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2006/07/23

今後、大学学生相談において、従来の「社会的引きこもり」に相当する学生についての相談は減って行く可能性がある(2)

 さて、やっと、前編の続きですね。

 このことを書こうと思ったきっかけは、大学学生相談事例のケーススーパービジョンをしている間に、いくつかの事例をうかがううちに、私が学生相談の現場を離れて2年もたたないというのに、

「今の大学生は、大学をやめたくなったらけっこうあっさりとやめてしまう」

という事実に気がつき始めたのがきっかけなんです。

 「再受験による救済願望型」=「希望した大学や学部に入り直しさえせすば自分の人生は一気に好転するかもしれないという空想的期待を抱き、『仮面浪人に』走るタイプ」

明らかに減ってきている。.....というか、

1.以前よりも、そういう仮面浪人型の人や、転学・転部試験を希望するタイプの人が、非常に「現実的な」視点に立って、「見通し」を立てて、「計画的に」受験勉強をして、転学・転部を実際に成功させ、その後は「以前よりは」かなり充実した大学生活を送る人が多くなっているようだ。

2.専門的技能を身につけたい大学生が、大学中退して、専門学校等に入り直すことに躊躇を感じなくなってきている。

3.卒業してもフリーターとして生きていくことに全く抵抗感がない学生が、就職課に足を向けないまま、あっさりと卒業していくケースの増加。

4.「大学ぐらいは出ておきなさい」と、保護者の方が、子弟に対して以前ほど執着的に期待し続けないケースが多い。

.......こうした傾向を、感じるのである。

******

 こうなってきた原因としては、

新卒→終身雇用制という企業側の求人のあり方が崩壊しつつある。その結果、

「一度入ってしまえば、あとはレールの上に乗っていれば生涯が保証される」

という幻想の崩壊により、

「レールの上に乗せられて、あとは会社の歯車として働き続けねばならない

という、「呑み込まれ不安」を、従来なら引きこもり予備軍になりそうな人たちが「以前ほど感じずに」済むという、思わぬ「いい『副作用』(?)」を併発したこと。

 つまり、昨日まで安定しているかに見えていた会社がまたたくまに倒産したり、吸収合併される様を知るにつけ、

「人生とは予想がつかない不安定なもの」という認識が当たり前になったこと。

 銀行や地方公務員なんて、20年前なら、「入ってしまえば」これほど安定した身分はないとたいていの人が思っていたはずである。しかし、銀行ばかりではなく、昨今の市町村広域合併の推進に伴う「統廃合の嵐」が来ると誰が思っていたたろう?

 郵政省郵政公社になったし、あのNTTですら、他の電話会社やネットブロバイダとの競争の中で、内部では恐ろしい勢いで試行錯誤の組織再編を繰り返している。国立大学ですら「独立行政法人」として、統廃合、再組織化が進んでいるし、大学教授ですら、ロー・スクールを格好の切り口にして、「年限のある採用」が一般化しようとしており、新たな研究業績を形にできない教員や、まだ常勤講師の立場を獲得できていない若手研究者の「内部就職」を不安に陥れている。

 もとより、そうであるからこそ、フリーターや派遣職員に過ぎない層と、正社員として生き残れる層との賃金格差は大きくなっているわけだが、その「正社員」そのものが、いつ何時「子会社への出向」を言い渡されかねない。

 更に、少子化の波の中で、2007年には大学進学希望者と大学の入学定員がイコールで結ばれるわけである。もはや「それでも」高い学費を払って「そういう」大学に通うべきか?という意識が、高校生やその親の世代に強くなっても当然である。

 こうなると、大学そのものが、旧来の、「象牙の塔」を脱して、具体的な職業技能を教え、キャリア教育を重視する「専門学校化」していくか、あるいは「社会人に門戸を広げる」しか生き残り策はなくなる。

 そうやって「社会人になってもいつでも大学に入れる」傾向が強まったら、いよいよ無理してまで大学に「高卒後」すぐに通う意味は喪失する。

 こうして、一部の研究エリートやエリート官僚、高度専門職養成校を除くと、旧来の日本の「大学」のあり方そのものがものの見事に崩壊する直前の段階なのである。

 もはや、フリーターとして取りあえず社会に出ることが、何の負い目も恥ずかしさもない社会が、目の前に迫っている。100円ショップの隆盛でもわかるように、今や消費財の生産の多くは、アジア全域の安い労働力に依存しているため、同じような品物を買うための物価は実質年々下がり続けていることも、フリーターが取りあえず生きていくことに好条件である。

*****

 ここまでは私が自分で考えられたことなのだが、そこに更に、wikipediaの「ニート」の項(統計資料を駆使した、秀逸なものである)を読むうちに、私の視野になかった重大な事実に気がつかされた。

  「ひきこもり」のひとつの背景にあった、「社会的・対人的スキルの未熟さ」の問題を、何と高校までの学校教育そのものが、すでに掘り崩していたのである。

 先述したwikipedeiaの記事の、「出生年における教育機会の落差」の項をご覧頂きたい。

 パソコン学習が小学校から必須となり、ボランティアや職場体験、企業実習が単位認定される時代。

 もとより、これらの教育ががほんとうに実質的に機能しているかどうかにはいろいろ問題があるだろう。しかし、もし、学校教育の枠内で、こうした社会的体験を持てたら、社会人になることへの不安がかなり緩和されたであろう、「旧来の引きこもり」世代は、かなりのパーセンテージにのぼる、とは言えるのではなかろうか?

 こうして、もはや、斉藤環氏が定義した意味での「社会的引きこもり」は、現在の大学生からはすでに減少し始め、すでに20代後半から40歳ぐらいまでに「高年齢化」された形で存在する時代に、すでになりつつあるのではなかろうか?

*****

 もとより、どのような時代でも、その社会の潮流になじめないで苦しむ人たちは決していなくはならないし、ある意味では、そうした人たちからこそ、次の時代を作る新たな文化的潮流は発信され始めるだろう

 もはや「大学」に何の幻影も抱かない世代から。
 
 あるいは、

 超高齢化社会を迎えた中での、老人たちからこそ。

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コメント

 おかげさまでこの記事、掲載されて2日たった現在でも、「固定アクセスリンクで」11%、トップページへのアクセス数を遙かに上回るという、猛烈な反響を呼び続けています。恐らく検索エンジンからダイレクトでおいで頂く方もそろそろ出始めたのでしょう。

 私が1年半前まで、何よりも「大学学生相談」の「現場」のプロ「だった」というアイデンティティを自分で再確認させていただけたことに、ちょっといいようがない感慨を感じさせていただきました。

 そして、明治学院大学には、私の臨床現場での経験値を一気に高める場とさせていただいたこと(もとより、その影で、私の試行錯誤の未熟さ故に、最善の援助ができなかった学生さんたちも数多くいるであろうことへの、申し訳ない思いも感じています)、そして、退職の際に、何とも手厚い配慮を頂きましたことに今でも心からの感謝を感じております。

 でも、敢えていわせてください!!

 「私は、ひょっとしたら、絶妙のタイミングで『大学』を臨床現場とすることから結果的に離れたことになるのかもしれない

と。

 この言い方は、私の後に残されたスタッフや新任のカウンセラーの皆様、私との面接を他のカウンセラーに引き継ぐ際に混乱を感じた学生さんたちに、大変失礼な発言であることはわきまえております。

  どうか、
  変貌する大学を巡る社会状況の中で、
  明治学院大学と、
  学生相談センターが、
  いい意味で、
  更なるご発展を続け、
  関係者の努力が報われますことを、
  心から、心の底から(!)、
  お祈り申し上げております!!!!!

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