで開きなおれる一面がある、ジェンドリンの体験過程理論への関心へとつながるわけである。


 私が「論理的」ということに過剰に拘泥する人間を迷妄だとしか思わず、その人自身が微細な箇所で無数にやらかしている概念定義の曖昧さと論理の飛躍を「悪意はないにしても、結局ただの詭弁術になってるのにね......」としか思えず苦笑する背景には、こうしたキャリアがあるわけです。

 「論理的」という言葉そのものには何の「論理性」も内包されていないのだから,この言葉を使う人の無自覚な「非論理性」をギャラリーが影でこそこそ嘲笑することになるだけなのだ。「論理性」なんて言葉を一言も使わないままの方が賢いのである。

 まして「論理」でなければ「直感」とか「直観」という言葉を持ち出す人そのものが、それだけでひどくつまんねえ,退屈な頭脳の持ち主であることを露呈しているだけである。ボキャブラリーの貧困と、アイゼンクふうにいえば「硬い心(tough mind)」であることをさらしているだけ。

 .....もちろん、ここで使った「硬い心」という概念そのものがわかんない人にはわかんねえでいいわけですね。ただの狭い世界で通用するだけの「符牒」に過ぎないので。でも少なからぬ外部の人にもフィーリングで通じる「効果」があればそれだけで現実へのささやかな波及効果という点では十分なのである。

 要するに、私は、この世に「アンチこういちろうサイト」を一つぐらい生み出す上で一番「罠にはめやすい」サイトを選んだだけで、そのことでほんの少しは浜崎あゆみさんにあやかりたい(爆)という、それが「目的」の一部であった「ともいえる」ことにすでに気がついているのなら、空しくなる筈ですが。

 公然とこっちのサイト名を取り上げ、リンクすら張ってくれるアンチサイトをひとつでも生みだせれば、それがその分ささやかに世間に認められるきっかけになるのである。その標的は、当然自分よりアクセス数が多くて、ちょっと思い上がったところがあるわりには何か勘違いに気づいていないサイトが望ましい

 その一方で、こういちろうが善人であり、少しお人よしで、謙虚でナイーブでピュアーですらあり、その一方この世の正義の味方であり、誤解をただし、学問的良心のかたまりであり、なおかつしたたかなリアリストでもある、愛すべき人物であること(誰か愛せよ!)は、このブログ実際に読んでいただければ伝わると思うので。

 (私の側にもっとキャパがあってもいいのではないか、あるいは、私の方が相手を買いかぶった挙げ句に勝手に幻滅しているだけでないかと言われれば、そうかもしれないのだが。.....ともかく、「物足りない」のである。カウンセリング関係のサイトの現状に。当面は、何より自分のサイトのあり方について、もっと吟味していきたい)


******


 .....ああ、これでやっと、これまた,このブログの宿題の一つだった、ウィトゲンシュタインへの私の関心を具体的に書くことと、それがフォーカシングへの私の関心とどうつながるのかを一気に書けてしまった。


******


 なお、中井久夫先生は、ウィトゲンシュタインの「前期」論理実証主義から「後期」自然言語学派への転換を、「自己治癒の過程」としてとらえる小論を書き、それは中井久夫著作集に収められています。

 著作集「第3巻:精神医学の経験 社会・文化」所収の「ウィトゲンシュタインの”治療”」というエッセーです。

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