またまた
ホールボディ・フォーカシングについてです(^^;)
ちょうど4月で、臨床心理系の大学や大学院に入ったばかりの、あるいは臨床現場に出たばかりの人に、フォーカシングとはどんなものかを、意識的に入門的なあたりから、このブログでも書いてみたいという思いもあるのですが、
(この約束は必ず果たします。当面は「日本フォーカシング協会」サイトの『フォーカシングって何?』や私の本部サイトの『フォーカシング入門』を読んでください)
どうしても私はその時熱中していることから書かないと”clearing a space”できないタチなので、いきなり応用編の話ばかり書いてるとしたらお許しください。
ただ、これから書くことも、
フォーカシングのみならず、
およそどんな流派の心理療法や、心理テストを『実際の心理臨床現場で』適用する際にも共通する、普遍的な問題意識と絡めた次元で書いていくように努めるつもりです。
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ホールボディ・フォーカシングをワークショップ等のワークとして進めるにあたっての最初の教示としては、
ますは集団の参加者に向かって(どうも円陣を組む形が無難のようです)、経験豊富な「ガイド」の人が、
みんな立ち上がった状態で、
「まずは、自分の身体全体が周囲の環境(大地)に支られているという感じをじっくり味わってみましょう」
という実習からはじめることが多いようです。
集団でやっている時には、何となく周りと同じように、身体を楽にして、内側に注意を向けて、何となく味わっていたら、
「あ、こんなあたりでいいのかな?」
と、場の雰囲気に支えられて味わえたような味わえなかったような(?)気分になれる皆さんが多いかと思います。
少なくとも、足の裏が、靴を通してでも床についてる感じを「足の裏で」感じることは無理なくできる方が多いでしょう。
そして、そうやって足から太もも、腰、おなか、背中、肩、首筋、頭というふうに徐々に身体内側の感覚に注意を少しずつ上げていくつもりで向けてみれば、それでけで、
実は人間が『立っている』ということが、それだけでどれだけすごいことかに
今更のように、実感を通してお気づきの方も少なくないかと思います。
いかに重力に逆らってバランスを維持するために、身体のあちこちの部分に「負荷」がかかっているか。
筋肉や内臓、関節や首筋など、身体のいろんな部分に、
普段は意識しなかったけど、
いざ実際に感じてみようとすれば、いろんな緊張や無理や痛みが、いろんな質感で、からだのあちこちに感じられていることに気がつける方が少なくないかと思います。
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極論すれば、まずはこのことを身体で実感することが、ほんの2,3分でもできて、
思わず「身体のあちこち」に向けて、
「『お前ら』、それぞれ結構しんどい思いして、『俺』を支えてくれとるんだな」
とか、
「でも、しっかりした床の上に『立ててる』時に、『床』はこんなに『私』に安心感を与えてくれているんだな」
とかを味わえるなら、
あなたはすでに、ホールボディ・フォーカシングをしていたのです。
(この記事の最後の方で、技法としてのフォーカシングの創始者、ジェンドリンが、著作『フォーカシング』で書いてることを私なりに訳し直した部分の表現をわざと借りています)
このような、日常気がつかない内側の微細な感覚への気づきやすさという点で、ホールボディフォーカシングは、座ってやるのが普通の通常のフォーカシングに導入する場合よりも平易かなとすら思います。
座ったままで椅子と接する背中やお尻、膝や足元の感じを内側から感じるよりやりやすい場合が多いばかりか、
通常のフォーカシングの熟練者でも、
「座ったまま」の時とは全く異なった、予想もしない身体感覚に、
「立ったまま」味わうと気がつけることが多いかと思います。
(もっとも、「感じ易(やす)い」ということは、その分体験が「強烈」であるということにも繋がります。「害がないことが一番の治療である」というのはヒポクラテス以来言われ尽くしていることで、神田橋條治先生や中井久夫先生も繰り返されている通りです。この件については次回も触れます)
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ところが、そういう集団のワークの中でも、
中には、
立ってしばらく身体の内側に注意を向けてみても、
本音の本音としては、
「自分の身体全体が周囲の環境(大地)に支えれれているという感じをじっくり味わってみよう」????
何なんじゃ、そりゃあ???
という方があるでしょう(^^)
こういう時、欧米での国際ワークショップの参加者だと、
”I can’t understand what you say!!
How may I do?"
とか何とか、集団のワークでも声を上げる人がいるでしょう。
(私の英語の水準だと、とっさに言えるのはこの程度のぎこちない英語でしょう、笑って許して!!)
しかし、欧米人でもシャイな人、まして日本人だと、
指導者が指示したとおりに「感じられない」自分をまずは「責める」か、
何となく「感じられたフリ」をしてしまうんですよね(^^)
おそらく、
”If you ever need help with something, feel free to ask.”
(さすがにこれはネットで調べました)
とか「言って」もらえても、更に心苦しく思い、萎縮したりして(^^)。
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広い意味でのカウンセリングの場の中で、
わからないこと、ピンとこないことをクライエントさんが「遠慮しながらも」口にできる、
というだけでも、
実は「すごい」ことなのです!!
「それができたら悩み相談には来ない!!」
という来談者の方が多いことをお忘れなく!!
カウンセリング経験を少し積んだら、話し過ぎたり、カウンセラーに不平を言うクライエントさんより、黙ったままだったり、何でも「はい、はい」うなづくばかりのクライエントさんの方が、会っていて「しんどい」ことに、否応なしに気づきます(^^)
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この種の問題について、
九州大学の田嶌(たじま)誠一先生(名前知らない若い臨床系の学生さんは、これを機会に、この名前を決して忘れず、九大以外の人も、この先生の「ライブの」集中講義やセミナー、ワークショップは見逃さないように!!)は、
クライエントさんの
「注文をつける能力」
と命名しています。
フォーカシングでも、フォーカサーは、ガイド役の人に受身に従うだけではなくて、
「すみませんが、そのように言われても私にはピンと来ないんですが......」
「今言われたこともう一度言ってください」
「私が何を言いたいのか、私の内側ではっきり言葉になるまで、しばらく黙って、待っていてもらえませんか?」
などといろいろ注文をつけてもいいのです。
そして、ガイド役たるもの、むしろこういう言葉が出てきたら、動揺したり、しどろもどろでいろいろ説明するのではなく、むしろ、
「ほう、この人はちゃんと私に『注文つけて』くれるんだ。よかったよかった」
なでと「内心」「静かに」思えるくらいでないと!!
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これ、クライエントさんの相手をするカウンセラー一般に求められることです。
というか、
「そのように言われたらむしろ『ラッキー』なんだ。歓迎すべき事態なんだ」
というくらいのつもりで、普段からクライエントさんの相手をしていたら、
なぜか、
クライエントさんが、そういう不平や苦情や注文を「いつの間にか」口にしやすい「場の雰囲気」が生まれます。
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実際、カウンセリングの「現場」で、
クライエントさんの少なからずに、
ここで問題にしている「ホールボディ・フォーカシング」を体験してもらおうとすれば、
「自分の身体全体が周囲の環境(大地)に支えられているという感じをじっくり味わってみてもらう」
という最初の段階ですら、
いかに「高度な」課題であるかに治療者は気づくはずです。
「足が地に付いて、支えれているいる感じって、先生がどう喩(たと)えをあげて説明して下さっても、わかんないです。申し訳ないんですが」
と言ってもらえたら、カウンセラーとしてのあなたはクライエントさんに、心の中で、自然と感謝できるくらいになってから、現場で「ホールボディ・フォーカシング」を試してみてください。
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この件、次に、「ガイド役がフォーカサーの『正面に立っている』ことの意味」という観点から続きを書きます(^^)
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