「クオリア」と「フェルトセンス」
Wikipediaの「クオリア(Qualia)」の項最新版(新記事?)で書かれていることを、フォーカシングと体験過程理論でいう「フェルトセンス」という概念と重ねて考察する試みがすでになされているのかどうか、私は不勉強にして知らないままです(^^;)。
「イチゴのあの『赤い』感じ」そのもの、といわれると、私ならフェルトセンスしか想像しない。
この項では、クオリアそのものは「測定不能」といわれている。確かに、「感じそれ自体の測定」という概念そのものが自己矛盾とも言える。測定とは、何らかの客観的指標(特定の座標軸)に変換する形での数値的なものや、ある操作的定義に基づき意味づけられた指標による分類以外の何でもない気もするので。
でも、必要な思考実験ということは痛いほどわかる。
ただ、フォーカシングの場合でいうと、 「イチゴのあの『赤い』感じ」そのもの、というのは、
1.ある社会性や歴史性を帯びた個別的状況下で、ある個人が、いちごを観たときに生じる感じそのものを「フェルトセンスとして」身体で体験すると、身体感覚の布置やその人の個人的意味体系に変化が生じていくプロセス
ととるか、
2.一見いちごとは無関係な、ある個人的な状況全体や、漠然とした不快感などについてフォーカシングしていく中で、突如「いちごを見ている時の、『あの』感じ」という言い方がぴったり来る場合
の二つが、私にはまず思い浮かぶ。
*****
フォーカシング、すなわち、ある個人の、容易に言葉にならない漠然とした曖昧な感覚「それ自体」への直接の焦点づけ(focusing.....ピントをあわせていくこと[「動名詞」的に訳してみたことに注意]、体験過程理論でいう、「直接のレファランス(direct reference)をしていく中で生じて来る、ぴったりの言葉やイメージとしては、
「赤い」、のような形容詞的なもの、
「(あたかも)夕日を観ている(かの)ような」といった、イメージ的、比喩的なもの、
あるいは、
「胃壁の中に出血生じている(かのような)感覚」といった身体感覚的なもの(【注1】)が多い。
しかし、阿世賀,1991(【注2】)は、これらを総括して、プラトンにさかのぼり得る古典的な古典的哲学対比概念、「内包」vs.「外延」(弟子のアリストテレスだと「質料」vs.「形相」にあたる)を借りて、「内包的」ハンドル(【注3】)と名付けた。
更に、それらに対して、
「子供の頃、多摩川の土手で夕日を眺めていた時の『あの』感じ」
などという、当初の気になって「いた」事柄や身体感覚の言語化とは「一見無関係」に思える具体的な外的状況についての記憶が突然生じる形でフェルトセンスとぴったりと感じることがある。これを「外延的ハンドル」と名付けた。
後者の「外延的ハンドル」は、更にフォーカシングが進展すると、例えば
「『その時』夕日を見たのは、宿題を忘れたまま学校に行けないまま河原で過ごしたある日のことだった」
ということを「思い出す」過程につながり、
更に、最初の気になるモヤモヤについて、ひとつの「比喩」として
「宿題を忘れる」
という言葉を重ねると、
突如、その人が陥っていた行き詰まりについての予想外の心身の解放感と、新たなる意味づけが、その人の中に一気に生じ出すことがあるのである。
それは、ひょっとしたら、「先日」恋人ともめた後の膠着したモヤモヤ状態について、
「実は以前言った、『ある約束』を果たさないままでいた」=「『宿題』をしないまま、『忘れて』いた」
ことへの気づき、
あるいは、
「その恋人と今の仕事を続けることの、どちらを選ぶか『先延ばし』にしていた」=「『宿題』をしないまま、『忘れて』いた」
「実は『あの夕日を見た時』と同じように『バツが悪かった』」
(→「顔向けできなかった」
or 「『×点をもらう』のを避けたかった」
or 本当は『悪かったね』と『開き直り』たいのに、開き直れない自分を『弱い』と感じていた)
.......その人その人によって異なる形で「予想外の別の具体的状況」とシンクロして連鎖的に洞察を生み出すことになる可能性がある。
*****
......何か、当初の「クオリア」と「フェルトセンス」概念の比較をする話の流れから脈絡が見通しにくい形でいつの間にか外れた気もする。
I miss me!!
(「私は私を『見失った』」と訳して、
いわゆる、
"I miss YOU!!"
(意訳:あなたのことを『忘れ』ない)(【注4】)
と比較のこと)
.......だが、まあ、こんなことを徒然(つれづれ)と、というか、「つらつらと」書いていくと、フォーカシングって、どんな感じのものかが、何となく伝わるだろうとは思う(^^)
*****
それでも、話をまとめるために、アフィリエイトとして、
意地になってこじつけて、
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*****
【注1】
こうした時に、その人に「胃の充血」などと共通項のある生理学的変化が胃の壁面や末梢神経、中枢神経に何らかの意味で生じているかどうか、どこが違うのかの「測定」は可能と思うのだが、そのような実証研究があるかどうかを、不勉強かもしれないが、私は知らないままでいる。
【注2】
阿世賀浩一郎、「身体の感じと状況との関わりを重視するフォーカシング・アプローチ・序説」 東京大学教育学部心理教育相談室紀要 第13集 1991
以前も書きましたが、私のフォーカシング関係の論文で、未だに私が古びていない内容と感じる、アン・ワイザーさんの技法が日本に伝わる以前に書いた、「先駆的代表作」のひとつなんですよね....
フォーカシングで修論書こうと思う大学院生は、参考にしてやってください m(_ _)m
(臨床心理系の大学図書館になら結構あると思います。なければ、NACSIS Webcat(全国大学蔵書検索システム)で、「東京大学教育学部心理教育相談室紀要」をタイトルにして検索のこと)
【注3】
「ハンドル(handle)」とは、ここでは「取っ手」のこと。フェルトセンスに取りあえず見いだされた感覚的にぴったりな「仮の言語化」のこと。
「スーツケースの『取っ手』はスーツケースを持ち上げるのには役に立つが、スーツケースの中身ではない」(ジェンドリン『フォーカシング』)
......このように、ジェンドリンは「言葉」と「感じそのもの(フェルトセンス」の関係を説明した。
私には、デパートとかで箱物の荷物になる買い物をしたときに、取り付けてもらえる、着脱式のプラスティックの「引っかけ」のイメージが一番あうのだが。
....そりゃ、箱の中のラップトップパソコンをつなぎ止めて運ぶための仮のアイテムにすぎなくて、中身がパソコンだろうと、電気掃除機だろうと、電子炊飯器だろうと、何にでも「同じ」ハンドル(同じ言葉)が使えるかもしれない、という「逆説」があるわけです。
【注4】
「忘れ物」の話とこじつけるために思い浮かんだのであろう (こういちろう談)
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