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2006年5月

2006/05/31

フォーカシングと「甘え」

ある観点からすれば、フォーカシングに習熟し「身につけて」行くということは、

  自分自身の「そこそこいい親」(good enough parent)

へと成長していくということ。

すなわち、

  「自分で自分を『甘やかす』」

ことに習熟していくことなのだと思う。

    そのことができるようになるにつれて、
    他人にも、
    無理をしないで
    「やさしく」愛を注げるようにもなれる。

そんな気がする。

    人に無理をさせない、自然な「甘え」方

もできるようになれる気もする。

*****

 もとより、この点では、私も発展途上の人間であるに過ぎない。

 でも、せめて「今の」私の水準の心の余裕でいいから、数年前にあれば......と思うことが多い。

 私も、まだ未成熟だ。
 でも、数年前の私が、「更に」未成熟だったことは認めざるを得ないのだ。

2006/05/30

標(しるべ)の星

 以下に転載させていただくのは、日本フォーカシング協会発行のニュースレター、"The Focuser's Focus"の、刊行されたばかりの最新号(第9巻第2号)に掲載していただいたものです。

 実は4月頃執筆したものですが、実はこのブログで、ホールボディ・フォーカシングホールボディ・フォーカシングについて書かせていただいたもののエッセンスを、私の体験にのみしぼって要約したものに他なりません。


===============

   ホールボディ・フォーカシング初体験
   阿世賀 浩一郎
   (湘南フォーカシング・カウンセリングルーム)


 3月末の、東京女子大学での、ケビンとポールを講師とする、一日ワークショップに参加させていただきました。

 午前の部、最初の、参加者全員によるワークの時。

「まず、自分が自分のまわりの環境(大地)に支えられているという感じをじっくり味わってみましょう」

  ああ、人間が重力に逆らい、バランスを取って直立しているということは、それだけで、どれだけ身体に無理を強いていることなのだろう!

 からだのあちこちの筋肉に緊張や痛みの感触が綾(あや)をなしている。地面に足元から「支えられている」という感触と、行ったり来たりしながら味わっていると、それでだけで、地面と身体すみずみの「感じたち」に向かって、

「いつも『こんなふう』に支えてくれているんだね、ありがとね」

と、声を返してあげたくなりました。

 すると、あちこちの痛みや緊張の多くは、氷が解けてぬるま湯になるように、大地に支えられたからだの輪郭線の内側に溶け込み、心地よく、「私」を包んでくれる「環境」と一体化していく。

 ところが、それに続く「腕を持ち上げる」ワーク(腕が上がってきたいままに上がってくるのを、少しずつ「私」が『ゆるして』あげていく)の途中で、

   私は、
   左腕が根本から
   「ちぎれかかって」
   いるような、
   これまで味わったことがない感覚を
   持て余しはじめます。

*****

 午後、私はケビンをガイドとするデモのセッションに思わず志願しました。

 左腕が右腕になかなか協調してくれないのが感じられました。

  そして、私の中に浮かんだのは、

   「片(肩)-手-間(かたてま)」

という言葉。

...そうだよな、あんな状況、『片手間』じゃ、どうにもならないよなあ。

と、両腕に労(いたわ)りを返してあげると、次第に、両腕の動きの「仲が良く」なっていきました。

そして、

   「手-間-暇(てまひま)」

という言葉が浮かびます。

...そう、余裕を持って、どっしりかまえて、じっくり行こう!!

 私の真正面に立つ、ケビンの、私が体の内側で感じていることに刻々と波長をあわせて来て下さる短い応答は、私を包む「環境」の中で、遠くから聞こえる繊細な響きのように、私を支えてくれていました。

 左腕の感じは、その後、私の生活の中での「標(しるべ)の星」となり、さまざまな新たな気づきをもたらしてくれています。

2006/05/28

それぞれの日常を生きるということ(第2版)

 私がこうして「独立開業」していると知ると、皆さん、

「上司もなく、時間にも拘束されず、うらやましい」

とお感じかもしれません。

 そう、幸か不幸かまだむちゃむちゃ繁盛していないので、時間はあります。
 面接の予約時間でない限り、何をするのも自由です。
 だから、音楽を聴いたり、専門とは無関係な、本を読んだり、昼寝をしたり。
 全く勝手気ままな生活と言えば言えます。

 以前にも何回か書きましたが、病気ゆえの退職、療養を兼ねて(私学共済の、月給8割分の傷病手当も出ていますし。もっとも、あと35日分で支給は終わりです)、できることからはじめるという上で、この独立開業というのは、臨床心理士と、The Focusing Instituteの「フォーカシング指向心理療法(FOT)セラピスト」「フォーカシング.トレーナー」、および「コーディネータ」=FOTセラピストとトレーナの養成と資格認定の「国際資格者」であり、それ相応の現場臨床経験は重ねたものの、大学での研究や教育のキャリアはほとんど持たない私にとって、実は唯一「現実的な」道であるに過ぎませんでした。

(私の経歴と資格については、詳しくは職場サイトのここをご覧下さい。)

*****

 でも、毎日、何から何まで自分でやることを一から決めねばならない生活って、自由であるがゆえに大変でもあります。
 雇われる側の人間として、毎日決まりきった仕事の枠の中で、求められているルーティンを果たせばいい『枠』があるということによって、人は生活のリズムを得られ、「深く考えすぎないで」、人生を消化できるともいえるかもしれません。

*****

 このことは、長い闘病生活を経て、社会復帰したクライエントさんとおつきあいする中で、「お互いに」、自然と認めあえる事柄のようです。
 なぜか、自然と、お互いに、お互いの境遇を「うらやましい」と感じ、かつ、お互いの「たいへんさ」にも共感しあえるんですね。

  そのことができた時、
  カウンセラーとしての私、クライエントさん、
  それぞれが、
  やっと、
  普段は「どこか」に置き忘れている「もやもや」の
  存在を、
  自分で認知(ackowledge)し、
  その「もやもや」を
  「無理に解消」しようとしたり、
  答えを出してしまおうと「焦り」もしないまま
  
無理のないペースで、抱え続け、
  少しずつ

   「溶かして(解かして)」

  いけるがままに任せられる。

 カウンセラーとクライエントさんが、「自分のペース」を築いていく過程が各々(おのおの)の中で、やっとはじまるようです。

  セラピストの成長は、
  クライエントさんの成長と,
  同じテンポで、
  相互作用的に進む。

 それを、決してきれいごとではない,生々しい実感として、感じ続けています。

2006/05/26

ドヴォルザークの交響曲第4番(コシュラー/スロバキア・フィル)との再会(第3版)

突然、このブログで初の、クラシックの「特定の」CDの紹介記事です。

クラシックで輸入盤中心に所有CD1000枚以上、中学時代からの30年以上のクラシックファン、かつては本部サイトで、シューマン専門の「ロベルトの部屋」やっていたくらいですから、これまでこのブログで、時々、その「片鱗しか」見せていなかったのが不思議なくらいです。

*****

その理由は、

1.一度はじめると止まらなくなり泥沼にはまることを恐れていたから

.......私が、およそ何に関しても、ある種の「強迫的完全主義者」であることは、このブログの継続的読者をしておられる皆様ならおわかりでしょう(^^;)

だから、好きなことをはじめてしまうということは、その対象に「憑依」され、「奴隷」となり、

自分の中のフェルトセンスの要求水準に応えるために、

「歓喜にうち震えつつ、こき使われる」

という、「あの」、マゾ的な悦楽の園幽閉されてしまうと思うと、すごく自分で億劫(おっくう)になるのです。

*****

2.iPodと拮抗する、私が満足するピュアオーディオの再生装置セッティングをしていなかったから。

セッティングをするのがおっくうだった理由は、結局、「1.」に戻ってしまうんですけど(^^;)

その設定の問題(接続ケーブルや電源のテーブルタップやインシュレーターの吟味etc.)をシンプルにしたいからこそ、オールインワンのおしゃれで簡単操作!LINN製 CLASSIKシリーズ CLASSIK MUSICLINNCLASSIKに、以前から持っていたSTIRLING-HE【送料無料】【チャレンジ0518】TANNOY スピーカー「スターリング」(1台売)STIRL...タンノイのスターリングHWをつなぐという超割り切りにしたはずでしたが。

ちなみに、結局私は、前の記事で書いた、iPodからの「最短直接LINE入力」で聴くことが多いです。

つまり、

私のピュアオーディオ=LINNとTANNOYでのiPod Audio

という,過激な取り合わせです。

iPodを使っておられる方はご存じのように、曲の途中でトラックが変わると音切れするので、【音楽CD】ベートーヴェン:交響曲 第5番 ハ短調 作品67《運命》(1)交響曲 第7番 イ長調 作品92(2)ベートーヴェンの「運命」のフィナーレへのアタッカとか、カラヤン/R.シュトラウス:ツァラトゥストラはかく語りきR=シュトラウスの交響詩とかで悲惨なことになるのはわかっていますが、

AppleのロスレスでCDからコピーすると、CDプレーヤーの読み取りのサーボが音を汚す側面がなくなり、

いわゆる「デジタル臭さ」が皆無になる

ので、驚くほどバランスのいい音になります。これで「A」「H」「&」に続く、スペシャル夏マキシが登場!未定【浜崎あゆみ】ハマサキアユミ浜崎あゆみの新しいアルバム(といいつつ、6月発売の「次回新作マキシ」にリンク)
【Rock/Pops:ロ】ローリング・ストーンズRolling Stones / Jump Back: Best Of 71-93(CD) (A...ストーンズクラシックの新旧の録音がみんな不満なく聴けてしまいます。CDを取り替える手間もなくなりますし。

*****

さて、私に、今回、

「クラシック音楽全般における、私の無茶苦茶好きなCDの紹介シリーズ」

という、その、

「好き」ゆえにはじめるのが「おっくう」を越える

「禁断の扉」を開かせたのは、

昨日大船の街に出た時(といっても自宅から歩いて5分ですが)、全くの偶然で、私が20年以上探していたCDに出会ってしまったからであります!!

Dvosaksyuphonie_1

ドヴォルザーク/交響曲第4番ニ短調Op.13
ズデニエック・コシュラー/スロバキア・フィルハーモニー
(BRTLLIANT CLASSIKS 99565)

******

確かまだ大学に入った頃、FMで聴いて気に入り、3番から5番まで収録のLP2枚組のをすぐに買って愛聴していたのですが、Opus(オーパス)というマイナーなレーベルから出ていたこと(日本での発売元はビクター)、そしてその後ソ連崩壊、東ヨーロッパの社会主義政権崩壊、更にチェコとスロバキアの分離という時代の波をかぶったせいか、いろいろ調べてもCD化された形跡がないままで、すっかり諦めていたのです。

それが昨日、電球を買いに行ったついでに立ち寄った新星堂のクラシックコーナーで目の前に「交響曲全集」、7枚組なのに激安で並んでいたのに遭遇した時には狂喜乱舞したのでした

ただ、なぜか8番メニューヒン、9番ヤルヴィの指揮でロイヤル・フィルです。

*****

先にこのメジャーな2曲を紹介すると、

メニューヒンの「8番」「弦楽セレナード」は、さすが往年の名バイオリニストだけあって、特に弦楽器の細やかな歌わせ方への行き届いた統率力があり、弾けるようにリズミック。

「8番」は、私の場合、後に紹介するカラヤン/ヴィーン・フィルのDeccaによる旧盤のスリリングな演奏が絶対的に好きだったのですが、やや録音の古さとマスターテープそのものの音質劣化が気になっていたところ、このメニューヒン盤は、ほぼ同じスタイルなのに、クリアーなデジタル録音、上品で,ホールトーン豊かだけど混濁皆無の臨場感あふれるもので、今後カラヤン盤の代理をつとめてもらえそうで、これもまた掘り出し物。

ヤルヴィの「9番」は、録音はメニューヒンの8番と同傾向の、きわめて上質で美しいもので、演奏の完成度も高いのですが、曲の解釈がやや演出過剰とも思えます。第1楽章の導入部のティンパニや、第2主題のあとの、「あの」フルート・ソロにはじまる経過句(第3主題)とか、ここまでやるのという気もしますが(後者の経過句を全く自然に、ぶっきら棒にも意味深にもなりすぎずに演奏するのはなかなかたいへんでしょうが)、もしこれと同じ演奏が一発勝負のライブで聴けたら感動するかもしれない。

余白の、私が大好きな序曲「謝肉祭」(これに関してはこれまた後で紹介してるライナーの演奏が完璧!!)は中の上くらいの演奏だし、最後の「スケルツォ・カプリオーソ」は、「この曲を見直させてくれた域の、いい演奏です。「スラブ舞曲」アンソロジーみたいな曲というとわかりやすいかも。

スラブ舞曲集は、クーベリック/バイエルン放送響盤が、やや荒っぽい演奏かもしれないけどノリは最高。

*****

さて、今回のメインテーマの、コシュラー指揮による第4番

ドヴォルサークの第4交響曲、といって、すぐにメロディが浮かぶ人は限られているでしょう。しかし、私はこの曲、しかもコシュラーのこの演奏が、でたらめに好きなのです。

この曲、解説では、

「ブラームスの影響の元、ドイツの交響曲を手本に作られた曲で、ドヴォルザークとしては民族色が薄い」

などとあしらわれていることも少なくないのですが、

何の何の、

第8番と、ライナー/ドヴォルザーク:交響曲第9番第9番「新世界から」を別格にすれば、

みずみずしく流麗そのもののメロディ、

(第4楽章の第2主題なんて、メロディの美しいドヴォルザークの作品のなかでも私が大好きなものの一つです)

構成的な見通しのよさ、

そしてヒロイックな盛り上がり

という点で、むしろドヴォルザークの初期交響曲の中では魅力的な隠れた名曲と断言したいですね。

少なくとも、交響曲第8番や、スメタナ:交響詩「わが祖国」スメタナの交響詩「我が祖国」全曲を好きな人なら結構気に入る筈です。

*****

この第4交響曲、私はすでにクーベリック/ドヴォルザーク:交響曲第3番&4番クーベリック/ベルリン・フィル盤ドヴォルザーク:交響曲全集ノイマン・チェコ・フィルの新盤を持っていまして、どちらも水準以上の演奏とは思いますが、

この曲を盛り上がる曲として過剰に演出しようとするあまり、逆にこの曲本来のみずみずしいヒロイズムを損なっている気がします。

コシュラーの演奏は、テンポを恣意的にいじること皆無で、アナログ最末期の録音も流麗。CD化の際のマスタリングも、ホールトーンがたっぷりとした弦の響きも美しく、しかも私の20年以上前の当時のアナログ装置では聴きとれなかった、ディティールの深みまで聴こえてくる、たいへん良心的なもの。

ある意味で、ハンス・シュミット=イッセルシュテット/ウィーン・フィルのべートヴェンの交響曲全集(恐らくこのシリーズの次の次の回に紹介)に通じる、

「演出臭さがない」

けれども

「凡庸だと、絶対こうはできない」

曲そのものじっくり味わえる演奏の典型といえます。

******

私は、指揮者や演奏家の自己主張のかたまりの演奏も好きなのですが、

その一方で、いろんな解釈を聴いたあとで、

「この曲のこの部分はこういうふうに鳴って欲しい」

という期待をなぜか決して裏切らない、

「黄金の中庸」といいたくなる不思議な「標準原器」性

を感じさせてくれる指揮者や演奏家録音(たいてい70年代以前のもの)も敬愛しています。

*****

次回は、上記のCDと同時に発掘した、

「まさか『この』放送録音CD化されたとは!!」

という奴を紹介。

今度のは、普遍性もオーソドックスもくそ食らえ的なタイプのもので、私が高校時代に

オープンリールテープデッキで

「エアチェック」(若い人にはわからない用語か? )したものを、

実に繰り返し堪能していたものの、まさかのCD化です。

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2006/05/24

今後の掲載予定 5月24日版

ハンガリーのポランニーの著書、暗黙知の次元「暗黙知の次元」とフォーカシングの接点については、

せっかくだから、上掲の「新しい訳」を読み返してからにしようと心に決めました。

お待たせしている皆様、ごめんなさい。

*****

書くネタは相当たまってます。

Fana
★送料無料! 女王フアナ【PCBE-51049】=>15%OFF!★送料無料! 女王フアナ「女王フアナ」(映画公式サイトはこちら)については、すでに4冊読破、今読んでる本を読み終わったら書ける態勢に入ります。

「エル・シド」の時のように、一冊読むたびに修正するのではなくて、今回はいろんな見解を読破した上で一回で済ませたいので。

*****

あと、音楽における「ドン・キホーテ」については、引っ越し荷物をあさらなくてもいいはすの、シルヴィー・ギエムキトリを演じたのDVDが出てきて見直したらいつでも書ける。

409186005209_pe00_ou09_scmzzzzzzz_
その際に、曽田正人のコミック「昴(すばる)」についても言及することになるはず。

*****

更に、私が唯一昔から繰り返し聴いてきたジャズ・アルバムの演奏家のジャズ観についての古いインタビューフィルムに基づき、フォーカシングの習得を論じるという大胆企画!!

*****

そして私はこれまで何と、ネット以外に配布可能な職場紹介の紙のパンフを作っていなかった!! この課題にそろそろ取り組み、PDFでも落とせるようにするつもりです。

*****

このへんまで全部終わったら、とっくにayuの今のツアーの代々木での千秋楽も終わっていて、長野公演2日めと比較しての感想書けるでしょうね。

*****

などと、clearing a spaceして、ここで宣言して、自分を追い込まないと、ことが進まない。

2006/05/21

iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(第14版)

このブログに検索エンジンを通しておいでになる方の非常に多くは、

「iPod向きのヘッドフォンや小型スピーカー」

についての記事を探し求めて来られた方が多い状況が続いていますので、このへんでそれらの記事の総整理をしておきましょう。

だだ、私の場合、音質至上主義を貫いているつもりですので、「オープン型の大型ヘッドフォン」なども含み、外出時の持ち歩きやすさや遮音性、ステレオミニプラグに対応しているかどうかは全く問題にしていません(もっとも、以下のグラドの製品以外は実際には対応してますが)。

すべてが私が現在所有しているものとは限りませんが、「私の」iPodを使って、ヘッドフォン端子に直結する形で、私の聴き慣れた、いろんなジャンルの曲でかなり長時間かけて試聴したものです。

そして、私の信念として、クラシック、ジャズ、J-POP、ロック、ハウスミュージックなど、ジャンルによって向き不向きがあるヘッドフォンというものは存在せず、いいものはどんなジャンルでもいい音がするはずという思いを抱いています。

また、ヘッドフォンの多くは、新品の頃は音が硬いものです。かなり鳴らし込んで音が安定した時点での評価です

(店据え付けの試聴のみのものは鳴らし込まれていると判断。ただしやはり「私の」iPod直結をお店の方に許していただいての評価です。)


そのヘッドフォン等がどういう形式かを区別して以下に示します:

*****

○オープンエア型大型ヘッドフォン


GRADO(グラド)/ SR325I
こちらも参照)

ALESSANDRO(アレッサンドロ) MUSIC SERIES PRO (こちらも参照)


○オーブンエア型コンパクトヘッドフォン

KOSS(コス)/PortaProこちらも参照)


○密閉型アクティブノイズキャンセラー搭載大型ヘッドフォン

Bose(ボーズ)/Quiet Comfort 2

Maxell(マクセル) HPNC22OHBK


○密閉型大型・中型ヘッドフォン

Audio-technica A.T.EVA01 08/1/2 NEW!

KOSS(コス) MV1  08/1/14 NEW!

価格比較サイト coneco.net (コネコネット)

STANTON(スタントン)/ DJ PRO 3000

オーディオテクニカ ATH-ES7

BEYER(ベイヤー)/DT250

SENNHEISER(ゼンハイザー)/HD-25

VESTAX(ベスタックス)/DM-01

Bose(ボーズ)/TriPort

ULTRASONE(ウルトラゾーネ) Proline 750

SONY MDR-D777

Bose on-ear headphones  (新たな感想 08/1/14 NEW!

○インナーイヤー型イヤフォン

SHURE(シェアー)/E5c

SHURE(シェアー)/E500PTH  08/1/3 NEW!

Ultimate Ears(アルティメート・イヤーズ)/Super.fi 3 Studio


○小型バスレフ型スピーカー(アンプ内蔵AC電源外部供給。パソコンスピーカーとしても優秀)

JBL on station micro 08/1/15 NEW!  

TIMEDOMAIN(タイムドメイン)/ LIGHT

BOSE(ボーズ)/MediaMate II


***


ちなみに、私の愛機は、

室内用がALESSANDRO(アレッサンドロ) MUSIC SERIES PROA.T.EVA01

街頭やファミレス、新幹線をはじめとする列車内(私はゆったり移動し、その中でじっくり休息したい質(たち)なので、名古屋や大阪に行くときも、事情が許す限り、往復、小田原から、空いているこだま号自由席が普通です)では、A.T.EVA01です。

個室でない寝台車(大阪行きは大船に止まる寝台急行「銀河」の愛用者)や、全席人が座るほど込んでいる特急列車はSHURE/E5c

航空機はBose/Quiet Comfort 2

以上で、もはや決まりという感じになりました。


(第9版で大改訂。08/01/05現在第12版。以前とは実に大きな変化があります。

ipodphone_120-60.gif

ayuのPV,iTunes Music Storeで配信開始(第3版)


浜崎あゆみ浜崎あゆみのプロモーションビデオ
iTunes Music Storeでの配信がやっとはじまったようですね。

現状では一番新しい"Born to be...."と"Startin'"のみです。

"Born to be...."のPVはトリノ五輪へのテーマソングでもあったので、「主役はあくまでもオリンピック選手たち。そして世界のこれからの若い人たちの夢」ということなのか、比較的演出抑えめに作ってますが。

ayuの顔が見えない、という意見もありますが、あれはDVDでもiPodでも全く同じ程度に生じるハレーションであり、「意図的演出」です!!


(第3版で「再度」見解修正m(^ ^ ; )m

「失敗はあきれるほどやってきたけど、後悔だけはないようにやってきた」こういちろうであった)


その意図についての解釈は、iTunes Music Storeのカスタマーレビューにここより更に少し踏み込んで投稿してみたので、もしちゃんと載ったら、興味ある方はご覧ください(^^)

******

"Startin'"のPVは、メタフィクション性を持たせて、かなり凝った作り。


ほんとは、解釈をしてしまうとつまんないんだけど、たとえば、

「どんな超高速でぶっ飛ばそうと、乗り物(=「スタッフ」)はクラッシュしようが、歌手『浜崎あゆみ』は生き残る」

と受け止める人がいてもいいし、

ラストのオチは、

「でも、個人としてのayuはけっこうまったりとした日常を生きているだよーン」

ということかもしれない。

相変わらず、複数のayuを登場させる「脱同一化(disidentification)」の醒めたまなざしは失っておりませんね。

****

そろそろ、このブログの比較的最近の読者の皆様のために、

私の本部サイトに、

「浜崎あゆみとスピリチュアリティ
 〜プロモーションビデオにみるその精神の軌跡〜

という記事があることをご紹介しておきます。

2006/05/20

私がポラニーの哲学とフォーカシングを関連づけたきっかけ

やっと,ハンガリーのポランニ(ポラニー、ポランニーと表記することもあり)の著書、暗黙知の次元「暗黙知の次元」への私の関心について、1からもう一度書く気持になりました。

実はこの関心は私の中でたいへん古くからあるもので、今を去ること15年前、1992年に刊行された「人間性心理学研究」第9号に掲載された、

「フォーカシングにおけるセラピストとクライエントの弁証法的相互作用について:技法論を越えた視点から」 

という、私のたった2つしかない「学会誌原著論文」のうち、最初のもので、ポランニを引用して論じたものが、唯一公式に発表したものです。

業績目録を参照下さい)

私がフォーカシングと運命的な出会いをしたのは1982年5月ですから、もう25年、ちょうど四半世紀のつきあいになります(法政大学の学部を卒業した年の卒業直後の5月、市ヶ谷の法政の生協で、ということは、生涯忘れまいとずっと思っていたので、簡単に正確な年月が出てくるのです)。

ポランニとの出会いは、すでにフォーカシングと出会ったしばらく後、恐らく1985-86年頃、本屋でたまたま偶然に、上述の「暗黙知の次元」というタイトルが目に止まり、これはジェンドリンの体験過程理論と関係あるのではないかという直感で手に取った結果でした。

今はついていませんが、当時刊行の紀伊國屋書店の発行の訳本(訳者も違います)

(これ↓)

には「~言語から非言語へ~」というサブタイトルもついていましたし、

ジェンドリンの体験過程理論において、「暗黙の意味(implicit meaning)」「明示的な意味(explicit meaning)」相互作用というのが重要な鍵概念であることはすでに熟知していましたから、

「暗黙知」という言葉だけで思わず私のアンテナが反応して、それこそたまたま当時の紀伊國屋書店の新宿本店で、中身もめくらずにタイトル買いしたのをよく覚えています。

ちなみに、ジェンドリンの体験過程理論についての必読文献が、「人格変化の一理論(A Teory of Personality Change,原書1964)」であることはすでに何回かこのブログでも書いてきました。

この英語原典(後日その表紙をこで、例によってスキャナでご紹介します)の書籍としての入手はもはや困難になっていますが、幸いThe Focusing Instituteのwebsiteで、今もhtmlとpdfファイルの形で全文入手できます。

恩師村瀬孝雄による日本語旧訳も、websiteで入手できます。この旧訳の今も捨てがたいところは、ジェンドリンが「最終的には削除」した、フロイト、サリヴァン、ロジャーズの理論との比較論の長大な部分を、村瀬先生が敢えてお訳しになっていることです。website版にもそのまま収録されています。

話がわき道にそれますが、実はこの「最終的には削除された草稿部分」があるないのとでは、ジェンドリンの体験過程理論そのものの「臨床的理解」に「雲泥の差」がでるはずの部分です。

ところが先に述べたinstitute公開のジェンドリンの原文でもこの部分はカットしたままなので、何と、この「草稿」部分に接することができるのは,現在でも、村瀬旧訳=日本語がわかる人だけなのです!!

(その草稿の部分を村瀬先生がジェンドリンにお返ししたのか、それとも日本のどこかにまだあるのかは、さすがに私も生前の先生にお伺いしないままでした。私もその現物は見せていただいたことはないままです)

ジェンドリンの英語は「ドイツ語で考えた英語」ですから、関係代名詞や、動名詞を正確にどう読み解くかにはかなり困難な個所も多いのですが、私は、研究対象としてフォーカシングにに関心を持つ臨床家は、「人格変化の一理論」の原文を、日本語訳と比較しながらでいいので、目を通すべきと考えています。

ちなみに、この村瀬旧訳が今日本で新たに中古書籍として入手可能かを改めて調べてみましたが、検索不能でした。

この村瀬訳は、若干の改訂の上で、
Ippo
池見陽先生編・解説のジェンドリン論文集、「セラピープロセスの小さな一歩」に収録されていますが、前述のフロイト、サリヴァン、ロジャースとの比較論の部分は掲載されていないことが、私には残念です。

******

話がポランニから離れてしまいましたが、

ポランニにおける、


「暗黙知」

と日本語で訳されている言葉は、英語版では、実は

"tacit knowing"

なんですね。

ジェンドリンの体験過程理論における、

"implicit meaning"

とは全く異なります。

しかし、やはり、理論的にcrossingさせると、興味深い共通項がやはり浮かび上がります。

このあたりについては次回、解説することにします。

*****

なお、なぜ私とポランニ哲学の出会いが1985-6年と「推定」したかと言いますと、

ジェンドリンの2回目の来日の際の東京・中野サンプラザにおけるワークショップが、1987年9月であり、その時、私はジェンリンに直接ポランニの哲学についての見解をお尋ねしたかったのですが、

当時の私は小心者過ぎて

結局、この数日間のワークショップで彼と出来た会話は


「エレベーターはどっちだ?」

「この階の向こう側のロビーです」


だったことを何年も後悔していたからです。


(え? 今の私からは想像できない?

ただの大学院マスター1年目でしたから)

****

ちなみにこの時のワークショップ全体の記録

Fseminor
村山正治編「フォーカシング・セミナー」

として出版されています。

巻末に掲載された、ジェンドリンの奥様、メアリー・ヘンドリックス先生による、

「治療変数としての体験過程レベル」(大田民雄訳)

は、カウンセラーの皆様におすすめの論文です。

2006/05/18

ただ今充電中

今日は職場の定休日なので家でごろごろしてます。

ちょっとここしばらく、主としてAmazonの中古経由で取り寄せた歴史の本や、映画・音楽のDVDがたまってきてまして、それらをどこまで「充電」した上で次の記事を書くか、判断に迷うことが多く、記事の更新がストップしています。新書ぐらいの文量の本だと、半日で「ほい、次」のペースで読んでます。

全体としては、CPAPの効果も確実に出てきて、眠りも深くなり、一日にできる読書や仕事量は増える傾向にあるのですが。

というわけで、何とはなしに、CMタイムということで(?)何日この広告ページにつながるかわからないけど、我が出身地、福岡のお国自慢のページです。

浜崎あゆみや陽水、武田鉄矢、タモリ、聖子、黒木瞳ばかりではなく、チェッカーズ、松本零士、萩尾望都など、ともかくアーティストの他産地で「上京指向(?)」が強いのはご存知の方も多いでしょう。ライブドアの「あの方」も福岡ですし、仇敵(?)孫さんは福岡県と県境を直接接する佐賀県鳥栖市のお生まれですね。

*****

少しだけ、今後の予告編???

(演奏者は違う場合があります)

2006/05/14

「ラ・マンチャの男」はメタフィクションのメタフィクション!!(第2版)

「ラ・マンチャの男」はじめて観ました。

ピーター・オトゥール, ソフィア・ローレンによる1972年版の方です。

Donquijote
原作、「ドン・キホ─テ」はまだ2巻目の途中を読んでいる段階ですが、原作の持ち味を全く損なわない、見事なミュージカルだと思います。

「騎士への叙任式」「風車への突撃」をはじめとする、人口に膾炙した有名なエピソードは岩波版第1巻に集中しているということもありますし、原作全体に親しんでいる人でも、絶対抜かして欲しくないだろう台詞や言い回しはそのまま出てきますし、「あ、これはあのエピソードにこれから入るな」というのがすぐにピンとくる。

(ただし、字幕の「悲しみの騎士」ではつまらないのだ。岩波版の「愁(うれ)い顔の騎士」でないとやはり)

私は、エル・シド〈デジタルニューマスター版〉 ◆20%OFF!映画「エル・シド」をきっかけに、
Elcidbookスペインの碩学ピダルによる
「エル・シッド・カンペアドル」

Fletcher_elcidイギリスの歴史学者、リチャード・フレッチャーによる「エル・シッド 〜中世スペインの英雄〜」

そしてそれこそスペインの騎士英雄武勲詩の初期の代表作のひとつ、
Elcidbunko「我らがシドの歌」を読んでますし、

Spanishnithehistoryビタルの「スペイン精神史序説」

Spainnnorinen_1ガニペー「スペインの理念」など、
その背景にあるスペインの中世についての本を立て続けに読んできてます。

更に、
Chuuseiknightブルフィンチの「中世騎士物語」でヨーロッパ中世の騎士物語のあらまし全体を押さえ、

そもそもフランスの中世初期シャルルマーニュ武勲詩の代表たるロランの歌「ローランの歌」は中学時代からの愛読書。

ですから、スペイン騎士物語の膨大な読書、ほとんど諳(そらん)じて自在に使いこなせる域にあったセルバンテスと、その作中人物たるドン・キホーテが、すぐに何かというと、

「エル・シド・ルイ・ディアスはこう言った」

「ローラン(スペイン語ではロルダン、ロトランドなど)はこういうことをしたことになっているの『だから』間違いはない」、

などと持ち出すことを繰り返すので、武勲詩や騎士物語の決まり文句やありがちの展開や文章のノリには親しんでいる私は、いきなり「ラ.マンチャ」や「ドン・キホーテ」に接した人より凝った楽しみ方を結果的にできていることにはなると思います。

(今のように次々本を並べだすこと自体が、何かしらドン・キホーテその人じみてくる)

*****

もっとも、原作のドン・キホーテそのものが、とても1605年に初版が出されたとは信じられないくらいに、予備知識ゼロで今いきなり読んでも多くの人に新鮮に楽しめるくらいに見事な「エンターティメント」として全く古びていません。

岩波版の翻訳者の牛島信明氏が、腹の底からドン・キホーテにのめり込んできた人で、ほとんどドン.キホーテかセルバンテスの霊が乗り移ったのでないかといいたいくらいに、すばらしい生き生きとしたわかりやすいし調子のいい「演劇的」文体で訳しておられる(2001年の新訳です)ことのすばらしさ。

「すべての小説はドン・キホーテにはじまる」

という言葉すらあるそうですが、映画や漫才から「うる星やつら」の高橋留美子に至るすべてのエンターティメント作家が、一度は「ドン・キホーテ」に目を通し、影響を受けてきたのではないか

と思わず妄想したくなるくらいに、近代的なスピート感ある、毒の固まりの辛辣なキャグセンスがあるのです。

トン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの異様なまでに饒舌なやりとりは、まさに漫才のボケ突っ込みの最も高度なライブに通じるものがあるかと思います。

恐らく、セルバンテスは、ほとんど推敲もしないまま、成り行き任せのもの凄い速筆で、興に乗ったら怒濤のように書き進めたのではないかと思います。

なにしろそうした結果として生じた物語の矛盾そのものが、物語の続きでサンチョの話の肴(さかな)にされ、ドン・キホーテはそれに確信犯的言い逃れを「印刷所の校正係」まで引きずり出してとうとうと物語るなど当たり前なので、

たとえば、足し算の間違いや、登場人物の名前の間違いは、果たして「誤植」か、セルバンテスのミスか、はたまた確信犯的ギャグなのかを、スペイン文学研究者は、真剣にかつ遊びながら(?)研究してきたという長い歴史があるようです(牛島氏の訳註のつけかたそのものが、半分遊んでおられる気配がある。

****

そう、高度なメタフィクション性こそが「ドン・キホーテ」の近代性でもあります。私が前々回にやった、「ここ以降は草稿が失われている」というのは、原作に出てくる展開でして、そこから物語は、「ドン・キホーテ」の物語そのものが、あるアラビア人によって書かれたアラビア語の物語をムーア人に翻訳させたものだということになってしまう。

どうもそれは内容の過激さに世をはばかってセルバンテスが別名にしたということではなくて、そういう「うさんくさい真の著者探し」そのものが、中世の武勲詩にありがちな現象のパロディのようである。

ついには、原作上巻の出版された後に雨後のタケノコのように現れた、「偽セルバンテス」による「偽ドン・キホーテ」そのものが下巻の登場人物として登場したり、上巻で熱狂的な作品のファンになった貴族すら登場するらしい(まだそこまで読んでないが)。

****

ちなみに、ミュージカル「ラ・マンチャの男」そのものがこれに輪をかけたメタ・フィクション性を持ち、異端として逮捕されたセルバンテスが、宗教裁判がはじまるまで止め置かれた未決囚の監獄の中で、囚人たちを巻き込んで始める劇中劇というスタイルをとっていることは、さすがに松本幸四郎さんによるミュージカルのロングランを通して、人口に膾炙(かいしゃ)しているのではないかと思う。

もっとも、セルバンテスは、同じ年(日付は2日違い)に死んだシェークスピアと違って、役者ではなくてあくまでも小説家であり、「ドン・キホーテ」そのものの、書き下ろしの小説であるはず(この件、間違っていたら、例によって後の版で修正します)。

小説家といっても、実際に下級貴族で、トルコとの「レパントの海戦」(1571)に兵士として参加し、敵にとらわれて囚人だった時期もあり、理想と現実の辛辣なまでの違いを、嫌というほど味わった、世俗の人のようである。そして、主要な作品は、すべて1605年から、1616年、69歳で死ぬまでに書かれている。

つまり60歳近くになって「ドン・キホーテ」は書き始められ、下巻が出版されたのは死の前年ということになる。セルバンテス自身が、ドン・キホーテと同じような精力的なパワフルじいさん(というには早いか)だったと思われます。

下巻の最後のドン・キホーテの死の章だけは既に先に読んでいるが、ドン・キホーテの遺言そのものが、ドン・キホーテという「作品」についての扱いのセルバンテスの後世への遺言そのものでもあるというあたり、老いて突如騎士道物語と現実の区別を失う作中人物のドン・キホーテとセルバンテス自身の区別がどんどん曖昧化してくることになる。

しかし、セルバンテス自身は、どこまでも醒めたまなざしで、ドン・キホーテの物語を対象化し、フォーカシングや、トランスパーソナル心理学でケン.ウィルバーのいう、"disidentification(脱同一化)"する力があったからこそ、ここまで多重のメタフィクション的構造という近代性を持ち込み得たのではないかと思う。

*****

ちなみに、ほんとうに些細な、どうでもいい短い幾つかの箇所について、言葉尻に関して、当時の宗教裁判所からの検閲で削除を明じられたようではあるが、「ラ・マンチャの男」で描かれたような逮捕のされ方まではしていないのではないかと思う(この件も更に調査して、必要あれば後の版で修正、加筆します)

それにしても、1972年版の映画でドゥルネシアを演じたソフィア・ローレンは、野性的な色気があって大変よろしいです(歌声は彼女だけ吹き替えですが)。「エル・シド」で妻のヒメーナ役を演じた後に観ると、いよいよはまりどころと感じられる。だって、エル・シッドにとって、ヒメーナが騎士エル・シドの現実の「想い姫」(=ドゥルネシア)そのものだったわけですし(^^)。

私が一番好きな女優さんはずっとナスターシャ・キンスキーでしたが、これをきっかけにソフィア・ローレンの出演映画も漁(あさ)り出すかもしれない?

少なくとも、ナスターシャ・キンスキーの出演映画については、今後どこかで言及していくであろうことは多いに期待(うんざり)してくださって結構です(^^)(〜〜+)

*****

ちなみに、エル・シドの死後、ヒメーナは、1年数ヶ月ですが、夫の跡を継いで実際にバレンシアの領主をしています。

結局、ヒメーナは、イスラム勢力の盛り返しの中で、バレンシアを捨て、エル.シドの遺骸と、娘たちと共に、ブルゴスにある王室のもとに落ち延びるしかなかったのですが、娘たちもヒメナも、エル・シド自身( ! )も、丁重に扱われ、ヒメナの娘たちの血は、確か今も続くスペイン王室に受け継がれているはずです。

この点も、映画の暗示している結末は「歴史的事実」なのです。

*****

ちなみに、ドン・キホーテやエル・シド関係のクラシック音楽の紹介は、それだけで長い記事になるので別の機会に。

*****

(おいおい、いつになったら、ポラニーの話になるのだ?)

一度タイミングを外すと体験過程の別な局面の方が先に推進していくのである(確信犯)

2006/05/13

カウンセラー自身の体験過程の推進!!

前回、

今ほんとうに、

Donquijote
「ドン・キホ─テ」を愛読しつつあること、

そして、ほぼ書き上げた、

科学哲学者、マイケル・ポラニーポラニー、ポランニーと表記することもあり。元の綴りは"Michael Polanyi"という難解な綴りなので、検索かけられる時はこの3通りをお試しになることをマジに推奨します)の暗黙知の次元「暗黙知の次元」とフォーカシングを関連づける記事をほんとに操作ミスで消してしまったことに徒労空しさを感じるあまり、「予告編」だけ掲載させていただいたのですが、それをきっかけに当ブログのアクセス数がぐっと落ちましたので、今回はまじめに書きます(^^;)

*****

ただ、私の中には、トレーナーを養成する立場の人間であるにもかかわらず、

「フォーカシングってこんなにいいんですよ」

と、できるだけ多くの人に、わかりやすく、懇切丁寧に広めていくことへの、たいへん天邪鬼(あまのじゃく)な思いが根を張ってしまっています。

私の中には、

「あなたは、『私』に癒されたい(癒されている)のですか?」

あるいは、

「あなたは、フォーカシングのグループの『人間関係に』癒されたい(癒されている)のですか?」

それとも、

「あなたの身につけた、フォーカシングのスキルそのものに癒されていると言い切る自負はありますか?」

という問いかけをしたくて仕方がない私がいるのです。

****

これは、

「あなたは神様イエス様に確かに救われたという実感確信をお持ちですか」

「それとも、あなたは教会で人間関係が得られたから救われたに過ぎないのですか」

という問いかけと似た性質のものです。

*****

いくらでもバリエーションはできます。

「あなたはたまたま自分の大学の指導教授がフォーカシングを教えていたからフォーカシングを専攻したに過ぎないのですか」

「あなたは、フォーカシングを研究して、それについての論文が業績になって、大学の先生としての職を得て、それで生計を支え学界『フォーカシングの著名な先生』として待遇されていることと、日常のなかで、一個人としての現実の人生のためにフォーカシングを役立てられることの、どちらに自分が支えられていると感じていますか」

*****

Muishikinohakkenフロイトも、生計の必要から開業医を選んだに過ぎず、精神分析が同時代に「学問」として認められていないというのは、フロイト自身のエディプス・コンプレックスの裏返し(?)としての、やや被害妄想的な思い込みであることは、エレンベルガー(エランベルジュ)の「無意識の発見」(下巻はこちら)が、フロイトと同時代の実際の歴史資料(!)により明らかにしたところです。

カウンセラーや心理臨床を学ぶ学生の必読文献のひとつでしょう。この本は幸いにして現役ですね。でも中古でも値引きがないということは、それだけ今も多くの人に読まれているということで、ほっとします)

しかし、フロイトにとって、精神分析が、何より自分自身の神経症の自己治癒の過程そのものとして存在したのは確です。その意味では、フロイトの編み出した用語や理論が、まさに一人の人間としてのフロイトが「生きるために」探し求め、やっとのことで見つけ出した、フロイト自身にとって「ピッタリな言葉」であり、自己洞察であったことは確なのだろうと思います。

当然、フロイトはそうした中で、更に新たな課題に直面したでしょう。そして、自分の体験過程を前に進める(!)ためには、過去の自分の立てた理論や公式に拘泥することなく、自分に新たな「気づき」をもたらす新概念を産み出すというプロセスを、「終わりなき分析」として続けるしかなかったのだと思います。

そういう、生身の人間フロイト、「自分自身を癒すため」に精神分析を「必要とした」フロイトと、同じ地平に、絶えず回帰し続けることは、フロイトの後裔たる、ひとりひとりのカウンセラーにとって、立ち返るべき基本姿勢であるように、私には思えるのです。

*****

「無意識の発見」をご紹介しただけで、一回分の記事としては丁度いい長さになりましたので、ポラニーとバリントとフォーカシングを関連づけるという当初の予定は、更に次回に回します(^ ^ ; )

あと、心理臨床の大学院生の皆様へ:

博士前期過程の2年間は短いですが、どうか、臨床心理学や精神医学、心理療法や心理検査の本ばかりではなくて、歴史でも、映画でも、音楽でも、興味の向くままに渉猟(しょうりょう。狩りをするかのようにして探しまわる)する心の余裕を大事にしてください。

しかもその際に、いちいちそれらの対象を「心理分析的観点から」理解しようとするのではなく、単純素朴に感動するとか、おもしろいと感じるかとうかを大事にして下さい。

結果的には、その方が、専門書も、いつの間にか、奥の深いところまで実感をもって味わえるようになります。

*****

【一口知識】
ハンガリー語では、日本と同じように、姓が先、名が後で表記します。だから、例えば英語なら「マイケル・バリント」、ドイツ語なら「ミハエル・バリント」と呼ばれる人物が、母国語だと、「バーリント・ミハイー」になるわけです。

有名な作曲家、バルトークも、「バルトーク・ベーラ」なわけですね。

****

ということで、無理やりこじつけて、推薦BGMは、

ハンガリー出身の往年の名指揮者、フリッツ・ライナーとシカゴ交響楽団による名演として誉れ高い、
バルトーク:管弦楽のための協奏曲/弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽/ハンガリー・ス...バルトーク:管弦楽のための協奏曲/弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽

にしましょう。ライナー時代のシカゴ交響楽団の演奏の厳しさを、若い世代の方にも知っていただきたいので。特に「弦・チェレ」のtightな緊張感!!

2006/05/12

自分のサイトの広告をはじめて自分で見た

ちゃんと分相応の出資は以前からしています(^^;)

このページにおいでになるきっかけが検索サイトの
Shonanfocusingcm

この広告だった皆様もおありでしょうね。

思わずキャプチャーしてしまいました(^^;)

.....しかし、今後予定されている記事のために"fanatic"
という単語の語源を念のためにさがしていたらこの広告ページが出るというのは....

まあ、私個人も、ドン・キホーテも、私の勘通り、語源だった女王様も、広い意味での「ファナティック」(「熱狂的」という意味もあり)な面は確かにあると思いますが(^^)

↑これクリックしてもwebsiteには飛びませんので悪しからず。

熟練者による指導の元で、極めて能動的・主体的に技を磨こうという好奇心と探求心のあふれる人間にしか技能は伝え得ないという前代未聞の事態について、こういちろうによって語られる

フォーカシングのトレーナの国際資格「認定資格者」としては、誠に不謹慎とも思える発言からはじめたいと思います。

時々、フォーカシングを学ぶことによって、自分の人生を変えることを、一代決心と覚悟の元に、私の元に現れる方があります。

全く正直に言いますと、私はそういう方に対しては「引いて」しまうことが多いのです(^^;)

そして、

「あ、このタイプの人は長続きしないことが多いもんな」

などと思ってしまいます。

単なる熱心さだけではだめなのです。

この人、フォーカシングを自分で「面白がって」

いずれ私を見捨てて、自分で勝手に、ひとりよがりなまでに探求を果てしなく、懲りることなく続けていき、

私にとってのフォーカシングの理想への道はまだ険しい!!」

と絶えず歯噛みしながらも諦めずに、自分の信ずる方向に技を深め、私を「過去の人」として歴史の彼方に葬り去り、自分こそフォーカシングの歴史を前に進めた者であると自負し、心理臨床に限らずに自分の分野で大立者として活躍し、私を一回ぐらい講演会の講師に呼んで、乏しい家計にささやかな手助けをすることもないまま、私の死を偶然北海道新聞紙上で知り、私の恩も忘れ、往復3万ほどの航空料金を出し惜しみ、葬儀の焼香に訪れることも、中井久夫先生が、我が恩師、故・村瀬孝雄先生に長文の弔辞を持って報いたようなこともせずに、香典を1万円ポッキリしか寄越さないぐらいにならないと、私の立派な不肖の弟子、後継者として、草葉の陰で見守ってはおれず、さもなくば毎晩夢枕に立ってうなしてやって、Dreamfocusing
夢フォーカシングの技を磨かないと生きていられない状況に追い込んで呪ってやるぞ、と半分まじめに思っていま.....

Donquijote
(実は、スペインものの延長として、セルバンテスの「ドン・キホ─テ」を岩波の全巻(6巻組)セットで買って読み出して、半日で第1巻を読破、小説嫌いの彼に珍しく、こんなに読んでいて痛快でおもしろい本に巡り合ったことはないという感動にうち震えていたもので、あの作品のすさまじいマゾヒズムと過剰な饒舌さが、もともとその気(け)があるこの時のこういちろうに乗り移っていたというふうに、拙(せつ)は愚考する)。

(ただ、残念なことに、私はこの続きを続けることができない。なぜなら、ここで写本の続きが散逸しているからである。.....もとい、こういちろうがせっかく書いた原稿を、パソコンのブラウザのタブの操作ミスで、ネット空間の果てしない闇の中に散逸させてしまい(マジ)、すぐにもう一度同じことを一から感興のままに書きはじめる意欲を喪失したためのようである。)

(私がネット空間を通してブルゴスの古書市場から偶然に発見でき、ムーア人に翻訳させた写本の続きに関しては、次の回をお待ちいただきたい)

次の章では、こういちろうによって、テクニ─クスキルの違いについて、ハンガリー人(びと)たる、暗黙知の次元ポランニュイ・ミハイ─なる者と、バーリント・ミハイ─なる、二人のミハイ─の学説を強引に重ね合わせる,新たなる大胆な冒険が語られる)

***

推薦BGM:
サラ・バラス舞踊団「フアナ・ラ・ロカ(愛に生きる)」”Juana La Loca"(VIVIR POR AMOR)/BALLET SARA BARAS

*****

更に広告:

今絶版中の1972年版「ラ・マンチャの男」に加えてこの名作ミュージカルのラインナップなら、この値段は、まだ買ってない人にはお手頃かも知れない。

2006/05/10

60000アクセス突破御礼 および本日の開室時刻のお知らせ

ここしばらくコンスタントに毎日200アクセスいただき達成されました。ありがとうございます。

なお、私自身が、例のSAS(睡眠時無呼吸症候群)の定期診察を受けるため、本日16時以降職場を臨時に早退させていただきます。

16時以降、受付やお問い合わせは、留守番電話とFAXのみになりますことをお許し下さい。

なお、明日11日木曜日は定例の休室日ですので、お返事は金曜日となります。

2006/05/09

2002年のBalintとフォーカシングについての学会発表、web公開しました。

「フィロバティズムとしてのフォーカシング ~バリントの対象関係論に基づきフォーカシングにおける関係性をとらえる試み~」

(日本人間性心理学会第21回大会発表論文集)

と,発表当日配布したバリントの論文の抜粋です。

どちらも、

本部サイトの「著作・研究論文・学会発表一覧」

職場サイトの「WEB上のカウンセリング論集 INDEX」から常設リンクを張っています。

私の過去の発表のなかでもプレグナントなものをはらんでいながら、その後何となく放置されていたテーマなんですが、私の中のホールボディ・フォーカシングへの関心の深まりのなかで、自然にリンクしはじめたという思いが強いので、今頃になって公開した次第です。

Balintbasicfault_1Thrillsandregressions

この「補足資料」で公開したバリントの2冊の著作は、現在再版未定のままです。多くの心理臨床系の大学院には完備しているし、中古市場でも、すぐには手にはいれないとしても、予約注文していると網にかかる可能性はありますが、私の抜粋だけでも興味をお持ちになる方は少なくないかと思いましたので。

バリントは、専門家の間でも、語られるほどには実は精読されていないと感じています。

****

なお、今年の心理臨床学会での発表は来年送りにしました m(_ _)m

ホールボディ・フォーカシングとの出会いは、私の構想の枠組みそのものからの大掛かりな組み替えの必要を感じさせましたので。

人間性心理学会での「共同発表」のみにしぼります。

2006/05/07

浜崎あゆみが"teens"を歌うこと(第7版 trfオリジナル反映、決定稿「再掲載」)

「♪更に言うとしたら~」("alterna")、

■送料120円■浜崎あゆみ CD+DVD【Startin’/Born To Be...】 06/3/8このマキシアルバムの中で、

"Born To Be..."

この曲の次に、TRFのカバー曲"teens"が収められている。

"teens"が、あたかも"Born To Be"の「第2楽章」(アンダンテ?)であるかのように。

しかも、たいへん異例なことに、ayuの作詞ですらない。

なのに、

まるでayu自身が作詞した、「連作」であるかのように、

全く自然に「寄り添って」いることの意味....

実は、このマキシアルバム、最後に"teens"まで「続けて」聴くことこそ意味があるのだろうし、そのためだけにでも、買う意味があるのかもしれない。

なぜ、常識的にみれば、”A面曲”以外の何者でもない"Born To Be..."の方が2曲目なのか?

(少しネタバレになるけど、今やってるコンサートツアーに行った人なら、ayu自身、"Born To Be..."こそ「メイン」なんだという意識しかもっていないだろうことわかりますよね)

どうしても、"teens"を続きで聴いて欲しかったからじゃないのかな?

(コンサートでは曲順離れてますが)

****

trfの原曲は1995年に出ています。

Trfteens

(第5版注:trfをそんなに良く聴いてない人なのがモロバレの、第4版までのミス直しました。trfファンの皆様、ごめんなさい

現在でも、このような妥当な価格で中古市場で手に入ります。
(実に久々にシングルCDを「購入」した)

原曲は、サックスとペットをフューチャーして、ドラムスもアコースティック(風?)にして、ちょっとジャズ・バラードっぽいアレンジなんですね。ただ、録音の段階では、コード進行の移ろい具合がまだほんとうには活きていないかなという気はします。

CMで使われつつも、一応B面曲みたいな扱いですが、おそらくライブとかで、アコ─スティックなノリで「歌い込まれて」いくうちに、trfのファンの中でも名曲として記憶に残って行った、というタイプの曲なのではなかろうか。

今回のayuをヴォ─カルにした再アレンジは、ストリングスをフューチャーすることによって、曲が元々持つ、どんどん転調して高揚していく美しさを、更に如実に浮かび上がらせた、名編曲でしょう。

****

ちなみにピアノは小室さんではなくて、ayuのバンドのボスを長年していた小林信吾さんです。小林さん、1年ぐらい前からayuのバンドを離れたみたいですけど、こういう再登場の仕方をするということは、決して「ただの喧嘩別れ」ではないのだと思います。

ayuにとっては、一つの新たなステップへの挑戦だったでしょうが、それは完全に成功して、サウンドが若返り、多様にかつ自在に音楽的冒険を一曲ごとにしていく吹っ切れたスタンスに、■送料無料■浜崎あゆみ CD【(miss)understood】 06/1/1アルバム”(miss)understood"に収録されることになる曲から急激に突き抜けて行ったと私は感じています。

この1年の、ayuの曲の発売のペースの久々の早まりはそのため以外の何者でもないと理解しています。

私の認識では、
■浜崎あゆみ CD+DVD【Memorial address】■送料無料■12月17日発売”memorial address"

【送料無料】浜崎あゆみ/MY STORY[DVD付]【通常盤】<2004/12/15>"My Story"

特に後者は、ayuにとっても、かなり苦しい「過渡期」だったんじゃないか。

*****

ayuのマキシとほぼ同時に発売された、

●3000円以上購入で全国送料無料!(一部地域除)TRF/Lif-e-Motions(2CD+DVD)trfのCD"Lif-e-Motions"

Disk 2に収められたayuによる演唱は、全く同じものではありません

「何だ、同じじゃないか」

と思われた方、

これ、聴いてはっきりわかるのですが、

1.少なくともピアノソロパートは明らかに別テイク(アドリブが多少違います。trfコラボ盤の方がピアノが出しゃばってる(^^;)。ラストの部分の最後の音がわかりやすいでしょうが。

2.ayuマキシ盤のは、あくまでもayuのソロを立て、バックのコーラスやビアノやオーケストラは引き立て役になるようにミキシングとアンビエンス・コントロールがなされている。それに対して、trfコラボ盤は、コーラスやピアノパート、シンセやオケをはじめとする個々のパートがよりくっきりとなるように調整されています。(シンセにも、明らかに前者にはないパートがあるように聴こえるのですが)

マニアックな違いといえばそれまでですが、trfコラボ版のほうが、ayuの「歌」と特にピアノの「対旋律」が細やかな対話をしているように聴こえてくるようになっているので、少しテイストが違います。

***

trf復活を「小室」復活(リサイクル)のための商業的コラボレーションという経営戦略としかみないのも了見が狭いと思う(もちろん大物の新メンバーが加わったのは知ってます)。

a-nation ’05 BEST HIT LIVE ◆20%OFF!”a-nation”のライブのビデオDVDと年を追って見ていると、つくづく思うけど、avexで、ほんとうに野外の「万単位」の聴衆を巻き込めるパワー持ってるのはayuとtrfだけというのはどうにもならない現実です。

大塚愛は、「え? avexなの?」と驚く若い人すらいるくらいに「avex異端」の画然たる個性持ってますけど、何となく、あまり大き過ぎないホールで聴いてこそ持ち味出そうだし。ニュースで流された初アリーナツアーの映像少し見ましたけど、下手にこういう巨大ホールでばかり歌わせたら彼女の持ち味が薄れないかとやや心配です[最後の部分あとだしじゃんけんで第5版で追加。今度は大塚愛さんのファンの皆様、ごめんなさい])

何回、"Boy meets Girl"ばかり歌おうが、やはりtrfは格が違うように、私には感じられる。CDで儲けられなくなった今、コンサートの収入を当てにすれば、ayuだけではなくて、まだ枯れていないtrfに再出馬願うのも「実力的に」当然ですけど、

もともとtrfとayuは仲がいいのではないかと思う、。少なくとも音楽性は認めあってる。,,,というのは、過去「ayu自身のライブに」ゲストとして招いたのは、確かTRFだけですし。

(確か3年ぐらい前のカウントダウン。これ、セットものの特典映像だったので今は買えません。遅咲きのayuファン(2年半です!!意外とこのブログしか知らない人だとあきれる事実。しかも今年で46ですよ)の私もこれだけは見たことないのですが)

ただ、商業戦略「だけ」で音楽を語るのは、アーティストに失礼だと思ってます。普通の人からみれば、いかにうらやましがられようと、ほんとに「過酷な」生き方を一面ではしていて、そうした「思い」は歌に溢れ出ていることが少なくないのだから。

ayuの詞を、もっと素直に、「身体で」味わいましょう!!

*****

ayuがカバー曲を録音したのは、他に、

浜崎あゆみ A BALLADS-CD-〔送料無料キャンペーン中〕"A Ballads"における、荒井由美「卒業写真」だけで、

実に特別なことなのです。

(「卒業写真」のユーミン自身による原曲は荒井由実(松任谷由実)/TWINS 〜SUPER BEST OF YUMI ARAI【「卒業写真」収録】こちら)。

*****

更に、「卒業写真」の歌詞の「あなた」にこそ、"teens"は捧げられている、とも、読める。

ayuは、街を通りかかるたびに、

昔と変わらぬ姿をした、「浜崎あゆみ」に何回も出会ったであろうこと。

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浜崎あゆみ浜崎あゆみの曲の購入にご利用くださいませ

インシュレーターは使わないに越したことはない(第4版)

またまたこのブログにおいでいただいた方の検索フレーズ傾向からピックアップさせていただいたテーマです。

「インシュレータ」が含まれる検索で時々おいでになりますので。

「インシュレータ」とは、

オーディオ装置(アンプ/CDプレーヤ、アナログプレーヤ、スピーカなど)への外部からの振動よる影響を消すために挟み込む(とされることが多い、金属製や木製、石製などの小さなアクセサリーです。

装置の足の下に挟むのがいい場合と、足そのものを交換する方がいい場合があるとされます。

大きく分けると、

低反発ゴム(ソルボセインなど)を使う場合

○チタンなどの密度の高い金属を使う場合(特定周波数で「鳴き」(共振)が出ないように「切れ込み」に工夫したり、異種金属を張り合わせる場合もある)

黒檀などの、密度の濃い木材を使う場合(特にスピーカ)

○金属か木材で、ピンポイントの接点(と受け皿)を使う場合

○空気か磁気反発で、「宙に浮かせる」場合

などがあります。

値段という点では、地震の時動かないため用の密着型の透明なゴムだと一組数百円、逆に高級素材を使った凝った製品だと、脚一つ分で数万円という、とんでもない世界に突入するわけです。

****

  しかし、はっきりいって、インシュレーターをどうするか、ということぐらい、お金の投資に引き合わない、果てしない泥沼が待っている世界はありません。
 インシュレーターの素材そのものの固有の音質が必ず反映するからです。これは、素材がゴムだろうと金属だろうと木材だろうと変わりありません。
 更に言えば、機器と、おかれている場所の間に「接点」が増えるわけです。ゴム系やエアクッション系、磁気反発系などだと、接点そのものが不明瞭になり,実は絶えずグラグラしていることになるわけですね。

 最初から付属している製品を除き、インシュレーターなしで可能な限りいい音にできることが、オーディオの基本かと思います。

 例えば、タンノイのプレステージ・シリーズのスピーカー(スターリングなど)は、スターリングに別売りの台があるのを除くと、床に直置きが基本です。
 何しろ、DJ用ではない、家庭オーティオ用のアナログプレーヤーですら、海外のものだと、硬いゴム脚だけでインシュレーターなしのものがあります!! 

REGA PLANAR3 アナログプレーヤーREGA PLANAR3

 それでハウリングを起こさない、そういう設計になっているんですね。ターンテーブルとピックアップを載せている土台の素材そのものが重くて分厚くて頑丈だから、特別なインシュレーターなしのこんな設計ができるんですね。

****

だから、まずはオーディオセットを設置する場所を強固なものにする方が見返りが大きいでしょう。

オーディオ用を装ったオーティオラックの中には、実は羽目板の表面はきれいでも、実はベニヤの化粧板の中は空洞のうっぽんっぽんというのがあり(表面をたたけばわかる)、そういうのは論外です。

東急ハンズとかで売ってる、厚さ2センチないしそれ以上ある、中身がしっかり詰まった分厚くて重た〜い針葉樹の合板(最初から化粧板処理してあるのがあります)で、設計図は自分で引いて、適切なサイズにカットだけはしてもらい、電動ドリルでねじを硬く締めて、組み立てる方が、工具購入費込みでも結局安上がりで、使い勝手のいいものができる場合があります。DIY初挑戦としては、張り合いがあるチャレンジになるかもしれません(木材を本当に垂直・直角にカットするのはプロに任せた方がいいでしょう)。

なお、設計図を引く際は、

1. 実際に機器の寸法を測定して、特に奥行きと、個々の機器の上の空間(高さ)5センチは余裕のある空間を取ること。

 特にアンプなど放熱の激しい機器の上は隙間を多めに取り、風通しを良くすること。

2. どの面が切り口として露出するのかということを意識して板取りをして下さい。ハンズの針葉樹系の化粧板付き集成合板の場合には、あまり「板目の向き」というものは気にしなくてもいいと思います。ちなみにノコで露出した切り口にぴったり貼付けるテープ状の化粧板もどきもハンズなどでは売っています。

そして、ただ「ロ」の字や「」の字、「」の字の形に板を組み合わせるだけではななめの力に弱いので、裏板を、これも天板や側板や棚板、底板と同じ、分厚い材質の木材で補強して、横向きの開口部を持つ箱形に近い形にしてしまうこと(正面が「」型とすれば、右側面から断面で観ると「」になるように裏板を付ける)をお勧めしますが。

ただ、配線の都合も考えてくださいね。中板の後ろにある程度何らかの隙間をとったり、裏板を2枚に分けて、スリット状に縦に隙間を確保するなどして、機器の裏側の配線を上下貫通してケーブルを通せる構造に設計する方が、わさわさ穴をくり抜くより手っ取り早いかと思います。裏板のそれぞれについて、必ず2x2=4箇所のねじ止めをするのを忘れなければ、斜め方向への強度は保てます。

今も、昔の「技術・家庭科」にあたる実習は中学校で必須にあるのかしら? ないとすれば、いざという時、生き残るためにも困ると思いますが。

私は、大陸引き上げ・焼け跡世代の父親の、設計図も引かない、あまりに完璧なDIYを観て,手伝って育ったので、自分のことを不器用だと思っていたのに、いざ実習となると、周囲の生徒よりはしっかりしたものが作れてしまい、「5」をもらえるのに「こんなものでいいのかいな」と思った記憶があります。

今の職場でも、賃貸マンションの枠を壊さない形で、つまり、壁に釘一本打たずに、まるで作り付けの家具のように見えてしまう自作の部分(防音の処理を含む)がかなりある(色あいや化粧版のみかけまでフィットさせている)ことに、おいでの方、何かの話題をきっかけにお教えすると、驚くみたいです。自宅のオーディオラックも、既製品と自作のを組み合わせたものと知って、運送屋さんや、引っ越しの際に出入りする内装や電気関係の技師の人に感心されたりして。

ただ、ひとこと助言すれば、

1.電動ドリル(ねじ回し)は、トルク(まわす力)の強い、プロ用の、さまざまなサイズの穂先(?)をセットにした、凝った製品を買う方がいい(結構安いですよ)。充電式のものはトルクが弱いことが多いです。

2.ねじを電動ねじ回しでねじ込む前に、より口径の小さな細いドリルで「先進誘導坑」を先にあけておく方が失敗しにくい。

まちがっても、今時電動ねじ回しなしで工作など考えないで下さいね。時間と労力の損失以外の何者でもありませんから。

****

それでもインシュレータを試してみたい方のために。

東急ハンズで売ってる、黒檀の小さなブロックとかからお試しになるのがいいかと思います。

Ensui_1
特に安上がりかつ効果明白なのは、

この種の円錐。

一個150〜180円!!

原則として装置側を平面側、床側をピンポイントにします。

絨毯ならこのままでたいていイケますが、床や台の化粧板を傷つけそうなら、床側におなじような材質の平面で1.5センチ厚ぐらいのブロックをおいて「受け皿」にすればいいでしょう。できれば「受け皿」なしに超したことはありませんが。

これで、上に合計50キロとかのむやみに重たいアンプとか載せない限りは、円錐が割れるということはないと思います。

スピーカーの下に3点支持ないし4点支持、これだけでも、音質に与える害は最小限で、シスコンでも「音像だけが見事に引き締まる」ことがあります。

*****

最後に、大事な話。

インシュレータは、機器の「外部からの」振動を遮断するためのものと思い込まれていますが、

機器の「内部の」トランスとかから発する振動で機器そのものがゆすられることによる電気回路への弊害を止めるという面が決定的な場合があります。

こうした場合には、例えば、
アコースティックリバイブ (RIQ-5010) インシュレーター (4枚1組)【税込】 RIQ-5010(セツト)(...この製品のような、水晶や石英など、振動周波数が可聴帯域外にある素材アンプのやCDプレーヤのインシュレータにする方が、音の静寂感などに大きな違いが出るとされています。

もっとも、ほんとうによくできたオーディオ機器なら、この種の「内部振動」の問題を最初からクリアーしているべきなのですが。

Linnの製品とかが、ソフト系の一見たよりない脚だけなのは、この「内部振動相殺」への配慮が行き届いているからです。





 

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浜崎あゆみ用ヘッドフォン(?)(第3版)

昨日「浜崎あゆみ」「ヘッドフォン」という検索フレーズでおいでの方が複数おられました。

これは2つの意味に解釈できます。

*****

【仮説1】浜崎あゆみがライブで着用しているイアファンはどこのメーカーか。

【追記】:2008年1月7日に、この記事が突然アクセスアップしました。きっとayuの片耳難聴の件が報じられたからでしょう。それを機会にこの記事の増補改定しています。

今のツアーで長野で生ayuした時は、双眼鏡を忘れたので確認できませんでした。その後、"Secret"ツアーで、近接時5メートル近くまで体験しました。確か、その時点でもソニーだったと思います。

 ちなみに、倖田來未は、今もSHURE E5cなのはほぼ確実です。

*****

【仮説2】浜崎あゆみを聴くのに向いているヘッドフォンは何か

私は、ことオーディオに関しては、(機種選定に限らず、使いこなしを含めてですが)

「浜崎あゆみを制するもの、全音楽ジャンルを制す」

と思ってます。音楽ジャンル越境的で、派手な曲だとむやみやたらと音を重ねていて、しかもテクノ系でもロック系でもアコースティック系でもOKである必要があります。

ちなみに、■送料無料■浜崎あゆみ CD+DVD【(miss)understood】 06/1/1
浜崎あゆみ - (miss)understoodアルバム"(miss)Understood"
が浜崎あゆみのCDで一番音の完成度は高いと思います(ほんとうはロスレスのCDコピーでiPodに入れて欲しいところですが)。シングルやマキシで収録曲が出た時よりかなり向上しています。

内容的にも、これまでの最高傑作のアルバムだ、と私が感じていることは、まだ明言してませんでしたよね)

一方"Loveppears""duty"はマスタリングが悪いのですが、これらも「一層」よく聴こえる方向に近づけたら、装置全体ののキャパが上がったとみていいです。

浜崎あゆみがいい音で聴けたら、クラシックからジャズやロックまでベストチューニングで聴けます。

*****

.......そうですね、音源としてiPodを想定し、値段もある程度控えめというラインでいくと、

Kossportapro
開放型だけどコンパクト持ち運びができるなタイプなら、KOSSのPortaProは、
実売価格4000-6000円代としては結構掘り出し物の域かもしれない。

特に中域から高域にかけての独特の密度感はたいしたものです。

一見かなり独特のデザインだけど、実は頭部とどこか接触するかに工夫を凝らしてり、装着感もいいです。

クラシックでもかなりイケます。はっきり言って私がKOSSのヘッドフォンで、更に大型の上級機をおしのけて「一番感心した」のがこの製品です。

*****

イヤファン型なら、SHURE系のは「おとなしい」と感じる人もいそう(E5cの総合力と「奥の深さ」はすごいと思って愛用していることには今も変わりないですが)なので、

【送料無料・税込み】Ultimate Ears Super.fi 3 Studio (ホワイト) 【送料代引き手数料無料の...Ultimate Ears Super.fi 3 Studioというのを紹介しておきます(ちなみにこれはシリーズの中堅機種で、上位機種があるけど未聴です。

私の記憶違いでなければ、確か本来補聴器を作っていた会社だと思います(これも間違えてたらあとで改訂!!)

イヤフォンタイプとしては非常に立ち上がりがハイスピードでフォーカスがシャープ、声で言うと子音成分の帯域に敏感なタイプ。ステレオ的音の広がりも「非常に」端正。

クラシックには音が硬いと感じる人と、これでいいという人に分かれるでしょう。(買ったばかりは音の硬さを感じても、ayuのようなシビアでハードな音楽ソースで少しならし込めばほぐれます)。

音楽を実際以上に「美しく響かせる」タイプではありません。ヘッドプォンそのものによる「余計なエコー」「余計な輝き」が全くつかないんです

特にロック系あたりだと、この製品の特に高域の方を「生々しい」と感じる人はいて、この製品ではじめて満足するという人もかなりいそうです。

ayuの場合も、かなり「熱い」音で、しかも低域が、ある量感を保ちつつ引き締まるという、難しいバランスをうまくとれている。「あの」"Loveppears"すら、低域がぼてっとすることによる混濁がありません。

SHAREのE5cと似た、コードを耳に270度まわすセッティング。iPod用をもろに意識した製品で、コードの長過ぎなさに「納得!!」という人もあるかも。

コードは短いに超したことはなく、これもフォーカスのきっちりした、立ち上がりのいい音質に貢献しているのではなかろうか?

ただ、耳に突っ込む部分の中心の導管そのもの口径が他社のイヤフォンより「目立って」大きいです。

これまた、この太さがこの機種の「開放的な音」に貢献している可能性は大ですが、

日本人の、特に女性だと、「耳に入らない」という人が出てくる危険があることは、

試聴なしで買う場合は「賭け」だと思って下さい!!

*****

イヤフォンタイプって、耳の中に挿入するという衛生面の問題からでしょうか、試聴できる店がかなり限られているのは致し方ないと思いますし、お客様商売としても正しい判断だと思います。

もっとも、それこそ、試聴する人ごとに耳栓部分を交換しても商売上やむなしというポリシーを持つ店がもっとあって欲しい気もしますが。

*****

ところが!!

ここまで描いてきたことのすべてが覆される、新たなヘッドフォンとの出会いが、遂に生じてしまったのです!!

HEADPHONE(ヘッドフォン)STANTON(スタントン) DJPRO3000

このヘッドフォンについてはこちらをどうぞ!!

 もうひとつ掲げれば、URTRASONEのProline 750です。ayu独特の、弾け散るような音の広がりが見事に再生できます。

*****

APPLE STORE全体へのリンクを右サイドの"My LINKS"にも常設しましたのいで、ご活用のほどを。


ipodphone_125-125.gif

2006/05/04

保証期限切れのiPodの充電池交換(第3版)

どういう検索文字列でこのブログにたどり着かれたかの最近のデータから、

「iPodの充電池交換は保証なしでいくらになるか」

お探しの方があるようですので、ご参考までに。

私の最初のiPod、「1号」は、40MB,画面がモノクロ液晶のもの(第4世代)です

(この「第○世代」という言い方、私のブログでこれまで間違っていました m(_ _)m。
ちなみにiPod Photoは「第5世代」ではなくて、現在のmovie対応になってはじめて「第5世代」だそうですね)


iPodの「電池交換」とは「本体交換」のことを指します。当然初期化された同じ機種ということになりますのでので、パソコンのiTunes側でのバックアップ体制が万全であることを前提にします。

(日本でもiTunes music storeが一般化してネット購入の曲がiPodに蓄えられている人が多くなっているでしょうから、念のために)

ちなみに、iPodから曲のデータをパソコンに取り込むことは「本来」できないことになっています。(^^;)

*****

その前提で、私の場合の「電池交換」=「本体交換」料金(保証期限切れ)を述べますと、

¥ 6800

でした。つい先日、銀座のApple StoreのGenius Barで10分程度の事務処理でした。月に一度だけ千代田区での都心の仕事があるので、交通費の無駄もなく、しかも夜9時まで営業、助かります。

(ここ、込んでる時は受付順番1時間以上待ちになりますが。店内でGenius Barの店員さんにハンドルネームで受付を申請すると、後ろのプロジェクターだけではなく、何とshop内にあるすぺての展示パソコンで、残り何人になったか表示されますので、安心して他の階の商品を見物できます)

かなり頻繁にiPodを使う人だと第4世代以降ですら、1年ぐらいでバッテリーの消耗が早くなるかもしれません。充電と放電の繰り返しの中で充電池に不純物も溜まるので、音質も悪化していきます。それが見事に蘇ります。音質という点では後継機が2回出ても変化した感じが皆無なのは立派と思います。

映像を使わないというのなら、ipodって、後継機への買い替えたり、充電をこまめにして、だましだまし使うより、あっさり「電池=本体交換」した方が賢いでしょうね。

ipodacc_125-125.gifNakajimaMiyuki_125x125.jpg

2006/05/03

6/11(日)は臨時休業の予定です(第3版)

今度は、やっと、ほんとうに、「全体が観える」でしょう(^^;)

なお、"teens"についての、「ほんとうの」trfのオリジナルとの比較論は、5/7、書ける予定です(再度予定変更 m(_ _)m)。


浜崎あゆみ - Startin'/Born To Be... EP - teens (acoustic version)"teens"(acoustic version)の購入にご利用くださいませ

Rihanna_125x125.jpg

ピダルは映画「エル・シド」の時代考証助言者その人だった!!(第6版)

まだまだ続く「エル・シド」へのこだわりです(^^)

(wikipediaはこちら

エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]

(本作品の楽天ブックスサイト)

ひょっとしたら......という思いもなくはなかったのですが、

Elcidbook「エル・シッド・カンペアドル」の著者、
スペイン最高の歴史学者の一人、
ラモン・メネンデス・ビタルその人が、
映画「エル・シド」の
「歴史考証助言者」その人
であることがやっと判明しました!!

Fletcher_elcid
イギリスの歴史学者、リチャード・フレッチャーによる「エル・シッド 〜中世スペインの英雄〜」(原著1989, 林 邦夫訳 法政大学出版局)で判明した事実。

ちなみに、このことは映画のクレジットには明記されていないようだ(当時は、ハリウッドの赤狩り旋風の影響で、実際の脚本家が別人ということはザラで、この作品もその点では多いに怪しいらしい)。

これじゃ、映画を観た際に「ベン・ハー」や「十戒」の比ではない透徹した歴史観がそこに隠れていることに私が感銘し、ピダル以外のスペイン中世史の本に出てくるエル・シド(エル・シー{ド}あるいはエル・シッド)観が食い足りなくて当然ということになる。

フレッチャーの著作は、探しまわって確かこれで7,8冊めでやっとたどり着いた、ビタル以降の代表的なエル・シドをめぐる著作である。

*****

私がこれらの著作を読む以前、子供時代以来久々に映画を観ていきなり直感したのは、

「彼を単に、王に冷遇されようと、スペインのレコンキスタに、キリスト教スペインの再生に貢献した英雄」

ととらえるのは実は狭い理解であり、むしろ、

「すでに現実のもの」として積み上げられた、イベリア半島におけるキリスト教徒とイスラム教徒の「混在」を、単に一方を排除するのではなく、両者を融合する形での「スペイン」という独自のアイデンティティを持った「国家理念のビジョン」という、当時まだ両陣営のイベリア半島の君主や政治家の多くが考えることもできなかった高次の解決のために、現実に政治的・軍事的生涯を捧げ尽くした人物」

として「とらえなおして」いるという点だった。

*****

モロッコの動乱を鎮圧する中で、「エル・シドの再来」と呼ばれたリベラ(フランコはその後継者)により、1927年に成立していた第2共和政を転覆し、外国からの義勇軍にも多くの血を流す、悲惨な内戦(1936-39)を経て、第2次世界大戦後も30年続く独裁体制の中で、エル・シドは、日本でいえば元寇や南北朝の歴史の有名人(楠木正成とか)と同様に、スペインの民主派やヨーロッパの自由主義者からは、スペイン民族主義の生み出した「胡散臭い虚像の英雄」であるかのように過小評価される傾向にあったようだ。

すでにスペインには、19世紀後半、「エル・シドの墓に二重に鍵をかけろ」という言葉を残したコスタに代表される、伝統スペインを否定し、西ヨーロッパ的発展を求める思潮と、ガニペーに代表される「伝統主義者」ではあるが「国粋主義者」ではない、ヨーロッパとは別のスペイン独自の道を模索すべきという潮流があり、ピダルも後者の「伝統主義者」流れに立つと「一応は」位置づけられる。

Ganivetbook_1
(この節 ガニペーの「スペインの理念」
橋本一郎氏によるスペイン語と対訳の教科書(!)

の、

橋本氏による、語学教科書としてはかなり長大な解説より第5版で補足)

第2共和制に先立つ1925年、「エル・シッドのスペイン」刊行当時には、ヨーロッパ全体で絶賛されるベストセラーになる一方で、公文書や地方の年代記の断片的叙述、イスラム諸国の歴史家の叙述におよぶ山のような文献を整理して「詩」と「真実」を選り分ける、その文献学上の徹底的「実証主義性」を国内では批判する勢力が「伝統主義者」の中にすら少なくなかったピダルも、スペイン内戦終結(1939年)後は、一転して、フランコ独裁政権のイデオロギーに結果的に貢献した保守的歴史観にとどまる、時代遅れの過去の歴史家という偏見にさらされたようである。

****

ちなみに、

ソ連を背景とするコミンテルンの指導のもとに人民戦線内閣成立が1936年
その直後にフランコのモロッコでの蜂起、
ピカソの絵で著名になるドイツによるゲルニカ無差別空爆(当時人民戦線側の勢力範囲)が1937年
フランコ内閣成立が1938年
ナチ宥和政策をとっていたイギリス、フランスによるフランコ政権承認が1939年2月
続く3月にフランコ政権は日独伊防共協定に参加(!!)
4月にフランコによる「内戦終結宣言」
5月にアメリカによるフランコ政権承認、
そして、9月に、ヒトラー政権によるポーランド侵攻により第2次世界大戦が始まる

スペインは、なんともや、政治の利害にいいように翻弄される、痛ましいまでの展開の舞台である。

しかし、ピダル本人は政治的には中立を貫こうとし、スペインアカデミー会長職を追われ、銀行口座の凍結、「反体制主義者」の疑いで独裁政権の法廷に繰り返し呼び出され尋問されるという屈辱にも耐えた。

Spanishnithehistory

そして、1951年、「歴史の中のスペイン人」

(=邦訳、既に紹介した「スペイン精神史序説」

で、

「単独政権として優位を占めるのが、2つのうちの一方であってはならないのだ」(訳書p.187)

と、国民的な和解と、新たな形でのスペインの再興に国民が心を合わせていくことを祈念している。

****

ここまではフレッチャーと橋本氏の著述をもとにウィキペディアで肉付けしたものだが、

私なりの推測を述べれば、

こうしたピダルの戦後の思いの延長に、1961年公開の映画「エル・シド」の制作へのピダルの協力をとらえ、

その映像と物語に、「語られざる」ピダルのメッセージのかなり直裁な反映をみてもいいのではないかと私は推測する。

すでにイスラエルとイスラム諸国の間の中東戦争は勃発していた。

そういうさ中で、いわゆる「レコンキスタ」終結以前のアラブ人とベルベル人のイスラム勢力の間に、すでに軋轢があり、

『イスラム 対 キリスト教国家』、

というより、

『イベリア半島連合 対 急進的・拡張的アフリカ勢力』

の戦いだったこと

(当時のムラービト朝は、こ~んなとんでもない版図を持つ「アフリカ帝国」でした!!

Elchidafrcamap_3

(この地図のイベリア半島の地中海側の都市、バレンシアが、1094年にエル・シドが奪回した都市です。先述の、フレッチャ─の著作,1989の日本語訳、p,252より転載)

そして、

「レコンキスタ達成以前のスペインは単なる争乱と混沌のるつぼではなく、イスラム教徒とキリスト教徒の政治的・文化的融合のための独特のバランス感覚が長い時間をかけてすでに熟成されていた」

こと、

「単なる人種・宗教を超えた形で国家アイデンティティを形成を模索するために現実と戦う政治家」像

を描き切れたこと自体、たとえそこにかなりのフィクションが含まれているにせよ、決して古びることないメッセージが込められていたのではないか。

****

すでに、この映画からすでに半世紀が過ぎようとしている現在、それこそ「イスラム原理主義」とイスラム教諸国そのものが「自由主義諸国と」の対立する勢力として「一緒くたに」語られかねず、ヨーロッパ諸国の中でも、異民族排除的な傾向が高まる現代において、あらたな意味を獲得したのではないかと思える。

*****

フレッチャーの本は、まだ読み始めたばかり。エル・シドが当時のスペインで最強の武将、王と自分を対等と自認し、かつ周りにもみられていことは認めているし、希代の碩学ピダルに敬意を表しつつも、ピダルの著作より、更にクールな目で、彼がスペイン教会史研究から得た新資料や過去の歴史史料を読み直し、しかもより長いスパンでの歴史的背景にさかのぼり、スペイン人にはいわずもがなの歴史的背景(ピダルの本は、いわば日本人が信長や秀吉について書くのに自明の前提にするのと同じ水準の、ヨーロッパ史の中でのスペインや、大航海時代以前のアフリカ史についての歴史教養がないと「ここはどこ?」「あなたは誰?」になってしまう。)にまでわかりやすく目配りし、より「リアルな」エル・シドを浮き彫りにしようとしているようである。

映画で主役をやった、チャールトン・ヘストンにすらインタビューしている。という、その内容についてはまだ更に書きます。

*****

ちなみに、映画の「あの」ラストシーンすら、史実の客観的裏付けがあることは、フレッチャーの著作ではじめてわかりました。

つまり、エル・シドの遺骸は、実際に........

*****

でも、これで、私が映画「エル・シド」を子供時代以来、久々にDVDで観た時に直感した、

同時代の歴史ものスペクタクルを超えた、重たい「何か」を解き明かす旅路

は、ほぼ、終わらせられる気はしています。

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GWなのに今日はお仕事の日です。

本日3日湘南フォーカシング・カウンセリングルームはGWにも関わらず「開業」しています。

もっとも、予約のお客様との面接予定が終わりましたら、いつものように夜9時までは在室していないかも知れません。

そうなると、次の開室日は7日の日曜を予定させていただいておりますので、お問い合わせ・お申し込みの方は、お返事はその日までお待ちいただきますことを、どうかお許しください。

2006/05/02

見捨てないで

どうか、精神科医カウンセラーを、

「見捨てないであげて」欲しい。

*****

そして、精神科医やカウンセラーたちよ、

「立ち-往生」させられること(=生きながらにして、殺されること)を、

光栄に思いなさい。

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