「経験した者にしかわからない」?(第4版)
私、この言葉、嫌いなんです(^^)
どうしても,この言葉を発する人を、押しつけがましくて、傲慢だと感じてしまう。
(様々な苦しい体験をなさったであろう皆様を読者とする可能性がある、こうした場で、このような「爆弾発言」をカウンセラーがしていいのかと言われるのを覚悟で、最後まで読んでいただければと思います)
まして、「あなた、まだ人生経験に乏しいから」と若いカウンセラーに口にする「ベテランカウンセラー」なんてサイアクだと思ってます。
だって、これを言われたら最後、「経験不足」の人間は、「経験していない」んだから、何の反論もできなくなってしまう。
******
大事なのは、「どんな(what)」経験を積んだかではない。
「その人が」、「その人なりに」その経験を「どのように(how)」克服していくか。
その人のその過程に、ひとりの「他者」として「どう」向き合い続けて行くのか、だと思います。
そもそも、「その人の」積んだ経験と、「私が」仮に類似の経験をしていたとしても、それを、それまでの人生経験の軌跡の中で、「どんなふうに」体験し、「消化」して来たかとなれば、皆異なる筈ですし。
そして,得てして、そういう経験を、「どのように解決したか」まで、杓子定規に、相手に押し付けようとすることになる。
その瞬間、もはやその人は、その相手を,自分の「子分」にしようとし始めている、あるいは、自分は「このようにして」救われたんだということを、その「子分」に自分を投影して、再確認、「正統化」(←誤字にあらず。わざとこうしてます)したくなる誘惑に屈しているのではないか?
******
このような「カルト化」の弊害からほんとうに自由なカウンセラー集団って、なかなかいないように感じています。
人は,確かに、自分と「同類」の人間を見つけたがる。それもおよそ人というものの背負った「弱さ」として「自然と」受容できる方がいいとは感じていますが。
******
ある意味では、誰でも、その人が悩みから少しだけでも救われたり、解決への突破口を開く過程で、必ずといっていいほど、以前にはなかったような「無理」を自分の中に抱え込んでいるものではないかと思います。
以前抱えていた「無理」を、単に別の種類の「無理」に置き換えて,「見かけ上」事態に適応し、とりあえずの危機を突破しただけなんです。そしてその「別の『無理』」が、その人自身に,必ず何らかの『副作用』を引き起こしています。
だから、自分の「解決のやり方」や「癒され方」を他人にそのまま押し付けたら、当然、その人にはその『副作用』の方が強く出る危険があります。
ましてや、自分は「主体的」にやった解決策を、「受け身に」やらされるとなったら、もう、『副作用』ビンビンかも知れません。
*******
私が、
「『自分の想像通りに』クライエントさんが回復の途上にあると感じるうちは、プロのカウンセラーではない」
「クライエントさん自身も、カウンセラーも、驚くような意外な方向に事態が終息していく場合だけが、いい形でカウンセリングが進んで行くということだ」
「カウンセラーが、クライエントさんのことを『みくびっていたな』と思わず恥じ入る瞬間のないカウンセリングは嘘くさい」
という意味のことを、"7.11 Asega Doctrine"以来繰り返しているのは、今述べて来たような思いがあるからです。
****

ちなみに、こうした思いを私に抱かせるきっかけは、ユングの「心理療法論」に収められた「心理療法と世界観」という論文にある、
「患者と治療者の真に治療的な関係は『弁証法的』過程である。さもなければ単なる『暗示療法』であるに留まる」
という言葉が、ずっと私の脳裏にあったからです。
言い換えるならば、クライエントさんとカウンセラーそれぞれの「個性化」の過程が、相互作用的でありつつも、それぞれの中で、別個に( ! )推進した場合のみ、ホンモノである。
ほんとうの、ユング派のエッセンスとはここにある、と、今でも思っています。
以下、私の大好きな部分を引用(林道義 訳 p.68 改行、下線はこういちろうによる。):
世界観は療法家の人生を導き、彼の治療の精神をかたちづくる。それは最も厳密な客観性を持っているとはいえ、何よりも主観的なものであるため、恐らく何度となく、患者の真実に触れて砕かれ、そしてその真実によって新たに再建される。
すなわち、信念は容易に自信に変わり、そこから悪くすると硬直に変わる。硬直化したのでは生きているとは言えない。信念が強いということは、それが柔軟で修正がきくということであり、あらゆる高度な真理と同様に、信念が皆に認められるのは自らの誤りを認めることによってである。
*****
私の処女論文、
「フォーカシングにおけるセラピストとクライエントの弁証法的相互作用について:技法論を越えた視点から」 人間性心理学研究 第9号 1991
15年も前の、ものすごい「若書き」で、今読むと、とても論文の体をなしていると言えないにもかかわらず、
結局、
「処女作にその人の創作活動のすべてが内包されている」
は真実かな? と感じています。
これは「自慢」だけではありませんよ(^^)
「未だに」、
そのことを最大のテーマとして、
日々の臨床と,
自分自身の個人としての人生に
「臨(のぞ)み続けている」存在でしかない
私自身に、
「しょーがねー奴ゥ!!」
と、
「苦笑して」いるのです(^^;A
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第1版の、ちょっと誤解を与えかねない側面を、第3版までかけて増補して多少なりとも誤解されにくい表現に改めました。
私自身が、ホントは「経験した者にしかわからない」といいたいような経験を私なりに持っているつもりですので、そういう私が「敢えて」このことを言い放つ心境を汲んでいただければと思います。
ちなみに、途中に出て来る、
「その人なりの問題の解決とは、ある『無理』を,別の『無理』でとりあえず置き換えたものに過ぎないことが多い」
「どんな解決の仕方でも、必ず『副作用』を伴うものであり、そのやり方を他人に押し付けると、その『副作用』の方だけが強く出る場合がある」
「ましてやそれを他人に『受け身に』取得させようとした場合、そうなる危険は高い」
という部分こそ、今回やっとはじめて書けた内容かなと思います。
私のような立場にある人間が背負い続けるジレンマを率直に書かせていただきました。
恐らく、「誰も」、「私のような」ひとりフォーカシングはできないんですよね。もう、日本のフォーカシングの「第2世代」の「突然変異種」でしかなく、今や「第4世代」が生まれつつある中では。
その意味では「天然記念物」としての人生でしょう。
でも、「その人なりの」ひとりフォーカシングの世界は、その人なりに、開けるかもしれない。
その際に、私が言ったり書いたりすることよりも、「その人自身の」フェルトセンスに正直に、と言い添えることしかできません。
投稿: こういちろう | 2006/08/30 21:55