「パリ、テキサス」予告編、今MSNで観れます
ここです。
私がこれまでに観た実写映画の中で、最も深い感慨のある映画のひとつです。
ナスターシャ・キンスキーは、私が一番好きな女優さんなんですが、それより何より、「映画」として....。
「感動」という言葉を使うのが不謹慎と感じさせられる、あまりにも深い「傷(いた)み」を伴う映画ですけど。
音楽はこちら。
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ここです。
私がこれまでに観た実写映画の中で、最も深い感慨のある映画のひとつです。
ナスターシャ・キンスキーは、私が一番好きな女優さんなんですが、それより何より、「映画」として....。
「感動」という言葉を使うのが不謹慎と感じさせられる、あまりにも深い「傷(いた)み」を伴う映画ですけど。
音楽はこちら。
恒例、@NIFTYココログの、月曜日-日曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使っての「先週の人気記事ベスト20」3回めです!!
固定リンクでのアクセス率の順位のみから集計しています。
7×24時間、つまり30日(日)24:00の一発集計です。
それでは発表!!
この一週間の総アクセス数、延べ1644 !!(一日平均234.9アクセス)
ほんの少し前回より減りましたが、出張、デスクワークのため、カウンセリング系に、3位の紹介記事を除くと、本格的な新作記事がほとんどなかった中では、予想外の大健闘でした!
*********
1.カウンセラーのネット活動についての大いなる誤解に挑戦する!! (↑)
2.今後、大学学生相談において、従来の「社会的引きこもり」に相当する学生についての相談は減って行く可能性がある( 2 )(↑)
5.「ケーススーパーバイズ」とは何だろう ~入門編~(↑↑)
7.今後、大学学生相談において、従来の「社会的引きこもり」に相当する学生についての相談は減って行く可能性がある(1)(↓)
8.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている
13.@niftyココログでカテゴリーが多い人が即座に画面に新規記事や更新を反映する裏技!!
14 .「クライエント中心療法」=「お客様は神様です」カウンセリング!!(↓)
17.クライエントさんに「共感できない」気持ちを糸口に、クライエントさんへの深い「共感」への道を開くこと (↓)
18.Interactive Focusing Therapy
20.ちなみに、今の私が一番思い入れのある中島みゆきの曲は.....
**********
20位のみゆきの"Maybe"のランクインは、掲載から、わずか3時間半の快挙!!
........あの、私はホント、「大丈夫」ですからね(^^;;;;)
みゆき並みに不死身かもしれない(^^)
さて、実は、「3アクセス以上」だと記事の週間順位が表示されるんですが、今回は46位までで、前回よりは3分の2に絞り込まれました。これは、私の記事の中で、私自身だけではなく、皆様にも共感していただける記事が「精選」されつつあるものと、いい方向に理解することにします。
これまた恒例、先週の「意外なカテゴリーダイレクトリンク」は、オリビアに代わって、「イギリス」となりました。確か一回、「行ってみたい外国」の序列の下の方で言及しただけだと思うのですが....
ただ、イギリスは、単にクイーンやビートルズをはじめとするブリティッシュ・ロック絡みだけではなくて、例えばエリザベス1世とか、ノルマン・コンケスト、アーサー王伝説、古城、そしてジャンヌ=ダルク(なぜ? フランスじゃないの? とか言い出さないでくださいね!)など、歴史的関心からも今後書くでしょう。
精神分析の対象関係学派ももちろんですが、むしろ、イギリスの「クラシック音楽の作曲家」という超渋いネタをいずれやりたいので。つまり、エルガー、ホルスト、ヴォーン=ウィリアムズ、ウォルトン、ブリトゥン、ディーリアスといったあたりです。だから「イギリス音楽」というカテゴリーが早くから準備「だけ」はされているんです。
ちなみに、これを書いている「今、この瞬間」(7/31 AM01:40)までの当ブログ延べ総アクセス数は、77445です。
今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、よろしくご贔屓(ひいき)に、お願い申し上げます。
後ろから3番目の予定だったんですが。
![]()
今日はこの後恒例の「ベスト20」の集計ありますので、近日中に増補します m(_ _)m
公表します!!
敗戦時に、大陸から引き上げる際に父(私の祖父)を亡くし、学歴もないまま自営業者として大成し、私を育ててくれた老父への感謝と、これからもよろしくという思いを込めて、業種こそ違うものの、独立自営の道を歩み始めた45歳の中年息子が捧げます。
みゆきって、ある意味で、究極の「演歌」そのものだと思うんです。でも、父の世代はまだそのことに気づかないままなんですよね。それって、あまりにもったいないなあ、という思いを込めました。
父の世代の皆様への、中島みゆき入門選集のつもりでもありますが、いかがでしょう?
(以上、iMix上のメッセージより転載)
ちなみに、この内容を読むには、iTunesの自動インストールを求められるはずです。
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"Maybe"です。
![]()
恐らく、カラオケで今歌えといわれたら、最後まで「冷静に」歌い通せる自信はないですね(^^)
でも、この歌ぐらい、深い癒しがある曲はないと思いますよ。

インタラクティヴ・フォーカシング
でいう、
"compassion"(=痛みを-共にする-こと)
の極致の曲の一つ
だと思います。
この歌と、この歌を好きだという人を、どのように受容できるか?
そこに、そのカウンセラーの力量がもろにあらわれると思います。
少なくとも、その場に居続けるのもつらくなる人や、表面的な「同情」の言葉しかかけられないようなら、そのカウンセラーは現場に出る資格はない、と、私は確信していますが。
逆に、この歌を、かっこいい、希望に満ちた歌だ....としか感じない人も、どんなもんでしょうかねぇ.......
あとは、iTunes Music Store側の処理を待つだけです。
どれが私のiMixかは、私が掲載を確認した時点でお知らせします。
でも、わかる人にはiMixのタイトルだけでもろわかりと思います。
相当に、選曲と「曲順」にこだわりましたので、興味のある方はよろしく!!
ちょっと「前期」に選曲が偏っているのは、同時代ファンから一度離れた「中期」以降がまだ聴き込み不足のせいです。このあたり、今後アップデートしていくと思います。
一昨日、昨日は月例の四日市でのフォーカシングの研究会に参加するために、一昨の夕刻から大船を不在にしており、しかもairedgeを忘れ、ホテルのLANもうまく動いてくれなかったために、私としては大変珍しい、1日半ネットを見ないし、更新もしないままとなりましたが、たいへんたくさんの皆様においで頂いていたことに驚き(^^;;;;;;;)、かつ、感謝申し上げます。
まだこの後「お仕事」ありますもので、次の記事(今日の深夜か明日)の予告だけをさせていただきます。
iTunes Music Storeに、ひょっとしたら、かなり変わった趣旨かもしれないiMixを作ります
どうかお楽しみに!!
カウンセリングの話でこれだけ盛り上げている最中ではありますが、久々のピュア・オーディオネタで息抜きさせて下さい(^^)
(これだけのハイ・ペースで、仕事や日々の雑用の合間にカウンセリング関係の記事(しかもそれぞれが一本の論文にできそうな水準の記事)を連日書き続けられるというだけで、ほとんど奇跡的だと我ながら感じていますが、取りあえず今日の段階では「在庫一掃」できたかなとも思いますので。(明日になるとわかりませんが.....)
インシュレーターの記事が大好評でしたので、今度は、それと並んでオーディオ・ファンを「混乱」と「不毛」の坩堝(るつぼ)に陥れている、接点復活剤の問題について、いかにも私らしい観点から書きましょう。
******
接点の保護の問題については、全く無関心な人から、
数ccで万単位の値段の復活剤をありがたがっている人まで、両極端です。
しかし、後者を海抜8000メートルのヒマラヤ山脈だとすれば、この接点の問題については、我が故郷、久留米の南側に連なる、耳納(みのう)山地、(地質学上では、「傾動地塊[けいどうちかい。こちらも参照]」、つまり、斜めの断層が浸食された地形の代表的な例)の、そのまた一番久留米市内寄りの、日本で一番無名な「大社」である「高良大社」を頂く、高良山(こうら)山(標高312 メートル)ぐらいの高さのところに、真の落としどころがあります。
******
1.接点は磨くべきである
機器と機器をつなぐラインケーブルにせよ、電源のソケットにせよ、ブラグにせよ、アンプのスピーカーやヘッドフォンの端子にせよ、頻繁に抜き差しする場合も、つなぎっぱなしの場合も、一定期間ごとに接点の掃除はすべきです。錆びている場合もあるし、ほこりがたまっていたり、カビが生えている場合もあります。
それらの不純物は、単に音質に影響するだけではなく、「電気抵抗」としての働きをしますから、一つ間違うとそこから発熱し、ついには「漏電事故」で火事になる危険すらあります。
その意味では、オーディオファンでない人でも、特に古くからの賃貸アパートなどにお住みの方は、まずは、引っ越してきたら、電源のソケットの掃除をする必要があると私は考えます。前に借りていた人が出た後のハウスクリーニングでそこまでしてくれてるとはとても思えませんからね。自宅にお住まいの方でも、ソケットの中の掃除なんて長年考えも及ばなかった皆様にも言えるかもしれませんが。
もとより、濡れた手や、金属で掃除したら感電します。
一番無難な方法は、軸が紙でできた(これ絶対!!)、しかも赤ちゃん用とかの「細身の」綿棒で掃除することです、太い綿棒だとソケットを痛める危険があります。
しかも、その細身の綿棒の綿のついた先っぽではなくて、二つに折り、紙の軸の方ではじめは掃除する方がいいでしょう。これでけでも、綿棒数本必要なくらいに真っ黒になるはずです。
その後で、細身の綿棒の先っぽの綿のついた方で仕上げをする。
なぜこの「紙製の軸の方」→「綿のついた方」という順序をお薦めするかといいますと、いきなり綿のついた方で掃除すると、不純物や錆による「摩擦抵抗」が大きすぎて、コンセント内部の接点の方を痛める危険があるからです。
プラグの方も、これと同じ要領で磨くといいでしょう。ちなみにライン端子のメス側の中は、決して「太い」綿棒の「綿のついた側」では掃除しないこと。メス側端子を基盤に止めている半田付けがはがれてしまう可能性があります。
また、特にラインケーブルの場合、綿棒とかを固定して、ブラグの方を回す掃除の仕方は厳禁です!!
ラインケーブルの断線や、プラグとケーブルの半田付けやスポット溶接されている部分が外れたりゆるんだりしますので。
いずれの場合も、丁寧にやらないと、今度は綿の先っぽや軸の紙の部分が端子の中の奥深くに取り残される危険があります。多くの場合、これだけでは故障の要因にはならず、回路上は無害な場所に自然と落下するだけですが、この点は自己責任でやってくださいね。
ライン端子の場合には、安全を期すなら、オーディオテクニカから出ているクリーニング・スティック・セット AT-604を使うのが無難でしょう。
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*****
2.接点復活剤は少な過ぎるくらいに
決して直接吹き付けるべきではない
ただ、綿棒や上記のクリーニングスティック「だけ」だと、「摩擦抵抗」が大きすぎて接点を壊す危険もあります。ですから、いわゆる接点復活剤をほんの少し併用することがお薦めなんですが、間違ってもコンセントの内部やラインメス端子の内部に直接スプレーしないで下さい。
接点復活剤の成分は、ほとんどの場合、プラスチックなどの「石油製品」を、長期的には脆(もろ)くする副作用があります。
ですから、クリーニング用の布や綿棒にほんとに最小限含ませるつもりで使ってください。
それこそ、瞬間接着剤を何かを貼り合わせる時に使うのと同様な、圧倒的慎重さで最小限でいいのです!!
ちなみに、私は、いわゆる「オーディオ用」の接点復活剤は使っていません。
値段が高いばかりのような気がして。少量の無水アルコールでもいいでしょうが、私は接点保護効果も求めて、次のものを「慎重に」「微量」使っています。東急ハンズなら、恐らく大抵の店にわずか数百円で売っています。
接点復活剤 クレ(KURE)CRC2-26 価格:661円(税込、送料別) |
自転車とかの油差しにも使えますし、家具の金属の蝶番(ちょうつがい)がギーギー言い出した時や、鍵穴の抜き差しが堅くなった時の「すべり材」としても使えますから、一本持っているだけで生活に重宝します。最近の自転車用ライトとか、ほとんど電池式になりましたけど、電池を入れる接点にだけ綿棒で少し塗りつけるとか。
繰り返します!! 絶対に直接スプレーしないでください、最悪なのは電池を取り付けたままスプレーすることです!! 電池の爆発等の危険すらあります!!
*****
3.プラグを抜き差ししたり、
スピーカーコードを取り付けた直後の
装置の音は、まだ安定していない
以前の私もですが、接点復活剤マニアになると犯しやすい過ちは、そうやって接点を接点復活剤で磨いた直後の音の透明さがすぐ失われてしまうので、繰り返して頻繁に復活剤の使用とクリーニングを繰り返し過ぎた挙げ句、接点や装置を傷めてしまうことです!!
実は、接点とは、取りつけた後、かなり長期間にわたって金属と金属の分子がお互いに密着していく過程を経て、接点の金属同志の接触面積が広がった時、はじめて音は安定するものです。
つまり、接点復活剤を使った直後の音は、その装置の本来の音ではないのです!!
接点復活剤を使ってしばらくして、あなたが装置の音がまた悪くなったと感じるのでしたら、それが「本来の」その装置の音ですとしか申し上げられません。
ただ、これを機会に申し上げると、オーディオ製品の試聴室とかで、装置の比較のために、次から次へとプラグやケーブルを抜き差しする光景が見られます。これは、先ほどいった意味で、接点がまだお互いに融和していない段階の音ですから、装置本来の性能の公正な比較になりようがないのです。これなら、優秀なサウンドボックスの切り替えで音を比較する方がまだましかもしれません。
特にデジタル機器の場合、こうした端子やケーブルの頻繁な付け替えは、はっきり耳で聴いてわかるくらいに、音をノイジーに汚します。
端子をつないで、数時間から数日経過した時点での音こそ、あなたにとっていい音になるとしたら、あなたは、少なくともあなたにとって望ましい装置の選択と結線、セッティングにたどり着けたということです。
******
ちなみに、私は、iPodについては、数日に一度、乾いたクリーニングクロスや細身の綿棒「だけ」で接点を掃除するくらいしかしません。一度塗った接点復活剤の効果は、乾(から)拭きされても、長期にわたり持続するので、それでいいのです。
ピュア・オーディオやAV機器に関しても同様ですが、それは頻繁に抜き差し御する端子のみの週に一度の乾拭きでいいでしょう。もし装置の結線を全くいじらないというのなら半年から1年に一度、上記の本格的な接点クリーニングで十分過ぎると思います。
というわけですから、接点復活剤へのあなたの投資は、月当たりに換算すれば、数円もしないはず、となります。
msnのこのページにあります。
ここまでリアルで詳細なのは珍しい!!
この人の場合、
自分の気持ちを大事にし、
決してあきらめず、
安易に妥協することなく、
自分の仕事のあり方の、
「理想」と「現実」のギャップと「戦い抜き」、
そしてキャリア形成の上で、
大変いいコンサルタントと巡り会えた
「出会い」の意味も大きかった
ようですね。
******
そうそう、
「お風呂に入るの面倒になる」んですよね全く!!
私は自分で入浴法に工夫を凝らし、正味10分、しかも入浴が楽しみになる「動機付け(motivation)を高めるように、男の癖して、わざと
ちょっと凝った入浴剤と
「海綿様」を購入したのを思い出しました。
今はもう、その入浴剤使いません(でも、皆様結構薬局とかでご覧になったことあるはずの
泥炭石鹸使ってるのです。確かに毛穴まできれいになる感覚ありますよ)が、あの当時は何とも有効な「投資」だったと思っています)。
そうそう、私の本部ページの記事に、
という、「不朽の名作」があります(これとこれとこれも参照)。
これ、何と「学会発表」を「実演付き」で昨年やって、大受けしたのですが。
・・・・・というわけで、「オリヴィア・ニュートン・ジョン」すらカテゴリーへの直接リンクが「ベスト20」に食い込むという、予想外の事態を迎えましたので、歌手別ではこれまでカテゴリーを持たなかった、
「井上陽水」「カーペンターズ」「Queen」、更に、夢フォーカシングとの関わりが密接な「ゲシュタルト療法」(ジェンドリン自身、そこから影響を受けていることを著作の中ではっきり認めている)の4カテゴリーを増設させていただきました。
*****
この@niftyココログのいいところは、カテゴリーの増設が無限に許されていることなんだけど、そうなると、トラフィックがひどくなると、新規記事や記事の更新、コメントの掲載がなされなくなるという弊害を抱えています。先日の2日をかけたメインテナンスでかなり改善されましたが。
そこで、そういう、カテゴリーの多さでこの問題に苦しんでいる人向けに、「裏技」対策をお知らせします。結構気づいておられる方も多いかと想いますが。(「ブラス」コースの場合の例です)
1.記事を投稿して"Proxy Error"が出たら、「管理ページ」→「ブログ一覧」に入り、該当するブログを選ぶ。
2,「設定(の変更)」→「表示設定」を選び、実際には何の表示設定も変えないまま「変更を保存」を押す
3.すると「サイトに反映」の表示が出るのでそれをまたクリック。
4.すると小さなウィンドウが開く。ここでまず「メインページのみ」を押す。
5.「反映終了」の表示が出たら、今度は「個別バックナンバーのみ」反映を選択する。すると40ページずつ反映されていく様子が見れます(私の場合、この記事が450番目ですから、何と12回画面がこの時点で自動的に変わるわけですね。私はだいたいこれに総計2.3分かかります。
6.同じことを次は「月別バックナンバーのみ」反映でくり返す。これは400ページをひとまとまりとしてやりますので、私の場合、2つめの「401-450ページに反映する」まで画面が一度だけ切り替わるわけです。だいたい今の私はこれの完了のみで40秒前後。
7.同じことを最後に「カテゴリーバックナンバーのみ」反映で繰りかえす。これはブロードバンド光回線の私の場合すら、数分後に”"Proxy Error"が出て未完に終わるのですが、実際にはカテゴリーの大半に反映済みのようです。
*****
なお、これと同じことは2.の時点で「デザインの設定」に入って、実際にはデザインを変えないまま「設定を保存」にしても、あとは、4.以下の形で同様にできますが、私の経験では、この「デザイン設定」の保存し直しより「表示設定」経由の方がトラフィックが楽なようです。
もっとも、ワールドカップの時はこのやり方すら通用しない時間帯がありました(^^A
@nifty側も更に根本的な対策(=データーペースの分散化)を計画しているようですので、それを待ちましょう。
予告通り、@NIFTYココログの、月曜日-日曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使っての「先週の人気記事ベスト20」2回めです!!
固定リンクでのアクセス率の順位のみから集計しています。
今回からが、完全な7×24時間、つまり23日(日)24:00の一発集計です。
先週のこの記事がもたらした、過去の記事まで読み返してもらえる効果はたいへん顕著であり、トップ20がまさかここまで入れ替わるとは予想外でした。
いい意味でのバンドワゴン効果(=勝ち馬に乗れ)、アンダードック効果(=判官びいき)が、古い記事のリサイクルをここまで可能にするとは!! 私もかなり古い記事と最近の記事のリンクを隠れて(^^;A 「増設」することもかなりしていて、それが「ワープ効果」を増したのも確かでしょうが。
それでは発表!!
この一週間の総アクセス数、延べ1698 !!(一日平均241.1アクセス、最低のアクセス日で213 これは明らかに初の快挙です!!
*********
3.カウンセラーのネット活動についての大いなる誤解に挑戦する!!
4.今後、大学学生相談において、従来の「社会的引きこもり」に相当する学生についての相談は減って行く可能性がある(1)
7 .今後、大学学生相談において、従来の「社会的引きこもり」に相当する学生についての相談は減って行く可能性がある( 2 )
8 .Interactive Focusing Therapy
9 .「クライエント中心療法」=「お客様は神様です」カウンセリング!!
11.クライエントさんに「共感できない」気持ちを糸口に、クライエントさんへの深い「共感」への道を開くこと (↓)
12 .事例検討会でのコメントを自分の心理療法流派の宣伝の場にしないように心がけましょう!!
16.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(↑)
18.フォーカシングは、分野に関係なく、その人が「現場経験」から学び取る力を圧倒的に高める(↓)
19.70000アクセスすでに突破!! 心引き締めて、謙虚に精進します
20.「オリビア・ニュートン・ジョン」カテゴリーへの直接リンク
**********
まさかここまで入れ替わるというのは「衝撃」でした!!
実は、「3アクセス以上」だと記事の週間順位が表示されるんですが、何と65位まで先週は表示されます!! この記事の一つ前までで448記事ありますので、総記事のうち、約7分の1の記事が、先週、「3人以上の方に」読んでいただけたということになりますから、感謝の極みですm(_ _)m
オリビアについては、実は記事は多くないんだけど、アナログ音源のマスタリングとしては「恐ろしく良心的」(あと、エアロスミスも超々良心的です)なため、オーディオチェックでよく使うんです。もちろん、曲も好きです。今の私は、少なくともカーペンターズと同じくらいにはよく聴くんです。でも、このブログでは曲そのものではなくて、変な脈絡(???)でばかり登場して、オリヴィア・ファンの人、ごめんなさい。
ほんとは19位の奴は、その時にアクセス数が目立った記事のかなり主観的な一覧なので、ほんとはその記事そのものがもろに「バンドワゴン効果」要因なんだけど、今後この記事は「第7版」のまま決して更新しない、ということで、影響が薄れるのを自然に待つ形にしたいと思います。
ちなみに、これを書いている「今、この瞬間」(7/24 AM01:14)までの当ブログ延べ総アクセス数は、75811です。
そして、今後、この「先週の人気記事ベスト20」は、「ウェブログ・ココログ関連」のカテゴリーにのみエントリーさせることで統一します。
さて、やっと、前編の続きですね。
このことを書こうと思ったきっかけは、大学学生相談事例のケーススーパービジョンをしている間に、いくつかの事例をうかがううちに、私が学生相談の現場を離れて2年もたたないというのに、
「今の大学生は、大学をやめたくなったらけっこうあっさりとやめてしまう」
という事実に気がつき始めたのがきっかけなんです。
「再受験による救済願望型」=「希望した大学や学部に入り直しさえせすば自分の人生は一気に好転するかもしれないという空想的期待を抱き、『仮面浪人に』走るタイプ」
も明らかに減ってきている。.....というか、
1.以前よりも、そういう仮面浪人型の人や、転学・転部試験を希望するタイプの人が、非常に「現実的な」視点に立って、「見通し」を立てて、「計画的に」受験勉強をして、転学・転部を実際に成功させ、その後は「以前よりは」かなり充実した大学生活を送る人が多くなっているようだ。
2.専門的技能を身につけたい大学生が、大学中退して、専門学校等に入り直すことに躊躇を感じなくなってきている。
3.卒業してもフリーターとして生きていくことに全く抵抗感がない学生が、就職課に足を向けないまま、あっさりと卒業していくケースの増加。
4.「大学ぐらいは出ておきなさい」と、保護者の方が、子弟に対して以前ほど執着的に期待し続けないケースが多い。
.......こうした傾向を、感じるのである。
******
こうなってきた原因としては、
新卒→終身雇用制という企業側の求人のあり方が崩壊しつつある。その結果、
「一度入ってしまえば、あとはレールの上に乗っていれば生涯が保証される」
という幻想の崩壊により、
「レールの上に乗せられて、あとは会社の歯車として働き続けねばならない」
という、「呑み込まれ不安」を、従来なら引きこもり予備軍になりそうな人たちが「以前ほど感じずに」済むという、思わぬ「いい『副作用』(?)」を併発したこと。
つまり、昨日まで安定しているかに見えていた会社がまたたくまに倒産したり、吸収合併される様を知るにつけ、
「人生とは予想がつかない不安定なもの」という認識が当たり前になったこと。
銀行や地方公務員なんて、20年前なら、「入ってしまえば」これほど安定した身分はないとたいていの人が思っていたはずである。しかし、銀行ばかりではなく、昨今の市町村広域合併の推進に伴う「統廃合の嵐」が来ると誰が思っていたたろう?
郵政省も郵政公社になったし、あのNTTですら、他の電話会社やネットブロバイダとの競争の中で、内部では恐ろしい勢いで試行錯誤の組織再編を繰り返している。国立大学ですら「独立行政法人」として、統廃合、再組織化が進んでいるし、大学教授ですら、ロー・スクールを格好の切り口にして、「年限のある採用」が一般化しようとしており、新たな研究業績を形にできない教員や、まだ常勤講師の立場を獲得できていない若手研究者の「内部就職」を不安に陥れている。
もとより、そうであるからこそ、フリーターや派遣職員に過ぎない層と、正社員として生き残れる層との賃金格差は大きくなっているわけだが、その「正社員」そのものが、いつ何時「子会社への出向」を言い渡されかねない。
更に、少子化の波の中で、2007年には大学進学希望者と大学の入学定員がイコールで結ばれるわけである。もはや「それでも」高い学費を払って「そういう」大学に通うべきか?という意識が、高校生やその親の世代に強くなっても当然である。
こうなると、大学そのものが、旧来の、「象牙の塔」を脱して、具体的な職業技能を教え、キャリア教育を重視する「専門学校化」していくか、あるいは「社会人に門戸を広げる」しか生き残り策はなくなる。
そうやって「社会人になってもいつでも大学に入れる」傾向が強まったら、いよいよ無理してまで大学に「高卒後」すぐに通う意味は喪失する。
こうして、一部の研究エリートやエリート官僚、高度専門職養成校を除くと、旧来の日本の「大学」のあり方そのものがものの見事に崩壊する直前の段階なのである。
もはや、フリーターとして取りあえず社会に出ることが、何の負い目も恥ずかしさもない社会が、目の前に迫っている。100円ショップの隆盛でもわかるように、今や消費財の生産の多くは、アジア全域の安い労働力に依存しているため、同じような品物を買うための物価は実質年々下がり続けていることも、フリーターが取りあえず生きていくことに好条件である。
*****
ここまでは私が自分で考えられたことなのだが、そこに更に、wikipediaの「ニート」の項(統計資料を駆使した、秀逸なものである)を読むうちに、私の視野になかった重大な事実に気がつかされた。
「ひきこもり」のひとつの背景にあった、「社会的・対人的スキルの未熟さ」の問題を、何と高校までの学校教育そのものが、すでに掘り崩していたのである。
先述したwikipedeiaの記事の、「出生年における教育機会の落差」の項をご覧頂きたい。
パソコン学習が小学校から必須となり、ボランティアや職場体験、企業実習が単位認定される時代。
もとより、これらの教育ががほんとうに実質的に機能しているかどうかにはいろいろ問題があるだろう。しかし、もし、学校教育の枠内で、こうした社会的体験を持てたら、社会人になることへの不安がかなり緩和されたであろう、「旧来の引きこもり」世代は、かなりのパーセンテージにのぼる、とは言えるのではなかろうか?
こうして、もはや、斉藤環氏が定義した意味での「社会的引きこもり」は、現在の大学生からはすでに減少し始め、すでに20代後半から40歳ぐらいまでに「高年齢化」された形で存在する時代に、すでになりつつあるのではなかろうか?
*****
もとより、どのような時代でも、その社会の潮流になじめないで苦しむ人たちは決していなくはならないし、ある意味では、そうした人たちからこそ、次の時代を作る新たな文化的潮流は発信され始めるだろう。
もはや「大学」に何の幻影も抱かない世代から。
あるいは、
この直前の「引きこもり」現象についての記事、「後編」までの間の「間奏曲」。
井上陽水の代表作の一つに
「人生が二度あれば」という歌
![]()
がありますよね。老いて行く、自分の父母への思いを歌った歌です。
平凡な、多忙な人生を送って老いつつある両親のことを思う時、アングラ時代から音楽の道一筋に突っ走り、放ったらかして、迷惑ばかりで、親孝行できなかった自分への後悔の念がこもった歌、というのが、一番自然な受け止め方でしょうかね。
でも、この歌、「人生が二度あれば」
と高らかに繰り返し歌い上げこそすれ、
「もし2度あれば、どうしたいのか」ということまでは、
言葉で具体的に語っていない。
......などという言い方は野暮の骨頂で、
「もう、取り返しがつかないんだ!!!」
ということこそ、この歌の言葉にならない深い思いなんだとおもいます。
そして、実はその絶望的な思いと「直面した」瞬間、実は「癒し」が微かに始まるのかもしれない。
******
これに対して、中島みゆきの比較的最近の作品、
「命のリレー」(スタジオ録音版はアルバム「転生」収録、
![]()
2004年「夜会」ライブバージョンは、
シングル「帰れない者たちへ」
![]()
に収録)
自分という「個体」の果たし得なかった夢や願いは、後続世代にバトンタッチするしかない。
そして、自分の見ている夢や願いそのものが、実は「過去の世代の」無念の思いを引き継いだに過ぎないものなのかもしれない。
******
私は、散々親に甘え、迷惑をかけてきた。
気がついたら両親が年老いている。
そのことへの深い、いいようのない罪悪感は一方にある。
しかし。「独立開業」という道を歩み出した時、「経理」と「心理」という、まるで違う畑ではあるが、父の「後継者」になったといえる。
父(祖父)を戦争で失い、大陸から無一文で引き上げ、学歴も何もないまま市役所の小僧から叩き上げた、顧客数、久留米近辺随一といわれた「経理の職人」の父の「血」と、「生き様」が、今の私を支えている。
税理士事務所の仕事とは、中小企業の「経営」の実態を、裏の裏まで知り尽くすということだ。
その父が、今、私の「経営・経理部門」最強の「参謀」なのである。
教員やカウンセラーの世界しか知らない人の常識を越えているかもしれない「個人開業」の手法そのものは、私が自分で、ほんの2,3時間で考えたものである(独立開業を思いたった正真正銘「直後の」書き込みがこれである。現実の現在のWebsiteと比較していただくと、ほとんどそのまんま!!)
しかし、何らかの契約締結などの際には、常に父の助言を参考にし続けている。
30歳前後までの若い世代が陥りやすいとされていた問題として、「摂食障害」と、「引きこもり」が代表的なものとされてきたことに異論を挟む人は少なくないだろう。
これら2つは、その時代の文化や社会、経済・雇用情勢や学校教育、マスコミの報道のあり方と密接に結びつき、ほとんど10年から12年という短期間のスパンで見ても、世代によって、その中心となる病態(私は「引きこもり」に対して「病気」という言葉を使うことに著しい抵抗感があるが)が、驚くほどのスピードで変化して来たことに特徴がある。
摂食障害は、まずは「拒食症」(神経性無食欲症 anorexia nervosa)が注目を集めた。
そのひとつのきっかけが,1983年、カーペンターズ
![]()
のカレン・カーペンターがこの病の末に心臓発作で亡くなったことがマスコミで大きく取り上げられたことがが大きかったことを覚えておられる世代の方は少なくないだろう。
なお、カーペンターズの伝記としては、
「カレン・カーペンター -栄光と悲劇の物語-」(レイ・コールマン著)
が、生育歴、音楽面、
私生活、カレンの病状を含めて、
たいへん秀逸である。
しかし、摂食障害は、病態の中心を次第に、いわゆる「過食症」、すなわち「神経性大食症 Bulimia nervosa」に病態を移して行く。
.....というか、「拒食症と過食症を往復する」形で、著しい体重の増減を繰り返す事例が多かった時代があるように思う。
そして更に、無茶食いと自発的嘔吐を衝動的に「一気に引き続いて」行う、「過食嘔吐」を中心とする時代へと移行して来たように思われる。なお、過食嘔吐をする人は、実際には拒食症と近い、脳や身体の生理学的状態にあるとされることが多いようである。
私は、20年弱におよぶ大学学生相談のカウンセラーとしての経験の中で、これらすべての病態のクライエントさんとお会いでき、その中心となる病態の変化をすべて体験できた世代である。
*********
さて、これと似た、比較的短期間における、主たる様式の変化があったのが、大学における、いわゆる「退却神経症」である。
大学生における退却神経症は、古典的な分類においては、「1.選択的退却」と「2.全面退却」とに分類されていた。私はこれらに加えて「3.進路選択延期型退却」という分類も考えてみたい。
1.「選択的退却」とは、
「学生における本分である(???)学業、すなわち、講義への出席と試験、レポートの提出をほとんどやれない状態になっているが、アルバイトやサークル活動などの形での集団や社会への参加には積極的であり、しかも卒業後のそなえての求職活動はほとんどしないまま、ずるずると卒業を延期するが、すっぱりと大学をやめてしまったり、他大学や他学科、専門学校などへの転学をするわけでもなく、今日で言う「フリーター」としての生き方や、少なくとも自分がほんとうに就きたい職業を目指しての積極的活動(大学院受験、小説家や漫画家や、インディーズであってもミュージシャンとして生計をたてることをめざしての活動、職人への弟子入りなど含む)を「積極的に」していくわけでもない学生たち」
といったあたりであろうか。
*******
2.これに対して大学学生相談における「全面退却」とは、
「学業のみならず、大学の対人関係そのものになじめず、友達もできず、サークルも、入ったとしても短期間のうちにやめてしまい、かといってアルバイトもほとんどしないまま、大学や社会に『居場所がない』と感じつつ、ずるずると進級→卒業を延期する学生。得てして自宅やアパートに引きこもり、近くのコンビニや買い物以外の活動はできず、主なる生活資金は親からの援助に依存している」
......こういった場合である。
私は、この「2.全面退却」型の中に、更に、
2-a.「特定の趣味などへの強烈な好奇心と、そのための『消費活動』(ネットブログや掲示板への書き込みにも積極的)という形で、限定された接点ではあるが、外の世界や対人関係への強烈な関心と『経済活動』『社会参加』はできるタイプ」
と、
2-b.「好きなものは何か? と尋ねられても答えに困惑するばかりで、毎日をテレビやネットの『閲覧』のみで『漫然と』過ごすタイプ」
が更に分類でき、これらのの二つのサブ・タイプはかなり異質だと、学生相談現場での経験から、感じ続けていた。
(最近は、それこそアフィリエイトのネットショップや
ネットオークション、中古市場取引で利ざやを稼ぐ人や、有料会員制のサイトの運営、ソフトの制作・販売などのインターネット活動は積極的に繰り広げる中で、生活資金は自前で見事に稼いでいるという人たちも増えて来た。このタイプの人は、この2つの「古典的な」退却神経症のイメージにはまらない、独特の社会「適応」・社会経済活動への「積極参加」の様式と考えられるが、そうしたケースはここではまだ詳しく論じず、別の機会に譲りたい)。
********
3. さて、もう一つのケースとして私が提案する、「進路選択延期型退却」というのは、
「大学での学業には非常に積極的に関与し、成績も得てして優秀であり、講義やゼミへの出席率もきわめて高い。しかし、自分からのブライベートな対人関係の形成や、自分からの自発的なバイト探しはできず、大学内部を離れると友人関係は、高校や中学時代からの友人に限定される。かといって、大学院に進学するなどして研究者や専門家(司法資格や臨床心理士)への道を踏み出そうという、「積極的な努力」にはなかなか踏み切れない。そして、就職活動に対しては極めて消極的で、自分が「一般社会」で大人として生きて行けるかどうかに不安を抱えたまま、「卒業延期」したり、「卒業しても」、他大学や大学院、司法試験に向けての積極的な「受験勉強」にはなかなか「身が入らない」」
はっきりいいますが、すでにここで書いた通り、私は3.タイプの学部学生でした。A獲得率92%、いわゆる「落とした」単位ゼロ、講義やゼミへの無遅刻無欠席。就職課に入ったことなし。所属したサークルは「臨床心理自主ゼミ(この自主ゼミはその後、実際の臨床心理士や福祉専門職ばかりではなく、「意外な」業界の「意外な」人材を何名も輩出するのだが)」、心理療法やカウンセリングの本は山ほど読んでいるけれども、他大学の心理学大学院への「受験勉強」、特に「非・臨床系」の勉強には内的葛藤が激し過ぎて、現役合格似失敗。(心理学系の大学院は「その当時」その大学になかった)
でも、卒業はしてしまい、親に許しを得て、「専業大学院浪人」となり、幾つもの大学の心理系の聴講生となる。
私の場合には、そうやって実質「プータロー」になりたての年の5月、ジェンドリンの著書「フォーカシング」との運命の出会いがあり、フォーカシングの専門の先生のもとでフォーカシングを更に深く学ぶためなら、実験系や学習心理、社会心理、統計などの「非-臨床系」の心理学を独学で勉強することにも積極的になろう、と思えたところで、やっと人生の方向がとりあえず定まったことはすでに別の記事で書きました。
この時点では、「研究者」を目指すか、「現場臨床家」を目指すかは判断がつきませんでした。ただ、本音のところでは、優秀な「現場臨床家(psychotherapist)」の方が「臨床心理学者(clinical psychologist)」よりも偉い!!(^^;A .......となぜか感じていましたね。そちらになれる自信は「まるで」なかったのですが。
その後、非常勤12年、そして「常勤」の学生相談カウンセラーを5年務め、フォーカシングでは、「国際資格認定資格者」としてまで認めていただき、そして独立開業したわけですから、私は、職業面では、すでに自分の人生の最大の夢の実現者です。
あとは、職業人としては、
「現場臨床家としての腕を『生涯、絶えず、更に』磨き続けたい」
ということと、
「も少し生計安定したい」、
そして、
「自分が学んで、身につけて来たものを、きちんと後続の世代に遺産として残したい」
だけですね。
ま、3つめは、いつ私が死んでも、「このブログを遺著として編集して出版して欲しい」という遺言だけは、『すでに公然と』このブログ自体で繰り返して書いて来た通りです。
もちろん、生きられるなら100まで絶対生きたいし、許されるならば、身体が動くうちに、世界の私が本でしか知らない国々を、実際に旅してまわって、観てみたいのですが。優先順位は、イスラエル、ドイツ・オーストリア、スペイン・ボルトガル、スイス、ペルー・チリ、アイルランド、イギリス、オーストラリア、オランダというあたりかな。
************
ちょと一息、私のフェルトセンスが「一息つきたい」と言い出しましたたので、未完のままでとりあえずアップします。
続き、すなわち、今後これまでの意味での「引きこもり」は、少なくとも「大学の学生相談の対象としては」確実に減少する、という、私の肝心な見解の部分は、また今度に。
恐らく、カウンセラーの皆さんの中には、私がこのブログで、自分の趣味や好みや考え方,感じ方を、しかも「実名で」さらし続けるばかりか、なんと自分が「映像出演」する形で自分のカウンセリングルームの宣伝をしたり、
「自分は『生活の糧を得るために』カウンセラーをしているだけである。だから私の『生計が成り立つ程度』にはお客さんに来てもらわないと困るから、『経営的観点から』宣伝を現段階でこのように繰り広げているのである」
ということまで、公然と書き続けていることに、ある驚きと反発を感じておられる方もあるかもしれない。
実は、これは私がある意味で意識的に選んだ戦略である。
はっきりいうと、こうしておく方が、私のもとを訪れるクライエントさんにとってセラピーとして有益である、少なくとも「害はない」ということに「確信」があるからである。
実名で通すことの意味については、実はかなり以前の別の記事で暗示しているのだが、
私は少なくとも、ネット上で,
自分がカウンセラーであることそのものを
「全く伏せて」
ブログやホームページをやる意志が「ない」人、
すなわち、
「匿名で」
「自分の所属機関も明示せずに」、
誰でも読めるネット上のオープンなスペースで
ブログやホームページをやって、
しかもそこで、
カウンセリングや精神療法についての
私見を書くことそのもののもつ、
ある「危険性」になぜ気づかないのかと思う。
そういう「匿名の」カウンセラーが語る記事の内容が、思いもよらない、見も知らない全国各地のクライエントさん「たち」に
「実は『自分の』カウンセラーの自分との面接「について」の書きこみである
と「勘ぐって」かかるきっかけを与える危険について、皆さんは考えたことがおありですか?
そのように「勘ぐる」クライエントさんは、皆「妄想的」なのだ、で片付けるおつもりですか?
恐らく、あなたはひとつ記事を書くたびに、日本中の、最低10数名の「思いもよらない」クライエントさんが、あなたが知りもしない、日本全国、最低十数名の「そのクライエントのカウンセラーさん」に疑惑を向け、それを口にできないままでいて、その「カウンセラーさん」とクライエントさんとの関係をい、いつの間にか混乱させている可能性まで考えたことはないのですか?
それなら、自分はどこどこの所属機関にいる、○○というカウンセラーだ、と実名まで明示して、自分のクライエントさんたちとの関係の上で「害にならない」し、万が一、害になった場合には自分で責任を取る覚悟で書けることだけを書くべきだ、というのが私の考えです。
********
さて、自分のクライエントさんとの面接過程を、「本人の同意も得ないまま」「軽率に」ネットに載せることが論外であることは言うまでもありません。
私は、事例めいた話題に触れる際には、必ず「架空の事例」といえるところまで徹底的に換骨奪胎して、一般化し、抽象化しています。
面接の中で思いつき、クライエントさんに思わず口にしたテーマを、このブログで面接の具体的な脈絡から切り離して書くことは少なくありませんが、そうした場合は、ほとんどのケースで、クライエントさんに、
「こういう形でテーマをたてて,こういうふうにブログで書くから」
と、おおよそのあらすじまで即興で披露して、クライエントさんの同意を得て、書いています。
もちろん、「これをネットで書いてしまうのは、自分のクライエントさん(の誰か)に悪影響を与える」危険を感じた場合には、そういう思いが少しでもかすめたら、クライエントさんにもそういう提案はしないし、ブログでも書かないままです。
いずれにしても、そういう私の提案に対して、
「先生の言われたことは、自分と同じような状況にある人に有益だと思いますから、むしろ書いていただける方がいいと思います」
とまではっきり言い出すクライエントさんも少なくありません。
だから、次の面接の時にクライエントさんから、
「あ、あのテーマ、実際に書いてくれたんですね。あれから、あれを家のパソコンで読み直すことで,自分が面接した時にやりとりしたことを振り返り、自分なりに更に考えてみる上で役に立ちました」
とすら言ってもらえることが結構あるぐらいなのです。
つまり、私のブログの書き込みは、クライエントさんにとって、ウィニコットの言う意味での「移行対象」としての意味(=面接の時以外でも、クライエントさんと私との間に<絆>があるのだという安心感を与える媒介[medium,複数形で「media=メディア」」]としての意味)を、面接と面接の「間の期間」に持つように、むしろ積極的に配慮しているつもりです。
もちろん、中には、「あの記事,私のことについて書いたのですか?」
などと、「思いもよらない」クライエントさんが言い出す場合ももありますが、私はそういう時に,正直に、
「その時は特に君のことは意識しなかったけど,私は私のどのクライエントさんがその記事を読んでもいいし、ひょっとしたら役に立つかもしれないと思うことしかネットで書かないことにしている。だから、君が、私のあの記事から、どういうふうに、自分とも関係があると感じたのかをきいてみたいんだけど、どうかな?」
というふうに「面接を深めるのに役立てる方向に」話を進めます。
つまり、このブログ、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」と、私の「現実の」湘南フォーカシング・カウンセリングルームの面接室そのものが、ネットのバーチャル空間とリアルタイムで通底し、一体化した形で有効に作用するように配慮しているのです。
「だから」私は「映像出演」までするし、浜崎あゆみのカレンダーを面接室にむしろ飾る「必要がある」のです。「ほんとにiPod好きなんですか?」ときかれれば、喜んで自分のバッグから取り出してみせます。
でも、私に迎合して浜崎あゆみを聴き始めたらしいクライエントさんは、なぜか誰ひとりといません。
音楽の話題になっても,「自分の好みを私の前で押し通す」クライエントさんしか私のクライエントさんにはいません。
なぜなんでしょうね?
「うわあ、ネットで書いてる通りの、ほんもののこういちろうさんだ」
と、むしろ安心してもらえる仕掛けにしているんですよね。
だから、クライエントさんは、安心して、「自分自身でいられる」のではないかと思っています。
*******
いずれこれはまた別の機会に論じますが、私は、治療者の「中立性」とは、そのクライエントさんなりの、クライエントさんのリアリティを「わざわざ」破壊する、「余計なファンタジー」をかきたてる装置なのだと思っています。

(増井武士先生が、
これに近い見解をお持ちです。
「フォーカシングの展開」(伊藤義美 編)の、
増井先生による、
第8章、「関与的観察としてのフォーカシングの臨床適用」を参照)。
フロイトが「神経症」の症状を、面接室という場の中での「転移神経症」という「より安全な」ものに一度置き換えて解決するのだ、と言ったのは、実際には、ブロイラーに続いて、フロイト自身が、患者さんの「転移」に無っ茶食っ茶に死ぬほど悩まされ抜いた挙げ句、
「そうか、この一見やっかいな『転移』をむしろ生産的に生かして治療できるのではないか」
というところまで、「逆転の発想」で「開き直る」に至るプロセスがあって、はじめて言い出せた「逆説」なんですね。
つまり、「相手の自分に向かってくる力を利用して、しかも安全に相手を投げ飛ばす」というのは、
実はすごーーーーーく高度なエキスパートにしかできない世界なんです!!
そして、フロイト自身は、実はこの「転移を生産的に生かす」ことに、生涯の事例の中で,果たして「8勝7敗」あげられたかどうかも怪しいことは、すでに論じ尽くされている通りです。
中井久夫先生が、古典的なフロイト的治療法を、明らかに「リスクが大きすぎる」ものとみなし、
「自分がもしすでに亡くなった欧米の精神分析系の他の医者に患者を紹介するとしたら、ウィニコットかバリントだけだろう」
ということを、バリント「治療論からみた退行」(中井久夫訳 金剛出版 ; ISBN: 4772400842 絶版 ) のあとがきで、はっきりお書きなのに、私も同意します。
**********
ネットでのカウンセラーの活動についてですが、
たとえそれが、臨床心理士しか読めない,厳格な入会資格を有するクロースドな会員制のブログであったとしても、そこでなら、クライエントさんについて意見を取り交わしてもいいと安易に考えるのであれば、私は、それを「クライエントさん本人に読まれない」という「防壁」を勝手に作った中で繰り広げられる、治療に有害な、治療者自身の「行動化(acting out)」であると考えます。
それどころじゃあありません。
はっきり書きます。
たとえ面接がうまくいかないからといって、
自分の担当している事例を安易に「事例検討会」、
ましてや
(たとえ本人の同意を得たものだとしても)
学会の「事例研究発表」に提出する
という行為そのものが、
治療者自身にとって、
クライエントさんとの関係性を破壊する
"acting out"のリスクを持っている、
ということに、今日どれだけの配慮がなされているでしょうか?
(この問題について、こちらの新記事で具体的に論証していきます)
事例検討会の後、それがほんとうに有益に役立った場合というのは、一般に考えられているより遥かに少ないのではないか、よくて、事例検討会が「無害」だったにとどまるケースが、結構多いと、私は思っているのですが。
事例検討会「にもかかわらず」、むしろそこで「自分なりの」見直しの機会としてしか「活用しなかった」、主体性のある問題意識を「自分で」育て続けた治療者のみが、最終的に,学会で、クライエントさんが仮に発表のその場にいても喜んでくれそうな域の、ほんとうの成功事例の発表ができていることが多い、と私は感じています。
少なくとも、私は、他の人のアドバイスに「そのまま」従った結果いい結果を出せた事例の経験を思い出せませんし、私のスーパーバイジーたちも、必ずしも私のアドバイスを忠実に実行「しない」からこそ、「私の想像力を超えた」展開で、いい面接ができていることが多いと思います。
スーパーバイジーのカウンセラーの方々も、クライエントさんも、私の予想を裏切る、思いもよらない形で「しか」成長して「いかない」から「こそ」真の成長(ユングの言う意味での「個性化」)なのだと思います。
********
かなり逆説的な問題提起だとは思いますが、意外と、「ホントはそうだよね」と感じて下さるカウンセラーの方も少なくないかと思います。
*********
ふと思い出しましたが、中井久夫先生って、患者さんが読んでも決して悪影響が出ない文章しかお書きになっていないんですよね。
そして、
「なぜ精神療法家をしているかと問われれば、
ただ『日々の糧を得るため』
と答えられるべきである」
「患者に高く買われそうになったら、早めに
自(みずか)ら買い戻せ(discountせよ)」
というのは他ならぬ中井久夫先生の名言の一つである。
似た表現はこの記事の末尾に示した「あの本」にも出てきますが、そのまた「原典」の論文ぐらい、少なくとも病院臨床のカウンセラーならとっくに読んでいる「べき」なのです。(中井久夫著作集のどこか.....ま、いいか、「軽症........について」という「名論文」なんですが.....ぐらいはヒント出しておきますね)。
これは結果的に,中井先生が「転移」の治療的効用にかなり疑問を持っていることを示唆していると理解するしかなかろう。
この辺、「面接」即「収入」という、私の現状は、完全に「自己一致」してこの言葉を使えるので楽である。私を「金の亡者」か何かと勘違いした時点で、そういう「治療者」は勝手に私に「陰性転移」、ないし、「投影同一視」を向けているだけである。
試しに、一回の面接料金6000円(内税!!)で、更に所得税もきちんと納めるためには、週5日働くとして、一回一時間として、一日「平均で」何ケース持たねば経営が成り立たないか試算してみて欲しい。月収手取り40万(ボーナスなし)相当とするために、でいいので。
@NIFTYココログの、月曜日-日曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使って、客観的データとしてはじき出してみました。
ただし、トップぺージへのアクセスではなくて、固定リンクでのアクセス率のみから集計しています。
第2版の数値は16日(日)24:00での確定値です。
今後、毎週月曜にはこの週ごとのランキングを定期連載にしたいと思います。
このランキングの掲載の結果、まあ、ワールドカップの終了後の連休2日めで皆さんにネットをじっくりと読んでもらう余裕があったのでしょうが(新規記事がないにも関わらず、17日の延べアクセス287)、明らかに、過去の古い記事を含めて、どの記事が読まれるかに、すでに明白に「異変」が生じました。
もっとも今回は、この記事「初版」を日曜19時頃載せてから5時間の間に生じた影響(バンドワゴン効果?)も含まれていることになりますが。
次回からは、「完全に」日曜24時締めの「先週」ランキングが、1週間、アクセス解析記録として表示されたままですので、忙しければ、月曜でなくとも、翌週の暇な時にいつでも作れます。
もちろんそれでも「バンドワゴン効果」は残るのですが、いい意味で古い記事を掘り起こして読者の皆様に読んでいただけるのは、私にとっては「過去の遺産」を埋もれさせずに読んでいただき、「新たな読者の皆様の当ブログへの勧誘」を検索エンジンやSEO対策にのみ頼らなくていいので、生産的意味があると思います。( )内は7/16の19:00からの5時間の間に生じた変動です。
********
1.あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(→)
2.フォーカシングは、分野に関係なく、その人が「現場経験」から学び取る力を圧倒的に高める(→)
4.音抜けが圧倒的に良く、決して低域がダブつかない、究極のオールラウンド密閉型ヘッドフォン!(↓)
6.クライエントさんに「共感できない」気持ちを糸口に、クライエントさんへの深い「共感」への道を開くこと (↑↑)
9.「『信』なき理解」(↑)
10.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(↑↑)
11.続・『信』なき理解 -援助職の人自身の人間関係の光と影-(↓)
13.プロ・カウンセラーの6つの条件("7.11 Asega Doctrine")(↓)
16.単なる「ロールプレイ」より効果的なカウンセラー訓練(↓)
19.あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(への「コメント」)(↓)
20.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(↓)
********
こうしてみると、私のページが、現状では、
カウンセラー(およびカウンセラーを目指して勉強中)の方々と、
iPod用のヘッドフォンを探している人、
ピュア・オーディオ・ファン、
向けのサイトであり、
というリアルな現実にやはり私は直面せざるを得ないのであった(^^;A
.....まあ、ある意味では、特にこの3週間ぐらい、若いカウンセラーの方に読んでもらうことに、実際私も「一番」力を注いで来ましたので、本望といえば本望そのものの結果です。
これからも、どうかよろしく!!
そういえば、私、このブログで最近、
については何度も引き合いに出しつつも、ジェンドリンの「夢フォーカシング」についてはまとめて一度も紹介したことがなかったと気がつきました(^^;A
私の専門とするフォーカシングにおける夢理解は、ユング的、特に
ボスナックの"Dreaming Body"(ボスナック氏来日時に一日セミナーを受講しています)、あるいは
ゲシュタルト療法のempty chair(倉戸ヨシヤ先生ご自身をはじめとして、どういうわけか日本人間性心理学会を通して、日本の関西のゲシュタルト療法の関係の諸先生方と親しくさせていただく機会が多かった私です。もっとも、ゲシュタルト療法のワークショップそのものには1回しか出席させていただかないままです)との類似性が高いのですが、ジェンドリンは、
「夢を見た当人は、日常の中でと同じような仕方で夢解釈をしようとする傾向が強い。だから夢解釈が役立たない(悪夢はただの「反復強迫」に終わる)のだ。それを超えるには、"bias control"をかける必要がある」
と述べ、夢の中の、あまり重要で「なさそうな」登場人物に「なってみて」、その「登場人物」を「演じる」つもりになり、内側から感じてみる、などを推奨しています。
場合によってはその夢の中にさりげなく立っていた「木」でもいい、とすら。
まさに自分自身の「影」や「アニマ」に「なってみる」というやり方ですが、精神分析の脈絡に置き換えれば、これなんて、ラッカーの「補足的同一視」の自覚的再体験によって治療者自身の自我の再統合をはかる、ということに当たるのかなと思います。

なお、ラッカーの「補足的同一視」と、フォーカシングにおける「治療者の逆転移の活用」との関連については、私の先輩に当たる、学習院大学の伊藤研一先生が、現代のエスプリ 410 「治療者にとってのフォーカシング」(伊藤研一・阿世賀浩一郎 編 目次はこちら)の中の伊藤先生自身による論考、「『治療者のフェルトセンス』と『逆転移』」で、詳しく論じておられます。
******

公刊された著作に書かれた、
日本人による
夢フォーカシングの実例としては、
「フォーカシングへの誘い」池見陽 編/サイエンス社
における、
関西の代表的フォーカシング・トレーナーである森あい子さんがお書きになった自験例が、「もう、これ以上にわかりやすいものはない」というくらいの、抱腹絶倒の「傑作」です。
ちなみに、私の本部ページの「フォーカシング入門」のひとつの章で、「夢フォーカシング」についての私自身による解説を試みていますが、そこでこの森さん自身の夢フォーカシング体験の概要を引用させていただいています。
更に言えば、私自身、夢フォーカシングについての論文を書いています(学術論文寡作の私にしては珍しい例外!!)
阿世賀 浩一郎「夢フォーカシング技法の面接場面への適用に際しての幾つかの実用的示唆」 人間性心理学研究 第11巻 第2号 1993
更に忘れてならないことを言えば、今現在、日本で一番熱心に「夢フォーカシング」に取り組んでおられるのは、これまた私が大学院時代からの知り合いの、福岡大学人文学部の、田村隆一先生です(私と同じThe focusing Instituteのコーディネーターの資格をお持ちです)。
私も参加した2005年のトロントでのフォーカシング国際会議でも、田村先生ご自身が、夢フォーカシングの分科会を持たれました。
田村先生による、「夢フォーカシング」についての紹介と論考のうち、
一般の方にも入手しやすい文献ととしては、
左のブックレビューにも掲載している、「フォーカシング・ワークブック」に
「夢のフォーカシング」という、
4ページに凝縮されたマニュアルがありますし、
現代のエスプリ 382 特集「フォーカシング」
(村山正治編 目次はこちら)に、「フォーカシングと夢分析 -臨床上の有効性と留意点」
という一章があります。
最初に言及したジェンドリン自身の著作に加えて、こうした資料や専門家をおあたりになると、なぜ私が、
の「支店」Websiteの方の、「メニュー」のコースごとの詳しい解説で、「夢フォーカシング」コースについて、
フォーカシングを活用した夢分析。
それは、この世に多く出回っている「夢解釈」のように、
「海に浮かぶ」=「おかあさんの子宮の中に戻りたい」
みたいな、
夢の内容から、まるで「辞書を引くように」
答えを見つけるものではありません。
あなたと一緒に、
夢の中でどんな「感じ」でいたかを丁寧に振り返る中で、
あなたもびっくり、カウンセラーの私もびっくり!!
みたいな、
予想もしない答えを一緒に見つけていくものです。
フォーカシングの経験がなくても大丈夫!!
占い気分でやってみたら、
あなたをスリルとサスペンスと爆笑にみちた、
アドベンチャーゲームにご案内します。
などと解説したのか(この「女性誌文体」も私自身が書いた文なんです.....)、おわかりいただけると思います(^^)
*********
ところで、私は、クライエントさんについての夢はほとんど見ないタチです。
きっと、むしろ、クライエントさんとは一見無関係な内容の夢の中の「他の」登場人物が、それこそ「共通の布置」を持つ「代理人(?)」として、クライエントさんとの関係性、そして私個人のいろんな人との関係性に関わる「夢作業」として課題を私に突きつけているのでしょうね。
夢フォーカシングについては、こちらにも詳しい記事があります。
「わかる子どもの心と保育 -からだの実感を手がかりに-(小山孝子 著/フレーベル館)という、幼児保育におけるフォーカシングの活用についての本が出版されました。
小山さんは,私の関東での十数年来フォーカシング仲間の一人であり、The Focusing Institute認定のトレーナーであり、幼児教育の現場で、先頭に立って獅子奮迅の活躍をなさって来られた方です。
私も、まだ出版の報に接して早速注文したばかり。
でも、大学生と社会人の皆様対象にのみ現場臨床のキャリアを積み上げて来た私にとっては、開業してしまった以上、いつまでも「主として青年期以降の....」などと言ってばかりはいられなくなるでしょうから、謹んでこの本で勉強させていただこうと思っています。
「保育者を対象に書いていますが、
子どもを相手にする方でしたら
お役に立てると思います。
皆さんのお知恵をいただきながら
(フォーカシング用語を)
保育用語に翻訳した感じの本です。
興味を持っていただけるとうれしいです」
小山さんご本人の出版に際してのご抱負です。
以上、日本フォーカシング協会メーリングリスト、"focusing-net"への小山さん自身の書き込みからの転載を、ご本人に喜んで許諾いただきました上で、ご紹介させていただきました。
さて、忘れた頃にやってくる「万国iPod用ヘッドフォン大博覧会」、続編です。
しかも、この製品の紹介ぐらい、「意表を突きまくった」チョイスはないことだろうと思います。
(それより、あの、ディープなカウンセリングの記事を書く「こういちろう」のブログだよね......と、最近からの読者の皆様、愕然としないで下さいね。私のブログのあり方そのものが「意表を突きすぎて」いる???
もっとも、以前すでに、ピカリングのOEM供給のVESTAXのDM-01を紹介したくらいではありますから。
昔、アナログカートリッジで著名だったメーカーのかなりの部分が、ヘッドフォンの制作に比重を移すことで生き延びたケースは、、日本では、オーディオテクニカ、外国ではSHURE(シェアー)が典型です。
要するに、
「針先の振動をコイルで電流に変換する技術」
と、
「電流をヘッドフォンの小型スピーカーという、
実際の音の振動に変換する技術」
どちらもコイルが絡むわけで、しかもそこには、単なる音響工学を超えた、職人的な音のセンスの伝統が決定的です。何しろ、耳たぶの形や耳道は人によってまるで違う。
...が、もともと、アナログDJ用の、要するに、ターンテーブルの「逆走に強い」「乱暴にビックアップを上げ下げされてもびくともしない」針の構造を持っていたスタントンやピカリングが、現在もアナログカートリッジやプレーヤーを含む、現役バリバリのDJ用品総合メーカーであり続けている、というあたりになると、実は、DJに興味のある人(秋葉原でも、特別な大型店でない限り、「DJ用品専門ショップ」に通う人)か、アナログ再生に今でも関心を向けているオーディオファンしか、もはや視野に入っていないことが多いということになるかと思います。
まして、スタントンやピカリングのアナログカートリッジは「クラシック向きではない」という評価が、少なくとも昔は高かったので、いよいよプロ・アマ問わず、DJの世界でのみ著名という構造が定着し、それを、こともあろうにiPodを聴くためのヘッドフォンとしての選択範囲に入れるなどという発想は、通常はないと思います。
****
さて、今回ご紹介のSTANTON(スタントン)/ DJ PRO 3000に話を戻しますと、
この機種、何と日本では
11,000-13,000円
の価格で売られています!!
大抵の「高級」iPod用ヘッドフォンやイアフォンより安いわけですね!!
ところがどっこいぎっちょんちょん、
驚異の音です。
クラシックからロック、トランス・ミュージック、浜崎あゆみを含むJ-POP、昔の歌謡曲やフォーク、古いアナログ録音から最新のデジタル録音まで何でもOK!!
いわゆる、 アメリカの「ウェストコースト」サウンドそのものであり、ある意味では、湿度の低い「サラリとした」音です。
この点では我が愛器、GRADO(グラド)/ SR325I(ただしそちらはものの見事な後面開放型)が持つ、音の移ろいに大変敏感な繊細な生々しさ緻密さと両立する、圧倒的なパワーと「熱さ」、とはかなり異質なのですが、
両チャンネル間の音場空間の
細やかな端正さ(位相特性の良さ)、
低音が決してボンボンいわない、
ハイスピードでタイトにゴリゴリと押してくる
エネルギー感のすばらしさ
という点では、大抵の密閉型の常識を覆します。
クラシックですら、録音が古いものは古いなりの周波数帯域の狭さを実感させつつ、でも、ものすごい解像度で、独特の品格のある音の世界を作ります。
「ドンシャリ」に全然ならないんですよ!!
******
ちなみに、音量にあわせて左右についた青色ダイオードがチカチカ発光する仕掛けがついています。しかしこれはスイッチでON/OFFできます。発光させても音が変わる感じがまるでしないのは見事です。
インピーダンスを3段階に切り替えるスイッチもついていますが、これは中間の標準のままで、iPodでは耳が痛いくらいの音量が出ますので、いじらなくてもいいはずです。
ちなみに、フライホイール部をベッドバンドの中に折り畳んで小さく収納できますけど、基本的にはかなり堅牢な構造の部類でしょう。ただ、「重く」はないけど「軽い」と言う部類にはいれられません。私のグラドの方が堅牢度は高いのに軽量で、頭への圧迫感は低いです。でも、耳を覆ってしまう密閉型大型ヘッドフォンの中では、これでも軽い部類でしょう。この辺はさすが、DJがかなり身体を動かしながら機械の操作をすることを考慮していますね。また、ヘッドフォン本体へのケーブルを根っこから着脱して別にできます。
******
欠点をいくつか上げます。
1.標準装備の、ステレオ標準ジャックからミニジャックへの変換プラグがあまり上質ではない。ビニール系のペナぺナした音に私は感じます。
この点については、以前ご紹介したように、テクニカやソニーやビクターから出ている、オール金属削りだしタイプの変換プラグに、、スーパーの台所・水廻り用品売り場や、TVアンテナケーブル売り場で「防水用テープ」として売っている程度の、あまりベトベトしない
「ブチル(自己融着)ゴム」テープを、
「分厚く」
「何重にも」
「引き延ばしながら」
巻き、表面がべとつかないように、ティッシュか布で巻いて「鳴き止め」加工を自分でなさったものがお薦めです。

以前の記事ではその実物はお見せしなかったので、今回は私のを写真にとってお見せします。
ちょっと写り具合の関係で、ブチルがむき出しすぎに見えるでしょうが、私が使ったブチルが柔らかめのものだったので、ティッシュを二枚重ねのまま、数日ごとに更に3、4重巻いてということを、最初の1ヶ月は続けました。黒いゴムは「ティッシュを透かして」見えてるだけで、実際には手も汚れません。
でも、ブチルの中にティッシュは数ヶ月単位でいえば、長期間のうちに次第に「沈み込んで」いきます(^^;)し、これからは夏場の温度上昇で柔らかくなることも考えられますので、月に一度ぐらいはティッシュを更に上から巻く作業は必要かもしれないし、尖ったものがぶつかると、そこからブチルがしみ出して、他のものを黒く汚す危険はあります。
まあ、そこまでするか? は、
「マニアの世界」
と割り切ってくださいね(^^;)
表面をこれ以上加工すると、今度は「その素材の」音が出る可能性があります。ビニールテープとかの方がよほどのりがはみ出して汚くなるんですよ。私の予感では、ブチルゴムの表面に絹とかを巻くと、仮に音が変わっても、少なくとも嫌な音には変化しないだろうと思います。
ブチル巻かなくても、オール金属削り出しのブラグの方が音がすっきりするのはわかるかと思いますので(そんなら最初からそう書けって? でも、高域に輝きが出過ぎ、低域も引き締まらない可能性はあります)
*****
欠点その2:
密閉型のはずなのに,
外への音漏れがかなり大きい
イヤパッドが少し堅めなんですよね。
少なくとも、例えば、
●新幹線の中で、隣に座っている人に迷惑をかける可能性、
●夜行寝台の個室でないB寝台車で上下や向かい側の人が寝るのに迷惑をかける可能性
はあるでしょう。通勤電車や、国内線の(....というか、乗客の多くが仮眠をとる「長距離国際線」では「ない」)飛行機の中や、街頭では、耳掛け型やオープンエアよりは「よほど」シャリシャリした音漏れ少ないので大丈夫とは思いますが。
*****
あとは、ヘッドバンドにデカデカと描かれた、
STANTON
の、ロゴマークを、
「ファッションの一部だい!!」
と開き直れる度胸
がすべてです。
ともかく、私の常用ヘッドフォンに一気にのし上がった逸品です。
ispot会員の皆様、はじめまして。
神奈川県の大船で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」を開業しております、臨床心理士(資格証明書↑)の資格を持つカウンセラーの、阿世賀(あせが)と申します。
(「臨床心理士」ですが、「医者」ではありません)
20年近くにわたる、大学学生相談と、社会人の方を中心とするカウンセラーのキャリアを経て、2005年7月11日に独立開業いたしました(ちょうど1周年!)。
臨床心理士と共に、アメリカに本拠を置く、フォーカシングのNPO国際組織、"The Focusing Institute"から、
○フォーカシング・トレーナー
○フォーカシング指向心理療法(FOT)セラピスト
更に、
○コーディネーター
(トレーナー、FOTセラピストの養成、資格認定資格者)
としての国際資格を頂いております。
フォーカシングを学べる場所は日本各地に数十箇所ありますが、土日、平日問わず、定休日以外、一日8時間開業しており、しかもその相談機関の公式名称そのものに「フォーカシング」を冠した常設相談機関は、不肖私が、「日本初」のようです(2006年7月13日現在)。
*****
では、私に相談して下さる場合に、その「フォーカシング」という技法だけが使われるのか.....ですって?
いえ、そんなことはありません!!
私が開業をする際に心に決めたこと、それは、地域に溶け込む、
「町医者」ならぬ、
「町のカウンセラー」
になるぞ!! ということでした。
「町医者」は、もちろん重たい疾患の場合でしたら、検査や入院・手術のの施設の整った「専門の病院」や「地域の中核となる総合医療施設」、「大学病院」などを紹介するでしょう。
でも、「町医者」は、とりあえず「内科」の看板を抱えていても、傷の応急手当のような「外科」的な緊急処置もとらねばならないでしょう。「目や耳にゴミが入って取れない」という訴えにも応じなければならない。時には、時間の余裕があれば、孤独な老人の話し相手にもなるのが自然かもしれませんよね。
実は、「現場カウンセリング」というのも、そのような「町医者」と、似たところがあると思っています。
現実の医療現場では、特に緊急の場合、
「私は『内科医』だから、『外科』『脳神経外科』『婦人科』がふさわしい方は最初からお断りします」
.....なんてことないでしょ?
必要な基本的診察はした上で、患者や家族が必要以上の動揺しないようにいさめた上で、自分で対応できないと感じたら他院への紹介状を書いたり、連絡先は教えるでしょう? 一刻を争うようなら救急医療の手配までしてくれるでしょう。
これと同じようなことがカウンセラーにも必要だと思います。
「ストーカーの被害に遭っているんです」
「.....それじゃ警察に行きなさい」
「キャッチセールスにひっかかったようです」
「....それなら、消費者センターに電話しなさい」
「リストラの後、仕事が見つからなくて、困っています」
「....それなら、ハローワーク(職安)に行ったらどうですか?」
だけで終わらせているカウンセラーがいるとすれば、
「そんなことは、とっくにわかっている」
はずのその人が、
なぜ「カウンセリングの」門をたたいたのか
という、「一番大事な」その人の「思い」を見落としていると思うんですよね。
もちろん、私も、それが適切と考えれば、警察や医療、地域精神保健、消費者センターなどを速(すみ)やかにご紹介しますし、そういう外部機関との関わり方についての「コツ」も伝授いたします。
でも、恐らくその人は、
「誰にも相談できない」という、
「孤立無援」の思い
を抱えて、行き詰まった果てに、まずはカウンセラーの門をたたいた、ということは、決して忘れてはならないと思っています。
******
あと、もうひとつ、
なかなかよそでは読めない、
「ホンネの話」
を書きますね(^^)
カウンセリングや心理療法、いろんな「流派」「手法」があります。
「精神分析」「分析心理学(ユング派)」「来談者中心療法(ロジャーズ派)」「認知行動療法」「行動療法」「論理療法」「森田療法」「内観療法」「催眠療法」「箱庭療法」「絵画療法」「プロセス指向心理療法」「解決指向(ソリューション・フォーカスド)心理療法」「EMDR」などなど。
どの療法が「すぐれている」かですって?
実は、特殊なケースを除くと、
ある「療法」より、
別な「流派」の別の「療法」の方が
効き目がある
なんていうことは「ほとんど全くない」ですよ!!
どの「流派」を看板に掲げていても、大抵のクライエントさん(相談においでになる方)にとって、
いいカウンセラーはいいカウンセラー
なんです!!
おもしろいもので、そういう、各流派の「達人」の域に達したカウンセラーの人同士は、
「カウンセリングのエッセンス」
のところではお互いに予想外に理解し合えるし、他流派のカウンセラーの方々からも尊敬され、その他流派の「達人」の発言や著作に、感銘を受け、耳を傾け、謙虚に学ぼうとするものなのです。
私も、まだとても「達人」の域には届きませんが、20年のキャリアの中で培われた「経験値」のすべてを動員して、皆様のお役に立てるように努めるつもりです。
*****
実は、そういう「現場から学ぶ」経験値を高める上では、「私が」何より「自分個人のための」スキルとして、フォーカシングを学んできたことは、「私にとって」役に立ってきたという確信はあります。
そして、皆様にとっても、フォーカシングを学び、身につけることは、例えば、
「経営者として」
「営業担当として」
「インディーズの街頭ミュージシャンとして」
「ファッションデザイナーとして」
「理系の研究者として」
「求職中のリクルーターとして」
「コンビュータのSEとして」
「役者として」
「地域の自治会役員として」
「専業主婦として」
「サーファーとして」
「イラストレーターとして」
「運動選手として」
「浜崎あゆみのコンサートツアーの『追っかけ』として」
「牧畜業者として」
「趣味のオーディオファンとして」
「新聞記者として」
「フリーターとして」
「テレビ局のディレクターとして」
「政治家として」
そして、
「カウンセラーとして」
のあなたの「経験値」を、分野に関係なく、
「最大限に効率よく」
高めるものではないか.....とは、思っています。
(2006/7/12 23:38 記)
================
以上、
の「支店」Websiteの、「メッセージ」という、私が自由に書き換え可能な部分に掲載した文章のタイトルまで、そのまんまの転載です。
*******
7月11日に開業一周年を迎えました。
その節目に当たり、
この文章ほど、私の経営理念を、現段階で「総括」した文章はない、
という確信が持てました。
そして、
なぜこのブログが、
「こういう」何でもありのブログなのか
についても、これ以上の解答はないとも自負いたします。
*******
なお、私がこの「メッセージ」を書く時に、絶えず脳裏に浮かべていたのが、中島みゆきの
銀の龍の背に乗ってであり
、
(アルバム
「恋文」、
および、スタジオライブDVD、
"Live at Sony Pictures Studios in L A."収録)
であり、しかも正確には、
収録のブロモーションビデオの方の映像が脳裏に浮かび続けていたことは、白状しておきます(^^;A
フォーカシングを、
「心理療法」や「カウンセリング」、
「癒し」
の観点からのみとらえるのは
「あまりにも狭い」。
フォーカシングとは、
人が、この世を生きる上で、
自分の「経験(experience)」から学び、
それを「消化し」、
「活用する」力を
最大限に拡張する可能性を秘めた、
「現実を生き抜く」ための技能(skill)である。
******
の「支店」Websiteの方は、「メニュー」のコースごとの詳しい解説のアップはすでにアップされましたね( ^ ^ )
(文体が違うって? 臨機応変、これも私の書いたもの「そのまんま」を編集者の方に部分的に切り詰める添削していただいただけですよん!)。
ところが、何と「メッセージ」の方、まだシステムに不慣れな私の操作ミスのせいか、送信したままネットのブラックホールに吸い込まれてしまったらしいです(^^;A
そこで、私が、この前、自分で思い浮かんだ途端に「肩の荷が降りた」といいつつ出し惜しんだ後半部分を、ispot用決定稿(7/13追記:記憶を頼りに2度書いたおかげで、むしろ遥かに練り込まれたものになりました)ほどくだけていない表現(???)で、先に公開します。
******
ジェンドリン自身、ある論文の中で、"economical instinct"=経営的な「勘」と呼ばれてきたものも、実は、その人が、特に技法として学ばなくても身につけていた「フォーカシング能力」そのものではないか、と、明言しています。
そしてまた、ジェンドリンは、フォーカシングと政治との関わりについても、いくつかの言及をしてます。そこに「茨の道」が待っていることを示唆しつつも。
フォーカシングで経営的に成功できるか?
フォーカシングで政治家として大きな足跡を残せるか?
フォーカシングでワールドカップの名選手になれるか?
.....そこまでいかなくても、それがどのような分野であれ、その人の可能性が、本人自身驚くような紆余曲折ある展開を経ながらも、実は一番無理がない、足が地に着いた形で、最後には少なからぬ人に理解される形で、その人なりのささやかな花を咲かせるとは思っています。
なぜなら、経験から学び取り、活用する消化力だけは抜群に高めるから。
名もなき「地上の星」ぐらいには歴史に刻印されると。
神奈川県臨床心理心理士会研修会は、もうすぐ終わります(^^;A
「コウイチロウダム」の水門は、「私」の意向と無関係に閉じられ、
「エネルギー備蓄モード」
を「優先順位」として選択したようです(^^;A
2台の目覚まし時計を止めたうっすらとした記憶はある、午前中に弱いこういちろうでした。
*********
もとより、クライエントさんとの面接時間の約束を「寝過ごした」なんてこと、過去、開業以来一度もありませんので、ご安心下さい。そもそも開業時間が12:30-20:30ですから、急に朝から活動するのは困難を伴います。
で、寝たい放題に寝まくり、クライエントさんとの面接も無理なくこなし、ayuとみゆきを、今度ご紹介しようとしているヘッドフォン(値段からすれば掘り出し物!!)で聴き、細々とした雑用も生活の切れ目切れ目に要領のいい「優先順位」で運河の水門を開け閉めして進め、久々に
を読んで感動し、後は
名刺の増刷だけになった、省エネモードのこういちろうです(^^;A
(この記事そのものが、書く立場からすれば、過去の記事のHTMLの切り貼りでここまでは書ける、省エネ記事なのであった)
の「支店」Websiteの方は、すでに昨日(金曜)の晩に詳細な原稿は送ったのですが、ispot側の編集者のチェックが入った上で掲載の予定なので、恐らく10日、月曜にお目見えになるかと思います。
全くフォーカシングを知らない人に向けてどうアピールするかを考えながら書いて行くうちに、これまで一度も私が(このブログ以外でも)言及しなっかた観点からのフォーカシングの「効用」のアピールを思いついてしまいました。その部分は、気に入ったので、こちらでも実際にアップになった時点で紹介しますね。
少しだけバラしますと、
フォーカシングを、
「心理療法」や「カウンセリング」、
「癒し」
の観点からのみとらえるのは
「あまりにも狭い」ということです。
........かといって、「創造性の開発」とか、「自己啓発」とか、そんな、言い古されたことではないですよ。
ただ、これは私の独創ではなくて、創始者、ジェンドリン自身が「ある論文」の中で明言していることを私なりにかみ砕いたに過ぎないのですが、当然私の、あの、突如ワープする論の進め方の「仕掛け」がありますのでお楽しみに!!
実は、「そのように」フォーカシングをとらえた瞬間、私の肩の力が、これまでになく、「すごく」抜けました。
タイトル通りです。大事なことの告知を忘れていました(^^;A
なお、留守電やFAXでの申し込み、お問い合わせは、翌7/10(月)には確実にお返事申し上げますので、どうかご活用下さい。
******
今日中に果たしてもう一本新作をこのブログに掲載できるか?
「......無理はするなよな」
.......と、私のフェルトセンスは、
の標識を掲げております(^^)
さすがに、「『信』なき理解」と「続・『信』なき理解」という、超問題作・大作の2本を立て続けに仕上げ、
更に、その間に、元巨人・ヤクルトのセーブ王の角さんとの雑誌対談もさせていただくなどの中で、
のように、「真っ白な灰」にはならないまでも、
私のフェルトセンスは「少し一息つきたがって」いるようです。
久々に、名刺の増刷と、
あと、
の「支店」Websiteの私が自由に作れるページが未完成なので、そっちのことを、
ayuを聴きながらやってるかも?
大好評をいただきました「『信』なき理解」ですが、
今度はこの問題を、
クライエントさんとカウンセラーの関係の問題から、
カウンセラー同士、
あるいは、看護や福祉、
地域精神保健等を含む、
広い意味での「援助職の人間どうし」や、
「私的な」人間関係
に拡張してみようかと思います。
*****
流派や個人差によってある程度違いがあるかとは思いますが、一般に援助職に携わる人間は、
「相手の話をまずは受容的に傾聴し、
相手を不要に傷つけないように応答する」
のが「習い症」になっています。
これを、クライエントさんとの関係を離れたら、即座にスイッチを切り替えて、相手に愚痴も言えば怒りもぶつける「普通の」人間関係に切り返られるものかとうか?
援助職に就く人というのは、
もともと他人の痛みに
我がことのように「同情」し易く、
普段の日常の人間関係でも、
周囲の人の相談相手としても、
「聴き役」になったり、
あるいは少なくとも、
家族や集団の中で、
相手に不平不満をいわないで
大人しく「いい子」として
従順に、
あるいは、
「甲斐々々(かいがい)しく」
ふるまったり、
自分を殺して「いじめられ役」
になっていた人
.......が、(すべてではないですけど)かなりのパーセンテージを占めていることは確かでしょう。
自分で自分の人生に悩んだり、
自分自身が、「救いがない(helplessness)」人生経験をした教訓を生かして、自分が、人を援助する仕事に就こうと思うようになった人たちが少なくないはずです。
*****
こういう人が、
相手のことを受容し、
傷つけない応対の仕方を、
更に「職業的訓練」として学んでしまうと
私生活での対人関係はどうなるか?
****
.......もう、目に見えていますよね。
場合によっては、前回書いた、クライエントさんとカウンセラーとの関係より悲惨な状況が待ち構えていることは。
何しろ、問題は、もはや、
1時間なら1時間の「『枠』のある面接構造」、
一日8時間の「勤務時間」
の外側での私生活の領域なんだから、
24時間営業、逃げ場がないのです。
*****
そして、援助者同士の人間関係というのも、職場の中であるか否かに関係なく、一つ間違うと、悲惨な側面を抱え込みます。
「この人はじっくり話を聞いてくれる」
からといって、
それが「相手の本心」からかどうか、
まるで信頼できない。
だって、
その話し相手は
「カウンセラー」
なんだもの!!
裏でどんな陰口を言われているか、
わかったものじゃない。
それどころか、
自分のいない席では、同僚たちは、
「あの人は『病気』だ」
という噂すら立っているのに、
普段は全くにこやかに、
「職業的仮面」をかぶって、
「私にも」、みんなぐるになって
「何ともないかのような」、
「しらばっくれた」
顔をしているのではないか????
.........こういうふうにカウンセラーひとりひとりが「お互いに」職場で同僚に「疑心暗鬼」の中で「腹の探り合い」ばかりしていたとしても、
それはその人個人の「被害妄想」ではなく、
そういう状況におかれたら、
誰でも陥る可能性がある
「集団心理的」な
異常な対人関係の場
であるからだということは、一般の皆様にも、お察しいただけるかと思います。
******
この問題について、私が知る限り、唯一真正面から取り扱った名著をご紹介します。

グッゲンビュール=クレイグ著「心理療法の光と影 -援助的専門家の「力」-」
この方は、ユング派の重鎮のひとりですから、ユング派の用語が多く使われていますが、書かれている内容の「普遍性」に関しては、最低限のユング派用語を理解できる援助的専門家の方は、胸をえぐられる思いをなさるかもしれません。
スイスのユング研究所の研修生の間では「青本」と呼ばれる、必読の教科書の一つとのことです。
ここで展開される、
「傷ついた癒し手」
という元型をキーワードとする論述は、
援助職に就く者の内面の暗部(「影」)を
情け容赦なく抉り出すと同時に、
そうした「影」との戦い、克服の過程で
はじめて得られる癒しについて、
すべての「援助職」の人に
生きる勇気と希望の「光」となり、
「標(しるべ)の星」ともなる、
感動的な名著だと思います。
永らく再販されていなかったこの本の復活を私は心から喜んでいます。
「私の敬愛する本ベスト5」のひとつ。
突然の爆弾発表です。
あの、元巨人・ヤクルトで、救援投手として活躍、「セーブ王」として一時代を築いた、角盈男さんとの雑誌対談が実現しました!!
「国際グラフ」という、全国の官公庁や法人、病院や施設の待合室等でしか読めない大判のグラフ誌なのですが、お声がかかってから実際に、あの「角投手」(と、どうしても私の世代はお呼びしてしまう)実際に対談させていただくまでにわずか2日というハイペースでした。
(↑こちらが角さんにいただいた色紙の画像です(掲載許可済み)。
9月6日刊行の、9月号にB4版縦1ページまるまるつかって、写真入りで対談が紹介されます。
フォーカシングとはどういうものかについてのの、角さんに聴き役をしていただいての解説では、選手として、またコーチ歴の豊富な角さんとは、「頭での理解」の堂々巡りとは次元の違う、「技能(skill)を身体で覚える」という観点で意外な接点が見つかりました。
狭いワンルームのカウンセリングルームにわざわざおいでいただいた角さんは、やはりプロスポーツ選手らしく、たいへん大柄な方でした。テレビ等でのご活躍から皆さんもおわかりのように、たいへん親切で親しみやすい「聴き上手」でいらっしゃり、1時間の設定時間があっと言う間に過ぎました。
あいにくの雨の中、おいでいただきましたことに、「レポーター」の角さんのみならす、記者さん、カメラマンの方にも併せて御礼申し上げます。
話は独立開業事業を展開する上でのネット活動の意味という問題にまで広がりましたが、どこまで誌面に反映していただけるのか、楽しみにしております。
私は、事例検討会や学会の事例研究発表で、自分の土俵にすぐに引きつける、「流派の他流試合」的なでのコメントの応酬、あまり好きではないのです。
私は,例えば知り合いの座長の先生から「フォーカシングの観点からみて、この事例をどう思われますか」とコメントするように「振って」いただいても(私、それくらいには、そこそこ「フォーカシングの阿世賀」で、少なくとも大学学生相談や人間性心理学の「業界」に流通してます)場合ですら、まずは、発表者の方が使われた流派的・理論的枠組みを尊重したコメントでしか口火を切りません。
これこそ「フォーカシング的」態度です!!
「その人の実感にぴったりの言葉
(ロジャーズの言う
「内的照合枠(internal frame of reference)」
をまずは尊重する、
「リスナー」となること!!
特に日本心理臨床学会大会なんて、すべての流派のカウンセラーの皆さんが交流できる、
「日本中の各流派勢揃いの総合大博覧会」
であることこそが「魅力」なんだから、フロア(客席。アリーナ席(^^))の参加者にはいろんな流派の勉強をして来た人がいるはず。そういう場面で、自分の流派の宣伝めいた発言に終始ずるのは了見が狭いと私は思うんですよね。
どの流派の方も接点をもてるような形でのカウンセリングのエッセンスの次元でのディズカッションこそ、学会参加者の皆さん全員の「おみやげ」になるのです!!
その点で、例えば行動療法の山上敏子先生に対して、一見正反対のアプローチであるかに見えるクライエント中心療法のカウンセラーの皆様の間に圧倒的「ファン層」がいるという現実など、山上先生の懐の深さを含めて、私はすばらしいことだと思っています。
******
以上、この記事への自己レスからの格上げ掲載に過ぎませんが、お見落としの方も出てきそうですので、敢えて「本文記事」として、若干の増補改訂の上で再アップしました。
何だか「今後の予定」が果てしなく溜まって行く現実に自分でもあきれてますけと、こうやって「運河への水門を次々増設」して今後に備えるのが、わたしなりの「仕事の上手な仕方」(カール・ヒルティ)です(^ ^)
ということで、「今のところの」優先順位としては、
2.浜崎あゆみの新譜マキシ、
"blue bird"への感想(ついに掲載!!)。
3.「万国iPod用ヘッドフォン博覧会」への新たな製品のご紹介
の予定です。
もっとも、今週は(嬉しいことに)本業が少し立て込んできましたので、掲載ペースの鈍化が予想されますことをお許し下さい!!
さて、ついに、,
「看護のための精神医学 第2版」(中井久夫 /山口直彦 共著)についての、私なりの感想と、そこからの連想をつづるシリーズの開幕です。
「『信』なき理解」に
ある種のクライエントさんはさらされている」
という言い方が著作の中に出てきます。
まずは「この言葉が私の目にとまっただけ」の時点での私なりの感想をお書きします。
*****
「『信』なき理解」とは何か?
いろいろな言い方ができそうな気がします。
1.クライエントさんの発言や行動について、
カウンセラーの側が、
「理解しよう」
「受容的に受け止めよう」
とがんばってはいるけれども、
カウンセラー自身は、
本当のところは、
クライエントさんの言動に違和感や嫌悪、恐怖、
あるいは、予後に対して不安を感じているのに、
理解した「ふり」だけをしてしまうこと。
2.更に、クライエントさんも、
カウンセラーのそうした「理解ある」態度を
「ほんとうに『真に受ける』」か、
あるいは、
薄々違和感や抵抗を漠然と感じていたり、
それどころか
「全然私の気持ちの
大事な勘どころををつかんでもらってない」
とはっきり感じて「いた」のに、
面接の場のなごやかな空気を壊したくなかったり、
不満や異論を唱えたらカウンセラーに嫌われたり
怒られたりしそうなことへの恐怖のために、
本音を抑えて、表面だけ「理解してもらえたフリ」
をいつの間にかしてしまっている。
ところが、クライエントさん自身も、
この「ほんとうは理解されてない」違和感を
「抑圧」してしまい、
「自分は『十分に』理解されている」
と思い込む方向に、
「反動形成」、あるいは
「理想化転移」を治療者に向けてしまう。
3.その結果、最悪の場合、
カウンセラーは「理解したつもり」
クライエントさんは「わかってもらえたつもり」
という、
「偽物の相互理解」の「つながり」幻想が
両者に共有される
(この「3.」項は、「藤嶽法」の創始者である、三重のカウンセラー、藤嶽大安氏が、すでに2005年の日本人間性心理学会第24回大会発表論文集(こちらを参照)でお書きの表現を拝借しました。)
4.しかし、この「偽りの蜜月」は、
何かのきっかけで破綻する。
「このくらいのこと、
もういわなくてもわかっているはず」
と、クライエントさんも、
カウンセラー自身も思い込んだ結果、
ある日それが「錯覚("illusion")」であったことに
双方が直面する、悲劇の瞬間が訪れる。
5.これをきっかけに、
クライエントさんはカウンセラーへ
「猛烈な怒りと恨み」を抱き、ぶつけ始める。
6.カウンセラーの側は、
そうした、クライエントさんからの
「突如の、理屈を超えた怒り」を
ぶつけられて、
傷つき、
途方に暮れ、
無力感を感じるか、
逆に、そういうクライエントさんに
怒りや嫌悪を感じる。
7.クライエントさんは、この傷つきのために、
その後別なカウンセラーに相談する際も
最初から不信感を抱えてしまい、
すっきりあっさりとは本音を言わなくなる
傾向が更に強まる。
8.医者やカウンセラーの方は、その後、
「このタイプの」クライエントさんだと察すると、
最初からクライエントさんに「防衛的」
になり、「苦手意識」が強まり
「真剣に」クライエントさんの話を聴く
誠実さを失っていく。
9.1.に戻る(^^;)
******
こうなることを防止するのには、ひとつには、クライエントさんの話を「ウン、ウン」とあっさり受け止め、話させ続けるのではなく、小刻みに伝え返しをし、
カウンセラーの側の理解が何かズレていないかを、カウンセラーの側から率先してやさしく小刻みに丁寧に確認していく姿勢が大事と思います。
「私の言うことが
何かピント外れだと感じたら、
あなたは決して遠慮することなく、
クレームをその場で私につけてね。
あなたをいつの間にか誤解したくないから、
早めにクレームもらえた方が、
私は心からあなたに感謝します」
これは、新しいクライエントさんとカウンセリングをはじめた早い段階で、最近の私はクライエントさんに必ず伝えます。
そして、私の理解の誤りをクライエントさんに実際に指摘してもらえるたびに、
「私の理解がずれていたことを
あなたが、
率先して言葉にしてくれたことに
感謝します」
とすら時々言い添えます。
これ、実は”Focuser as Teacher"で述べたことを、一般面接の中で、カウンセラーの側からクライエントさんにそれとなく促進するための、さりげない工夫であると、気づいていただける皆様、結構あることかと思います。
********
さて、カウンセラーをはじめとする「援助職」の人が陥りやすい「形だけの受容」が引き起こす、ある意味ではより不幸で深刻な問題について、続編で論じたいと思います。
日本フォーカシング協会に「メンバー」(年会費3000円)として入会していただければ(加入資格は特にありません)、年4回発行されるニュースレターを購読できます。
その中の、「ワークショップ情報」のページをご覧になると、北海道から九州、四国まで、日本全国で、フォーカシング関係のワークショップやセミナー、小さな民間の研究会・勉強会や、個別指導に応じてくれる団体や個人が、特定の日時を月一回など決めたものを含めて、一年で延べ100件近く掲載されている情報に接することができます。
皆様が想像されているたより、よほどフォーカシングを学べる場所は多いでしょ? これに、フォーカシングを研究・実践する先生のいる大学の研究室やゼミや特殊講義での学生たち相手の実践、それらの先生が講師をする「市民大学講座」みたいな催しまで含めると、実数はこの倍に近いと思います。
スクールカウンセラーや幼児教育・保育関係の方々で、子供との関わりのためにフォーカシングをさりげなく生かしておられる方も、すでに、一般に想像されるよりは遙かに普及していて(「フォーカシング」という名前を使ってないだけなんですね)、かなりの数にのぼります。
*****
そういう中で、我が「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」は、恐らく東京の日本・精神技術研究所心理臨床センターのオープン・プロガラムを例外として、特定の常設の相談機関が、休業日を除いて、常時「フォーカシングの個別指導」を受け付ける、全国で「唯一の」相談機関ということに現状ではなります。
しかも、私のフォーカシングの指導法は非常に柔軟です。
「フォーカシング個別指導」コースをご希望になる大抵の方は、私をトレーナーとして、まずは通常のフォーカサーとしての体験を積むことをお求めになることがもちろん多いのですが、
先日ご紹介した、この著作収録の"Focuser as Teacher"も、
ホールボディ・フォーカシングも、
インタラクティブ・フォーカシングも、
「藤嶽法」(第一法、第二法)も、
夢フォーカシングも、
それどころか、
あくまでも増井先生流」の「こころの整理法」も、
「あくまでも田嶌先生流」の「壷イメージ法」も、
更には、
土江正司さんの「こころの天気」も、
横山体真先生が最初の開発者で、今では岐阜の蒲生紀子さんが特に実践しておられる「こころの壷」も、
相互スクイグル(ウィニコットが開発した「なぐり書き描画法」)をフォーカシングチックに遊ぶことも、
いつでも「個人セッションで」臨機応変に体験できる
「週5日以上開業、開業時間8時間の、常設の」フォーカシング学習の場なんて、
「日本では他にまだない」
ことをお忘れなく!!
(椅子の都合で、私を含めて6名さままでならグループ指導もできる態勢があり、その場合のグループ割引もいたしますが、さすがに6名となると「寿司詰め」になりますので。)
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何しろ、「今日何をやりたいか」そのものを、
「学ぶ人に」、
最初に
「ショートフォーカシング」
してもらって決める、「圧倒的柔軟さ」を誇ります。
「ショートフォーカシング」とは、「今日私は何をやりたいのかな」と自分の内側に沈黙して2,3分問いかけて、身体からの反応を味わってみてもらうことです。
「フォーカシングがまだ自分でできている自信がない」方も、2,3分時間をもらって、「あれがいいかな、これがいいかな」と思いを巡らす時間を差し上げるだけでも、貴重な時間と感じていただけるようです。
まさに、レストランの入り口のショーウインドで、「どれがおいしそうかな? 食べたいのかな?」と迷う時間にあたるものです。
(この「レストランで何が食べたいか」という喩え話は、日本最初のジェンドリンの直弟子であられ、現日本フォーカシング協会会長をお務めの、関西大学の
池見陽先生が、初心者向けによくお使いの言い方を拝借させていただきました)
最後は「勘」で、えいやっ!!と決めてもらうのでいいのですね。
「初級」も「中級」もあったもんじゃない勝手気ままさ!!
(インターラクティブ・フォーカシングのような、一般には「上級コース」とされるフォーマットですら、フォーカシング未体験の初心者ですら、わくわく「楽しんで」もらえるものにできるんですよね、実は)
まさに、「フォーカシング・ワンダーランド」!!
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これで、一般の皆様からの「通常のカウンセリング」を申し込んでいただくと、「正統派クライエント・センタード」のベースを崩さない(認知行動療法や山上行動療法もたまに混ぜますが)で、私の方からフォーカシングをクライエントさんにお勧めすることには「禁欲」を貫き、そして、医療や法律など、実際的なガイダンスやコンサルテーションもする、
「町の現場カウンセラー」そのものに「豹変する」
のが私のとりえです。
ちなみに「他流派の」カウンセラーの方からのケーススーパービジョンのお申し込みも、決してお断りしないことをポリシーとしております。
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