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2006/10/05

「幻想」vs.「幻滅」? 「錯覚」vs.「脱錯覚」? [前編]

 タイトルに示したのは、本人の死後、半世紀近くになりながらも、イギリスの精神分析の領域における「対象関係論」学派の中で、最も良識的、現場臨床的で,歴史的評価が定まり、もはや学派を超えて、臨床心理や精神療法を学ぶ専門家にとって,拠ってたつ学派を超越する、広汎な「共通理解」が得られる「諸概念」を山のように生み出し、現在も、臨床家にさまざまな「活きた」発想と刺激の源泉になり続け現ている、第2次大戦後の、ある意味で「最大の大家」と呼ぶべき、ウィニコットの業績の中でも、恐らく「最重要概念」である、

"illusion"

と、その反対語、

"disillusion"

を、どのように日本語に訳すかについての,未だに統一されているとはいえない訳語の、おおまかにいって2つの「説」(?)です。

(まるで関係代名詞の羅列を,「後ろから」直訳したような、とんでもない、長いセンテンスになってすみません。....私の思考法って、どこか「英文あるいはドイツ語文『直訳』調」だと常々思っています。ある意味ではドイツ語.英語圏的な「脳みそ」なのかもしれない。ジェンドリン自身がそうなのだから仕方ないか(^^;))

  「幻想」は"phantasy""fantasy"にこそふさわしい、ということにこだわられたのは、牛島定信先生だったか? いや,牛島先生は、"phantasy"と"fantasy"の違いに拘泥していたんだっけ??? ...と、漠然とした記憶だけでとりあえず書いておきます(あとで,この問題について論じた該当箇所を探し出して,間違っていたら修正します)。

 もともとは、メラニー・クラインの理論体系において、「内的対象」としての「母親」との係わりに終始した、いわゆる「独我論的自己完結」性と一般に批判されている問題について、ウィニコットが、

 「そんなら、クラインの「内的対象」理論を、現実の「外的対象」としての養育者との関係ときちんと対応させて理解してしまおうじゃないの」

.....とばかりに持ち出してきた概念で、厳密には、ここから「正統派クライン派」から分化し、フロイトの娘であるA.フロイトに起点を持つ「自我心理学」派との間の「独立学派」「中間学派」ともいわれる、狭義の「イギリス対象関係論」学派がスタートするのである(バリントは同時代人の「独立学派」のもうひとりの代表者で、ウィニコットに好意的立場でした)。

 (私はこのあたりを、今から24年も前に、当時ほんとうに東急東横線の「都立大学」駅の近くにあった都立大学の聴講生をしていた時に、早世せれた小川捷之(かつゆき)先生が黒板に書いた図とともに、確かその時はじめて学んだ記憶が鮮明にあります)

******

 すなわち、クラインのプレ・エティプス段階の発達理論の「分裂的=妄想的態勢」において、赤ん坊はまだ自他未分化なので、自分の中に「快」が生じると、それが即「投影同一視」され、「内的対象」としての>「良き母親」から「愛されている」という、天国的体験の世界となる。

 ところが、赤ん坊が「不快」になると、赤ん坊にはまだ「時間」の概念がないので、それまた即、「投影同一視」され、「内的対象」としての「悪しき母親」から「迫害されている」という、地獄的体験へと一変し、しかもこれらの体験は本人の中でも完璧にスプリットされて、「良き母親」と「悪い母親」が同一人物であることすら体験されない、と,クラインはいうわけです。

 それに対して,ウィニコットは、赤ん坊が不快になりつつあるタイミングに「現実の」母親がお乳を与えたら、それは「快」の投影同一視としての「内的対象としての「良き母親」がそこにいるという"illusion"が成立した、ということなのだ、と説明をつけたわけですね。

 (^^;A .....ああ、やっと話が本題に入れる)

 これを日常水準でとらえれば、自分の好きな人に「愛されている」「嫌われた」という「思い込み」の世界と対応させるのが,一番わかりやすいかも。

*****

 ちなみに、ウィニコットはしっかりわかってらっしゃって、

「ここでいう『母親』とは現実のその子の『母』であることとは無関係だし、人工栄養としての授乳にもあてはまる」

最初から注釈つけていたと思います。つまり、「お父さん」が「哺乳瓶で」ミルクを与えても、同じことな訳ですね。

*****


.......と、ここまで書いたところで、私の用事の時間になってしまったではないか!!

 当初は、「全文」ほんの数行で終わる筈だったのに!!

.......ということで、「後編」に続く。


*****


 なお、以上の文章は、あくまでも「フォーカシング指向心理療法」セラピストで「町のカウンセラー」であるに過ぎない人間が、記憶だけでとりあえず書いた文章だから、精神分析の先生が教員としておられる臨床心理系の学生の皆様、間違ってもこれをレポートに引き移して活用しないように!!

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