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2006年8月

2006/08/31

心理療法的な諸概念は、現場臨床家のフェルトセンスにぴったりの「象徴化」であり、しかも、現場臨床家の多くにとって「間主観的同意」が形成されるものであるに過ぎない。(第2版)

あるいは、そうなるのが「望ましい」。

 ......これって、私にとっては当たり前の「定理」なんですけど、ここでは書いたことがありませんでしたよね。

 要するに、治療者の体験過程の推進と、シフトを引き起こし、それを他の治療者とも共有できる度合いが高い(サリヴァンのいう、「共人間的有効妥当性確認(consensual vaildiation)」が高い)ものが、有意義な「心理臨床的」概念である。

サリヴァンの言う今述べた概念、consensual vaildiationを、「共人間的有効妥当性確認」と訳した、中井久夫先生の、ほとんど「超訳」には感服するしかありません。

 ただ"consensual"という言葉には、sense(意味/感覚)を"con-"=共有するという意味が含まれるわけです、これ、よりわかりやすい言葉で言えば、

「意味が-お互いに-『通じる』」

ということになります。

*****

 ただ、この、要するに「言葉が-通じる」とは、どういうことか

 これは、方程式を解く過程のようにして、例えば、

X="dog"
Y="犬"

とたてて、XとYが等号(=)で結ばれることを「論理的に」証明できるものではない。
そこにいる「犬」を指差して(direct reference!!)、

「That is イヌ」
"Oh,That is a"dog!!"

ゆえに

「イヌ」="dog"

........なんてものではない。

 それこそ、その「犬」を「タロウ」と名付けている人が、

「That is タロウ」

と言った瞬間、その外国人が、

「イヌとは、日本語で『タロウ』というのだ」

と「思い込む」可能性はある。

 バイリンガルの人は、こんなふうにして頭の中で方程式を「高速CPUで」演算して、いちいち解いているわけではないですよね。

 上記のような「直示的定義」にすら依存せず、しかも、もっと、「感覚的な(sensual)」相互了解の成立に依存している。

*****

 ましてや、心理臨床家が使う言葉には、「実体(entity)」としての「イヌ」すら直接指し示せないのに、人(ましてや第3者)の-心の-中に、まるで「もの」であるかのように、

「劣等感」
「罪悪感」
「自己愛的」

 なものが「ある」みたいに、言葉でお互い、「伝えたつもり」「わかったつもり」になれるんだから、凄いものです(^ ^)。

 例えば、「劣等感」なるものが、「健全な自尊感情」なるものに「変化」したとは、いったい何を「指して」述べているのか?

Genbakaranochiryouron_1_1 神田橋條治先生は、以前もご紹介した、"「現場からの治療論」という物語"の中で、こうした「心的なコトバ」そのものを(神田橋先生が言う意味での)「ファントム」(幻影)に過ぎない、とまで言い放ちました。

 覚醒された意識状態とその内容はまだ、からだの領域ですが、そこへ命名機能すなわち概念言語プラス文字としてのこころが参入してくると」、症状という世界が生じます。ファントムであるこころが参入することで、感覚域は命名され、意味づけられて物語の世界となります。

「こころは病まない」

「こころには[身体とは異なり]自然治癒力はない」。生体恒常性がないので制御不能です。

(上掲書 p.33,34より 下線、[ ]内はこういちろうによる)

 これは、ジェンドリンが、体験過程理論において、「内容モデル("content paradigm"」として、旧来の心理臨床概念をまるごと批判するあたりを、神田橋先生なりに少しかみくだいて,少なくとも「ある観点からは」説明して下さったことになります。

 これこそまさに、ウィトゲンシュタインが「前期」論理実証主義で夢見ながら挫折した問題に通じるポイントなわけですが。

****

 そして、

「語り得ぬものには、沈黙するしかない」

ではなくて、

「語り得ぬものは 沈黙してその『感覚』それ自体と『共にいる』ことがまずはできればいい」

としたのが、ジェンドリンともいえます。

****

いずれにしても、"consensual vaildiation"って

「お互いに気持ちや意図が通じているという感覚的共有」

というあたりに、もっと「ひらがなで」中井先生、お訳しになって欲しかった!!

***

デートでずっとみつめあう二人。

「......そうなんだね」

「......そうなの」

といって,お互い微笑む。

 そこまで端から十数分観察していても、「何」が「そう」なのか、全然会話に出て来てないではないか!!

 でも、「この」一体感こそ、人が永遠に続くことを信じたい関係でしょうね、恐らく。

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2006/08/30

「経験した者にしかわからない」?(第4版)

 私、この言葉、嫌いなんです(^^)

 どうしても,この言葉を発する人を、押しつけがましくて、傲慢だと感じてしまう。

 (様々な苦しい体験をなさったであろう皆様を読者とする可能性がある、こうした場で、このような「爆弾発言」をカウンセラーがしていいのかと言われるのを覚悟で、最後まで読んでいただければと思います)

 まして、「あなた、まだ人生経験に乏しいから」と若いカウンセラーに口にする「ベテランカウンセラー」なんてサイアクだと思ってます。

 だって、これを言われたら最後、「経験不足」の人間は、「経験していない」んだから、何の反論もできなくなってしまう。

******

 大事なのは、「どんな(what)」経験を積んだかではない。

 「その人が」、「その人なりに」その経験を「どのように(how)」克服していくか。

 その人のその過程に、ひとりの「他者」として「どう」向き合い続けて行くのか、だと思います。

 そもそも、「その人の」積んだ経験と、「私が」仮に類似の経験をしていたとしても、それを、それまでの人生経験の軌跡の中で、「どんなふうに」体験し、「消化」して来たかとなれば、皆異なる筈ですし。

 そして,得てして、そういう経験を、「どのように解決したか」まで、杓子定規に、相手に押し付けようとすることになる。

 その瞬間、もはやその人は、その相手を,自分の「子分」にしようとし始めている、あるいは、自分は「このようにして」救われたんだということを、その「子分」に自分を投影して、再確認、「正統化」(←誤字にあらず。わざとこうしてます)したくなる誘惑に屈しているのではないか?
 
******

 このような「カルト化」の弊害からほんとうに自由なカウンセラー集団って、なかなかいないように感じています。

 人は,確かに、自分と「同類」の人間を見つけたがる。それもおよそ人というものの背負った「弱さ」として「自然と」受容できる方がいいとは感じていますが。

******

 ある意味では、誰でも、その人が悩みから少しだけでも救われたり、解決への突破口を開く過程で、必ずといっていいほど、以前にはなかったような「無理」を自分の中に抱え込んでいるものではないかと思います。

 以前抱えていた「無理」を、単に別の種類の「無理」に置き換えて,「見かけ上」事態に適応し、とりあえずの危機を突破しただけなんです。そしてその「別の『無理』」が、その人自身に,必ず何らかの『副作用』を引き起こしています。

 だから、自分の「解決のやり方」や「癒され方」を他人にそのまま押し付けたら、当然、その人にはその『副作用』の方が強く出る危険があります。

 ましてや、自分は「主体的」にやった解決策を、「受け身に」やらされるとなったら、もう、『副作用』ビンビンかも知れません。
 
*******

 私が、

「『自分の想像通りに』クライエントさんが回復の途上にあると感じるうちは、プロのカウンセラーではない」

「クライエントさん自身も、カウンセラーも、驚くような意外な方向に事態が終息していく場合だけが、いい形でカウンセリングが進んで行くということだ」

「カウンセラーが、クライエントさんのことを『みくびっていたな』と思わず恥じ入る瞬間のないカウンセリングは嘘くさい」

という意味のことを、"7.11 Asega Doctrine"以来繰り返しているのは、今述べて来たような思いがあるからです。

****

Jungpsychotherapy
 ちなみに、こうした思いを私に抱かせるきっかけは、ユングの「心理療法論」に収められた「心理療法と世界観」という論文にある、

 「患者と治療者の真に治療的な関係は『弁証法的』過程である。さもなければ単なる『暗示療法』であるに留まる」

という言葉が、ずっと私の脳裏にあったからです。

 言い換えるならば、クライエントさんとカウンセラーそれぞれの「個性化」の過程が、相互作用的でありつつも、それぞれの中で、別個に( ! )推進した場合のみ、ホンモノである。

 ほんとうの、ユング派のエッセンスとはここにある、と、今でも思っています。

以下、私の大好きな部分を引用(林道義 訳 p.68 改行、下線はこういちろうによる。):


 世界観は療法家の人生を導き、彼の治療の精神をかたちづくる。それは最も厳密な客観性を持っているとはいえ、何よりも主観的なものであるため、恐らく何度となく、患者の真実に触れて砕かれ、そしてその真実によって新たに再建される。

 すなわち、信念は容易に自信に変わり、そこから悪くすると硬直に変わる。硬直化したのでは生きているとは言えない。信念が強いということは、それが柔軟で修正がきくということであり、あらゆる高度な真理と同様に、信念が皆に認められるのは自らの誤りを認めることによってである。

*****

 私の処女論文、

「フォーカシングにおけるセラピストとクライエントの弁証法的相互作用について:技法論を越えた視点から」 人間性心理学研究  第9号  1991


 15年も前の、ものすごい「若書き」で、今読むと、とても論文の体をなしていると言えないにもかかわらず、

結局、

「処女作にその人の創作活動のすべてが内包されている」

は真実かな? と感じています。


 これは「自慢」だけではありませんよ(^^)

 「未だに」、
 そのことを最大のテーマとして、
 日々の臨床と,
 自分自身の個人としての人生に
 「臨(のぞ)み続けている」存在でしかない
 私自身に、

 「しょーがねー奴ゥ!!」

 と、
 
 「苦笑して」いる
のです(^^;A


 

2006/08/27

クライエントさんに逆転移を起こすまい、起こすまいとだけしたら......

クライエントさんは、カウンセラーであるあなたに「突き放された」「かわされた」「見捨てられた」としか体験しないでしょう。

 クライエントさんとの関係の中で、カウンセラーは,自分が、そこそこ(good enough)に、「揺らされるがままに任せる」ことが自然とできるようになる必要があります。

 ただ、その揺らされ方が、いわばカウンセラーも,クライエントさんととなり合って、ブランコに乗っているようなイメージの「揺らされ方」になれるといいのかなと思います。ある意味では、クライエントさんの揺らし方に「おのずから、控えめに」共振し、協調する、くらいに。

ただ,全く同じ揺れ方にまで,カウンセラーが必死について行き「あわせられたら」,クライエントさんは相当気疲れするし、逆に追い込まれてしまうと思います。子供の頃の友達との「こぎぐっちょ(と私の出身地、福岡の久留米ではそう呼んでいた)」のことを思い出して下さい。

 いわばブランコの「支点」になるマスト(台脚)を通して,同じ「大地に支えられている」けど、それゆえに「大地からは自由」でもある感覚といいますか。

 結局,「逆転移してる」という知的な自己理解だけでは不十分どころか,マイナスなんですね。そこそこ(good enough)に揺らされることを"playing" できるくらいじゃないと。

.......などというと、ウィニコットの"playing""環境としての母親"、バリントのいってる"あたかも地水火風のごとく”、更にビオンのいう"container"ということについての「現場臨床的」エッセンスの「ある側面」を手っ取り早くお伝えしたことになるのかもしれない。

 これ、あくまで私なりの理解です。

 ちなみに、こうした感受性の訓練としては、ホールボディ・フォーカシングケビンの「ホールボディ・フォーカシング」が最高かもしれない(ホールボディ・フォーカシングのリスナー体験も含めて)。

先週の人気記事ベスト20!!(8/20-8/26)

 恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使っての「先週の人気記事ベスト20」7回めです!!

 固定リンクでのアクセス率の順位のみから集計しています。
 7×24時間、つまり26日(土)24:00の一発集計です。

 それでは発表!!

 この一週間の総アクセス数、延べ2,338!!(前回2,591)(一日平均334.0アクセス!! 前回370.1)

 今回は、実はいくつか準備していた、短い「隠し球」記事をギリギリで一気に投入して、いかにも「中心気質」的力業で、先々週の「奇跡の802アクセス」の日効果にどこまで肉薄できるか、という、スリリングな挑戦の週でした。

 結果的に、この一週間、「すべての日で」300アクセス以上、という新記録は達成しました。

私の「心身の強靱さ」にあきれ果てる方もあるかも。でも、私の文章を「解析」して、「反応数」の増加にもかかわらず「形態水準」落ちてないし、Σ(CF+ C- + c) : Mをはじき出しても「いい数値」のままでしょ? そーじゃないんです!!....と、一般の人にはわけのわからんことを)

 さすがに今週は、「数値に拘泥せず」、予約なしの日には、少し休みを取って、音楽に浸ったり、映画とかも観る、完全休暇の日を、お盆休みの代わりに、意識的に取ります。どうかお許しを。
 
 ちなみに、訪問者数は、この一週間の間に1260名様と、前回2051名様よりかなり落ちましたけど、これはリピーターの方が増えたということで、誠にありがとうございます。 m(_ _)m。

 実際、このサイトに入られてからの「サイト内移動」は前回452(37.4%)に対して今回535(37.3%)、トップページへの外部からのアクセス、前回402(33.3%)に対して今回425(29.6%)と、更に「当ブログにおいで頂いてからの移動率」実質上昇中です。


 それではランキングの方の発表!!


*********

1.若き日にこういちろうが受けた認知療法 NEW!

2.またもや中井久夫先生の文章より NEW!

3. 人は「自己開示」しなくても「自己開示」している!! ~浜崎あゆみの"Daybreak"に寄せて~(↓)

4.浜崎あゆみとこういちろうと中井久夫先生の共通項 NEW!

5.ayuの見果てぬ夢か?  ~浜崎あゆみ/"BLUE BIRD""Beautiful Fighters"によせて~(↓)

6. 先週の人気記事ベスト20!!(8/13-8/19)

7.「死にたい」と言ってもらえること(↓)6週連続

8. 河合隼雄先生に、お見舞い申し上げます。(↑↑)

9.奇跡の一日802アクセスによせて、みゆきの「世情」を贈ります。 NEW!

10."Ladies Night"vs."ガールフレンズ” NEW!

11.「「こういちろうの心理学ノート」8年ぶりに復刻!!(↓)

12.conscience=意識=良心!! NEW!

13.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている COME BACK!!
(↑※自戒を込めて。実は、食生活には注意しながら、凄い睡眠時間、安眠で取ってますのでご心配なく!!)

14.「CDプレーヤー」カテゴリーへの直接リンク COME BACK!!

15.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(↑)4週連続

16.私のピュアオーディオシステム(そこに更にiPodをどう繋ぐか) (→)

17.カウンセラーのネット活動についての大いなる誤解に挑戦する!! (↑)5週連続

18.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~(↓))5週連続

19.日本のポータブルCDプレーヤー業界は致命的な戦略ミスをしたのではなかろうか?(↓)3週連続

20.オーディオにおける接点復活剤について(↓)

**********

 最近では新規記事が一番多かった週の割には、ベスト20の入れ替わりが少ないですね(週末に一気に新記事投入で「追い込んだ」せいもあるでしょう)、その一方、長期ランクインの記事が鮮明になってきたのを感じています。

 なお「死にたいと言ってもらえること」に関しては、「その直後に」私が「別記事で」どういう発言をしているかの「時系列的流れを追って」いただけると幸いです(^^)(リンクまで張るとバンドワゴン効果強くなりすぎると思うので)

*******

 ちなみに、これを書いている「今、この瞬間」(8/27 AM 0:56 ちゃんと早寝をするために早めに作り始めてま~す(^^)とっくに、この連載記事用データベースは「テンプレート化」してるし)までの当ブログ文章記事の延べ総アクセス数)は、88204、フォトアルバムを含めると104149です。

 何となく、今の姿が、私がこのブログを始めて以来目指してきたブログのあり方かなと思います。ブログ始めた時点では独立開業の予定もなかったから(^^)、あくまで「音楽中心サイト」をめざしていて、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」というタイトルの「カウンセラーの」の部分開業してから付け加えたので。

 私の中の"endless sorrow"の取りあえずの収束のし方が、やっと私の中で鮮明になってきた気がしています。そのためには、読者の皆様をリスナーとして、「ここまで書くしかなかった」とご理解いただければ幸いです。

 今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくご贔屓(ひいき)に、お願い申し上げます。

2006/08/26

"世界で一つだけの花" vs. "永久欠番"

SMAP/世界で一つだけの花 SMAP/世界で一つだけの花槇原敬之 - LIVE ALBUM cELEBRATION2005~Heart Beat~(槇原敬之ライブバージョンだけあります)

歌でしか言えない中島みゆき/永久欠番(アルバム「歌でしか言えない」収録)中島みゆき - 歌でしか言えない - 永久欠番

 この対決は、ちょっとシビアかな。

  「世界で一つだけの花」は、恐らく日本の歌謡史に永遠に残る愛唱歌でしょう。この歌がメンバーの不祥事のためにレコード大賞ノミネート辞退となったのは不幸な巡り合わせですが。

 おかげで、ayuの
浜崎あゆみ - No Way to Say - EP"No Way to Say"
での3年連続受賞が早くから確定にもなってしまった。

 でも「ナンバーワンよりオンリーワン」と歌う歌である限り、「無冠の名曲」であり続ける方がこの歌にふさわしいかも。

 私も、カラオケでみんなで盛り上がって歌おうとかなれば、喜んでこの歌、歌います。

 でも.....

 みゆきの「永久欠番」の方に「リアルな癒し」を深く感じる世代になってしまいました。

 でも、どちらの歌も好き、といえる「心の余裕」を持ちたいものですね。

 槙原さんも、■送料無料■V.A.(中島みゆきのカヴァー曲) CD■【元気ですか】■6/14発売みゆきの別の曲で、カバーアルバムに参加してるくらいだし。

スーパーバイザーとカウンセラーの関係は、カウンセラーとクライエントさんの関係の「写像」となる?

 ケーススーパーバイスを受けているカウンセラーであるあなたが、ケーススーパーバイザーである先輩カウンセラーに「気にいられたい」と思い、「本当はスーパーバイザーの言うことに違和感や反感を感じている」のに、それを押し殺しているのだとすれば、

1.あなたのクライエントさんは、カウンセラーであるあなたに「気にいられたい」という呪縛を抜けられず、「本当はカウンセラーであるあなたの言うことに違和感や反感を感じている」のに、それを押し殺している可能性が高いと思います。

 あるいは、

2.カウンセラーであるあなたは、クライエントさんに「気にいられたい」という呪縛を抜けられず、「本当はクライエントさんの言うことに違和感や反感を感じている」のに、それを押し殺している可能性が高いと思います。

*****

 スーパーバイザーの先生に、

「先生の言ったとおりにクライエントさんに接したら、事態は余計悪化してしまいました」

と不平を述べた時の、スーパーバイザーの先生の反応に注意して下さい。

A:「それはあなたの言い方が悪かったんだ」

とかいうふうにして、更にカウンセラーであるあなたのやり方を責めてくるか。

それとも、

B:「そうか。きっと、私たち二人は、クライエントさんの言ったことについて、まだまだ検討不足だったのだろう。こういう時、私たち二人が二人ともまだ『見落として』いることがあることが多いと思う。
 あなたがまだここで語ってくれていない事柄の中に、重要な鍵があるのかもしれない。
 これはあなたを責めているのではないよ。私(スーパーバイザー)がある仮説や感想を述べたものだから、その後、あなたが自然と口にしたかもしれないことを私が結果的に話せなくしたのかもしれないからね」

というのに近い反応をしてくれるか。

 後者のタイプのスーパーバイザーに、若きカウンセラーの皆様が巡り会えることを。

 以上、自戒を込めて。

******

この記事もご参照下さい。

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2006/08/25

"Ladies Night" vs. 「ナイトキャップ・スペシャル」

 .......そんでもって、

■送料無料■浜崎あゆみ CD【(miss)understood】 06/1/1浜崎あゆみ/Ladies Night(フルアルバム"(miss)understood"および■送料120円 Cタイプ■浜崎あゆみ■CD+DVD【BLUE BIRD】■'06/6/21発売マキシアルバム"BLUE BIRD"に、「ほんのちょっと別歌詞バージョン」収録)
浜崎あゆみ - BLUE BIRD - EP - Ladies Night ~another night~

と、

【CD】中島みゆき / 恋文 <2003/11/19>ナイトキャップ・スペシャル(中島みゆき/アルバム「恋文」収録)中島みゆき - 恋文 - ナイトキャップ・スペシャル

を比較すると,今度はどうでしょう?

みゆきお姉の、この貫禄と余裕!!

一人でいられたら,一緒にいられる。

 今、msn系で出ている、この記事、すごくいい記事というか、とてもここまで無駄なく的確には、私、書けないだろうな。

 ウィニコットの「ひとりでいられる能力(ability to be alone)」って、ある意味では、このことなんですよね。

 そういう人同士だと、いい関係になれる。

「下手くそ」な私がいうのも、何ですが。

*****

 推薦BGMは、みゆきの


中島みゆき - 恋文 - 恋とはかぎらない「恋とは限らない」

【CD】中島みゆき / 恋文 <2003/11/19>(アルバム「恋文」収録)

しかないっす!!

 「こんな」曲を,最近のみゆきは、さらっと書けちゃうってこと、意外と知られてないかも。

2006/08/24

"Ladies Night"vs."ガールフレンズ”(第2版)

■送料無料■浜崎あゆみ CD【(miss)understood】 06/1/1浜崎あゆみ/Ladies Night(フルアルバム"(miss)understood"および■送料120円 Cタイプ■浜崎あゆみ■CD+DVD【BLUE BIRD】■'06/6/21発売マキシアルバム"BLUE BIRD"に、「イントロが短くて、ほんのちょっと別歌詞バージョン」収録)
浜崎あゆみ - BLUE BIRD - EP - Ladies Night ~another night~

(歌詞の違いの問題については、Thanks to 王子のきつねさん!!

VOYAGER松任谷由実/ガールフレンズ ("VOYAGER" 収録)

どちらも、恋愛で傷ついている親友の女の子のために女友達同士で街にくり出す歌なんだけど、この最近のayuの歌を聴いただけで、連鎖反応的にユーミンのこの曲を思い出す世代というのは,かなり限られているのではないかと思います。リリースが20年弱違うから(^^)

 ayuはユーミンの「卒業写真」を浜崎あゆみ/A BALLADS "A BALLADS"でカバーしているくらいだから、ユーミンのこの曲を実際に知っていて,コンセプトのヒントにしていても何もおかしくないでしょう。もとよりこれは私の勝手な推測です。

 ユーミンの"VOYAGER"というアルバムタイトルが、即、ayuの超有名曲、
  浜崎あゆみ - Rainbow - Voyage"Voyage"
を連想させるあたりも、おもしろいでしょ( ^^)

*****

 敢えて違いを言えば、ユーミンの曲は、「すでに振られてしまった」主人公の「私」のために、女友達たちが久しぶりに集まって、一緒にくりだしてくれる歌。

 ayuの曲の方は、すでに破局が決定的だけど、まだ相手の男性との悶着が後を引いて、状況に巻き込まれて、放っておくと彼女が更に「逆切れ」して、いよいよ泥沼化して深手を負いそうな「友達」の方に、主人公のayuが、見るに見かねて、「危機介入」のために(爆)駆けつけるという歌だから、立場は逆なんですよね。

「悲しかったのは けなげだったあの自分のせい」(ユーミン)

「一見彼との戦いで、ほんとうは自分との戦い」(ayu)

というあたりも、響きあうものがありますけど、ayuの方がシビアですね。

 それこそ、「投影同一視」せず、自分の内面をしっかり見つめなさい!! って感じで。

 そして、■浜崎あゆみ CD+DVD【MY STORY】送料無料(12/15発売)"My Story"収録の
浜崎あゆみ - MY STORY - My Name's Women"My name' s  Women"
(この曲、「ある週刊誌報道」にayuがブチ切れて作ったと私は想像してますが)に通じる、

「女たちをなめたらあかんぜよ! 男ども!」

という「凄み」がありますよね。

****

 ちなみに、ユーミンの"Voyager"は、アルバムとしてみての完成度としては出色の物の一つと思いますので、昔のJ-POPのいいアルバム探しておられる若い方で、「みゆき系」は苦手という方には、おすすめの一枚。「時をかける少女」のセルフカバーも入っています。

****

追記:

 もっと本格的で総合的な"My Story"論まで書くつもりでしたけど、昨晩、今日が定休日なのをいいことに、むっちゃむっちゃ飛ばしまくったもんだから、我がフェルトセンスから「徐行運転」の指令が出ました。

 そこで、ロー・ギアでも気軽に書ける「小品」にいたしました( ^ ^ )

 でも、今度はさほど間を置かずに、本格的"My Story"論、出せる予感。

 なお「"vs."シリーズ」は「連載化」の予定です。

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浜崎あゆみとこういちろうと中井久夫先生の共通項(第5版)

 浜崎あゆみが、浜崎あゆみ/ayumi hamasaki concert tour 2000 A浜崎あゆみ/ayumi hamasaki concert tour 2000 A2000年のはじめてのコンサートツアーの最終日の舞台挨拶で、

「浜崎あゆみはほんとうに存在するのか?」

(....を、このコンサートツアーで確認したかった)

と口走ったのは、古くからのファンの間ではおなじみの事実です。

上記のDVDにもしっかり記録されてますね。

つまり、目の前に,万単位の、自分を応援してくれるファンが「実際にいる」のを目の前にしないと、

雑誌やテレビに出ている「浜崎あゆみ」って「私」?

という気持ちにならなかったそうなのです。

*****

これ、ayuの全く素朴な実感だったろうと、私は素直に共感します。

今でも私は、「現代のエスプリ」の2つの号で、顔写真までついて掲載されている、

「日本の代表的なフォーカシング実践家」

(確か池見陽先生がそのようにご自身の論文で紹介して下さったのだけれども)

とされる「阿世賀浩一郎」って、ほんとに私? って、信じられないと思うことがありますから(^^;;;;;;)

ちなみに、もうすぐ、元巨人・ヤクルトの、かのセーブ王、角盈男さんと、阿世賀浩一郎なる人物が握手しているツーショット「国際グラフ」という雑誌に掲載されるらしいけど、

ホンマかいな? これは合成写真ではないか? 

確かに角さんの「ものすごいそっくりさん」で、どうみてもご本人としか思えない人とお会いして話をさせていただいた記憶はある。しかしそれはひょっとしたら、誰かにいつの間にか催眠術をかけられて「捏造された」記憶ではないのか?

と、目の前にある生写真をみながら懐疑にふけるこういちろうなのである。

(ここではお載せできませんが,学会で実際にお会いした方には誌面と生写真をお見せいたします

何か、自分の人生がどんどんトム・ハンクス/フォレスト・ガンプ 一期一会「フォレスト・ガンプ」じみてきて、怖いっていう心境、皆さんおわかりでしょうか?

(え? 自分でそれを「更に加速」しているだろが、って? 
 ......だって、そうしないと、怖いんだもの

*****

 .........ちなみに、もう一人、「お仲間」がいます(^^;)

 1977年、秋,私は、名古屋市の助成を得て、三週間、学会出張を兼ねて、山中康弘氏らとともに、ドイツ、スイス、オランダ、ベルギー、フランス、イギリス、スコットランドをめぐり、多少の調べ物をし、何人かの学者と討論した。私にとって、現実の西洋ははじめてであった。私は、「西欧は実在していたのだ」と口走って、それは一部のサークルで伝えられている

Seiouseishinigakuhaikeishi中井久夫 「西欧精神医学背景史」 1999年の追記 pp.232)

 実は,中井先生が、「西欧精神医学背景史」の初稿を、現実にヨーロッパ、いや、アメリカにすら、「一度も」渡ったことがないうちに、今の私より若い43歳までに書いていた.....といったら、皆さん、どう思われますか?
 中井先生は、書物を通してしか欧米を知らないうちにあの論文を基本的に書き上げていたのです。かの有名な、ギリシャ語すら含む数カ国語の、しかも卓越した語学の才能は、何と、中学生の頃からの独学の所産です。このことは上記の本の「1999年の追記」にはっきり書かれています。

 でも、さすがに実際にヨーロッパに行かないままなのはどんなものかなあ、という思いで、「実在する」ヨーロッパに行って、ファン・デン・ベルフをはじめとする各国の著名な精神科医の「ほんもの」とはじめてディスカッションした。ところがそれらの多くは期待に反して意見のすれ違いで終わり、アイデンティティの危機に陥ったそうです。

 中井先生はそれでも自説を曲げなかった!! 中井先生のフェルトセンスがNOという限りはNOだったんですね。
 
 精神分析とかの新たな潮流が「輸入・紹介」される際に、こんなまでも「自分の本心に忠実」にしか納得せず、ただ権威としてあおいだまま「わかったふり」して「紹介」しているのではない。しかもその際に「日本的に『鈍らせ、薄味にする』ことすら拒絶する,圧倒的な学問的良心性を貫くことが,果たしてなされているでしょうか?

 土井健郎先生の「甘え」理論には、それがあると思いますが。だから、日本からバリント経由で「輸出」された,数少ない精神分析理論になり得たのです。

 この辺、実際に浜崎あゆみのコンサートに通うようになり、他者からの影響や、ayu自身の、「ひょっとしたらその場の思いつきかもしれない」記録に残る発言(この問題については、
浜崎あゆみ - MY STORY - Humming 7/4"Humming 7/4"

浜崎あゆみ - (miss)understood - In the Corner"In The Corner"
を是非お聴き下さい)すら時には無視して、ひたすらayuの曲やプロモビデオと「対話」する中で自分なりのayu観を確立してくる中で、やっと「浜崎あゆみはこの世に実在する」という、ある生々しい実感を獲得できた(これすら「私にとっての」ayuに過ぎないのは承知の上です)過程と何か似ている気がします。

 そして、中井先生の、ヨーロッパの巨匠精神療法家に実際に会って揺るがされても保ち続けた、自己の信念と良心を貫く姿勢に、私は、一介の院生になる段階ですでに確信してしまった、「日本のフォーカシングはまだ『驚くほど』的確に理解されていない」という信念、そして、その後、「他流派の人と全く対等に渡りあえる現場臨床との統合は、ジェンドリン自身が「フォーカシング指向心理療法」で書いたより「更に高度な次元で」実現可能である、という信念のままに、その結果、フォーカシングがシームレスに幅広い日常カウンセリングの「隠し味」になり、

「一見、カウンセラーとしての「専門性」すら希薄に見え、普通の相談相手をしているだけかにすらみえる、『ただの』街のカウンセラー」

になれつつある、という私の信念に通じるものがあると思うのです。

*****

 浜崎あゆみも、恐らく本音のところでは、自分がレコード大賞を3回連続受賞したなんて、「冗談みたいな事態」と感じているのではないかしら? だから、「これだけでは、何かが違う!!」という自分の中の漠然とした予感に導かれるまま、決してうぬぼれることなく、「更に先をめざす」姿勢を保つという、ほとんど人間業ではないことを続けているのだと思います。

******

 私が言いたいのは、浜崎あゆみさんも角盈男さんも中井久夫さんも阿世賀浩一郎さんも、ただの生身の人間なんです。だから「ただの生身の人間」扱いされなくなることの苦悩、でも実際に、「普通の人」の世界には戻れない苦悩と、ある意味で孤独に戦って生きているだろうということです。

 何回でも言いますが、私は、「フォーカシング」という本のただの一読者だったはずなのです。立派なフォーカシングの指導者に出会い、私自身を癒していただけたならば、私は別の人生を歩めたかもしれない。

 その意味で、日本のフォーカシングの諸先達の先生方の、私への「無力さ」を「お恨み申し上げております」。

*****

推薦BGMは、浜崎あゆみの
浜崎あゆみ - (miss)understood - (miss)understood"(miss)understood"
です、やっぱり。

これこそ、「『信』なき理解」への、強烈そのもののプロテスト・ソングです。

 この曲を、カウンセラーの皆様、「カウンセラーにあてたメッセージ」として聴いてみることに挑戦してみるのもいいかも。

******

........もうこれで、「タイトルだけで全文」という,この不思議な記事の「封印を解いた」ことになります。

それこそ、

「難しい話は、いらない」

浜崎あゆみ - BLUE BIRD - EP ("BLUE BIRD")

SONY Hi-MD規格の悲劇

今、ayuのパナソニックのデジタルオーディオプレーヤーの新製品宣伝キャンペーンの記事、ちょうどmsnでやってくれてます。

 私、今、お金ないし、iPod命で、「現在の」非iPod系の実力知らないままです、すみません。

 ひとつだけ実は"非iPod系"持ってますけど、この機種は、Apple社に操(みさお)を立ててアフィリエイトしている私としては、「決して紹介できない機種」なんです....と書くだけで、マニアの人には通じるでしょう(^^;)  「それ」、すごく安いから、音質比較以前の製品ですが。

 ソニーは、可逆圧縮ロスレスの新規格Hi-MDフォーマット初代機が、「音楽を聴く機械」としては音質的にどーにもこーにもならないと、私の感性でも感じた時点で見限ったままです。

この言い方、この機種お持ちで、十分楽しめている方には申し訳ありません。ただ、この機種の少なくとも「商業的失敗」が、ソニーの株価を下げて人事交代劇の一つのきっかけになったのは周知の事実でしょう。恐らく、ヘッドフォンがある水準を超え出すと、欠点が目立たなく、相性のいいものがあるでしょう。ただ、少なくともBoseとの相性はよくないと思います。今度もう一度チェックしてみますね)。

 しかしこの、不幸な誕生の仕方をしたHi-MD機は、会話録音には、ほとんど果てしない長時間録音を「ステレオ超高音質」でできる....ステレオだと、「誰の声か」位置的に聞き分けるのに役立つ.....ので重宝してます。

 なお、念のために申し添えますと、私はカウンセリングルームでは、カウンセリングの録音は、「決して」しない方針です。

 フォーカシングの勉強中の方が、「自分のために」私とのセッションの録音をなさるのは常にOKしてますが。

 私自身が「会話録音」に使うのは、クローズドの、四日市でのフォーカシングの勉強会の時だけです!!

*****

 それはそうと、今日(8/24)のうちに、うまくいったら、やっと■浜崎あゆみ CD+DVD【MY STORY】送料無料(12/15発売)My Story"論書けそうです。

2006/08/23

最近このブログの記事が専門的で難解に過ぎるとお感じの、読者の皆様へ

 確かにそうなっちゃってると思います。申し訳ありません。

 そうお感じの方は、どうか、「阿世賀浩一郎 WEB上のカウンセリング論集 INDEX」の方に向かっていただき、古めの記事を探していただけると幸いです m(_ _)m

 はっきりそうなってる理由をお書きします。

 あと3週間ほどで、日本心理臨床学会の大会という、カウンセリング関係では日本最大級の学会大会が関西で開かれまして。

その時までに、
臨床家の皆様に、
私の名前を売り込み、
実力を推し量っていただき、
懇親会や発表のフロアで
「生身の私」を見つけたら
声をかけていただき、
「フォーカシングのトレーニング」や
「ケーススーパービジョン」のお客様を呼び込むための、
主として「他流派」の皆様向けの

「知名度アップ」、

「顧客誘致営業活動」

に現在力を入れておりますので(^^;)

私、ホントにカウンセリングだけで飯食ってるんですぅ~

(正確には、「それだけで黒字になりたい」んですぅ~)


こら、フォーカシング関係者、

私が成功するかしないかが、

日本のフォーカシングの評価にも関わるんだから、

も少し私に顧客さん紹介しろ!(^^)

(ここまで率直に書く方が信頼して下さる読者の方もあると思います)

conscience=意識=良心!!(第2版)

 ながらく、私は、フランス語において、「意識」と「良心」との語が、ともにconscienceであることを不思議に思ってきた。イタリア語にも、スペイン語にも、要するにラテン語に派生したことばなら皆同じである。英語でも、17世紀まで、conscienceで、「意識」と「良心」をともに表わしてきた。consciousnessという言葉は、英国経験論哲学とともに生まれた新しい言葉である。(中略)

 ここからは私の推論であるが、「意識」の中にあるものはすべて「キリスト教徒の正しい行為の証人」すなわち「良心」でなければならない。すなわち、意識の中にあるものは、神に開示できるものでなければならない。(中略)

 「意識していないこと」は、神に答責できないものであり、そういうものが自分の中にあることは大問題である。したがって、無意識は外部に投射される傾向があって、かつては悪魔となり、現在も自己を正義として、「悪」を外部に探す傾向(すなわち他罰性)が著しいのではないか。

Seiouseishinigakuhaikeishi中井久夫 「西欧精神医学背景史」 1999年の追記 pp.221-3)

 中井久夫先生のこの言葉を読むと、いろんな連想が生じます:

*****

「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫(かんいん)を犯したのです」(マタイによる福音書 5-28)

 このイエス様の言葉に「思春期の頃」悩み苦しんだクリスチャンの方、少なくないでしょう。

 でも、聖書を本当によく理解した先達がいたら、次のようにアドバイスされたでしょう。

「『姦淫』=セックスすること、とおもっているのではないですか? 『姦淫』って、要するに『不倫』の肉体関係のことだよ。だから十代の独身の今のあなたが,例えばクラスメートを「オカズ」にしていたとしてもさ、それは『姦淫』ではないの! 何しろ、モーゼの『十戒』にすら「汝、姦淫するなかれ」とあるのだから、『姦淫』=セックスだったら、とっくにユダヤ民族は十戒を授かって百年のうちに滅びてなければならないでしょ?」

と。

 ちなみに、法律用語では、「個人の性的自由を侵害する犯罪」となり、両性の合意によらない、異性への肉体的侵襲」は、セックスまで行かなくても『姦淫罪』だから、意味がかなり異なるのですが。

 不倫であるかないか、あるいは夫婦間であるかどうかとは、全く別の物差しなわけですね。

*******

ヒステリー研究(上)ヒステリー研究(下) 一方、フロイトの有名なヒステリー症例で、家庭教師先の父親に恋愛感情を抱いていることを、フロイトの解釈によって気づかされ、身体の症状も消失した「ルーシー」が、

 「ええ、今でも愛しております。でもただそれだけのことなのです。自分ひとりで好きなことを感じたり考えたりするのは自由ですから」

という境地に達したことは、有名かも。

 このことについて以前書いた時の見解を、今回。全く逆方向に修正します。

 この症例なんて、イエス様の前述の聖句を、むしろ「前向きに」解釈したともいえる状態かも。

「情欲を抱いて他所の父親をみる私は、心の中で不倫してるの。でも私はそれを『自覚(意識)』している。それでいいのよ」

そして、その「自覚」(consciousness)は己れの「良心」(conscience)」に反するものではないし、イエス様もそこまでは確実に許してくださる、と。

*****

 次に、「投影同一視(projective identification) 」という、メラニー・クラインが生み出した(というの、不正確でもお許しを)有名な概念なんだけど、

 これって、要するに、

自分自身の中に生じた「言葉にならないモヤモヤ」を、すべて他人からの好意や愛情、あるいは敵意や攻撃として認知すること

は、みーーーーーんなあてはまる

というふうに理解していれば、およそ生きると言うことは、投影同一視であるということになりますよね。

 つまり、少なくとも私は、いわゆる「帰属理論(attribution theory)」における、

「『原因』の『外部帰属』」=「投影同一視」

とみなすぐらいでちょうどいい、という「極論」を敢えて主張します

 こうなると、他人に向かって、安易に、

「それはあなたの私への『投影同一視』です」

という人間なんて、

「それは私のあなたへの『投影同一視』を『投影同一視』したものだと私は「意識」できないまま、あなたのせいにするという『謀略』をやっていることを『意識』していません!!」

......ではないと言い切れる人なんて、ほとんどいないと思います(何か、R.D.レインっぽくなってきたな。確かレインがこういう無限連鎖に挑んだのは『自己と他者』の中でだったと思う)

 それなら、自分の他者への批判や怒りは、結局すべて自分の『影』への攻撃である、ということになるユングのとらえ方の方が潔いかもしれない。

 私がこのブログでやっている批判的言動は、すべて私の「影」=「私の認めていない私自身」への攻撃に過ぎないかもしれない、くらいには思っている方が謙虚だとは思っています。

 ということは、私の批判に対して、「グサッ」と感じて、自分のあり方について反省を始めた人は、すべて私への「逆転移」に巻き込まれただけなのかもしれない??????

****** 

..............私が今までの部分で言いたいことの、ホントの意図わかりますよね。

「下手に対象関係論を振り回すと、ろくなことはない」

 治療者が、自分は正しいという正当化、逆に相手を批判する武器として、いくらでも濫用できるということです!!!

******

...........私は、今や普段はほとんど対人恐怖的に振る舞うことがなくなった人間ですが、

 フォーカシングを学び始めた一番最初の段階での最大の洞察の一つは、

 「自分が他者と関わる中で生じる『傷つき』とは、すべて私の身体の内側の「ある部分」の傷みとして体験できる」

 ということでした。

そして、

その傷みの原因が何なのか、自分のせいなのか、誰かのせいなのかついて、安易に決めつけることは浅はかである

ということでした。

 少なくとも、

「他人に傷つけられた

と体験するよりは

「私はその人(たち)と私との関わりにおいて、
何らかの意味で『不満』である」

とらえ直してみる癖をつける方が、健康的で生産的だ、

ということでした。

これは、自分が悪いか、相手が悪いかという安易な決めつけを「止揚(しよう)」した次元でのとらえ方です。

私が「私に」不満、ともいえるし、私が「相手に」不満、とも言える。

そのあたりで、
意識(注意=direct reference!!!)
「平等に漂わせて」いると、

突然、
必要なときに、必要なだけの、
自分の力に叶う対処法が浮かび、
場合によっては「ゲリラ的速攻」で、
事態に対処できるようになったのです。

 

2006/08/22

若き日にこういちろうが受けた認知療法

「先輩、どうして、私の発言に対して、みんな感想も返してくれないのでしょう?」

「それはね、あなたに、息つく間もなく土俵から一気に押し出されてしまうからなの」

青天の霹靂!! 

私はそれ以来、以前より肩の力を抜きつつも、臆することなく、いいたいこという人間になりました。

こういうのが「認知療法」というのかな、と、この業界に入ってはじめて感じた体験として忘れられない、20年前のM1の頃の思い出です。

その先輩は、今も病院臨床の現場最前線で奮闘してあられます。

*******

その後、聴き手に「息つく余裕」を与えるようなものの言い方をするように、日々努力していますが、まだまだ力業が多すぎると反省しきりのこういちろうであります(^^;)

 もっとも、肩の力を抜いて、さらっと反応するのも、昔よりはタイミングによっては、かなりうまくなったとは思うんですけど(^^;)

2006/08/20

またもや中井久夫先生の文章より(第4版)

「自己の人間的弱点への敏感さ、
上司、部下に対する対人的距離の周到な測定と
対人的な鎧の完璧性、
心理的・肉体的困苦への耐性とその計算された誇示、
かすかな兆候への感受性と予想される事態への先取り的対処、
きわめて複雑な状況の解読、
そして自らの置かれた状況と
そのなかでの自らの姿に対する突き放した観察からくるユーモア」


 これは、中井久夫先生が、

「見通しの乏しい状況においての一つの有効な通俗的道徳」

として、イギリス海軍の海将で理想とされた人間像について述べたものです。

 これって、私が「成熟した、社会の荒波に負けない大人のあり方」だとすっと思って来たあり方そのものなのに、またもや「読み返して」気がつきました。

 特にこの3年ぐらいのうちに、私自身が,急激に、こういう方向の人間に「なってきてしまった」な、と思います。

*****

 あまりいい言葉ではないかもしれませんが、

フォーカシングの、
現実の生活状況への
「実戦配備」をしていくと、
こういう人間に
「なってしまう」

ように思います。

.....というか、

「こういう人間になっても
容易に破綻しなくなる
『安全装置』を獲得する」

というべきでしょうか。

*****

 「これだけでは、嫌だな..」

..と、"another part of me"....

...恐らく「中心気質」的な、開けっぴろげな人間関係に憧れる、「もう一人の自分」

は言ってもいますが。


 だけど、その一方には、

「まだ青い!! 感情的過ぎるし、もう少し虚栄心をコントロールしろ」

と、私の『内なるコーチ』

手厳しく「教育的指導」をかけてきます(^^)

******

 そして、

この種の人物は、

「歴史においては『問題解決者』としてではなく、『問題設定者』として選ばれる」

とも。平時は「隠れて生きることを最善とする」とも。

いずれも、中井先生の「分裂病と人類」「S親和者」について述べられた話です。

*****

 この点では、昨年既に、日本フォーカシング協会における「コアメンバー制度の廃止」に至るまでの過程で、とても私だけでは不可能だった、様々な皆様のご協力の中で、私はすでに最大の役目を果たし終えました。

 特に、現会長、池見陽先生の、総会直前ぎりぎりの段階でのご決断には、心から敬意を表し、感謝申し上げております。

 繰り返しますように、私は、「ただの一読者」の「フォーカシングおたく」が、村瀬孝雄先生に「拾っていただける」ことにより、まるで「2階級特進」を重ねるようにして、フォーカシングの世界の中枢に迎えていただきました人間です。

 ですから、草の根の一般の人たちへとフォーカシングが開かれ続け、後続世代の中から「第2、第3の阿世賀浩一郎」が忽然と現れ、その人たちがフォーカシングの世界に「参入」していく際に、敷居の高い世界へと、日本のフォーカシング界が「閉塞」してしまう危険を、協会の制度面での「階級構造の打破」によってなくしてしまうことは宿願でもありました。

 もちろん、「第2、第3の阿世賀浩一郎」は私の「手下」でも「崇拝者」でも「コピーされたミニチュア」であっても困るわけです。

 それこそ、他ならぬ私に「生意気な口をたたき続け」、私を「過去の遺物」、「日本のフォーカシングの発展を妨げる諸悪の根源」ぐらいに、若いうちは思ってくれるほどの「活きのいい」「自律した」人でないと困ります(^^)

******

最近思うのは、

「問題解決」にまで、
私のような人物が「悪影響なく」関与できるためには、
緊急時にゲリラ的に「危機介入」し、
『安全な場』を一定の人たちのためにしつらえた後は、
むしろその後のことのそれ以上の成り行きに干渉したくなる「色気」に屈することなく、
その『安全な場』の管理権そのものを、
「より適切な人材」に委ね、普段は閑居して静観する

.......要するに「ご隠居」としての位置に進んで甘んじる

ことだろうと思っています。

******

45歳にして、このようなことを書くのは僭越かもしれませんが。

「現実の」私は、食って行ける範囲でなら、大船観音のたもとに、静かに「余生」を送るスタンスをくずすまいと。

先週の人気記事ベスト20!!(8/13-8/19)

 恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使っての「先週の人気記事ベスト20」6回めです!!

 固定リンクでのアクセス率の順位のみから集計しています。
 7×24時間、つまり19日(土)24:00の一発集計です。

 それでは発表!!

 この一週間の総アクセス数、延べ2,591!!(前回2044)(一日平均370.1アクセス!! 前回292.0)

 あの「奇跡の802アクセス」の日のおかげと、お盆休みにアクセス数が減るどころか、かなりご新規様においでいただくきっかけとなったようで、余裕でこんな数字が出ました。
 
 ちなみに、訪問者数は、この一週間の間に2051名様と、これも余裕の新記録更新です。必ずしもベスト20には入らないものの、これまでにアクセスが統計上全く現れなかった古い記事を読んでくださった皆様も多いようで、誠にありがとうございます。 m(_ _)m。

 実際、このサイトに入られてからの「サイト内移動」は452(37.4%)、ついにトップページへの外部からのアクセス402(33.3%)を超えました。ブログとは新着記事を読むもの、という常識が覆されて行くことを、ありがたく思っています。

 ただ、airedge4倍速ぐらいの低速回線だと、ちょっとトップページが重過ぎみたいですので、トップページの表示を今後20記事にまで減らすことにしました。これが今後どういう効果になるかはわかりませんが。

 それでは発表!!


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1. 人は「自己開示」しなくても「自己開示」している!! ~浜崎あゆみの"Daybreak"に寄せて~NEW!

2.見果てぬ夢か?  ~浜崎あゆみ/"BLUE BIRD""Beautiful Fighters"によせて~NEW!

3. 先週の人気記事ベスト21!!(8/6-8/12)

4 .「すべては偶然なんかじゃなく、すべては必然なコトばかりなのかも知れない」 (↑)

5.インシュレーターは使わないに越したことはない(↑)3週連続

6.日本のポータブルCDプレーヤー業界は致命的な戦略ミスをしたのではなかろうか?(↓)

7.ヘッドフォン、Bose Quiet Comfort 2のへビーユーザーとしての本音 -万国iPod向けヘッドフォン博覧会 その1-(↑)

8.オーディオにおける接点復活剤について COME BACK!

9.「スーパーマン(前作)」とスピリチュアリティ NEW!

10.「「こういちろうの心理学ノート」8年ぶりに復刻!! NEW!

11.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(↑)3週連続

12.「死にたい」と言ってもらえること(↓)5週連続

13.サイト総延べアクセス10万、当ブログ開設以来の一日平均アクセス150台代にのりました。 NEW!

14.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~(↓))4週連続

15.「スピーカー」カテゴリーへの直接リンク NEW!

16.私のピュアオーディオシステム(そこに更にiPodをどう繋ぐか) NEW!

17. 今どき、携帯CDプレーヤを買い替える!! (↓)

18.カウンセラーのネット活動についての大いなる誤解に挑戦する!! (↓)4週連続

19. 「中島みゆき」カテゴリーへの直接リンク NEW!

20. 河合隼雄先生に、お見舞い申し上げます。 NEW!

**********

 この記事順位の傾向を見て思ったのは、普段はお忙しくてなかなかピュア・オーディオ関係のネットの記事を検索するゆとりもお持ちではない,ある程度年齢層の高い、「昔ながらの」社会人のオーディオ・ファンの皆様に記事をお読みいただけたのは間違いないということです。

 私の主要なオーディオ記事のほぼ全部が、しかもiPodやヘッドフォンに偏らずにトップ20に勢揃いするとは、思っても見ないことでした。

 私としても,カウンセリング系の記事とは別の意味で、かなりの労力を注ぎ込んで、丁寧に、しかも「無駄な投資にならない」ことを何よりモットーに書くことに力を入れた部門ではありましたが。

 本当にお詳しい方からみれば稚拙なことも書いているかと思いますが、もし何かのお役に立てましたようでしたならば、光栄に存じます。

*******

 ちなみに、これを書いている「今、この瞬間」(8/20 AM 2:28)までの当ブログ文章記事の延べ総アクセス数は、85896、フォトアルバムを含めると101543です。

 今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくご贔屓(ひいき)に、お願い申し上げます。

2006/08/19

奇跡の一日802アクセスによせて、みゆきの「世情」を贈ります。

 昨晩(8/19)の21時台に、当ブログの過去のすべての記録が塗り替えられました

21:00-22:00の1時間に345アクセス、訪問者数315!!

一日総計で892アクセス、597訪問者!!

 特定記事へのアクセス集中の様子はないので、恐らくトップページの2つの記事、


●戦後の大学の急増と高学歴社会は、失業者対策を国庫ではなく「親の家計」に押し付けるためだった!?

●河合隼雄先生に、お見舞い申し上げます。


.....という、2つの、短めの、ブラウザののスクロールをほとんどしなくてもいい短めの記事で出た結果でしょう。

 もう、こうなると、読者の皆様への「感謝」より何より、戦後日本社会と、ここ20年近くの心理臨床のあり方そのものへの、読者層の皆様の「危機意識」が、私の記事に誘発されてブレイクしたといふうにでも理解するしかないでしょう。

 あわててもしかたがないことと、個人的には思います。

 これから、我々がいかに「しぶとく」生きて行き、ひとりひとりが、ここぞというところで、「譲れない一線」を、それそれに現実の中で、行動として示し続け、「流れに流される」のではなく、「流れに竿をさして、そこに堆積し始める漂流物で土嚢を築き上げ、ダムを造り、流れを押しとどめたり、貯水地を築いたり、水資源の有効活用のための新たな「運河を掘る」(canalization)しかないのかもしれない。

変わらぬ者たちと 戦うため。


推薦BGM:
中島みゆき - 愛していると云ってくれ - 世情
中島みゆき「世情」
【J-POP/歌謡曲:な】中島みゆき / 愛していると云ってくれ (CD) (Aポイント付)アルバム「愛していると云ってくれ」収録

2006/08/18

戦後の大学の急増と高学歴社会は、失業者対策を国庫ではなく「親の家計」に押し付けるためだった!?

 最近、私の「現場臨床家」としての「実際にはお会いしたことがない、最大の師匠」としての、中井久夫先生の、「既に持っていた著作」を、気の向くままに、この本、あの本と読み返すことが、私にとっては最高の「一服の清涼剤」となっています。

 以前一度は読んでいることが、傍線とかの痕跡から明白なのに、「そこに書いてあること」に「まるではじめて出会ったかのような心地よい衝撃」を受けることを蹴り返しているのですが。

 音楽でも、本でも、以前から接していた筈なのに、ある時突然、その本や音楽について「本当に味わえた!!」と感じることって、誰でもあるのではないかと思いますが。

******

中井久夫著作集 第3巻 「社会・文化」所収の「思春期患者とその治療者」「ある教育の帰結」という論文、目を洗われる傑作です!!

 大学の急激な増加は、経済成長によるものではない。その逆である。アメリカでは大恐慌直後、日本では敗戦直後、高度成長に入る前に見られる。

 もし、戦前のように、大半が小学校卒で卒業したとすれば、不況の時には相当の失業者が発生したであろう。青年の9割が高校に、過半数が大学へ進むということは、[国が]失業保険を支払うどころか、家族の負担で膨大な潜在失業者のプールを維持していたことになる
 

.......これじゃ、当然「失業保険の支払い」を,高校や大学を中断したり卒業したものの、社会人にはなれない子女についても家族に期待する」現象がその後蔓延しても、当然だった!!


 ......こういうことを、1979年の時点で( ! )、サラリと、何気なく書けたのが、中井久夫という人なのです。

 さあ、皆さん、中井久夫先生の本を読みましょう!! 頭が柔らかくなりますよ!!


 

河合隼雄先生に、お見舞い申し上げます。

 今日は朝早くから所用で外出していたため気がつかなかったのですが、文化庁長官、河合隼雄先生がお倒れになったそうですね。

 幸いご回復に向かわれたと続報で知りましたが、これで公職は離れられることになるでしょうから、一言だけ、ほんとうに心からの言葉です。

 日本の心理臨床を一身に背負って下さり、

 お疲れさまでした。

 ありがとうございます。

 天国の村瀬孝雄先生も、そうおっしゃっていることでしょう。

サイト総延べアクセス10万、当ブログ開設以来の一日平均アクセス150台代にのりました。

 おととしの12月開設ですから、約1年9ヶ月かかったことになります。

 「サイト総アクセス」とは、「フォトアルバムも合計」の数値です。
 ちなみに当ブログ開始以来の、文章記事の「一日あたり平均150アクセス」も本日朝という、ネットをご覧の方が少ない時間帯に超えました!!

 もっとも、お盆帰省という不利な中、ライターの私の方はスランプ脱出で記事の方はどんどん書けるモードに回復したせいか、昨日のアクセス360、この1週間のアクセス数は一日平均273と大健闘、過去1ヶ月のデータで一日あたり290アクセス、過去4ヶ月でも一日平均251、最近は一日平均300にのる日が半分ぐらいとラインで安定していましたので、時間の問題だったのですが。

 最速で、今晩中に当ブログ「文章記事のみ」で延べアクセス回数が85000を超える可能性があります。

 すでに今日の夕刻か夜をめざして、カウンセリング系の記事を一つ準備していますので、うまくいけば達成できるでしょう。

 まあ、世の中には、この@niftyココログの女王様、真鍋かをりさんのブログのように一日で20万アクセスという別世界があるわけです。その意味では全くささやかなブログで、滅多にコメントやトラックバックのない「独演会」ブログですが、その割には何か妙に思いもよらない場所に影響を及ぼしている形跡が「思い込みではなく」あります。

 「若くて無名なうちしかいい仕事はできない」

という、中井久夫先生のお言葉を肝に銘じて、焦らずじっくりと自分の「城」を守り育てて行くつもりですので、これからもどうかよろしくお願い申し上げます。

2006/08/17

「こういちろうの心理学ノート」8年ぶりに復刻!!

 前々回の記事で、伊澤雅子先生の「野ネコ」の話を復活させましたので、本部ページの「阿世賀アーカイブ」に、いわばこのブログの前身というべき、

「こういちろうの心理学ノート」

をほぼ全面再掲載することにしました。

******

 当時は「メールマガジン」のスタイルも取っていたんですが、今回はそのメールマガジンの登録/削除のための窓口は削除しました。

 しかし、これ書いてたの、98-99年なんですね、。もう、8年も前になったしまったとは。

 8年前の私と,今の私がどれくらい同じで、どれくらい違うか、興味のある方はどうぞご覧下さい。

******

 なおこれらの記事の復活によって、新たに参考図書に含まれるようになった本だけ、ここでまとめて追加します。


 フロイトの「ヒステリー研究」は、さすがに安価に新訳がでてますね、この本こそ、さまざまな批判的考証に洗い出されようと、フロイトの著作の中で「永遠に古びない」かもしれない。

ヒステリー研究(上)ヒステリー研究(下)

オリバー・サックスの書籍はほとんど中古市場を当てにするしかないようです。

彼の名を一躍有名にした映画の方も紹介。俳優ロビン・ウィリアムズの出世作ですね、

(SUPERBIT)レナードの朝「レナードの朝」

玖保キリコ、今では『バケツにごはん」は中古にもないわけ?困ったな.....

 萩尾望都の「イグアナの娘」、これは「永遠の名作」だけど何と絶版!?
 ドラマではなくて、原作の短編を是非一度お読み下さい!!

 ちなみに、福岡県大牟田市出身の「ほぼ同郷人」、萩尾望都について語らせると止まらない私の側面は、このブログでは未だ公開されていない.......

ちなみに、私が一番思い入れがある萩尾望都の作品は、「アメリカン・パイ」でして、これについてはいずれ必ず論じます。

Yasashisa 大平健先生の
「やさしさの精神病理」

さすがに
現役。

 榎本ナリコの「センチメントの季節」は現役なんだ。でも、この作品が名作なのは、性描写ではなくて、そこで描き出される「こころの痛み」の深さということまで、きちんと今の世代にも継承されてますよね、きっと。

2006/08/16

ayuの見果てぬ夢か?  ~浜崎あゆみ/"BLUE BIRD""Beautiful Fighters"によせて~(第2版)

■送料120円 Cタイプ■浜崎あゆみ■CD+DVD【BLUE BIRD】■'06/6/21発売"浜崎あゆみ"BLUE BIRD"/"Beautiful Fighters" 浜崎あゆみ - BLUE BIRD - EP

 前の記事のコメントで、ぽろっと書いたことを、やはり独立した正規記事として、もう少し詳しく書きましょう。

【送料無料】浜崎あゆみ/A Song for ××"A song for ××" 浜崎あゆみ - A Song for XX - A Song for XX

 「居場所がなかった

 と歌ったayuが、

 遂(つい)に"、

 "BLUE BIRD"で
 
 「居場所がいつもここにあった

 と歌ったことの意味。

 そして、

浜崎あゆみ/Endless sorrow"Endless Sorrow" 浜崎あゆみ - I Am... - Endless Sorrow (Gone With the Wind Version)で、

 「僕に片方だけでも翼があれば君と一緒に」.

 と歌った彼女が、

 この"BLUE BIRD" で、

詞の脈絡まで丁寧に読まない人には気づかれないような「巧妙な」形で、

「片方だけの翼を『もらう』」側に自分を立たせたことが、

どれだけ深い、

彼女の、

永年のayu ファンへの

「暗号通信」か、

わかってる人、どれくらいいるのかな...

*****.

 実は、このマキシアルバムのDVDのプロモーションビデオの内容は、ある意味でayuが全く異なるステージに向けて歩みだしたことを如実に示している。

 ここ3年の「夏向けソング」である、

浜崎あゆみ/INSPIRE(DVD付) "inspire"浜崎あゆみ『INSPIRE』(Winユーザ向けダウンロード版)

 浜崎あゆみ/fairyland(DVD付)"fairyland"浜崎あゆみ『fairyland』(Winユーザ向けダウンロード版)

のPVと比較して観ていくと、ひとつの愕然とする事実に気がつかされる筈なのだが...... 

******

 そして、実はそのことは、もう一曲の"Beautiful Fighters"という、まるでセーラームーン/劇場版 美少女戦士セーラームーンR「セーラームーン」の主題歌にも使えそうな曲(^^)のプロモーションビデオ(ちなみPVの中で中央に立ってる女性、ayuを含めて5人だったりする....さすがにこれは偶然かも?)にも、共通項として反映している。(ちなみに上記「劇場版R」の学会発表の内容はこちら!!)

 もう、ayuは「みんな(ダンサー)の中のひとり」に過ぎないんですよね。
 
 そして、ほんとうに、「聴衆と同じ目の高さに」立とうとしている。しかもその聴衆たちは....

 だから、ドジな「フ○ー○ー」の「中の一人」の役もするわけだし、もはや「ステージとの段差」がない空間で、しかも「すでに日常接していた」聴衆に囲まれて歌うわけです!!!

 突然ですが、

> 昼間俺たち会ったら
> お互いに「いらっしゃいませ」なんてな

なーんて(^^)

 
中島みゆき - 親愛なる者へ - 狼になりたい中島みゆき「狼になりたい」

******

 でも。

 "BLUE BIRD"のPVの最後で3秒ぐらいだけ、ふとみせるayuの表情と、クルーザーでの集団シーンと交互に現れる、「独(ひと)り『頂点』にいる」、歌うayuにこそ、「ほんとうのayu」がいるわけですね。

 「青い鳥」=”見果てぬ夢”


......あの、他にいないんでしたら、「同じ孤独」を知る、私がしあわせにしますけど.....(爆)

2006/08/14

人は「自己開示」しなくても「自己開示」している!! ~浜崎あゆみの"Daybreak"に寄せて~(第6版)

 私が「自己開示」という概念を「見捨ててしまった」きっかけについては、本部ページの「私のフォーカシング」シリーズ第2部第8話の後編ですでに詳しく書いています。

 あれは、私の「ひとりフォーカシング」の中での、すごく「パーソナルな」スピリチュアル体験として得られた「悟り」みたいなものですから、あそこの後半で書いたことだけでは「腑に落ちない」皆様がいるでしょう。

*****

「石が『自己開示』しますか?」

.....とこういちろう氏が言うのはわかる。でも、言葉にするかしないかで相手の印象がまるで変わることがあるではないか。例えばこういちろう氏がayuファンであるかないかを知らなければ、クライエントさんにも与える印象は異なる。

 石は「自己開示」しないからこそ、深層心理の純粋な「投影」の対象となり、人が石を「観照」して「内的対話」を交わす中で、真の「洞察」を得られることがある、というのも得心できる。

 しかしこういちろう氏はなぜ「中立性」を犯して、石のように「純粋な投影の対象」になることで、クライエントさんの深い心の問題が治療者=クライエント関係に反映するのを妨げるのか?

******

 ......なんてことをなぜコメントで書いてくる人がいないのか、私はずっと不思議だったから、自分でシミュレーションしてしまいます(^^;;;)

******

 この前、私をここ数年唯一「へこませる」ことに成功したのが、かの精神分析の大家、松木邦裕先生だとはっきり書きましたけど、私が松木先生のどの言葉に躓(つまず)いたか、公開してしまいます。

「クライエントさんを汚してはならないよ」

 これは、クライエントさんとの対話の面接の『場』の中で、私が自分が感じたことを(ひとりフォーカシングを通してしっかり吟味してから、ですが)、言葉にして、それをきっかけにクライエントさんに「気づき」のようなものが生じていることについいて、

 「それは、単にクライエントさんが期待している親イメージにすっぽりはまる言葉をあなたが返したのにその人が『迎合した』からであり、そこで陽性『転移/逆転移』状態が『やっと生じた』に過ぎない」

 確かこんなコメントだったと思います(精神分析の専門家の皆様、いかにも「松木節」でしょ?)

 (R.D.レイン風に言えば「共謀」でしょうか? マスターソン風に言えば、「患者の『偽自己』に見事に対応した、.....ええっと、さすがの私も記憶だけでは少し忘れましたが(まだ引っ越し荷物の中!!)、「報酬型部分対象-自己単位」としての「個体化の欲求を抑えた『いい子』の場合だけ見捨てないで、リビドーの備給を与える親」の役割を果たしてしまった、とも説明できるかとも思う)

 これにその時。私は返す言葉がなかったんですね(数年以上前のことです)。

 私も、実はその事例でのクライエントさんとのやりとりがほんとうにプラスのものだったか、確信が心の底でない事例だったから、見事にグサリときてしまったのです。

(ちなみに、この時の事例の具体的な中身は、当日配布して回収した資料でのみ書かれているものです)

 もとより、その傷つきが、実は書物を通して知っていた松木先生なら、私のやり方を理解してくださるだろうという私の松木先生への「陽性転移」が、もろに「錯覚(disillusion")」に終わったからであり、実はその時点で私の中に「妄想的=分裂的態勢(PS)」が生じかかり、「『悪い親』からの攻撃」と体験かねないところだったけど、私ってとっくに「親を自分が破壊して、親が死んでしまうのでないか」という「抑鬱態勢(D)」も経過していることは皆さん、この記事この記事でおわかりでしょうし、それどころか、とんでもない確信犯の「エディプス中年」だということは、今こうして松木先生を「仮想父」にして、書きながらやってる最中ですが(爆)、


 実は、「私が」松木先生のコメントを

 「図星」

とは体験せず、

何か言葉にならない「違和感を感じ続けていた」自分をも

「認めてあげる(acknowledging)」ことができたために、

実は、ほんとうは

「へこんで」

はいても、

「打ち抜かれて」はいなかった

のですね。

*******

「だってさあ、」

.......と、"another part of me"が内側で言い続けていることを私は聴き逃さなかった!!

 「松木先生、『クライエントさんを汚してはならないよ』といわれたけど、ホントに『汚してない』状態なんてあるのかしら????」

 少なくとも、その日の夜の部の宴会の翌日には、そういう疑問が私の中で生じ始めていたのです。

 そして、数日のうちには、

 「他者が、たとえ無言で『そこに-いる』というだけでも、その人に自分が『汚されている』ことに耐えられないなんてこと、例えば「急性期」の統合失調症圏のクライエントさんなら、あたりまえのように、深刻な脅威として体験しているはず」

という答えまでは私の中で確信できました。それは今も変わりません。

 これは、私が、実際の師、村瀬孝雄先生以外で、日本人で唯一「心の師」とし続けてきた中井久夫先生からの圧倒的影響で現場臨床に臨んでいた人間だったからこそ可能だったことでしょう。

(私がどのくらい、書物を通してのみで、講演すら拝聴したことがない、中井先生の圧倒的感化のもとにあるかピンとこない人は、中井久夫先生の著作を「頭だけで」読んでいる人だ、と断言します!!)。

 生前の村瀬孝雄先生が、まさに中井久夫先生と深い絆で結ばれていた先生だということは、実は立教で院生をしている時代には気がつかなかったのです。

Nakai1
 しかし、もうひとり、中井先生と縁の深い精神科の先生のもとで私は病院研修を受けたのですが、その先生を囲んでの「謝恩会」の席上で、その精神科医の先生は、私が中井先生の「分裂病と人類」を引き合いに出した「レポート」を学年末に提出したことについて、孝雄先生のいる前で、

「彼ねえ、中井先生の『分裂病と人類』を読み込んでるレポート出してきたの」

 孝雄先生はそれに応えて、

「ほう!! それは珍しいね、それって、一つの『素質』だと思う

更に、先の先生曰く、

「ほんと、そうですよねえ」

と言っていただけたことを私は忘れません。

 これは、私が立派な「S(分裂病)親和者」であることの「お墨付き」を頂いたことになりますから。

 なのに、後に「鬱」にも一度なれたんですから、これはたいへんな経験値ですね(^^;;;;;;;)。

 もっとも、実は私の人格は、精神科医のものの考え方安永浩先生の言う、開けっぴろげで、「今、ここで」の充実感の中に生きる「中心気質」こそベースだな、と最近は感じてます(^^)。

 いよいよ「贅沢な」生き方ですね(^^;;;;;;;;)

(ちなみに、私は「中心気質」については、もっぱら中井先生の本での紹介と、私の古い知り合いでもある、矢幡洋氏の「星の王子さま」の心理学新装版「『星の王子さま』の心理学」でしか知らないままで、上記の安永先生ご自身の本自体はまだ読んでません。ところが、あるサイトで安永先生の本の「目次」をさっき読んでびっくり仰天!! .....すぐ注文して、読みます!!!!.......私がなぜ目次だけで「あわてた」か、わかっちゃう人、いるかなあ......???)

(『分裂病と人類』という本が、いかに「S(分裂病)親和者」に、「したたかにこの世に『棲(す)み』続けて下さいね。皆さんがいるから、現代社会は「最悪の事態」を迎えていないのです」というメッセージのこもった、生きる勇気と希望を与える本かピンと来てない、あの本の読者の臨床家は、統合失調症圏の患者(クライエント)さんと接する上で肝心な「何か」にまだ気づいていない、と私は「断言}します!!!)

******


 ああ、話がまた「虚栄心のコントロール」がない方向に.....

元の脈絡にもどします。

******

 「松木先生、『クライエントさんを汚してはならないよ』といわれたけど、ホントに『汚してない』状態なんてあるのかしら????」

 「他者が、たとえ無言で『そこにーいる』というだけでも、その人に自分が『汚されている』ことに耐えられないなんてこと、例えば「急性期」の統合失調症圏のクライエントさんなら、あたりまえのように、深刻な脅威として体験しているはず」

........というところまでは、私の問題意識として、残り続けたわけです。

 結局、例えば猫なんて、「喧嘩する時」と「さかりがついた時」以外は、普段は「猫同士は」全く「無言で」互いのコミュニケーションを取っているわけです。

(「人間向け」の「ニャーン」は、本来だと大人の猫なら「不安に陥った」時だけの鳴き方が、「人間界」で人間と共存する中で、人間への「どうかお手柔らかに」というメッセージに置き換わったものでしょう。直前でリンクを張った動物行動学者、伊澤雅子先生の研究による限り、群れを作るライオンとチーターいう例外を除くと、ネコ科の生き物は、本来は、人間で言えば、もろ、分裂気質的な「嫌人権」ならぬ「嫌猫権」を行使しながら,一匹ごとに,お互いにできるだけ出会わない形に別の縄張りを持ち、生殖-出産期以外は「ひとりで」行動するものみたいです。それが崩壊したのは、人間社会が「食べ物の食べ残し」「商品にならない魚介類」を大量に投棄しはじめることで、「人口密度」ならぬ「猫口密度」が増加し、「えさ場を共有」するために生じた「文化適応」とのこと!! 「猫集会」も、本来のネコ科にはみられなかった習性とのこと)

 今度は神田橋條治先生にご登場願うと(ああ、なんという「ひけらかし」野郎だ、全く)、

「人はvocal(鳴き声)コミュニケーション以外にverbal(言語の意味内容による)コミュニケーションなんぞを文化として持ったものだから、厄介な存在になった」

わけですね(ちなみに私は「フォーカシング事始め」の「共著者」です。.....ああこれでは、ひとり「虚栄の市(いち)」.....でも、さすがにサッカレーは読んでません、私)。

アフォーダンスについての記事もご参照のこと)

Genbakaranochiryouron_1
 このことを神田橋先生は"「現場からの治療論」という物語"という近刊でもお書きですけど、元はといえば精神医学は対人関係論であるサリヴァンが言ってることですよね。

↓こっちだったかな?

↓こっちにも出てきたと思う。

 いずれにしても、

 サリヴァンの
「パラタクシス的(parataxic)」「プロトタクシス的(prototaxic)」
(=バリントのいう「基底欠損(basic fault)」状態における言語交流)

と、

「シンタクシス的(syintaxic)」(=バリントの言う、「通常の成人言語水準」における交流)、つまり、サリヴァンの言う、「共人間的有効妥当性確認(consensual validation)」ができる言語交流

との間には、実は完全な断絶があるのではないと私は思う。

 文字による伝達を別にすると、人間のすべてのverbalコミュニケーションはvocalコミュニケーションと「併用される」ます。

 中島みゆきをはじめとするシンガーソングライターの歌う歌は、メロディーと歌詞とリズムと声の質、すべてが「総合的に」発揮されるからこそ、メッセージとしてのインパクトが強烈になる。

 (もとより、詩が「韻を踏む」とかいう事柄は、一種の間接的vocalコミュニケーションが暗在していると言えます。広い意味での「名文家」の文章には,必ず「リズム」があります。小才ながら、私の文も、私が「話している」つもりで読める人でないと、すーっと入ってきにくい筈です)

 また、いわゆる「非言語的コミュニケーション」を、「言語的コミュニケーション」に、一意的に「翻訳」することは、どれだけ動物行動学者が観察と実証の研究を積み重ねようと不可能なはずである。結局は、動物を「人間化」して意味づけ、理解する「比喩」であることを超えられないと思う。

 まして、生身の人間同士が相対している空間には,必ず固有の「空気の感触」や「匂い」や「息」の「相互伝達」すら存在する!! しばらく同じ空間にいるだけで,湿度や室温すら変化する筈です。

 要するに、「環界(environment)」との絶えざる相互作用の中にしか「個体」は存在しない。バリントが述べたように、

「魚のエラの中にある海水を海の中と問うか魚の中と問うかは愚問である」

(↓こっち「治療論からみた退行」ですけど、中古市場でも稀観本という理不尽が続いていますので、もしこのブログで表示されていたら、臨床家の方、即、買いと思ってください

 松木先生、バリントの正統派クライン派への批判をどうお読みですか? あるいは、サリヴァンをどう理解なさるのか?????

 私たちが有機体(organism(である限り、
 すべての存在と存在は、
 互いに
 「汚しあい」
 「清めあう」かたちでしか、
 存在しませんよ。

 それが
 「汚しあい」になるか、
 「清めあい」になるかすら、

 「紙一重」

 いや、「光」と「影」

 のような関係でしかないのではないでしょうか?????

******

 またもや、浜崎あゆみの
浜崎あゆみ - I Am... - Daybreak"Daybreak"

浜崎あゆみ/I am...4rdアルバム "I am..." 収録 

で締めくくらせていただきました。

「スーパーマン(前作)」とスピリチュアリティ

 この前の記事で、

> スーパーマンI&II お買い得ツインパック「前回の」クリストファー・リーブ主演の第1作は、
> なぜが
>☆おすすめ品☆ スター・ウォーズキャンペーン スター・ウォーズ トリロジー DVD-BOX(初回限定... 「スター・ウォーズ」第1作(Episode 4)
> 以上のファンなのであります。

と書きましたが、実に久しぶりに観なおしました(ディレクターズ・カット版で)。

 結果的に、大学学部生の頃に観た時より「大感動」してしまった!!

 親が実際に歳取ってしまって観ると、もう、うるうるになってしまうのだ。

 実際、この映画で私の印章に大学時代も一番残っていたのは、彼がメトロポリスに出立する「前まで」のシーンでなのです。

 わかりますよね。

 あの、「麦畑のロングに引いたシーン」のいくつかです。

 たまたまなんですが、昨年カナダのど田舎までハイウェイを数時間突っ走る体験もてましたから(この写真は帰りですけど)、あの緩やかに起伏のある、地平線まで続く麦畑って、私にとってはもはやものすごいリアリティがあります。......と、思っていたら、ホントにロケ地がカナダと知って、正直に言って驚きました。

 ちなみに、私の故郷、久留米も、現在も日本有数の広大な穀倉地帯である筑後平野のど真ん中にあります。東京や大阪ほど都市化は進んでないし、正確に言うと父の実家は三井郡北野町。私の子供時代にはまだ茅ぶきで、台所ではなくて「土間」、五右衛門風呂もありました。まさにとなりのトトロ「となりのトトロ」の世界でした。

 一面の麦畑と一面の田んぼでは、いささか興趣は異なりますが、.....「あの」展開をやられると、私はホント、弱いんです......

 そして、なるほど、脚本家は、意識的に「新約聖書」の物語をなぞっていたわけですね。

 ふるさとの惑星、クリプトンの真の父(マーロン・ブランド=ゴッドファーザー"Got Father(!!!)""は「神」、そして、大工の男ヨセフとマリアが.......。そして、スーパーマンが......。

 アメリカでは、これだけ保守的なクリスチャンからこの映画は相当批判を受けたとは!!

 このことまで、当時の日本で報道されたかどうか?

(以上の内容、DVDの付録トラックの、監督さんと「ほんとうに」脚本を書いた人の対談という、客観的な裏付けの上で書いています)


******

 「虚栄心をコントロールしなさい」

........ははぁ~ 、マーロン・ブランド様~ m( _ _ )m

(ディレクターズ・カット版のみのシーンかな)


ジョン・ウイリアムス - Great Composers: John Williams - Superman: The Movie (Main Title)Main Theme(from "Superman :The Movie")

最新映画、話題作を観るならワーナー・マイカルで!

2006/08/13

先週の人気記事ベスト21!!(8/6-8/12)

 恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使っての「先週の人気記事ベスト20」5回めです!!

 固定リンクでのアクセス率の順位のみから集計しています。
 7×24時間、つまり12日(土)24:00の一発集計です。

 それでは発表!!

 この一週間の総アクセス数、延べ2,044!!(前回2070)(一日平均292.0アクセス!!)

 ほんの少し前回より落ちましたが、私がネットを完全に離れた出張の後、記事を書くことへのスランプに陥っていた中では、すでにご報告した、8/6の「奇跡の477アクセス(なぜかかなり遅れて2アクセスカウントが増えました)」の分を切り崩して「しのいだ」、というべきでしょうか?

 ちなみに、訪問者数は、この一週間の間に1216名様と、前回の1558名様よりかなり落ちました。なのに、全体のアクセス数に陰りが見えなかったということは、私の新規記事が滞っていた間に、古い記事を読んでくださった皆様が多かったということになり、たいへんありがたいことです m(_ _)m。

 実際、このサイトに入られてからの「サイト内移動」は407(36.1%)、トップページへの外部からのアクセス410(36.3%)に肉薄する、すごい数字が出ています。誠にありがとうございます。

 やっと、この予想外の結果の原因がどこにあるのかはっきりしました!!

 それは、以下の結果の、全く予想外の「1位」に如実に表れています。

 それでは発表!!


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1.日本のポータブルCDプレーヤー業界は致命的な戦略ミスをしたのではなかろうか? NEW!

2.先週の人気記事ベスト20!!(7/30-8/5)

3.ところで、「演歌世代の親父に捧げる浜崎あゆみ」はないの? って? (↓)

4.475アクセスの日はネット休みの日だった!! NEW!

5.またもやmsnより:キャリアは先の先まで計画を立てて積むものではない NEW!

6.カウンセリングの開始とは、実は、クライエントさんの最初の「行動化」である(↓)

7.「死にたい」と言ってもらえること(↓)4週連続

8.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(↑)

9.カウンセラーのネット活動についての大いなる誤解に挑戦する!! (↓)3週連続

10.インシュレーターは使わないに越したことはない(↓)

11.今後、大学学生相談において、従来の「社会的引きこもり」に相当する学生についての相談は減って行く可能性がある( 2 )(↓)3週連続

12.今どき、携帯CDプレーヤを買い替える!! NEW!

13.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~(↓))3週連続

14.ヘッドフォン、Bose Quiet Comfort 2のへビーユーザーとしての本音 -万国iPod向けヘッドフォン博覧会 その1- NEW!

15.MSNの「太陽」の記事、ご紹介 NEW!

16.私のスーパーバイズ ~実践編~ COME BACK!

17.「わらしべ長者」と「下克上」の時代 NEW!

18.「CDプレーヤー」カテゴリーへの直接リンク NEW!

19.演歌世代の親父に捧げる中島みゆき(↓)

20.「すべては偶然なんかじゃなく、すべては必然なコトばかりなのかも知れない」 NEW!

21.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている COME BACK!

**********

 1位の記事、何と、最終更新が05/11/28の記事なんです(^^;;;;)。それを恐らく検索サイトで発掘してくださった方が、「某巨大サイト」で紹介してくださった!!

 それが、あの、「8/6の奇跡」の要因だったと見抜くのに時間がかかりました。なぜなら、そのサイトからこの記事へのアクセスは僅か1%のシェアにその時点では過ぎなかったのです。

 しかし、その「巨大サイト」記事が、今度は大手検索エンジンに引っかかり出し、そこから私の記事においでの方が出てくる、という連鎖反応が一気に生じたのだと思います。

 そのことを掌握した8/10になって、実はそのことは読者の皆様に伏せたまま(とっくに1位でしたが、バンドワゴン効果を起こしたくないので)、今回12位になった記事を「意識的に」書いてみた。ホントに1,2ヶ月前にKOSSのが故障して、携帯CDプレーヤー買い換えていたんですよ。わざわざこの記事書くために買ったりは、私もしません!!

 もっとも、「二匹目の泥鰌(どじょう)」を「狙った」割りには伸び悩んだかな? という結果です(^^;;;;A

 いずれにしても、そこのサイトで話題にしてもらったことだけでも嬉しかったですね。もっとも、そのサイトでの議論では賛否両論だったみたいだけど、それでも、率直に嬉しいです!!
 影でこそこそ批判されているのではなく、ささやかではあるけど、「議論の種」としてもらっている感じでしたから!!

 繰り返しますけど、トラックバックなしで私の記事への批判を書かれるのは全く自由です!! それが、インターネットに参加する者が「覚悟すべき」事柄で、それが嫌ならネットは閲覧だけで書き込みしない方がいいですよ、というのが私の意見です。わざわざ相手のブログまで乗り込んでいって「フレーム」で消耗するなんて大人げないと私は思ってますし(やるときはやりますよ)。それくらいなら、その相手の方の批判が「的外れ」でも、自分がどう表現していたらそういう誤解が生じない形で意図を伝え得たかを自分で反省する材料にしたい。

 「他人が自分のことを『誤解する』権利が保障される場所でないと、相互理解は生じない」

というのが私の信念です。他人に「誤解する」権利を認めないのはひとつのファシズムだと私は考えます。

 浜崎あゆみが"(miss)understood"というアルバムタイトルに込めたのは、そして同名タイトルの曲と"in the corner"に込めたのは、

 たとえ「いい方向に」誤解されるのですら私は辛い。
 ファンとしてのあなたが感じているayuへの共感は、
 私(ayu)の思いとは無縁なところでの
 「思いこみ」かもしれない。
 それをayuは辛く苦しく感じる時すらあるのよ。
 でも私は皆さんの「思いこみ」を壊したくないから
 耐えているの。

という、さりげないメッセージにもなっていると理解するのが素直な詞の理解だと思ってます。

 それを更に普遍化して、

 「理解ありげに近づいてくる男たちの、
 (性的)『好奇』のまなざしに騙されるような
  女じゃ駄目よ」

という、若い女性ファンへの"compassion"な(「傷みを-共に-する」)メッセージでもあるとは思いますが。

(この示唆を参考にして、あのアルバム全体を聴き直すと、味わいが違うかも。例えば、わざわざ「続編」まで新マキシに吹き込んだ、"Lady's Night"でayuが必死に伝えたがっていることにも何となく気づけるかも)

*****

.......おっとっと、「ウェブログ・ココログ関連」以外のカテゴリーや、ランキング以外の個別リンクを張らない決まりにしたこの連載記事でぽろりとディープなayuネタになっちゃったけど、これくらい「さりげなく」書いておくぐらいがちょうどいいでしょうね(^^)

******

 ちなみに、なぜ今回「だけ」21位まで出したかというと、昨晩21:20に新掲載した、20位の記事、実はフォーカシング関係者の多くや当時の院生仲間にはとっくに告白している内容ですが、さすがにちょっと書くのに勇気がいったため、むやみと誤字が多く、繰り返して修正して再アップし直したので、「私自身のアクセスカウント」で20位に入ったのを確実とみなし、「本来の20位」まで掲載したと理解して下さい。

 あそこで書いたいきさつで東大大学院にもぐり込めた私を「ずるい」と感じる方はそれでいい、私にいらぬ幻想を抱かれるよりは、という思いも込めました。それこそ、"Mr.(mis)understood"でいいと。

*******

 ちなみに、これを書いている「今、この瞬間」(8/13 AM 1:59)までの当ブログ延べ総アクセス数は、83282です。

 今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくご贔屓(ひいき)に、お願い申し上げます。

2006/08/12

「すべては偶然なんかじゃなく、すべては必然なコトばかりなのかも知れない」(第3版)

 先週もご紹介した、msnの「のだみ流・働(はた)楽(らく)論!」 の連載、、第12回 「計画された偶発性」の実践(前編)は、に続く、第13回の「後編」も、いよいよ素晴らしい内容です。

> クランボルツ教授は、
> 数百人のビジネスパーソンのキャリアを分析した結果、
> 「キャリアの80%は予期しない偶然の出来事によって
> 形成されている」という興味深い結論を導き出しました。

> 絶世の美女と付き合いたいなら、青山を歩け。

******

 すでにここでも詳しく書いたように、私の生涯そのものが、まるで「神様が仕組んでくれた偶然の積み重ね」めいたところがあります。

 そこでも書いたように、フォーカシングと、当時立教の村瀬孝雄先生との出会いそのものが、ほとんど「神がかり的」な偶然でした。

 更に、その孝雄先生(奥様の嘉代子先生と区別するためにこの言い方で通させていただきます)が、「不本意ながら」東大に引き抜かれてしまうという、更なる運命の転機。

 孝雄先生ご自身は、東大に移られることを「栄転」などとは全く考えておられず、立教の教授として勤め上げることしか考えていなかったのですね。

 そのくらい、学会政治的には無関心、ただ研究者としての己れの良心に誠実でありたいと願うという点では、ほんとうに「永遠の青年」のようなピュアさをお持ちでした。 「だからこそ」、一介の「フォーカシングおたく」に過ぎなかったはずの私を院生として迎えて下さったのだと思っています。

 私が決して忘れない光景。

 「これで私の人生設計はすべて無茶苦茶になった!!」

と、孝雄先生は、立教の研究室で、院生たちを目の前にして、公式発表の場で口にした途端、「号泣された」のです!!

 それは、当時M2だった私にとっても、将来への決定的危機でした。

 「村瀬あっての阿世賀の立教大学院入学」だったのだから!!

 「もし、私が立教に残っていれば、君を博士後期まで面倒見て、研究者としての道を開いてあげられたのになあ.......」

 私が博士後期課程の試験に不合格になった(これは、当時の教授会の「全く適切な」判断だったと思います。残された教授陣にフォーカシングを指導できる先生がおられなかった以上)その日、二人だけの時に、孝雄先生自身が漏らされた言葉です。

*****

 私はここで、孝雄先生自身すら考えも及ばなかった「生き残り策」探しを始めます。
 
 どうして「その時」そこまで勇気が出たのか今も思い出せません。

 「東大の大学院研究生になれないか??」

 この調査は、何と孝雄先生にも内緒、当然「置いて行かれる」他の院生にも内緒の「隠密行動」でした。

 自分で赤門をくぐり、東大大学院の入試課を訪れ、大学院研究生の募集要項を手にする。
 
 基本的には、東大の教育学研究科の教育心理専攻の博士前期課程修了者でないと資格がないことを示唆する内容が、必要条件の「第2項」までには書かれていた。

 ところが、それに続いて、次の「第3項」があるのを私は見落とさなかったのです。

> 3.これらと同じ水準にあると認められる者

 私はこのことを確認した時点で、はじめて電話で、孝雄先生に「東大の大学院研究生になれないか?」と打診しました。

「無理ではないか」

と最初言っていた孝雄先生の電話口の声が、私が、先ほどの「第3項」を伝えた瞬間に突如明るくなります。

「うん、それなら君を連れて行けるな!!」

 私が東大大学院研究生3年間という、実質博士後期満期退学に近い最後の学歴「のようなもの」を獲得し、東大や九大をはじめとする旧帝大系の心理教育相談室出身者と同等のキャリアと人脈という「財産」を手に入れるきっかけは、たったこれだけの、向こう見ずな勇気のなせる技でした。

  「フォーカシング研究者」としての阿世賀は、ここでこの決断をしなくてもこの世に存在したかもしれない。

しかし。

「開業カウンセリングにおいても十分にその能力を発揮できる、現場臨床家」

としての私は、現在、この世に存在しなかったと思います。

その後、村瀬孝雄先生が早世された「逆境」すら、私は「運」に転じてしまいました。

 亡くなった以上、自分の師に甘えられない。でもそれは、師に拘束されないということでもあります。

 それだけ自立心の強い存在になるしかない。

*****

 私の両親の健勝と経済的安定が私を支えた「だけ」ではないか、と感じる方には申し上げたい。

 仮に両親が同じ状態にあっても、私が大学院浪人のまま、ただの駄目社会人でアニメおたくであるに過ぎない人間に留まる確率は、いくらでもあったでしょう? と。

 両親が健勝で経済的に安定していさえすれば夢がかなうほど、世の中は甘いものではないでしょう? と。

 敢えて言います。両親の健勝を支えているのは、実は私がある意味で「逆境に対して不屈」で、すべてを「運」に変える力を発揮してきた「から」、でもあるのではないか?と!!

第3坂で増補:
 
私はアニメファンを決して軽蔑はしていないつもりですし、アニメおたく、即社会人として駄目とか全然思っていませんので、誤解のないように。若いフリーターの皆さんにも、「私にできない生き方をしている」と心から敬意を払っています。

 ayuファンがアニメファンより上級という意識もないです。私がayuの熱烈ファンで、コンサートにも行き、学会発表までしたと知ると、大半が受験秀才であるに過ぎない若い院生たちの大半が「引く」のを学会の場でいくらでも体験してきましたしね

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 きっと、私がayuファンというだけでスーパーバイズを受けようかどうか迷っている人たちがきっとたくさんいるでしょうけど(^^;;;;;;;)、アニメへの詳しさという点だけなら、私が斎藤環先生に全然かなわないのは間違いないです。何しろ直接の面識があり、今ご紹介した本にあたる内容の講演も、ものすごいアニメの図版集付きのパワーポイントのプレゼン付きでお聴きし、エヴァンゲリオンの深層心理私のエヴァ本ですら「とっくに」読んでおられましたから。

「だからさ、今日の講演の企画者の中にあなたがいるとわかっていたから、今日は『エヴァ』ネタ多めにしておいたでしょ?」

私はむしろ、私の存在のあり方そのものを、

「アニメおたくでayuおたくだって、
何にだってなれるかもよ。
私の後に続け!!」

励みにしてもらえれば、とすら、思ってます。

 .....これこそ「傲慢な」言い方に写るかもしれませんけど、私が「おたく」ではあっても「エリート」でないことは、このブログの読者の皆様は、もうおわかりでしょ? 私は一介の「フォーカシングおたく」としての「出自」を決して忘れないつもりです。)

******

 実は、こうした成り行きをまるで「神秘」のように感じていることそのものが、私を最終的には傲慢に陥らせない「謙虚さ」を保たせています。つまり、

「神様は、私がそれにふさわしくないと思われたら、いつでも『容赦なく』私からその役割を取り上げてしまわれるに違いない」

と感じています。

では、「私に」できるのは何か?

自分にその時与えられた状況をすべて「神の意志」とみなして

「必死に『神の声』=『フェルトセンスの声』を聞き漏らさない生き方をすること」

だけなんです。

神(=フェルトセンス)が私に「開業せよ」と命じたから開業しただけです。

私は特定の宗教の信者ではありませんが、神の「臨在」は確信しています。

*****

 なお、「神との対話」とフォーカシングの関係については、スイスの偉大な法律家にして、「幸福論」「眠られぬ世のために」で著名な宗教的著述家、カール・ヒルティについて私が書いたことをご参照下さい。

 この記事のタイトルは、浜崎あゆみの
浜崎あゆみ - I Am... - Daybreak
"Daybreak"
の歌詞より取らせていただきました。

浜崎あゆみ/I am...4rdアルバム "I am..." 収録

2006/08/11

ちょっと充電モード.....かな?(第2版)

 今週は、特にカウンセリング系で目立った記事を書かないままになっていて、このままでいいのかいな? と思ってますが、いくつかアイデアは温めていたものの、私のフェルトセンスからの「goサイン」が出ません!! 

 ayu系も、”BLUE BIRD””My Story”について書くと宣言したまま、そのままですね、全く......

 ネットでの「顧客誘致活動」そのものはそこそこ手応えある成果出てきた確信はある。そうなると、この前も書きましたけど、「24時間営業活動モード」みたいなネットの書き方は、むしろ息が詰まると感じ出したというのがホンネです(^^;) 

 書いてる時は「むちゃくちゃ楽しんで」書いてますけど、自宅が「寝る場所に過ぎない」化が進み、「それではヤバイ!!」と、私のフェルトセンスは私に忠告するのだ。

 実は、このブログそのものが、不特定の読者の皆様を「リスナー」としての、私のフォーカシングの「ライブ」そのものということに読者の皆様は気づいていただいているかどうか?

  もとより、ここでは書いていないひとりフォーカシングは日常当たり前のようにやっているわけです。私にとっては、眼鏡や入れ歯のような、当たり前の、でも、日常生活になくてはならないツールに過ぎませんので。

 さすがに大船の街の中だけでの生活に退屈してきたのかもしれない。

 今年は、公式には「お盆休み」はないままです。「開業中」ですけど、さすがに来週は予約も少ない。

 こうなったら久々に最低でも横浜まで出て映画くらいは見ようかなと思ってもいます。銀座での「太陽」は別格として(上映回数、増えたみたいなのが助かる!!)、やはり「ゲド戦記」かしらん。

 意外とリメイクの「スーパーマン」とかもいいかも。私、スーパーマンI&II お買い得ツインパック「前回の」クリストファー・リーブ主演の第1作は、なぜが☆おすすめ品☆ スター・ウォーズキャンペーン スター・ウォーズ トリロジー DVD-BOX(初回限定...「スター・ウォーズ」第1作(Episode 4)以上のファンなのであります。

2006/08/10

「こういちろう楽天系楽天系愛用の品々」大増補

 こちらからどうぞ!!

 このブログで取り上げた品物も,そうでないのもあります。
 
 結構楽天での物選びが「まめ」でコストパフォーマンス主義なの、わかってもらえるかも。

 TV通販で有名な商品とかも、まめに探すと、楽天の方にもっと安いのがあったりしますので、ご参考までに!!

今どき、携帯CDプレーヤを買い替える!!(第2版)

 すでに一度この記事で書きましたけど、日本の携帯CDプレーヤは、iPodとmp3旋風が吹き荒れた時点で、致命的な戦略ミスをしたと思います。

 その時書いたことを、多少増補して再整理しますと、

1. ある世代以上は、実はそんなに急激にダウンロード音楽購入になじまず、CDを買い続ける。

2. CDショップからの帰りがけに曲を聴きたくなる層は決してなくならない筈。

3. iPodユーザーでも音質にこだわる層は、「Appleロスレス」のような、可逆圧縮の、CDの情報量を全く落とさない形でのCDコピーに固執する以上、CDそのものは買い続ける筈。

4.多くのシスコンのCDプレーヤー部の、どうしようもない音の悪さ。

5.「長時間再生能力重視」路線アンプ部の電力消費を押さえ込む結果、音にゆとりが失われるということ。

 こうした結果、たとえ電池消耗が早くても、単3電池2個で稼働する、薄型・多機能路線にも背を向けた、しかしLINE OUT端子付きの「シンプルで安価な」携帯CDプレーヤーを、ニッケル水素電池で駆動したら、たいていのシスコンが逃げ出すくらいに音がいいのが現状なわけです。

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Kosscoplayer 実は,これらのことに気づかせてくれたきっかけとなった、1年前のカナダのトロントでのフォーカシング国際会議からの帰りに空港で買って以来使っていたKOSSのKS5303なんですが、ついに故障しました。

 日本のどこでも売ってない商品ですから、修理してくれる場所もなし。

 そこで、この機種から学んだ経験則をそのまま適用、

「単3電池2個で稼働、
薄型・多機能・長時間再生路線にも無関心、
しかしLINE OUT端子つきではあるぐらいの、
シンプル機能で安い機種」

だけを基準に探したのです。

コイズミ ポ−タブルCD【税込】 SAD-3901-W [SAD3901W]SOUNDLOOK(コイズミ)SAD-3901-W

 この機種、ACアダプター端子はあってもアダプターそのものは付属していない、というあたりまで徹底して、余計なものが何一つ付属してません。CD-Rに対応はしますが、いわゆる「ダウンロード」された音楽媒体への対応は、mp3すら無関心。HDドライブやSDなどのメモリーを使うプレーヤーへの対応やMDとの互換性すら全く無関心。ほんとに、10年前のCDプレーヤみたいな作りです。

 しかし、音質は......

大当たりでした。

イッセルシュテット/ベートーヴェン:交響曲第2番/第4番クラシックの名盤でも余裕綽々、

(これ、アナログ期のデッカを代表する名録音です。リマスタリンクも恐ろしくいい!! 内容的にも、ベートーヴェンの交響曲第2番は未だにこの、シュミット=イッセルシュテット/VPO盤を凌駕する演奏なし!!

浜崎あゆみ/BLER BIRD (DVD付) target=浜崎あゆみの最新盤も全く見事!!

 少なくとも、音の広がりのたっぷりとした余裕感だけは、iPodのロスレスですら、ややチマチマしたものに感じさせるくらいです。

 ちなみにヘッドプォンは我が愛機の最高峰、グラド プレステージシリーズ【税込】 SR325I(GRADO) [SR325IGRADO]GRADO SR325i

あるいは、外出用の最高峰、

HEADPHONE(ヘッドフォン)STANTON(スタントン) DJPRO3000STANTON DJ PRO 3000

を、自分でブチルで鳴き止め処理した、ステレオミニジャックへの、オール金属削り出し変換プラグを通して聴いた結果です。

 電池は、サンヨー 単3形ニッケル水素充電池「eneloop」 4本パック HR-3UTG-4BPサンヨーのニッケル水素単3、"eneloop"です。

2006/08/08

475アクセスの日はネット休みの日だった!!(第4版)

 6日の日曜日、恒例の「先週の人気記事ベスト20」を出してアップロードした後は、完全に「講師出張準備モード」に突入、実際に大船を出発する直前にネットをのぞいて以降、翌、7日東京行き最終のこだまで、小田原乗り換えで、大船に、ほぼ24時に帰り着くまで、ネットを全くみませんでした

 今回は完全にパソコンから離れてみる「実験」をしたのです。

 私にとって、たとえ浜崎あゆみについて書くことすら、「顧客誘致活動」の一環であります(^^)。

 自営業者は、よほど意識的に休暇を取らないと、純粋なプライベートの時間というものが「全く」なくなります。このことは、「同業者」の方なら理解していただけるでしょう(^^;)

 私にとって、講師出張の時の「講師の時間以外」は、自分の開業オフィスのことをすっかり忘れていられることが、どれだけの息抜きになるかを自覚し始めたのです。まあ、そのくらいには、2,3ヶ月前よりはお客様が増えて来たということでもあるし、いざカウンセリング系の記事を書くとなると、もはや「日本のカウンセリング業界全体を覚醒してやる!」くらいの覚悟の「超ウルトラ真剣勝負」の記事しか書いていないつもりですから。

 誰かひとりぐらい、私の「行動化」の記事について、「それなら、分析空間での出会いオンデマンド版松木邦裕先生の本に出て来る"acting in"という概念と、どう関わることになるんだ?」ぐらい言って来ないのかな.....と楽しみに待っていたのですが(^^;)

(実は、この本、まだ引っ越し荷物の開封していない段ボールの中に入ったままなので、この概念との兼ね合いチェックしないままなのである。以前も書いたと思いますが,松木先生は、ここ数年の中で「唯一」私を「へこませる」ことに成功した先生です。「あ、あの『カミソリ松木』先生を、畏れ多くも、事例のコメンテーターに招聘したわけ?」 と、ディープな精神分析系の人にあきれかえられるのは承知です。ただ、それは単なる「相互誤解」の行き違いに過ぎなかったと今では思ってます。もっとも、「本格的精神分析教育のあり方」や「現場臨床と正統派精神分析の関係をどうとらえておられるか」について、夜の部でフォーカシング仲間と一緒に直々お話を伺えた体験は決して忘れられない貴重なもので、実はここで書いた「入門編」の方の私のケース・スーパービジョン観は,その時松木先生から伺ったお話のかなりの程度、受け売りに過ぎないのであります。)

 業が深すぎる鉄ちゃんの私は、たとえ何回乗ろうと、空いているこだま号(満員のひかり/のぞみには心休まらず、乗らない主義とは以前書いたかと思います。小田原に停まるひかりって、わざわざ新横浜や品川まで「北上」するのがうざったい、大船や平塚等、湘南地区から名古屋、大阪に向かうお客さんで、満員になりやすいし、名古屋まで1時間10分というのは、間違って居眠りしたら、次は岐阜羽島だった!!になる危険があります。過去一度やらかしました。それなら、爆睡しても小田原から名古屋まで2時間半かかるこだまの方が安心してくつろげます。1時間に1本は、まさに「名古屋行き」ですし)と、近鉄特急の中ではゴキゲンなのであります。そして、ホテルでもひたすらiPodと個人的読書に浸れる

*******

 何とその私がネットを全く覗いていない、約32時間の間に、とんでもないことが生じていました。
 
 6日日曜日夜19:00-20:00の段階で、1時間94アクセス(しかも訪問者数93!!)の新記録、その勢いは堅持され、 結局6日は24時間で475アクセスという、過去2番目の大記録(1番の日は、ちょうど500アクセスでした)!!。訪問者数は310名

 その勢いは、そのまま、私が24時間ネットを全く覗かなかった7日にも維持され、323アクセス、訪問者数200名!!

 結局、6日午後4時から翌日24時までの「空白の32時間」のアクセス数は、564アクセス、(訪問者数385)、24時間平均に換算する(×3/4)と、423アクセス、229訪問者数ということになります。

 その後、特定のリンク元からの大量流入の形跡、特定の記事へのアクセスの集中などをアクセス解析で調査したのですが、特に顕著な因子はなし。

 なお、コメントやトラックバックは、この期間の途中に一つも送られてこなかったし、削除もしていません。

 唯一、確実に突出していたのが、6日における「サイト内移動」106 46.3%という数字でした。つまり、私のサイトに入った後で、あちこち移動して下さっている、ということです。

 当然、「先週の人気記事ベスト20」から他の記事に飛んでいただくと、すべてこの「サイト内移動」に該当します。しかし、この記事そのものへのアクセスは、その日2位であるに過ぎないのですね(訪問者数で5.7%)。

 この日、「ある特定の個別記事」(バンドワゴン効果を避けるため、その記事がどれかは敢えて次回の「ベスト20」公表までは公開しませんでした)の方が、「ベスト20」よりもアクセス数、訪問者数で上回っています。

 何とその記事は、過去一度もベスト20に含まれていなかった、とだけは付言します。

 いずれにしても、「ベスト20の公表」をはじめて以来、アクセス数が伸びていることは確かです。「私が読ませたい記事」ではなくて「実際に読まれる記事」の公表の持つ意味について、深く考えさせられた次第です。

 もとより、私は、多少、「もっとよく書けたかな」と思いつつも、手を入れないまま、敢えて当時の自分の軌跡そのままの公開を優先し、そのまま公開している記事はありますし、「『大改訂』の際に敢えて『新規記事』として掲載しなおした」ケースも過去1件(ayu関係)ありますが、自分で書いてupした記事本文全体を、後で自分で削除してしまったことは「過去一度も」ありません

 「改版」はしても、絶対「リセット」はしない主義です。

 自分自身でアクセスしている分が統計上はとんど意味のある数値ではない、ということがはっきりして、その点ではちょっと自信を持ちました。

 いずれにしましても、

 たくさんおいで頂きました読者の皆様には、厚く御礼申し上げます。

2006/08/06

先週の人気記事ベスト20!!(7/30-8/5)

 恒例、@NIFTYココログの、日曜日-土曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使っての「先週の人気記事ベスト20」4回めです!!

 すでにお断りしたように、途中の8/2に、@niftyココログ有料コースのアクセス解析機能が大幅にバージョンアップしました。それに伴い、週間集計を今後「平易に」やろうと思うと、一週間についての計算を一日早める必要が出てきました。ですから実は7/30(日)に関しては重複したデータとなりますが、お許し下さい。

 固定リンクでのアクセス率の順位のみから集計しています。
 7×24時間、つまり5日(土)24:00の一発集計です。

 それでは発表!!

 この一週間の総アクセス数、延べ2070!!(一日平均295.7アクセス!!)

平均アクセスほぼ300!! 一気に1.26倍に増加、もちろん過去最高です。

 ちなみに、今回から、訪問者数の統計もデータとして抽出できるようになりました。何と週に1558名様です!! 恐らく、同じ人が別の日に訪問されても「別の人」とカウントされるのだと思いますが。逆にみると、リピーター率がたいへん高いということになるかと思います。誠にありがとうございます。


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1.ところで、「演歌世代の親父に捧げる浜崎あゆみ」はないの? って? NEW!

2.カウンセラーのネット活動についての大いなる誤解に挑戦する!! (↓)

3.演歌世代の親父に捧げる中島みゆき NEW!

4.今後、大学学生相談において、従来の「社会的引きこもり」に相当する学生についての相談は減って行く可能性がある( 2 )(↓)

5.カウンセリングの開始とは、実は、クライエントさんの最初の「行動化」である NEW!

6.「死にたい」と言ってもらえること(↓)3週連続!

7.インシュレーターは使わないに越したことはない COME BACK!

8.「共感的に」人の話を聴くとは?(入門編)(↑)

9.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~(↓)

10.ちなみに、今の私が一番思い入れのある中島みゆきの曲は..... (↑↑)

11.先週の人気記事ベスト20!!(7/24-30)

12.「ビオン」カテゴリーへの直接リンク NEW!

13.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index COME BACK!

14.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている (↑)

15. 相談に来た方の話を「受容しよう」と「がんばる」ばかりのカウンセラーの弊害 NEW!

16. 夢フォーカシングについて COME BACK!

17.オーディオにおける接点復活剤について(↑)

18 .「自己一致」カテゴリーへの直接リンク(↓)

19.ネット上の、鬱病克服、社会復帰の秀逸な記事のご紹介(↓)

20.「パリ、テキサス」予告編、今MSNで観れます NEW!

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 はじめて、ayu関係の記事がトップをとりました(王子のきつねさん、私のコメント、少し私がムキになってしまったかも。どうかお許しを m(_ _)m)

 .....な、何か、今週は音楽サイトですね(^^;)

 5位の記事、実は相当にリキ入れて書いたのですが、途中でタイトル変更するなどもしましたし、ある意味で現場カウンセリングのキャリアがかなりある人でないとピンとこない「逆説」だったかも。これ、続編があるはずなんですけど、何か、この部分までで一度、本格的カウンセリング系の記事、燃え尽きてしまって....

 .....というか、書いている最中に、私の体験過程が更に推進し、TAE(Thinking At the Edge)状態にものの見事にはまって、エネルギー120%の文になり、当初予定していた後編の内容のままでは釣り合わなくなって、後が続けられなくなるという、嬉しい誤算になってしまったのです。そのくらい「革新的」な書き方の内容だと自負しています。私の「業界内」の知り合いは、全く自然に理解してくれたのですが....

 さて、実は、「3アクセス以上」の週間順位がつけられたのは、今回は何と一気に124位までと、3倍に膨張しました。最初に述べたように、過去最多週間アクセスでしたから、裾野が広がるのは当然の結果ということになります。

 これを期に、"msn",「俳優」、「キャリア形成」という3つの新カテゴリーを追加させていただきました。

 ちなみに、これを書いている「今、この瞬間」(8/6 AM 01:22)までの当ブログ延べ総アクセス数は、81256です。

 今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくご贔屓(ひいき)に、お願い申し上げます。

2006/08/05

またもやmsnより:キャリアは先の先まで計画を立てて積むものではない(第2版)

 またもやmsnですが(^^;;;;)、リクルートのフェローである、経営コンサルタント、野田 稔(のだ みのる)さんの、
「のだみ流・働(はた)楽(らく)論!」 の連載、たいへんおもしろいのですが、第12回 「計画された偶発性」の実践(前編)は、「我が意を得たり!」の内容です。

 野田さんは、キャリアを積む際に、早い段階からガッチリとした構想を立てて計画的に一歩一歩のぼっていくあり方に疑問を呈し、スタンフォード大学のクランボルツ教授の「計画された偶発性(Planned Happenstance Theory)の理論を引用します。

 そして、

 「幸せなキャリアとは、ある程度ドリフト(漂流)しながら築き上げていっていい」はず

ということを提唱しておられます。

 これはまさに、私が先日、大学学生相談における「社会的引き籠もり」についての相談が今後減少していくはず(旧来の「社会的引き籠もり」層は、20代後半から40歳前後までに「高齢化」していく)、という記事で書いた内容と、ものの見事に一致します。

 私自身の経歴も、まさに「わらしべ長者」のようなもの、ということも以前お書きしましたけど(^ ^;)

(この記事も参照)

 もとより、「わらしべ長者」というおとぎ話が、単なる「楽天主義」「成り行き任せ」「行き当たりばったり」とは異なる、主人公のある一貫した「判断」と「行動」のパターンの上に成り立つことについては、その続編で、歴史考証を含めて論じてみましたが。

「なるようになるダバないダバさ!!」

のようでいて、実は奥が深い!!

2006/08/04

MSNの「太陽」の記事、ご紹介(第2版)

 またもやMSNで見つけたのですが、「太陽」

昭和天皇の敗戦前後の数日間を描くという、途方もない企てに挑戦したのは、ロシア人の監督さんだったわけですね。

 もちろん俳優の多くは日本人。昭和天皇役はイッセー尾形、皇后役が桃井かおり。

 ちなみに、桃井かおりさんは、私が一番好きな「日本人の」女優さんです(^^)

 NHKのドラマ「天下堂々」(1974)以来のファンですから、完璧な同時代ファンですね(^^)

(しかし、ナスターシャ・キンスキー、中島みゆき、浜崎あゆみ、桃井かおり、と並べると、私の永遠の憧れの女性像って何となく伝わりますよね(^^;;;;;;;))

 侍従の人の、生前の陛下の御発言についてのメモが公開されるという、絶妙のタイミングに日本公開されることになりましたが、私、断然観たいです、この映画。

 恐らく、「月一度の東京23区内での仕事の日」に銀座に観に行きます。

 パンフは、またもや親へのプレゼントとして、一部余計に買うでしょう。

 以上、「なるちゃん」、「おわちゃん」、お父様に負けずに、おじいさんのいい跡継ぎになってよね!!....の、「一郎」という「運命の名前」(「宮様」と同じ年生まれ)をもらったこういちろうより。

 ちなみに、私の両親の結婚の日は、現天皇ご夫妻の結婚の日です。親はこのことを私にひた隠しに隠していたのですが、中学の頃かな、私が「古い地方新聞の切り抜き」を父の書斎から発掘してしまって.....小さな記事でしたけど、しっかり「あやかり結婚」の記事に父母の名前がありました。

 なお、公式ホームページはこちら

******

 ソクーロフ監督の作品には、他に、ヒトラーを描いた「モレク神」、レーニンを描いた「牡牛座」があり、この「太陽」と併せて「四部作」をめざしているそうです。しかしこの2作はまだDVD化されていないそうなので、90分ワン・カットという手法での美しい映像が話題となったという、エルミタージュ幻想「エルミタージュ幻想」をご紹介しておきます。私も未見の映画ですが。

2006/08/03

カウンセリングの開始とは、実は、クライエントさんの最初の「行動化」である

 私が、この記事の後半や、この記事で、「事例検討会」や「事例研究発表」、「スーパービジョン」というものについて、たいへん手厳しい発言を繰り返していることに、この記事をお読みの、特に経験の浅い、若い臨床家の読者の皆様に大きな困惑と混乱をもたらしている可能性があるかと思います。

 (例によって、これは私の「シミュレーション」ですよ。私は正直にいって、他の方のブログ等を読む時間を今やほとんど全く持ち合わせていません。申し訳ありませんが)。

 事例発表という行為そのものが、治療者自身の「行動化(acting out)」のリスクを負っている、とまでいわれると、これから「業績作り」をしながら、職歴をステップアップする必要に迫られている若い臨床家の方は、そりゃ、むっちゃくっちゃ困惑されることでしょう(^^;)。

 「行動化(acting out)」とは、クライエントさんが、本来治療者との面接の関係「の中で」「内面を見つめながら」解決すべき事柄を、その「枠」を壊して行動して解決しようとすること全般を指します....という言い方をすると、たいていのカウンセラーの方と共通理解が得られるでしょう。

 でも、実は結構曖昧な使い方がされている概念です。例えば、カウンセラーに何も告げないまま他のカウンセラーに相談に行くこと、面接の予約時間を破ること、カウンセラーを異性として好きになり、無理矢理抱きついたり、カウンセラーの帰宅時に「あとをつけていく」などのストーカー行為に走ったり(この問題の深刻さは、あまり表立って議論されていない領域です)、オーバードーズやリストカットなどの自殺企図、「転移」の問題に直面した時、衝動的な性的逸脱行為や飲酒に走ることなど、みんな「行動化」=「よくないこと」とされているのですが、どうも、それらを「クライエントさん側の自我が弱いために引き起こされた、本来好ましくない、カウンセラーにとって迷惑な行動」と位置づけ、「行動化」を起こすクライエントさんはそれだけ病理が深く、手におえない「厄介な」クライエントさんだと位置づけるに留まることが多いのです。

 しかし、それを言い出すのなら、カウンセラー自身がアルコール中毒といわれかねない深酒をしていたり、衝動的で不安定な異性関係を繰り返す癖があったりしたって、カウンセラーの「行動化」でしょ? と私ならいいたくなります。

 クライエントさんが次々とカウンセラーや治療者を渡り歩くこと(セラピスト・ショッピング)が「行動化」というのなら、カウンセラーが次々といろんなカウンセラーにアドバイスを求め、面接の内容までぶちおまけて相談するのも、「ワークショップ・ショッピング」を重ねるのも、見事な「カウンセラーの」行動化ではありませんか!!

 中井久夫先生が看護のための精神医学第2版「看護のための精神医学」等で、クライエントさんのその種の「セラピスト・ショッピング」を「よくない事態」と考えることそのものに敢えて異議を唱え

 「そうやって、幾人もの治療者を渡り歩く中で、患者さんの病理は次第に『弱毒化』されていることが多い」

 という画期的な発言をして、治療者としての自分は、そのクライエントさんの巡回する、たくさんある『寄港地』に一つに過ぎない、くらいのスタンスでいればいいかのごとく示唆しているわけです。つまり、「クライエントさんが行動化を引き起こす責任をカウンセラー側の責任として『抱え込み』過ぎることにも警告を発しているわけですね。

 ただ、今度は、この「行動化の傾向が強いクライエントさんとの面接過程」について、担当カウンセラーが他のスタッフやスーパーバイザーや上司に相談せず、「ケースを『抱え込む』のみになるのはよくない」ということ自体が「カウンセラー教」のドグマになっている。

   中井先生が示唆しているのは、

   「抱え込まずに事例検討会に出せ
   ということではなく

  「クライエントさんがあちこちの治療者を
   渡り歩くのを適当に放置しておき、
   舞い戻ってきたら、相手をするくらいの
   スタンスでいいんだよ」

ということなのである!!

.....ってことは、セラピスト側が、いろんな流派のいろんなセミナーやワークショップ、スーパーバイザーを「渡り歩く」という「行動化」に走ることも、中井先生は許しておられるとみていいでしょう(^^;;;;;;)

 ある観点から見れば、カウンセリングを受けようか迷っている一般の皆様が、

 「問題を自分とその対人関係の当事者の間で解決できる『べき』なのに、カウンセラーのもとに通って、親兄弟や妻や恋人や上司や同僚のプライバシーまで暴露するのはよくないことではないか」

.....と悩み抜き、カウンセリングの門をたたくかたたかないかを、時には何年も躊躇し続ける一般の皆様の心情きわめて健康的なものであり(!)、カウンセラーなんぞに相談することを、ここでいう「行動化」にあたると感じていても、全く当然なんですね!!

 カウンセリングの開始とは、実は、クライエントさんの最初の「行動化」であるという視点に立てば、「行動化」というものへのカウンセラーの視点が柔軟になると思うのですが。

*****

 ちなみに、中井久夫先生、河合隼雄先生、神田橋條治先生、ユングなどといった先達の諸先生方が、自分自身の事例の公表を、少なくとも中年期以降、全く控えておられることは、業界では有名ですよね。ほんとうは、これらの「大先生」でなくても、その治療者がある程度業界に名前が有名になり出したら、事例公表には慎重になるのが的確なのではないかと思います。

そして、実は「無名な」治療者でも、実は共通する問題を抱えているのではないかと。

 クライエントさんご本人の許可を得たとか、終結後数年を経た事例であるかどうかなんて、実は全く表面的な「手続き」問題として処理されがちで、「カウンセラーの責任回避」にクライエントさんを「巻き込む」リスクを犯している面もあることへの配慮が欠けていることが少なくないのではないかとすら思いますよ。

以下、第2回に続きます。

NPO法人「日本教育審査会」(Jean)の認定カウンセリングルームとなりました。

 ココから、認定カウンセリングルームのみ掲載が許される、湘南フォーカシング・カウンセリングルーム「審査結果」といいますか、紹介スペースにダイレクトリンクします。

 特定非営利活動法人「日本教育審査会(Jean)」とは、広い意味での「家族・子育て支援」といいますか、教育や医療やカウンセリングを含む様々な組織・団体・個人を紹介するためのNPO法人です。
 現段階では関東地方を中心エリアとしていますが、全国展開を目背しているとのこと。

 「私、子供のカウンセリングは専門ではないのですが」と申し上げると、先日このブログでも言及しました、「社会的引き籠もり」の問題の高年齢化の中で、

「18歳以上の家族内で生じている問題に対応してくださるのならば、十分です」

とのお言葉を頂き、ご推薦を謹んで受諾することにいたしました。

******

 この「日本教育審査会」の設立者の方が、このNPO団体を立ち上げるに至るエピソードがたいへん興味深いものでした。
 
 その方は、ある大手の家庭教師派遣会社の「営業担当」だったそうです。ところが、そうやって営業をして廻っていくご家庭で、お母様からその家庭の問題についていろいろ相談を受けるということが度重なり、ついにはその家に上がり込んで、(「家庭教師」ではなくて、家庭教師の「営業」のはずなのに!)引き籠もりの子供さんと直接長時間話し込んだり、一緒にゲームをしたりというところまで「思わず踏み込んでしまう」ことが出てきたそうです。

 そうした上で、そういう不登校の子供たちに「適した」家庭教師を斡旋する契約を取り付けるということを繰り返すうちに、営業成績を上げるばかりか、

  「こういうご家庭の役に立ついろんな機関を
  自分たちで探しまわり、実際にその機関を訪問して、
  信頼できる機関を審査・認定し、紹介する
  ネットワークを作るだけでもビジネスになるのではないか?」

という大胆な発想をするに至り、NPO法人として「独立企業」したとのこと!!

 私は、その大胆な発想設立者の「心意気」に、同じ「独立開業者」として男気を感じてしまった、というのも、この提携に応じた大きな理由です。

 これで私は合計4つめのweb上ネットワークとの連携に踏み切ったことになりますが、ここしばらく、こうした連携の相乗作用の手応えを、徐々にですが、確実に、感じ始めています。

2006/08/02

累計80000アクセス本日達成!....ただし,,,,,

 ココログの登録者のうち、有料コースの登録者の皆様はお気づきのように、本日(7/2)からアクセス解析のシステムが変更になりました。

 そのため、累計アクセスの計算の仕方にも変更があった模様で、旧アクセス解析システムだと、本日の段階で78000アクセスを超えたことは間違いなかったのですが、今現在で唐突に80260アクセスというふうになってしまっております(^^;)

 何か為替レートの突然の変更で円が値下がりしただけみたいなもので、せっかくこれまで張り合いにしていた「次の目標、8万!!」をいきなりプレゼントされても、嬉しさというのは生じないで、むしろ「拍子抜け」というのが正直なところです。(^^;;;;;)。

 ただ、一日平均240アクセスのペースでしたし、少なくとも、新アクセス解析システムに移行後、本日現段階で、昨日24時間よりもすでに多くの方にご閲覧いただいているのは確かです。達成に約1週間の差が生じただけとはいえます。

 旧解析システムにおける7万アクセス達成が6月28日でしたので、36日で達成、解析システムの変更による誤差1週間分とみても、1万アクセス増加に49日かかった前回よりもかなりハイ・ピッチであることは間違いありません

1昨年12月18日の当ブログ開始から1年7ヶ月半かかったことになります。いよいよ、累計10万アクセスの王台達成が、遅くとも10月頃達成される射程に十分入りました。

 アクセス数、ご訪問者数が刻々と増えている全体傾向には変化がないことも確かで、私としても嬉しいことですし、皆様に感謝申し上げます。

 今後も、私なりに、どういうブログのあり方が望ましいのかを私なりに追求し、本業と両立する形でのクオリティアップを図(はか)っていくつもりです。どうかよろしくお願い申し上げます。

*****:

 なお、解析システム変更の影響で、「先週の人気記事トップ20」の作成は更に容易になりました。ただ、新解析システムの「週間集計」が、日曜日から土曜日までの集計に変更されましたので、発表日が一日繰り上がることになります。

こうなったら久留米の宣伝だ!!

こちらあたりからどうぞ!!

2006/08/01

ところで、「演歌世代の親父に捧げる浜崎あゆみ」はないの? って?

....実はすでにあるんです(^^;;;;;)

***

演歌世代の親父に捧げる浜崎あゆみ
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  「演歌世代の親父に捧げる中島みゆき」実際にCDに焼いたら余白がかなりできることに気がついて、取りあえず編んでみた選集です。

 みゆきの曲の後ろに続いても全く自然なように選んでいったら、このような、たいへんアコースティック色が強いものになりました。

 「自分の父親に捧げる」つもりでayuの詞を読み込むと、思いもよらない理解ができてしまうことに、正直に言ってかなり自分でショックがありましたが(^^;)

    (iMixメモより転載)

****

 典型的なのは、"Dearest"です( ^ ^ )


浜崎あゆみ - I Am... - Dearest

 え、大丈夫なの?....って?

 「何(なん)ばしょっとか! すかたん!
  (何やってるんだ、この役立たず!)
  
 そん頃にゃあ、俺は生きっとらんけん。
 そげん(そんな)つもりでやらんと」

 と、しょっちゅう言(ゆ)うとる親ですけん!!

(筑後の国、久留米弁ですので、ayuの出身の、筑前の国、福岡市とは方言が微妙に違います)

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