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2006/08/14

人は「自己開示」しなくても「自己開示」している!! ~浜崎あゆみの"Daybreak"に寄せて~(第6版)

 私が「自己開示」という概念を「見捨ててしまった」きっかけについては、本部ページの「私のフォーカシング」シリーズ第2部第8話の後編ですでに詳しく書いています。

 あれは、私の「ひとりフォーカシング」の中での、すごく「パーソナルな」スピリチュアル体験として得られた「悟り」みたいなものですから、あそこの後半で書いたことだけでは「腑に落ちない」皆様がいるでしょう。

*****

「石が『自己開示』しますか?」

.....とこういちろう氏が言うのはわかる。でも、言葉にするかしないかで相手の印象がまるで変わることがあるではないか。例えばこういちろう氏がayuファンであるかないかを知らなければ、クライエントさんにも与える印象は異なる。

 石は「自己開示」しないからこそ、深層心理の純粋な「投影」の対象となり、人が石を「観照」して「内的対話」を交わす中で、真の「洞察」を得られることがある、というのも得心できる。

 しかしこういちろう氏はなぜ「中立性」を犯して、石のように「純粋な投影の対象」になることで、クライエントさんの深い心の問題が治療者=クライエント関係に反映するのを妨げるのか?

******

 ......なんてことをなぜコメントで書いてくる人がいないのか、私はずっと不思議だったから、自分でシミュレーションしてしまいます(^^;;;)

******

 この前、私をここ数年唯一「へこませる」ことに成功したのが、かの精神分析の大家、松木邦裕先生だとはっきり書きましたけど、私が松木先生のどの言葉に躓(つまず)いたか、公開してしまいます。

「クライエントさんを汚してはならないよ」

 これは、クライエントさんとの対話の面接の『場』の中で、私が自分が感じたことを(ひとりフォーカシングを通してしっかり吟味してから、ですが)、言葉にして、それをきっかけにクライエントさんに「気づき」のようなものが生じていることについいて、

 「それは、単にクライエントさんが期待している親イメージにすっぽりはまる言葉をあなたが返したのにその人が『迎合した』からであり、そこで陽性『転移/逆転移』状態が『やっと生じた』に過ぎない」

 確かこんなコメントだったと思います(精神分析の専門家の皆様、いかにも「松木節」でしょ?)

 (R.D.レイン風に言えば「共謀」でしょうか? マスターソン風に言えば、「患者の『偽自己』に見事に対応した、.....ええっと、さすがの私も記憶だけでは少し忘れましたが(まだ引っ越し荷物の中!!)、「報酬型部分対象-自己単位」としての「個体化の欲求を抑えた『いい子』の場合だけ見捨てないで、リビドーの備給を与える親」の役割を果たしてしまった、とも説明できるかとも思う)

 これにその時。私は返す言葉がなかったんですね(数年以上前のことです)。

 私も、実はその事例でのクライエントさんとのやりとりがほんとうにプラスのものだったか、確信が心の底でない事例だったから、見事にグサリときてしまったのです。

(ちなみに、この時の事例の具体的な中身は、当日配布して回収した資料でのみ書かれているものです)

 もとより、その傷つきが、実は書物を通して知っていた松木先生なら、私のやり方を理解してくださるだろうという私の松木先生への「陽性転移」が、もろに「錯覚(disillusion")」に終わったからであり、実はその時点で私の中に「妄想的=分裂的態勢(PS)」が生じかかり、「『悪い親』からの攻撃」と体験かねないところだったけど、私ってとっくに「親を自分が破壊して、親が死んでしまうのでないか」という「抑鬱態勢(D)」も経過していることは皆さん、この記事この記事でおわかりでしょうし、それどころか、とんでもない確信犯の「エディプス中年」だということは、今こうして松木先生を「仮想父」にして、書きながらやってる最中ですが(爆)、


 実は、「私が」松木先生のコメントを

 「図星」

とは体験せず、

何か言葉にならない「違和感を感じ続けていた」自分をも

「認めてあげる(acknowledging)」ことができたために、

実は、ほんとうは

「へこんで」

はいても、

「打ち抜かれて」はいなかった

のですね。

*******

「だってさあ、」

.......と、"another part of me"が内側で言い続けていることを私は聴き逃さなかった!!

 「松木先生、『クライエントさんを汚してはならないよ』といわれたけど、ホントに『汚してない』状態なんてあるのかしら????」

 少なくとも、その日の夜の部の宴会の翌日には、そういう疑問が私の中で生じ始めていたのです。

 そして、数日のうちには、

 「他者が、たとえ無言で『そこに-いる』というだけでも、その人に自分が『汚されている』ことに耐えられないなんてこと、例えば「急性期」の統合失調症圏のクライエントさんなら、あたりまえのように、深刻な脅威として体験しているはず」

という答えまでは私の中で確信できました。それは今も変わりません。

 これは、私が、実際の師、村瀬孝雄先生以外で、日本人で唯一「心の師」とし続けてきた中井久夫先生からの圧倒的影響で現場臨床に臨んでいた人間だったからこそ可能だったことでしょう。

(私がどのくらい、書物を通してのみで、講演すら拝聴したことがない、中井先生の圧倒的感化のもとにあるかピンとこない人は、中井久夫先生の著作を「頭だけで」読んでいる人だ、と断言します!!)。

 生前の村瀬孝雄先生が、まさに中井久夫先生と深い絆で結ばれていた先生だということは、実は立教で院生をしている時代には気がつかなかったのです。

Nakai1
 しかし、もうひとり、中井先生と縁の深い精神科の先生のもとで私は病院研修を受けたのですが、その先生を囲んでの「謝恩会」の席上で、その精神科医の先生は、私が中井先生の「分裂病と人類」を引き合いに出した「レポート」を学年末に提出したことについて、孝雄先生のいる前で、

「彼ねえ、中井先生の『分裂病と人類』を読み込んでるレポート出してきたの」

 孝雄先生はそれに応えて、

「ほう!! それは珍しいね、それって、一つの『素質』だと思う

更に、先の先生曰く、

「ほんと、そうですよねえ」

と言っていただけたことを私は忘れません。

 これは、私が立派な「S(分裂病)親和者」であることの「お墨付き」を頂いたことになりますから。

 なのに、後に「鬱」にも一度なれたんですから、これはたいへんな経験値ですね(^^;;;;;;;)。

 もっとも、実は私の人格は、精神科医のものの考え方安永浩先生の言う、開けっぴろげで、「今、ここで」の充実感の中に生きる「中心気質」こそベースだな、と最近は感じてます(^^)。

 いよいよ「贅沢な」生き方ですね(^^;;;;;;;;)

(ちなみに、私は「中心気質」については、もっぱら中井先生の本での紹介と、私の古い知り合いでもある、矢幡洋氏の「星の王子さま」の心理学新装版「『星の王子さま』の心理学」でしか知らないままで、上記の安永先生ご自身の本自体はまだ読んでません。ところが、あるサイトで安永先生の本の「目次」をさっき読んでびっくり仰天!! .....すぐ注文して、読みます!!!!.......私がなぜ目次だけで「あわてた」か、わかっちゃう人、いるかなあ......???)

(『分裂病と人類』という本が、いかに「S(分裂病)親和者」に、「したたかにこの世に『棲(す)み』続けて下さいね。皆さんがいるから、現代社会は「最悪の事態」を迎えていないのです」というメッセージのこもった、生きる勇気と希望を与える本かピンと来てない、あの本の読者の臨床家は、統合失調症圏の患者(クライエント)さんと接する上で肝心な「何か」にまだ気づいていない、と私は「断言}します!!!)

******


 ああ、話がまた「虚栄心のコントロール」がない方向に.....

元の脈絡にもどします。

******

 「松木先生、『クライエントさんを汚してはならないよ』といわれたけど、ホントに『汚してない』状態なんてあるのかしら????」

 「他者が、たとえ無言で『そこにーいる』というだけでも、その人に自分が『汚されている』ことに耐えられないなんてこと、例えば「急性期」の統合失調症圏のクライエントさんなら、あたりまえのように、深刻な脅威として体験しているはず」

........というところまでは、私の問題意識として、残り続けたわけです。

 結局、例えば猫なんて、「喧嘩する時」と「さかりがついた時」以外は、普段は「猫同士は」全く「無言で」互いのコミュニケーションを取っているわけです。

(「人間向け」の「ニャーン」は、本来だと大人の猫なら「不安に陥った」時だけの鳴き方が、「人間界」で人間と共存する中で、人間への「どうかお手柔らかに」というメッセージに置き換わったものでしょう。直前でリンクを張った動物行動学者、伊澤雅子先生の研究による限り、群れを作るライオンとチーターいう例外を除くと、ネコ科の生き物は、本来は、人間で言えば、もろ、分裂気質的な「嫌人権」ならぬ「嫌猫権」を行使しながら,一匹ごとに,お互いにできるだけ出会わない形に別の縄張りを持ち、生殖-出産期以外は「ひとりで」行動するものみたいです。それが崩壊したのは、人間社会が「食べ物の食べ残し」「商品にならない魚介類」を大量に投棄しはじめることで、「人口密度」ならぬ「猫口密度」が増加し、「えさ場を共有」するために生じた「文化適応」とのこと!! 「猫集会」も、本来のネコ科にはみられなかった習性とのこと)

 今度は神田橋條治先生にご登場願うと(ああ、なんという「ひけらかし」野郎だ、全く)、

「人はvocal(鳴き声)コミュニケーション以外にverbal(言語の意味内容による)コミュニケーションなんぞを文化として持ったものだから、厄介な存在になった」

わけですね(ちなみに私は「フォーカシング事始め」の「共著者」です。.....ああこれでは、ひとり「虚栄の市(いち)」.....でも、さすがにサッカレーは読んでません、私)。

アフォーダンスについての記事もご参照のこと)

Genbakaranochiryouron_1
 このことを神田橋先生は"「現場からの治療論」という物語"という近刊でもお書きですけど、元はといえば精神医学は対人関係論であるサリヴァンが言ってることですよね。

↓こっちだったかな?

↓こっちにも出てきたと思う。

 いずれにしても、

 サリヴァンの
「パラタクシス的(parataxic)」「プロトタクシス的(prototaxic)」
(=バリントのいう「基底欠損(basic fault)」状態における言語交流)

と、

「シンタクシス的(syintaxic)」(=バリントの言う、「通常の成人言語水準」における交流)、つまり、サリヴァンの言う、「共人間的有効妥当性確認(consensual validation)」ができる言語交流

との間には、実は完全な断絶があるのではないと私は思う。

 文字による伝達を別にすると、人間のすべてのverbalコミュニケーションはvocalコミュニケーションと「併用される」ます。

 中島みゆきをはじめとするシンガーソングライターの歌う歌は、メロディーと歌詞とリズムと声の質、すべてが「総合的に」発揮されるからこそ、メッセージとしてのインパクトが強烈になる。

 (もとより、詩が「韻を踏む」とかいう事柄は、一種の間接的vocalコミュニケーションが暗在していると言えます。広い意味での「名文家」の文章には,必ず「リズム」があります。小才ながら、私の文も、私が「話している」つもりで読める人でないと、すーっと入ってきにくい筈です)

 また、いわゆる「非言語的コミュニケーション」を、「言語的コミュニケーション」に、一意的に「翻訳」することは、どれだけ動物行動学者が観察と実証の研究を積み重ねようと不可能なはずである。結局は、動物を「人間化」して意味づけ、理解する「比喩」であることを超えられないと思う。

 まして、生身の人間同士が相対している空間には,必ず固有の「空気の感触」や「匂い」や「息」の「相互伝達」すら存在する!! しばらく同じ空間にいるだけで,湿度や室温すら変化する筈です。

 要するに、「環界(environment)」との絶えざる相互作用の中にしか「個体」は存在しない。バリントが述べたように、

「魚のエラの中にある海水を海の中と問うか魚の中と問うかは愚問である」

(↓こっち「治療論からみた退行」ですけど、中古市場でも稀観本という理不尽が続いていますので、もしこのブログで表示されていたら、臨床家の方、即、買いと思ってください

 松木先生、バリントの正統派クライン派への批判をどうお読みですか? あるいは、サリヴァンをどう理解なさるのか?????

 私たちが有機体(organism(である限り、
 すべての存在と存在は、
 互いに
 「汚しあい」
 「清めあう」かたちでしか、
 存在しませんよ。

 それが
 「汚しあい」になるか、
 「清めあい」になるかすら、

 「紙一重」

 いや、「光」と「影」

 のような関係でしかないのではないでしょうか?????

******

 またもや、浜崎あゆみの
浜崎あゆみ - I Am... - Daybreak"Daybreak"

浜崎あゆみ/I am...4rdアルバム "I am..." 収録 

で締めくくらせていただきました。

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コメント

この記事、寝る前にお読みの臨床家の皆様、基本的な趣旨は「何も」変わっていませんが、「第3版」までかけて、細部のクリーンアップを行いましたので、この記事に興味を抱かれた皆様は、再読していただく意味があろうかと思います(^^)

ついに、よりによってお盆の日(正確には14日の23:52)に、私のこのブログ始まってからの「取りあえずの『総括』」とすら言える記事が一気に書き上げられてしまいました。

ayuまできちんと「居場所が『ある』」("BLUE BIRD")総括になりましたが(^^)

("A song for XX"で「居場所がなかった」と歌ったayuが、遂に"BLUE BIRD"で「居場所がある」と歌ったことの意味、そして、"endless sorrow"で、「私の片方だけの翼をあげる」と歌った彼女が、この歌で「翼をもらう」側に自分を立たせたことが、どれだけ深い、彼女の、永年のayuファンへの「暗号通信」か、わかってる人、どれくらいいるのかな....

.....などと、さりげない場所で、ずっと棚上げだった、皆様へのお約束を果たしてしまいましょう(^^)

 それはそうと、小泉さん、同じ『中心気質者』『神奈川県民』として警告するけど、

今日はやめといたら?

 暗殺されても、それが第3次世界大戦のひとつのきっかけになっても、いいんですか?

「第4版」に更にアップデートしましたが、それは、比較的はじめの方の、R.D.レインとマスターソンへの言及を追加したのみです。
 
 彼らはある意味で重篤なクライエントさんたちとの関わりについて重要な貢献をしましたけど、あっさり『過去の人」になりましたよね。

なぜなのかな?

明らかにウィニコットとバリントの方が,まだ極め尽くされていない、「未来への萌芽」を今もプレグナント(胚胎)していると思います。

 私が全く「無知」なのはコフートですね。でも、マスターソンが「自己愛と境界例」にいて述べた、

「コフートは自己愛人格障害の診断を広げ過ぎている。自己愛人格障害はマーラーの言う『再接近期』ではなくて『練習期』に留まる人に限定すべき。『練習期』の次の『最接近期』の危機を克服し得ないままの境界例型人格障害の『矮小な自己像』が『防衛された形』としての『誇大な自己愛』を除外すべき」

というを批判は,ある意味ではあたっているのではないかという気もします。

 ただ、マスターソンも、いわゆる「躁鬱病」、つまり「双極性感情障害」と「自己愛人格障害」の鑑別までほんとうにうまくできていたかな? ひょっとしたらこの2つは意外と「共通項」が多いのではないか、とすら今の私は感じていますが。

 そして、ウィニコットのいう「偽りの自己」について結局誤解したままだった(ウィニコットの「偽りの自己」は、むしろユングの言う「ペルソナ」に近い概念であり、むしろpositiveな含蓄を込めた、ウィニコットの「逆説」の真意を、マスターソンは最後まで看過できなかったように思える。

 ちなみに、私は「人格障害」という診断カテゴリーは、意外と長持ちしないのではないか? と感じてます。恐らく、より古い概念である「精神病質」にあたる「以外の」人格障害の概念は、記述的概念としては,極論すれば,「誰にでも当てはまってしまう」曖昧さを持ち、厳密に診断すれば「精神病圏」か、「重い神経症」か、「PTSD」のどれかにあてはまることになるようにも思います(私は明らかに「医源性」のPTSDがある、という懸念を持っています(これは、いわゆる「捏(ねつ造された幼児期虐待記憶」のことではありません。そっちより心配なのは、「不必要な」身体拘束や「独居房」への監禁の結果としてのもののことです)。

 実はこのあたりの問題はとっくにバリントが語り尽くしていたのかな、と、今の私は感じてますが。

 ああ、「治療論からみた退行」「スリルと退行」が再販されんがことを!!

 ビオンやオグデンも「流行」で終わる予感はします。

 クレペリンを引き継ぎ、ブロイラーによって完成された「統合失調症」の3分類も、実は昔の精神病院に長期間収容された病院の中で「純化」されたものに過ぎなかったように。

 シャルコーの「発見」したヒステリーが、癲癇の患者さんたちと同じ病棟に押し込められた結果、癲癇の患者さんたちの「大発作」を「模倣した」結果に過ぎないという説(何で読んだのかな....もし他の方のブログで知ったことだったらお許し下さい....)も出て来たように。

 ケースメントは、まだ「読めて」いると感じられないので留保しますが。 


 「直前のコメント」そのものをかなり増補改訂しましたが、「とりあえずの個人的見解」とご理解下さい。

 恐らくこのあたりは、安永浩先生の本を「実際に」読破し(私と相性があいそうなのは、目次だけで十分ピンときました)、サリヴァンの諸著作を「今の私が」読み返すとどう感じるか、そして、ケースメントに私が「読めた!!」と感じられる時が来るかどうかで、まだかなり変化するかもしれません。

 バリントですら、「ある時突如」すらすら読め出すのに数年かかりました。1回めでの通読では、私は「実は何もわかっていなかった」のですね。その「大転換」のきっかけも、これまた「独りフォーカシング」なんです。ここをご覧下さい。

 ご報告が遅れましたが、本文の方も昨晩のうちに「第5版」にアップデートです。

 イリオモテヤマネコの研究で知られ、それを日本のごくありふれた野猫についての行動観察研究にまで枠を広げ、ネコ科の「本能」「習性」と呼ばれて来たものが、実はかなり短期間のうちに、その地域社会のあり方のあり方に応じて柔軟に変化する、という、ネコの「文化順応」の柔軟性、という画期的研究を成し遂げた、琉球大学の、日本を代表する、動物行動医学者、伊澤雅子先生の業績について、中井久夫先生の言う「分裂病親和者」の行動特性との類似として論じ、ネコ同士は普段はほとんど全く「非言語的な」メッセージの交流の中で生きているという問題と結びつけるという形で、言語的コミュニケーション優位の従来の精神療法観へのアンチテーゼとするという、私の壮大な試み(?)の部分の増補です。

 恐らく最近の私のブログで最も「総括的な」この記事、数日ぶりの「第6版」へのミディアムアップデートです(^^)

 何かバリントへと論をつなぐあたりにまだ飛躍があるなと感じましたので、いわゆる「非言語的コミュニケーション」以前の、共有する「場の雰囲気」や、匂いや体温に伴う室温や湿度の変化すら「場」を通しての相互影響過程の一部、というあたりを書き添え(ちなみに、「匂い」の話は、いわゆる「フェロモン」論すら超えて、中井先生の独壇場だったりする)、書かれた詩の「韻」もvocalコミュニケーションを暗在し、中島みゆきの歌のインパクトはなぜかという話まで登場することになりました。

 ayuだけではなくみゆきもネコも登場するという点で、いよいよ私のブログの中でも希代の「総括的」記事になったと思います(^^;A

 お久しぶりです。加速し続ける阿世賀さんの記事についていけてない・・・。(^^; ですが、おそらくこのエントリは今までで一番ですね。いろいろな意味で。私の感じるところですが。ところで、もしかして、もしかすると「安永先生のファントム空間論にご関心がおありなのかしら?」と、ちょっと思ってしまいました。あまりにもマニアックな世界なので(爆)、だれにも話せなかったのですが、こんなに身近に教えていただける方がいらしたとは驚きです。難解と言われておりますが、はまります。分からないなりに。(^^;
 やっとピークを越しましたので(仕事ね)少し読書ができそうです。また、遊びに来てください。

竹節様、お久しぶりです。

 結局、ジェンドリンの体験過程理論は、「内側」を感じることによって、「世界」全体を、非言語的な水準で、しかも単に「前概念的なもの」が「隠れつつ分節化して存在している」ととらえることすらせず、その瞬間のひとつの全体的「感覚それ自体」として、新鮮な形で「体感」し続けている存在としての「自分」、という観点抜きには成立しません。

 「状況は身体の中に暗黙のうちに内包(imply)されている」というジェンドリンの言葉が、実は安永先生の「ファントム理論」とcrossingさせることで更に深い次元で理解できる可能性に、やっとこさ突き当たったわけですね。

 そしてその次元でとらえた時に、やっと日常現場臨床としなやかにつながった形で「人と人とが同じ空間を共有している中での相互作用」の問題として、セラピー、いや、人と人との相互作用というものが解き明かせる予感がし始めた、ぐらいの段階ですね。

 神田橋先生の「現場からの治療論という名の物語」にも、神田橋先生なりに噛み砕いたファントム理論の説明が出てきますが、一気に安永先生の原典に取り憑いて(? 一度「憑依されて」)みたい気がしています。

 何より、安永先生が、ポランニーの「暗黙知」の理論すら射程に入れていると「目次」で気がついた時点で、私が20年前にジェンドリンにお尋ねしたくてかなえられなかった問題意識をとっくに安永先生が看過しておられたのか!! と思い、あわてて注文した段階です。

 というわけですので、ファントム理論そのものには「これから学ぶ初心者」のスタンスで臨みます。

 どうかよろしく!!

 お返事ありがとうございます。私も神田橋先生の「現場からの治療論という名の物語」を読んで、「ファントム」の概念を使われているのに驚きました。しかし、安永先生のそれと、同じ意味で使われているのかどうかはちょっと分かりません。ただ、ジェンドリンの体験過程理論を別の角度から照射しているようには感じました。そういう意味では、神田橋先生の方がフォーカシングそのものの説明になっていて分かりやすいですね。

 それにしても、神田橋先生のこのご著書、治療論のようでもあり、宗教のようでもあり、フォーカシングの本のようでもあり、哲学書のようでもあり、やっぱり物語でしょうか。総括という感じで、いいですね。

 あと、安永先生は、統合失調症の体験世界を理解するのに、ウォーコップのパターン論(かな?)に強く影響を受け、そこからファントム空間論を構築されたと、どこかで読みました。で、ウォーコップですが、芸術論みたいなことを書いてたりします。私はこれにも感動してしまったのでした。(本当に理解しているのかはおおいに疑問!感覚としてとご理解下さい。)(爆)

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