「幻想」vs.「幻滅」? 「錯覚」vs.「脱錯覚」? [前編]
タイトルに示したのは、本人の死後、半世紀近くになりながらも、イギリスの精神分析の領域における「対象関係論」学派の中で、最も良識的、現場臨床的で,歴史的評価が定まり、もはや学派を超えて、臨床心理や精神療法を学ぶ専門家にとって,拠ってたつ学派を超越する、広汎な「共通理解」が得られる「諸概念」を山のように生み出し、現在も、臨床家にさまざまな「活きた」発想と刺激の源泉になり続け現ている、第2次大戦後の、ある意味で「最大の大家」と呼ぶべき、ウィニコットの業績の中でも、恐らく「最重要概念」である、
"illusion"
と、その反対語、
"disillusion"
を、どのように日本語に訳すかについての,未だに統一されているとはいえない訳語の、おおまかにいって2つの「説」(?)です。
(まるで関係代名詞の羅列を,「後ろから」直訳したような、とんでもない、長いセンテンスになってすみません。....私の思考法って、どこか「英文あるいはドイツ語文『直訳』調」だと常々思っています。ある意味ではドイツ語.英語圏的な「脳みそ」なのかもしれない。ジェンドリン自身がそうなのだから仕方ないか(^^;))
「幻想」は"phantasy""fantasy"にこそふさわしい、ということにこだわられたのは、牛島定信先生だったか? いや,牛島先生は、"phantasy"と"fantasy"の違いに拘泥していたんだっけ??? ...と、漠然とした記憶だけでとりあえず書いておきます(あとで,この問題について論じた該当箇所を探し出して,間違っていたら修正します)。
もともとは、メラニー・クラインの理論体系において、「内的対象」としての「母親」との係わりに終始した、いわゆる「独我論的自己完結」性と一般に批判されている問題について、ウィニコットが、
「そんなら、クラインの「内的対象」理論を、現実の「外的対象」としての養育者との関係ときちんと対応させて理解してしまおうじゃないの」
.....とばかりに持ち出してきた概念で、厳密には、ここから「正統派クライン派」から分化し、フロイトの娘であるA.フロイトに起点を持つ「自我心理学」派との間の「独立学派」「中間学派」ともいわれる、狭義の「イギリス対象関係論」学派がスタートするのである(バリントは同時代人の「独立学派」のもうひとりの代表者で、ウィニコットに好意的立場でした)。
(私はこのあたりを、今から24年も前に、当時ほんとうに東急東横線の「都立大学」駅の近くにあった都立大学の聴講生をしていた時に、早世せれた小川捷之(かつゆき)先生が黒板に書いた図とともに、確かその時はじめて学んだ記憶が鮮明にあります)
******
すなわち、クラインのプレ・エティプス段階の発達理論の「分裂的=妄想的態勢」において、赤ん坊はまだ自他未分化なので、自分の中に「快」が生じると、それが即「投影同一視」され、「内的対象」としての>「良き母親」から「愛されている」という、天国的体験の世界となる。
ところが、赤ん坊が「不快」になると、赤ん坊にはまだ「時間」の概念がないので、それまた即、「投影同一視」され、「内的対象」としての「悪しき母親」から「迫害されている」という、地獄的体験へと一変し、しかもこれらの体験は本人の中でも完璧にスプリットされて、「良き母親」と「悪い母親」が同一人物であることすら体験されない、と,クラインはいうわけです。
それに対して,ウィニコットは、赤ん坊が不快になりつつあるタイミングに「現実の」母親がお乳を与えたら、それは「快」の投影同一視としての「内的対象としての「良き母親」がそこにいるという"illusion"が成立した、ということなのだ、と説明をつけたわけですね。
(^^;A .....ああ、やっと話が本題に入れる)
これを日常水準でとらえれば、自分の好きな人に「愛されている」「嫌われた」という「思い込み」の世界と対応させるのが,一番わかりやすいかも。
*****
ちなみに、ウィニコットはしっかりわかってらっしゃって、
「ここでいう『母親』とは現実のその子の『母』であることとは無関係だし、人工栄養としての授乳にもあてはまる」
と最初から注釈つけていたと思います。つまり、「お父さん」が「哺乳瓶で」ミルクを与えても、同じことな訳ですね。
*****
.......と、ここまで書いたところで、私の用事の時間になってしまったではないか!!
当初は、「全文」ほんの数行で終わる筈だったのに!!
.......ということで、「後編」に続く。
*****
なお、以上の文章は、あくまでも「フォーカシング指向心理療法」セラピストで「町のカウンセラー」であるに過ぎない人間が、記憶だけでとりあえず書いた文章だから、精神分析の先生が教員としておられる臨床心理系の学生の皆様、間違ってもこれをレポートに引き移して活用しないように!!
« "My Favorite Books"大幅な増補改訂しました。 | トップページ | 「幻想」vs.「幻滅」? 「錯覚」vs.「脱錯覚」? [後編] »
「イギリス」カテゴリの記事
- 坂井 素思・ 岩永 雅也 著 「格差社会と新自由主義」 (放送大学教材)(2011.06.06)
- 「ぎゃほーーん!!」 -のだめカンタービレ in ヨーロッパ 前編-(2010.10.15)
- 「のだめカンタービレ 最終楽章 後編」評(2010.10.22)
- 「のだめカンタービレ」アニメ版(日本編)、丸一日で制覇!!(第3版)(2010.10.20)
- 通算2000番目の記事 : バリント著「治療論からみた退行(Basic Fault)」(2009.11.27)
「ウィニコット」カテゴリの記事
- 成熟の過程で人は何を失う危機に立たされるのか -「魔法少女まどか☆マギカ」についての臨床心理学的小考察- (第4版)(2011.10.18)
- 壺イメージ療法 -「容れもの」「置き場所」を想像してもらう技法- (1)(2007.06.01)
- 「疲れた」「つらい」筈なのにそう感じていな「かった」時の「独特の感覚」は本人にも「実感」できる(第5版)(2007.01.13)
- 通算2000番目の記事 : バリント著「治療論からみた退行(Basic Fault)」(2009.11.27)
- 安易に共感されると人は自分自身でいられなくなる 〜中島みゆき「エレーン」「異国」「空と君のあいだに」に寄せて〜(2005.04.13)
「メラニー・クライン」カテゴリの記事
- 私のスーパーバイズ ~実践編~(2005.09.19)
- 「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~(2005.09.19)
- 通算2000番目の記事 : バリント著「治療論からみた退行(Basic Fault)」(2009.11.27)
- 安易に共感されると人は自分自身でいられなくなる 〜中島みゆき「エレーン」「異国」「空と君のあいだに」に寄せて〜(2005.04.13)
- 面接中、クライエントさんは、カウンセラーに対して「感情移入的理解」を向け続けている!!(第3版)(2006.06.16)
「対象関係論」カテゴリの記事
- 壺イメージ療法 -「容れもの」「置き場所」を想像してもらう技法- (1)(2007.06.01)
- 「のだめカンタービレ」アニメ版(日本編)、丸一日で制覇!!(第3版)(2010.10.20)
- 少年は本当に神話になりつつあるのか? -ヱヴァンゲリヲン 新劇場版 破-(2010.10.21)
- スーパーバイザーとカウンセラーの関係は、カウンセラーとクライエントさんの関係の「写像」となる?(2006.08.26)
- 私のスーパーバイズ ~実践編~(2005.09.19)
「心理臨床」カテゴリの記事
- 初夢(2012.01.01)
- インタラクティブ・フォーカシング 技法の実際(2012.01.02)
- 「こころの天気」のご紹介(2012.01.04)
- フォーカシングへの誤解を解く(?) その2(2006.11.14)
- ドナ・ウィリアムズ著「自閉症だったわたしへ」を読み始めて。(2010.06.20)
「思い込み」カテゴリの記事
- 周囲の人は双極性障害2型の人の「気遣い」にどれだけ助けられているかに気がつかない・・・・内海健 著「うつ病新時代 -双極性II型障害という病-」 書評 (第2回)(2009.09.17)
- 夢フォーカシング 技法の実際(2012.01.02)
- 書評:ジャネット・クライン著「インタラクティヴ・フォーカシング・セラピー -カウンセラーの力量アップのために-」(2009.11.17)
- 単なる「ロールプレイ」より効果的なカウンセラー訓練(第4版)(2006.06.21)
- 田嶌誠一 著 「現実に介入しつつ心に関わる」(2009.12.16)
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 初夢(2012.01.01)
- デジタル機器・オーディオのための電源極性管理とノイズフィルター(2012.01.09)
- フォーカシングへの誤解を解く(?) その2(2006.11.14)
- ドナ・ウィリアムズ著「自閉症だったわたしへ」を読み始めて。(2010.06.20)
- 佐賀県教育センター教育相談集中講座講師として務めを果させていただいた一日をふり返って(2009.11.11)
「精神分析」カテゴリの記事
- 周囲の人は双極性障害2型の人の「気遣い」にどれだけ助けられているかに気がつかない・・・・内海健 著「うつ病新時代 -双極性II型障害という病-」 書評 (第2回)(2009.09.17)
- フォーカシングのグループ活動において、身体の感じを通して傾聴し、言葉にしていく関係性の場を、さりげなく生み出すということ(4)(2009.07.18)
- フォーカシングのグループ活動において、身体の感じを通して傾聴し、言葉にしていく関係性の場を、さりげなく生み出すということ(2)(2009.07.16)
- 壺イメージ療法 -「容れもの」「置き場所」を想像してもらう技法- (1)(2007.06.01)
- 壺イメージ療法とフォーカシング(第3版)(2009.06.11)
「臨床心理士」カテゴリの記事
- 「こころの天気」のご紹介(2012.01.04)
- フォーカシングへの誤解を解く(?) その2(2006.11.14)
- 佐賀県教育センター教育相談集中講座講師として務めを果させていただいた一日をふり返って(2009.11.11)
- フォーカシングのグループ活動において、身体の感じを通して傾聴し、言葉にしていく関係性の場を、さりげなく生み出すということ(2)(2009.07.16)
- フォーカシングのグループ活動において、身体の感じを通して傾聴し、言葉にしていく関係性の場を、さりげなく生み出すということ(1) 【第2版】(2009.07.15)
「自分史」カテゴリの記事
- 初夢(2012.01.01)
- フォーカシングへの誤解を解く(?) その2(2006.11.14)
- ドナ・ウィリアムズ著「自閉症だったわたしへ」を読み始めて。(2010.06.20)
- 抗うつ薬で眠くなるのは「副作用」? -そもそも「副作用」という概念をどうとらえるか-(2009.06.29)
- 劇場版「とある飛空士への追憶」を全く白紙の状態から観ての感想 (第2版 原作読了後の感想つき) (2011.12.12)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/70854/12159245
この記事へのトラックバック一覧です: 「幻想」vs.「幻滅」? 「錯覚」vs.「脱錯覚」? [前編]:
« "My Favorite Books"大幅な増補改訂しました。 | トップページ | 「幻想」vs.「幻滅」? 「錯覚」vs.「脱錯覚」? [後編] »




コメント