三日月湖と、止まった時間 -中島みゆき「夜会 Vol.13 24時着 0時発」(2)-
鮭の遡上。
三日月湖。
もう、これだけで、いかにも札幌出身の、中島みゆきの肌に染みついた光景なのかもしれない。
石狩川は、かつては石狩平野に出ると、標高差の少ない石狩平野を、ほんとうに蛇のようにうねうねと、くねくねと、折れ曲がりながら河口へと向かう川だった。その頃は、信濃川すら抜き、日本一長い川だったのである。
ぎゅうぎゅう詰めに蛇行した石狩川は、洪水になると、自然と、その近接した折れ曲がった地点どうしがショートしてつながり、自然に放水路が生じた。結果的に、取り残された蛇行部分は、上から流れ下る土砂で堰き止められ、自然堤防で切り離され、「河跡湖」、あるいは「三日月湖」と呼ばれる湖を各所に生み出した。
それは明治時代に入り、石狩平野が農地として本格的に開拓され、洪水防止の目的で、人間が人工的に放水路を作るようになって、数多くの「人工の」三日月湖を生み出したことだろう。
*****
私の故郷の、福岡県の筑後平野の筑後川もまた、かつては蛇行する川だった。今もあちこちに、古い川筋が、細長いため池のようにして残っている。久留米近辺は、大和時代から栄えた土地だったから、人工的に放水路を作り、洪水防止と農地の合理的灌漑のための放水路の建設は、江戸時代の初期から繰り返され、今や川底が農地となったところも少なくないが、地図を見れば、昔の川筋がどこだったか、一目瞭然でわかる。
古い堤防の跡と思われる盛り上がった細長い土地の上を、道路が走っていて、その内側の田畑の区画と、小さな道だけが、その周囲と全く別な方向に区画され、伸びていたりするので。
小学校上学年の頃の私は、そういう、すでに細い川筋と、その脇のこんもりと草木が茂る古い堤防の跡と思われる小さな道を、地図の筑後平野じゅうの道筋をサインペンで塗りつぶすかのようにして自転車であちこちさまよう少年だった。
時には、思いもよらないところで道が行き止まりになった。目の前は河原や藪になっていた。そういう時に襲い来る孤独と、一抹の恐怖に近い何か。私は川筋をずっと引き返して、橋があるところまで戻れて、やっとほっとしたのをよく覚えている。
*****
中には、川を遡(さかのぼ)り、故郷へと帰る魚たちの中に、そういう古い川筋に迷い込み、右往左往するうちに、気がついたら、放水路との間の水門が閉じられていたということもあるかもしれない。
取り残された魚たちは、そこでどういう時間を過ごし、どうなったのだろう?
*****
みゆきは、時々川の流れと人生を重ねる。
私にとって、今でも大好きな、忘れがたいみゆきの歌のひとつが、
アルバム「親愛なる者へ」(初期のみゆきのアルバムの中で私が格別の思い入れがあるアルバムだが)に収録された、
「小石のように」である。
転がり出す石。故郷を振り返ることもなく。
子離れできない親の心配を振り捨てて。
そこには、ロックの世界ではおなじみの、"like a rollin' stone"という一句からの反映もあるだろう。みゆきの歌の中でも、「らいかろーりんすとん」と、ひらがなに翻訳されて(?)だか、この言葉が、
アルバム「予感」の
「ばいばいどくおぶざべい」という歌の中に出てくる。
しかし、みゆきのこころはどこまでも日本人だと思う。山間の谷間にある田舎から上京して夢をかなえたいと願う少女は、同じアルバム、「予感」の中の、今やメジャーになった名曲、
「ファイト!」にも登場するではないか。
(ちなみに、あの歌詞は、決して「オールナイト・ニッポン」に届いた葉書をそのまま引用したものではなく、「詩的創作」であることは、みゆきも、自分のエッセイの中で明言している)。
それは戦後の高度成長期の若者の思いの残映だろうか? .....いや、今だって,本質は変わらないではないのか?
*****
さて、「小石のように」に戻る。
転がりだした石は、川の幅が広がり、流れが緩やかになる地点まで来た時には、当初の勢いと,尖った「角」は切り崩され、今や小さな小石となり、更に砂となり、目に見えない泥粒となり、「淀み」の中で、「自分を見失い」、時間が止まったかのように眠り込む。
みゆきは唄う。
「海まで百里、座り込むにはまだ早い」
と。
*****
だが、一転して、みゆきの唄で、海から川を遡(さかのぼ)って故郷の谷に向かう魚たちの群れが唄われはじめる。
「遡上する鮭」のテーマは、すでに、先ほど述べた、アルバム「予感」の「ファイト!」の中に現れている。
なぜ、そんなにまで「痩せこけて」でものぼっていくのか。
行って、卵を産んで、死ぬだけではないか。
でも、みゆきは「ファイト!」と叫ばずにはいられない。
****
その延長線上に、「夜会 24:00着 0:00発」のストーリーは、
「サーモン・ダンス」
(アルバム『転生』収録)は、来る。
みゆきは、三日月湖への水門を、鉄道線路のポイントの「転轍機」に見立てる。
「ひとつの軌道に誰かが入っている限り、
その出口は、
必ずその誰かの為にしか開かない作りになっていた」
......みゆき演じる主人公、「あかり」のこのセリフを聞いて、
の仕掛けまですぐに連想できるのは、鉄っちゃんだけでしょうが(^^;)
(そもそも、この時の「夜会」の「午後24時着 午前0時発」というタイトルが、「列車の到着時間の場合には24:00と表記し、発車時間の場合には0:00と表記する」という、時刻表に明記されている決まりを知る者にとっては、思わず(^^)な事柄でもある。もとより、みゆきはそこに固有のメッセージを込めているのだが).
******
迷い込んだ三日月湖の「淀み」から脱出し、止まった時間の流れを超えて、もうひとつの時間に飛ぶために必要だったのは何なのか?
......ここでは、はっきりとは言葉にすまい。
ヒントは、
アルバム「恋文」の中の「ある曲」にあり.....と、言うに止めよう。
*****
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