気持ちを表わしたり聴いたりする際に、五感を「主語」とする言葉を使うこと。「やまとことば」に敏感であること。(第2版)
●相手に自分の気持ちについて話をしてもじっくりしてらった筈なのに、相手が、「話してすっきりした」という安堵感を感じている様子がない時。
「何か、話してしまったら、むしろ後味(あとあじ)が悪い感じでもあるのかしら?」
●一緒にいる人にくつろいだ様子が見られず、打ち解けた様子に欠けているかに思われた時。
「何か居心地が悪いの?」
「腰が据わらないの?」
「なじめないの?」
●その人の気持ちについてもっと深く感じてもらい、具体的に言葉にして欲しい時。
×......「どんな気持ちだった?」
×......「どんな感じだった?」
○......「どんな『心地(ここち)』だった?」
○......「その時の気持ち、もう少しじっくり味わいなおして、言葉にしてみることができるかも」
****
日本語の文法のひとつ特徴的な点は、英語であれば「目的語」であるはずの言葉を、「は」「が」という、「主語」として表現すること(ができること)が少なくないということです。
わかりやすい例をあげると、
「頭-が-痛い」
とはいっても、
「私-は-頭に-痛さ-を-感じている」
("I feel some pain in my head.")
と言ったら、何か翻訳調で堅苦しい、不自然な言い方になっています。
これは、ちょっと広げると、
「雨-が-振る」
英語だと
"It rains."
ですよね。
さりげないことですが、 日本語では、
「頭-が-痛い」=「頭-が-痛い(-と-訴えている-ことに-私は-気づく)」
というふうに、体の部分部分が自己の「主体」として振舞うことを当たり前のように使う言葉の世界に生きています。
そして、それは今では「比喩」だと思われていますが、実は身体的な直接体験として文字通りに受け止めなおすと、生々しい実感を伴う言葉として体験しなおせます。
「胸-が-悪い」=「胸-が-嫌だ(-と-訴えている)」
「虫-が-好かない}=「(私-の-腹-の-中-に-棲(す)んで-いる)虫(-のようなもの)-が-「嫌だ」(-と-訴えて-いる)」
「腹-に-据えかねる」=「それ-を-腹-の-上-に-据えようとしても-腹-が-そうされるのを-嫌がる」
「腕-が-なる」.....ほんとうに、「指をポキポキ鳴らして」待ち構える人は一部でしょうが。
中国語は、「主語」「動詞」「目的語」が明快なぶんだけ、実は欧米語に近いわけです。
*****
「フォーカシングでシフトを引き起こす言葉には『漢語」よりも『やまとことば』が多い」
これは、私が大学院に入った当時に、師の故・村瀬孝雄に進言して以来、師によって吹聴していただいた法則です。
このことは、実は体験的にはすごく当たり前の摂理なのに、はっきりと注目されることはありませんでした。
なぜなら、フォーカシングの英語の文献では、事例などの翻訳でも、これらの言葉はえてして「漢語」の「熟語」としてしか訳されない運命にあったからです。
そして、更に悲しいことに、心理用語の多くは「漢語」の「熟語」として翻訳される習慣がつきました。
おかげで、カウンセラーの頭脳は、「漢語」「音読み文化」に汚染され、感性の貧困とあたまでっかちと杓子定規な「パターン主義」に直面していると思います。
しかし、現実の臨床面接場面では、
「嫉妬」、というより、「妬(ねた)ましい」
「羨望」、というより、「羨(うらや)ましい」
「愛情」、よいうより、「愛(いと)しい」、「愛(いと)おしい」
「退屈」、というより、「つまらない」
「後悔」、というより、「悔(くや)しい」、「口惜(くちお)しい」
「脱錯覚(disillusion)」、というより、「醒(さ)める」
「無力感(helplessness)」、というより、「拠(よ)る辺(べ)ない」(=依存できる相手や場所がない=助けが得られないこと=”help-less-ness")
後者の言い方を面接の中で自然と言葉にできる人の方が、自分の気持ちに実感のレヴェルで深く触れながら話していることが多いわけですね。
私は面接初期から、そういう話し方の傾向が強いクライエントさんだと、それだけで安心します(^^)
これらのうちの前者の言い方は、仮に中国語そのものにそのままの熟語がなくても、少なくとも読みは、いわゆる「呉(ぐ)音)」か「漢音」に大半は遡れる「音読み」系列なわけです。
しかし、時代的に意味は変容しても、日本土着の身体的言語感性は、後者、「やまとことば」の系列の「訓読み」文化の中にこそ、現在も、多くの人にあると思います。
「訓読み」の世界の独特なところは、それは「万葉仮名」のように、漢字の音に「やまとことば」を単に当てたものではなく、むしろ逆に、その漢字の中国語の発音にはまったく存在しなかった音を、漢字の意味にあてはめて「意訳」したという点かと思います。おかげで、表意文字性を強く持つ漢字を細かく使い分けることによって、「やまとことば」は、更にデリケートなニュアンスを使い分けられる表現型になったわけですね。
たとえば、
「降る」
「経る」
「振る」
「古」い
......みんな
「ふる」
なわけです。
「生きて」
「活きて」
(いきて)
も 同じようでいて、違う。
この前使った、
「住む」
「棲む」
では、同じ
「すむ」
でも、かなりニュアンス違いますよね。
自分の気持ちを言い表す時に、「熟語」を使うのではなくて、それをもう一度「やまとことば」に置き換えて「訓読み主体」で更に言い換える習慣をつけるだけでも、人とのコミュニケーションは深いものになる可能性は十分あると思います。
このブログでも、私のそうした「訓読み」=「やまとことば」用法への「言い換え」のこだわりは、実はあちこちで発揮されているわけです(^^)
*****
「愛している」
「好きだ」
というより、
「君のことを『愛(いと)おしく』感じるんだ」
の自然に口にできたら、告白の言葉としては「効く」かもしれない!!
「自己愛」とかいうとネガティヴに響くけど、
「自分のことを『いとおしめる』か」
と言ってしまうと、あまり嫌な響きはないと思います。
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» 一文読解について 追加その2 [中学受験 偏差値30からの挑戦 (読解力の公式)]
一文読解で、よく間違いやすいパターンを追加します。
主語には、“は”“が”がつく。ということをしっかり覚えたあとに間違えるという中級編です。
“○○には”という場所を表す言葉の最後に“は”がついているものですから、これを主語と取り違えてしまうのです。
例) かばんの中には、筆箱が入ってます。
間違いの答え→主語が『かばんの中には』、述語が『入ってます。』
なんとなく合っていそ�... [続きを読む]
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