「カウンセリング」と「身の上相談」の違い
2つ前の記事で、
自分の(自分との)写真をあまり進んで撮ってくれないということだけでもめはじめるカップルとか、実は結構あるのではなかろうか。
一方は、いつもとなりにいてくれる「その人」をそんなに頻繁に撮らなくても、相手への思いは当然あると思っていて、要所要所で一緒に写真を撮れば、それで十分、むしろ、「二人で行った場所」そのものの風景写真だけでも、二人がその時どんな思いでそこにいたのかを思い出せる記念となると思っていたりする。その写真を見ている「二人」は、写真の中ではなく、その写真を見る「となりに」いることにこそ価値があるわけである。
ところが、他方は、極論すれば、「自分を撮ってくれない」=「自分を愛してくれていない」、「ツーショットを撮らない」=「ホントは二人でいるのが楽しくない」にすら突っ走る。そして、「風景写真なんて、絵はがきやガイドブックやパンフにあるではないか」とまで言い始めたりする人すらあるかもしれない。
でも、もうひとりにとっては、テレビや雑誌でよく知られたその風景を「自分のカメラ」で撮っていないと、そこに「現実に」ふたりが行った記念にならないではないか、と感じるわけである!!
という例を書いてみたが、ふと、この「カップル間にはありがちな」例を元にふくらますと、「カウンセリングとは何か」についての基本問題についてピンと来ていただける気がしてきたので、もう少し書いてみたい。
*****
これを読んで、
「要するに、一方は、他方の、甘えたい気持ち、愛情を(自分が、あるいはカップルで映っている写真という)「形に残して」欲しいという気持ちを汲めていないのだよ。そこまで汲むのが愛情ってものだ」
と感じた方は少なくないかもしれないし、もし皆さんが誰かから「身の上相談」されたら、そのように答えるかもしれない。
なるほど、このことをアドバイスするだけで状況が変わる場合も多いだろう。
******
しかし!!
現実というのはそれほど生やさしいものではない場合がある(^^;)
.........その後、彼は、ちょっだけ意識的に、彼女もフレームに入った写真や、ツーショットを撮るように心がけてようとしたつもりだった。時には肩を抱き寄せてあげないとな.....とすら。
どころが、彼女は、
「ざーとらしい!! 私の方にカメラを向けるな」
と凄い剣幕で怒り出すようになった.......
......と、ここまで次に相談されたらあなたはどうしますか?
A:「君、彼女に対する愛情が基本的に足りないんだろう。だから小細工だと思われるんだ」
B:「彼女、何かひねくれた形で、あなたへの甘えを持ってるね。.......そんな人、めんどくさいだけだから、別れた方がいいんじゃない?」
.......この2つのパターンではない形で答えてあげられますか?
*****
ここから先が、ただの「身の上相談」と、「カウンセリング」の違いの領域なのだと私は考えます。
つまり、ここから先につきあいきれるのが、専門家としてのカウンセラーのあるべき姿だ、と個人的には確信します!!
******
では、私なら、どう答えるのかのですって?
ひとつの答えはないかもしれない。
でも、例えば.......次の対応を、その場でカウンセラーが「全く自然に、自発的に、ライブで」思いつける心の余裕があればですが。
(......ということは、これを読んだ読者やカウンセラーの方が、以下の文言を「まねしても」既にそれだけではかなり効果が落ちるだろう.....という前提で書きますね)
「.......でさ、君は、どうすればいいと思うの?」
****
なぜ、これが適切な対応なのか?
それをまずは皆さんが考えてくださいね(^^)。
......さほど間を置かず(まる1日か2日ぐらい置いて)、この件についての私見の続きを書くことはお約束します(^^)
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えーっと、一部に誤解されている向きがあるようですので、敢えてお断りします(^^;)
少なくとも私は現在、この例で述べたような相手と付き合っていたり、一緒に住んでいたり、結婚していたり、そばに置いていたり、不倫の関係のあるわけではありません。
もしそうなら、実名を隠していない私が、こんな場所でここまで「もろに」書けるわけないでしょ? おっかなくて(爆)
続きで書きますけど、実はこれに近い水準のご相談こそ、私のクライエントさんに、平均的に見られる、「典型的な」ご相談です(^^)
どちらが男性役でどちらが女性役かはいろいろですが。
.....おっと、これだけでも誤解を与えかねない表現。
女性の方が、男性から、このような態度に出られていることも、ごく普通のことだということ。
このような態度に出ずにいられない側の人間も、悩み、苦しんでいるということ。
投稿: こういちろう | 2007/03/14 02:58
カウンセラーではなく対人援助職に就いてる者です。この記事を読んでいて、ふと思ったことをコメントさせて下さい。この記事を読んで「続・信なき理解」を思い出しました。というのも、職場で同僚や上司と話している中で、「ん、こいつは“身の上相談”としてではなく“カウンセリング”的な対応をしやがったな」と感じ「ムカッ!」とくる時が結構あります。「お前にカウンセリングを受けようなんて思ってないよ!」と言葉には出さない(出せない)けど、「余計なお世話じゃ」と腹が立つ時があります。自分自身が猜疑心や被害感を抱きやすいからこんな気持ちになってしまうのかな~と考える時もあるのですが、相手が望んでもいないのにカウンセリング的な対応をしてしまうということは、結構相手を傷つける可能性が高いな~と感じました。自分はまだまだ未熟で記事にあったような話の展開になったときに、カウンセラーとしての対応が出来ているとは思えないのですが、ある程度カウンセリングの知識を持っているがために、誰かに相談したいと思って話をしても素直に相手の話を聞けない時があるなと感じました。
この記事の内容とはかけ離れてしまったと思ったのですが、こんな風に受けとるやつもいるんだな~くらいに捉えて頂ければありがたいです。
投稿: ジェーン | 2007/03/15 00:22
ジェーンさん、ようこそ。
「続・信なき理解」を覚えておいて下さいまして、誠にありがとうございます。
> 職場で同僚や上司と話している中で、「ん、こいつは“身の上相談”としてではなく“カウンセリング”的な対応をしやがったな」と感じ「ムカッ!」とくる時が結構あります。「お前にカウンセリングを受けようなんて思ってないよ!」と言葉には出さない(出せない)けど、「余計なお世話じゃ」と腹が立つ時があります。
> 相手が望んでもいないのにカウンセリング的な対応をしてしまうということは、結構相手を傷つける可能性が高いな~と感じました。
そうですね、全く(^^;)。
スタッフ同士だったら、もっと本音でアドバイスしてくれたり、意見を聞かせてくれるだけでありがたいんであって、「カウンセリング的に」対応されると、同僚ではなくて、クライエントとしてみられているのかな、腹の中では何思われとるのかわかれんな、式のストレスを余計に感じることがあるのに。
*****
まあ,逆に、私は鬱の経歴がありますからいいますけど、カウンセラーの人たちについて「貴様ら、ほんとうは、鬱のこと何もわかっとらんな!!」と感じることもままありました。
クライエントさんも、「鬱」という診断を知らせるだけで、「カウンセラーには」こんな目でしか観てもらえなくなるのかな.....という。それがいい経験になりましたけどね。
ほんとうは、「鬱」なら「鬱」の人の体験世界の内側に丁寧に入って、「誰もが体験し得るあたりまえのブロセス」として了解し、共感できることそのものが「専門性」なんだと思います。
このあたりがわかりやすく書かれているのが、いつもご紹介している「看護のための精神医学」の神髄と思ってます。
例えば、学習障害や発達障害のケースですら、そういうふうにして丁寧に了解し、共感して行くプロセスがないと、クライエントさんとの絆は生まれないように思います。
このことについては、近々「鬱」とは別のタイプのケースについて書いてみるつもりです。
.....おっと,私の方こそ横道にそれた、我田引水になったかも。
そうだったら、ごめんなさいね。
投稿: こういちろう | 2007/03/15 23:56