戦争には、「犠牲者」しかいない。
昨日は今、都心での仕事の帰りに、有楽町マリオンで「父親たちの星条旗」を観て来ました(msnの特集はこちら)。
この映画には心の底から感服しました(不謹慎な言い方でしたら、お許し下さい)。
同じクリント・イーストウッド監督の手により次に公開される「硫黄島からの手紙」との2部作でにアメリカと日本,それぞれの視点から見て戦いを描くことではじめて総合的な意味が出て来る作り方に徹したから余計に感じられることなんでしょうが、この映画で、日本兵は、地下壕から突然現れて襲いかかる無名の兵士と死体という形でしか登場しません。
我が身の不勉強を暴露するようなものですが、この硫黄島の戦いが、上陸を水際で食い止めるという攻防戦の常識を破り、むしろアメリカ軍の兵士や兵器弾薬が火山島の足場の悪い砂地に上陸された間合いを見計らい、むしろアメリカ軍兵士を深くおびき寄せて、地下壕を張り巡らして要塞化した地面のどこからいつ攻撃されるか全くわからない状況下で混乱に巻き込み、日本軍側がどこまでまだ戦力を残しているのかわからないという、長期化させるために周到に計画された、兵士の自決や安易な玉砕戦法すら禁じられた、日本軍にとって「例外的な」、ひたすら持久戦に徹した、無駄な攻撃を徹底的に排除した戦いを数ヶ月かけて計画的に周到に準備した戦術が行われた地域ということを、この映画のパンフではじめて知った(wikipediaの記事はこちら)。
それが戦場のアメリカ兵に取って、どれだけの恐怖とパニックを引き起こすものだったかというのが、この、とことん姿を現さない日本兵を相手にしたアメリカの兵士たちの身になって描かれる時、恐らく、多くの戦争を知らない世代の人たちも、肌で感じる体験として、
前線に立つというのは、このくらい『怖い』ことで、
人はここまであっけなく死んでしまうもので、
助けを求める声に応じて戦場を走り回る「衛生兵」の仕事すら、こんなに空しく感じられるものなのだということ。
突然襲って来る日本兵を必死になって殺した直後に味方の兵士の傷の手当をするということだけでどれだけ空しい思いにとらわれるかを追体験できると思います。
.........この映画は、それを淡々と描いて行きます。
巧みに時系列を行ったり来たりさせる描き方によって、新聞紙上に掲載され,本国のアメリカ人の戦意を一気に高揚させた、「頂上にはためくアメリカ国旗を6人の兵士が掲げる」写真を撮ることができた上陸5日後以降も、実は30日間もの戦闘が続き、実際に国旗を掲げた兵士のうち半分は死ぬばかりか、残された「3人」(この「3人」が「」入りなのには意味があります)を待ち受ける運命も.......
「ほんとうに前線で戦った兵士はその現実を沈黙したまま語らない」
「英雄は存在しない。『必要とされる』ものだ」
それこそ、この作品をイーストウッド監督に託した、プロデューサーのスピルバーグ自身の
「プライベート・ライアン」すら観ていない私ですが、この映画が今後名作の一つと呼ばれることは間違いないでしょう。
戦争には、「犠牲者」しかいない。少なくとも兵士とその家族にとっては。
そして、その犠牲を内に隠し持ちつつ家族を育てた世代のかなりがすでに鬼籍に入った、日本の今の時代。その「犠牲」は、「英雄」という言葉に「すり替える」だけでは報われようもない何かなのだと思います。
そのことを日本人もアメリカ人も,共に共感できる描き方をしているこの作品に敬意を表します。
日米合同で慰霊祭が営まれた、唯一の土地が硫黄島だと言うこと。それは今そこに自衛隊と米軍の基地があるからというだけでもないのではないか。制空権の上で決定的拠点というだけのことで、無人島での箱庭のような戦闘で、両軍の若い兵士たちの血をこれだけ吸い取った土地もないということ。
それにしても、wikipediaの叙述で、
> 作戦開始を控えた記者会見でスミス中将は説明した。
> 「攻略予定は5日間、死傷は1万5千を覚悟している。」
味方の兵士が大勢死ぬのが当たり前という予測を司令官は平然と口にできるものなのですね......。
「硫黄島からの手紙」も、もちろん観るでしょう。ほとんど日本語で日本人俳優中心のこの作品を、イーストウッドがどう対比させて描き切れるか? そしてそれがアメリカでどう受け止められるのか?
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