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2006/06/06

「人に迷惑をかけてはならない」の呪縛(第2版)

 「このようなことを親しい人に相談すると迷惑をかけるのではないかと思って」

 カウンセリングの現場でクライエントさんからよく聴く言葉ですが。

 私はそうやって、相手に迷惑をかけたくないその人の気持ちを受け止めた上で、適切と思えた時には、その人に、次のようにはっきり言います。

  「相手の人に、

    『今、話をきく余裕がない時は、
     遠慮なくそのことを言って欲しい。
     別にアドバイスが欲しいわけではないよ。
     話を聞いてもらえれば、
     自分で少し気持の整理ができそうだから』

と、前もってその人に「宣言」して、話し相手になってもらったら?

もし、それでも「無理をして」その人があなたの話を聞き続けたとしたら、その人が悪い。

 その人が『大丈夫だよ』と言ったら、

そう言ったその相手の人が無理して話を聴いてくれているのでないか、などと

   『裏を読まない』

こと。

『額面通りに』相手の言葉を受け取ること。

 『今は話を聴く余裕がない』と自分で言えない人間にも責任があるのだから」

と。

 これは、半分は、フォーカシングにおいて、フォーカシングを何も知らない人に聴き手(リスナー)を頼む時のやり方として、いろんなフォーカシング関連の著作で書かれていることです。


Assertion それに更に、
平木典子先生が、名著「アサーション・トレーニング」
でお書きのことを、
私なりにブレンドしたものです。

******

  「私(カウンセラー)以外に
  心打ち明けられる個人的知り合いを一人は確保しなさい。
   得てして、それは、あなたが

      『その人には迷惑をかけたくない』
      『その人を悲しませたくない』

  と感じている人が適切です。
   きっと、それをきっかけに、
  その人との人間関係が、
  今よりすばらしい、うち解けあったものになりますよ」

*****

 このことを「カウンセラーが」助言しないあまりに、「カウンセラーとの」カウンセリングの成果もなかなか上がらないことって、実は多いのです。

 クライエントさんが,実際にこのことを実践しなくても、ここがカウンセリングの深まる節目になることが多いのです。

 カウンセラーは、「自分だけがこのクライエントさんの救い主になろう」という「悪魔の誘惑」に屈してはならない。

******

 特に、ある特定の人との関係で深刻に悩んでいるクライエントさんの場合、今度はカウンセラーが,そのクライエントさんを援助できないことに「ひとりで」悩み出すという構図は、ありがちです。
 カウンセラーか感じている無力感は、ほんとうはクライエントさんがその特定の人との関係で感じている無力感の「写像」、あるいは、ユング派ふうにいえば、共通の「布置(constellation)」ということになります。
 ほんとうは、クライエントさんの無力感の深刻さに共感できていないのに、表面だけ受容した態度を取ると、それは順送りに、今度は「カウンセラー」の無力感として体験されるわけです。

 (わざと、「転移」「逆転移」という言葉を回避して書いてみています。若いカウンセラーの皆さん、こういう専門語を頭だけで理解してもっともらしい説明して論文書くことだけうまくなるカウンセラーにはならないで下さいね(^^;)。
 いつもこのブログで言ってますが、クライエントさんの本当にお役に立てているかどうかを、指導教授や他のカウンセラーに評価されるかより大事にする覚悟を持てるように)

*******

 ただし、面接ののっけから、「誰か他に相談相手はいないのか?」では、カウンセラーに失望して去らせてしまうだけです(^^;)
 クライエントさんとの相互信頼の絆が十分深くなった、というあたりで、カウンセラーの中に、「この人とならいいカウンセリングが継続的にできそう」という、微妙な慢心が生じるあたりで、ちょっと冷静になって、このことを言っていいかどうか吟味する、というのが一番いいタイミングかも知れませんね(^^)

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コメント

ご迷惑かかるかもしれませんが、コメントさせて下さい
医療関係の仕事をしておりました
病を患った方と接する仕事です
どんな病であろうとも、信頼関係が築けなければ、その辛さや、不安な心を打ち明けてはくれません
以前にお世話になっていたドクターで、私がとても良くして頂いたドクターですが、初めはとっつきにくいと、正直思っていました
しかし、歯にもの着せぬ様に取れるいい方が、その内私や、あるいは患者の為とのそのドクターの厳しさ、愛情と本当に感じました
生死に関わるような病を持つ人を相手にしてらっしゃるのですから、そうですよね
信頼しなければ、話せません
難しいところです

いつもレスありがとうごさいます。

 私がここで亜伝えしているのは、確かに大変微妙な問題を含みます。

 私がお伝えしたいのは、特に「ある特定の人」とのかかわり合いが泥沼状態で膠着している「クライエントさん」は、いつの間にかその「二人だけの世界」での相互作用の悪循環に陥っていることが多く、まさにそれと同じことが、今度は「クライエントさん」「カウンセラー」の関係性の中で、「再演」される傾向があるということです。

 「自殺したい」と訴えるクライエントさんなんかも典型です。私は、以前書いたように「私に話してくれたことを光栄に思う」などといいつつ、死にたい気持ちをカウンセラーである私にクライエントさんが受けてめてもらえたことに一息ついたあたりで(そこまでで面接が2,3回かかっても当然です)、はじめて、

「カウンセラーである私『以外に』、死にたい気持ちを伝えても大丈夫な人が、あなたの身近に、私以外に、ひとりはいる筈ですが」

などと水を向けることがあるのです。

    「自分が本音を伝えたら悲しむ、
    傷つく,迷惑をかけたくない」

と「一番」強く感じる相手こそ

   実は一番信頼「したい」相手であり、
   その人の好意に甘え「たい」相手

ということは少なくとも真実でしょう?

 自分がでえ〜っっっ嫌いな奴なんかに、いちいち悩み相談するわけないし、傷つけたって、悲しませたって、迷惑かけたって、「平気」な筈と思いますが(^^;)

 ま、そういう奴に相談なんかしたら、「弱みを握られたる」から嫌とは思うかもしれませんが。

 この世に信頼できる相手を「一人だけ」求めようとしているうちは、相手に裏切られたり、二人ともお互いに「溺れる者がつかむ藁」になりあって、水中に没します。

 それなら、この世に絶対安心して「信頼できる人」を一人も求めず、でも自分は多くの人を「敢えて信頼しようとし続け」、裏切られたら「あ、こいつも結局この程度ね.物足りない奴」と心の中で見下して,「さっさと見捨てて」生きて行きたいです、私は。

 この世に、自分一人のためですら、絶対に頼り切れる人間なんていないし、自分が他人のためにそうなれもしない。

    そんな超人がいたら、
    きっとそいつの本性は
    『悪魔』
    に違いない
ので、
    全力をもって
    人類の敵として抹殺すべきです!!

 それより、自分が「そこそこ頼りにされる」人間になり、そこそ人にも「頼れる」人間になる方がよほど簡単です(^^)
 
 このような言い方をすると、私の伝えたかった「逆説」が少しは伝わることを信じつつ。

追伸です。

  この世の中には、本気で包み隠さず相談したら、

「どうしてもっと早く相談してくれなかったの?」

と言ってくれる知り合いが意外と多いはず。

 そのように言ってくれないとしたら、その人は、ただの大人の皮をかぶった子供でしょう。

 そして、ほんとうに誠実な聴き手、相談した人間の深刻さが心にに響いた相談相手は、、

「うーん....どう言葉を返したらいいか、ことばにならないよ。ごめん」

と言うかもしれません。

 だから、前もって「アドバイスは期待していない」と宣言しておけ、と本文で述べたのです。

 相手の話を聴いていて、アドバイスを返したくなる時というのは,得てして、相手に話を聴き続けるのに耐えられなくなった時です。
 ただ相手の話を真剣に聴くというのは、一番、相手への誠実さがないとできないことです。

 すらすらと、

「誰が悪いのかを言い当てて、
どうすればいいかを」

教えてくれる人種こそ、人の弱みを食い物にしているか、自分の「人生経験の深さ」に酔って、崇拝者を集めてナルシシズムを満たしているだけの輩です。

 普通の誠実な相談相手が、「言葉につまる」ところから先を、更に、クライエントさんと「ともに」、どうすればいいかを模索するのが、プロのカウンセラーだと私は思っています。

*****

 というわけで,中島みゆきの往年の超傑作アルバム「寒水魚」収録の「時刻表」をお聴きになりたくなった方は、



こちら
からどうぞ。

 幻想的な歌詞とすばらしいメロディの中に,深い痛みが込めれた「砂の船」と、みゆきの「テーマソング」というべき、8分以上の大作なのに長さを全く感じさせない永遠の大傑作バラード、「歌姫」、わさびの聴いた「傾斜」はすべてこのアルバム初出です。「悪女」ロックバージョンも、シングルバージョンよりよほど生々しい悲しみに満ちてますネ。
 編曲を含めて、トータルアルバムとしての完成度は、やはりこのアルバム「寒水魚」がベストという気が,今でもします。
 曲のメッセージは最近のの方が高い境地と思いますが。


 更に、敢えて誤解されるのを覚悟で書きますが、

  「厳しく叱ってくれる」

人間を求めることも、ひとつの「甘え」かもしれませんよ。

  (やーい、ファザコン!!

 コレ、常連のpecadoさんだからこそ、あけすけに書きます(^^)

 .....と、pecadoさんの期待にお応えして、

   「厳しく叱る」

こういちろうであった(^^)

気が付いたら、沢山お返し頂いていたんですね
有難うございます
ファザコンであろう事は、中学時代から公言しております
少しずつですが、鬼門であった処との繋がりも出来てきております
少しずつ、上手に甘える事を、私も覚えなければなりませんね

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