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2006/05/03

ピダルは映画「エル・シド」の時代考証助言者その人だった!!(第6版)

まだまだ続く「エル・シド」へのこだわりです(^^)

(wikipediaはこちら

エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]

(本作品の楽天ブックスサイト)

ひょっとしたら......という思いもなくはなかったのですが、

Elcidbook「エル・シッド・カンペアドル」の著者、
スペイン最高の歴史学者の一人、
ラモン・メネンデス・ビタルその人が、
映画「エル・シド」の
「歴史考証助言者」その人
であることがやっと判明しました!!

Fletcher_elcid
イギリスの歴史学者、リチャード・フレッチャーによる「エル・シッド 〜中世スペインの英雄〜」(原著1989, 林 邦夫訳 法政大学出版局)で判明した事実。

ちなみに、このことは映画のクレジットには明記されていないようだ(当時は、ハリウッドの赤狩り旋風の影響で、実際の脚本家が別人ということはザラで、この作品もその点では多いに怪しいらしい)。

これじゃ、映画を観た際に「ベン・ハー」や「十戒」の比ではない透徹した歴史観がそこに隠れていることに私が感銘し、ピダル以外のスペイン中世史の本に出てくるエル・シド(エル・シー{ド}あるいはエル・シッド)観が食い足りなくて当然ということになる。

フレッチャーの著作は、探しまわって確かこれで7,8冊めでやっとたどり着いた、ビタル以降の代表的なエル・シドをめぐる著作である。

*****

私がこれらの著作を読む以前、子供時代以来久々に映画を観ていきなり直感したのは、

「彼を単に、王に冷遇されようと、スペインのレコンキスタに、キリスト教スペインの再生に貢献した英雄」

ととらえるのは実は狭い理解であり、むしろ、

「すでに現実のもの」として積み上げられた、イベリア半島におけるキリスト教徒とイスラム教徒の「混在」を、単に一方を排除するのではなく、両者を融合する形での「スペイン」という独自のアイデンティティを持った「国家理念のビジョン」という、当時まだ両陣営のイベリア半島の君主や政治家の多くが考えることもできなかった高次の解決のために、現実に政治的・軍事的生涯を捧げ尽くした人物」

として「とらえなおして」いるという点だった。

*****

モロッコの動乱を鎮圧する中で、「エル・シドの再来」と呼ばれたリベラ(フランコはその後継者)により、1927年に成立していた第2共和政を転覆し、外国からの義勇軍にも多くの血を流す、悲惨な内戦(1936-39)を経て、第2次世界大戦後も30年続く独裁体制の中で、エル・シドは、日本でいえば元寇や南北朝の歴史の有名人(楠木正成とか)と同様に、スペインの民主派やヨーロッパの自由主義者からは、スペイン民族主義の生み出した「胡散臭い虚像の英雄」であるかのように過小評価される傾向にあったようだ。

すでにスペインには、19世紀後半、「エル・シドの墓に二重に鍵をかけろ」という言葉を残したコスタに代表される、伝統スペインを否定し、西ヨーロッパ的発展を求める思潮と、ガニペーに代表される「伝統主義者」ではあるが「国粋主義者」ではない、ヨーロッパとは別のスペイン独自の道を模索すべきという潮流があり、ピダルも後者の「伝統主義者」流れに立つと「一応は」位置づけられる。

Ganivetbook_1
(この節 ガニペーの「スペインの理念」
橋本一郎氏によるスペイン語と対訳の教科書(!)

の、

橋本氏による、語学教科書としてはかなり長大な解説より第5版で補足)

第2共和制に先立つ1925年、「エル・シッドのスペイン」刊行当時には、ヨーロッパ全体で絶賛されるベストセラーになる一方で、公文書や地方の年代記の断片的叙述、イスラム諸国の歴史家の叙述におよぶ山のような文献を整理して「詩」と「真実」を選り分ける、その文献学上の徹底的「実証主義性」を国内では批判する勢力が「伝統主義者」の中にすら少なくなかったピダルも、スペイン内戦終結(1939年)後は、一転して、フランコ独裁政権のイデオロギーに結果的に貢献した保守的歴史観にとどまる、時代遅れの過去の歴史家という偏見にさらされたようである。

****

ちなみに、

ソ連を背景とするコミンテルンの指導のもとに人民戦線内閣成立が1936年
その直後にフランコのモロッコでの蜂起、
ピカソの絵で著名になるドイツによるゲルニカ無差別空爆(当時人民戦線側の勢力範囲)が1937年
フランコ内閣成立が1938年
ナチ宥和政策をとっていたイギリス、フランスによるフランコ政権承認が1939年2月
続く3月にフランコ政権は日独伊防共協定に参加(!!)
4月にフランコによる「内戦終結宣言」
5月にアメリカによるフランコ政権承認、
そして、9月に、ヒトラー政権によるポーランド侵攻により第2次世界大戦が始まる

スペインは、なんともや、政治の利害にいいように翻弄される、痛ましいまでの展開の舞台である。

しかし、ピダル本人は政治的には中立を貫こうとし、スペインアカデミー会長職を追われ、銀行口座の凍結、「反体制主義者」の疑いで独裁政権の法廷に繰り返し呼び出され尋問されるという屈辱にも耐えた。

Spanishnithehistory

そして、1951年、「歴史の中のスペイン人」

(=邦訳、既に紹介した「スペイン精神史序説」

で、

「単独政権として優位を占めるのが、2つのうちの一方であってはならないのだ」(訳書p.187)

と、国民的な和解と、新たな形でのスペインの再興に国民が心を合わせていくことを祈念している。

****

ここまではフレッチャーと橋本氏の著述をもとにウィキペディアで肉付けしたものだが、

私なりの推測を述べれば、

こうしたピダルの戦後の思いの延長に、1961年公開の映画「エル・シド」の制作へのピダルの協力をとらえ、

その映像と物語に、「語られざる」ピダルのメッセージのかなり直裁な反映をみてもいいのではないかと私は推測する。

すでにイスラエルとイスラム諸国の間の中東戦争は勃発していた。

そういうさ中で、いわゆる「レコンキスタ」終結以前のアラブ人とベルベル人のイスラム勢力の間に、すでに軋轢があり、

『イスラム 対 キリスト教国家』、

というより、

『イベリア半島連合 対 急進的・拡張的アフリカ勢力』

の戦いだったこと

(当時のムラービト朝は、こ~んなとんでもない版図を持つ「アフリカ帝国」でした!!

Elchidafrcamap_3

(この地図のイベリア半島の地中海側の都市、バレンシアが、1094年にエル・シドが奪回した都市です。先述の、フレッチャ─の著作,1989の日本語訳、p,252より転載)

そして、

「レコンキスタ達成以前のスペインは単なる争乱と混沌のるつぼではなく、イスラム教徒とキリスト教徒の政治的・文化的融合のための独特のバランス感覚が長い時間をかけてすでに熟成されていた」

こと、

「単なる人種・宗教を超えた形で国家アイデンティティを形成を模索するために現実と戦う政治家」像

を描き切れたこと自体、たとえそこにかなりのフィクションが含まれているにせよ、決して古びることないメッセージが込められていたのではないか。

****

すでに、この映画からすでに半世紀が過ぎようとしている現在、それこそ「イスラム原理主義」とイスラム教諸国そのものが「自由主義諸国と」の対立する勢力として「一緒くたに」語られかねず、ヨーロッパ諸国の中でも、異民族排除的な傾向が高まる現代において、あらたな意味を獲得したのではないかと思える。

*****

フレッチャーの本は、まだ読み始めたばかり。エル・シドが当時のスペインで最強の武将、王と自分を対等と自認し、かつ周りにもみられていことは認めているし、希代の碩学ピダルに敬意を表しつつも、ピダルの著作より、更にクールな目で、彼がスペイン教会史研究から得た新資料や過去の歴史史料を読み直し、しかもより長いスパンでの歴史的背景にさかのぼり、スペイン人にはいわずもがなの歴史的背景(ピダルの本は、いわば日本人が信長や秀吉について書くのに自明の前提にするのと同じ水準の、ヨーロッパ史の中でのスペインや、大航海時代以前のアフリカ史についての歴史教養がないと「ここはどこ?」「あなたは誰?」になってしまう。)にまでわかりやすく目配りし、より「リアルな」エル・シドを浮き彫りにしようとしているようである。

映画で主役をやった、チャールトン・ヘストンにすらインタビューしている。という、その内容についてはまだ更に書きます。

*****

ちなみに、映画の「あの」ラストシーンすら、史実の客観的裏付けがあることは、フレッチャーの著作ではじめてわかりました。

つまり、エル・シドの遺骸は、実際に........

*****

でも、これで、私が映画「エル・シド」を子供時代以来、久々にDVDで観た時に直感した、

同時代の歴史ものスペクタクルを超えた、重たい「何か」を解き明かす旅路

は、ほぼ、終わらせられる気はしています。

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コメント

これで延々連載してきた「エル・シド」についての私なりの探求の旅路は、恐らく一区切りです。

ささやかな「歴史ディレッタント」の考察に過ぎませんが、ある意味で、心理臨床を含めた、ものごとの「探求」で、何にこだわり続けているかをお示しすることにもなったかと思います。

この後、恐らく数日のうちに、同じ「スペイン史」を題材にした映画、「女王フアナ」をとりあげてみるつもりです。お楽しみに!!

更に増補です(^^)

スペイン語の教科書の著述にまで踏み込みだした。

もうここまで来たら、

いずれエル・シドのゆかりの地を訪ねてスペインへ行ける日を夢見て、

収入増を祈ろう!!

今後、TFIの国際会議がスペインで開かれたりでもしたら、必ず行くでしょう。

(最近スペイン語圏ににもフォーカシングは広がってるので、あり得ない話ではあるまい)

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